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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
転・幼馴染、覚えていますか?
41/61

夢路、少女はお姫様になりたい

 意識が戻った瞬間に目に飛び込んできた視覚情報は見慣れた天井とはほど遠いものだった。

 大きなスクリーン。横に並んだ座席。薄暗い部屋。規模からしてボクは今、某ショッピングモールの中にある映画館の座席に座っているんだと思う。

 明らかに自分の家ではない。

 それを客観視して自分の置かれている状況が夢なんだと自覚する。

 見ているものが夢であると分かる夢、世間ではこれを明晰夢めいせきむと呼ぶ。

 何でこんなに明晰夢を見るんだろう。

 あの夜、大和と雪雄の口論に遭遇してから連日連夜に渡って夢を見続けている。

 明晰夢なら自分の見たい夢が多少は見られるはずなのに。

 出てくる夢はいつも嫌なものばかり。楽しい夢も嬉しい夢も優しい夢も全然出てこない。

 やっぱりこれは悪夢なのかな?

 悪夢だから見た夢の内容をはっきりと覚えているのだろうか。

 この悪夢は一体いつまで続くのだろう。

 いい加減、もう終わりにしてよ。

 もう疲れた。楽になりたい。

「大丈夫だよ。ボクの悪夢は今夜で終わりだから」

 隣から聞こえる聞き覚えのない声。

「…………っ!?」

 声のする方へ視線を向ける。声のする方角は左隣の座席。

「やぁ、初めましてだね。夢の中で自分に会う気分はどうだい」

 そこには自分と瓜二つの、自分にそっくりな『自分』がいた。

「…………え?」

 見慣れている鏡に映った自分の姿。一瞬だけそう思ったけど、印象からくる自分との微妙な違いでそれが自分とは異質なものなんだと直感で判断する。

 隣にいるボクは右目ではなく左目が隠れている。茶色の左目ではなく黒い右目でボクのことを見ている。

 自分のイメージで形作られたもう一人の自分。夢の中で自分に語り掛けてくる自問自答の化身。

 劣等感コンプレックスの権化。

 本能でそれが何を意味するのかがハッキリと分かった。

「……そうか。君がボクの中にいる『魔女』なんだね?」

 もう一人のボクは普段の自分なんかよりもはるかに豊かな表情でクスリと微笑む。

「ご明察の通り。流石、ボクは賢いね。話が早くて助かるよ」

 自分を褒める自分には違和感しかない。でも、褒められるのは悪い気分じゃない。

 悪い気分じゃないけど。

「何の用かな? ボクにとって魔女の自分は嫌いなはずだけど?」

 やっぱり自分は嫌いだ。信用出来ないから。

「おいおい。そんな邪険にしないでよ。君に警告してあげるためにわざわざ夢の中に出て来てあげたんだから、せめて話くらいは聞いて欲しいな」

 おどけた調子でほがらかに笑う隣の自分。その作り笑いじゃない笑顔を見ると心が少しざわつく。

「……余計なお世話だよ。自分のことは自分が一番知っているから」 

「へぇ、その割には随分とストレスを溜め込んでいたみたいだけど? 君は本当に自分をいじめるのが好きだね」

「…………」

 にやにやと不敵に笑うもう一人の自分。いかにも「お前の事は手に取るように分かる」と言いたげな顔だった。

「……しょうがないじゃないか。発散する方法なんて無いんだから」

「そうだよね。自慰オナニーで発散できるのなんてせいぜい性欲からくる欲求不満くらいだし」

「…………」

 自慰オナニーって。

 いくら自分の夢でも表現はもう少し言葉を選んで欲しかったかな。

「ハッキリ言って今の君はかなり危険な状態にあるよ。妄想に入り浸って独り言を呟くほどにね」

「……あれは違うよ」

「そうかもね。君は『壊れたフリ』をして可哀想な自分に酔っていたんだ。悲劇のヒロインぶって心の平穏を保とうとしたんだ。そうだよね?」

「…………」

 返す言葉が無かった。自分に指摘されているから尚更反論なんて出来ない。

「まぁ、そうなる原因は分かるよ。誰にも相談出来ないし、自分の心は誰にも理解して貰えないし。八方塞がりの状態でさらに自分自身が自責の念でおのれに追い討ちをかけるし、終いには雪雄にトドメを刺されたんだから。そりゃ気分が滅入るのは当たり前だよ」

 けどね、と隣の自分は言う。

「どんなに耳触りの良い言い訳を並べてもさ、やっぱりそれは“仇も情けも我が身から”で最終的に自業自得なんだよ」

 ボクは。

「五月蝿いな! そんな事一々言われなくても分かってるよ!」

 自分の夢の中で自分にブチ切れた。

「分かっているなら、どうして改善しないの?」

「仕方ないだろ! 出来ないからこうしてウジウジと悩んでいるんじゃないか!」

「出来ないなんて結局は君の決めつけじゃないか。ただ単にやる前から諦めているだけだろ」

「じゃあ教えてよ! どうやったら現状を改善出来るのか! 自分で分かってたらこんなに苦労しないだろ!」

「教える必要はないよ。だって君はもう『やり方』を知っているはずだから」

「……そんな方法知らないよ」

「いや、知っているよ。ううん。分かっているはすだ」

 隣にいる自分は何だか少し大人っぽい雰囲気でボクに語り掛ける。

「分かってても実行出来ないから人は悩むし葛藤するんだ。行動に勝る思考は無いし、思考の無い行動は中身が無いのと一緒だからね。そう言う意味では君とひめちゃんは全く真逆に位置しているね。ひめちゃんは考えなしに行動するし、君は考え過ぎて中々行動に移せない」

 その雰囲気にはどこか懐かしい既視感があった。まるで──月岡先生の様な。

「……ひめちゃんは関係ないだろ」

「関係あるよ。むしろそれが悩みの種でストレスの主な原因だろ」

「…………」

 違う、とは言えなかった。

 それを否定したら大和への想いすら否定する事になるから。

「……よし、こうしよう。今から君は自分に正直になるために過去を振り返るんだ」

 煮え切らないボクを尻目に隣の自分は好き勝手に話を進める。

「……過去を振り返るって、どうやるのさ?」

「決まっているじゃないか、映画だよ。ちょうど御誂おあつらえ向きな設備もあるしね」

 パチン、と。

 隣の自分が指を鳴らすと照明がフッと消えて辺りが暗闇に包まれる。

「さぁ、哀れな少女が紡ぐ記憶の物語の始まりだ」

 そんな言葉を皮切りに、ボクの記憶の奥底にしまっていた、誰にも知られたく無い嫌な思い出(トラウマ)はなんの恥ずかしげも無く銀幕スクリーンに映し出された。


 それはボクが中学二年の時、時期的には秋の訪れを肌で感じる十月上旬の頃だった。

 バスケの新人戦。大会が終わってバスに乗り学校に戻った直後。

 珍しく柄にもなく落ち込んでいる大和。普段は試合の勝敗にそこまでこだわらないはずだったんだけど。

 この時は誰の目から見ても露骨に分かるほど、大和は落ち込んでいた。

 理由は分かるよ。決勝戦の敗退が自分のイージーミスが原因なんだと思っていたんだろう。

 大和はなんだかんだで責任感が強いから。

 大和でも自責の念に捉われることがあるんだ。そう思っていた。

 だからボクは珍しい事には珍しい事で返そうって思って学校からの帰路を見計らって大和に励ましの言葉を送ろうと思ったんだ。君だけのせいじゃないよって。

 だけど。

「なーにガラにも無くしょーもないことで落ち込んでんのよ」

 後をこっそりと追いかけたら──そこにはもう先客がいたんだ。

 午後五時半頃。夕陽が沈みかけた秋の海浜公園。

 滑り台の近くで背中合わせに座り寄り添い合う二人。

 大和とひめちゃん。

 それを物陰から盗み見るボク。

「べつに、落ち込んでなんかねーよ」

「ふーん。そんな風には全然見えなかったけど?」

「それはお前の勘違いだよ。俺はべつに落ち込んでねーからな」

「そっか。なーんだ、試合に負けたのが自分のせいだとか思っていじけ虫になってたんじゃないんだ?」

 ボクもそう思っていた。

 でも。それは少しだけ違ったんだ。

 大和が落ち込んでいた理由は他にもあった。

「自分の失態ミスを気にしてるならバスケはチーム戦なんだから負けはチームの連帯責任。だから気にするな……って言おうと思ったんだけど。そっか、違うんだ?」

「…………」

 暫くの間、大和は無言だった。

 それでも。

 沈黙が続いても二人は離れたりはしなかった。

 お互いに背中を預ける信頼関係。寄り添い合える距離感。一人だけしか座れないその場所。

 その光景を陰から見る惨めな自分。

 分かってるよ。

 氷炭相愛では相思相愛には敵わない。

「……約束、守れなくてごめん」

 大和のその一言がボクにとっては致命傷であり決定打だった。

 大和とひめちゃんは二人だけの約束事を交わしていた。

「新人戦、男女で優勝するって約束したのに……破って悪かった」

 二人だけの秘め事。二人だけの小さな約束。

「そっか。そうなんだ……」

 そんな二人が相思相愛でなければ、相思相愛とは一体どんな間柄なのだろう。

「しょーもなっ! 心配して損した!」

 すくりと立ち上がり大和の前で仁王立ちするひめちゃん。

「しょーもないってなんだよ……俺は真剣にお前との約束を守ろうとしたのに──」

「アンタって本当に馬鹿ね。あたしはその気持ちだけで充分だから」

 ひめちゃんは。

「それもこれも結局はチーム戦の連帯責任じゃない。まさかアンタの力だけで試合に勝てるとか思っていたなら、それはとんだ思い上がりよ。そうでしょ?」

 何を思ってそんな事を言ったんだろう。

「まだ来年の夏があるじゃない。くよくよしてへこんでいる暇があったら次をどうするか考えなさいよ」

 本当に相思相愛なら。

「大丈夫よ。アンタが陰で頑張っているのはあたしが一番知ってるんだからね?」

 じゃあ、なんで『あの時』は信じてあげなかったの?

「分かったら、しゃんと立って前を向きなさいよ。これから大智にも謝りに行くんでしょ?」

「……おう」

 公園から離れて仲睦まじく並んで歩く二人。

 そんな光景を陰から見ていたからこそ。

 ボクは自分の気持ちに気付いたんだ。大和への想いも。ひめちゃんに抱く醜い感情にも。

 もしかしたら。

 この時を境に『魔女』はボクの中に生まれたのかもしれない。

 自分じゃ敵わないと分かっているのに諦めが悪い魔女。

 魔女ではお姫様になれない。

 だからボクはあの時に──。

「映画はどうだった? これで多少は自分の気持ちに対して素直になれたかな?」

 パッと照明がついて明るくなる映画館の部屋。部屋の明かりとは裏腹にボクの気持ちは陰鬱の中にあった。

「なんなら、もう一つの嫌な記憶も上映するけど……どうする?」

 本当に意地悪な奴だ。ボクの気持ちを知っててこんなものを見せたんだから。

「…………」

 当然といえば当然か。だって隣に座っている自分は魔女なんだから。

「もう良いよ。もう十分に分かったから」

「……そうかい。なら、君の答えを教えてよ」

 こんなものを見なくたって答えは最初から決まっている。

「分かってるよ。大和の事は諦め──」

 そう言い掛けた瞬間だった。

「ふざけるな! 違うだろ!」

 胸ぐらを強引に掴まれた。

「……っ」

 隣にいる自分からブチ切れられた瞬間だった。

「そうじゃないだろ! いい加減素直になれよ!」

 二人しかいない映画館の部屋に怒号が響く。

「大和の事が好きなんだろ! 好きで好きでたまらなくて! 自分の心が壊れるくらい我慢して! それでも諦められないから悩んでいるんだろ!」

 隣にいる魔女は──いや、ボクの“本性”の化身は再度ボクに問い質す。

「いい加減本音を言えよ! 大和の事は今でも好きなんだろ!」

「……好きだよ。大好きだ」

 そう言うと隣の自分はフッと掴んでいた手を離す。

「……大和と一緒にデートしたいだろ?」

「うん。一緒にクロのお散歩したいし、映画も一緒に見に行きたい。水族館も、お泊りデートだって」

「大和に自分の気持ち良い場所を触って欲しい?」

「うん。触って欲しい。触れ合って大和ともっと深いところで繋がりたい」

 自問自答で露わになる自分の欲望。叶えたかった願望。

「ボクはずっと大和を自分だけのものにしたいって思ってた」

「私はひめちゃんのことが羨ましくて仕方がなかった」

「ワガママだって言いたいし、悩みがあったらボクだけに相談してもらいたい」

「私は」

「ボクは」

「「大和の『お姫様』になりたい」」

 言って。気が付く。

「あううぅぅ……」

 自分が乙女チックな事を口走っている事実に。夢の中とはいえ我ながら恥ずかしい言動を口走ってしまった。

「はは、そうだよ。それで良いんだ。帯織伊織はいい加減、自分の気持ちに素直にならないと駄目なんだよ」

「…………」

 素直になる、か。

 それが出来ないから困っているんだけどなぁ。

「いい加減さ、人格キャラの使い分けの自分ルール止めたら? 面倒臭いでしょ?」

「面倒臭いって……」

 まぁ、確かに面倒臭いけど。

 でも、使い分けしないと日常生活に支障が出るから。それに大和とはなるべく“ボク”で話したいし。

「自分では気付いてないかもしれないけどさ……さっきの雪雄との会話で“私”と“ボク”の境界が曖昧になってたよ。というか、あれはほぼボクだったよ」

「それは……機嫌が悪かったから」

「ふーん。機嫌が悪い、ね」

 意味深な反応。何かあるのだろうか。

「正直なところ、君は雪雄が犯人クロだと思っているんだろ?」

「それは……どうだろうね」

 思ってはいるけど決定的なものがないから。証拠らしい証拠もないし。なにより犯行動機も不鮮明だから。

「やっぱり迷っているんだ?」

「……うん。確かに雪雄は怪しいけど……雪雄が犯人だと何かが足りないし合わないんだ」

「なるほどね」

 何かを納得した様子でポンと手を叩く隣の自分。

「君が考えていた当初の予定は『犯人が複数人いる』という仮説を元に大和に偽りの自供じきょうを話して自分ごと容疑者を道連れにするっていう作戦だったんだよね?」

「……うん。それがボクの果たすべき……果たさなきゃいけない最後の責任だと思うから」

「でもさ、ひめちゃんの自作自演の可能性もあるんでしょ?」

「…………それは」

 言葉に詰まる。思い至る要因がないわけじゃないけど。でも、それはあくまでも可能性だし、仮説にしても信憑性に欠ける代物だから。

 それに。

「……それは多分、仮説じゃなくてボクの願望なんだと思う」

 ひめちゃんが諸悪の根源であって欲しい。心のどこかでそう願っている自分がいる。

「……そうかい。君の気持ちはよく分かったよ」

 隣の自分は──帯織伊織の本性である魔女の自分はボクに一つの提案を出す。

「よし、責任どうのこうのは一旦置いといて。とりあえずさ、大和と仲直りしようよ」

「…………」

 随分とあっさりした内容だった。

「それが出来ないから悩んでるんだけど!」

「はは、だよねー」

 無邪気にケラケラと笑う自分にちょっと苛立ちを覚えた。

「大和に怒られるのが怖い?」

 不意に投げかけられた問い。それは自問自答の最後の解答(ラストアンサー)でありこの夢の終局を意味していた。

「うん。凄く怖い。大和にこれ以上嫌われたくないから」

「でもさ、謝らないとずっとこのままだって事は自分でも分かっているでしょ?」

「うん。分かってる」

「なら、頑張ろうよ。君なら出来るから」

 自分で自分を励まして自分で自分を認めるのは違和感しかないけど。

 自信、少しは持てた気がするよ。

「うん。頑張る──」

 そう言って。

 フッと夢から覚める。

 ピピッピピッピピ……。

 五月蝿い目覚まし時計の音が鼓膜を揺さぶる。

「…………」

 目を開けたら、そこには見慣れた天井。うっすらとカーテンの隙間から朝陽が差し込んでいた。

 目覚まし時計で日付と時間を確認。五月二十八日の午前六時。いつもの起床時間。

「…………」

 気がつけば全裸のままで朝を迎えていた。

「……とりあえず服着よ」

 起き抜けで回らない頭を必死に動かしてもぞもぞと部屋着に着替える。

「お風呂、シャワーだけでも浴びないと」

 替えの下着を持ってフラフラと部屋を出て浴室に向かう。

「はは、目の下の隈が酷いや。パンダみたい」

 鏡に映る自分の顔は酷い顔だった。とてもじゃないけど人になんて見せられない。

 酷い顔だけど。

「世界で一番は無理でも好きな人の一番くらいには……なんてね」

 今日こそは大和に謝ろう。

 謝らないと何も始まらないから。

 いつもと少し違う朝。いつもと少し違う行動。いつもと少しだけ違う家族の反応。

 思い立ったら吉日。善は急げ。鉄は熱いうちに打て、とは言うけど。これはいくらなんでも出来すぎでしょ。

 今日を逃したらボクはきっと一生後悔する。そんな気分になる朝。

 だって。

『今日最も良い運勢は蟹座のあなたです。自分を信じて行動すると幸運に恵まれるでしょう。他人の意見よりも自分の考えを貫いて。ラッキーポイントは公園のベンチです』

 蟹座、今日は珍しく一位なんだ。

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