二章、タイトル後記載.5
勉強に関していえば、中学の範囲は、さほど難しいものではなかった。高校からが勝負だ。
中学での生活はかなり有意義なものだった。中学での巡と接する機会は、驚くほど少なかった。だから、高校で再び一緒になったとき、彼女に指摘されて申し訳なく思った。恩人のことを忘れて勝手に楽しく暮らしていたのだと考えると、内臓がひっくり返ったような気分になった。だからこそ高校では、カチューシャの件で恩返しできて、本当によかったと思う。もちろんすべての 恩を返せたとは思ってはいない。僕はこれからも彼女に少しずつ恩を返していくつもりだ。
まあ、何が言いたいのかというと、楽しく暮らしているということだ。
「楽しいならそれでいいじゃない」
姉貴はにっこりと笑いながら言った。そういう顔を見たのは久しぶりだっので、何となく違和感を感じた。失礼か?
「姉貴は今楽しい?」
「んー。普通かな。峰岸くんは優しいし、大学の友達と遊ぶのも楽しい。バイトは面倒だし、勉強もめんどくさいけど、それなりには楽しい」
よかった。
「けど、やっぱり思うのは、人生は長すぎて、楽すぎること」
「そう? 世間一般的な考えからすれば、生きるのは難しいし、人によっては全然時間が足りないよ」
「長いのよ。だから余裕ができるし、堕落が生まれ、必要無い余韻が流れる」
だからあの子も自殺を選んだのじゃないかしら。
「あの子って?」
決まってるじゃない。縞伊佐木ちゃんよ。 姉貴は死にたいの?
「なんでよ、今楽しいのに。これからも生きていくつもりよ」
普通に楽しいし。
あんたもそうでしょ。楽しく生きて。苦しくなったらうちに来て。慰めてあげる。
「あたし達家族じゃない」
ご飯食べに行きましょ。
姉貴に手を取られ、足を踏み出した。
「姉貴はもっと楽しそうに笑いなよ」
「峰岸くんはあたしのこういう、嘘っぽい笑いかたが好きらしいよ。飾っていなくて」
「へー」
変わった人だ。変わっていようと変わっていまいと、峰岸さんは姉の最高の彼氏なので、非常に感謝していた。
いくつか目ぼしい店はあったが、そのなかでも姉のお気に入りのラーメン屋を選んだ。
「体重増やしたくない時にかぎって、食べたくなるよね」
「別の店にする?」
「いや、峰岸くんはもう少し肉付きのいいほうが好きなんだって」
「なんか姉貴の中でもう一人の峰岸さんをつくってないかい? 自分に都合のいいようにさ」
「あんただって好きな子を頭の中に量産してるでしょ。都合よく自分を好きな子をさ」
見てきたように語る姉だが、全くそんなことをしていない僕としては、勘違いも甚だしいといった感じだった。ラーメン屋の目の前で一体何の話をしているんだと、客観的に物申したいほどの会話を一通り繰り広げ、僕らは入店した。
「らっしゃつせー」
熱気の籠った厨房から、気持ちのいい挨拶がした。取り敢えずカウンター席に座る。店主であろう男が、メニューを取りに来た。
「スープの種類は塩味噌醤油、麺の固さは普通やや硬め硬めバリ硬ハリガネです」
早い。
「斎臣。あんた塩ね。あたし味噌頼むから」
「僕醤油がいいんだけど」
「いや、あたし味噌食べたいんだけど」
なら味噌食えよ。
「でも塩も食べたいじゃない? でも二杯目も食べると太る」
「もっと肉付きのいいほうが好かれるんじゃなかったのかよ」
その場その場の考えで生きすぎだ。結局僕は塩を頼んで、姉貴は醤油を頼んだ。
「・・・」
「なに。醤油食べたかったんでしょ? 分けたあげる」
「納得いかねぇ」
しかし味には納得した。メニュー数から一品一品へのこだわりの強さが見られる。値段もリーズナブルで、高校生の財布事情にも優しい。
食事しながらも、僕らの会話は近況報告が主だった。
「あんた彼女いないの?」
「いない。てか、いた」
「フラれた?」
「まあ、うん」
「よかった」
「はあ、いつから姉貴は僕の不幸を望んでいたの?」
「そじゃなくて、あんたに好きな人ができたのって初めてじゃん? 嬉しいの」
「フラれたけどな」
「あんたが好きになる女の子ってどんな子かな? あんたと似てる? タイプとしては」
「似てるんじゃない?」
僕もああいう選択を取るかもしれない。そう考えると、似ていなくもないかと思った。