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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
結・君に伝えるアイの言葉
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閉幕、彼は意外と鈍感ではない

七月中に終われなくて申し訳ございませんでした。

 エンドロール。閉幕の告知。

 主演が二人だけの小さな舞台。

 失敗だらけで今後の課題が山積みの演劇。

 その舞台の閉幕はボクにとって懺悔の終わりを意味している。

 二人だけの反省会。

 そして今度は『これから』の話だ。今度は『みんな』の舞台が始まる。

 でも、そうだね。とりあえずは『それからの話』を少しだけ語ろう。

 午後九時頃の夜道。

 君のこと逮捕しちゃうからね。

 そんな少し分かり辛い暗喩あんゆを用いて遠回しに告白したんだけど……どうやらボクの『大切な人』である“幼馴染”の彼は朴念仁ぼくねんじんというか、やっぱり鈍感な男だった。

「なんか上手いことはぐらかされたみたいで釈然しゃくぜんとしないんだけど……」

 そう言われた瞬間「ああ、これ多分伝わってないヤツだ」と思った。

 大和は論点をすり替えて煙に巻いたはずの質問を帰り道の最中でボクに再度投げかける。

「お前、結局のところ、あの時泣いていた理由は何だったんだ?」

 愛の告白と問題の挿げ替えに失敗した瞬間だった。

「姫光は関係なかったのか?」

 無粋な質問。無粋というか野暮というか、無神経と言うべきか。

 大和の唐変木とうへんぼく

 ボクの気持ち、さっきの雰囲気で感じ取ってくれてもいいと思うんだけどなぁ。

「……関係あると言えばあるよ」

「っ!? 関係あるなら聞かせてくれよ。それが気になって仕方がないんだ」

「…………むぅ」

 ほんと、恨めしい。二人きりの時に他の子の話をしないでよね。

 大和って本当にデリカシーがない。

 ボクが気付いて欲しい事には全然気付いてくれないよね。

 昔からそうだった。

 髪の毛を切っても、シャンプーを変えても、ヘアピンを変えても何も言ってくれない。褒めてくれるのは学校の成績ばかり。

 ひめちゃんの時はやんわりと「似合ってるな」とか言って褒めるくせに。そういうの凄くズルい。

 ひめちゃんだけ特別扱いするの凄くズルい。

 そんなズルい男に骨抜きにされて今もなおメロメロになっている自分が恨めしくて仕方がない。

 愛憎相半ばするとは言うけど。

 でも、やっぱりヤキモチは焼けても嫌いにはなれない。

 世界に一人だけの憎めない愛する男。

 憎めないからヤキモチを焼いて意地悪をしたくなるんだ。

 そういう心理ってちょっと男の子っぽいけど。

 まぁ、そういう事をするから気付いてもらえないんだろうね。

 そうだよね。

 無理もないかぁ。今まで行動どころか好意的な言葉なんて一言も言った事ないもんなぁ……。

 口を開けばお説教か口喧嘩ばかりだもんなぁ……。

 意気消沈いきしょうちん。ちょっとだけ落ち込むボク。

「悪い。やっぱいいわ」

 大和は言う。

「言いたくないなら、無理強いはしないから」

 その気持ちは分かるから、と少し困り顔の大和。

「余計な詮索もしない。お前だってこれ以上勘繰られるのは嫌だろ?」

「…………」

 ほんと、『そういうところ』だよ。

 普段は不遜で冷たいのに不意に優しくしてくれるの本当にズルい。

 こういうのを世間では『ギャップ萌え』と呼ぶんだろうね。

 君のそういうところがボクは大好きなんだ。

「君って本当に没分暁漢ぼつぶんぎょうかんだよね」

「ぼつぶ……何だって?」

 どっちかが悪いんじゃない。どっちも悪いしどっちも悪くない。

 ボクを夢中にさせる君も。君に夢中になるボクも。

 世の中は不平等に出来ている。

 天秤だって、もしかしたら見えない『何か』が向こう側に乗っているかもしれない。

 この世に聖人君子なんて存在しない。そんな神々しくて清々しいモノは人が作った欺瞞ぎまんであり詭弁きべんだ。

 人には何かしらの悪い部分がある。それはボクだけに限った話じゃない。

 善と悪。罪と罰。表と裏。好きと嫌い。男と女。片方だけではなく両方あるから。世界は醜くも美しく、平等に不平等である。

 今なら、いや、今だからそう思えるんだ。

 だからさ。

 もうちょっとだけ彼に意地悪してもいいよね?

「分かった。じゃあ、ボクから君に一つだけ宿題を出そう」

 そんな先生みたいな真似事をしてボクは大和に伝える。

「恋ひ恋ひてあへる時だに、うつくしきことつくしてよ長くと思はば」

 出典元は万葉集。歌人は大伴坂上郎女おおとものさかのうえのいらつめ

「思へどもをしるしもなしと知るものを、なにかここだく吾が恋ひ渡る」

 またそうやって遠回しで分かりにくい好意を大和に伝える。

 これはあくまでも宿題だから。直ぐに解かれると後で困るし、難易度は多少高めの方がいいよね?

「その和歌の意味が理解出来ればおのずと答えは見えてくると思うよ」

 ボクがひめちゃんを嫌う理由は君への想いだから。

「ちなみに歌人は大伴坂上郎女って人なんだ。君ならきっと、いつか解ける日が来るよ」

「……………んん???」

 表情から察して、言われている意味がまるで理解出来ていない様子の大和。

小野小町おののこまちほど有名ではないけど。『そっち方面』では割と有名な女性歌人だよ」

「そっち方面って、何の分野で有名なんだ?」

 頭に疑問符をつけて当惑する大和。

 うーん。

 これは流石にヒントを出しても和歌自体が長過ぎて覚え切れないかなぁ。

 普段なら難しい熟語を使っても何だかんだで律儀だから次の時にはちゃんと復習してくるんだけど。

「悪い、何を言われてかさっぱり分からん。和歌の大半が万葉集か古今和歌集なのは知っているけど」

 おおっ、そこら辺まではちゃんと分かるんだ。流石だね、素直に感心したよ。

「へぇ、文学嫌いな君の口から万葉集と古今和歌集が出てくるなんて意外だ。流石は名前が“大和”なだけはあるね」

「いや、名前は関係ないだろ?」

「そうかな。ボクはみやびな名前だと思うよ。“二人”とも日本神話にちな──」

 言いかけて、とっさに口をつぐむ。

「むぐっ」

 お口にチャック。

 おっと。危ない危ない。もう少しで地雷を踏んでしまうところだった。

 大和の前で『あの人』の話題は禁句だった。

「あん? どうかしたのか?」

「ううん。なんでもない、ちょっと舌を噛んだだけだから」

「そうか?」

「そうだよ」

 やっとの思いで和解出来たんだ。不用意な発言で自滅するのだけはなんとしても避けたい。もう昼の二の舞はごめんだ。

 二人きりの夜。堪能しないのは損だから。

 夜空を見上げて「コホン」と咳払いを一つ。

「そういえばさ」

 そんな露骨すぎる前ぶりを入れて。

「君も昼間の問いにちゃんと答えてなかったよね?」

 二度目の問題提起。ヤキモチ焼きからの意地悪な質問。

「君にとってボクはどんな存在なの?」

 下から覗き込む様に。言葉に精一杯の『いじらしさ』を詰め込んで。

「君とボクって、どんな関係?」

 この場合は『あざとい』が正しいのかもしれないけど。

「君の気持ちをボクに教えてよ」

 触れ合うギリギリまで距離を詰める。身体も心も。

 君の隣に居続けたいから。

「……お前は」

 ポツリと。

「その、あれだ」

 照れ臭そうにボクから顔を背けて。

「あれだよ。お前は『委員長』だ」

 そう呟いた。

「…………ええ」

 返ってきた言葉に思わず不満が漏れる。

 前途多難ぜんとたなんだとは思っていたけど。

 委員長って。

 何それ。ボクって友達ですらないってことなの?

「そっか、そうだよね……」

 肩を落としてうなだれるとは言うけど。骨まで外れて腕が上がらない気分だよ。

「いや、言っておくけど、ただの委員長じゃないからな?」

 彼が発するその一言に希望の光が見えた。

「お前は“幼馴染”の委員長、だから……」

 大和の口から出た単語。

 幼馴染。

『いいッスか、ヤマくん。“幼馴染”は特別な関係なんッスよ』

 それは友達よりも大切な存在。

『いつも主人公のそばに居て主人公のことを一番理解してくれるおいしい立ち位置(ポジション)なんッス』

 友達以上で親友と同じ。それ以上でもそれ以下でもない、もどかしい関係。

『だから幼馴染は大切にしてあげないとダメなんッスからね?』

 いつぞやの時に聞いた美未と大和の会話。

『お、おう。わかった。幼馴染は大切にする』

 大和にとって幼馴染は大切な存在。

「……後は言わなくても察しろ」

 気まずそうに大和は言う。

「言わせんなよ、恥ずかしい」

 大和が顔を横に背ける時は何か恥ずかしい事があった時にする癖だから。

「へぇ……そっか。ボクって君の幼馴染なんだ」

 意地悪なボクは「そうなんだ」とか「ふーん」と意味深な反応リアクションで恥ずかしがる彼をこれでもかといじり倒す。

「それは知らなかったよ。とても有益な情報をありがとう」

 そんな風に意地悪をしたからバチが当たったのだろうか。

「お帰り、おにい──青海先輩」

 猫を被った妹の待つ我が家の前に着いていた。

「おう、悪いな詩織」

 二人きりの時間は身体で感じているよりもずっと短くて。歩いた距離は振り返ると思っていたよりも長くなかった。

 別れは必ずやってくる。名残惜しいけど、二人きりの時間はもう終わりだ。

 今まで散々醜態を晒したんだ。なら、せめて去り際くらいは格好を付けたい。

 最後にもう一押しだけ。

 伝心アプローチしてもいいよね。

「大和、今夜の散歩は右手が寂しかったよ」

 そんな事を言っても。

「ん? ああ、次はクロの手綱リードでも持たせてやるよ」

 鈍感な彼の心にボクの想いは伝わらない。

 だから。

 去り際に一言だけ。分かりやすいベタな言葉を使って。

「今夜は『月が綺麗だった』よ。ありがとう」

 妹なんて眼中にも入れず、そんな言葉を残して。

「またね。大和」

 ボクは自分の部屋に戻った。

 ベッドの上にある低反発の枕。犬のぬいぐるみ。

 二つに増えたボクの宝物。

 だからだろうね。

 その日の夜は気持ち良く眠れた。自分でもビックリするくらいぐっすりと。今までの悪夢が嘘の様だ。

 ほんと、気持ち良すぎて癖になりそうだよ。

 そんな夜がしばらく続き、目の下の隈もすっかり消えた月曜日。

 いかにも少女漫画的な赤裸々な体験があっても、ボクの日常に劇的な変化があるわけもなく。

 いつも通りに目覚まし時計のアラームに起こされて朝の身支度を始める。

 相変わらずボクの右目は黒いままだし、相変わらず妹は反抗期だし、相変わらずおばあちゃんの作る朝ごはんは甘塩っぱいし、相変わらず新之助の寝相はヘンテコなままだし。

 相変わらず、アイ変わらず、愛変わらず。

 あの日からもうすぐ二年の月日が経とうとしている。

 いつも通りの朝を迎え、いつも通りの身支度をして、いつも通りの電車に乗る。

 相変わらずの日常。

 相変わらずの自分。

 相変わらず彼女を避ける自分。

 でも一つだけ──今日から違う事がある。

 それは取るに足らない些細な変化だけど。

 今日からボクは自分ルールを改変した。

 誰の前でも、誰が相手でも『ボク』は“ボク”で有り続ける。そう決めたから。

 右目を隠すのも、自分を偽るのも。今日を境に終わりにしよう。

 ボクに『優等生』の仮面はもう必要ない。

 だって──。

「お前、流石に夏目漱石は俺でも分かるからな……」

 ボクの幼馴染は意外と鈍感ではないのだから。

繋ぎを挟んだ後の三章からはイチャイチャ成分多めの内容で突っ走る所存です。


副題はEP3・俺と幼馴染が懐古する青春ラブコメです。


投稿日は八月中頃までに出来ればと思っています。

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