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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
承・幼馴染は語りたい。
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夢、懐かしくて優しい残酷な悪夢

「起きなさい大和! いつまで寝てるのよ! もう朝なんだからね!」

 懐かしい声音がキンキンと頭に響き俺はゆっくりと目を開ける。

「他のみんなはもうとっくに起きてるんだから。アンタも早くラジオ体操の準備しなさいよね!」

 俺の身体をすりながら顔を覗き込んでくる小さな顔。その小さな顔には海にひたしたビー玉のように真っ青な色の瞳が付いていた。

 覗き込んだら吸い込まれそうなほど深い色の綺麗な碧眼。

 その碧眼には見覚えがある。

「なんだよ、姫光。朝からうるさいなぁ……」

 俺の身体が自分の意思に反して勝手に動き出し言葉を話す。

「うるさいって何よ! せっかくあたしが起こしてあげたのになんなのよその態度は!」

「んん……俺、起こしてくれなんて一言も言ってないんだけど?」

「はぁ? うっさい大和のバカ! バーカ! ねぼすけ! すかぽんたん!」

 語彙ごい力の無い罵詈雑言を浴びせる小さな女の子。明るい色をした茶髪のツインテールが怒りに呼応してブンブンと振り回される。

「なんでもいいから早く起きなさいよ! これは船長命令なんだからね!」

「はぁ、わかったよ。船長キャプテンの仰せのままに」

 また自分の意思に反して身体が勝手に動き、寝袋からモゾモゾとい出る。

 ナイロン製の低い天井。ミノムシみたいな形の寝袋。手足の短い自分の身体。茶髪のツインテールと青い瞳がトレードマークの姫光と呼ばれる小学生くらいの女の子。

 そして。

「大和、起きたらあたしに何か言うことは無いの?」

「言うこと? なんだよそれ」

「シャイニー海賊団の家訓その1、『あいさつは元気にしましょう』よ。おはようございます、はどうしたのよ?」

「ん、ああ……おはよう」

「ご、ざ、い、ま、す!」

「……おはようございます」

「うん、よろしい。おはよう大和」

 なんだ、このガキっぽい幼稚な会話。小学生じゃあるまいし。

 ──小学生?

 ふと、まるで空中にフワフワと浮いているかのような浮遊感に襲われる。

 姫光と大和と呼び合う小学生くらいの子供。自由のきかない自分の身体。なんとも言えない浮遊感。

 それらを客観的に判断して俺は自分が昔の夢を見ている事を自覚する。

 天井の低いテント。ミノムシみたいな寝袋。ラジオ体操。シャイニー海賊団。

 ああ、そうか。これは小六の夏休みに行ったサマーキャンプだ。

 我ながらまたずいぶんと懐かしい夢を見ているな。

 なんでまたこんな夢を見てるんだ?

 久しぶりに姫光と話したからか?

 夢って確か寝てる間に記憶の整理をする働きがあるんだよな?

 記憶の整理。思い出の断捨離。

 だとしたらきっとこれは悪夢ナイトメアだ。

 懐かしくて優しい残酷な悪夢。

「さぁ、広場に行って元気にラジオ体操をするわよ。ほら、光の速さで走る、ダッシュ、ダッシュ!」

「わかったから、そんなに引っ張るなよ」

 小学生になった俺の手をグイグイと引いてキャンプ場の広場に連れて行こうとする小学生の姫光。

 小さい頃の姫光は今よりもずっと目が青かった。彼方に広がる海の色よりも、雲一つ無い快晴の空よりも、ガラスの様に透き通っていて瞳を覗き込むと吸い込まれそうなほど綺麗な色の碧眼だった。

 俺はそんな姫光の青い眼が好きだった。その視線を独り占めしたくて、俺のこともっと見て貰いたくて。だから、わざと口答えしたり姫光の気をもっと引こうとしてバカなことやって。たまに失敗して怒られて、そんで喧嘩ばかりして。

 そんなことばかり繰り返していたら、気付いた時には姫光に夢中になっていた。

 もっといっぱい姫光と一緒にいたい。

 だから俺は『あの塾』に通う事を決めたんだ。

 みんなが通うあの学習塾に。

 先生がいたあの『直江津サンシャインスクール』に。

 そういえば。

 このサマーキャンプもあの塾が主催したイベントだったな。

 広場に着くと、そこには大勢の人(だか)りがあった。

 サマーキャンプに参加した塾の生徒やその保護者の面々が広場にわらわらと群れてラジオ体操を今まさに始めようとしていた。

 ラジオからあのお決まりの音楽が流れ姫光が「大和早く!」と俺に催促してくる。

 ギリギリのタイミングで間に合った俺と姫光は列に並んで背伸びの運動から体操を始める。

 俺の周りには『みんな』がいた。

 シャイニー海賊団の仲間クルー。俺を含めた八人の友達グループ。

 背の高さ順に前から美夜子みやこたける姫光ひかり大智たいち伊織いおり美未みみ雪雄ゆきお、そして俺が一連に並んでラジオ体操第一を小学生らしく元気に行う。

 この光景は引っ越しする前まで夏休みの間はほぼ毎日見ていた。

 朝が弱いのに姫光に無理矢理にでも連れて行かれて嫌々ながらラジオ体操をしていたっけ。

 姫光のやつがスタンプでもらえる景品を俺の分まで欲しがっていたから仕方なく最後までやり遂げたけど。

 こうして夢で見ると本当にそのことが懐かしい。

「大和。君は本当にだらしがないね」

 ラジオ体操が終わるや否や開口一番、眉を吊り上げて俺に叱責するヤツがいた。

「キャンプとはいえこれは遊びじゃないんだから。時間はキッチリ守ってもらわないと下級生の子にしめしがつかないだろ」

 口うるさくクドクドと俺に説教する黒髪のショートヘア。片目が髪で隠れてどこぞの妖怪少年を連想させる髪型。パッと見だと男か女か判断に困る中性的な容姿。

「なんだよ伊織。学校じゃないのにえらそーなこと言って。キャンプに来てまで委員長ぶんなよ」

 小学生の俺は自身が伊織と呼ぶ『女の子』にそんな文句を垂れる。

「ボクは別にえらぶってなんかいないよ。君が不真面目だって言っているんだ。君がだらしないと同級生のボクまでだらしないと思われるからね」

 一人称が『ボク』の男勝りな性格をした女の子。

 帯織伊織おびおりいおり

 学校でも真面目な優等生として学級委員長のポジションをこなすシャイニー海賊団のナンバー2。父親が警察官のせいか正義感と責任感が強く、何かと口がうるさい。掃除の時間になるといつも俺とか健とか大智の事をクドクドとしかってくる。

「まーまー伊織ちゃん。大和くんがだらしないのは今に始まった事じゃないですから許してあげましょうよ。それに言うじゃないですか、バカは何とかしても治らないってやつです」

 小学生の伊織をなだめるフリをして俺の事をディスりまくる小柄で地味な女の子。クルクルでふわふわした癖っ毛をヘアゴムとヘアピンで無理矢理まとめた髪型が目につく。

「うっせ美夜子。歳下のくせに俺にバカとか言うんじゃねーよ」

「これは失礼しました。大和くんはアホの子の方でしたねー」

 口の減らない後輩の昔をこうして見ると、小学生の美夜子は本当に地味子だな。なんていうか芋っぽい。

「なんだと、このクルクルパーマの猫っ毛みゃーこ」

 美夜子に馬鹿にされた小学生の俺は美夜子の髪をくしゃくしゃにいじり倒してそんなガキみたいな悪口を言う。なんていうか、我ながら本当に頭の悪い悪口だと思う。

「ふぇぇぇ、ひめちゃん聞いてください。大和くんが美夜子をみゃーこって呼んでいじめてくるー。助けてください」

「おまっ、姫光にチクるなよ!?」

 会話に参加している伊織ではなく少し離れてキョロキョロ何かを探している姫光にチクるあたりが本当にズル賢い。しかも嘘泣きで。汚い美夜子汚い。

「なにやってんのよ大和! 美夜子をいじめるんじゃないわよ!」

「べつにいじめてねーよ。美夜子が生意気だから少しお仕置きしただけだって」

「そーゆーのをいじめてるって言ってんのよ!」

 ギャーギャーと口論する俺達を見兼みかねたのか「待って」と間に割り込む学級委員長の伊織。

「ひめちゃん。たしかに人のコンプレックスに漬け込む大和も悪いけど先に大和を侮辱したのは美夜子の方だ。大和だけを責めるのは少し考え直して欲しいな」

「こ、こんぷれっくす? なにそれ恐竜の仲間?」

 小学六年生にしては同年代より比較的に語彙力が高い伊織。伊織の言っていることが理解出来ないのか姫光は首を傾げる。

「コンプレックスは自分の悪い部分とか気にしている部分のことさ。そうだね、劣等感って言えば分かりやすいかな」

「れっとーかん? 何それ、あたしむずかしー事分かんないんだけど?」

「あ、うん。そうだね……えっと、シャイニー海賊団の家訓その2を破った二人は平等にさばかれるべきだとボクは思うんだけど」

 シャイニー海賊団の家訓その2、仲間クルーを大切にケンカせず仲良くしましょう。

 たしか、そんな内容だったと思う。

 シャイニー海賊団の家訓。俺の記憶では全部で十個くらいあった気がする。仲間一人につき一つの家訓を考えて残りの二つは確か先生が決めたんだっけ。

「それに、美夜子。ひめちゃんに言いつけるためとはいえ嘘泣きは感心しないな。ボク、そういうのあんまり好きじゃないかな」

 キッと伊織にとがめられた美夜子は嘘泣きをやめてしょんぼりとちぢこまる。

「あうあう……でも、大和くんは家訓その8を破ったから美夜子より罪が重いと思います」

 家訓その8、男の子は女の子に優しくしましょう。

 これ考えたの誰だよ。これのせいで生意気な美夜子を筆頭にグループ内で調子に乗る女子が増えたんだよなー。ほんとマジ迷惑。

「ちょっと大和。何で自分が考えた家訓破ってんのよ! 意味わかんないんだけど!?」

 はい、俺です。ごめんなさい。

「そういえばそうだったね。それを加味した場合だと全面的に大和が悪いね。うん。大和が罰を一身に受けるべきだ」

「はぁ? ふざけんな、何で俺だけなんだよ?」

 さっきまで微妙に味方してくれた伊織も責める側に回り多勢に無勢な小学生の俺。むしろ、こういうのをいじめと呼ぶのでは?

「美夜子裁判だと大和くんは有罪判決確定で『シャイニングフィンガーの刑』に処されるべきだと美夜子は思います!」

 出たよ、美夜子特有の魔女裁判。

 美夜子裁判とは海賊団内で『弁護士』という役職を与えられている美夜子が独断と偏見で判決ジャッジを決める理不尽な法廷の場だったりする。

 弁護士の娘なのに弁護の欠片もないのは親の教育に何かしらの不備があったのだろう。

 小学生の時は弁護士が判決を下す事の違和感に気付かなかったけど。今だったら「判決下すのは裁判官の仕事だからな!」とツッコミの一つでも入れたのだろうか。

「大和。今すぐ素直に謝ればシャイニングフィンガーの刑は止めてあげるけど?」

「シャイニングフィンガーだけだと生温いね。バスターとビームも追加していいんじゃないかな?」

「どうせなら全部のせのフルコースにしましょう!」

 謝れば許すという姫光に対し刑罰の加算を進言する伊織と美夜子。しかも美夜子のやつに至っては元凶なのにノリノリという始末である。

「くっ、俺も男だ。やるならやれよ!」

 哀れな小学生の俺。男らしく振る舞いたいのか、謝罪ではなく刑罰の方を選択する。なんていうか俺、馬鹿すぎるだろ。

 もしかしたら、異端審問にかけられたジャンヌダルクもこんな風に吊るし上げられて火刑に処されたのではないだろうか。

「大和はバカね。謝れば許してあげたのに。ほんと、大和はバカなんだからっ」

 そんな事を言いながら、どこか嬉しそうな表情を浮かべてジリジリと小学生の俺に詰め寄る姫光。

「ひっさつ! シャイニング──」

 姫光が両手を振りかざす絶対絶命のピンチの最中、小学生の俺に一筋の希望の光が差し込む。

「みんな楽しそうだね。先生も混ぜてもらっていいかな?」

 その優しさに満ちた声音に女子三人が蛇に睨まれた蛙の如く身体をビシッと硬直させる。

「ぴょっ!? せ、せんせー。いつからそこに居たんですか?」

 変な声を上げて先生に質問をする姫光。

「先生、これはその……違うんですよ。ボク達は別に……その、違うんです」

 しどろもどろになりながら必死に意味不明な弁明をする伊織。

「あわわわわ……」

 恐怖のあまり言葉にすらなっていない美夜子。

「姫光ちゃんの質問に答えるなら、そうだねーー伊織ちゃんが大和君にお説教してるくだりから、ちょっと遠くの方で様子を見守っていたよ」

 朗報、先生は全てを見ていた。

 やったね、女子どもマジざまぁ!

「当然、大和君が美夜子ちゃんの髪をくしゃくしゃにしている場面も、ね?」

 悲報、先生は全てを見ていた。

 先生は中腰になり小学生の俺の頭にポンと手を置く。

「……先生、俺は……」

「大和君?」

「……はい、気をつけます」

 先生は小学生の俺達に問う。

「みんなはシャイニー海賊団の家訓その9を覚えているかな?」

 家訓その9、悪い事をしたら、ごめんなさいと言える素直な子になりましょう。

 先生の問いにその場にいる一同が「はい」と答える。

「うん。じゃあ、後はどうすればいいか分かるね?」

 優しい声音で先生は背も人間の器も小さい小学生の俺達をさとす。

 ごめんなさい、と。

 不揃ふぞろいで不出来な俺達は互いが互いを見合い、深々と頭を下げる。

 なんていうか。

 文字通りの意味で先生には頭が上がらない。

 今も昔も先生や教師と呼ばれる役職の大人には何人か出会ってきたけど。

 俺にとって恩師おんしと呼べる大人は後にも先にも一人しかいないのかもしれない。

 勉強よりも大切な事を教えてくれたのは『この先生』だけだった。

 直江津サンシャインスクールの塾講師、月岡司つきおかつかさ先生。

「じゃあ、仲直りも済んだことだし、みんなで朝ご飯の準備をしようか?」

 先生の呼びかけで健を含んだ他の四人も集まり、みんなでワイワイと朝食の準備を始める。

 ああ、やっぱり。

 ──やっぱりこれは悪夢だ。

 こんな夢を見たら二度と目を覚ましたくなくなる。現実が辛すぎて起きた時に絶望感で胸が苦しくなる。

 懐かしくて優しくて。

 甘くて、幸せな。

 もう二度と戻れない過去の夢。

 胸が苦しくて切なくなる。

 どんなに望んでも、この光景を見ることは夢の中でしか出来ないから。

 もう、先生とは夢の中でしか会えない。

 だって。

 先生はもう──この世のどこにもいないのだから。

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