前座、君と二人きりになりたい
ボクという人間は神経が細い。細いというか脆くて弱い。
肝心なところでいつも気弱になってしまう。
こういう気性は慎重というより神経質か心配性というべきだろうね。
行動を起こす前にどうしてもある程度先の未来を頭の中で想像してしまう。
脳内シミュレート。事前予想。
ボクは基本的に計画を立ててから行動に移すタイプの人間だ。常に最悪のケースを想定して、最善の方法とはいかなくても最悪以外の手段を選択する。bestではなくbetter。badよりもgood。最悪よりも少しは良い方へ。
全てが快刀乱麻で終わればそれに越したことはないんだけどね。
生憎とボクは天才はもとより秀才ですらない。なんなら努力家も怪しいところだ。凡人が泥臭く必死に足掻いてようやく優等生になれる程度の実力しかない。
何をするにも用意周到。そう言えば耳触りだけはいいんだろうね。
なんていうか、早い話が臆病者なんだ、ボクは。
虚勢を張って自分を強くみせるだけの弱者。
うじうじと考えて中々行動に移せない自分。ふとしたことで簡単に潰れるノミの心臓。
バレンタインデー当日に用意したチョコレートも渡せない意気地無しのボク。
渡せなかったチョコレートを自分で食べる苦い思い出。まぁ、チョコレートは好きだから別に食べることは苦じゃないんだけど。
作るのは中学二年生で卒業した。渡せなければ作る意味がないから。
バレンタインデーは、いつもひめちゃんに先を越されていた。
渡せない一番の理由はひめちゃんの手作りチョコレートと比べると自分の物が劣っているのが分かっていたからなんだけど。
比べられるのが怖い。受け取るのを拒否されるかもしれない。今は無理でも次なら勝てるかもしれない。
一度でもそんな風に考え始めると渡さない方が無難なのだと思ってしまう。
単純に勇気が出ない──というのもあるのだろう。意識すると心臓がバクバクして胸がキュッと苦しくなる。
今感じているこの緊張感はその時と良く似ている。
だから思うんだ。
チョコレートすら渡せない人間がキチンと素直に謝れるのだろうか、と。
ましてや告白なんて。
怖い事はずっと先延ばしにして来た。先延ばしにして逃げていた。今まで、ずっと。
優等生になって誇れる自分になったら。
女の子らしいなって意識してもらえる自分になったら。
確信が持てるまで。
自信が持てるまで。
明日はきっと、来週はどうだろう、来月なら、来年こそは──。
きっと、いつかは。
そうやって今まで、ずっと、ずっと待っていた。
向こうから告白してもらうその日まで。
ありもしない希望を胸に抱いて。残された思い出に縋り付いて。
ボクは中学二年生の時に一度、初恋を諦めた。
諦めたはずの恋心はあの夏を境に変質した。負の感情を取り込んで異質なものへ変貌した。
醜くて、卑しい、下心。
邪な願望。叶えたい夢。
劣等感に嫌悪感。
後悔も、自責の念も。
そんな重いものを抱えている自分を楽にしてあげたい。
──だから。
ボクは今日、自分自身に引導を渡す。自らの手で。
大和が前に進むならボクも前に進む。
たとえその先にどんな結末が待っていても。
正午頃。中間考査の終わり。
『話したいことがあるから、放課後、いつもの場所に来て欲しい』
そう一言だけ書いたルーズリーフの切れ端を手紙代わりにして、人目を盗むように、そっと隣の机に置く。
放課になるタイミングを見計らって彼が席を立つ前に伝言メモを送る。
口頭だと周りの目が気になるから。口実にしても、行動にしても無難な落としどころだと思う。
「…………?」
訝しげな顔で伝言メモを読み取る彼を尻目に、一足先に教室を出る。
付いて来てくれるかな?
ちゃんとシミュレーション通りに出来るかな?
真摯に謝れば大和ならきっと許してくれるよね?
そんな事を考えながら一歩、また一歩と歩くと心臓がバクバクと脈打つ。鼓動につられてツカツカと歩く速度が上がる。
不安があるのに、不思議と足取りは軽かった。
心なしか気分が高揚してる。寝不足のせいかな。
二階の一番奥にある多目的教室の前で足を止め、クルリと踵を返す。
「…………」
背後の確認。
そこに彼の姿は無かった。
「……そうだよね」
やっぱり、ボクなんて相手にしてくれないんだ。
そんなマイナス思考が脳裏をよぎる。ジワジワと哀しみが身体に広がる。
希望は潰えた。そう勝手に思っていた。
だけど。
「…………っ!?」
視界に大柄な人影が映って反射的にビクッと身体が震える。
この身体の震えは喜びなのだろうか。それとも──。
「……話したいことってなんだよ?」
自分よりも圧倒的に背の高い異性。顔を上げないと視線が合わない大柄な男子。体格の良い、少し筋肉質な理想の上背。
青海大和。ボクの幼馴染。ボクの想い人。ボクは──ずっと、この時を待っていた。
前提条件はクリアした。あとはボクしだいだ。
「……そうだね。とりあえず中に入って」
「…………」
暫し無言でボクを見詰める大和。その尖ったナイフの様なギラついた目で見られると背中がゾクゾクと震える。
「……分かった。入ればいいんだろ」
その一言で身体の芯が熱を帯びて顔が火照る気がした。
高揚感。至上の喜び。興奮する自分の身体。
大和がボクの言う事を聞いてくれる。
ひめちゃんの言う事しか聞かない大和がボクの指示に従ってくれた。
募る支配欲。満たされる欲求。喜びに打ち震えるボクの身体。
嬉しい。凄く、凄く嬉しい。
「…………」
大和が中に入ったのを確認してボクも後を追う。教室に入り後ろ手でドアに鍵をかける。
ガチャリ、と。
施錠。密室の形成。誰にも邪魔されないボクと大和だけの空間。
「それで、要件は何だよ?」
先に話しの口火を切ったのは大和の方からだった。
「…………」
大丈夫。落ち着いて。ボクなら出来る。
さぁ、精神操作だ。
自己肯定。自己暗示。自己啓発。
ボクは今日、自分に対して素直になる。
「君は、大和は……ボクのこと──どう思っているの?」
質問に質問で返す愚かな行動。いつもなら注意する側だけど。
でも、これで良い。今回だけは大和の前で自分の脆弱性を晒さなければいけないから。
「……質問に質問で返すのは駄目なんじゃないのか?」
「……うん。そうだね、ボクって本当は駄目人間なんだよ」
「……………?」
訝しげに眉をひそめる大和。突然のカミングアウトに少々面を食らっている感じだった。
「君にどうしても訊きたい事があるんだ」
早鐘の様に脈打つ鼓動を感じながら、今までずっと言えなかった言葉を喉の奥から引っ張り出す。
舞台は整った。覚悟も出来た。後は本題に入るだけだ。
「君にとって──青海大和にとってボクは──帯織伊織はどんな存在なの?」
お待たせして申し訳ございません。今月中には二章完結を目指すので今しばらくお待ちください。




