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聖者の行進  作者: 北松文庫
3/7

二章、タイトル後記載.1

 


 昨日の出来事は、ニュースで速報として流れたらしい。僕は朝のニュースで確認した。警察に非通知で連絡が届き、イタズラかとは思いながらも現場に足を運ぶと、少女の死体が発見された。通報したであろう人物は見当たらず、この事件は謎が多いことと、少女の自殺理由が不明との二点で世間に注目された。

 彼女の死は、状況証拠と僕の証言により自殺と断定された。もっとも、非通知で送られてきた情報を、警察が信用したとは考えていないが。

 たぶんこれから警察や記者が、彼女の事やその周囲を調べあげていくことだろう。縞伊佐木のおもうところではないだろうが、彼女の妹も、節度をわきまえないマスコミ達により悩まされるだろう。

 あの場から立ち去ってよかった。今日になって初めてそう思った。僕がただの第一発見者で終われるわけはない。あの暗い夜道に彼女を置き去りにしてきてまで僕が自分の存在を隠蔽したのは、それなりの自己防衛処置を働かなければ、僕が犯人にしたてあげられる可能性もあったからだ。首の落ち方や血の飛び散り具合。それらの不自然さに警察が気づくのに、時間はかからないだろう。

 あのまま現場に状況を細かく説明するために残っていれば、ごちゃごちゃこじつけられて、犯人にしたてあげられたかもしれない。考えすぎかもしれないが、あんな状況下に置かれても、自分の未来を気にしたりする。

 衝撃の一目惚れで、呆気ない失恋だった。僕の二十五分だけの間の友人。夜のように謎めいていて、月のように美しかった少女。まだ話したいこともあったし、行きたいところもあった。もう叶わない。

 朝食を食べながら、ニュースを見て思考に耽っていた。昨日のことを思い出したり、自分の今後の事だったり。いつもより妙に頭が冴えていて、そのくせ意味もないことばかり考える。

 ふと思ったのは、唇を調べたら色々分かるのだろうか。ということ。彼女の唇から僕のDNAが検出されたら一体僕はどうなるのだろう。第一発見者ということがバレるくらいなら問題ない。怖くて現場から逃げ出した。そう言えばいい。だが唇からDNAが検出されたとなると話は別だ。死んだ彼女がかわいかったからキスをした特殊性癖なだけの男、とかでは済まないだろうか。それはそれで別の問題が発生する。

 腕時計を確認すると、既に時刻は七時十二分だった。僕はいつも学校に八時には着くようにしているので、もうそろそろ支度しなければならない。家から学校まで大体三十分。

 そう、何が驚きかって、昨日あれほどの体験をしたにも関わらず、当たり前のように今日学校に行くのだ。普通に授業を受け、普通に友人と話して、家に帰ってくる。誰も僕の体験を知らない。平日に学校があるのは高校生として当然のこと。調子が悪いわけでもないのに今日は妙に休みたくなる。

 それでもしっかりと学校に向かうのだから、身に付いた習慣というものは怖い。他人にとっては不自然なことが、習慣と化せば自分の中の常識になる。僕の中で学校をサボることが習慣化するといけないのから、重いからだを起こして支度する。

 徒歩で駅に向かい、電車に乗り込む。レールの上を走る電車は、気分を悪くしないように避けた自転車より気分を悪くした。路線が違うというのに、意識せずにはいられない。

 駅から学校までの道のりは、徒歩で歩くのが久しぶりだったので、違和感を感じた。自分を何台もの自転車が通り越し、すぐそばを自動車が通過する。クラスメイトにでくわすことなく、面白味のない通学路を歩く。

 下駄箱から上靴を取りだし、代わりに外靴をしまう。赤のスニーカーが目に入り、どきりとする。僕のスニーカーは白色だった。

 教室には数人クラスメイトが来ていて、終わらない宿題をしていた。やっていたら見せてくれと言われたので、鞄から取り出して貸してあげた。自分が成績下位者でとどまっている理由を、彼はまだ知らない。

 そこから、少しずつ人数が増えてきて、ホームルームが始まる十分前までには殆ど来ていた。知らないのだから当たり前だが、誰も僕に事件のことを聞いてこない。ただ、意見を求められた。

 「女子高校生が自殺したって、お前知ってる?」

 「ああ、ニュースでやってたね」

 朝来(あさご)がニュースを見るとは珍しい。それほどまでに世間にあの事件は影響を与えているのだろうか。

 「どう思う? 何で自殺したのかね」

 「さあ、DVでも受けてたんじゃないの? もしくは苛めとか」

 「苛めか、それは嫌だな」

 彼は僕の隣の席に座った。

 「俺は死にたくないな。誰かに殺されるのも、自分で死ぬのも嫌だ。サッカーやって、将来に悩んで、青春を謳歌する。お前とバカやって暮らす。今結構満足してんだ」

 「じゃあもう悔いは残ってないんじゃない?」 

 「わかってんだろ。わかってて言ってんならひでえ奴だな」

 ああ、わかってるよ。お前が言わんとしていること。時計を確認して、もうそろそろあいつがくるんじゃないかと伝えた。彼はうるせー。といって僕を小突いた。

 彼女はホームルーム五分前にやって来た。

 「(めぐり)遅いな。遅刻しそうじゃんいつも」

 「おはよう、優斗(まさと)くん。斎臣(ときおみ)くん。仕方ないよ、だって家遠いもん。ほら、席を開けて」

 はいはい、と朝来は席を立った。巡は机に荷物をおき、一息つく。だいぶお疲れのようだ。しばらく会話したあと、担任の先生がきて、全員席に戻った。その日も授業は恙無く進み、一時間、一時間と過ぎ去っていく。三時間目の現代社会で、先生があのニュースのことに触れていた。教科書に乗るほどではないだろう。でも、こうしている間にも人は死に続けていて、事件は起こり続けている。

 窓の外を眺めて、自分の視界の中で、どれ程事件が起きているのか考えた。巡が時々僕を気にしてちらちら見てくる。

 僕は自分の手元を見て、本来そこに存在するべき現代社会の教科書を探した。この授業が終わるまであと三十分。何としても隠しきると自分に誓った。

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