3-017 毘沙門天
片咲は屋上に着いてから一直線でとある場所に向かった。それは、大将室であった。
扉を開けると、三叉戟を持った長身の男が資料を懸命に漁っていたのだ。
片咲は声を荒げその男に槍を向け忠告を始めた。
「今すぐその行為を中止しなさい。今すぐやめれば命だけは助けてあげる……」
すると三叉戟を持った男は大きな笑い声をあげながら片咲の方を振り向いた。とても厳つい顔のしたおとこである。片咲はすぐに誰かを把握した。
「貴様と会うのは……はて、何年ぶりであったかな?」
「5年ぶりよ……ネージュ山以来ね毘沙門天……!!」
「まさかあの後、貴様が第3支部の大将になるとは思っていなかったぞ。まぁそれは置いといて……だ、ひとつだけ取引をしようではないか」
「何の取引だ……?」
「存在を消された禁忌の歯車・死の歯車の資料を頂きたい!」
死の歯車という言葉を聞いた瞬間、片咲の顔が急変した。
「なぜ……なぜそれを知っている!!」
「俺が知っていたら、おかしいというのかね?」
(おかしい……その資料は本部に置いていたら盗まれる可能性があるかもしれないから、第3支部の地下室に保管している。それを知っているのは、大将の8人と総帥の9人だけ……)
「そのような資料は私の支部にはない……」
「いや、あるはずだ! だってここにあると教えてくれたからな!」
(つまり……私以外の8人の誰かに情報提供者がいるということ……)
「仮にここにあろうとも……渡すつもりは一切ない」
「まぁ……良い。貴様を殺して本部中いたるところを探すまでだ!」
毘沙門天は三叉戟を持ち、片咲の方へと走っていく。かなり手前の方で三叉戟を前へと繰り出した。
片咲は持っている槍で三叉戟と対抗する。先端どうしがぶつかり合い、激しい火花が飛び散った。大きな煙が立つ。
片咲が煙を振り払うので必死である。周囲の煙を振り払った時、目の前にあったのは毘沙門天の三叉戟であった。至近距離すぎて躱すこともできず、三叉戟は腹に刺さってしまう。
「んぐっ……」
毘沙門天の三叉戟の先端は片咲の血により赤く染まっている。勝利を確信したのか、毘沙門天は余裕の表情を見せ始めた。
(真子と戦った時の疲労が蓄積しすぎて……思うように体が動けない……)
一歩一歩ゆっくりと近づいてくる毘沙門天。それはあまり動けない片咲にとっての死のカウントダウンでもあった。
「最後は、俺の最強の一撃で息の根を止めてやるよ、安心しな。痛いのは一瞬だけだ……」
すると再び扉が開く。現れたのは"虹の家族"の高緑、赤星、そして拓也の3人であった。
もう少しでとどめをさせるところであった毘沙門天は、少し苛立ち始めた。
「ちっ……良いところで邪魔をしよって!! ただで済むと思うなよ」
だが3人とも毘沙門天のことは無視して、片咲の方へと向かっていた。
「どこまでも俺のことを馬鹿にしやがって……」
すでに床には血溜まりができていた。すると拓也があることを言い出した。
「そういえば先程、本部の人たちが増援に来ていました!」
すると高緑が疑問に感じたのか、拓也に対して質問をする。
「いや待てよ。俺たちも増援のはずだが……」
「すごい、童顔の人なんですが……」
「は? そんな人、増援にはいなかったぞ!? 俺が一緒にこの第3支部に……
その時後ろから三叉戟が振り下ろされた。すでに三叉戟は炎を纏っている。拓也たちが話に夢中になっている間に、炎の歯車を憑依させたのであろう。狙いはもちろん1番重症の片咲であった。
(まずい……このままでは片咲大将が!!)
だが、三叉戟が片咲に振り下ろされることはなかった。その攻撃に対抗したものがいたのである。
「残念だが……うちの大将はそう簡単には殺させないよ……」
「ふんっ! そんな力お前にはないと思うがなぁ」
「炎の歯車・憑依…… 我が栄光ある剣に大いなる力を!」
赤星の掛け声とともに剣は炎を纏う。毘沙門天の三叉戟は先程より威力を増して燃えていた。
「俺は今、嬉しくてたまらないんだ……俺の気持ちをこの炎が表している。同じ歯車で戦えることを誇りに思うぞぉぉ!!」
「はいはい、そこら中に山ほど炎の歯車はいますよ」
「生意気なやつめ……炎の歯車・壱式……五月雨炎舞」
五月雨のように三叉戟が素早く激しい動きをする。
だが、赤星にはあまり効果がなかった。
「その程度か……?」
赤星は毘沙門天の攻撃を憑依した剣で全て受け流したのだ。
自身の攻撃が一度も当たらなかった毘沙門天は焦りを感じていた。
「今度はこっちの番だな……炎の歯車・弐式……百花繚乱」
恵比寿を討ち取った時の技を毘沙門天に繰り出す。拓也や高緑は、その鮮やかな剣技に思わず見惚れてしまう。
毘沙門天も赤星と同じく、三叉戟で全て攻撃を受け流した。
どちらが勝ってもおかしくない一進一退の戦いである。
「このままじゃあ、埒があかねぇ……俺が加勢に行くぜ!」
高緑も戦いに参加し始めた。ところが問題が起きたのだ。
「風の歯車……っておい!! どうしていきなり俺の前に立つんだ!」
「なぜって言われても、戦っているからだろ」
赤星と高緑、2人の行動は全く噛み合わなかったのだ。
「貴様らは馬鹿なのか? お互いがお互いの邪魔をしているではないか」
「「うるせぇ!!」」
(そういうところは息ぴったりなんだけどなぁ……)
すると、片咲が刺されたところを片手で押さえながら、もう片方の手で自らの槍を持って再び立ち上がった。
雅よりも出血量は少ないものの、常人では立つことのできない量が溢れていた。
(私はどのみちこれにて引退……最後ぐらい……暴れても問題ないよね……)
毘沙門天は片咲が再び立ち上がるのを見ると、嬉しそうな表情になり赤星と高緑にめがけて、勢いよく三叉戟を刺そうとした。
「水の歯車・水の壁」
片咲の生成した大きな壁により、毘沙門天の三叉戟は攻撃を阻まれた。
更に炎もかき消され、憑依が解除された。
「あなたたち、下がっていなさい……」
片咲に言われたため、大人しく拓也のところまで戻る2人。
「貴様も弁財天と同様で2つの歯車を使える人だったのか。まぁ、だからと言って貴様が勝つと言う補償は一切ないがな」
「ははっ……何を言っているんだ……私の次の攻撃でお前は必ず私に負ける」
「そのボロボロの体でどこまで足掻けるかをこの目で確かめてやる!!」
片咲は動けないと思ったのか、迷うことなく走ってきた毘沙門天。
「雷の歯車・憑依……私の槍に聖なる雷よ、来い……」
片咲は槍に雷を憑依させ、勢いよく地面に突き刺した後、槍の持ち手に手を置いた。そしてゆっくりと目を閉じる。
数秒が経つと、地面に魔法陣が作られた。
(この女……いったい何を……? だが、少し遅かったようだ。もう貴様まであと少し、串刺して終わりだ!)
「光の歯車・光速移動」
三叉戟を片咲に刺そうとした寸前、目の前には拓也がいた。そして攻撃は拓也によって阻止された。
「ぜったぁいにぃぃぃ、この攻撃は邪魔させない!」
体格も間違いなく拓也の方が小さいのにも関わらず押されているのは毘沙門天であった。
「ぐっ……貴様は誰だ!」
「特殊部隊"虹の家族"黄桜拓也だ!」
拓也の剣の力は凄まじく、毘沙門天の三叉戟の先端の一つが欠けた。
「黄桜くん、ありがとう! 準備ができたわ」
地面に作られた魔法陣が神々しく光る。
「悪を滅するため、立ち向かえ!! 雷の歯車・参式……雷龍光波槍!!」




