陰謀、彼が知らないこと。彼が知らなくていいこと(前編)
病院から離れて自宅に到着するとお父さんはそそくさと車に乗ってまた事務所に戻って行きました。
「みーちゃん。お留守番頼んだよ」
お父さんはいつまで美夜子を子供扱いするんでしょうね。
言われなくても留守番くらい一人で出来るのに。
六月四日の午後六時。自宅のリビング。
高校生になってからというもの一人ぼっちの時間が日を追うごとに長くなってきました。
お父さんとお母さんは仕事熱心で家に帰って来るのが遅いですし。邪魔だと思っていたお姉ちゃん達は大学に進学してそれぞれ一人暮らしを始めました。この時間帯、家にいるのは美夜子ただ一人だけです。
美夜子を待っている家族なんて。
「ホークちゃんただいま」
「ホークチャンタダイマ、タダイマ」
セキセイインコのホークちゃんくらいです。
インコなのにホークとはこれいかに。お父さんが言うには「その方が強そう」だそうです。意味が分かりませんよね。
「ホークちゃん、こんにちは」
「ホークチャンコンニチハ」
「…………」
まぁ、所詮はインコですから。オウム返し然り、言われたことをただ復唱するだけなんですけど。
鳥って感情表現に乏しいですから。飼っていてもいまいち愛着がわかないんですよね。
お母さんが猫アレルギーじゃなければ我が家も今頃猫を飼っていたんでしょうけど。
一番欲しい物は手に入らないのが世の常ですかね。
「ラメェ♡ イッチャウ♡ ヤマトクンノオチ◯チンデミヤコイッチャウ〜♡」
「…………っ!?」
ガッシャーン、と。
美夜子は鳥籠を強く叩きました。鳥籠が揺れてピーピーとホークちゃんが鳴きました。
「ホークちゃん? 次そんな下品なこと喋ったら美夜子裁判で焼き鳥の刑に処すからね?」
そんな下品な言葉をどこで覚えたんでしょうね?
まったく、一体誰の真似なんでしょう。甚だ疑問です。
「…………」
それはさておき。
お待ちかねの夜ご飯の時間です。
美夜子は料理なんて一切出来ません。美夜子は出来ない事はやらない主義ですので。諦めやすい末っ子だから仕方ありませんね。
基本的に平日の夜ご飯は店屋物のヘビーローテーションになります。祝日は高頻度で外食するので我が家の冷蔵庫には食材があまり入っていません。お昼ご飯もコンビニ弁当ですし。まともな食事なんて朝ご飯だけでしょう。まぁ、朝ご飯も大体シリアル食品なんですけど。
それが美夜子の今の食事スタイルです。
ハッキリ言って飽きました。メニュー云々だけじゃなくてぼっち飯にも。一人ぼっちの食事にはもうウンザリです。
とはいえ、それでもお腹は空きます。生きている人間ですから空腹感には抗えません。
時間も時間ですし、今夜は外出せずに出前を頼みましょう。
プリティーな美夜子お手製の猫ちゃんスマホを手に取り、美夜子は出前を注文するお店を探します。
ピザは昨日食べたし、お寿司は飽きたし、ラーメンは好きですけどお店だと熱くて食べれないし出前は届いた頃には麺が伸びてますし。
悩みますねー。マンネリ気味な食生活を改善する良い方法って何かないんでしょうか?
そんな事を考えていたらブーブー、と手にバイブの振動が伝わりました。
電話の呼び出しでスマホの画面にとある文字が表示されました。
名前はクズ雄。
「…………うわっ」
思わず不満の声が漏れました。
めんどくさっ。
一眼で分かる厄介者からの呼び出し。
電話に出たくないんですけど……出ないと後が面倒ですからねー。
やれやれですよ、まったく。
「どうかしましたか? ク──雪雄くん」
美夜子がそう言うとスマホのスピーカーから苛立ちを募らせた男の人の声が聞こえてきました。まぁ、相手は雪雄くんなんですけどね。
「……お前、まさか姫に『あの事』喋ってないよな?」
前置きも無くいきなり用件に切り込むクズ雄もとい雪雄くん。
単刀直入。
こっちとしては長々と無駄話しないからありがたいと言えばありがたいんですけど。
本当、イケメンは顔だけですねー雪雄くんって。
「心外ですねー。美夜子がひめちゃんに喋るわけないじゃないですか」
美夜子は得意の二枚舌で雪雄くんにこう言いました。
「冷静に考えてみて下さいよ。もしも仮に美夜子が『あの事』をひめちゃんに喋ったら今頃雪雄くんはひめちゃんにフルボッコにされてますよ。美夜子共々で」
まぁ、とっくの昔に喋ってるんですけどね。
美夜子にこうやって事実確認してくるという事はまだ雪雄くんは確信に至っていない。つまり、喋った事自体はまだバレてないということ。疑問形で訊いてきたのが何よりの証拠です。
なら、ここは上手に嘘を付いて上手いこと煙に巻くのがベターな対応ですかねー。
猶予期間は可能な限り伸ばしたいですし。
では、上手な嘘をつきましょうか。美夜子が叶えたい野望のために。
「まぁ、最近ひめちゃんとお話しする機会は確かにありましたよ」
「何を話した?」
「あー……過半数は雪雄くんの愚痴でしたかねー」
「姫は何て言ってた?」
「うーん。雪雄くんのせいで学校に行き辛いって言ってました」
この辺の話はほぼ事実なんですよね。あの時ナチュラルににひめちゃんから雪雄くん関連の愚痴をクドクドと聞かされましたから。
「もしかして、ひめちゃんに嫌われましたか?」
「…………いや」
たっぷりと間を置くあたりが分かりやすいというか。
どうやら図星っぽいですね。
「お言葉ですけど、ひめちゃんに嫌われるのは『あの事』絡み以前に普段の雪雄くんの素行に問題があるんじゃないですか?」
「…………っ」
ダンマリですか。
雪雄くんは完全に沈黙しました。
「しっかりして下さいよ雪雄くん。雪雄くんがひめちゃんの手綱をしっかり握らないとリスクを犯してまでやった『大和くん追放劇』が無意味になるじゃないですか」
「……分かってるよ」
語気が弱々しい雪雄くん。
本当、ひめちゃんが絡むと弱気になりますよね雪雄くんって。
ぶっちゃけると雪雄くんってもう“詰んでる”んですけどね。なんせひめちゃんにバレてますし。
問題は雪雄くん以外なんですよ。
美夜子が知らない雪雄くんの協力者。あの件に関わった三人目の共犯者。
事実上の真犯人であり、ひめちゃんいじめの実行犯。
「本当に分かってますか? 美夜子はお互いの利害と秘密を共有できるから“雪雄くん達”に協力しているんですよ? 雪雄くんがひめちゃんを引き取ってくれないと大和くんがいつまで経っても美夜子のものにならないじゃないですか」
「……分かってるよ!!!」
電話越しに雪雄くんは怒鳴り散らしてこう言いました。
「こんなはずじゃなかったんだよ!! 青海さえ居なくなれば全て上手くいくはずだったんだ!」
「…………」
聞いていて美夜子はこう思いました。
これぞ正に負け犬の遠吠えだと。
本当に惨めですよ雪雄くん。汚い手を使っても勝てなかったんですから。
惨め過ぎてうっかり同情の念を抱いちゃいますよ。
「とりあえずは信頼回復に努めるのが先決だと思いますけど。何か妙案とか無いんですか?」
「…………」
雪雄くんは暫し押し黙った後、ある命令を一つ美夜子に下しました。
「お前、今から伊織と接触しろ」
それは美夜子の想定していた出来事でした。
追い詰められれば雪雄くんは必ず誰かに助力を仰ぐ。
そう、例えば実行犯とかに。
「……何で伊織ちゃんなんですか?」
「……アイツは『こっち側』に引き込めるからだ」
「引き込める? 伊織ちゃんが実行犯じゃなかったんですか?」
「……余計な詮索はいい。お前はオレの指示に大人しく従っていればいいんだよ」
「…………」
ふむ。やはり三人目に関しては徹底的に情報を隠してますね。
ことある度にやんわりと聴き出しているのに未だ三人目の手掛かりはゼロ。
素性がバレると雪雄くんに何かしらの不都合があるんでしょうけど。
まぁ、でも。
ここは雪雄くんに従いますか。嫌々ながら。仕方なく。
全ては美夜子と大和くんの幸せのために。
「分かりました。伊織ちゃんに接触すれば良いんですね。時期は明日でも良いですか?」
「ふざけるな。今すぐにだ」
「ええ……もう七時前ですよ。美夜子は今からディナータイムなんですけど」
というか、勧誘なら御自身ですれば良いのでは?
なんていうか、相変わらず雪雄くんはやることがセコいですよね。
そんなんだから顔だけイケメンなんですよ。
全部イケメンの大和くんとは大違いです。宇宙戦艦と折り紙の船くらい格差がありますよ。まったく。
「それで伊織ちゃんには何て言えば良いんですか? トーク力に定評のある美夜子でも流石に話題がないと勧誘できませんよ?」
そして。
美夜子はこの時、雪雄くんが話したある一つの『新事実』に驚嘆しました。
「アイツには“青海が欲しければオレに協力しろ”って言え」




