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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
転・幼馴染、覚えていますか?
36/61

日課、ボクは私に変わる

平成最後の更新になります。遅れて申し訳ございません。

 ボクにとって“制服を着る”という行為は拷問に等しい。

 はっきり言って苦痛でしかない。

 女の子らしくないボクが女の子らしい『記号』であるスカートをくからだ。

 ボクはスカートが嫌いだ。

 スカートを履くと自分らしくない振る舞いを、女の子らしさを周囲に強要されるから。

 それに下着だけでスカートを履いている時の股下の心許なさがどうしても我慢できないんだ。

 スースーして落ち着かないし。

 あの独特の開放感のせいで自分が痴女になった気さえする。

 羞恥心で身が焦がれる。

 女の子らしい格好はボクには似合わない。ボク自身もそう思っている。

 なによりも中学生の時に「制服のスカートが似合わない」と彼に──大和にからかわれたから。

 幼稚園の時も小学校の時も。

 ボクはいつもズボンを履いていた。

 だから男の子と間違われる。女の子らしい記号が一つも無いから。

 女の子らしい趣味も無いし、女の子らしい身の振る舞いも特にしてこなかったから。

 中学生になってもスカートの下に短パンを履く色気のない女の子。

 だから女の子だって意識して貰えないんだ。

 昔はそれでも良いと思っていた。思っていたんだ。

 だけど。

 ボクは『ある日』を境に女の子らしくなると心に誓った。

 全ては彼に自分を見てもらうために。

 女の子らしい格好が嫌いなボク。

 自分が女の子だということを彼に意識してもらいたい私。

 彼の真似をしたいボク。

 彼との違いを知りたい私。

 友達に戻りたいボク。恋人になりたい私。

 表裏一体。氷炭相愛。矛盾する思想。

 ボクと私は人格キャラクターを使い分ける事でこの矛盾を解消した。

 ボクはボク。私は私。似ているけど違う自分。

 もう一度言うけど、間違ってもボクは二重人格でも性同一性障害でもないから。

 ただ単にボクは演技が人よりちょっとだけ上手な嘘吐きなんだ。

 自分自身にも嘘をつく三流役者なんだ。ボクも私も。

 さぁ、スイッチを入れて人格を切り替えよう。

 身支度の始まりだ。

 年頃の女子高生はスカートの下に短パンなんて履かない。

 なら、短パンの代わりにタイツを履こう。股下の心許なさはそれでカバーできる。

 年頃の女子高生は襟足が見えるほど極端なショートヘアなんて選ばない。

 なら、髪を伸ばしてミディアムボブにしよう。髪が長いと邪魔だけど。ロングじゃないだけまだ我慢できる。視界の邪魔になる前髪はヘアピンでとめれば良い。

 年頃の女子高生は化粧メイクをする。

 流行りのメイクを教えてくれる相手はいないけど。それでも顔にファンデーションを塗るくらいはボクでも出来る。

 年頃の女子高生は鏡をよく見る。

 鏡で自分の顔を見ると右目と左目の色の違いがよく分かる。

 黒い右目、明るい茶色の左目。

 黒い瞳は醜い本性と一緒に前髪で隠す。目の下の浅黒い隈はファンデーションで誤魔化せば良い。

 そして鏡に映る『ボク』は制服を着てほんの少しだけ女の子らしい『私』に変わる。

 朝の身支度を終えると『私』の生活が始まる。

 おはよう私。今日も一日頑張ろう。

 五月二十七日。午前六時半。いつもより遅い起床。

 身支度を終えて台所キッチンに向かうと私の祖母であるおばあちゃんが朝食の準備をしていた。

 鼻腔をくすぐる出汁の香りと炊飯器から出る湯気が台所に漂う。

「おはよう、おばあちゃん」

「あら、おはよう伊織」

 昨年の秋に古希(こき)を迎えた御歳おんとし七十歳のおばあちゃん。

 昔は黒かった髪も今はすっかり白髪混じりになってしまった。

 お母さんが亡くなってから早七年。

 それからおばあちゃんはその身一つで全ての家事をになっている。

 私はそれが少し心苦しい。

 高校生になってから自主的ではあるけど私もたまに家事を手伝うんだ。料理とか洗濯とか。

 けれど、自分の出来る範囲でしか家事を手伝えないから力不足が否めない。毎日家事をこなしているおばあちゃんには本当に頭が下がる。

「珍しいわね。伊織が連日で寝坊するなんて……どこか具合でも悪いの?」

 料理の手を止めて心配そうに私の顔を覗き込むおばあちゃん。

「ううん。大丈夫だよ、ちょっと夜更かししただけだから」

「そう? 貴女は辛くても我慢する子だから、おばあちゃん心配だわ」

「…………」

 辛くても我慢する。

 思い当たる節があり過ぎて言葉が詰まる。

「うん。大丈夫だよ」

 本当はあんまり大丈夫じゃないけど。おばあちゃんに心配を掛けたくないから。

「……私も準備手伝うね。何すれば良い?」

 これ以上追求されると困るから、話題を逸らして煙に巻く。

「そうね……こっちはもうすぐ終わるから伊織は『新之助しんのすけさん』を中庭に移してちょうだい。ついでに朝ごはんも出してあげて」

「うん。分かったよ」

 私は台所から居間に移動して犬小屋ケージの中で眠っている『新之助』に挨拶をする。

「おはよう新之助」

 新聞紙で作ったベッドの上で仰向けの状態で寝ている新之助。毛に覆われたお腹が丸見えだ。この寝ている時の縮こまっている足と無防備なお腹がすごく可愛いんだ。

「新之助。朝ごはんの時間だよ」

 私の声に反応してパチリと目を開いて仰向けの状態からコロンと起き上がる新之助。

「中庭に移動するから抱っこするね」

 毛に覆われた甲羅こうらを掴もうと手を伸ばすとガシッとコアラの如く私の腕にしがみ付く新之助。

 無骨な鋭い爪が肌に食い込んでちょっとだけ痛い。

「こら、ダメじゃないか新之助。離してくれないと抱っこができないよ?」

 でも、こうやって抱きつかれてつぶらな瞳で見上げられると新之助に懐かれてるのが良く分かるから嬉しいと言えば嬉しいんだ。

 新之助のことは可愛いと思っている。人懐っこい我が家の愛玩動物ペット。大切な家族の一員。

 だけど。それでも時々思うんだ。

 やっぱりペットを飼うならクロみたいな可愛い“犬”が良かった。

 新之助を中庭に放すと短い脚を忙しなく動かしてチョロチョロと庭を歩き回る。私はその珍妙な容姿を改めて観察する。

 トカゲみたいな長い尻尾。豚みたいな耳。モグラみたいな鼻。象みたいなつぶらな瞳。猛禽類顔負けの鋭い鉤爪かぎづめ。銃弾をも跳ね返す堅牢な甲羅。触っても全然気持ち良くないゴワゴワした硬い毛。何層にも分かれた帯状の鱗甲板。

 和学名アラゲアルマジロ。

 名前は帯織新之助。

 そう。

 私の家、帯織家では日本の一般家庭では非常に珍しい“アルマジロ”をペットとして飼っている。

「…………」

 うん。

 なんていうか……珍しいよね、アルマジロ。

 えっとね。

 一言だけ断りというか……言い訳をすると、最初からアルマジロを飼おうと思ったわけじゃないんだ。

 きっかけは捨てられた命を偶然見つけた事。

 新之助は元の飼い主に捨てられた野良アルマジロだから。

 日本の片田舎に野生のアルマジロなんているわけが無いし、地元に水族館はあっても動物園は無いから。何処かの施設から逃げ出した可能性はほぼゼロに等しいだろう。

 小学生最後の秋に我が家の庭に迷い込んだ野良アルマジロ。

 最初はでっかいモグラか何かだと思っていたけど。

『コイツ、多分アルマジロだよ』

 当時から動物学とか生き物関連に対する知識が人一倍高かった大和。衰弱していた野良アルマジロの件を大和に相談したらすぐに獣医師である彼のお母さんを紹介してくれた。

 大和のお母さんいわく「保護していなかったら間違いなく冬を越す前に息絶えていただろう」とのことだった。

 熱帯地域に生息するアルマジロは寒さに弱いから。

 それから一言では語りつくせない色々な事があった。

 成り行きというか、青海一家の助力もあり、最終的に我が家で野良アルマジロをペットとして──家族の一員として、新之助アルマジロを迎え入れることが決まった。

 結局、いくら探しても飼い主は見つからなかった。いや、今現在も『一応』探しているけど、未だに飼い主は見つかっていない。

 当然だよね。最初から捨てるつもりで野に放ったんだろうから、捨てた本人が自分から名乗り出るわけがないんだ。

 あわれみというか。当時の私は新之助に対して同情に近い何かを感じていたのかもしれない。

「伊織、これも新之助さんにあげてちょうだい」

 私が犬用のえさ入れにドッグフードを盛っているとおばあちゃんが新之助専用に細かく切ったリンゴとキャベツが入ったボウルを持って来てくれた。

「うん。わかったよ」

 おばあちゃんからボウルを受け取りドッグフードの上にボウルの中身を盛り付ける。

 アルマジロは基本的に雑食だから。良くも悪くも何でも食べる生き物なんだ。

 餌は市販のペットフードで代用できるけど、たまに生の食べ物(果物や野菜)なんかも時々こうやって与えている。

 理想はコオロギやミミズなんかの生きた“餌”なんだけどね。

 流石に毎日生き餌なんて用意出来ないし。

 何より私は虫とかニョロニョロした軟体動物とか……そういうグロテスクな生き物を触るのが苦手というか……普通に無理だから。

「そうそう、おじいちゃんがもうすぐ帰って来ると思うから、伊織は先にお仏壇にお参りして来なさい」

 もそもそと餌をむ新之助を呆然と眺めていると、おばあちゃんは私にそう言った。

「うん。わかったよ」

 台所でおばあちゃんからお供え物の飲食おんじきである仏飯ぶっぱんを受け取る。

「おばあちゃんは詩織しおりを起こして来るから後はお願いね?」

「……うん。わかったよ」

 お供え物を片手に仏壇がある仏間に向かう。

 私は。

 私は良い子だから。

 真面目で愚直な優等生だから。

 おばあちゃんの言うことは素直にきくし、手伝える事は率先して手伝っている。

 何処かの誰かみたいにワガママを言ったり反抗的な態度を取ったりはしない。

 だって私はお姉ちゃんだから。

 仏壇にお供え物を置き蝋燭ろうそくに火を灯し線香をあげる。

観自在菩薩カンジザイボサツ──」

 年頃の女子高生は仏壇でお経なんて上げないだろうけど。

 日課というか、習慣というか。

 仏壇でお経を唱えるのは私にとって当たり前のことなんだ。

 亡くなったお母さんにお経を上げる。

 やらないと何か気持ちが落ち着かないから。

 これも一種のルーティーンなのかもしれない。

 あるいは──。

 罪悪感から逃げるための口実なのだろう。

 本当はお経なんて読みたくない。ババ臭いから。

 朝だってもっとギリギリまで寝ていたい。

 それでも私は。

 顔に『真面目で優等生のお姉ちゃん』の仮面ペルソナを貼り付けて生活している。

 だからだろうか。

「いつも露骨なポイント稼ぎお疲れ様」

 朝食の前に実の妹からそんな嫌味を言われるんだ。ポツリとおじいちゃんとおばあちゃんには聞こえない声で。

「…………」

 詩織には私の全部を見透かされているのかもしれない。

 喧嘩をしたらおばあちゃんが心配するから。私が何も言い返さない事を──言い返せない事を詩織は知っているから。

 朝と夜の食事はお父さん以外の家族が全員揃ってから食べる。それが我が家の仕来りだから。

 警察官のお父さん、散歩が好きなおじいちゃん、お母さん代わりのおばあちゃん、二歳年下の反抗期真っ只中の妹、そして私。

 新之助を入れて五人と一匹だけの小さな家庭。母親がいない我が家。父親の帰りが遅い我が家。

 私の居場所。逃げ場のない檻。

 悩みを相談できる相手がいない環境。

 そんな私の唯一の救いなんて──。

『8位の蟹座の人は勝気な態度で相手と対立、相手を立てて物事を進めると良いですよ。ラッキーポイントはピンク色の小物です』

 七時前に流れるテレビの星座占いくらいだ。

 蟹座、今日の運勢は微妙なんだね。

令和最初の更新はゴールデンウィーク明けの五月上旬になる予定です。

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