Face10 虚無に叫ぶ
クリスマスはイエス・キリストの誕生日である。そして、闇町解放宣言文の発表日でもある。
「歴史的瞬間ね」
B-ONEが言った。自信満々なオーラ。この間とはまるで別人だ。かといって、再生した時とも感じが違う。何だ?この違和感は。
「バッチリ捉えておくから」
カメラを持って、その場を離れた。別にお前は動かなくたっていいんだよ。動くべきは…R-ONE、お前だ。
「本当にJACが来んのか?」
「動機を考えれば、無視できない事案だろう」
俺はJACの構成員が外国人規制法反対派だと踏んでいる。だからB-ONEの後押しには思わず、拍手を送りかけてしまった。崇高な意志とやらに固執する彼らが戦う理由を失えば、それだけで士気が落ちる。回復不可能なほどに。
そしてこうなることを最も望まない人物こそJACのボス──万丈恵美を騙る者に違いない。死者が生き返るなど、あるはずないんだ。
「それより、早く行けよ。ボディガードが持ち場を離れてどうする」
R-ONEは新井知事の所へ歩いていった。俺は辺りを見る。警察からの動員数は異様なほど少なかった。やはり、裏で手を回している奴がいるのか?
「少ないですね」
「出動許容数はこれだけだと。世知辛いな」
「なら更に気をつけないと」
そう、これは厚木さんだから出動できたようなもので、相手からしてみれば渋々だったに違いない。ということは、だ。警察内部からの襲撃だってあり得る。ネットワークが潰されているから、情報はいくらでも捏造できる。手の内を明かしているようなものじゃないか。
「わかってるよ──やっぱり、似ているな。あいつに」
似ているも何も、本物だからな。いや、確かに本物より本物らしい偽物なんて倒錯的なケースも珍しくないよな。なんて哲学をしていると、早速演説が始まった。闇町の奴等は最初、訝しげな顔で聞いていたが、
「──私は闇町の全土解放をここに宣言します」
途端に湧き立った。R-ONEの話では、彼等は新井知事を拒絶していたらしいが、どうやら彼が現在の国内最高指導者と知って手の平を返したようだ。そんな人物が差別の温床となっている特区を潰そうと言うのだから、希望を持つのが人間心理というやつだろう。普通なら…な。
だが、ここで一つの疑問が生じる。JACを構成しているのは闇町の奴等ではないのか?人数、動機、どれを取っても一番可能性のある線だったろう。なぜ湧き立つ?お前達のボスはそんなことを許さないだろう。だから国会議事堂を爆破したんだ。そしてお前達はそいつのためなら──偽りのメシアのためなら命を賭せる。そういう奴等だろう。何故だ、何故この状況に甘んじる?
「これで一件落着だな。三人が許諾すれば、だが」
厚木さんが言った。そうか。奴等、俺達を隠れ蓑にしたんだ。
つまりはこうだ。俺達三人の許諾が無ければ、この宣言文は意味を為さない。何故なら、この宣言文は婉曲的な停戦協定なのだから。もしこれに許諾しないなら、闇町の奴等には『差別から解放されなかった可哀想な人々』というレッテルが、俺達には『差別を助長する悪鬼羅刹』というレッテルが付与される。要するに、JACは俺達に憎悪の全てを押しつけて利権だけ得ようという魂胆だ。まんまとはめられてしまった。
その時だった。銃弾が外国人の一人を貫いた。血が吹き出る。時が止まったのか?誰も動かない。俺は軌道を目で追った。硝煙。撃ったのは──警官だ。紛れていたか、支持派が。
「しっかりしろ!」
「やっぱりあいつら、俺達をはめたんだ!」
「警察が市民を殺すのか!」
怒号。まるで地獄だ。彼等の訴えに構わず、次々と血が飛び散る。
「やめろ!やめてくれ!誰だ、何でこんなことを!」
新井知事も完全に取り乱している。まずいな、俺達が罪を被るよりも更に厄介だぞ。確実に士気を上げてしまった。限界以上に。
「撃ったのは誰だ!名乗り上げろ!」
厚木さんが叫ぶ。刹那、厚木さんの左肩が撃たれた。俺のことをテロリストと呼んでいた関根だ。
「あんな野蛮人、野放しにされちゃあ困るんすよねぇ!」
「危ない!」
咄嗟に厚木さんを押した。間一髪、俺達には当たらなかったが、また一人の外国人が倒れた。他の奴等は何をしているんだ?呆けて──いや、そうじゃない。『買われた』んだ、支持派に。
「つーことで、売国奴にはくたばってもらいますか!」
後方からは石が投げられ、前方からは銃口を向けられる。再生すれば…だができない。内通者がいるかもしれない状況で正体は晒せない。
と、立ちはだかる警官の前に粉塵が巻き上がった。単細胞だ。拳で地面を叩きつけたのか。
「何してんだ!今の内だろ!」
確かに目眩ましにはちょうどいい。
「再生!」
よし、これで場を鎮圧できる。まずは支持派の奴等だ。すぐさま全員気絶させる。だが、気になることがある。
「ブルーフェイス、どこにいる!」
さっきから奴の姿が見えない。まさか、また怯えているのか?──何故だ、何故アルケ・ロゴスが繋がらない?
代わりに単細胞が交信してきた。
〈おい、後ろ!〉
振り返る。それまで威勢のよかった外国人達が逃げ惑っていた。何だ?目を凝らす。なんと、彼等を押しのけて仮面の軍団が攻めてきたではないか。JACは闇町の人物で構成されていたはずでは?銃声。破砕される家々。様々な言葉で繰り広げられる阿鼻叫喚。混乱。何がどうなっているんだ?
厚木さんがよろめきながら立ち上がる。
「あいつら…仲間割れか…?」
電気の弾薬を吸収し、次々と隊員を気絶させていきながら俺は疑問に思った。何だ?この異常な数は。今の日本にここまでの扇動力を持った人間がいるのか?
その時、俺の視界にとんでもないものが映った。──おい、何だこれは。俺達は…『何と戦っているんだ』?
地鳴り。何かが…来る。奴だ。一本角の顔面。羅刹の首。黒いパワードスーツ。轟音を立て、一直線に突っ走る。行き先はわかっている。だから、盾を構えた。
《見つけた!》
衝撃と共に伝わる憎悪。電磁反発を伴う攻撃に足場を崩す。急いで構え直す。が、奴は何かに気づいたように向きを変え、新井知事と単細胞の方に攻撃をした──いや、正確には牽制だ。当てるつもりのない刺付きワイヤー。まるで逃げろと言わんばかりに。単細胞が新井知事を連れてその場を離れると、またこちらを見つめてきた。
《お父様とお母様の仇、討たせてもらう!》
『仇』だと?まさか…あの少女か!?俺を睨みつけた金髪の少女。黒いパワードスーツの正体だったとは。何の因果だろうな。
激突。
《貴方が奪った!》
激突。
《私の全てを!》
ワイヤーが俺を捕らえる。身動きできない。
《だから私は取り戻す。明日を!》
万事休すか。その時、ワイヤーが一つ断ち切られた。厚木さんだ。急いで彼の肩を担ぐ。
「おい、そこの…大丈夫か…?」
「その…驚かないんですか?」
すると厚木さんは一笑した。
「そんな訳あるか…首無しお化けが側にいるんだぞ…目玉が飛び出そうだ…」
「だったらどうして──」
「そこにいる奴助けないで、何が刑事だよ…」
そう言って厚木さんは俺から離れ、黒いパワードスーツに銃を向けた。
「こいつに…どんな恨みがあるかは知らんが…はっきり言わせてもらう…お前達の…明日のために…誰かの明日は奪わせない…それが…俺達、警察官だ…!」
《綺麗事を!》
プラズマの剣を生み出す準備を行っている。酷使しすぎたのだろう、前より充電速度が遅い。
《今日すら生きるのが難しいのに!私はただ、今日が欲しい!明日に夢見られる今日が!それすらくれないルールなら、いっそ潰した方がいい!》
荒い呼吸。変声器越しでもわかる。厚木さんは深呼吸をして言った。
「俺達は…お前達とは違う。今日しか見えていないお前達とは…違う。俺達はな…ずっと後の…この先に続く未来を…守るために戦う。そして、いつかは…」
痛みに耐えきれず、厚木さんが膝をつく。
「厚木さん!」
俺は厚木さんを庇う格好になっていた。
《いつかなんて待てない!私は…今さえあればいい!》
プラズマの剣が猛る。空気を裂き、振り下ろされる。背後に大きな熱を感じた。その時、厚木さんが俺の首根っこを土台に銃を構えた。
「頭、借りるぞ…!」
発砲。直後、プラズマの剣は消え去った。回路を撃ち抜いたんだ。ほんのわずかな、針さえも通るのに苦心するであろうその隙間を、厚木さんは撃ち抜いたんだ。あまりの超常的な出来事に、黒いパワードスーツも動きを止めた。さすがだ、あなたは本当に──
「厚木さん…顔が…!」
そこにいたのは、焼けただれた顔をした男だった。厚木さんの面影が見当たらない。プラズマのせいだ。超高温に身を焼かれたんだ。もう虫の息じゃないか。
「なぁ…あの子を…許してやってくれないか…?あの子は…孤独なんだ…だから…」
「わかった、わかったから!喋るんじゃない!」
胸が苦しい。両親がいなくなった時でさえ、こんなに苦しくなかったのに。
「あいつ…元気かな…」
「厚木さん…俺だ…俺だよ…」
クソッ、名前が出ない。一番伝えたい言葉が、一番知らせたいことが全然出てこない。クソッ、クソッ、クソッ!俺はあなたを…!
そして彼は──厚木剛テロ対策本部長は殉職した。クリスマスの、黒雲漂う昼間のことだった。




