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聖者の行進  作者: 北松文庫
5/7

二章、タイトル後記載.3

 あれから三日が経過した。休日に入ったので、僕はアパートでだらだらと過ごした。いまだに彼女のことを忘れることができない。死の間際、なぜ彼女はあれほど笑っていられたのだろうか。怖くなかったのだろうか。死というのは、それだけで怖いものだ。死ぬのは怖いし、死体は怖い。幽霊も怖いし、死人が動くのも怖い。

 あの事件は既に過去のものとなっていた。ニュースではあまり見かけなくなったし、たまに流れれば、同じようなことばかり。しかもニュースに流れている情報は全く信用出来ない。

 情報を隠蔽している側の人間としては警察に高望みすることは出来ないが、僕だって彼女のことを知りたいんだ。だからといってそれを行動におこすことはなく、ニュースから聞こえる声をBGMにして、本を読んでいる。前に読んだことのある本だ。

 縞伊佐木。裕福な家庭に生まれ、成績もよく人当たりもいい。誰かに恨まれるような子じゃなかった。

 誰かの声が聞こえる。

 彼女が死んでしまって本当に残念です。彼女はいろんな人の憧れだったんです。

 内容が頭に入ってこない他人事のような口調で、誰かがそう訴えていた。そんなに世間体が気になるのか。

 かれこれ三日間。ぼーっとすることが増え、授業は入ってこない。このままでは駄目だとわかっていても、どうしようもない。

 午前中を読書で潰していると、ふと、縞伊佐木のおすすめの本を思い出した。今度本屋に行く機会があれば、購入しよう。

 「いや、今日いこう」

 言うが早いか、早速支度を始めた。昼前という微妙な時間だが、まあいい。ドアを開け、アパートの自室からでた。階段を降りていって、備え付けの車庫に向かう。自転車に鍵を差し込んで回し、跨がろうとしたところで、前かごを見た。

 彼女が頭だけになったとき、まだ存命していたとすれば、死を向かえたのはこの前かごの中でだろう。血が滴り、自転車を赤く染める。

 「あ」

 自転車には、固まり変色した血がついていた。あの日から放置していたのか。学校には電車で、駅へは徒歩で向かっていたので、忘れていた。

 部屋に戻り、雑巾を探した。雑巾が見当たらなかったので、代わりに古くなった布を探した。もう着なくなった服があったので、それらを雑巾がわりにして拭き取る。車庫にある洗い場で少し水で濡らしてから擦ったが、うまくとれない。一度洗って、また拭き取る。蛇口にホースを繋いで、水をかけながら束子で擦る。

 「よし」

 ようやく血がとれた。白かったTシャツは所々赤黒く染まり、元々捨てるものだったが、もう着れなくなった。処分はあとにしようと、ひとまず車庫の隅に投げ捨てた。

 本を買いにいこう。そうすればきっと頭の中もすっきりするはずだ。自転車はまだ濡れていたが、走っていれば乾くだろう。

 あの日以来通っていなかった踏切のある道を通る。自分でも驚くくらい心境に変化はなく、別に現場自体から逃げていたわけではなかったことがわかる。

 信号で止まった。向こう側では、見たことのないジャージ姿の高校生が数名群がって帰宅している。高校生と分かったのはジャージに高校名が入っていたから。帰宅中だと思ったのは、部活道具を自転車に乗せていたから。これから部活なのかもしれない。

 信号が青に変わって漕ぎ進み始めると自転車が軋む。すれ違い様にその中の一人が僕を一瞥した。すぐに友人たちとの会話に戻ったが、意識がそっちに向いていないように思えた。昔の同級生だったか。印象深い人物の顔しか思い浮かばす、そのどれにも当てはまらなかったので、人違いかも知れなかった。この世界には三人同じ顔の人物がいるという。それに中学の同級生とは二年も会っていない。向こうだって僕を認識できないだろう。

 「あ、永山くんじゃないか。何で忘れていたんだろう」

 休日なのに街ではそこまで人を見かけなかった。もっと中心街にいけば違うのだろうが、別にそっちに用はない。

 本屋の駐輪場に自転車を止めて、なかに入った。二段階式の自動ドアの一段階目を通過して足を止める。今月、来月の漫画の新刊の予定日が、ホワイトボードに日分けで書かれているからだ。残念ながら今月にも来月にも、目当てになりそうなものはなかった。

 辺りには他に店内図、トイレ、ゲーム台等がある。僕はトイレの方に向かった。手がなんだか血生臭い気がしてきたからだ。石鹸でしっかり洗って、ポケットからハンカチを取りだして水を拭き取る。石鹸の匂いがして落ち着く。

 もう一段階目の自動ドアを抜けて、店内を見回す。いつも小説のコーナーにしか行かないが、それでもここまで本が集まっている光景は圧巻だ。目的の本が置いてあるコーナーに、足を運ぶ。レジには姉貴がいた。不真面目そうに見える姉貴が働いている光景は、いつみても驚倒する。

 「ミステリーだったよな・・・」

 レジに姉貴がいた。今日はシフトではないと聞いていたのに、どうしたのか。誰かの穴埋めで呼ばれたのだろうか。目当ての小説を見つけ、手に取った。それからしばらく気に止まる本を探して歩き回った。

 計三冊の小説を手に、レジに向かう。姉貴もこちらに気付き、気付いただけでたいした反応はしなかった。淡々と作業をこなしている姉貴に、少しだけ声をかける。

 「・・・今日休みじゃなかったの?」

 「そうだよ。でもやることないから仕事に出てきたの。嘘、シフト変わってあげたの」

 二千百五十円になります。

 僕はきっちり金額通りのお金を払って、レシートを持って去ろうとした。

 「もうすぐ切り上げるからちょっと待ってて」

 姉貴に呼び止められたのは久しぶりだった。「わかった」駐輪場で本を読みながら待ってる。その旨を伝えてレジを後にした。

 姉貴が来たのはその三十分後で、全然もうすぐじゃなかった。別に気にしていないけど。

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