神恵の子ら エピローグ
<エピローグ>
碧い風が、何処までも広がる草原の海を、駆ける。その爽やかさは、昨日の嵐をすでに過去のものだと主張していた。
「ねえ、これから何処にいくの?」
黒髪の少女は小首をかしげる。彼女は何も分かっていないようだ。
「どこか、安心して暮らせる場所へ行こう。どんなに遠くても、そこが目的地だ」
隣を歩く大男は、慈愛のこもった声で、短く応える。彼は、右肩に赤い毛の栗鼠を乗せている。栗鼠は、気持のよさそうな寝息を立てて眠っている。
「変な人ね。そもそも、私は何故、あなたと一緒にいるの? それはまあ、ここにはわたしとあなたしか、いないけれど……」
ぐるりと、彼女は四方を見渡す。そこには、限りない草原が秋の陽光に照らされている光景しかない。そして、唯一のアクセントである大男を睨む。
怪訝な目を向けられても、彼は微笑むだけだ。
未知の存在に警戒して、彼女は尋ねる。
「あなたって、何者?」
「君の、知り合いさ」
「……見覚えがないわ」
「だろうね。もっと丁寧に表現すれば、以前の君の知り合いだから」
ますます、彼女は怪訝な顔になる。しかし、大男の表情は、変わらない。柔和な笑みで、彼女の反応を受け止めているだけだ。
「ほんとに、変よ。気がついたら、あなたに抱えられて、この草原を運ばれていたし、自分が誰かも分からないし……。大事な何かが欠けてしまったみたい。足りないのよ。ねえ、訳を知っているんでしょう?」
その質問をされたとき、大男の表情に少しだけ蔭ができた。
「それは、時間が経てば、話せることだと思う」
大男の予想外の反応に、黒髪の彼女は眼を丸くした。
「悲しいの?」
その言葉にはっとして、彼は表情を取り繕う。
「別に。ただ、それは過ぎ去ってしまったんだ。元には戻らない。それだけなんだよ」
「変ね。でも、なんとなく、いまの言葉は分かるわ。明日から昨日がやってきても、昨日から明日がやってくるわけじゃないもの」
大男は、静かにその意味を咀嚼する。
「そうだ。そうだね」
それから、秋の陽になって微笑を浮かべる。
草原の先へ、また一歩、歩き出す。
「さあ、行こう」
「勝手な人ね」
「お互いさまさ」
「どうして?」
「そのうち話すよ」
「勿体ぶるのね」
「なんでだろう。簡単には、話せない」
「そう。いいわ、その気になったら、聞かせて」
「うん。そうするよ」
「じゃ、行きましょう」
「そうだね。行こうか」
~完~




