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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
起・これは幼馴染ですか?
27/61

朝食、今朝はオムレツ(スパニッシュ)

 身支度を済ませて台所に向かうと、テーブルの上に一人前の朝食が配膳はいぜんされていた。

 トーストにサラダとコーンスープ。いかにも一般的な朝食といった品々が並んでいる。

「じゃじゃーん! 今朝のメインはこれよ!」

 サプライズ感を演出したいのか、俺が席に着くと姫光はオムレツらしき食べ物がのった皿をテーブルの上にポンと置く。

 それは厚焼き玉子とオムレツの中間みたいな玉子焼きにベーコンやほうれん草などの具材がぎっしりと詰まっていた物だった。

「おお、何だこれ。具沢山で美味そうだな」

「でしょでしょ? あたしのスパニッシュオムレツはボリューム満点なんだから」

 得意げな表情で「ふふーん」と豊満な胸を張る姫光。ボリューム満点過ぎてブラウスのボタンが弾け飛んだりしないか不安になる。

「最初はプレーンオムレツを作るつもりだったんだけどね。朝はしっかりと食べたい派のあたしとしては具材マシマシで栄養もがっつり取れるスパニッシュオムレツの方が良いかなーって、思ったわけよ」

 そんなことをペラペラと喋りながら姫光はマグカップ片手に対面の席に座る。

「ふ、ふーん。凄いな……」

 オムレツよりもテーブルの上に乗っている豊満な胸に意識が向き過ぎて姫光の言葉が全然頭に入ってこない。

 いや、いつぞやのドライカレーの時もテーブルにがっつり乗ってたよ? 胸が。

 あの時はとにかく気不味くて下ばかり向いていたけど。

「い、いただきます」

 手を合わせ感謝の気持ちを姫光に伝える。あくまでも感謝の気持ちは朝食に対してである。断じて目の保養に対してでは無い。

 人類が作った文明の利器、先割れスプーンでスパニッシュオムレツを一口サイズに切り分けひょいと口に運ぶ。

「……うん。美味い」

 口から正直な感想が漏れる。

 見た目からして美味いのは分かっていたけど。固すぎず柔らかすぎない絶妙な焼き加減のオムレツの中に程よい塩加減の具材が入っている。これならケチャップとか余計な調味料を足さなくてもそのまま美味しく食べられる。

 こうして舌で味わうと改めて姫光の調理スキルの高さがよく分かった。

「……ありがとうな姫光。朝からこんな手の込んだ物作ってくれて。すげー美味いよ」

「ふふっ、どーいたしまして」

 柔らかい笑みを浮かべる姫光。そんな幼馴染に見守られて食べる朝食が幸せなひと時なのは言うまでもなく。

 俺はこのまま今ある幸せを朝食とともに噛みしめる──つもりだった。

「まぁ、これは『約束』に対する『前払いの報酬』だから。これくらいはやって当たり前なんだけどね」

 姫光が不穏な一言を口にするまでは。

「………ん? 約束?」

「そーよ。この前約束した同棲するって話」

「…………」

 さっきまで美味しく食べていたはずのスパニッシュオムレツが急に鉛の様に重くなり、喉にベタッと引っかかった。

「…………」

 夏目漱石の著作『こころ』に出てくる『鉛のような飯』をリアルに体感した瞬間だった。いや、あれは夕飯だけども。

 いやいや、そうじゃなくて。

 そんな事よりも今はこの緊急事態をどう乗り切るかが先決だろ。

 お姫様がうやむやになったあの時の『約束』を再び俺に持ち掛けてきた。

 これは由々しき事態だ。なにせ、その案件は何一つ進展していないのだから。ぶっちゃけると今の今まで俺はそれを全力でスルーしていた。

「あ、あー……それな。その案件はいったん自宅に持ち帰って良く精査した上で後日改めて報告するという形を取ろうかと思っていまして……」

「いや、自宅も何もここアンタの家だし」

「お、おう。そうだな……」

 動揺のあまり取引先に対する営業リーマンの言い訳みたいな事を言ってしまった。

「ふーん。その様子だと大和ママにはまだなーんにも話してないみたいね?」

「お、おう。なんつーか、その……悪い」

「ん、別にいいわよ。あたしもあれは流石に無茶なお願いだと自分でも思ってたし」

「そうなのか?」

「そーよ」

 マグカップに入ったカフェオレらしき飲み物をクイっとあおり、ふぅ、と一息吐く姫光。

 その水色のマグカップ、もしかしなくても俺の物だよな。いや、別に使ってもいいけど。

「あたしもさ、あれから色々と考えたんだ」

 マグカップのふちをクルクルと指でなぞり、アンニュイな表情を浮かべ、姫光は自身の心情を語る。

「アンタが言った『あたし達』はもう昔には戻れないって言葉の意味、頭ではちゃんと理解してるのよ」

 でもね、と姫光は続ける。

「やっぱり納得出来ない部分もあるし、諦めたく無い気持ちがまだあたしの中にあるんだと思う」

「…………」

 それは。

 俺だってそう思っているよ。

 戻れるなら元に戻りたい。

 でも。

 やっぱりそれは不可能な事なんだ。現実はそんなに甘くない。

 それは無理だ諦めろ、と言おうと口を開いた瞬間だった。

「だからこそ、あたしは思ったんだ」

 姫光は言う。瞳に確かな情熱を宿して。

「戻れないなら先に進むしかないって。一人で駄目なら今度は二人で作ればいいって。そう思ったんだ」

 姫光の熱意を感じる言葉に喉元まで出かかった言葉が止まる。

 ああ、そうだよな。

 生半可な情熱で船長キャプテンは務まらないよな。

 だからさ、と姫光は──。

「二人で作ろうよ。新しい『あたし達の居場所』をもう一度最初から。アンタとあたしで此処ここから始めるの」

 俺にそんなワガママなお願いをしてくる。

「…………」

 ほんと、その行動力と情熱には敵わないな。

「……ははっ。なんつーか、本当にキャプテンシャインはワガママだよな」

「むぅ、何よ。あたしがワガママなのはもう知ってるでしょ?」

 少しだけほおを膨らませていじける姫光。

ねるなよ。これでも褒めてるんだからな?」

「ふん。どうせ褒めるならもっと気の利いたこと言って欲しいんだけど?」

「例えば?」

「えっ、それは……その、あれよ。──(すき)だよ、とか。──(あい)してる、とか……」

 モニョモニョと口籠る姫光。心なしか顔が少し赤いのはカフェオレを飲んだせいだと思う。そういう事にしておこう。じゃないとこっちまで恥ずかしくなるから。

「そ、そんな事より返事はどーなのよ!? やるの? やらないの? どっちよ?」

 姫光はプリプリと返事を催促してくる。

 俺の答えはハナから決まっている。

「俺で良いなら喜んで協力するよ」

 姫光にお願いされたんだ。是非を問うのは野暮ってもんだ。

「むぅ、何よ。『俺で良いなら』とか野暮な事言わないの。アンタが良いからこうしてお願いしてるんだからね?」

「お、おう。そうか……」

「ほんと、アンタはそーいうとこが鈍いっていうか……もう少し自分に自信を持って欲しいっていうか……もぅ、なんなのよ本当に……」

 ブツブツと小言を呟く姫光。時間が経ってぬるくなったのか、クイっとカフェオレを一気に飲み干す。

「よし、じゃあ決まりね。今日から新生ネオシャイニー海賊団発足って事で早速活動を始めるわよ。もちろん光の速さで」

「……ん?」

 新生ネオシャイニー海賊団? それはちょっとネーミングセンスがダサすぎないか?

 しかも今日からって。いくらなんでもそれは急過ぎるんじゃないか?

「そうね……今日は決起集会もねて二人でカラオケにでも行きましょ? ま○きねこなら持ち込みもOKだし」

「いや、ちょっと……」

「何よ、なんか文句でもあるの?」 

「いや、文句ってわけじゃ……」

「何かあるなら遠慮しないでハッキリ言ってよ。ちゃんとしっかり聞いてあげるから」

「…………」

 なんていうか。行動力があり過ぎるのも問題があるというか、はた迷惑というか。

 いや、そういう強引で押しが強い所も姫光の魅力と言えばそうなんだけども。

 ちょっと前まで離れ離れだったから。急に距離が縮まると戸惑うこともあるわけで。

 誘われるのは素直に嬉しい。

 それでも。男なら言うべきことはハッキリ言わないと駄目だよな。そうしないと相手に伝わらないから。俺はそれをあの時に学んだ。

「いや、俺たち中間考査(テスト)の真っ最中だろ。カラオケに行ってる余裕が何処にあるんだよ?」

「…………」

 暫しの沈黙を挟み。

「…………おお、そっか。すっかり忘れてた」

 ポンと手を叩き関心を示す姫光。

 いや、忘れてたってお前、それは流石にないだろ。どんだけ勉強嫌いなんだよ。

「でもさでもさ、テスト期間中は午前放課で午後から暇じゃん? 学校の帰りでも全然行けるから」

「お前は何のための午前放課だと思っているんだ?」

「……遊ぶためだけど?」

 可愛い感じに小首を傾げる姫光。その愛らしい仕草に固い決意がボロボロと崩れそうになる。

 いや待て。ここで可愛さに屈したら後々大変な事になる。姫光のためにもここは心を鬼にする場面だ。

「ちげーよ。テスト勉強するためだ」

「えー、いいじゃん。ちょっとくらい。テストなんて赤点じゃなければどれも一緒でしょ?」

「主に後々の進路に多大な影響を与えるんだけどな」

 場合によっては留年も有り得る。

「むぅ、何よ。自分は偏差値の高い進学校に通ってるからって真面目ぶらないでよ。アンタだって昔は『こっち側』だったじゃん」

「…………」

 確かに俺も昔は勉強が苦手だった。それは今も変わらないのかもしれない。

 中学生の時はいつも160人中で120位前後の成績だった。

 それでも受験で進学校に合格出来たのはやはり、復讐心に近い自己顕示欲が俺の中にあったからだろう。

 良い学校に進学して俺のことを見下したり、追放した奴等を見返してやろう。

 お前らより俺の方が優れている。そんな風に考えて、あの日から試験までずっと受験勉強に打ち込んできた。自分でも驚くくらいに、何かに取り憑かれた様に、黙々と淡々と、ただそれだけのために。

 多分、それしか──勉強にしかすがる物が無かったんだと思う。

 馬鹿だよな。良い学校に進学しても人間性は何も変わらないのに。

 結局、俺は何も変わらなかった。結果が全てを物語っている。

「……ほら、また黙る」

 ポツリと呟く姫光。その眼差しには少しばかり哀しみの色が含まれている気がした。

「あっ、いや。別に俺は……」

「大丈夫よ」

 姫光は。

「もう、あたしも迷わないから」

 だからね、と。

「一人で考え込まないで言いたいことはハッキリ言ってよ。相談があるならちゃんと言って欲しいし、あたしがアンタの力になれるなら協力してあげたいって思うから」

 そう言った。

「…………」

 ほんと、俺の幼馴染おひめさまは凄い女だよ。

 ただでさえ惚れてるのに、これ以上俺を夢中にさせてどうするんだよ。

「……分かったよ。今後はお前に言いたいことがあったらハッキリと言わせてもらうから」

 姫光ともっと仲良くなる為にも。前に進む為にも。

 俺は姫光に告白をする。

「……今から大事な事を言うから、ちゃんと聞いてくれるか?」

「う、うん。大丈夫。ちゃんとしっかり聞いてあげる……から……」

 姫光の青みがかった瞳をじっと見詰めると不思議と不安な気持ちが和らいでいく。

 何かを期待しているかの様な熱を帯びたその眼差し。

 その視線を一人占めしたいから俺は──。

「俺はずっと昔からお前のこと──」

「ワフッ」

 お前のことが──ワフッ?

「ヘッヘッヘ」

 姫光から視線を外して声のする方に目を向けると、そこにはテーブルにあごを乗せて俺を見詰める愛犬のつぶらな瞳があった。

 いかにも「それ、クロにもちょーだい」と言いたげな熱視線だった。

「…………」

「…………」

 ほんのり桃色だった場の空気が一気に冷めた瞬間だった。

「も、もー駄目でしょクロ。これは大和の朝ごはんなんだからね?」

 どこか気まずそうな表情を浮かべて姫光はもふもふした黒い毛玉をテーブルから引っぺがす。

「キュン……」

 餌が貰えないと分かると、しょんぼりと尻尾を垂らし、トボトボとリビングの方に戻っていくクロ。

「…………」

 あっぶね! うっかり場の雰囲気に流されるところだった!

 サンキュー我が愛犬! 危うくとり返しのつかない過ちを犯すところだった!

 危機一髪。

 というか。

 何を朝っぱらから姫光に告ろうとしてるんだよ。空気読めよ俺、まだその段階にすら立ててないだろ。

「……それでさ。あたしに言いたいことって何?」

「えっ……」

 送られる熱視線が愛犬から幼馴染に変わっただけだった。

「…………」

 どうやら、窮地ピンチはまだ続いているらしい。

「……あたしのこと、大和はどう思ってるの?」

 さっきの続きを待っているのか姫光の潤んだ瞳がゆらゆらと揺れている。

「…………」

 まずい、何とかして誤魔化さないと。

 頭の中にあるエンジンをグルグルと回して脳内コンピューターが臨界駆動になるまで必死に考える。

 導き出された答えは──。

「ずっとお前のこと──勉強教えてやりたいって思ってた」

 脈絡と文脈が微妙におかしい内容だった。

「………………ええっ、何それ」

 不満そうな声を漏らす姫光。俺にジトーッと軽蔑の眼差しを向ける。

「あーあー、期待して損したなー。ヘタレな大和が勇気を出してくれると思ってたんだけどなー。マジでガッカリしたなー」

「…………」

 目の前でぶつくさと文句を垂れ流されながら食べる朝食。鉛のような飯どころか精製前の原油を口に運んでいるかの様な気分だった。

「ほんと大和って馬鹿よねー。意気地なし過ぎて飽きれるんだけど?」

「……悪かった。ごめん」

「へー。謝ればあたしの機嫌が直るとか思ってんだ? あたしも随分と安く見られたもんねー」

「…………」

 何だ、この拷問じみた朝ごはん。嬉しいはずなのにキリキリと胃が痛むんですけど。

「なぁ、そろそろ許してくれよ。俺に出来ることなら何でもするから……」

 その不用意な一言が不味かった。

「……ん? 今、『何でもする』って言ったわよね?」

 ギラリと目を光らせ俺に訊き返してくる姫光。

「いや、何でもって言っても出来ることと出来ないことが──」

「ふーん、へー、そっかー。大和があたしのために『何でも』してくれるんだー。うわーあたし、めちゃくちゃ嬉しいんだけどっ。いや、ほんとマジで嬉しいんだけど!?」

「いや、だから……」

「困ったなー、大和にして欲しいことがいっぱいあって迷っちゃうなー。いや、マジでどーしよう? どれも魅力的過ぎて一個に絞るのがマジで辛いんだけど?」

「だから、人の話をだな……」

「いやいや、待ってあたし。大和は『何でも』って言ったから、とーぜん『全部』叶えてくれるのよ。さっすが大和ね! やっぱ大和は話が分かるわー」

「お願いですから人の話を聞いてください姫光様!」

 俺の悲鳴じみた叫びが耳に届いたのか、暴走したお姫様はそこでようやく停止する。

「ふふ、じょーだんよ。アンタに過度な期待をすると重圧感プレッシャーに押し潰されて負けるのは昔からよーく知ってるんだから」

 悪戯っぽくニヤニヤと笑う姫光。不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫よりも意地悪そうな笑顔だった。

 過度な期待をすると重圧感プレッシャーに押し潰される。

 その言葉に思い当たる節があって何も言えない。

「でも、そうね。せっかくだからそのお願いを今から一つ叶えてもらうわ」

 そして。

「アンタを今日からあたし“だけ”の『専属家庭教師』に任命するから。アンタも、そのつもりでいる様に。良いわね?」

 姫光との間にまた一つ、約束が交わされた。

「……ああ、分かったよ。姫光の仰せのままに」

 なんだかんだでやっぱ俺は姫光に甘いんだよなぁ。

 甘いし弱い。ずっと昔からそうだった。それは多分、これからも。

「よーし。そうと決まれば早速今日から『泊まり込み』でテスト勉強に励むわよ! あたし、なんだかすっごいやる気出てきた!」

「…………ん? 泊まり込み?」

 聞き流せない単語とともに意気込みを見せる姫光。

「とーぜんよ。大和ママが仕事で帰ってこないんだから今日は泊まり込みで勉強するに決まってるじゃない」

「おい、待て姫光。なんでお前が母さんの仕事表シフトを知っているんだ?」

「……あっ、いっけない。大変よ大和。もう電車まであんまり時間がないから早く食べて駅に行かないと」

「露骨に話題をそらして煙に巻かないで!」

「ほら早く、早く。光の速さで朝ごはん食べて。あたしは先に外に出て待ってるから。アンタも早く来なさいよ?」

 そう言ってそそくさと台所から逃げる様に退散する姫光。

「…………」

 なんていうか。

 朝ごはんくらい、ゆっくり食べたい。

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