3-006 紅き剣
---ネージュ山・9合目---
(強すぎる……! 前に戦った、大空さんと比べ物にならない強さだ……)
かれこれ寿老人と戦って数分は経過しているが、圧倒的に劣勢なのは拓也である。
「もう一度……光の歯車・光速移動」
拓也の十八番となった光速移動。それを使い、寿老人に近づいていく。
愛刀"小竜景光"を使い、氷で具現化された鹿の足を切っていく。だがしかし、鹿の足は一瞬にして生えてくるのであった。
(まただ……何度切ってもすぐに、足が生えてくる……寿老人に近づくことができない)
実は寿老人が具現化した鹿は10mの大きさである。跳躍に長けている光の歯車の技を知らない拓也は、どうしても氷の鹿を倒さなければいけなかった。
しかし、何度も何度も斬りかかるも一瞬にして斬られた部位が復活する。拓也の疲労が蓄積していき、寿老人は鹿まかせなため一切、疲れが出ることはなかった。
「貴様は……よく頑張っている方じゃ。何度も何度も勇猛果敢に挑んでくる姿、敵ながら天晴れである。だがもうおしまいにしようではないか……」
(黄桜家を途絶えさせる訳には行かないんだ……)
「氷の歯車・氷の部屋」
外から見ると、大きな正方形のようなものが山にポツンと置いてあるようにしか見えない。
しかし中は、拓也と寿老人のみの2人だけの空間へと変わり果てた。降っていた雪もこの空間の中では一切降らなかった。
「さて、そろそろ決着をつけようではないか……我は背が高くて、お主のことが見えなかったのじゃが、視界が良くなってやっと見えるようになった……。とどめをさしてやろう。黄桜拓也!」
(背が高いって言っても……鹿を入れての身長じゃねーか。鹿がいなかったら、僕よりも小さいくせに調子に乗って……)
「氷の歯車・冷凍光線」
寿老人が持っていた杖と、鹿の口から氷の光線が放たれた。右方向と左方向の2方向からやって来る。
その光線から逃げる拓也。しかし、氷の部屋の四隅に追い詰められてしまった。
(まずい……まずいぞ……そうだ、上に逃げるしかない。けど……跳躍に長けている光の歯車の技なんてある気がしない……)
どんどんと光線は近づいてくる。拓也は覚悟を決めて歯車を使った。
「光の歯車・光速移動!」
拓也は壁を使って氷の部屋の天井まで走って行く。もしここが部屋ではなかったら、間違いなく詰んでいただろう。
「バカめ、我の冷凍光線を天井から放てば、貴様は終わりじゃ……」
寿老人は、自らが床に放っていた冷凍光線を拓也がいる天井付近へと照準を変えた。それに気付いた拓也は壁を蹴って空中へと浮いた。
この部屋の天井はおよそ20m。その少し下で壁を蹴った拓也は十分に寿老人を直接狙える高さであった。
(ここからの高さなら……直接狙える……)
拓也は寿老人目掛けて突っ込んで行く。こちらに来ると知って寿老人は難なく避けた。
急に進路を変えることもできず、せっかくのチャンスを棒に振る結果となってしまった。
(やってしまった……折角のチャンスが……もう1回同じことを……)
と再び壁側に向かおうとするも、寿老人は拓也がギリギリ届かない範囲で氷の壁を作ったため、先ほどのようにできなくなってしまった。
寿老人が拓也に言う。
「足掻きはよすんじゃ……そろそろ諦めて氷漬けになったらどうじゃ……? きちんと標本にしてやるぞ、今後の実験の材料としてなぁ!」
今まで何人もの人が寿老人によって標本にされたと考えると、拓也は背筋が凍った。
(氷漬けにされたら、終わりじゃないか……絶対にあの光線に当たらないようにしないと……)
そして、再び寿老人に向かって走って行く拓也。寿老人の鹿の足元までたどり着く。再び足を斬るが、もちろん、すぐに足は生えてくる。
拓也の意味ない行動に苛立つ寿老人。
「意味ないことを何度もしよって……何も変わらないって分かっているじゃろう!」
しかし拓也の考えは違った。拓也は斬った氷の上に立ち、次々と降ってくる氷を乗り移り寿老人の所まで向かって行く。
(よし、たどり着いたぞ……!後は鹿の胴体に乗るだけ……!)
しかし相手は大型逆賊、それぐらいの対策は練って来ていた。
こちらに冷凍光線を打つ準備ができていた。
「残念だったのう……! だが、これで貴様も標本じゃ……氷漬け! 氷の歯車・冷凍光線」
空中なため避けることができなかった拓也。持っている小竜景光を冷凍光線の方へと投げた。小竜景光が冷凍光線に当たり氷漬けにされた。
そのまま地面に着地した拓也。たが拓也は現在、無防備な状態である。寿老人の鹿がゆっくりと近づいて来た。地面に落ちた小竜景光を持ち必死に逃げる。
(何かこちらにチャンスが来る瞬間はないのか……)
拓也がそう思っている時であった。氷の部屋にひび割れが入り始める。
(え……本当にチャンスが来てくれるの……?)
「炎の歯車・弐式……黒炎十字架斬」
外界にいた誰かによって、寿老人が生成した氷の部屋は粉々にされた。
怒っている寿老人。粉々にした張本人を探すために辺りを見回すと、炎の剣を持っている人がいた。フードを被っているため誰かは分からなかった。
「貴様、我の氷の部屋を潰した罪は重いぞ! 貴様も一緒に氷漬けにし、標本にしてやる! 名を述べよ!」
と言いながら、その潰した張本人は被っていたフードを脱いだ。
潰した犯人の顔を見ると、寿老人は驚きのあまり顎が外れた。外れた顎を急いで手で強く押し、顎を戻す。
拓也は知っている顔で驚きを隠せなかった。
「み……充じゃないか……」
充という言葉に反応した寿老人。今度は腰を抜かしてしまった。
「貴……貴様は、あの伝説の紅き女戦士の異名を持つ元虹色の家族の"赤星泉"の息子の……赤星充じゃないか!!」
充の本名を聞き拓也は思ってしまった。
(赤星家、もう会ってたのかよ僕……)
「わざわざ僕の名前を覚えているなんて……挨拶の手間が省けて助かりました……あ、すいません。もしかして僕のファンですか? サインならお断りですよ?」
「そんなわけなかろう!! 要注意人物ぐらいの名は全員覚えているのじゃ!」
「あなたは確か……七福神の寿老人ですよね? いったいなんの御用何でしょうか? この山を登山目的に来る人は基本フォルジュロンの温泉目的で頂上までは来ませんけど……もしかして何か作戦ですかね?」
「そうそう……実は……おい! 危うく言うところだったじゃないか! ぐぬぬぬ、年寄りだからってバカにしよって……もう許さんぞぉ!!」
「拓也くん、力を貸して欲しい。もちろん貸してくれるよね?」
「当たり前じゃないですか……! 貸さない訳がないじゃないですか!」
そして、充と拓也の2人と寿老人の戦いが始まったのであった。




