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無面─ノーフェイセズ─  作者: 上野祐太
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Face2 居場所の無い男

 やっとのことで自宅に戻ってきた。身体の節々がいてぇ。いつもは辛気臭くて仕方ねぇボロッちい壁や、ヒビの入った窓に同情しちまう。燃えるようなものが無くて安心するなんて、つくづくわびしいぜ。夜も更けてきた。固い地面に寝転ぶ。焦げ臭さが部屋中にはびこってた。

 今日は散々だ。いきなりスマホが爆発したかと思えば、デュラハンとかいう訳わかんねぇ奴に変な鎖貰って、オレのスマホをぶっ壊しやがったテロリスト共とドンパチやり合った。それも名前すらわかんねぇ奴等二人ひっさげて──特に緑の野郎はいけ好かねぇ奴だった。何だあいつは。人を何だと思ってやがる。チッ、昔を思い出しちまったじゃねぇか。

 案の定、悪夢で目覚めちまった。全く、ろくでもねぇ野郎だ。だが、今こうして生きてるのもあいつのおかげだと考えたら、少しは感謝しなくちゃいけねぇ訳だ。あの時、オレに地面を砕くよう言ってなかったら、三人とも死んでたのは確実なんだからよ。


 フードショップに入る。冷てぇ視線。もう慣れちまったが、やっぱりいい気にはなれねぇな。半分日本人ってのは嫌なモンだ。日本人にも外国人にもなれねぇ。しかも俺の場合、もう半分が最悪なんだ。外国人規制法を作らせちまった原因、韓国人の血で出来てる。周りの外国人共は皆、韓国人のせいでこんなボロい町に住まなくちゃならなくなったと考えてやがる。

 だがよ、『オレが何をした』?そうしたのは『韓国のお偉いさん』であって、『韓国人そのもの』じゃねぇ。ましてや『オレ』じゃねぇ。オレに当たられたって、どうしようもねぇのにな。

「ブレークファストセット、Aのやつお願いします」

「かしこまりました」

 イライラしたってしょうがねぇ。腹でも膨らませば、少しはマシになんだろ。

「へぇ~、チョン公にわかんのかい?パスタの味が。キムチしか食わねぇのかと思ってたよ」

 向こうのテーブルからイタリア人のオッサンが野次を飛ばしてくる。じゃあテメーらは三食トマトなのか?──って言えたら、どんだけ楽だろうな。

「知ってっか?チョン公ってのはな、スープも米もこうして食うんだぜ?」

 今度はインド人のヒョロい男が、小馬鹿にした態度で食うそぶりを見せる。韓国の食器事情も知らねぇでよく言うぜ。んなこと言ったら手掴みで食う奴さんはどうなんだよ──なんて、言えたらいいよな。

 アッパ(父さん)を恨むつもりはねぇが、こんな時はふと自分の生まれを呪っちまう。大体、オンマ(母さん)は何で韓国人と結婚したんだ?皆してこんなに疎んでるってのに。

 自分が嫌になってくる。親を言い訳に使ってる自分が。こんなことを言われても、言い返しようもない自分が。問題を起こせば、また移動しなくちゃなんねぇ。ようやく住める所を見つけたってのに。あいつら、それがわかってハーフのオレに鬱憤をぶつけてやがんだ。日本人にも、外国人にもなれねぇオレに。

 耐えきれず、この店を出ようとした。すると後ろから、

(わたくし)も同じのを」

 と、女の声がした。みんな、金髪のそいつに見惚れてた。さっきまでオレをなじってたオッサン共さえもだ。目深にニット帽を被ってたけど、間違いなく顔立ちはよかった。

 そして、オレの胸程度の高さしかねぇそいつは、毅然とオッサン共に言い放ったんだ。

「日本育ちのアメリカと中国のハーフがパスタを食べますが、文句は言わないのですか?」

 オッサン共は分の悪い顔をして、食事に戻った。

「あ、ありがとな」

「いえ。代わりと言ってはなんですが、私と食事してくださいます?」

 窓側のテーブルで向き合って座る。無言の圧を周囲から感じる。特に男。散々コケにしていた奴が、思わず見惚れるほどの美人に誘われたともなれば、嫉妬を抱くのは当たり前だ。

 自分で考えてるよりも周りを気にしてたのだろう。女は気を使って、

「お気になさらないでよろしいのですよ?私だけを見ていてくださいな」

 と言った。でもそれはそれで緊張するだろう。さっきは身長差でよくわかんなかったけど、正直言ってこんなに綺麗な女は見たことがなかった。黒いニット帽は白い肌を引き立たせてて、よく似合ってる。

「もしよろしければ貴方のお名前、聞かせてくださる?」

 沈黙。あんまり言いたかねぇんだ。これ言ってろくなことがあった試しなんてなかったし。ついさっきまで仲良かった奴まで、名前を聞いた途端に毛嫌いし始めんだからよ。

「…そうですよね。まずは私から名乗らなければ、失礼にあたりますよね」

「いや、そういう訳じゃ──」

「私はハイユン=シンウェル。スラムの男と、娼婦の娘です」

 絶句してしまった。こいつの過去を想像する。きっと散々だったろう。幼い頃から周りの大人達から疎まれ、徐々に同世代の奴等までも敵になって、親を恨んでも空しいだけで、ただ居場所の無さだけを自覚する。少なくともオレはそうだった。

 そう思うと、何だか名前を明かしてもいい気がしてきた。

「オレは…朴潤発(パク・ユンファ)。親父が韓国人、お袋が日本人」

「あら、素敵なお名前ですね」

 面食らった。そんなことを言われたのは初めてだ。けれど、今までの経験がオレを素直にさせてくれない。

「こんな名前じゃなきゃよかった」

「そんな風に言ってはいけません。ご両親が悲しみます」

 反射的に、テーブルを叩いていた。大きな音が辺りをつんざく。

「わかってる!でもな、お前にわかるか!?勝手に罪を押しつけられて、どこにも行けねぇ奴のことが!できることなら、純粋な日本人がよかった!だが親は選べねぇ!オレは…オレは…!」

 情けねぇ。こいつに怒りをぶつけたってしょうがねぇのに。これじゃ、オレもあいつらと一緒じゃねぇか。自分の鬱憤を相手にぶつけて、解決した気になって。

 でもハイユンは目線を逸らすことなく、穏やかな口調を乱すことなく、オレに言ったんだ。

「私には『自分』がありません。何人(なにじん)でもないんです。けれど私は、親を恨みたくない。生まれを否定したら、『自分』さえ否定することになるから」

 強い。強すぎる。何だこいつは。オレが自分の孤独に酔ってるだけに思えてきた。いや、実際そうだ。今の今まで、オレはこの状況を一度でも変えようとしたか?

 それから、ハイユンは続けた。

「どこにも行けないなら、私の所に来てください。貴方の居場所になります」

 半分韓国人の男を庇うし、正体不明の男に身の上話を真っ先にするし、果ては初対面の男を自分の家に招待か。不思議な女だ。

「どうしてそんなに気使ってくれんだよ…?」

「そうですね…──後で教えます」

 一瞬だった。けど、ハイユンが食事中、オレから目線を逸らしたのはこの時だけだった。

 そうしてたどり着いた先は、廃工場である。確かに生活の跡は見られる。山積みの本にノートパソコン、あと衣類。しかし、それにしたって場所がまずすぎねぇか?

「なぁ、ここがお前の家なのか?」

「そうですけど…お気に召しませんでしたか?」

「そうじゃなくて、服とかどうやって買ってんだ?こんなとこ、闇町の登録外だろ?」

 闇町に住民登録をすれば、『帰り損ねた』外国人も日本で住める。と言っても郊外だし、ろくなアクセスなんてできたモンじゃねぇけど。登録した奴等は、毎月決まった数の券を貰う。これで買い物をするんだ。色んな闇町を転々としてきたけど、まぁ券の数はどこも一緒で、増やすためのシステムなんてのもねぇな。

 だから不思議なんだ。闇町に登録しててもこんな小綺麗な服、着られる訳がねぇ。ましてや指定外の区域で過ごしてる。どうなってんだ?

「はい。ですがご心配なく。最近、資金援助してくださる方がいらっしゃって」

「どうしてまた?」

「私、ブログをやっておりまして。外国人規制法反対運動の有志達で、秘密のやり取りを」

 そんな団体があるのか。知らなかった──いや、知ろうともしなかった。

「するとある日、私の熱意を買ってくださる方が援助をしたいと仰ってくれたのです。それで私は生活しているのです」

 なるほどな。それで生活できてるって訳か。

「貴方に声をかけたのも、この有志団体に加入していただきたく思ってのことなのです」

「オレに?」

「私が闇町へ訪れるのは、同志を捜すため。最近は忙しいですから。先日は特にそうでした。だから、貴方の力が必要なのです。どうか、共にこの国を変えるべく、お力添えしていただけませんか?」

 色々引っかかる所はあったけど、とにかく嬉しかった。こんなに心から誰かに必要とされたことなんて初めてだ。もちろん二つ返事でオーケーしようとした。まさにその時だ。

〈こちらデュラハン。レッドフェイス、聞こえるか?〉

 いきなり鎖からあいつの声がした。ハイユンに変に思われないよう、息を潜めて咎める。

「だから妙な名前で呼ぶんじゃねぇ。ちょっとは学べ」

〈残念ながらそれは不可能だ。正体を明かしてはならない。完全秘匿だ〉

「『あいつら』にもか?」

〈そうだ。たとえ『無面(ノーフェイセズ)同士』であっても、だ〉

 意味わかんねぇ。チームメイトに素性を明かすなって前代未聞だぞ?

〈──話を戻すぞ。東京都千代田区東京駅内に、JACが潜伏している。リニアモーターカーは現在、東京駅に向かって規定速度超で走行している〉

「狙いは何だ?」

 デュラハンは淡々と答えた。

〈車両同士の衝突、もしくは動力部の暴走と爆発による無差別殺人〉

「んだと!?」

 思わず大声を出しちまった。ハイユンをビビらせちまったかな。ハイユンの方に向き直る。

「…何でもねぇよ」

 それからまた、デュラハンに話しかけた。

「で、行けばいいんだな?」

〈その前にレッドフェイス、君は誰と接触している?〉

 相手には秘密を守らせておいて、自分はズケズケと相手に入り込むのか。勝手な野郎だな。

「関係ねぇだろ。完全秘匿だ」

〈周囲には何がある?〉

 話を聞いちゃいねぇ。さっさと答えるか。

「パソコン、本、服。場所はさびれた工場。満足か?」

〈ご苦労。では、君はそこで待機してくれたまえ。距離が遠すぎる〉

 今ので場所がわかんのか?不思議でなんねぇが、今はそれよりも、だ。

「断る。オレもそこへ行く」

〈命令違反だぞ、レッドフェイス〉

「知るか」

 鎖からの通信を切った。多くの人が死んじまうかもしれねぇんだ。オレがどうにかするしかねぇ。

「ワリィ、ハイユン。急ぎの用を思い出しちまって…」

「構いませんよ。いつでもここで、お待ちしておりますから」

 手を振るハイユンを背に、オレは走った。振り返りもせず。ただ、駅にいる奴等を助けられるか、それだけが頭の中にあった。


 道中拾ったバイクで、駅前には思ったよりもすぐ着けた。駐車場から少し離れ、物陰で鎖の輪を外す。

「再生!」

 日も暮れそうなのがよかった。こんだけ暗けりゃ、デュラハンも正体についてトゲトゲしなくていいだろ。

 プラットホームに辿り着く。あいつらはどこだ?

「オメーら、どこだ?」

〈管制室だ。お前こそどこにいる?〉

 リニアが見えてきた。遠目で見てるってのに、とんでもねぇ速さを感じる。咄嗟に、線路の上に飛び降りてた。

「まぁ、心配すんな。ここで止めりゃいい話だ」

〈お前まさか…!何を考えているんだ!死にたいのか!?〉

 人助けを『なんか』呼ばわりしといて、今更いい奴気取りか?

〈おい、聞いているのか!?〉

「うっせーよ、キザ緑。他の誰かが死ぬよりマシだろ」

 その時、誰かの声がした。

〈アンタ、他人が死ぬのは我慢ならないのに、私達にはその思いを背負わせるのね〉

 ああ、そういえばあの時もいたな。体つきも声もオレ達全員、この姿だと統一されちまうからどんな奴かは知れねぇ。が、知ったような口を利きやがって。

「オレがいなくなろうがどうってこたぁねぇだろ。赤の他人なんだから、さっさと忘れとけ」

 するとあいつは、ものすげぇ勢いで言ったんだ。

〈バカなこと言わないで!無くなってつらくないものなんて無いのよ!そんな思いを背負わせないで!赤の他人なら尚更!〉

 一瞬、ハイユンがチラついた。リニアはさっきよりも大きく見える。

「──リニアはオレが止める」

〈そんな!〉

「ただし、死ぬつもりはサラサラねぇ。オレは生きるし、駅の奴等も生きる。そしてJACは今度こそぶっ潰す。絶対にな」

 肩を軽く一回し。リニアとタイマンか。いっちょやってやるよ。腕に目一杯の力を込める。タイミングを見計らって──よし、今だ。超高速の暴走列車と、オレの拳。二つが正面衝突した。

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