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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
承・幼馴染は語りたい。
13/61

翌日、隣にいる真面目な委員長

 唐揚げ弁当に睡眠薬でも一服盛られていたんじゃないか? と、あらぬ疑念を抱くほど午後の授業は睡魔に襲われてとにかく辛かった。

 午後三時。放課後の教室。

 学校に来る前から帰りたくて仕方がなかった今日の授業(お勤め)も終わり、ようやく俺に自由な時間がやって来た。

 部活も委員会にも入っていない上に今週は掃除当番でも無いから。暇を持て余している帰宅部の俺がとるべき行動はただ一つだ。

 我が家への迅速な帰宅である。

 何度でも言うが俺は真面目な学生だ。当然ながら居眠りなんてしないし、遅刻だって今日を除けば今年はまだ二回しかしてないし、欠席と早退だって去年は両手で数える位しかしていない。

 学校の成績も可もなく不可もなしの平均値より気持ち少し上くらいだし。テストの学年順位もだいたい280人中の120位前後をキープしている鳴かず飛ばずの学力だし。

 うん。

 改めて自己評価すると真面目と評するには微妙なラインだった。

 間違いなく勤勉ではない。

 まぁ、それでも真面目な学生の枠組みには(ギリギリ)入れると思っている。

 あくまでも個人的な意見ではあるが、青春という名目でウェイ系陽キャが群れてパリピ感出して公衆の面前でワイワイと馬鹿騒ぎして周りに迷惑をかけるのに比べれば、放課後に何もしないで真っ直ぐ帰宅する根暗陰キャは世間的には真面目な学生と認識されてもいいと思っている。

 お祭り騒ぎで馬鹿をやる彼ら陽キャなパリピに掛ける言葉を一昔前まではこう言っていた。

 リア充爆発しろ。

 たが、現代において『リア充爆発しろ』はもう死語である。

 死語はもう時代に取り残された使ってはならない単語である。だから今後のためにも俺が独自に考えた新しいキャッチフレーズをここで一つ披露ひろうしよう。

 陽キャ(パリピ)自重しろ。

 ほら、爆発とか今だとネット警察が目を光らせているから物騒な単語とか安易に使えないじゃん?

 それに、だ。

 誤解があると困るので、断りを入れさせてもらうが、俺は別に陽キャを憎んでいるわけではない。むしろ肯定的ですらある。

 だって彼らは他人とのコミュニケーションに必要な技能スキルを膨大な時間を費やして獲得した努力家なのだから。

 自然な会話をこなせるトーク力。話題に尽きない豊富な雑学を有する知識量。流行に敏感で常に新しい情報を手に入れる収集力。容姿の鍛錬をおこたらない継続力。

 それらを手に入れるために彼らは努力を続けてきた。

 他人の努力を否定するのは人として間違っているし、他人をねたむのも見下すのも間違っている。

 陽キャは悪ではない。また陰キャも悪ではない。かと言って、どちらも、あるいはどちらかが善というわけでもない。陰陽と善悪の境界は似ているようで似ていない。

 属性や所属などの枠組みや立ち位置で善悪の区別はつけられない。

 仮に立ち位置で区別がつくなら太極図はあんなゆがんだ形にならないで綺麗に白黒でハッキリと分かれているはずだ。

 なら、善悪の区別はどうやって着ける。

 決まっている。それは個人の行いでありごうだ。

 悪行であり悪業。所属も属性も関係ない。悪いことをした奴が全て悪い。悪事を働いた奴が悪人である。

 なら、人を律するために作られた規則ルールを破るのもまた悪行であり悪人なのだろう。

 登校時間すら守れない奴は悪人。

 いくらなんでもそんな考えは横暴だと思うけど。

 どうやら、あのクソ真面目な『委員長』は遅刻すら悪行だと捉えているらしい。

「青海君、ちょっと待ってくれるかな?」

 いざ帰ろうと席を立った瞬間に聞き覚えのある声が横から投げかけられた。

 どこか凛々しさを感じさせるよく通るんだ声音。

 この声を聞く頻度はこの学校の中では割と高い。朝の号令から学校行事イベントごとの司会進行まで。このクラス、上越国際高等学校二年B組に在籍していればクラスメイトの誰もがその声を覚えているだろう。

 そもそも隣の席にいる彼女の声は嫌でも耳に入る。日常的に。苦痛なほど。ほんの些細ささいな会話ですらも。

 聞き慣れすぎて聞き飽きた。耳にタコができてウンザリする。

 彼女が俺に話しかけてくる用事なんて大体お説教だから。

 だから彼女の声は聞きたくない。

 まぁ、でも。無視したら後が面倒だし、真面目な学生として必要最低限の会話は交わさないといけない。これは義務だ。

 同じクラスに在籍するクラスメイトとして。最低限の義務は果たすべきだ。

「どうしたの『帯織』さん。俺に何か用事でもある?」

 そんな、よそよそしく他人行儀な言葉を使って俺はクソ真面目な隣人クラスメイトと事務的な必要最低限の会話を始める。

「うん。別に大した用事じゃないんだけどね。青海君、今日遅刻して朝のホームルームにいなかったじゃない? 提出物の進路相談のアンケート用紙、青海君の分まだ貰ってなかったから」

 今の言葉に俺が考えた副音声の通訳を付けるなら「てめぇ、遅刻してんのに何勝手に帰ろうとしてんだよ!? 喧嘩売ってんのか、ああん?」くらいは言ってそうだ。

「ああ、ごめん。今出すから」

 そう言って俺は自分の机から提出物である用紙プリントを取り出す。

 記入要項のらんがほとんど空白の、アンケートの意味があまりないであろう紙くず同然の価値しかないそのプリントを学級委員長である彼女、帯織伊織おびおりいおりに機械的な動作で渡す。

「ごめんね。昼休みに貰えれば良かったんだけど、青海君何か用事があったみたいだから後回しにしてたんだ」

 あからさまな作り笑いで仕立て上げた鉄仮面を顔に貼り付けて委員長である彼女は俺からプリントを受け取る。

 さっきの言葉も「遅刻した分際で逢い引きとはいい御身分だな。駄目人間のくせに生意気だな」くらいは心の中で言ってそうだ。真面目な彼女ならそれくらいは心の中で思っているだろう。

「あとね、青海君は忘れていたのかもしれないけど。今日“私”と青海君、日直だったんだけど知っていたかな?」

 あくまでも優しく、下手したてな態度で俺に接してくる学級委員長。

 なんていうか、無理して笑顔を作っているのが透けて見えてこれ以上話すのが辛い。辛いし何より後が怖い。

「ああ……ごめん。次からは気をつけるよ」

「ううん。いいんだよ。別に私は気にしてないから」

 どうやらこの会話の目的は学級委員長様が日直をサボった俺を糾弾するための事前準備にあるようだ。

 でもね、と委員長である帯織さんは言う。

「学級日誌の提出は日直の青海君も『一緒』に来てもらっていいかな? 面倒だと思うけど一応これも学校で決められた規則ルールだから」

 お願いね、と鉄仮面の下にある本性を必死に隠して俺に付き添いを要請する帯織さん。

「ああ、分かったよ」

 俺はとりあえず頷いてこの場を収める。相手がこの委員長じゃなければ「いや、お前が一人で行けよ」くらいは言いたい気持ちが爪の甘皮くらいはある。いや、誰に対してもそんな事は言わないけど。

「じゃあ、職員室に行こっか?」

「……ああ、分かったよ」

 不穏な空気をまとっている委員長に促されて俺は教室を出て重い足取りで職員室を目指す。

 本音を言うと今すぐ帰りたい。

 この後に何が待ち構えているか、おおよその見当がついているから。

 でも、この場で逃げると後が面倒だし、ただでさえ機嫌が悪いのにこの場で断るのは悪手であり火に油どころかガソリンをぶち込む様なもんだ。一度着いた怒りの炎は中々消えないし、消せないのが世の常である。

 いわばこれは自然災害みたいなもんだ。天災であり人災である不可避の厄災。

 なら厄災が過ぎるまで大人しく堪えるのが一番楽で正しい対応なのだろう。

 廊下を歩いていると先行していた委員長は職員室がある下の階につながる階段に向かわず、そのまま直進して人気の無い空き教室の方へ向かって行く。

「こっち、着いてきて」

 さっきとは明らかに違う声の質で発せられた要請。いや、要請というより強要がこの場合は正しい表現なのだろう。

 予感的中。

 ツカツカと早足で歩く漆黒のタイツに包まれた足を陰鬱いんうつな気持ちで追いかけて行くと一番奥にある空き教室でピタリと彼女は静止する。

「入って」

 端的な命令に近い催促。まるで調教した犬に小屋に入れと言っているかの様な物言いだ。

「……………」

 無言の視線でこの教室に入る必然性を問い質したが御冠おかんむりの委員長様にはどうやら俺のにらみは効果が無いらしい。

 いや、分かってるよ。俺の威圧感なんてコイツには何の意味も無い事くらい。

 昔からそうだった。コイツは俺に対して威圧的だったし、何時いつも上から目線で物を語っていた。俺よりも身長が何周りも小さい癖に。

 自分の方が上だと、その目で物語っていた。片目が前髪で隠れているその目で。

「……何してるの? 『君』に拒否する権利はないよ」

 それくらい分かっているよね、と彼女、帯織さんは明らかに今までとは違う人格キャラクターの口調で話す。

 どうやら、この場で問答しても危険は回避できない様だ。損なった機嫌は鎮火するまで治らない。

「分かった。入ればいいんだろ?」

 俺も覚悟を決め他人行儀な話し方をやめてタメ口で会話を始める。

 まぁ、同年代タメにタメ口で話すのは別に自然なことだし決しておかしな事では無いだろう。この学校でさえなければ。

 タメ口で話せるのは他人の目がない場所だけ。そういう規則ルールだ。

 言われた通り、空き教室の中に入り教室の中央まで進むと背後からガチャリ、と鍵を施錠する音が聞こえてきた。

 退路を断たれた瞬間である。

 どうやら逃す気は無いらしい。

 出口の前に立つ一人の少女。

 その立ち姿は制服を身に付けた警察官を思わせるほど凛とした姿勢だった。

 凛々しく気高く、正義感と責任感が服を着て立っている様な少女。

 昔と違い、もうそこには男と見間違える様な中性的な要素は欠片も残っていない。

 作り笑顔の鉄仮面を脱ぎ捨て、瞳に宿す怒りの炎を燃やし彼女は俺にこう告げる。

「君さ、何で“ボク”がこんなに怒ってるか分かる?」

 そんな一言を皮切りに。

 お説教が大好きな委員長による俺に対する尋問めいた『お説教タイム』はこうして誰にも見られることもなく、ただ静かにひっそりと、その幕を開けた。

 つくづく思う。

 俺は過去の呪縛からも、犯した罪からも、どうやっても逃げられないのだと。

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