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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
転・重なる唇、繋がる身体
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送迎、送る人、迎える人(後編)

 昨日ぶりのはずなのに、今日の伊織はいつもと違ってなんだか少しだけ華やかに見えた。

 パッと見で分かる変化は、今の今まで前髪で隠れていた右目が今日ははっきりと見える様になったことくらいだけど。

 それ以外は特に変わった様子はない。

 右目が出ている。髪型がちょっと変わっただけ。

 たったそれだけのはずなのに。

 どうして俺は、こんなにも伊織の顔を見入ってしまうのだろう。

「具合はどう? 見た感じだと快方した様に見えるけど」

「……ん? ああ、大丈夫だよ。熱はもう下がったから」

「そっか。ごめんね、連絡もなしに迎えに来て。迷惑、だったよね?」

 意外にも伊織の口から謝罪の言葉が出た。

「いや、別に迷惑ではないけど……」

 迷惑ではないけど正直言って困る状況ではある。

 伊織のやつ、なんで家に来たんだろ。何かの確認だろうか?

 隠れてはいるけど俺の後方にはエロ可愛いメイド服を着用している玲奈さんがいる。

 いくら知り合いとはいえ、あんな恥ずかしい格好をした女性を家にあげた事が万が一にもクソ真面目な委員長様にバレでもしたら……俺は間違いなく社会的な死を迎える。

 考えただけでもゾッとする。

「ところで、なんでわざわざ家にきたんだ?」

 用件によってはお引き取りしてもらおうと思った。我が家に社会的対人地雷デリバリーヘルスもどきがいる状態なので客対応は慎重に行う必要があった。

「うん。大した用事じゃないんだけど──」

 そう言い掛けて伊織の視線が何かをキッととらえた。

 ヤバイ気づかれたか!?

 もう終わった。さようなら俺の社会的地位。

 そう思っていたけど。

「ワン!」

 伊織が見ていたのは俺の足元で尻尾をブンブン振っている黒い毛玉だった。

「…………っ」

 声を詰まらせガバッとしゃがみ込む伊織。急にしゃがんだせいでふわりと制服のスカートが宙を舞った。そのせいでタイツの繋ぎ目とタイツ越しの純白な下着が俺の目にハッキリと見えた。

「……クロ、ボクだよ。伊織だ。ボクのこと覚えてる?」

 クロに対してまるで数年ぶりに再会した親子のように接する伊織。

 どこか不安な面持ちの伊織はジッと愛犬クロの反応を待つ。

「ワフッ」

 コロリと、お腹の白い部分をさらけ出すクロ。

 服従のポーズが「さあ、存分にモフれ!」と言っている感じだった。流石は賢いうちの愛犬だ、客対応をちゃんと心得ている。

「ふわあぁぁ……♡」

 嬉々とした顔でクロのお腹を撫で回す伊織。その顔は恍惚こうこつとしていて完全にとろけていた。

「わぁ、凄いモフモフだ。毛がフワフワしてて凄い。凄い。凄い可愛いよクロ。うん凄い」

 普段からは想像がつかないほど伊織の語彙力は大幅に低下していた。完全にクロにメロメロだった。

「…………」

 伊織のやつ本当に犬が好きなんだな。

 ふと昔を思い出した。

 小さい頃、まだ俺が柏崎性だった時も伊織はあの家にやって来てこうやって犬を撫でて遊んでいた。

 自分も犬が飼いたいと言いながら。

 この家でクロを飼い始めてからも何かあればクロに会わせて欲しいと言っていた。

「………」

 そうだよ、こいつにもちゃんと可愛いところがあったんだ。どうして俺はそんな事も忘れていたんだ。

「ん〜やっぱりこの匂いがたまらないんだよねー」

 クロを持ち上げてお腹に顔を埋める伊織。なんだか行動がだんだん過激になってきた。

「すーはーすーはー。ふぅ……」

 犬を吸うという愛犬家の高等テクを披露する伊織。完全に我を忘れている様子だった。

「わんわんかあいー。わんわんだいしゅきー。わんわんわわーん」

「…………」

 うーん。

 これは凄まじいキャラ崩壊だ。トリップしてるってレベルじゃねーぞ。

 伊織の誠実なイメージを守るためにも、ここはそろそろ現実世界に戻ってもらわないとかな?

「……ところで用件って何?」

 俺がそう声を掛けると伊織はハッと我に返った。

「……あ、うん。単純に迎えに来たってのもあるんだけど」

 伊織は言う。

「……ちょっと伝言を頼まれているんだ」

 珍しく歯切れの悪い言い方で。

「まぁ、美未からなんだけどね」

 その節目がちな視線はどことなく俺の顔色を伺っている様に見えた。

「美未から? 何を?」

「うん。大和に貸した懐中電灯を返すようにちゃんと言ってくれって」

「…………あっ」

 そこで俺は体調不良ですっかり忘れていた美未との約束を思い出した。

「本当なら昨日会うはずだって言ってたけど?」

「…………おおう」

 やべえ、約束を完全にすっぽかした。

 昨日はそれどころじゃなかったからなぁ。

 いや、というか。

「お前、昨日美未と会ったのか?」

「うん。ちょっとね」

「…………」

 ちょっとね、か。

 珍しいことがやけに重なったと思う。

 伊織のイメチェンも、伊織が家に来ることも、伊織が美未と会っていることも。

 俺の知らない場所で何かが起こっている。そう思わずにはいられなかった。

「それでね。安否確認と伝言のついでに今日は君を迎えに来たんだ」

「そうか。御足労させて悪かったな」

「ううん。ボクは平気だよ」

「ちょっと待っててくれ。今から支度するから──」

 そう言って後ろを振り向いたら、必死に隠していた社会的地雷がこともあろうに俺の背後にまで迫っていた。

「おはようございます。伊織お嬢様」

 伊織に向かって礼儀正しく挨拶をする玲奈さん。

 一瞬だけ肝が冷えた。だが、どうやら社会的死亡だけは回避出来たみたいだ。

 玄関に出てきた玲奈さんの服装はさっきまでのエロカワメイド服ではなくノースリーブのブラウスにロングスカートのいかにもお姉さんと言った感じの服装だった。

 いつの間に着替えたんだ。

 流石に着替えるだけの良識はあったんだ、と俺は内心で安堵の溜息を漏らした。

「…………あれ、玲奈さん?」

 キョトンと呆気にとられた様子の伊織。

 そのいぶかしむ表情は玲奈さんがいる事に対して疑問を抱いている感じだった。

「坊っちゃま。玲奈は断腸の思いで伊織お嬢様の応接をいたしますので……申し訳ございませんが身支度は坊っちゃまお一人でお願いします」

 拳をキュッと握り「ファイトです」と俺に一声かける玲奈さん。

「いや、着替えくらい一人で出来ますよ……」

 一人でできるもん。子供扱いはやめて欲しいな!

「あの……」

 戸惑っているのか視線が右往左往する伊織。

「さぁ、さぁ伊織お嬢様。少しばかりお話しがございますので、どうぞリビングへお越し下さいませ」

「いえ、ボクは……」

「大丈夫ですよ。この家の敷地をまたいでも“誰も文句は言いません”から」

「……はい。分かりました」

 玲奈さんに先導され伊織は家に上がる。

「お邪魔します」

 何かを納得しかねる様子でリビングに消えていく伊織。それを見送って俺は自分の部屋に行き着替えを始める。

 パリッと綺麗になった制服を身に付けて玲奈さんの仕事ぶりに感心しつつ下の階に降りると、二人はリビングでコソコソと何かを話していた。


「──という、事情がありまして」

「……そうなんですね。分かりました」

「はい。何卒この件は御内密に」

 うん? ……二人で何を話してるんだろ?

 そう思ってリビングに入ると玲奈さんは側にゴーヤを置かれた猫みたいにピョンと飛び上がった。

「ぼ、坊っちゃま。お支度は終わりましたか?」

「はい。終わりましたけど?」

「うん。良い制服の着こなしです。流石は坊っちゃま、大変カッコイイですよ。惚れ惚れしちゃいます」

 どこかギクシャクしている様子の玲奈さんに一抹の疑念を感じながら、ふと伊織に視線を向けると「な、何もないからね?」と目で訴えかけられた。

 隠し事するのが下手な二人だなと思った。

「では、準備も整いましたので僭越せんえつながらこの玲奈が坊っちゃま達を学校まで送ってさしあげます。さぁ、坊っちゃま遠慮なさらずに玲奈の車までお越し下さいませ」

 そそくさと席を立ちグイグイと俺の背中を押す玲奈さん。

「いえ、流石にそこまでは申し訳ないですよ」

「何を仰いますか! 病み上がりの坊っちゃまを歩かせるなんて酷い仕打ち、玲奈は断じて許容できませんよ!」

「歩くだけなら今までもやってますけど!?」

「そ、それに時間もあまり残っていませんので万が一にも走らなければいけない事態に陥るかもしれませんよ!?」

「走るって俺は自転車──」

 言い掛けて思い出した。

 そういえば自転車を駅に置いたままだった。

 昨日の帰りは美夜子の親父さんに送ってもらったから。

「……伊織はどうやって来たんだ?」

「ん? ボクは徒歩だけど?」

 時間を確認したら確かに電車までの残り時間が間に合うか微妙なラインだった。

 それに、駅に行ったらアイツと会うかもしれない。

「……大和。人からの厚意を無下にする行為は君にあまりやって欲しくないかな」

 ポツリとそんな事を呟く伊織。

 どうやら、ここは玲奈さんの厚意に甘えた方が良さそうだ。

「……玲奈さん。お願いしても良いですか?」

「はいっ、かしこまりました!」

 ほぼノータイムで元気の良い返事をする玲奈さん。その言葉を待っていたという感じだ。

「大和、懐中電灯を持っていくのを忘れないでね?」

「お、おう。忘れてない、ぞ」

 指摘されるまで忘れていた懐中電灯をスクールバッグに入れ俺は玄関に向かう。

「……おい、伊織。人の家の愛犬をお持ち帰りすんなよ?」

「う、うん。持って帰らない、よ?」

 指摘するまでクロを手放さなかった伊織はシュンとした顔でクロを下ろした。

「バイバイ、クロ。またね」

「…………」

 別れを名残惜しむ伊織。本当に犬が好きなんだな。

「また来いよ。今度は俺の代わりに散歩でもしてくれ」

「……う、うん。約束だからね?」

「ああ」

 本当、そんな嬉しそうな顔するとかどんだけ犬が好きなんだよ。

 愛犬のつぶらな瞳に見送らせて玄関に鍵をかけると、自宅の前からブォンと重厚感のあるエンジン音が聞こえた。

「坊っちゃま、伊織お嬢様。どうぞこちらへ」

 玲奈さんはいかにもスポーツカーといった感じのやたら車高が低い自動車に近付き後部座席のドアを開ける。

 玲奈さんのイメージに似合わないバリバリの改造車だった。ドリフトしながら湾岸とか走ってそう。というか、これだと車検通らないんじゃ?

「お、お世話になります」

「よ、よろしくお願いします」

 両サイドから恐る恐る車内に乗車する俺と伊織。伊織もまさかこんな車に乗るなんて予想して無かったのだろう。

「それではシートベルトをお着けしますね」

「あっはい」

 荷物をトランクに積み終えた玲奈さんはガッチリと俺をシートベルトで固定した。

 うん。シートベルトは大事だよね。なんか普通のシートベルトと形が違うけど。

 伊織は乗り込んだ時点で自主的にシートベルトを固定していた。流石は警察官の家系。そういうところはキチンとしている。

「では発進しますね」

 キュルルルル、と。

 うるさいエンジン音の後にタイヤの空回りする音が聞こえた。

「あら、申し訳ございません。つい、いつもの癖でやっちゃいました」

 テヘッと舌を出す玲奈さん。いつもやってるんだ、ちょっと怖い。

「……玲奈さん。くれぐれも安全運転でお願いします」

 わずかに声のトーンが下がった伊織。親の教えに従っているのか車の運転には厳しいようだった。

「だ、大丈夫ですよ。坊っちゃまと帯織家の御息女様に粗相そそうな真似は致しませんので……」

 少しばかりテンションが下がった感じの玲奈さん。

「では、発進します」

 その後は特に問題もなく、俺と伊織は玲奈さんの運転で無事に学校の校門に到着した。

 お世話になりましたと、二人で別れの挨拶を済ませ俺と伊織は生徒玄関に向かう。

 本当に感謝しても足りないくらい玲奈さんにはお世話になった。

 この件は後々で何かしらのお礼をしないとだよな。

 そう思っていたんだけど。

 ただ一つだけ、玲奈さんに対し懸念があった。


「あっ、お疲れ様です谷浜たにはま婦長。はい、はい……えっ、シフト表の勤務時刻を間違えてる? ちょっ嘘ですよね!?」


 去り際に玲奈さんが何かとんでもない事をやらかしている感じの通話内容が耳に入ってなんだか申し訳ない気持ちになった。

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