4-007 新たな歯車
---マッキナ屋敷・ハート扉---
「それにしても相変わらず物騒なところだ……あまりにも過量な扉、暗すぎる廊下……不必要すぎる」
西坂はなぜか屋敷の構造についてぶつぶつと文句を言っている。
その言葉を無視してひたすら前に進んでいく仙木と榊葉。
「……西坂うるさい」
「同感だ」
2人の言葉に少し傷ついた西坂。この廊下にもみんなと同様で前から1人、白の仮面を被った女が歩いて向かってきた。
「我が名はハー……」
「西坂、後は頼んだよ」
女が名乗っているところにわざと被せる榊葉。あからさまの挑発行為である。
当然の如く、女は榊葉に対して怒っていた。
「あなたわざと私に名前を被せたわね! 舐めているのかしら?」
「ごめんなさい……あなたに構っている時間はありません。では、またいつか」
榊葉には悪意があったわけではないが、女にとっては追い討ちであり怒りの沸点に達したようだ。
「なんで腹立つ女なの?」
後ろを向いている榊葉に奇襲を仕掛けるも、西坂によって阻止された。
「悪いが、榊葉さんには攻撃させないぞ……その代わりに俺が相手になってやろう」
「邪魔しないでくれる? 私はあの女に用事があるのよ! あんたみたいな脳筋とは関わりたくもないわ」
味方にも敵にも罵声を浴びた西坂はかなり精神的に傷を負っていた。
「今の言葉は精神的にきた……始末してやる」
「あなたみたいなメンタルがミジンコと同等のあなたがこのハート様に勝てるとでも思っているのかしら? 随分と自信があるようだね!」
「強くなかったら、このような場所には来ていない」
「あっ、そう! ならあなたを殺してからあの女を殺すことにするわ」
「どちらにせよ、お前が死ぬことは変わりない」
ハートが西坂と戦っている間に仙木と榊葉の姿はハートの視界からは消え去り闇の中へと姿を消していった。
ハートと西坂はしのぎを削る戦いだ。先に疲れを見せたのはハートの方だった。
「もう終わりか? 貴様の剣術はその程度だったのだな」
「あなた、これで本当に終わるとでも思ったの? 私もそろそろ本気を出して良いかしら?」
「強がりはよせ……」
するとハートは一旦間合いを取り、内ポケットから怪しげな注射を取り出す。
「玄武様から頂いたこの薬であなたを殺すわ」
そう言った後、首筋に勢い良く刺し薬を投入する。
鈍感な西坂でもすぐに異変に気づく程の効果であった。
(……一体何が起こっているんだ)
ハートの体はパワー・スピード・スタミナの全ての面において、西坂を上回ることが分かるぐらいまで成長していた。
(こんなにも一つの薬で人間は変わることができるのか)
「あなた、変わったのがこれだけだと思った? 残念だったわね……この薬は誰も見たことのない歯車を作り出すことができるのよ!」
「冗談はよせ……どうせ第二の歯車の1つを新しい歯車とでも呼んでいるのだろう」
「キャハ! そう言えるのも今のうちよ……なら実際に見せてあげるわ……桜の歯車・憑依!」
(桜の歯車だと?)
「キャハ! その顔は聞いたことなさそうだね? そりゃそうだよね、これは私と玄武様以外は知るはずもない歯車なんだから」
「初見の歯車……面白い、受けて立とうではないか」
「あなたに私の猛攻が耐えられるかしら……桜の歯車・壱式……桜桃斬」
桜の花びらの形をした斬撃が西坂に2つ一気に襲いかかる。
「氷の歯車・凍てつく氷風」
氷点下の風が桜の斬撃を凍らせ、動きが弱まったところを粉々に砕いた。
(これぐらいの実力なのか……? 正直、全然手応えを感じない)
西坂はハートの不気味な笑みに違和感を感じる。あたりを見渡すとすでに真後ろに2つの桜の斬撃が襲っていた。
(まずい……この距離では)
急いで刀を斬撃にぶつけその場しのぎを行う。火花が辺りに飛び散っている。西坂の刀はどんどん削られていた。
「キャハ! もうサヨナラの時間だねバイバイ。桜の歯車・壱式……桜桃斬!」
再び同じ技を西坂の方へと放つ。すでに正面で2つの桜桃斬を対応している西坂の背中はガラ空きである。格好の的だ。
(これは……俺は負けたな……)
死期を悟った西坂。だが彼は死ぬことはなかった。
「光の歯車・壱式……光鳴斬」
辺りが突如眩しくなり、桜の斬撃は跡形もなく消え去った。
「西坂、まさかあなたがここまで追い詰められているとは思ってなかったわ。それにしてもあの桜の斬撃はいったいどういう仕組みなのかしら?」
西坂を助けに来たのは榊葉であった。榊葉の到着から遅れて仙木も姿が見えてくる。
「すまない……ハートは玄武の薬を使って新しい歯車である桜の歯車を使って攻撃してくる。初見だから何が来るかわからない。気を付けろ」
「わかったわ。安心しなさい……第4傑として負けるわけにはいかないわ。仙木さん、西坂のことを頼みますよ」
仙木は頷くと西坂のところまで駆け寄る。ハートは榊葉が戦闘態勢に入ると喜びの笑みがこぼれていた。
「キャハ! まさか自ら殺されに来るとはね……あなたも私の新しい歯車、桜の歯車の手によって死になさい!」
「あなたも……って言うけれどあなた、1人も殺せていないじゃない」
「いちいち気に障る女……死ねぇ! 桜の歯車・壱式……桜流し」
桜が雨によって散っていくように、ハートは天高く飛び、元から兼ね備えた柔軟性で榊葉の攻撃を躱し攻めていく。
だが榊葉は勝利を確信したのかなぜか笑っていた。
「なんなのよ! この女、なぜ笑っているのよ!」
あまりのイラつきに思ったことをつい言ってしまったハート。
笑った訳を榊葉がハートに教える。
「あなた……初めてこの歯車を使ったでしょう?」
図星のため焦るハート。さらにどんどんハートを追い詰めていく。
「だから壱式の技しか使えないんでしょ? 残念、そのような安っぽい攻撃じゃ総帥直属の第4傑になんて勝てる訳ないじゃですか」
「うるさい! 簡単に安っぽい攻撃とか言うな!」
「はぁ……もうあなたの茶番に付き合っている暇はありませんのでお遊びはここまでで良いかしら?」
ハートは榊葉が手加減をしていることに驚きを隠せなかった。
(この女……わざと私に攻撃をさせて情報を手に入れていたのね……戦い慣れしすぎている)
「じゃあ、1発で仕留めてあげるわ。光の歯車・弐式……光天波動斬」
天から授かった光を剣に込め剣先から波動の一撃をハートに直撃させる。
もちろんそのような攻撃を受けて生きてる訳もなく跡形もなく消えていった。
「でもこれで新たな収穫ね……どう言う仕組みかは一切わからないけれども、歯車は人の手によって作られる。これはかなりまずいね……」
「あぁ……そうだな」
榊葉と仙木は事の重大さを理解していた。




