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幼なじみが幼なじみに負けないラブコメ。  作者: 窪津景虎
承・幼馴染は語りたい。
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翌日、決意の朝に

 目が覚めると見慣れた天井がそこにあった。

 スマホと目覚まし時計から鳴り響く耳障りなアラーム音が鼓膜こまくを刺激する。

 スマホを手に取りアラームを解除。

 日付を確認。五月二十二日。午前七時。

「……………」

 カーテンの隙間から差し込む朝日がとても眩しい。

 ほおを伝うしずくを服のそでぬぐい取る。

「はぁ……」

 短い溜息を一つ。目覚まし時計のアラームを止めてモゾモゾと布団から這い出る。

 ベッドに腰掛けて目頭を押さえる。

「…………」

 たかが夢ごときで涙が出るとかどう考えても精神が病んでるとしか思えない。

「ほんと、最高の悪夢だった……」

 新しい朝がやって来てもそこに希望があるとは限らない。ラジオ体操の歌なんて嘘の塊じゃないか。

 毎日やって来るなら一日くらい幸せな日があってもいいだろうに。

 365分の1の確率ならソシャゲのガチャなんかとは比べ物にならないレベルで渋い割合だ。一日一回の無料ガチャでも二年やってればいい加減当たりを引いても良いはずなんだけど。

 我ながらくじ運が悪すぎる。

 いや、違うだろ。

 当たりは昨日引き当てたはずだ。

 人生で一回あるかどうかの希少性レアリティの、とびきりなサプライズってやつを、俺は昨日体験した。

 途中まで上手くいってたはずなんだ。

 なのに、昨日の俺はそれを台無しにした。軽率な行動と邪な下心のせいで。

 昨日の自分に責任を押し付けられた今日の自分は一体何ができるのだろう。

「流石に二度寝はNGだよな……」

 今日という日ほど自分の部屋から出たく無いと思った事は無い。

「学校一日くらい休んでも死にはしないよな?」

 そんな虚しい独り言をボソリと呟き、勉強机に飾ってある写真立てに目をやる。

 八人の子供と優しそうな大人の男と小さな毛玉一匹が映ったどこにでもありそうな構図の集合写真。

「……分かってるよ。逃げたら逃げた分だけ自分の居場所が無くなることくらい」

 もうこれ以上無くさないためにも。これ以上失敗しないためにも。

 変わらなくても、変えられなくても、続ける事だけは止めないから。

「どうせなら、お姫様の可愛い寝顔が拝めたりするサプライズとかねぇかな……」

 性懲りもなく、そんな淡い期待を抱いて自分の部屋から外へ出る。不思議と足取りは軽やかだった。

 まぁ、でも。

 世の中何でもかんでも自分の思い通りにはいかないわけで。

 部屋から出てリビングに向かうと、そこにはもう姫光の姿は無かった。

 代わりにいたのは黒い毛玉。クロがくあっと犬小屋ケージの中で欠伸あくびをしていた。

 台所にも、空き部屋にも。

 家の中をくまなく探しても姫光の姿は何処にもなかった。

「まぁ、そうだよな……」

 一握の砂くらいには淡い希望を持っていたけど現実はそんなに甘くないって事か。

「なんだかんだでアイツ早起きだからなぁ……」

 まぁ、俺が遅いだけかもしれないけど。

「幼馴染に起こしてもらうとか夢のまた夢、か」

 お姫様が不在と分かれば後の行動なんて淡白なものだ。

 いつも通りの朝、いつも通りの起床時間、いつも通りの行動。

 簡素な朝食、愛犬の世話、そして朝の身支度みじたく

 ただ一つだけ違うことがあるならそれは──。

 昨日の夜は風呂に入ってないから今から朝風呂に入ることくらいだ。

「……ん?」

 浴室の入り口に違和感があった。

 足元にある白くて四角い紙。

「何だこれ?」

 そこにあったのは一枚のメモ。

 ありがと。

 いかにも女の子らしい小さくて丸っぽい文字。そう一言だけ書かれたメモが浴室のドアの前にポンと置いてあった。

「……………」

 なんていうか。アイツもアイツで素直じゃないからな。

「……ははっ。どーいたしましてお姫様(キャプテン)

 その一文だけの置き手紙にほくそ笑む自分がいた。

 そうだよ。そうだよな。

 諦めるにはまだ早い。そうだろ?

「これで終わりとか納得できねーよ」

 たった一枚の置き手紙で機嫌が良くなるとか。俺は存外、単純なヤツなのかもしれない。

 でも、次があると思えるだけで人は奮起ふんきできる。

 切っ掛けは作れた。なら、次はもっと上手くやればいい。

 風呂にでも入って気持ちを切り替えよう。

 決意を新たに陽気な気分で服を脱ぎ、浴室のドアを開ける。

「…………ん?」

 視線の先にはお湯の入った浴槽よくそうがあった。

「…………」

 浴槽に手を入れたらお湯にわずかな温もりが残っていた。

「…………………………………………」

 幼馴染が『使った』残り湯がある。

 幼馴染が『浸かった』残り湯がある。

「…………ふむ?」

 幼馴染が『全裸』で入った残り湯がある。

 幼馴染が“全裸”で入った残り湯がある。

 幼馴染が《《全裸》》で入った残り湯がある。

「…………うむ」

 とりあえず、一回落ち着こうか。

「わざわざお湯を入れ変えるのは面倒だし、時間も掛かるし、さてどうするか……」

 今、俺に求められている対応は真摯しんし紳士しんしな行動だ。

 幼馴染の残り湯でおのれの邪な劣情を発散するのは人として間違っていると思う。

 だが、少し待って欲しい。

 たかがお湯とはいえ貴重な資源。水道代だって立派なお金だ。

 世界的に見れば水が満足に手に入らない国や地域だってある。そんな人達を尻目に貴重な資源を無駄に流すのもまた人として間違った行動なのではないだろうか。

 それに、だ。

 今のご時世、いつ何時でも水が使えるとは限らない。震災被害の影響下でライフラインが止まり風呂に入れない事だってあるかもしれない。

 不測の事態に対応出来ないで何が男か。

 そう、これは予行練習だ。

 言葉では語りつくせない色々なものに慣れるための。

 いきなり本番は精神に悪影響が出る。練習は大切だ。

「なんていうか、アイツも抜けてるところがあるからなぁ……」

 クルリときびすを返してゴソゴソと脱衣所のカラーボックスから四角いパッケージの包みを取り出す。

 チャポン、と。

 浴槽の中に落ちるラムネ菓子の様な白い塊がシュワシュワと泡を吹く。

 選ばれたのは炭酸ガスの入浴剤だった。

 花◯のバ◯である。

 というか。

「普通に無理だから! 幼馴染の残り湯に素面しらふで浸かるとかハードル高過ぎるから!!!」

 朝っぱらから浴室のタイルに膝をつき悲しみに打ちひしがれる全裸の自分がいた。

「畜生っ……俺の意気地なし!」

 いや、でもこれは仕方ないよな?

 仮にそのまま残り湯を堪能したらおそらく俺はそのまま死に至る。

 罪悪感に押し潰されて。

 欲望と罪悪感を天秤にかけて罪悪感の方がわずかに傾いた。なら、均衡きんこうを保つために罪悪感を減らすしかないだろ。

「自然体に幼馴染と入浴できる様なスマートな男になりたかった……」

 そもそも幼馴染の残り湯で一緒に入浴している気分だけでも味わおうという発想が全然スマートじゃないけど。

「せめて◯ブが溶けきるまでは湯船に浸かってもいいよな?」

 そんな誰に確認したわけでもない断りを入れ、手早く身体を洗い、そして湯船に浸かる。

「……あっ、茶色の髪の毛」

 炭酸ガスの入浴剤が溶けきるまで湯船に浸かる優雅な朝。

 いつもより少しだけ何かが違う朝。

 そんな朝を過ごしたせいだろうか。

 この日、俺はいつもの電車に乗り遅れ、学校に遅刻した。

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