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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
承・幼馴染は語りたい。
8/61

深夜、我が家のブレーカーは脱衣所にある

 思い返せば事の発端は俺が姫光のそんなお願いを容認した事だろう。

「気にしないって言っといてあれだけど、なんだかんだで服も濡れちゃったし。出来たらついでに洗濯も……」

 言われて見ると水に濡れてキャミソールの腹部が微妙に透けていた。さっきの水しぶきだけでこんなに濡れるのは不自然だ。おそらく洗ってる最中にも水が跳ねて服に付いたのだろう。

 もしかして、モジモジしていた理由はこれだったのか?

「あと、出来たらあんまりジロジロ見ないで欲しい……かな」

 その言葉にカッと顔が熱くなる。

「悪いっ! 気付かなかった! 風呂場は好きに使ってくれ!」

 慌ててケバケバになったクロを抱き上げ浴室から逃げるように脱出する。

 その後の俺の行動はこうだ。

 一度収まったはずの劣情が悶々と湧いてきて、このままだと取り返しのつかない事をやらかしそうだと思い、気持ちをしずめるために台所でザブザブと顔を洗い、ゴシゴシと念入りに歯を磨く(何故歯を磨いたのかは自分でもよく分からないけど)。

 そして、冷えに冷え切った冷凍エビピラフを冷凍室から取り出し一人分の量を皿に移し、電子レンジに入れてタイマーをかける。

 何かしないと落ち着かないというか、待っている間が手持ち無沙汰だったので足元でウロウロしていたクロを捕まえてケバケバした毛を乾かそうとドライヤーのスイッチを入れたその瞬間だった。

 フッと辺り一面が暗闇に包まれた。

 ブレーカーが落ちた瞬間である。

「ひょわぁ!?」

 遠くの方から、というか風呂場の方から妙な悲鳴が聞こえた。

「…………」

 我が家の配電盤ブレーカーは脱衣所にある。

 だから。

 今から起こることは不可抗力であり事故みたいなもんで、俺に非はあまり無いと思う。

 それに悲鳴を上げた幼馴染をほったらかしにするのは男として如何なものかと思う。

 ブレーカーを上げるという免罪符を手に入れ俺はスマホの灯りを頼りに風呂場に向かう。

 割とワクワクした気分で。淡い期待を抱きながら。

「そっちは大丈夫か?」

 そんな芝居臭い言葉を吐いて。

 結論を言う。

 この『惨状』を招いた原因は抑制出来なかった俺の邪な下心が全て悪い、と。

 スマホの灯りを頼りに脱衣所に入ったタイミングで姫光が「入ってこないで!」とアメフト選手顔負けのタックルを繰り出した。それをもろに喰らいそのまま押し倒されて揉みくちゃになる。そして姫光に「アンタは動かないで!」とマウントを取られてから数分が経過。

 そして──。

 そして現在、今である。

 普通の女子なら身を隠すのが正しい行動なのに、なんでこの幼馴染はワイルドに捨て身タックルなんてしてきたのだろうか?

 しかも素っ裸で、だ。その思考回路が理解できない。

「…………」

 思い返すとぶつかる前に変な声を上げていたような気がする。

 もしかしてタックルじゃなくて足を滑らせて転んだのか?

 まぁ、どっちにしろ真相は闇の中なんだけど。

「……ねぇ、大和。さっきからまた黙ってるけどさ、何かあったの?」

 俺から遠ざかり、安全圏である浴室のドアの向こうから姫光はそんな事を言う。

「あたし今、凄く怖い」

 怖い? 何が? 暗闇がか?

 いや、違う。姫光は暗がりを怖がるほど臆病な奴じゃない。

 怖いのはおそらく──。

「大和があたしの事『襲う』つもりで()()()()()()()んじゃないかって。あたし今、大和の事疑ってる」

 やっぱり俺の方だったか。

「ねぇ、大和。お願いだからさ、何か、喋ってよ……」

 ドア越しに震える声が聞こえて、頭からつま先まで熱を帯びていた身体が一気に冷える。

 血の気が引くとは言うけど。

 冷静を通り越して心が凍えて死にそうになる。もうすぐ夏だというのに。冗談でも笑えない。

「悪い。目を閉じてたから、お前が何処まで行ったのかよく分からなかった」

 まぁ、それは微妙に嘘なんだけど。

 姫光に嘘はつきたくないけど。嘘も方便。この嘘は必要な嘘だと思うから。

 今度は良く考えて喋らないと冗談抜きで取り返しのつかない結末が待っている。

「なんていうか、デリカシーが無くてごめんな。ノックもなしに入って悪かった」

 現実世界に漫画やアニメみたいな御都合主義ラッキースケベなんてものは存在しない。在るのは善と悪、そして罪と罰。

「姫光、一つだけお前に言っておきたい事がある」

 俺の言葉を待っているのか、姫光はさっきから一言も返事をしていない。

 重い静寂に耳が痛くなる。

 それでも言わなければならない事がある。今の状況はそこまで追いつめられている。

「お前を傷付けるような事は“絶対”にしないから。それだけは信じてくれ……」

 今更そんな事を言っても白々しく聞こえるかもしれない。けど、これは間違いなく俺の本心だから。それだけは信じて欲しかった。

「じゃあ、なんで」

 姫光は。

「なんであの時、あたしに『あんな事』したの?」

 そう俺に訊いてきた。

「…………」

 そうだよな。

 やっぱりそうだったんだ。

 姫光も俺のこと疑っていたんだ。俺のこと犯人だって思って──ありもしないデタラメを今も信じているんだ。

「…………」

 仕方ないか。だって俺だし。そりゃ、疑われてもおかしくないか。

 姫光は何も悪くない。もしかしたら他の奴らだって。

 分かってるよ。

 傷付く覚悟は出来ていた。

 なのに、どうして。

 俺はこんなにも現実を受け入れられないのだろう。

「エビピラフ、電子レンジの中に入っているから食べる時軽く温め直してくれ」

 姫光の質問には答えず俺はそんな事を言いながらブレーカーを手探りで上げる。そして脱衣所がパッと明るくなる。

「家の物は自由に使っていいから。お前が帰るまで好きにくつろいでくれ」

 浴室の方には一切目を向けず、姫光の返事も待たずに俺はその場を離れる。

「俺はもう寝るから。じゃあな」

 去り際にそんな捨て台詞みたいな言葉を残し、逃げる様に自分の部屋に入ってベッドに倒れ込む。

 もう、ぐちゃぐちゃ考えるのが嫌だ。ただひたすらに面倒臭くて辛い。

 どうして俺はこんなに精神がもろいのだろう。

 もう寝よう。寝て忘れて嫌なことも、面倒事も全部、明日の自分に押し付けよう。

 そう思ったからだろうか。それとも、知らず知らずのうちに精神的どころか肉体的にも疲労がたまっていたのだろうか。

 普段なら深夜一時を回らないと絶対に寝ないはずなのに。

 この日は珍しく日付の変更を待たずにあっさりと眠りにつく事ができた。

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