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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
承・幼馴染は語りたい。
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深夜、ノープランの匂い

 うちに来いよ、と大見得切って言ってはみたものの。家出少女の幼馴染に対する具体的な対応策があったかと問われれば、それはやはり否なわけで。

 俺は基本的に考えてから行動に移すタイプの人間だ。リスクリターンをはかりにかけ起こり得る事象をある程度予測してから自分が考えうる限りの最善手を選択する。感情に流されず合理的な判断を下すために。

 今までずっとそうしてきた。自分を守るために。

 でも、今回はそうじゃない。

 その場の衝動で行動を決め、感情に任せて言葉を発した。

 うちに来いよ。

 冷静に考えて、深夜の自宅に幼馴染を招く行動はどう見ても異常事態である。

 傷心の少女。親のいない家。一つ屋根の下。二人きりの空間。

 そんな状況を世間ではおそらく『お持ち帰り』と呼ぶのだろう。

 お持ち帰り。送り狼。

 俺も男だから。少しは()()()()()()を考えたりもする。

 そんな邪な気持ちは一切無いけど。心の何処かで爪の甘皮くらいは期待している自分がいる。

 我ながら大胆な行動ムーブを取ってしまったと思う。

 その場の衝動に任せた自分の行動。褒めてやりたい気持ちと責めたい気持ちが脳内でバチバチとせめぎ合う。

 家に着いてからの振る舞いをどうするか、俺は頭の中でそんな事ばかりを考えていた。

 クロを連れて歩く姫光の後をただ追うだけの帰路。悶々とした気持ちを抱えているのが凄く気不味くて、華奢な背中に声の一つもかけられない。

 姫光と話がしたいのに家に向かう道中、会話らしい会話も無く。

 感情に身を任せれば色々とスッキリ出来るだろうに。

 ほんと、自分の意気地の無さに呆れるしかない。

 やはり気持の整理を着けるには時間が足りていないのだろう。

 まぁ、でも今回の行動に対して一つだけ自信を持って言える事がある。

 後悔だけはしていない。それだけはハッキリと言える。

 午後十一時頃。自宅付近。

 愛犬を回収してから歩くこと約三十分。思いの外、時間がかかったけど特に問題も無く自宅周辺まで来られた。

 警察なんて特定の場所をうろつかない限りそうそう出会す事も無いし。

 おそらく一番の面倒事は置き去りにされた事を野生の勘で感じ取ったクロがねて暫くの間その場から動こうとしなかった事だろう。一緒に置いてきた散歩セットを八つ当たりでガジガジかじっていたのを見るあたり相当気を揉んでいたに違いない。

 しかしながら、賢い愛犬とはいえ所詮は犬。姫光がリードを持った途端に機嫌が良くなり尻尾をブンブン振って散歩を再開していた。

 その反応に飼い主としては少し思うところがあるけど。

 もしかしたらクロも久しぶりに姫光に会えて嬉しかったのかもしれない。

 そして現在。自宅の玄関。

 玄関の鍵を開錠しドアを引いて「入れよ」とうながすと姫光はおずおずと中に入る。

「お邪魔します……」

 誰もいない我が家に挨拶をする姫光。

「……あれ? 大和のママはいないの?」

 廊下の奥を覗き、姫光はそんな疑問を口に出す。

「母さんは仕事、今日は帰ってこない」

 俺はありのままの事実を姫光に伝える。

「へ、へぇ……そうなんだ……」

 さっきまで割と平然だった姫光の言動が一気にぎこちないものへと変わる。

「そっか、大和ママは仕事で帰ってこないんだ……はは、ははは……」

 どうやら姫光も自身が置かれている状況を察知したようだ。

「そうだよね。家に人がいたら玄関に鍵、かけないよね……」

「…………」

 静寂が訪れ玄関に気不味い空気が流れる。

 早速というべきか、脳内でシミュレートしていた流れと違う事象が発生してリアクションに困る事態におちいってしまった。

 まさか、姫光が二人きりを意識するとは思わなかった。

 俺が知っている中学時代までの姫光の性格ならそんな事一切気にせず我が物顔でズカズカと家に上がり込んで好き勝手にくつろぎそうなイメージだったけど。

 まずいな、二人きりを意識されたら「やっぱりあたし帰るね」とか言われても何ら不思議じゃないぞ。

「っ…………」

 どう対応しようかと頭を悩ませ視線を下に落としたら、玄関の段差にちょこんと座る黒い毛玉が目に入った。

 口実発見。

「まぁ、遠慮すんなよ。リビングでテレビでも見ながら適当にくつろいでてくれ」

 そう言って中に入り、後ろ手で扉を閉め鍵を施錠する。

「クロの脚を拭いたりするのにけっこう時間がかかるから。こっちは気にしないでくれ」

 選ばれたのは作業を口実にして話題をそらす作戦だった。俺は即座に行動を開始する。

 ドアの前に陣取りクロ専用の玄関マットとタオルを使い散歩で着いた脚の土汚れをせっせと拭き取っていく。

 さり気なく姫光の退路を断つことに成功した瞬間だった。

「……クロ、大きくなったね」

 リビングに行かず、玄関の段差に腰掛け、まじまじとクロを見詰める姫光。

 行動を見る限り、どうやら姫光の中で帰るという選択肢は無くなったようだ。

 そうだと思いたい。

「……六年も飼ってるんだ。そりゃクロもいい歳した大人になるさ」

「そっか。もう六年も経ったんだ……」

 感傷に浸っているのか、どこか寂しそうな声音で姫光は言う。

「アンタがこの家に引っ越したのも六年前だったよね」

「……ああ、そうだな」

 六年前。それはクロを飼い始めた年であり父さんと母さんが離婚した年でもある。

 小学五年生だったその年に俺は『みんな』が住んでいる集落から離れ今いるこの家に引っ越してきた。

 引っ越しとは言っても徒歩で三、四十分くらいの距離しか離れていない。地元の範囲内から出ていないため学校も学区も変わらないままだし、学業の方に関しては大して影響が出なかった。

 離婚して変わった事なんて、せいぜい名字が変わって家族が減って母子家庭になったことくらいだろう。

「六年前かぁ……あの頃は、楽しかったなぁ」

 そう言って、姫光は昔を懐かしむように思い出話を語る。

「毎日、どんなことして楽しく遊ぶか、そんなことばっか考えてさ。塾に行っても勉強なんかそっちのけで、みんなでワイワイ馬鹿みたいにはしゃいでたよね」

「……ああ、そうだな」

 ほんと、学習塾に何しに通ってたんだよって思われてもおかしくないレベルで遊んでばかりだった。

 あの頃は子供だから、何をしても大体の事は許された。無責任なほど自由で理不尽なほどに真っ白で無垢だった。

 遊んで身体がドロドロに汚れても服の汚れなんて洗えばすぐに落ちるし、あの頃は汚れる事なんて全然気にしていなかった。

 今は汚れる事がただひたすらに怖い。

「…………」

 駄目だ。

 汚れが中々落ちない。

 姫光と話せば少しは綺麗になれると思ったけど。

 少しだけ昔話をした程度でこの有様だ。すぐに嫌なことを思い出して会話に行き詰まる。

 こんな状態で、これから先も姫光とちゃんと向き合っていけるのか?

 拭いた程度で汚れが落ちるなら最初から苦労なんてしてないはずだ。

 罪の意識を払拭して憑き物を落とせていれば苦悩だってしなかったはずだ。

「…………」

 やはり、自分らしくない行動をとったくらいで人間性がそうそう変わるわけがーー

「……ねぇ、いつまで脚拭いてんの?」

「っ!?」

 姫光の指摘で自分がネガティブの深海にブクブクと沈みかけていた事に気が付く。

「あ、ああ……思ってたより土汚れが酷くてさ。これはもう拭いた程度じゃ落ちないな」

 そう言って自分の愚かさを自覚する。

「…………」

 何を考えていたんだ俺は。

 汚れた事を悲しんで、中原中也の詩じゃあるまいし。

 これじゃ思春期丸出しの痛い奴じゃないか。

 馬鹿馬鹿しい。

 今はそんなことを考えるより、神様がくれたこのささやかな異常事態イレギュラーを最大限に活用するのが先決だろ。

 今は失った物を取り戻すことだけ考えろ。

「……地面にへたり込んでたから脚だけじゃなくて腹のあたりも汚れてるしな」

「ふーん。どうすんの?」

「……そうだな、風呂場に連れて行ってシャンプーで丸洗いするのが一番手っ取り早い方法かな」

 俺はマットとタオルを手早く片付け次の行動に移る。

 今度こそ覚悟を決めるために。『あの事』を姫光に話すためにも。今は、もう少しだけ時間が欲しい。

「俺はクロを風呂場に連れて行くから。お前はリビングでゆっくりしててくれ」

 そう言うと姫光はまたもや予想外の反応を見せる。

「あたしもクロのシャンプーやりたい!」

「………えっ?」

 子供じみた幼馴染の要求に困惑を隠し切れない俺。

「いや、その……あれだ。客人にそんな雑事をやらせるのは申し訳ないというか……」

「別にいいじゃん。あたしだってクロのお世話したいし」

「いや、な。ほら、シャンプーすると場合によっては濡れたりするから」

「あたしは別に気にしないけど?」

「いや、でもな……」

 狼狽えている俺に姫光はトドメの一撃を喰らわせてくる。

「これは船長命令よ」

 クロのシャンプーを口実にいったん距離を置いて入念な心の準備をする予定がその一言であっさりと崩壊した。

 船長命令。

 船長キャプテンの姫光だけが仲間クルーに下せる絶対遵守のお願い。

 子供時代にもうけたごっこ遊びの規則ルール

 あの時は無茶なお願いでも可能な限り応えてきた。命令にそむくと機嫌をそこねて後が面倒臭くなるから。

 でも、今はその規則に強制力もなければ遵守する義理も無い。

 シャイニー海賊団はとっくの昔に解散している。もう船長命令に従う必要は無いはずだ。

 だけど。

 そんなニコニコと小さな子供みたいに悪戯っぽく笑われたら俺は──。

「……分かったよ。船長キャプテンの仰せのままに」

「ふふっ、分かってんじゃん」

 どうやら観念するしかない様だ。

「……まったく。相変わらずキャプテンシャイン様はワガママだよな」

「はぁ? いつあたしがワガママ言ったのよ?」

「からむなよ。これでもめてんだからな?」

「ん? 褒めてる? なんで?」

「お前らしいって事だよ」

「んんん?」

 首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる姫光。まぁ、ワガママが褒め言葉とは普通思わないだろう。

 それでも、姫光が昔のノリで接してくれてる事が俺にとっては嬉しかった。

「んー、なんか褒められて気がしないんだけど?」

「まぁ、そんな事は置いといて。風呂場に行くぞ。俺はクロを抱っこするからお前は先に行ってくれ」

「んん? なんでクロ抱っこするの?」

「抱っこして連れて行かないと逃げるからだよ」

「あー、なるほど。分かった」

 納得した様子で風呂場に向かう姫光。俺もクロを抱っこして後を追う。

 もしかしたら。

 今も昔もこの力関係と立ち位置だけは変わらないのかもしれない。

 姫光がお願いして俺がそれを叶える。船長と船員の関係。

 幼馴染の間柄。仲間意識。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 もしも、その関係性を変える可能性があるのなら。

 それはおそらく。

 俺が姫光の船長命令おねがいを断った時だろう。

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