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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
起・幼馴染、元気ですか?
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雨天、青空はまだ来ない(前編)

やっぱり鬱展開は書いてる側も鬱になりますね。

 六月四日の空はあいにくの曇天どんてんだった。

 スマホとかテレビの天気予報ウェザーニュースの一番困る表示は降水確率30%の曇り時々雨。これだとかさを持って行くか持っていかないかの判断に凄く悩む時がある。

 傘って持って行くだけでも荷物になる上に用がないと邪魔になるから。最悪雨が降ったらコンビニか駅内の売店でビニール傘を買えば済むし。

 午前の降水確率20%を信じて今日は傘を持たずに家を出た。

「ふわぁぁ……」

 身体にのしかかる重い眠気を欠伸あくびと一緒に噛み殺してフラフラとお城みたいな駅舎から離れる。

「なんか眠そうね。昨日はあんまり寝れなかったの?」

 通学最中に横から姫光にそんな質問を投げられた。

「ん? ああ、ちょっとな……」

 言えない。

 いざ寝ようとしてベッドに横たわったらほのかに香る良い匂い(姫光の残り香)のせいで寝れなかったなんて。

 目を閉じたら桃色の布地と色白の生足がフラッシュバックしてムラムラして寝れなかったなんて──口が裂けても言えない。

 ムラムラした劣情を鎮めようと色々『何か』しようと思ったけど。

 やる前から終わった後の罪悪感を想像してしまい死にたい気分になった。結局何もしないまま悶々した気持ちで夜を明かした……なんて言えるわけがない。

 言ったら間違いなく姫光に軽蔑される。

 せめて姫光の前ではスマートな男でいたいから。

「なんか怪しいわね……」

 ジトーっと怪訝そうな視線をこちらに向ける姫光。

「なんでもないって」

「そう? ふーん……へー」

 姫光は小声でもにょもにょと。

「何よ、少しは意識してくれてもいいじゃん……大和のバカ」

 そんな不満を呟いた。

「…………っ」

 いや、めちゃくちゃ意識してるけど。

 こっちは素面を装うのに必死なだけだから。

「むぅ、やっぱ我慢出来なくなるくらい凄い──(パンツ)で勝負に出るしか……」

「…………」

 独り言って小声でも結構聞こえるもんだな。

 気付いてないフリとか聞こえてないフリって時には大事だと思うけど。

 コミュニケーションを円滑にするためにも。

 口は災いの元って言うくらいだし。

 下手に指摘しないのも一つの選択だと思う。

 なら、自己防衛のために他者との交流を拒絶するのは正しい選択なのだろうか。

 あえて他者とのコミュニケーションを取らない選択。

 例えば、学校の休み時間にイヤホンで耳を塞いで話しかけられない様に顔を伏せたりとか。

 それって傍目はためから見たら無視シカトの分類になるのだろうか。

 無視って受け取る側からしたらいじめと同義だよな。

 アイツは──伊織は、俺のこと悪くないって言ったけど。

 言ってくれたけど。

 でもやっぱり。

 俺にも悪い部分があるんだよ。

 気付いてないフリして、面倒事を見送って、責任逃れして。

 挙げ句の果てには第三者まで巻き込んで。

 時々ふと考えてしまう。

 他力本願で、他人に頼って問題を解決するのは、本当に正しい選択なのだろうか、と。

『それには条件があるッス。どっちか片方をウチのところまで連れて来て欲しいッス』

 昨夜交わした美未との約束が脳裏をかすめる。

『そーッスねー、掃除の手伝いって名目が妥当な誘い文句ッスかねー。まぁ、人選はヤマくんに任せるッスけど』

 二人の“どちらか”を美未のところまで連れて行く。

 両方じゃないのは余計な争いを避けるためだろう。

 どっちを誘おうか。

 家事スキル極振りか。頭脳派の生真面目か。

 どっちにしても掃除に関しては特に問題ないだろう。

 問題はこちらの誘いに乗るかどうかだけど。

 姫光の場合、面倒くさいとか言い出しそうなんだよなぁ……。

 そんなことで頭を悩ませていたら不意に姫光が。

「……大和さ、最近あたしになんか隠してること、無い?」

 ブスリ、と。

 そんな心臓に悪いキレッキレの質問を俺に突き刺してきた。

「…………っ」

 ビクッと身体が震えた。自分でも動揺してるのがわかるくらいに。

「ん? ……何かって、何を?」

「んー? なーんかさ、最近大和があたしに内緒でコソコソと影で“何か”している気がするのよ」

「……………」

「まぁ、あたしの気のせいだったら良いんだけど?」

 下から覗き込む様な視線。薄い色の碧眼がジッと俺の目を捕まえる。

 図星を突かれた瞬間だった。

「…………」

 思い当たる節がありすぎて返す言葉が見つからない。

 下手に誤魔化したり視線を逸らしたら後ろめたいことがあると勘繰られてしまう。

「えっと……」

「メッセージが未読のままだったり連絡つかない時もあるし……“この前の夜”も用事があるとか言って家にいなかったし。ここ最近のアンタの行動はあたしから不審に思われても仕方がないと思うんだけど?」

「…………」

 おっしゃる通りです。

 ここは素直に話すべきだと思う。

 これからのことを考えれば姫光にも一枚噛んでもらうのが理想的だろう。姫光が指揮をれば状況は大分好転するだろう。

 そう思っているけど。

 でも、それは何かと頼りになる『あっちの方』にも言えることで。

 二人の仲が悪い間は、協力体制が取れない内は、最低でもメンバーの過半数を揃えるまでは『月岡さんの件』はまだ伏せておきたい。

 同意がないのもそうだけど人間関係最悪の状態で事を始めたら絶対に良くないことが起こる。

 これに関しては確信に近い予感がある。もうすでに“前列”があるから。

 だから俺は言う。

「……悪い、隠し事があるのは認めるけど、今すぐに『それ』をお前に教えるわけにはいかないんだ」

「………………」

 姫光はフッと目を伏せて。

「そっか。やっぱりあったんだ……」

 姫光のまとう空気が曇天の空よりも重くて薄暗いものに変わる。

「あたしの気のせいじゃなかったんだ……」

 何かフォローを入れないと、そう思ったから。

「待っててくれ。いつか近いうちにちゃんと話すから」

 俺はそんな約束に近い言葉を姫光に返したのだろう。

「…………そっか。話してくれるんだ」

 姫光は暗い表情のまま。

「それってさ、“伊織のこと”も関係あるの?」

 つらつらと喋る。

「あ、ああ……伊織の件はもう少し──」

 俺がそう言い掛けた瞬間だった。

「……別にいいじゃん。伊織と仲直りしなくたって」

 姫光はあたかも周りに見せ付けるかの様にギュッと俺の腕にしがみつく。

「っ!?」

 人目をはばからない大胆な抱擁ハグ。姫光の豊満な胸が形が潰れるまでグイグイと俺の腕に押し当てられる。

 抱きしめられた拍子に姫光からフワッと甘い匂いが香った。

「お、お前っ、姫光っ。いきなり何してるんだよ。こんな公道のど真ん中で」

 俺の抗議に耳も貸さず、姫光は好き勝手に抱擁を続ける。

「伊織の事はもういいの」

「は? お前、何言って……」

 俺の質問も聞かずに。うわ言の様に。蒼い瞳に暗い『何か』を宿して。

新生ネオシャイニー海賊団にあの子は必要無いから。ううん、あの子だけじゃ無くてアンタとあたしを傷付ける奴も、もう必要無いから」

 だからね、と。

「あたしの宝物に“不純物”はいらないのよ。新しいメンバーはあたしが選んで決めるから」

 姫光は俺にそう告げた。

「…………」

 やっぱり俺の知らない所で何かがあったんだ。

 姫光にそこまで言わせる何かが。

 そうでなければ……あんなに固執していた伊織との和解をこんなにあっさりと切り捨てるはずがない。

 ここ数日の内に姫光と伊織の間で何か良くないことが起こった。

「…………」

 もしかしたら、今から俺のやろうとしている事は余計な世話どころか争いの火種に油を注ぐ行為なのかもしれない。

「……大和。こっち、来て」

 クイッと俺の腕を引っ張りどこかに連れ出そうとする姫光。

「来てってどこに行くんだ?」

「いいから、着いてきて」

「…………?」

 通学の途中で何をするつもりなんだ!?

 通学路から外れ雑居ビルの影に入りキョロキョロと辺りに人がいない事を確認する姫光。

「お前、急にどうした? こんな場所で何するんだよ?」

 そんな俺の質問に姫光は。

「何って、今から“エネルギーを充電”するのよ」

 意味不明な返答の後に。

「あとマーキングの続き」

「はっ? えっ、ちょっと待っ──」

 スクールバッグを捨てギュッと正面から俺に抱きついた。

 今度は正真正銘の抱擁だった。

「今日一日あたしが頑張れる様に大和から元気を分けてもらうの」

 捨てられた子猫の様な潤んだ瞳で姫光は俺を見上げて一言。

「あたしのこと、強く抱きしめて、“あの時”みたいに」

 甘えさせてよ。

 遠回しにそう言われた気分だった。

 俺の背中に手を回してさらに密着度を上げる姫光。俺の胸に顔を埋め、そのまま黙り込んでしまう。

「………………」

 突然の抱擁に思考が停止する。

 姫光の身体が柔らかい。姫光から凄く良い匂いがする。

 触れてる部分から微熱を感じる。

 なんだこれ。

 今どういう状況なんだ?

 心臓の鼓動がうるさくて思考が上手くまとまらない。

「大和の胸、凄くドキドキしてるね」

 どこか嬉しそうな表情を浮かべる姫光。

「あたしも今すごくドキドキしてる」

 なんだこれ。

 俺達は朝っぱらから何やってんだ!?

 話の展開がジェットコースター並みにアップダウンして理解が全然追いつかないんだけど!?

 というか。

 こんなところを誰かに見られたら完全にバカップルだと誤解される!

「大和」

 昨夜と同じくらいの甘えた声で。

「あたしの頭、撫でてよ。あたしのこともっと可愛がって」

 姫光は。

「小学校の時にね、アンタが美夜子とか詩織の頭を撫でてるの側で見てて……ずっと羨ましいって思ってた。アンタ、年下の子にはやたらと懐かれるから」

 だからと。

「あたしも大和から優しくされたい。昔よりも、今よりも、誰よりも、もっとずっと」

 身体を寄せて。潤んだ瞳で見上げて。切ない声で語りかけて。

「あたし、もう待てない。待てないよ。あたし、もう我慢出来なくなったの……」

 あらゆる全てのものを使って。

「あたしの不安な気持ち分かってよ」

 姫光は自分の気持ちを──。

「あたしね、ずっと、ずっと前から大和のことが──」

 言い掛けて俺から視線を外した。

「姫っ!!」

 自分じゃない誰かの声に会話をさえぎられた。

 大切な瞬間を邪魔された。

「……雪雄? なんで?」

 スッと俺から離れる姫光。

 姫光の視線の先には予想外の人物がいた。

「良かった……無事だったんだね姫」

 俺のことなんて眼中にも入れず好き勝手に会話を始める見たくない顔。

 王子様を気取る偽善者。

「探したんだよ姫。いつもの場所にまだ来てなかったみたいだから……オレ凄く心配だったんだ」

 お姫様の気を引くのに必死な様子の王子様。

 湯沢雪雄。俺の敵。

「はぁ……マジ最悪」

 声のトーンを下げて姫光は言う。

「つーかさ、何勝手に着いて来てんの? あたし言ったよね? アンタと、アンタのグループには“二度と”関わらないって」

 予期せぬ事態に当惑し、俺の身体が岩の様に固まる。

「姫、違うんだ。オレはただ姫のことが心配で」

「違うって、何が違うの? アンタ自分が何やってるか分かってんの? アンタがやってることはストーカーの一歩手前なのよ?」

 二人は間にいる俺を置き去りにして口論を始める。

「違うんだ姫。オレはそいつから姫を守ろうとしただけなんだ。そいつと一緒だと姫が不幸になるんだ」

「不幸? 不幸って何よ? アンタと一緒にいたここ一年間の方が何億倍も不幸だったわよ!」

 空気を斬り裂くほど剣呑な雰囲気の姫光は俺では知り得ない事実を口に出した。

「この際だからハッキリと言わせてもらうけど、あたしは『アンタが勝手に彼氏面してるせい』でクラスとグループの女子から陰口叩かれまくってるのよ。悪女だのビッチだの援交してるだの、ありもしない事を好き放題にね」

 耳を疑う内容だった。

 全然知らなかった。姫光が学校でそんな目に遭っていたなんて。

「アンタ狙いの女子には険悪な態度取られるし、学校に行くのがこんなに嫌になったの人生の中でも今が初めてなんだからね!」

 ──どうして俺は今まで気付かなかったんだ。

 気付いていれば──。

 気付いていれば、何が出来たんだ?

 俺なんかに。

 学校だって違うのに。

 雪雄ですら守れてないのに。

「あたしもうアンタの事信じられない!」

 姫光の発したその一言に目眩がした。

 頭を鈍器でぶん殴られた気分だった。

 だって雪雄は──俺と同じだから。

 何か一つでも違ったら俺も雪雄みたいになっていたかもしれないから。

「姫、落ち着いて」

「全部、全部アンタのせいよ!」

 姫光の声が震えているのが分かったから。雪雄が必死になっているのが分かったから。

「待って、くれ」

 俺は二人の間で声を上げる。

「……お前ら、もう少し時間と場所を考えろよ」

 俺は姫光に背を向けて雪雄の方に向き直る。

「……雪雄。今の話、本当なのか?」

 雪雄は。

退けよ青海っ! お前に用は無いんだよ!」

 敵意を剥き出しにして俺に掴みかかる。

「邪魔なんだよ退け!」

 雪雄は何時ぞやの時みたいにギリギリと俺の腕を締め上げる。

「っ……退かねーよ」

 べつに姫光を守ろうとか、カッコイイ所を見せようとか、そんな大層な目的があったわけじゃない。

 正直言って今すぐこの場から逃げ出したい。

 刺々(とげとげ)しい姫光の言葉は聞くに堪えないから。

 でも。

 このまま黙って見ている奴も逃げる奴も男じゃないと思ったから。

 だから、仲裁に入ってもバチは当たらないよな?

「お前、そんな顔で姫光と話すつもりなのか? ハッキリ言って今のお前、そこら辺のヤクザよりも顔怖いからな?」

 恋敵ライバルに情けを掛けるつもりはないけど。

「……後悔したくないなら、ちゃんと準備してから出直してこいよ。お前ならこれ以上言わなくても分かるよな?」

「…………チッ」

 舌打ちを一つ。いつかの駅ホームの時みたいに肩を怒らせてこの場から足早に去る雪雄。

 俺はその様子を黙って見送る。

「…………大和っ」

 コアラみたいに背後からギュッと俺に抱き付く姫光。

「やっぱり大和だったんだ……」

 姫光の声には確かな喜びが感じられた。

 さっきまで剣呑な雰囲気だったのにも関わらず。

「ありがとう大和」

 何に対してのお礼なんだろう。

 一体姫光は何を思ってこんなに喜んでいるのだろう。

「…………」

 言いようの無い吐き気が胸の内から込み上げて来た。

 なんなんだ、これ。

 なんでこんなに気持ち悪くなっているんだ?

 自分でも良く分からない。分からないけど。

 今はとにかくこの場から一秒でも早く離れたい。

「……悪い姫光。俺、先に行くから」

 抱きしめられている姫光の手を強引に振りほどき俺は自分の学校に向かって歩き始める。

「……大和? なんで?」

 気が付けば曇天の空からパラパラと小雨が降っていた。

「待って……待ってよ大和」

 俺は振り返らずにそのまま学校に向かった。

 学校に着いた頃には小雨は本格的な雨模様に変わっていた。

「……傘、持ってくれば良かったかな」

とりあえず三章の修羅場その1が終わりました。

今後ともメインヒロインの闇落ちにご期待下さい。

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