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無面─ノーフェイセズ─  作者: 上野祐太
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Face1 首の無い三人

 私には名前があった。今は思い出せない。私には顔があった。今はどこにもない。鏡に写る顔は私じゃない『私』。頬に触れる。温もりはある。でも、まるで糊で仮面を貼りつけたみたいな違和感が襲う。

 かきむしって剥ぎ取りたい。そうすれば、また私が顔を出してくれるかもしれないから。爪を立てる。痛覚が反応する。さっと顔から手を離した。人の皮。仮面なんかじゃない。まぎれもない血肉。

 冷や汗が額からこぼれる。拭いもせずに鏡を見つめる。しばしの沈黙。

 誰か、誰か教えてほしい。

「私は──誰?」


 未来が見えない。未来がわからない。将来って何だろう。ベッドに寝転がって、進路相談のことを思い出していた。

 まっさらな紙を見て、先生は心配そうに、

能海(のうみ)さんはやりたいこととか無いの?」

「いえ、特に…」

「ダメだよそれじゃあ!将来苦労するよ?」

 そんなこと言って、どうせ責任なんて持ちやしないくせに。

「──ちょっと、ちゃんと聞いてる!?」

「は、はい」

「まぁ、君の人生だからどうとも言えないけどさ…もし、これを埋めたくなったら一つ気をつけて。絶対、自分らしくいられる道を選びなよ」

 自分らしく、か。そもそも私らしさって何だろう。自分が見えない。自分がわからない。

 帰り道、レコード店から曲が聴こえた。足が止まる。入ろうかな。ふと、しおれた花が視線に入る。自分の色すら忘れたみたいにくすんでる。やっぱりやめよう。俯いたまま、耳を塞いで通り過ぎた。

 家に帰ると、ママが電話を片手に玄関に歩いてきた。

「ちょっと雲雀(ひばり)!進路調査表、何も書かなかったってホント?」

 頷きもせず、立ちっぱなしの私に痺れを切らしたママは、リビングへ踵を返した。

「あなたの決めることだから仕方ないけど…良くないわよ?そういうの」

 パパの声が聞こえてきた。

「心配するなよ、(れい)。雲雀はあそこへ行くんだもんな」

 確認をとるような言い方に、私はひとまず曖昧な返事だけした。あそこ、とは某有名大学のことだ。悪いけど私はあまり気が進まない。かと言って、他に何かしたいことがある訳でもない。レコード店で見た花のことを思い出す。そう、私はあの花と同じなんだ。私がいるようで、私がいない。

 二階の自分の部屋に入る。溜め込んでいた息を吐き出す。そのままベッドへ倒れ込んだ。天井の明かりを見つめて呟く。

「私って、何だろう…?」


 いつの間にか眠っていたらしい。電話を持っている。無意識に取り出したみたい。画面に何かが映っていた。

『日本を市民の手に!正義を取り戻せ!』

 え?怖い怖い。何だか気持ち悪くなって、消そうとする──あれ?消えない。画面が『JAC』の文字で埋め尽くされていく。無数のモニターから、仮面を被った軍団が高らかに、

〈ついにこの日が来たのです!我々は日本から、自由を取り戻します!悪逆者には断罪を!同胞には加護を!立ち上がれ諸君、『Justice As Civil(市民正義)』の下に!〉

 声が加工されていて、誰が喋っていたのかわからない。けれど確かなのは、この人達はろくでもないってことだ。

 突如、動画が再生された。ライブ配信だ。え?ここって確か…ニュースとかでよく見る建物じゃなかったっけ──爆発。破片が飛び散る。何が起きたのか、理解には少し時間がかかった。

 直後、緊急避難警報が鳴った。そっか、本当に起きたことなんだ。気づけば布団の中に潜り込んでいた。下から音がする。布団を握る手が強くなる。いきなりドアが開かれた。

「大変だ、雲雀!JACっていうテロ組織が国会議事堂を爆撃したって!」

「今すぐ学校へ行くから準備して!」

 冷や汗が流れる。一歩も動きたくなかった。

「おい雲雀!」

 パパが無理矢理、布団を剥ぎ取る。ママの手に捕まれて、されるがままに家を出た。そういえば電話、置きっぱなしだったな。取りに戻ろうかな──そう思った直後。後ろで轟音がした。何の音?

「嘘、そんな…」

「家が…」

 二人が見ている方へ視線を向ける。家だったものが、炎に焼かれていた。声が出なかった。その後のことはよく覚えていない。ただ、得体の知れない何かが私の心を呑んだのは事実だ。


〈ただいま、スマートフォンの回収作業を行っております。お持ちの方は速やかにご提出願います〉

 体育館内にアナウンスが響く。

「スマホにウイルスが入ったんだって?」

「爆弾になっちまったのもあるらしい」

「でも日本全国で三件だけでしょ?そんな神経質にならなくたって…ねぇ?」

 大勢の囁く声が聞こえる。持ち歩いていたら多分、私達は…

「雲雀。大丈夫、大丈夫だから…」

 パパの手が背中をさする。私、震えてたんだ。

「…家、無くなっちゃった」

「…そうだな。でも、また探せばいいさ」

 虚空を見つめ、胡乱に言う。

「帰る所、無いんだね」

 灰になった家を思い浮かべる。生まれ育った場所。あそこに住んでいた証はもう、どこにもない。

「大丈夫よ。テロ対策本部の人も出動したみたいだし、家だってその内きっと──」

「もう、ダメだよ…」

 ここから逃げるように、二人の声も聞かないで、体育館を走って出た。遮る大人達を掻い潜り、とにかく走った。こんなのは悪夢に違いない。現実な訳がない。否定することでしか、理性を保てなかった。

 けれど、家の前に辿り着いても、やっぱりそこには黒焦げの残骸しかなくて、帰るべき場所とは言えなかった。

 疲れがどっと押し寄せる。その場でへたれ込んだ。思い出したように、頬から涙が流れる。止まらなかった。

「何で、何でなの…」

 訳のわからない現実が、何もできない自分が、どうしようもなく憎らしくて。もういっそ、今すぐ死んだ方が楽なんじゃないかな。

「君は…生きるべきだ」

 後ろから話しかけられた。知らない声。どこか無機質で、だけど何か強いものを感じる声。振り返ってみると、男の人が立っていた。

「誰…ですか?」

「『デュラハン』。伝道者だ」

 そう言って、デュラハンと名乗る人は私にアクセサリーを投げた。鎖に繋がれた、透き通りそうな青の輪を見つめて尋ねる。

「…これは?」

「君達の力だ」

「君『達』?」

 ここには私一人しかいないのに?自分を含めている訳でもなさそうだし、一体誰のことを言っているのだろうか。

「来た道を1200m戻ればわかる」

 やたら詳しい距離を教えてくれる。変な人だ。そう思いながらも、言葉の意味を確かめたくて学校へ向かった。デタラメかもしれない。けれど、走らなきゃいけない気がした。

 走りすぎて胸が苦しい。ようやく校門が見えてきた。門前に、仮面を付けた二人組が立っていた。咄嗟に物陰へ隠れる。

「あれってJACじゃ…」

〈そうだ。君がいない間に占拠された〉

 『鎖付き知恵の輪』からさっき聞いた声がする。

「占拠って…こんなに早く…!?」

 身じろぎ。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

「こんなの、どうしろって言うの…?」

〈諸君、今こそ『再生』の時だ〉

「再生?」

〈この『アルケ・ロゴス』から輪を引きちぎれ〉

 この、ってことは今、手に持っている鎖付き知恵の輪を指している訳か。青い二つの輪を見つめる。∞の字にも見えるそれに、意識が吸い込まれていく。心のしこりが全て取り払われ、生まれ変わるような心地──

「──再生!」

 言葉と共に、輪を噛みちぎった。

 あっという間の出来事だった。気がつけば、私の皮膚は透き通る青になっていた。心なしか、目線まで変わったような──顔に触れない。もう一度試す。やはり感触が残らない。

〈これが『無面─ノーフェイセズ─』初の任務となる!諸君、迎撃に備えたし!〉

 デュラハンの声がした。今度はさっきよりも近くに声を感じる。

「ノー…フェイセズ?」

〈俺達のことか?妙な名前で呼ぶんじゃねぇよ〉

 突然、別の声が混じってきた。荒々しい声音。誰だろう?間髪入れず、更に別の声が受け答える。

〈顔無し連中の名前にはベストだな〉

 今度は皮肉っぽい声音だ。言われてようやく、自分の首が無いことに気づいた。変な声が出そうになるが、何とか押しとどめる。

 そして、デュラハンの声が戦いの火蓋を切った。

〈状況開始!〉

 おかしな物言いだ。作戦会議なんてしちゃいないのに。けれど、すべきことならわかっていた。あの向こうにパパとママがいるんだ。

 校門のはるか上を飛び越える。凄い。こんなにジャンプできるんだ。まるで羽根みたい。下から来る銃もなんのその。痛くも痒くもない。よし、このまま行こう。

 だけど、実際はそう甘くなかった。体育館までの道のりが果てしなく感じる。一人気絶させたと思ったら、間髪入れずにまた一人。さっきは不意打ちだったからよかったものの、正攻法だと隊員達の物量が苦しくて仕方ない。身体がこんなじゃなかったら、恐らく百回は死んでいるはずだ。

「キリがない…!」

「こいつらぶっ飛ばせる武器とかねぇのか!?」

「ある訳ないだろう!俺達手ぶらだぞ!?」

〈いや、ある〉

 デュラハンが言った。

〈検索すればいい。自分の力を〉

 意味はわからなかった。が、今頼れるのはデュラハンだけだ。信じてみよう。

 頭の中で、ありったけの想像力を巡らせる。検索…こういうこと?だとしたら…私の力──これだ。

「『現象』!」

 すると、両手に剣が現れた。しなやかな形、水のように煌めく青色。イメージ通り。

 続いて二人も武器を現象させた。機械仕掛けの拳。これは紅蓮の人形。左腕に小さな盾。これは緑の人形だ。

「一気にいくわよ!」

 一転攻勢。私達はJACの隊員を一網打尽にしていった。もうすぐ、もうすぐパパとママに会える。

 ついに体育館まで着いた。テロ対策本部の人達が倒れているのを横目に、扉を開ける。けれど、そこにいたのはJACの隊員一人だけだった。パパとママは?

「皆をどこへやったの!?」

 隊員は黙りこくったままだ。

「質問に答えなさいよ!」

「人質をどこにやったんだって聞いてんだよ!」

 紅蓮の人形が叫ぶ。隊員は、

「おめでたいな。言うと思っているのか?敵に」

 睨み合い。こっちは人質の居所を知らないから、下手に動けない。あっちは今の装備じゃ効果不十分と判断して動かない。刃を重ね合わせ、研ぐ。早くしなきゃ。早く、早く。

「何のためにこんなことを?」

 緑の人形が沈黙を破った。すると隊員は薄気味悪い笑いをしてから言った。

「言っただろ?我々は日本を救うために戦っているのさ。例の事件以降、この国から自由は奪われた。それを取り戻す『助け』をしてやろうと言うんだよ、こっちは」

 緑の人形は嘲笑で返した。

「人助けなんかの偽善に駆られ、テロに走るとはな。笑わせる」

 私はカチンときた。『なんか』?私の家族は『なんか』で片付けられるような存在ってこと?

 そんな私の気持ちも省みず、あいつは隊員に向かってずんずん歩いていく。

「や、やめろ!人質がどうなってもいいのか!?」

 何も言わず、あいつは隊員の手首を握りしめる。嫌な音と共に、うめき声が体育館全体に響く。

「嘘はもっと上手くつけ。理由は知らんが、ここにはいないんだろ?」

「何故、それを…」

「指を動かしすぎだ」

 気づかなかった。わずかな動きだったに違いない。そして、あいつはそのまま左腕でボディーブローを決めたのだった。隊員が崩れ落ちる。

 と、同時に、今度は紅蓮の人形があいつにパンチした。

「おいテメー!『なんか』ってどういうことだ!」

「人命救助はミッションに含まれていない。それだけだ」

「何だよ、それ…!」

 堪忍袋の緒が切れた。私はあいつの目の前に立ち、胸に剣を突きつけた。

「アンタ、最っ低!」

 剣を押しのけ、

「やれやれ。これじゃ、誰が敵なんだか」

 狂いそうなほど怒りたかった。でも、それよりもっと気になるのはパパとママの安否だ。どこへ行ったの?

〈安心しろ。被害者は全員無事だ。救命ドローンで確保しておいた〉

 デュラハンが言った。彼の声は私に落ち着きをくれる。安堵で力が抜けた。そういえば今日、ずっと動きっぱなしだ。もう身体が動かない。

 しかし、ホッとしたのも束の間。銃撃が私の肩を襲った。激痛が走る。何で?銃は効かなかったはずなのに。

 振り向くと、上からJACの隊員達に取り囲まれ、銃を構えられていた。さっきまでのとは違う形。

「お前達は完全に包囲された!覚悟しろ、首無し共!」

 そして、一斉に銃声が鳴った──

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