神恵の子ら 第二章
<第二章 前線へ>
出発から五日目の夕刻に、フェイは森林地帯を抜けた。
二日目の夜から四日目の朝まで、森が濃霧に包まれ、視界が頼りにならなくなったときもあった。遭難しかけたが、クレメンツの助言に救われた。森の英知は、頼もしい旅の道連れである。
現在は、五日目の真夜中。
すでに、周辺には夜の帳が降りており、季節は初秋ということもあって、快適な涼気が頬をなでる。うだるような夏をやり過ごした虫達の合唱も気持よさそうだ。
そして、夜空が高い。満点の星空は、フェイとクレメンツがあの鬱蒼とした葉の天幕から抜けだしてきた証でもある。
「星ぼしに労われているようだ。枝の上から見るのとは、また違う」
赤毛栗鼠のクレメンツは、森の外に興味津津らしい。彼は森に住んでいたのだから、その外を知らなくとも、不思議ではない。
「あんまり僕から離れない方がいい。野犬の夜食になっても、責任はとれないよ」
猫ほどの野栗鼠はそれに応えず、まだ星空を眺めている。フェイの危惧は杞憂だとも云わんばかりである。
「クレメンツ。君は野犬よりも強いのか」
無視されたフェイが、語調を少しだけ険しくして、言葉を投げかける。
野栗鼠の黒瑪瑙に似た両目が、縦皺をつくった脱走兵を捉える。
「なぜ、より強い必要がある」
「なに」
「私が、野犬よりも、力が強い必要はない。代わりに、私には森の英知がある」
フェイは、さらに深くなった眉間のしわを揉んだ。
「ここは森じゃない。ほとんどもう、平野だ。草原さ」
「森の英知は普遍だ。いや、普遍という言い方は少々誤解を生むだろう。草原でも役に立つ、ということだ」
フェイは対話の限界を早くも悟っているところだった。もう寝てしまおうかとも考えた。五日間分の疲労で困憊なのである。
「じゃあ、野犬の晩餐会には、招待されないんだな」
「世の中で確実に云い切れることは、ほとんどないだろう」
「そうかい」
もう寝よう。フェイはそう決めた。くたくたなのである。高尚な森の哲学者と、夜通し対話するには、いささか英気が足りない。養わなければ。
大柄な脱走兵は横になった。彼は根っからの肉体労働者である。アカデミックな会話などできないのだ。特に、眠気に襲われているときなど、最も避けたい話題の類である。
外と遮断された森とは違い、平野は開放的だ。風が広大な草原の端から端まで通り過ぎ、虫の歌声も反響することなく夜空か暗闇に吸い込まれていく。
その開放的な心地よさに、フェイはすぐに眠りの国へと辿り着いた。
「ここでは全てが流動的だ。全てが内にこもり、内部でしか循環しない森とは、対照的ですらある。留めるという観念がないのだ。興味深い。
やはり、この独特な風土は、遮蔽物が全くないという点が、支えているのだろう。大樹はおろか、若木すらなく、背の低い草ばかり……。おそろしく画一的だ。何処まで行っても、同じ空間・風景が続いている。無個性、といってもいいまもしれぬ。
つまり、此処は、森のように留まる土地ではない。通過する土地なのだ。そしてそれが、開放性ということなのかもしれない。風、空、星、音……全てが通り過ぎていく……。足跡すら残さずに…………、ふむ。面白い」
野栗鼠の教授は、まだ講義を続けている。しかし、聴講者は誰もいない。難解な授業に居眠りは付きものである。
フェイは、野栗鼠の独白とは全く関連のない夢をみた。
それは、彼の向かう目的であり、断片化された過去であり、予感の映像化だった。
◆◆◆(場面転換)◆◆◆
夢の中で、フェイは霧の濃い森の中にいる。クレメンツはいない。この夢のときは、フェイは決まって一人だ。
一人だけで、彼女といつも対面する。
周囲は濃霧に包まれている。全てを包み、全てを無に帰すような、濃く湿っぽい大気だけが、彼の周りにある。
「追わないで、フェイ」
霧の向こうから、それだけが聞こえて来る。彼女だ。霧の向こうに、彼女がいる。
「もう、終わったことなのよ」
フェイは四方に視線を疾走させる。しかし、霧のせいで誰の姿もない。生い茂った枝たちが、声を反響させ、霧散させてしまう。音も頼りにならない。方向性のない空間なのだ。彼女の居所は決してフェイに知られないようになっている。
彼女はフェイを捉えることはできても、フェイは彼女を捉えることはできない。どこまでも一方通行的な夢なのだ。
ただ、静謐な嘆願だけが、聞こえてくる。
「もとに戻ることは、ないわ」
フェイは叫びたかった。主張はいくらでもあるのだ。しかし、喉も舌も大きな意図に支配されたように動かすことができない。ここで、フェイは一言も発することを、許されていない。大きな意図が、フェイにそれを許さない。
大きな意図。それの正体を、フェイは恐らく知っている。そして、純粋な『彼』という要素だけでは、渡り合えないことも、知っている。そのため、彼は沈黙するしかない。
無言のまま、霧が移動し続ける。だが、ここは丁度、濃霧の中心地だった。少し時が移ろっただけで、霧は晴れない。
沈黙が流れた。フェイは話すことを許されていない。彼女が口を開かなければ、ずっとこのまま夢は続いていく。
しかし、唐突にそれは破られた。
「さよなら。永遠に」
言下に、彼女が踵を返して遠ざかってゆく。霧の向こうで、フェイには一瞥もくれずに。
あれが、最後の言葉なのだ。この後、夢は終わる。彼は目覚める。そのはずだった。
フェイは、動かないはずの喉と舌を操っていた。彼女が去っていく間際だったので、あの意図の拘束が、緩んだのかもしれない。
水気の多い霧を、咽ながら、躊躇なく吸い込み、大声を上げる。
「待て! 待ってくれ、シ――」
そのとき、霧の世界が表情を変えた。
気だるい蒸気が、常軌を逸した殺気に支配される。全てが暗転した。黒い狂気が、取り決めを破った愚か者へと襲いかかる。フェイは、とっさに目を閉じた。
しかし、何も起こらず時だけが過ぎる。
フェイは、平気なのかと安心した。あの意図の怒りに触れては、彼は彼でなくなってしまう。それは、土砂降りの雨粒に逃げ惑う蟻に似ている。なす術など、ないのだ。
目を開ける。暗転は嘘のように、また霧が深い。前方には、なにもいない。
だから、後ろにいた。
「いけない人」
彼女の吐息が、フェイの首筋をなでる。
「流行病では、あなたの心は死なないのね」
それは紛れもなく彼女の声で、彼女の口調だが、フェイには分かる。今、後ろにいるのは、彼女ではない。彼女以外の何かだ。もっと、凄惨で末恐ろしく、強大な何かだ。
振り向くことはできない。今度こそ、後ろにいる存在は、牙をむくだろう。
「帰りなさい。あなたのいるべき場所へ」
フェイは何も言うことができない。霧が濃くなる。そして彼の後方へ流れる。それと共に、あれも去っていく。
身動きすらできず、フェイは夢の中から追い出される。
◆◆◆(場面転換)◆◆◆
目を覚ます。何故か、ちくちくとした紅い松の葉で、視界が覆われている。
(妙だな。森はもう抜けたはず。どうして松の葉なんか)
寝起きで頭の回転が鈍いこともあったが、顔の上にクレメンツが陣取っている事実を理解するのに、三呼吸半ほどを要した。
気がついた原因は、主に野栗鼠特有の匂いだ。包みと獣臭を混ぜたようなにおいがする。
クレメンツを顔から引き剥がし、フェイは半身を起こした。太陽は、半分ほど地平線から出ている。反対に言いかえれば、まだ半分は平野の端から出ていない。寝過ごしたわけでもなさそうだ。
「クレメンツ。顔の上で寝るのはよせ」
「油汗をかいた顔の上を、誰が好き好んで寝床にするのだ」
「じゃあ、なんだい」
「起こしたかった」
「出発のことかい。確かに急いで……」
「出発ではない。人間だ」
一瞬、意味を図りかねたが、視界で了承する。草原のかなり離れた所から、黒い影がこちらに向かってきている。
「いち、に、さん……」
「四人だ。同じ恰好。みな若い」
クレメンツが、フェイより先に、朝焼けのなか歩を進める集団を特定する。
「よくわかるな」
「目はいい」
「鼻もきく」
「その通りである」
「それで。連中、どんな格好だ?」
「全身、深い緑だ」
「軍属だな」
緑色の上下を着て、茫洋とした平野を早朝から徘徊する民間人は、おそらくいない。少なくとも、フェイは出会ったことがない。
「他には?」
「頭に何か被っている」
「帽子だな。何か描かれてるか?」
「金属製の飾りが、正面についている。あれは、鷲だ」
「鷲? 羽ばたいてる鷲なら、第一師団だ。エリートか。厄介だな」
フェイが渋い顔をする。連中は記憶力がいい。フェイの顔も知っているかもしれない。脱走兵だと、ばれてしまう。
「待て。鷲は、枝にとまっている。飛翔はしていない。枝にとまっている」
ほっとした。フェイは、安堵の息をつく。
「枝? 飛んでいない? 枝か。なら……たぶん、士官学校の生徒だ。エリートの卵だよ」
一人と一匹が会話を続けているうちに、四人の若い士官候補は、かなりこちらに接近してきていた。近付き方を見るに、敵意はなさそうである。単に、こちらの存在に気がついて、確認にくるらしい。
「なぜ、こちらに気づいたのだろうか」
「たぶん、これだ」
野栗鼠の疑問に、脱走兵が身につけている真っ青な制服を指差す。薄暗い配色の森ではさほど目立たなかったが、若草色の草原では保護色の効果はそれほどない。何かの拍子に偶然見かけて、怪訝に思って近づいてくることも、まああり得るだろう。
おまけに、演習中かどうかは知らないが、相手は好奇心旺盛な士官候補の少年たちである。捨て置いて置かれる方が、難しいかもしれない。
「つまり、原因は服か」
「国境警備隊の制服を、もっと泥で汚しておくんだった」
フェイは、舌打ちする。森を五日間かけて横断したので、国境警備隊の制服はところどころ汚れていたが、それでも、鮮やかな青は消し切れていない。
「しくじった。もっと地味なのを盗んでおけば……」
「あのときは、必死でそんな余裕はなかったと、森で聞いたぞ」
「だとしてもだ……。いや、よそう」
「どうする」
「逃げるなら、今が最後の機会だろうな」
相手はかなり近い。制服を着ていることは間違いなかった。ミリア国軍のものだ。フェイも、昔は似た制服を着ていた。色とシンボルは違ったが……。
「逃げるか」
「いいや。話すだけ話してみよう」
「危険だぞ。脱走兵だと見破られたら、どうする」
「森に逃げ込んで捲こう」
「また森に戻るのか」
「森の英知が一緒だからさ」
お互いの距離はいよいよ殆どなくなった。
最初にクレメンツが言った通り、人数は四人で、深緑の制服を着ている。枝にとまった鷲のシンボルが正面についた帽子を被っていて、その下の顔つきは皆若い。ただし、まるっきり子供という訳でもない。恐らく、士官学校の最終学年くらいだろう。
四人は、三列になってこちらに向かってきている。前列に一人、中列に二人、後列に一人。前列にいる鋭い顔の少年が隊の長だろう。
「そこの方。こちらで、何をしておられるのか」
鋭い顔のリーダーが問うてきた。ミリア人の頭髪は、上流も下流も鳶色である。しかし、この少年の髪だけが、少し赤みをおびている。栗鼠の赤毛程ではないが、鳶色とははっきりと区別できる色だった。
(妙な色だな。どこかで……)
一瞬、興味が沸いたが、質問への返答を優先する。
「国境警備隊としての任務を遂行、完了し、帰還する道中である」
フェイは堂々と答えた。彼は二メートル近い大男なので、せいぜい百七十センチほどの士官候補たちを、じろりと睥睨して答える。あたかも、任務の邪魔をするなとでも言いたげな雰囲気で。
「それが、なにかな。諸君」
その作戦は功を奏し、リーダー各以外の三人は、ばつが悪そうに視線をフェイから逸らした。
しかし、一番先頭にいる少年だけは、一歩も譲らない。
「任務とは、どういった任務であるのか」
「極秘任務である。答える義務はない。恰好から推察していただきたい」
リーダー格は、フェイを頭からつま先までじっくり眺めた。
「どうやら、森の中にいたようですな」
「そのようで」
「どこにいかれる」
「諸君らはどちらに?」
「私が聞いているのだ」
「尋問の真似ごとを強制される義理はない」
「こいつっ」
挑発されたリーダー格は、フェイに詰めよろうとしたが、後ろの二人に取り押さえられた。
「おい、ジャン。やめろ」
「落ち着け。喧嘩してどうする」
取り押さえられたリーダー格は、なおも、もがいている。よくいえば、エリートの卵らしく誇り高いということになるし、悪くいえばこらえ性のない短気だということになる。
「放せ! お前たち、あとで覚えてろ!」
「それで? これほど広い草原で、一人で痴話げんかをするために、こちらに参上したわけでありますかな」
フェイが軽く煽ると、リーダー格の顔色がみるみるうちに、クレメンツの体毛よりも赤くなった。
だが、彼が怒りの言葉を口走るよりも先に、フェイが口を開いている。
「私は、国境警備隊のジラード隊員。これから西へ向かい、前線に合流するよう指示を受けています。急いでいるのですが」
無論、ジラードは偽名である。本名を名乗る訳にはいかない。素性は、できるだけ隠した方が得策である。脱走兵なのだから。
「だからなんだ! コケにしやがって。目にもの見せてやるぞ、ジラード隊員」
「それで。あなた方は、どこの所属で、何処へ向かう途中なのです?」
熱を帯びるリーダー格を無視して、フェイは残りの三人に話しかけた。三人の中で唯一手の空いている後列の少年が答える。
「我々は、士官学校の四年生であります。西の国境戦線で、大幅な戦力減退があり、急遽、招集されました。シラード隊員と、目的地は同じであります」
「なるほど。承知した」
フェイ改めジラード隊員は、我点がいったようにゆっくりと頷く。『戦力減退』の意味も、彼はよく理解していた。彼にも関係があることである。
「しかし、引っ掛かるな。士官学校は、全過程が終了するまでに五年かかる。上級生は、すでに召集されたのかね」
「はい。おっしゃる通りであります。五年生は、すでに各地の前線へ送られました」
「それで、今度は四年生の番というわけか」
「は。そうであります」
フェイは考え込むように腕を組み、暫くして会話を再開した。
「士官学校から、四人でここまでやってきたのか?」
「ずいぶんとお前の尋問もどきは長いな」
頭が冷え、二人の士官候補から解放されたリーダー格のジャンが、憮然として茶々をいれる。フェイは完全に黙殺した。
最後列にいる少年も、リーダーの態度に一瞬躊躇いをみせたが、言葉を続ける。
「初めは、一個中隊で向かっていたのです。しかし、二日前の霧で、我々四人だけがはぐれてしまい……」
フェイにも合点がいった。
「つまり、迷子だな」
この言葉に、最もプライドの高いリーダーが黙っているはずもない。
「迷子ではない! 少し遅れているだけだ。くそっ。あの霧さえなければ、今頃は前線で勤めを果たしているのに……」
二、三ほど、悔しがるジャン少年をからかう文句を思いついたが、言わないことにする。これ以上時間を無駄にしたくはないし、必要以上に恨みをかいたくもない。
「わかった。では、諸君。こうしよう」
「は。何でしょう、ジラード隊員」「何でありますか」「承ります」
ジャン少年以外の士官候補が、こちらに注目する。
フェイ改めジラード隊員は、滔々と演説するように提案した。
「私と一緒に西の前線へ向かおう。諸君も私も、目指す地は同じだ。森ほどではないとはいえ、平野にも危険はある。共に行動した方が、お互いに利するところが多いだろう」
三人は、賛成のかわりに瞳を輝かせる。一人は、忌避感とともにこちらを睨んでくる。
「ご免被る。国境警備隊の手助けなど、我々には不要だ」
無論、拒否はジャン少年の意志表示である。彼にはそうとう嫌われたらしかった。
だが、これくらいはフェイにも予測がついていた。
「果たしてそうかな」
「なに」
「君達は焦っている」ジラード隊員は、四人の心中を見透かすように語りかけた。「所属の中隊から逸れただけでも失態なのに、土地勘がないせいで、一日近く森で迷い、完全に所属の中隊を見失った。これは、輝かしい将来を手中にするはずの貴公達からすれば、あまりに大きな失敗である。初陣で遭難。なんとも恥ずかしい。末代までの笑い者だ」
四人全員が、屈辱と恥辱にぐっと息を呑みこんだ。ジラード隊員は続ける。
「まあ、笑われるくらいはいい。汚名をそそぐ機会は、生きていればいくらでも訪れるだろう。生きてさえ、いれば。しかし、死ねばそうはいかない。
――これは私の想像だが、諸君らは怖かったのではないのかね。鬱蒼とした森林を彷徨っているとき、ここで骸になるかもしれないという恐怖を味わったはずだ。違うかね」
四人を睥睨するジラード隊員。今度は、全員が居心地悪そうに目を伏せた。図星らしい。
「だからこそ、草原の中に国境警備隊員を発見したとき、諸君らは接触を試みた。自分達だけよりも、国境警備隊と一緒にいた方が、安全だと考えたからだ。これも、違わないはずだ。そうだろう」
異論はでなかった。ジラード隊員に扮した脱走兵は、話を結論へとはこぶ。
「草原の夜は危険だ。狼や野犬がでるし、下手をすれば盗賊にも遭遇する。土地勘のない、まだ新兵にすらなっていない諸君らだけで横断するのは、少々心もとないことだろう。
であるからして、私と一緒に来るといい。これが得策だ。私は最短の経路を知っているし、着実な行軍も可能である。四人で行動するよりも、安全なことを保証しよう」
四人とも、表立った反論はしなかった。例のジャン少年だけは、嫌だという感情と四人の安全を天秤にかけ、どうにか感情が勝たないか四苦八苦しているようだったが、どうしても感情を優先する無理強いはできないようだった。フェイの第一印象ほど、直情家でもないらしい。
「この場合、沈黙は了承と受け取ってよろしいかな」
再び四人分の沈黙。了承である。
「では、以後よろしく頼む」
「一つだけ、いっておく」
ジャン少年が釘をさす。意志の強そうな目だ。フェイは、自分が新兵だったころを思い出した。自分も、これほど強い輝きを目に宿していたのだろうか……。
「この小隊の長は、俺だ。一緒に行動する以上、俺の指示には従ってもらう」
フェイはおどけたように肩をすくめる。
「協力はするさ」
ジャン少年を振りきり、歩き出したところで、フェイは異変に気がついた。右肩が軽いのである。振り返って、彼のいる草むらへ叫ぶ。
「クレメンツ! クレメンツ、出発だ」
クレメンツは思ったよりも近くの茂みにいた。成り行きが定まるまでは、隠れているよう一人と一匹で合意していたのだ。
未来の士官たちは、茂みの音へ過敏に反応したが、現われた野栗鼠を見て安堵の表情を浮かべた。
(遅かったな。ともに行くのか、彼らと)
(ああ。そのほうが前線まで怪しまれずに迎える。単独で行くよりも、グループの方が怪しまれない。視線が分散するだろう)
脱走兵と赤毛栗鼠は、手短に小声をかわしあった。クレメンツは、フェイ以外の人間とは言葉を交わしたくないらしい。
――能ある鷹が爪を隠すように、英知ある赤毛栗鼠は言葉を隠すのだ。
と、いうことであるらしい。
いきなり茂みから飛び出して、国境警備隊員の右肩に乗った栗鼠を、四人は奇怪な目でみている。
「ジラード隊員。その栗鼠は非常食でありますか」
ジャン少年が皮肉っぽく尋ねてくる。
「なるほど」「流石はレンジャーでありますな」「今日の晩飯でありますか」
他の三人は、少し目を輝かせてクレメンツに熱い視線を注ぐ。森を彷徨い腹が減っているのだろう。
クレメンツは、迷惑だとでも主張するように、フェイの肌に爪を立てる。なんとかしろと言いたげである。
「こいつは、非常食ではない。私の相棒だ。君達よりも頼りになる。行くぞ」
これ以上、おしゃべりで時間を潰す訳にはいかない。フェイは今度こそ歩き出した。
大柄の男が、大股で歩いているため、呆気にとられた四人はみるみるうちに置いていかれた。距離がどんどん開いていく。
「諸君、遅れるな!」
フェイの一喝で、はぐれ小隊は弾かれたように歩き出した。歩き方を見ても、長距離を歩くこつを、まだ彼らは掴んでいない。士官学校で習得する前に、招集されてしまったのかもしれない。
後ろの小隊に声が漏れない距離であることを確認してから、フェイはクレメンツに愚痴をいう。
「やれやれ。これは失敗だったかもしれない。一人の方がよかったかな」
「放棄した任務の穴埋めだとでも思えばよかろう。ミリア国のためになることをしていると、発想を変えてみるのもいい」
「なるほど。だが、あれを送り届けたところで、穴埋めになるとは思えないが……」
ここで、邪魔が入った。
「ジラード隊員! 何を呟いているのでありますか」
「なんでもない。旅順を確認していた。五日でここを超えるぞ。急ぎたまえ」
◆◆◆(場面転換)◆◆◆
「では、君達はまだ十七になったばかりということか」
「そうなんです。ジラード隊員は、おいくつなのですか。見たところ、我々とそれほど違わないように思えますが……」
「あと二カ月で十九になる。国境警備隊には、十五のとき入隊した」
「十五で実地に? ずいぶんお早いですね」
「家の事情だ」
出発してから半日が立っている。小隊の四人とフェイは、最初の頃よりも打ち解けていた。例のジャン小隊長だけは、むっつりとだんまりを決め込んでいるが、他の三人はジラード隊員との会話を楽しむ余裕すら出てきたようだ。やはり、士官学校を出ていない四人だけの旅に、フェイが加わったことで、不安が紛れているのかもしれない。
「それにしても、我々の中隊は見当りませんね。これだけ広いと、後ろ姿くらい捉えられてもいいのですが」
先程からフェイに話しかけているのが、小隊の副隊長メリルである。彼は、中級軍属の一族に生まれた末っ子で、人懐っこく世渡りのうまいタイプだ。ミリア国人らしい鳶色の頭髪は、軍属らしくない長髪で、それを後ろに束ねている。士官学校で教官にいじめられそうな髪型だが、世渡りのうまさで切り抜けているのだろう。
「君達は、勘違いをしている。そもそも、君達は森で一時遭難し、一旦は方向を見失って、一日中歩き回ったすえ、運よく森林地帯を抜けたのだ。
つまり、中隊とは全く別の方向へ森を抜けたことになる。それだけ本来の旅順から、はずれているということだ。一日分中隊よりも早く進めば、追いつける訳ではない。それ以上の差があるだろう」
「そんな。ただでさえ初陣なのに、そのうえ前線への到着が遅れるとは……」
悲痛な声を上げたのは、衛生兵のクルスだ。四人の中で最も気が弱く、身体能力も劣っている。しかし、医療の知識はかなりあるようで、士官学校でもその分野の座学はトップクラスだったという。ただ、実践経験はほとんどないとのことだった。(負傷のさいが心配である)副隊長のメリルと同じく中級の軍属出身らしい。一人っ子であるとのことだった。
「それに、前線の補充は至急の事項だ。徒歩で草原を渡るわけではあるまい。おそらく、士官学校から森林地帯まで馬車か鉄道で運ばれ、やっかいな森を徒歩で横断、その後は草原を馬車で移動し前線まで……。違うかね」
「そうです。しかし、鉄道には乗りませんでした。あれは、最新型のものでありますので。貴重物資やお偉方しか乗れません」
的確な返答を、後列にいるケイズが返す。衛生兵のクルスとは対照的に、彼は肉体的に恵まれた士官候補だった。フェイほどではないが、長身で筋肉質の体躯は、白兵戦向きだろう。(つまり、フェイの正体が知られた場合、真っ先に警戒すべき相手である)鳶色の髪も無骨に短くしてあり、四人の中で最も兵士然としている。しかし、もともとは鉄鋼職人のせがれだというから、努力してそういった雰囲気を身に付けたのかもしれない。彼は次男坊だったため、家業を継げず、苦学して士官学校に入ったのだという。
「しかし、馬で良かったと私は思っています。鉄道は、好きではありません」
「私も鉄道に乗りたいと思ったことはない。馬か徒歩が性に合っている」
ケイズとジラード隊員は、一瞬目配せし、口角を僅かに緩めた。脱走兵でなかったなら、彼とフェイは良い同僚になれただろう。
交戦経験のある脱走兵だからこそ分かることだが、戦場で一番頼りになるのは、ああいう無口な職人気質の兵士なのだ。
「ともあれ。我々は、それなりに急がねばならないということだ。少しでも日の出ているうちは、足が棒になるまで進み、日が落ちれば、明日のために休む。それが最善だろう」
「なぜ、夜は進まない。寝ずに進めば、かなり早く付けるだろう」
不服そうに、前列のジャン小隊長が指摘する。彼だけは、ジラード隊員に自らの出自を打ち明けなかった。まだ、彼に心を開いていないのだろう。最初に出会ったときのことを、根に持っているのかもしれない。
彼の特徴的な赤みがかった頭髪を、フェイは何処かで目にしたのだが……。
「勇ましく情熱があるのは、士官として必要な素養だ。しかし、獣たちが活動する時間帯に動けば、それだけ襲撃される危険が増えるばかりだぞ。おまけに、昼間よりも格段に視野が狭くなる。肉食獣の発見も遅れるだろう。無謀ではないかな」
「狼が怖いなら、松明を燃やせばいいだろう。野生動物は火を怖がる。足元も照らせる」
「人を喰ったことがない獣は、そうだ。しかし、喰って味をしめた連中は、その火に寧ろ寄ってくる。餌の在処が手っとり早く分かるからだ。これほど見晴らしのいい平原なら、なおさら晩飯が見つけやすい。違うかね」
「そうか。ならいい」
ジャン少年は、一方的に会話を切りあげ、再び孤独な行軍に没頭した。
ここで再び、気まずい沈黙が流れるのも嫌なので、フェイは無視されることを覚悟で、孤高の小隊長に話しかけてみることにする。
「ジャン小隊長。君は、頭の切れる士官候補だ。最初、私に率先して話しかけたのも、得体のしれない相手から隊の三人を守るため。信用のできる相手と確認できるまでは、決して心を開かず、油断しない。今が戦時だからこそ、君はそう用心した。制服だけそれらしく、得体のしれない連中はいくらでもいる。見てくれだけそれらしい、敵国のスパイだという可能性もある」
「貴公は、そうなのか」
「そうなら、君は私についてきたかね。自分の目で私に危害がなさそうだと判断したからこそ、小隊を預かる長として、私と同行すると決断したのでは? たとえ、それがいけすかないレンジャーだとしても」
中列にいるメリルとクルスが下を向いた。ジャン小隊長に気づかれぬよう笑っているようである。
「メリル! クルス! あとでお前たちの尻を蹴りあげてやるぞ!」
「そう怒るなよ、小隊長殿。一人だけ意地を張っても、消耗するだけですぞ。このままでは、最初にへばってしまいます」
副隊長のメリルが、わざと丁寧な口調でジャン小隊長をからかう。
「ジャン。僕達は、ジラード隊員にお世話になっているんだ。あまり失礼な態度はよくないよ」
と、こちらは学者然としたクルスである。見ため通り、律儀な性格らしい。
「ふん、裏切り者めが。俺はそう易々とこんなレンジャーを信じないぞ。今に本性を現すに決まってる」
「おい、ジャン」
「よしなよ」
このままでは、三人の間でいさかいが始まりそうだったので、フェイは気をきかせて話題を強引に変える。
「そういえば、夜の不寝番は、どうなさるおつもりですかな、小隊長殿」
ギラリ、と怒気を湛えた眼光で、ジャン小隊長がジラード隊員を射貫く。
「貴公にはハナから期待などしていない。信用できない相手に、寝ている間の命を預けられぬ。我々四人だけでやらせてもらう」
「おや、そうですか」
予想していた通りの返答が返ってきた。フェイは、予め考えておいた文句をつらつらと言ってみる。さも仕方ないという風に。
「では、心苦しいですが、任務として一晩中ぐっすり眠らせて頂きましょう。体力に余力はありますし、不寝番をする決心もついていたのですが、残念です。しかし、仕方ありますまい。小隊長殿のご命令とあらば、この国境警備隊員ジラード、全力でいびきをかかせていただきます」
「なんだと」
「それにしても、遭難から生還したばかりの方に、こういったご好意を賜るとは、恐悦至極です。なかなか体力的にもお辛いでしょうに。簡単にできることではない。感情的になり、周囲が見えない状況に追いこまれているならともかく、小隊長殿の場合は、完全にご好意でそうなさっているのですから、頭が下がりますな。ジャン小隊長殿の人徳が窺える限りであります」
メリルとクルスがまた下を向いた。今度は、後列のケイズもにやりと笑う。三人とも、いつまたジャン小隊長が爆発するのか、楽しみにしている様子だ。
「貴公は、どうやっても俺を侮辱したいようだな」
わなわなと、怒りでふるえるジャン小隊長。代わりに、他の三人はおかしさを我慢してふるえている。
「感謝の気持ちを表現しただけです」
澄ましたジラード隊員の表情は、暴発寸前のジャン隊長を爆発させるには、充分な刺激があった。
「もういい! 貴公にも不寝番にたってもらう。一人だけ、のうのうと寝かせるものか。昨日は殆ど寝ていないんだぞ。畜生っ」
喚くなり、一人で先に行ってしまうジャン少年。そんな小隊長の姿をみて、くすくす笑っていた中列の二人が、慌てて引き戻しに行く。
「おい、ジャン! 勝手にどこ行くんだ」
「待って! 落ち着いてよ、ジラード隊員にしか、詳しい旅順は分からないんだから」
二人がジャン小隊長を追っていってしまったため、残されたケイズに水を向ける。
「ああはいったが……彼が将来いい士官になると、私は思っている。情熱もあれば、自分に自信もある。それを形にする才気にも、おそらく恵まれているだろう。どれかだけを持っている士官候補は多いが、全てを持ち合わせているものは少ない」
無骨なケイズは、少しだけ首肯するにとどめたが、どことなく雰囲気はうれしそうである。
「ジャンは、士官学校の同期の中で主席なんです。自分に自信があるから、少し頭の固いところがありますが」
「確かに、そこは今後修正すべきところかもしれないな。だがそれを、副隊長と衛生兵がよく補っているようだ」
「メリルは同期の次席で、クルスは軍医候補としては有望株、優秀な者どうし、通じ合うものがあるのかもしれません」
「そして、実戦訓練の成績優秀者である君もまた、彼らと通じ合っている」
「ご明察であります。なぜ、お分かりに?」
「身体と纏う気でわかる。かなりの腕だろう」
「ジラード隊員ほどではありません」
「どうかな」
そこまで話したところで、追いかけていった二人とジャン隊長が言い争う大声が聞えてきた。
曰く、あんな失礼なレンジャーと旅はしたくないだとか、あいつは絶対にスパイだから四人で切り捨てた方がいいとか、人格破綻者だとか、散々なことを言われている。スパイの話などは本気でいっている訳ではないのだろうが、少々耳を塞ぎたくなる内容である。
「やれやれ。諸君らの小隊長殿に、私はずいぶん嫌われたようだ」
「本人に代わり、謝罪いたします」
「関係を改善する方法を、付き合いの長い君なら、知っているのではないのかね」
ケイズ士官候補は、少し困ったように首を振った。
「ジラード隊員殿。残念ながら、我らが小隊長は、初対面で相性が悪かった相手とは、ずっとそのままの関係であります」
ジラード隊員改め脱走兵フェイは、初秋の高い蒼天を仰いだ。一人で気ままに大空を移動する雲が恨めしい。
「なんとなく、嫌な予感はしていた。もうこの話はしなくていい」
「は。了解であります」
五十歩ほど先にいる三人の論争は、徐々に鎮静化してきていた。うまく話がまとまりそうな折をみて、最後の一人であるケイズもその輪に加わろうとする。
「あ、ジラード隊員殿。ところで……」
と、歩き出そうとしたところで、フェイの右肩にいる赤毛栗鼠を、彼は凝視する。
「少しだけ、触ってみてもよろしいですか」
フェイは、右肩の野栗鼠に視線をやった。人間達の会話が不毛で退屈だったからか、クレメンツは気持よさそうに昼寝している。
「ああ。構わない。だが、起きているときは手を出さないように。噛まれるぞ」
ひとしきり毛皮の感触を確かめた後、ケイズ士官候補は三人の輪にようやく加わった。事態は、もうほとんど落ち着きを取り戻していた。
◆◆◆(場面転換)◆◆◆
日没になり始めた。今日の行軍はここまでである。
「全員、止まれ。野営の準備だ。俺とクルスは寝床を確保。メリルは薪を集めてきてくれ。ケイズ、お前は焚火用に穴を掘ってくれ。深めに掘れよ。人食い狼が寄ってくるそうだからな。ジラード隊員は……」
名前を口にしてから、ジャン小隊長がしまったと苦い顔をする。それまではてきぱきと指示を飛ばしていたのが、嘘のようだ。
「ジラード隊員。貴公は、飼っている栗鼠の世話をお願いする」
薪を探しにいくメリルはにやりとしたが、対照的に衛生兵クルスは不安げな表情を浮かべた。また一戦始まるのではと危惧したのだろう。
さすがに、フェイもその気はない。そんなことをしていたら、本当に何もしないまま真っ暗になってしまう。
「草原地帯に薪はそれほど期待できないでしょう。二人で探した方が、望みは高い」
「そうか。ならお願いする」
ジャン小隊長は、横柄に言い放った。まるで、こちらが上官だとでも言わんばかりである。だが、苦手な相手に不意に絡んでしまったことへの焦りが隠し切れていない。
「了解した」
そういう上げ足を獲るのはまたの機会にして、フェイは草原の周囲を探索することにした。平野に枯れ木がそこまで存在するとは思っていない。おそらく、今夜はフェイが森を出る前に集めておいた薪か、四人の荷物にある携帯燃料を燃やして暖をとることになるだろう。
探すのは、もっと別のものだ。
(起きろ、クレメンツ。日が落ちた。お前の時間だ。クレメンツ!)
薪を探すふりをして、四人から遠ざかり、昼間はほとんど寝ていた赤毛栗鼠の相棒に小声で話しかける。クレメンツは、夜行性なのだ。
(なんだ。まだ、完全には落ち切っていない。日が少しでもでているうちは、私の時間ではない)
もぞもぞと、右肩で赤色の毛球が身じろぎする。
(もう、お前の時間だ。痕跡を探してくれ。彼女の痕跡だ)
(いや、まだだ)
このような押し問答が続いた結果、いつの間にか本当に日が落ちてしまった。
(どうだ。クレメンツ。もうお前の時間だろう)
暗闇に目を慣らしながら、フェイは周囲を窺った。夜の平野は、昼間と表情が違う。危険度も、格段に高くなる。フェイは、唯一の武器であるナイフを左手に持った。利き手は右なのだが、クレメンツが乗っているため自由に動かせない。もう一つ別の理由もあるが、フェイはナイフをいつも左手で持つ。
(そうだな。私の時間らしい)
クレメンツは、ようやく夜の世界で目覚めた。フェイの右肩からおり、地面の匂いを嗅ぐ。そのあと、周囲を観察しはじめた。
そのまま、フェイを残して茂みの向こうに行ってしまう。それほど草の背丈は高くないのだが、星明りだけのため、赤毛を見失ってしまった。
クレメンツを待っているあいだは、手持無沙汰なので、淀みのない星空を眺めることにする。夜の冷気と共に、一等星から六等星まで、爛々と輝いていた。その輝きはひんやりとしている。茫洋とした夜の闇に一人取り残された感触が、じわじわと身体の中に入り込んでくる。
しばしして、フェイのズボンが引っ掻かれる。クレメンツが戻ってきたのだ。
(どうだい。なにか、あったのかな)
(結論からいえば、何も見当たらなかった。しかし、妙でもある)
暗闇の中で、爪の感触が、足、腰、背中と上がってくる。気づけば、顔の右側に小動物の息遣いを感じた。
(妙? 彼女はここを通っていない。そういうことではないのか)
(綺麗過ぎるのだ。アニマの乱れが全く感じられない。まるで、自然に汚れていた砂浜を一度荒らしまわった後、こんどは異常なほど整備したような、不気味さを感じる)
(つまり、意図的に痕跡を消したと)
(あのカミにならば、それくらいは可能だ)
(あれと僕達の目的地が、同じ可能性は?)
(確証はない。しかし、読みはあたっているのかもしれない)
(ふうむ……)
思考に没頭しそうになったフェイだったが、今の自分の任務を思い出し、帰路につくことにした。彼は薪を探すよう命を受けていたのである。一応、華奢な枯れ枝と枯れ根をまだ日が落ちないときに見繕っていたが、一晩持つ量ではない。かといって、これ以上探すもの暗さのせいで困難だ。それに、帰りが遅くなった結果、四人の誰かがこちらを探しに来るという事態も避けたい。いままで何をしていたのかと詮索されるのも御免だし、二次災害で遭難されても困る。
(クレメンツ。煙の匂いが、どこからかきていないか)
暗闇の中で、赤毛栗鼠はふんふんと匂いを嗅いだ。
(恐らく、百八十度反転して直進すれば、野営の場所につく)
(了解だ。余計な詮索されないよう、早めに帰ることにしよう)
(走しるがいい。此処は平原だ。障害物も、足をとられるものも、あまりない)
赤毛栗鼠の助言通り、脱走兵フェイは走ってはぐれ小隊のもとへ戻ることにした。彼は大男なので、歩幅も大きく走るのは速い。しばらく進むと、オレンジ色のうす明りが、胡麻粒のように見えた。かなり深く穴を掘っているらしい。ほとんど明りが洩れていないので、探すのに少し手間取った。だが、これで夜の安全性は高まることだろう。懸念すべきは、あとは煙の匂いくらいである。人間はそこまで匂いに敏感ではないが、狼や野犬などはかなり鼻が利く。風が強ければ、それもかき消されるのだが、残念ながら今晩はほとんど無風だった。
「ジラード隊員。ここにいらっしゃいましたか」
背後からいきなり話しかけられる。思わず左手のナイフを向けそうになったが、振り向いて落ち着きを取り戻す。
「メリル副隊長。夜分に背後から声をかけないで頂きたい」
「失礼。あなたの走るのが速くて、急いで追いかけたものですから」
メリルは朗らかに破顔していたが、油断していたとはいえ、フェイの背後をとるとは、得体のしれない少年である。爽やかな表情の裏に、次席の実力を隠しているのだろう。
(こいつ、油断できない)
ケイズに続き、フェイは二人目の警戒リストを作成した。
ただ、そんなことはおくびにも出さない。平然を装って、メリルに話しかける。
「それで、副隊長殿。戦果はいかほどですかな」
「ジラード隊員と似たようなものです。あまり薪には恵まれていない土地だとは思っていましたが、事実でした」
メリルが両手の戦果を見せる。フェイと大差ないか、やや少ないくらいだろうか。太い木片は一つもなく、すぐに燃え尽きそうな枯れ草や枝、根ばかりである。
「まあ、ないよりはましだろう」
「それに、荷物の燃料は、できるだけ節約したいですからね。野営地に留まっても、仕事は他の三人がやっている」
「だからこそ、効率は悪くとも、隊長殿は君を薪拾いに行かせた。――周囲の偵察をかねて」
「よくわかりますね」
「一晩偵察してきた者の情報と判断に、命を預けるわけだ。最も信頼するものにその仕事を任せても、不思議ではない。それに、単独で行動させるのには、危険が伴う。本来なら、あの隊長殿が自分で行きたいところだろうが、そうもいかない。なぜなら、自分は他の二人に、日が暮れるまでの短い時間で的確に指示を出さなければいけないからだ」
二人は、ほとんど走るくらいの早歩きで、焚火へと向かっている。メリルはフェイよりも二十五センチは小さいはずだが、大男の歩調にまるで遅れない。
「となると、適任は、副隊長。君しかいない」
「ご名答です。よく見ていますね」
「私はレンジャーだ。観察するのが仕事なのでね。職業病だよ」
「そうですか。大変ですな」
二人、顔を見合わせてにやりと笑う。
(脱走兵でなければ、案外四人と旨くやれたのかもしれない。まあ、あの隊長とは、脱走兵でなくてもうまくいかないだろうが……)
なごやかなムードが流れているとき、メリル副隊長が、ふと視線をジラード隊員の右肩にやった。
「そういえば、ジラード隊員。私は最初に出会ったときから気になっていたのです。触らせていただいても構いませんよね」
そう言って、副隊長はクレメンツに手を伸ばした。
「まて、メリ――」
フェイが止める前に、メリルの指は赤い毛球に触れようと接近した。
そして、その指は、素早い野栗鼠の動きによって、硬い前歯に挟まれることになる。
「――いたっ。噛まれました。人みしりなのですか」
噛まれた指に息を吹きかけるメリル副隊長。血こそ流れていないが、結構痛かったに違いない。
「こいつは、起きているとき身体を触らせない。私は別だが、あまり気軽に手を出さない方がいい」
「はあ。そうでありますか。今度こそは、と思ったのですが……」
「今度こそ?」
「はい。私は、動物と相性が良くないのです。あまり好かれません。反対に、人にはよく好かれるのですが……」
「そういう欠点があるとは。意外なものだな」
「ええ。しかし、私は動物がそこそこ好きなのです。ジャンには劣りますが……」
「なるほど。つらいな、メリル副隊長。君が、動物と良好な関係を築ける日がくるよう、祈っている」
「ありがとうございます、ジラード隊員」
そうこう騒動を続けているうちに、二人は出発地点へ戻ってきていた。すでに、野営の準備は整っている。焚火と、携帯食料、そして簡素な草をしいただけの寝どこだが、これだけあるのとないのとでは、大違いなのである。
「遅かったな、メリル。収穫は?」
腕組みをして待っていたジャン隊長が、成果のほどを尋ねる。
対するメリルは、おどけて手を前に差しだした。
「大量であります、隊長殿」
両手に収まる枯れ草たちを眺めて、ジャンがため息をつく。
「なんだ、これだけか。一晩持たんぞ」
「仕方ありませんよ。此処は平野なんです。昨日までいた森林地帯みたいに、そこかしこに樹木があるわけではありません」
「まあ、私の分も合わせれば、数時間は持つだろう。少しは荷物の分も必要かもしれないがね」
会話に割り込んできた宿敵をみてジャン小隊長は、葉の裏についた毛虫の群れを発見したような顔をした。しかし、彼も夜分に一悶着起こしたくはなかったのか、意外と素直に労をねぎらう。
「そうですか。御苦労でした、ジラード隊員。明日も早いでしょうから、どうぞお休みになってください」
「気配り、感謝する。不寝番は、いつかわればよろしいか」
「あなたには、五番目にお願いしようと思っています。クルスが起こしにきます。それまで、ごゆるりとお休みください」
「かたじけない。では」
ジラード隊員は、小隊長に一礼してから、焚火を中心とした野営地の端に陣取った。そこには、柔らかそうな草の簡易ベッドが用意されている。恐らく、細やかなところに気がつくクルス衛生兵の仕事だろう。なかなか寝心地がよさそうだった。
「お休みですか、ジラード隊員」
簡易ベッドの職人が、話しかけてくる。クルス士官候補は、片手に携帯食料をもっていた。今晩の夕食だろう。前線の駐屯地につくまでは、毎食あのぱさぱさしたブドウ糖の塊を食べることになる。それは、毎食木の実ですますフェイも同じようなものだが。
「ああ。いい寝床をつくってくれた。気持よく休めそうだ。礼をいう」
「そんな。大袈裟です」
褒められたクルスは、恥ずかしそうに右手の夕食を頬張った。もごもごと咀嚼しながら、なにか話題はないかと思案しているようすである。思案と一緒に、視線がジラード隊員の上を彷徨う。それが、右肩まで到達した瞬間、目敏く止まった。
「あ、そうだ。ずっと……」
「止めておけ。こいつには噛み癖がある」
クレメンツに伸ばそうとしていたクルス衛生兵の手が引っ込む。
「えっ。そうなのでありますか」
「すでに一人、犠牲者がこの小隊の中で出ている。悪いことはいわん。止めておくんだ」
残念そうに、赤毛栗鼠をみつめるクルス衛生兵。
「君も、動物が好きなのかね」
その問いかけに、クルス衛生兵は笑顔で答えた。
「ああ、いいえ。ジャンとメリルはそうなのですが……。私は、単純な知的好奇心でありまして」
「……と、いうと?」
「ハツカネズミは解剖したことがあるのですが、赤毛栗鼠はまだしたことがありません。ですので、どうなのかな、と……」
少し困ったように頭を掻いているが、クレメンツは今頃、この少年士官候補を危険人物認定したに違いない。
「人の相棒を、勝手に解剖するつもりだったのか」
呆れてフェイが言う。
「いいえ、そんなつもりは……。ただ、感触だけでも確かめたくて。自分の感覚で確かめたものが、最も現場で頼りになるものですから」
「やれやれ」
しどろもどろになるクルス士官候補に、これ以上追及しても仕方がないので、フェイは眠ることにした。
「もう寝かせてもらおう。私の番になったら起こしたまえ」
「あ、はっ! おやすみなさいませ」
そう挨拶してから、知的好奇心旺盛なクルス衛生兵は、回れ右して焚火の方へ行ってしまった。寝床には、フェイとクレメンツだけになる。
「若さゆえの好奇心は、厄介なことこの上ない。ほとほと困ったものだ」
「怒っているのか、クレメンツ?」
「そうではない。厄介だと表現したいのだ」
「ふうん。厄介か。まあ、間違ってはいない」
フェイとクレメンツは、四人からかなり離れたところにいる。大声を出さなければ気づかれる心配はないと思ったのか、赤毛栗鼠はフェイの枕元で話を続ける。
「私は、森の英知だ。森のことならば、なんでも知っている自負がある。無論、それ以外のことも、たいていのことは知っているだろう」
フェイも、その認識を否定する気はない。クレメンツはとても物知りだし、その知識の範囲は森とは関連のない分野にまで及んでいる。実際、フェイはその英知に、何度も助けられた。出会った当初から、助けられている。
「しかし、私は唯一、人間を知らぬ。カミのことは知っていても、それを対をなす存在を知らぬのだ、フェイ」
クルス士官候補のことというよりは、彼をきっかけにして、クレメンツはその疑問に直面したようだった。
そのことを踏まえて、フェイが応対する。
「安心しろ、クレメンツ。僕だってよく知らないさ」
クレメンツはすぐには反応せず、後ろ足で首の付け根を気持ちよさそうに掻いた。その後、応える。
「知らぬ? お前も人間だというのに、人間を知らぬのか。面妖なことだ。自分のことも知らぬと、いっているようなものではないか」
今度は、脱走兵が沈黙する番だった。
自分を知らない。その問いは、クレメンツが意図していたよりも、深い意味をフェイに与えたのである。
「……カミは、常に、そこにいる。絶対に動かない。与えられた玉座に、あの存在は永遠に君臨し続ける。動かぬ永遠。それが、彼女に憑いた存在だ。あの存在は、変化を知らない。変わらないんだ」
「では、人間は?」
「クレメンツ。君も言ったろう、ほとんど対極の存在なんだ。人間は移ろい続けるし、一瞬の後には、もう同じ場所にはいない。常に、何処かに向かい続けている。だから、分かったと思っても、それは過去が分かっただけだ。今が分かったわけじゃない。人間の今は、永遠に分からないんだ。だから、僕は、自分という人間のことがわからない」
なるほど、と赤毛栗鼠は首肯した。森の英知らしく、こういう論理的な話はドングリと同じくらい好物らしい。
「あるいは、それは人間を含む、生きとし生けるもの全てに当てはまるかもしれない」
「そうだね、あてはまるかもしれない。でも、確かにいえることは、カミが人間にとって偉大な座標軸だということだ」
「言いかえれば、旅の夜空で仰ぎ見る北極星のような存在なのだろう」
「うん。そうだと思う。他の小さな明かりは、いくらでも廻るのに、一つだけ動かない明りがある……。だから、人間は旅ができるちっぽけな旅行じゃない。そうだいな旅だ」
「そして、旅をして、生物は新しい今を、迎えにいくことができる」
「そうだろう」
二人とも思うところがあって、それぞれ沈黙した。両者とも、この旅の目的が何であるのか、再確認せずにはいられなかったのだ。それぞれに目的は違う。かける意気込みも違う。旅を終えたその後の進路も違う。そんな両者が、自らの過去と今、そして未来に思案していた。
「全く、不思議としか言いようがない。なぜ、喋る赤毛栗鼠と一緒に、銃殺覚悟の脱走兵になって、あれと彼女を追っている? 奇想天外だ。それに、……」
「悲劇的でもある。だが、嘆くな。意味のないことだ。時間は、カミにでも捲き戻せない。なぜなら、変化しないカミに、時間という概念はないからだ。過去を嘆くことなど、誰にでもできる。餌を逃した蟷螂にでも、それくらいはできる。だが、未来を見据え続けるのは、意志のあるものにしかできぬ。どれだけ長い時間が経過しても、それが多少変質しても、それを持ち続けるものにしか、できぬのだ」
「判ってるさ。僕らは、崖の上によじ登り続けるしかない。そうしないと、まっさかさまだから」
「登ってきた足元を見るのは、止すがいい。ひたすら、崖の上に視線をやり続けるのだ」
フェイは、返事をしなかった。クレメンツの忠告に、反発したり、嫌気がさしたわけではない。ただ、返答をもう少し、先延ばしにしておきたかったのだ。今、何かの答えで断定してしまうには、その問いは重大すぎるのかもしれない。あるいは、わざわざ返答を言葉にするほどの問いでもないのかもしれない。
(まあ、いつか答えるときがくるさ。答えるべき時が、くれば。くればだが……)
クレメンツ教授は、これ以上、哲学の講義をする気はないようだった。フェイの枕元で身じろぎせず、尖った鼻先と頭を腹のなかに埋め、静かな寝息を立てている。彼は普段、夜通しずっと起きているのだが、今日は日が落ちる前に起こしてしまったので、寝足りないのかもしれない。朝までというよりは、小一時間ほど仮眠をとるつもりなのだろう。
「おやすみ、クレメンツ」
もう寝付いた赤毛栗鼠に一言だけかけて、フェイも瞼を閉じた。視覚が遮断され、初秋のそよ風や、小さく焚火の爆ぜる音、柔らかな草ベッドの感触……、様々な感覚に包まれる。そうした視覚以外の穏やかな洪水に、フェイは少しずつ沈んでいった。身体のうちから、疲労の魔の手が、彼を眠りの世界へ引き込もうとする。フェイは、抗わない。なるようにまかせた。
再び、夢の中へ誘われる。
◆◆◆(場面転換)◆◆◆
また、フェイは夢の中にいた。
この世界で、フェイは主役であったことがない。主役は、いつも彼女だ。そして、あの大きな意図だ。
また、フェイは霧の中にいる。今度は、森ではなく、平原だった。しかし、草の背丈が高い。ほとんど、フェイと同じくらいの高さまで茎が伸びているので、視界がほとんど覆われている。どこからかやってくる鈍い風が、茎達を揺らし、さらさらとした乾いた音と一緒に、何処かへ消えていく。
(見えない。まただ)
そのうえ、視覚には濃霧で白い紗がかかっている。もはや、足元すら見えず、地面に立っているのかすら、定かではなかった。
(だが、落下しないのなら、地面には立っているはずだし、周りに背の高い草しかないならば、ここは平原のはずだ)
そう決めつけて、首を左右に振るのだが、視界には何も入ってこない。霧と、同じような背の高い草だけで、今回も方向が存在しない。いつも、彼は迷子だ。
(なぜ、いつも方向がない? なぜ、進むべき道がない。どうして、何処にもいけないんだ? どこにも……)
思案するフェイ。ここでは、それ以外にやることはない。それ以外を、彼は許されていない。
「どこにもいかなくていいからよ。だから、あなたに道はないの。そうでしょう、フェイ」
彼女だ。今日は、初めから真後ろにいる。背後に、一人分の気配を感じた。まだ、一人分だけだ。あれはまだいない。
フェイはためらった。返事をするべきかどうか、悩んだのだ。迂闊に行動してあれの機嫌を損ねれば、また彼は暗闇の中に放り出されることになるだろう。彼は、用心深く沈黙した。
しかし、いつまで待っても次の囁きはやってこない。それでも迷ったが、結局、我慢出来ずに、彼は喉を震わせた。
「どこにもいかなくていい? 冗談はやめてくれ。僕には、行きたいところがちゃんとある。いくべきところがあるんだ」
「いいえ、ないわ」彼女は、そう断じた。「あなたの行きたいところは、すでに存在しないの。だから、すでに辿りつけなくなっている。辿りつけない場所へ旅をしても、あなたはどこにもいけないことになる。あなたは、どこにもいけない」
まるで謎かけのようだ。それとも、これは警告なのだろうか。暗示なのかもしれない。
「俺は、君へと辿り着く。たとえ、そこに辿り着く道がなくても」
「私の中に宿っているものが表に現われても、同じことがいえるとは、おもえないわ」
フェイの唇が、大きな意図の気配に、糊づけされる。やはりこれは彼女からの警告なのだ。彼女と、彼女に宿った意図からの、危険な注意喚起なのだ。
「私を、追わないで。他にすることは、いくらでもあるでしょう。戻りなさい。あなたのいるべき場所へ。そして、そこにいてずっとじっとしているの。そうすれば、あなたは安全だわ。死なないですむのよ」
フェイは、重苦しい沈黙の圧力に耐えていた。一言も発しないのは、決して彼の意志ではない。それを強制する存在が、彼女の中にいるのだ。それは、彼女の内部から、フェイを怪しい眼光でねめつけている。一言でも彼が許しを得ずに発しはしないかと、虎視眈眈と監視している。そして、一音でも発せば最期、容赦なく残虐に喉笛を噛みちぎるつもりだ。
「帰りなさい、フェイ。あなたは、もう私には関係のない人だわ。そして、私も、あなたには関係のない存在。交差する時期はすぎたのよ。あとは、離れていくだけだわ」
それが、あれの仕掛けた罠だということは、フェイも承知していた。断罪の瞬間を生み出すため、例の意図は彼女の姿を借りて、彼を挑発する。巧妙に、誘い込むのだ。
罠に嵌れば最期、あれが獰猛な牙をむく。あの意図の前では、フェイの発言が仕組まれたものであろうと、そうでなかろうと、大した違いはない。どちらにも、同じ結末が用意されている。反逆への暴虐的な鎮圧だ。
「あなたは信心深い人よ。だから、心配いらないわ。また、純粋に信じればいい。あなたは、信じているだけでいいの。それ以外には、何もしなくていいのよ。信じて、フェイ」
信じる。それは、人生のある時点まで、フェイが最も生命を注ぎ込んだ活動だった。全ての事象より、その行為を優先し、膨大なエネルギーを注いだ。信じるという行為が、フェイの価値基準であり、行動様式でもあった。それ以上のものはない。無垢に、そう信じ込み、疑わなかった。この問題を語る上で、何を信じていたかなどは、些細な要素に過ぎず、むろん核心でもない。信仰という行為それ自体を、信じて疑わなかったことに、彼の人生の意義はあった。当時は、信じるという行為の尊さと絶対性を、彼は信仰していた。
「昔のあなたのように、私をただ信じるのよ。そして、祈ればいいわ。そうすれば、救われるの。あなたに道が開かれる。何も与えられなかったあなたに、座標軸が与えられて、あなたは距離を推し量れ、方向性を手に入れる。あなたは、どこにでもいけるようになる。そうでしょう?」
(嘘だ)
フェイは確信した。しかし、反駁はしない。これは罠なのだ。あの邪悪な意図が、甘い言葉にみせかけた挑発で、フェイの言葉を引き出そうとしている。その悪意は、気だるい劣情と指すような侮辱を、同時に与えて、石のように固まったフェイを揺さぶる。
「さあ、両手を合わせなさい。祈るのよ、フェイ。あなたと私のために、祈るの。あなたには、それがお似合いよ。分相応に生きなさい。信心深い、パッセモント村のフェイ。大きな意図と共にある、フェイ・パッセモント。両親のいないみなし子よ、教会に預け育てられた信心深い、神恵の子よ。私のために祈りたまえ」
(君も同じだろう。同じ境遇だ。僕達は、似た者同士だ。それが、なぜわからない。どうして、君は気づかない)
「祈りたまえ。祈るのよ。――祈るのだ」
彼女の声音が豹変した。あの大きな意図が、痺れを切らしたのだ。これ以上、煩わされるのが気にくわないらしい。一刻もはやく、フェイを始末して、あれはあるがままに君臨したいのだ。あの玉座に腰かけ、自らとは違って移ろう存在を睥睨したいのだ。そして、畏怖と全能の賜りもので、支配したいのだ。
「祈るのだ。貴様には、それしかできぬ。私を阻むことも、拒むことも、人の子の貴様には、できぬ。我は防げぬ。これは忠告ではない。摂理の、伝達だ」
地の底からフェイの心臓を握るような低音が、彼を呑みこむ。その音は、低すぎてほとんど耳鳴りのようにしか聞えないが、フェイには解読できた。いや、あれが解読させてくれているのだ。わざわざ人の子のために、意志疎通をフェイは許されている。だが、この状況は途方もなく危うい。
これは、大蛇が蛙を呑みこむ前に、紅い舌でちろちろと温度や匂いを感知する行為のようなものだ。つまり、この間に逃げ出さなければ、次の瞬間はない。一瞬でも逃せば、開けられた大口が締まり、凶悪な牙が柔らかな皮膚に突き刺さり、絶命する。反撃などできるはずもなく、逃げたとしても、無事は保証されない。すでに、獲物の蛙は、逃げきれない相手と、助からない状況に包囲されているのだ。
無力な蛙は、最後の一瞬を待った。すでに、フェイはこの夢の中での生存を諦めている。あれが相手では敵わない。ここは、あの意図が支配する世界なのだ。生殺与奪の権利は、絶望的に相手が保有している。
「帰りなさい。これが、最後よ。もし、あなたがこの声に耳をかさなければ、待っているのは摂理。私の中の存在に、咀嚼さてしまうわ」
聞えてくる声が、彼女のものに戻っている。だが、大蛇はまだ大口を開けている。喉の奥から届く生温かい呼気も、ミミズのような紅舌のせん動も、なまなましく感じられた。
「別の場所で生きるのよ、フェイ。私達は、もう交差した後。あとは、離れていくだけ」
フェイには分かった。彼は、今後同じような夢を、もう二度と見ることはない。彼の生物的な勘が、そう彼自身に告げていた。
つまり、この機会を逃せば、フェイは夢の中で、永遠に彼女を失ってしまう。追いかけることは、できなくなってしまうのだ。
「さようなら、フェイ。私を信じて」
そういって、彼女は遠ざかる。一歩、一歩、葦を踏み締める足音が、小さくなっていく。彼女は、もう帰らない。
フェイは辛抱できなかった。
「待て、シエル!」
突然、暗転がやってくる。
「祈れと伝えたはずだぞ、小僧」
地の底から届く怒声が、フェイを縛りつける。すぐそこに、大蛇の口蓋があった。舌先が彼の身体に触れ、そして死神の鎌に似た牙が彼の身体を――。
◆◆◆(場面転換)◆◆◆
「ジラード隊員! ジラード隊員!」
大声がする。強く揺さぶられていた。誰かが、フェイを起こそうと躍起になっている。その様子には、緊迫した気配が感じられた。
(なんだ。ここは……、平野だったな)
フェイは、ようやく身体を起こす。半身を目覚めさせたことで、緊張した面持ちの少年と顔を合わせる。その表情を、フェイ演じるジラード隊員は、まるまる五秒は眺めていただろうか。この少年が誰か、すぐには認識できなかったのである。
「ジラード隊員。火急の事態であります」
五秒を過ぎたところで、業を煮やしたクルス士官候補が、開口一番そういった。
「不寝番の交代かね。起こすときは、もう少し優しく……」
「不寝番の交代などではありません! 今すぐ、武器をおとりになってください」
フェイの額を、冷えた脂汗が流れおちた。クルス士官候補の言葉で流したものではない。先程の夢をみている間に、身体から出たものだろう。その冷たい感覚で、フェイは幾分現実の感覚を取り戻した。ここは、前線へ向かう途中の平原で、彼は四人の士官候補たちと行動を共にしている。不寝番の交代までは、寝かせてもらえるはずだったが、途中で起こされた。
「敵か。戦力は」
フェイは、顔の脂汗をぬぐった。同時に、寝起きの気だるい感覚もぬぐわれる。
「グルン国軍ではありません」
では、何かとフェイが尋ねる前に、かなりの近距離から、獣の唸り声が聞えてきた。それも、複数である。
「……獣だな」
「恐らく、狼か野犬です」
「あれから、どれくらい経った」
「二・三時間かと」
「連中がやってくるにしては、早い」
「つけられていたのでしょうか」
「かも知れん。昼間に、君達の隊長殿が騒いだから」
飛び起きて、服の埃を払うこともせずに、フェイは夜闇から音を拾う。四方から肉食獣特有の、低いうなり声が聞こえてくる。囲まれているようだ。それに、相手はかなり近いところまできている。
「ジラード隊員には、焚火を守って頂きたいのです」
「焚火を?」
人食いの獣は、賢しい。人間に夜目が利かないことを、彼らは熟知している。明りを消して暗闇の乱戦に持ち込めば、数でも勝る獣が有利だと踏んでいるだろう。視界を奪われれば、人間同士の連携は妨げられ、そこをついて一人ずつしとめれば、五人分の肉にありつける。
フェイは上方を確認した。やはり、月には雲がかかっている。月明りも当てに出来ない。かなり狡猾なリーダーのいる群れのようだ。
だからこそ、五人のうちの一人が、明りとなる焚火を守らなければならない。その役目を、フェイに任せるということなのだろう。
「いいや、断る」
だが、フェイは了承しなかった。
「何故です!」
クルス衛生兵は、この状況下で拒否など想定していなかったらしい。かなり焦っていた。
「君が代わりに焚火を守れ。私の相棒も、頼む。獣との白兵戦ならば、私の方が得手だろう」
「そうでしょうが……」
「連携の問題なら心配ない。勝手な行動はせん。隊長殿に従うさ」
「しかし……」
押し問答になりかけたところで、ひと際大きく獰猛な唸り声が接近してくる。議論している猶予はないようだ。
「とにかく、焚火とクレメンツを頼んだぞ」
そう言い残し、フェイは唸り声の方に駆けだした。
「あっ。ジラード隊員!」
引き留めようとするクルス士官候補。しかし、俊敏なジラード隊員を掴もうとする手は、空を切った。
「ああ、もう! 知らないぞ、僕は。あとでジャンにどやされればいいんだ」
嘆き節を早口でいった後、クルスは赤毛栗鼠を捕まえた。小脇に抱えて、焚火のもとへ走る。
「ジラード隊員! どういうことなのか。指示を無視なさるのか!」
ことの顛末を見守っていたジャン小隊長が、ジラード隊員が走りだすや否や、威圧的な大声で責め立てた。
「我々小隊の連携を乱すおつもりか! 勝手をされては困る!」
クルス以外の三人は、焚火の周囲を三角形になって固めていた。そこにジラード隊員が加わり、四角形になる。ただ、その形は正三角形に無理矢理もう一つ頂点を継ぎ足したように歪であった。
「衛生兵が負傷したら、誰が治療をするのだ。諸君らの連携の邪魔はしない。指示にも従う。駒として使ってくれて構わない」
「私が死ねと命令すれば、実行しますか」
ジャン小隊長の冷たい眼光を、フェイは鋼鉄の視線で受け止めた。
「そうさせていただく」
「では、そのように。今のお言葉、ゆめゆめお忘れなさいますな」
このやり取りの後、ジャン隊長はメリルとケイズに指示を出す。歪な四角形が、正方形の形に整った。
(これで、一人当たり九十度。あとは、どこから狙ってくるかだが……)
ジラード隊員は、素早く周囲を見渡す。右手にジャン、左手にケイズ、背後にメリルの布陣だった。この四人が焚火を囲み、その中にクルスとクレメンツがいる。
唸り声はほとんどすぐそこから聞えている。駆けるような足音が、焚火に薄暗く照らされる草原の向こうから、迫ってきていた。
フェイは、ジャン隊長に見咎められぬ程度に、数歩だけ正方形の外へでた。加えて、油断しているような素振りを見せつける。
(恐らく、連中は正方形の穴を探している。どこがもろいか、血眼になって探っているだろう。来い。ここが、その穴だ)
士官候補たちの実力は、正確には分からない。ただ、獣との戦いは初めての可能性が高い。それならば、経験豊富な自分を襲ってくれる方が、戦いを有利に進められると、フェイは踏んでいた。
(全部で十頭はいるだろう。恐らく、三頭ほどの鉄砲玉が、最初に仕掛けてくる。二頭は仕留めたい)
唯一の武器であるミリア国製のナイフを左手に持ち、ニ十センチほどの刀身に焚火の明りを反射させる。これで、向こうはこちらの位置を正確に掴むだろう。狙いを定めやすいはずだ。
(無論、狙ってくる位置が分かりやすいのは、こちらも同じだ。首の真上に、つきたててやる)
目の前の茂みが激しく揺れた。
(くるっ)
二つの黒影が、弾丸のようにフェイへ殺到する。脇腹に、灰色の毛皮をまとった獣の牙が迫る。的確な狙いだ。
しかし、フェイは済んでのところでかわし、代わりに獣の首を右腕と脇で締めた。そして、流れるような速度で、ナイフを灰色の首と頭の境目に突き立てる。鮮血が溢れた。
(まず、一頭)
そのとき、完全な左の死角から、もう一頭が飛びかかってきた。ぞぶりと、肉に牙がかかる。激しく噛みついた頭が振られ、傷口が広がる。血がぼたぼたと地面に染みをつくった。
しかし、噛みついた獣は気がついた。獣が噛みついたのは、仲間の死体だったのだ。
混乱した二頭目が、まだ仲間の遺体を離さないうちに、フェイは一頭目の死体ごと、二頭目を地面に叩き伏せた。そして、まだ息がある方の無防備になった腹を、渾身の力で踏みつける。ぐしゃりと内臓の潰れる手ごたえがあった。
(二頭目。他は、何処だ?)
周囲に視線を駆けまわらせる。隊長と副隊長が、それぞれ一頭仕留めている。二人ともナイフではなく、ピストルを両手で構えている。獣とやりあっているとき、何度か銃声を聞いたから、二人が発砲したのだろう。ジャンもメリルも、致命傷は追っていない。防御網は、まだ破られていないようだ。
(おそらく、まだ群れ長を仕留めてはいない。今の戦闘で手ごわいと感じて、諦めてくれればいいのだが……)
周囲を警戒しつつ、一頭目の死体からナイフを抜く。銀色の残像が、鉄くさい血の霧で汚れていた。死体を詳しく確かめてはいないが、毛皮の色と体躯からして、野犬ではなく大陸狼だろう。大陸に住む狼は、森林にいる狼よりも身体は小さいが、その分頭数をそろえてくる。四頭殺しても、まだ相手の方に数的有利はあるはずだ。
しばらく、膠着状態が続いた。最初の襲撃が失敗し、群れは慎重にならざるを得なかったのだろう。唸り声だけが、ぐるぐるとフェイ達正方形の周囲を回る。
(今度は、故意につくった隙には、飛びつくまい。俺が一番仲間を殺している。となると、残りの三人の誰かだ。ケイズ、メリル、――)
フェイの右隣りへ、咆哮が殺到した。
「ジャン!」
右へ振り向いたときには、ジャンが一頭に組み敷かれていた。ピストルは脇へ転がっている。なんとか両腕で大陸狼の牙を遠ざけようと、ジャン小隊長は必死だが、このままでは餌食になるだろう。
疾風のように、フェイは駆けた。覆いかぶさる狼の首を掴み、掴んだ腕が真上に伸びきるまで持ち上げ、腰を落として地面にたたきつける。獣は頭から衝突し、鈍い音をたてて首の骨が粉々になった。
そのときだ。ひと際大きな狼と、茂みに隠れていたもう一頭が、それぞれ違う場所へ跳びかかる。巨大なほうは、フェイの喉元を狙い、小さい方は、フェイがいなくなったことで空いた防御網の穴へ飛び込んだ。
小さい方を気にしてはいられなかった。ひときわ獰猛な犬歯が、すぐそこまで迫っている。身をかわす時間はない。とっさに、ナイフを持っていない方の右腕を出した。
灼熱のような痛覚が、二の腕を突きぬける。牙は、ほとんど骨にまで達していた。牙の間で、フェイの腕の骨が軋む。もう少し力を入れられれば、ひびが入り折れるだろう。
そのとき、銃声が耳をつんざく。ほぼ同時だったが、二発ぶん聞えた。
腕を食いちぎろうとする力が、ゆっくりと緩んでいった。鼻先にある獰猛な眼光が、徐々に力を失っていく。どうと、巨体が地に倒れた。
フェイは、すぐに右腕の傷を確認した。かなり深い。血が湧水のように溢れ、二の腕から指先までを真紅に染めている。
「ジラード! どこだ。見せろ」
構えたピストルを放り投げ、ジャン小隊長が駆け付ける。彼が、フェイを襲っていた狼を撃ったらしい。
「右腕をやられた。二の腕だ」
「止血しなければ。クルス! 早く来い! 一頭仕留めた手柄はあとで湛えてやる。勲章ものだぞ」
焚火の方を振り返ると、半ベソで拳銃を構えるクルス衛生兵の姿があった。彼の前には、血を流して動かなくなった狼の死体がある。防御網を突破した一匹を、彼が仕留めたようだ。
「本当に、死ぬかと思ったんだよ。ジャン」
「馬鹿をいいなさんな。これからもっと危険なところに行くってのに」と、フェイとジャンのところに向かってくるクルス衛生兵に向かって、メリル副隊長が左から声をかけた。
「だって、メリル。寒気がしたんだ」
「おしゃべりはいい! 早くきて治療しろ!
重傷なんだぞ!」
堪忍袋の緒が切れたジャン小隊長にどやされ、クルス士官候補は呼び寄せられた警察犬のごとく駆けつけた。
「うわ。これは酷い。早く止血しないと、出血多量で危ないな。ケイズ! 僕の荷物を……」
「ほら。ここだ」
ケイズ士官候補は、すでにクルスの荷物を持ってきていた。機転のきく男である。
「ジャン、ガーゼと縫合糸を出してくれ。ジラード隊員、意識は?」
「はっきりしている。指も動く。だが、血を流し過ぎたかもしれない」
「メリル、君は針を焚火で焙ってくれ。ジラード隊員。縫合します。麻酔はありませんが、よろしいですね?」
「構わない。軍医どのに任せよう」
「照れるなあ。まだ任官もされてないのに」
「無駄口を叩くな。処置をしろ!」
「落ち着け、ジャン。こういうときこそ隊長殿は冷静にならなきゃ。ほら、クルス。針だ」
「ありがとう、メリル。では、縫合します」
数回、針を夜風の中で振り、荒熱をとってから、クルス衛生兵は処置を開始した。リーダー格の狼に噛まれたときと、同じかそれ以上の苦痛が、フェイの神経に迸る。一針一針縫うごとに、フェイの額は脂汗を流した。しかし、その地獄のような長い時間を、彼は一言も絶叫せずに乗り切った。しかし、最後の一針を縫い終わったとき、安堵と疲労のため息を漏らすことは、避けられなかった。
「さて、と。これでだいたい済みました」
縫合糸を鋏で切断し、クルス衛生兵は手際よくジャンの腕に包帯を巻いていく。
「すまない、クルス衛生兵。君に救われた。ありがとう」
「いえ。上手に手当てできて、幸いでした。化膿しないように、傷口は清潔な状態を保ってください」
ジラード隊員もかなり疲労困憊していたが、クルス士官候補の顔も、いたるところが汗で濡れていた。明るい口調で処置をしていたが、かなり緊張していたのかもしれない。
「ふー。狼だなんて、ね。俺達だけならやられてたかもしれないな、隊長殿?」
ジラード隊員の処置が済んだことで、野営地にようやく和やかな空気が取り戻されようとしていた。
「ああ…………」
しかし、一人だけ暗い顔のままの者がいる。ジャン小隊長だ。きっと、ジラード隊員に庇われたことと、彼が自分のせいで負傷したことを、悔やみ恥じているのだろう。生死を分ける戦況を潜り抜けた後で、一人だけ浮かない表情をしていれば、嫌でも周囲には判ってしまう。
(……嫌われものを、演じるか)
プライドの高い相手が落ち込んでいるとき、慰めは逆効果である。それよりも、挑発した方が発奮して良いだろうと、フェイは踏んだ。
「おい、小隊長」
ぞんざいな言葉づかいで、プライドの高いジャンの注意を引く。
「情けないな。あれだけ大見えを張っておいて、これか。人間は虚栄で騙せても、獣は騙せんぞ。お前が一番弱いから、群れの長は、お前を狙ったのだ」
「ジラード隊員!」「いいすぎでは」「済んだことです。止めましょう」
ケイズ、メリル、クルスの静止を振り切り、ジラード隊員は大声を張り上げた。
「皆死ぬぞ!」
灼熱の炎を眼光に宿して、こちらを睨むジャン。その言葉を聞いたとき、彼は唇を血が出そうなほど噛んだ。
「皆死ぬ。お前のせいだ。お前のような情けない奴が隊長をやっているせいで、この小隊は全滅する。呆気なく。呆気なくだ。なんの意味もなく犬死する。貴様は最低の隊長だ」
「――くそっ!」
捨て台詞を吐いて、ジャンは駆けだした。一目散に、夜の草原へ消えてしまう。
「待ってよ、ジャン!」
「戻れ!」
クルスとケイズの二人が、すぐに後を追った。
「ジラード隊員! 言い過ぎです」
残ったメリルが、フェイに詰め寄った。彼には珍しく、かなり頭に血が上っている。
「隊員はああ仰いましたが、ジャンは優れた士官候補生です。そしてリーダーです。我々は何度も、彼の判断に助けられてきました。何度もです! この小隊に、ジャンより優れた隊長はおりません!」
「それくらい、私にも分かっている」
「では、なぜ!」
「いいか、メリル副隊長。いいリーダーとは、仲間内で最も優秀な者のことを指すのではない。敵を含めた中で、もっとも優秀なものが、良いリーダーなのだ」
「ジャンがそうではないと?」
「彼はまだ若い。そうでないのは仕方ないのかもしれない。だが、これから生き延びたいなら、それを言い訳にしてはいけない」
考え込むように、メリルは下を向いた。
「ですが、我々はまだ士官学校すら出ていないのです」
「君は頭の切れる兵隊だ。それが戦場でまかり通るとも、思っていまい」
メリルは何も言わなかった。しかし、この場合の沈黙は肯定のはずである。
(まあ、これくらいでいいだろう。あとは、彼らが自分で吟味し、道を選ばなければならない)
少しだけ口調を穏やかにして、ジラード隊員は話題を変えた。
「さて、後は諸君らの問題だ。年長者気取りですまなかったな。死体を片づけよう。別の群れが、この匂いによってくる前に」
「は。全部で一、二……」
「七頭だ。私が三、ジャン小隊長が二、メリル副隊長とクルス衛生兵が、それぞれ一、仕留めている」
「ケイズは襲われなかったのですね」
「いったろう。連中は、攻めやすいところから襲うんだ」
「では、なぜ最初にジラード隊員が?」
「わざと隙を見せた。そうすれば、一番処理できるところに、一番攻撃が集中する」
「なるほど」
メリルは感心しているようだった。レンジャーのお株を守ることができたようだ。これで、少しは身の上を疑われずに済むだろうか。
「五頭は埋めよう」
「あと二頭は、いかがするのです?」
「食べる。夜食だ」
呆気にとられたメリル副隊長だったが、しばらく思案して、腹をさする。
「そう言えば、私も腹がすきました」
「後の三人は、もっと空腹だろう」
「夜の平原を駆けまわっていますからね」
二人は顔を反らした後に、お互い口角を吊り上げた。そして、各々作業に取り掛かる。
「埋める穴は私が掘りましょう。ジラード隊員は、狼を穴まで運んでください」
「承知した」
「すみません。負傷者を働かせたくはないのですが……」
「構わん。右腕以外は、いたって健康だ」
黙々と作業をするうちに、草をかき分ける音が聞こえてきた。三人分ある。クルスとケイズが、ジャンを捕まえて帰還したらしい。
一瞬、ジラード隊員とジャン隊長の間に、緊迫した空気が流れる。
「ジャン小隊長。夜食は二頭分の狼です」
耳鳴りがしそうな静寂をみこして、ジラード隊員が先手を打つ。
ジャン小隊長は、憮然とした口調で応対した。
「三頭分にしろ。埋めるのは四頭だ」
「食い意地がはるようですな」
「誰かのおかげでな」
二人は、これ以上言葉を交わさない。それぞれの役割に没頭した。
「ケイズ、穴掘りを手伝ってくれ。ジャンとクルスは、ナイフで狼をさばくんだ」
「わかった」と、ケイズ。
「もたもたしてると、夜が明けそうだね」と、クルス。
「馬鹿をいうな。一睡もしないで、日中歩けるか。さっさと喰って寝てやるぞ」と、これはジャン小隊長の決意表明である。
ジャン小隊長とジラード隊員のやり取りを、いつ破裂するかもしれない爆弾を眺めるような心地で見守っていた残りの三人は、そっと胸をなでおろした。仲直りしたわけでは決してないが、これ以上の衝突が回避されたと安堵する。
「ジラード隊員!」
しかし、その平穏は、不意に放たれたジャンの一言で打ち砕かれた。
「なんです」
ジャンは迷っている様子だったが、きっぱりと口にする。
「その、すまなかった」
フェイがジャンを助けて代わりに負傷したことを、彼は詫びているのだろう。
「気にすることはない。最初に誓ったはずだ。君が死ねと命じれば、命を投げ出すと。もう、この件に拘らなくていい」
「そうか」
そっけないジャンの返答だったが、これで事態はいちおう、でこぼこな丸で収まったのだろう。フェイとジャン小隊長から、緊迫した雰囲気が消える。残りの三人は、顔を合わせて今度こそ笑みを浮かべた。とうの二人は、そこまで愉快な気持ではないかもしれなかったが。
◆◆◆(場面転換)◆◆◆
「しかし、いいのですか。肉を焼いても。匂いが他の獣を引き寄せるのでは?」
小一時間後、五人は焚火を囲んで、思い思いに夜食を焙っていた。香ばしい匂いが、腹をすかせた五人の鼻孔をくすぐる。このうまそうな匂いは、きっと風に乗って遠くまで届くだろう。
「さっき言い忘れていたが、狼の群れというのは、テリトリーを持っている」
ケイズの疑問に、レンジャーのジラード隊員が答える。
「テリトリー? 縄張りのことでしょうか」
二人の会話をきいていたクルスが、横から口をはさむ。
「そうだ。だいたい、半径にして数十キロほどだ。狭いと数キロ。他の群れは、自分達以外の縄張りに、滅多なことでは侵入しない。領土侵犯は、戦争のもとになるからだ」
「ジラード、それは比喩か? 狼が制服を着て塹壕をつくるわけではあるまい」
自分の肉に神経を集中していたジャンが、夜食から目を離し尋ねる。あの一件以来、彼は国境警備隊員のことを呼び捨てにしていた。敬意を欠いた表現というよりは、彼なりのコミュニケーション術なのだろう。少しではあるが、小隊の皆と同じ扱いに近付いたようだ。
「比喩ではない。言ったままの意味だ。テリトリーを侵す側と、守る側で、抗争が始まる。命のかかった殺し合いだ。一度こうなれば、勝敗がつくまで争うしかない。どちらも、途中で戦いを投げ出せない」
「ふうん。そうか。だが、だからこそ、他の群れとは出会い辛いといいたのだな」
「そういうことになる。ただ、平原にいるのは狼だけではない。他の危険もある」
「今は秋の初めだから、まだ熊も毒蛇も冬眠していないし、夜盗の類もいるでしょう。まだまだ、安心はできないということですな」
メリルは、狼肉を焦がすまいと視線をそこから逸らさず、耳と口だけでおしゃべりに加わる。食にこだわりでもあるのか、厨房の気難しい料理長のような表情で、じっくりと鮮度のいい赤身肉を焙っている。
「そうだな。前線まで、あと五日は歩き通さなくてはならないんだ。今後、どんな危機に陥ることやら……」
対照的に、ジャン小隊長は、それほど肉の焼き加減に五月蠅くないようだった。食べられればいい、とでも主張したげに、肉のついた骨先を尖らせて地面に指し、ほったらかしにしている。
その結果、
「ジャン。焦げてるよ」
「なに。ぬかったか……」
火に焙られる側面が、ジャンのものだけ黒く変色しまう。
「クルス、代えろ」
ジャンが、クルスの焙っている肉を、焦げた代物と無理矢理交換しようとする。
「やだよ、自己責任であります。隊長殿」
「むう。はあ……」
仕方なく、ジャン小隊長は、焦げた表面に被りついた。渋い顔をしている。やはり美味しくないのだろう。対照的に、メリルとクルスは、夜食を上手に焼き上げ、至福のときを味わっていた。残りのジラード隊員とケイズは、もくもくと養分を摂取しているといった趣で、良く噛み砕いて、呑み下す。
「そういえば、ジラード隊員は、どのようにして三頭も仕留めたのです?」
ほぼ無感銘かつ無言で最初に食べ終わったケイズが、同じく早目に食べ終わったジラード隊員に話題を振る。他の三人は、筋っぽく獣くさく固いが、携帯食料よりは油ののっていてうまい夜食を、まだ頬張っていた。
「一頭はナイフ。二頭は素手だ」
これには少々、表情を変えないケイズも驚いた様子だった。まるで、雪男でも目撃したかのような視線である。
「肉食獣を素手で仕留めるには、首の頸椎をへし折るのが手っ取り早い。連中は牙を突き立てるために、頭から向かってくることが多いから、それをかわして、一気にへし折る」
解説しながら、フェイは身ぶりでも示した。三頭目を仕留めたときの動作だ。
しかしその動きを見て、ケイズ士官候補は、降参するように首を振った。
「流石に、それは真似できませんね。ジラード隊員の体躯があればこそ、できることでしょう。小ぶりとはいえ、狼を片手で真上に持ち上げるなんて、私にはとてもできません」
嬉々として説明していたジラード隊員だったが、ケイズの鈍い反応を目の当たりにして、空咳を一つ、つく。
「おっほん。以上が、素手で狼に勝つ方法だ。――なんだ、クルス衛生兵。私の顔に、なにか付いて、いるのかね」
異邦人と遭遇したように、ジラード隊員を眺めていたクルス士官候補だったが、当の本人に注意されて、我に返り、慌てた。
「い、いえ。自分は、自分が衛生兵で良かったと思っております。片腕で敵兵を投げ飛ばすなど、到底できませんので」
「おいおい、クルス。さすがにそれはジラード隊員に失礼だぞ。巨漢のジラード隊員だって、狼は投げ飛ばせても、人間の男は無理さ。それとも……」
「安心したまえ、メリル副隊長。君を投げ飛ばすことは、それ以上喋らなければ、ないと誓おう」
メリルとクルスとケイズが、声をあげてわらった。その馬鹿騒ぎの中で、焦げ肉に愛想を尽かしたジャン小隊長が、食べかけの夜食を焚火に廃棄して、事態を収拾させる。
「へらへら馬鹿みたいに笑っている場合か!
西の前線がどれだけ深刻な戦況か、貴様らも知らんわけではあるまい!」
一瞬、皆が反省したように黙る。だがすぐに、副隊長メリルが相槌を打つ。
「ええ、存じていますとも。開戦以来の四年間安泰で、寧ろ押し気味だった西の前線は、いまや総崩れの危機に陥っています。このままでは、前線のじわじわとした後退は、避けられないでしょう。最悪、一気に総崩れとなって、駐留部隊が敗走する可能性も、あるでしょうな」
自分たちの目的地の近況を再確認して、五人は一様に厳しい顔つきになった。彼らは、苦戦必至のそこへ赴くのである。緊張するのも無理はない。ジラード隊員だけは一人、違う種類の複雑さを、掘りの深い顔に浮かべていた。
「そもそも、前線に異常が出たのは、夏の終わりくらいからだ。約二カ月前になる。そこから、我が軍は苦境に立たされた。急激な、そして予想のできない、戦況の変化だった」
普段はあまり発言しないケイズが、メリルのあとを継いだ。
「我が軍が苦境に立たされた原因は、はっきりしている。ある将校の失踪だ。その将校が失踪したおかげで、西の前線は大幅な戦力減退に直面せざるを得なくなった。煙のように前線から消えた彼は、ある特別な力を持っていたからだ。神に選ばれた力。そう表現するものもいるほど、その力は凄まじく、圧倒的な戦力として、前線を支えたと聞いている」
うんうん、とクルス衛生兵が頷く。
「僕はそれほど熱心じゃなかったけど、士官学校でもそれなりに信奉者がいたよね。でも、無理もないかもしれない。あれだけ戦功をあげて勲章を授与されれば、憧れる士官候補生だってでてくるに決まってるよ。まさに、軍神だもの」
「はん、軟弱者め。あんな敵前逃亡したような腑抜けに、わざわざ憧れる奴がいるのか。笑止だな」
メリル副隊長が、せせら笑ったジャン小隊長の右肩に、意味深な感じで手を置く。
「強がっても、ごまかせませんぞ。ジャン小隊長殿。あなたは、彼の名語録を自筆でつくり、自身の枕元に置いていたではありませんか。御丁寧に、毎晩毎晩、寝る前にそれを朗読なさいましたな。相部屋の私めにも、少しは配慮をして頂きたいものであります。ほとほと、寝不足に悩まされました。
それに、いうまでもないことですが、我々三人は、あなたが士官学校隋一の、彼の信奉者だったことを、存じ上げておりますが、なにか申し開きはございますか」
恥ずべき過去を、メリルに暴露されたジャンは、少し赤面して言い返す。
「うるさい。知っているのなら、わざわざ傷口に塩をぬるな、メリル副隊長。くそ! 肩書だけの軟弱者を信じるなど、俺がたるんでいる証拠だ。是が非でも前線では、奴以上の働きをしてやる」
「勇ましいことですな。そうなれば、前線も持ち直すでしょう」
あからさまな否定をしないのが、副隊長を含め、この部下たちの美点である。彼らは、若い。そして、なにより自分たちの隊長を、信頼しているのだろう。
「しかし、本当にあの方の失踪さえなければ、我々も今頃、士官学校の寝どこだろうに。どうして、あの方は何の前置きもなく、いなくなってしまわれたのだろうか。謎が、多いな」
「そんなことは、どうでもいいさ」
ケイズが口にした疑問を、ジャンが吐き捨てる。ケイズの疑問よりも、話題の人物に怒りを抱いていることは、明らかだった。
「ジゴレイド。すべて、奴のせいだ」
「我がミリアの英傑、ジゴレイド」ケイズが、畏怖とともにその名を口にする。
「稲穂色の雷、ジゴレイド」クルスは、その異名を信じられない架空の出来事のように、口にした。
「いかづちの巨人。天の裁き。そして、我らミリア軍でも、カッセルプライムと並び、比類なき最高戦力、ジゴレイド」メリルは、士官学校の教科書を読みあげるように、その文句を口にした。
「神恵の子、ジゴレイド」ジラード隊員お呼び脱走兵フェイは、その名をなぞるように、そっと口にした。
「奴は、逃げた。ともに任についていた戦友を残して。自らの責任の重さを自覚せず。国の命運すらも歯牙にかけないで。奴は、逃げた!」
ジャン小隊長が、義憤のあまりブーツの先で地面を抉る。舞い上がった砂が、焚火にかかった。
「奴さえ逃げなければ、前線は後退するどころか、敵軍を押し返し、敵国首都への足がかりをつくっていた! 我々は優勢だった、奴がいなくなるまでは! だというのに、祖国への忠義も恩も忘れ、どろんだ。信じられるか。その気になれば国一つ救えるのに、奴はむしろその逆を選んだのだぞ!」
「おちつけ、隊長。ここにジゴレイドはいないんだ」
「だが、ケイズ。お前もジゴレイドを畏怖し、尊敬していただろう。あの存在がいたからこそ、第二の英傑になりたくて、我々は日々の訓練に一層精をだして励んだ。だがどうだ、奴はもうどこにもいない!」
「だが、まだ北東の前線に、カッセルプライムがいらっしゃるだろう。ミリア軍は、全てを失っていない」
「ふん、あの高慢ちきな氷熊のことなんか、知るか。あいつの戦績は申し分ないが、世間体は最悪だ。配下の兵を、敵と一緒に氷漬けにした噂の絶えない冷血漢だと聞いている。味方をなんとも思っちゃいない。あの氷熊にとって大事なのは、自分の栄光だけさ」
「まあ、確かにその点、隊長殿が崇拝するあの方は、申し分なかったですな。何度も、撤退のしんがりを務め、味方を窮地から救っています。その点は、私も嫌いではありません」
メリル副隊長が、ジャン隊長に同調する。
「あの方は、そういう意味でも、前線の大黒柱だったんだと思うなあ。そんな人に急にいなくなられれば、前線にガタがくるのも仕方ないよ。失踪した初めの二週間は、なんとか敵軍にも知られずに済んだけど、そうそうこんな大問題が露呈しないはずもないし」
「かくして、我々は士官学校の途中で、前線に送り込まれているわけでありますな。おお、なんと無責任なジゴレイド殿。おかげで、牧歌的な教錬生活も、予定より一年以上早く終了であります」
クルス衛生兵が述べた分析を、メリル副隊長が軽い調子でまとめた。当然、ジャン隊長はそのお気楽さが気にいらない。
「三文芝居劇のように、まとめている場合か! 我々はそこに向かっているんだぞ。ジゴレイドのいない前線にだ。最高戦力の敵前逃亡で士気は最低で、敵軍がこれまでないほど勢いづいた状況に放りこまれるんだぞ! それも、初陣でだ! なんとついていない」
「小隊長殿にしては、勇ましくない科白ですな。まあ、私も同じ気持ちですがね」
「僕も、そうだよ」
「俺もだ」
彼らには、それなりに大局的な視野があるのだろう。このまま自分達が前線に加わっても、戦局に大差はないと考えているようだった。
「だが、俺はこんなことで諦めんぞ。敵軍に、目にものみせてくれる。ただでこのまま、ミリアが終わると安堵させてやるものか」
「おや、奇遇ですな。隊長殿」
「やられっぱなしじゃ、つまらないよね」
「一泡、吹かせてやる」
しかし、彼らには若さがある。大局的な抑圧を、個人的な勢いで吹き飛ばせる若い熱量が、彼らにはあった。彼らとは二つ違うフェイには、もうないものだ。純粋に、無言で成り行きを見守っていたジラード隊員は、羨ましいと思った。
「そうですか。勇ましいですな」
「ジラード、お前は、どうなのだ」
ジャンに問われるジラード隊員。彼は情熱を持たない。その代わりに、ある使命感だけを、保持している。
「無論、やられたままで、白旗は上げられません。追いついて、殲滅するのみです」
無論、これは前線にいる敵兵への宣戦布告ではない。あの凶悪な意図への、意志表示である。四人に本当の意味が伝わるはずもないからこそ、あえてフェイはこの文句を口にした。
「よくぞいった! これでこそ、ミリア軍属の誉れというものだ」
四人の戦場を知らない少年たちは、一様に盛り上がる。どっと沸いた。
(俺にも、こういうときが、あった。何も知らず、しかし野望と情熱を限りなくもっていて、開けた道を先へ、ただ先へ向かおうとしてた。あの道は、今どこにある? 僕は、いま、どこにいる?)
そのあと、一通り熱く語り合った後、皆明日に備えて就寝することにした。二の腕が痛むので、フェイは不寝番をかってでる。怪我人に無理はさせられないと反対されたが、傷が疼くと説明して、四人を寝かせた。
四人が寝息をたてていることを確認し、
「クレメンツ。俺が居眠りしたら、君が不寝番をやってくれ」
「ふむ。そういうと思っていた。私に不寝番をさせるために、わざわざ四人を寝かせたのだろう?」
「君は夜行性だ。不寝番に最も向いている。それに、夜目も利く」
「鼻もな」
「そうだね」
しばらく、穏やかな秋風が、草を揺らす音と、虫の歌声だけが、一人と一匹の間に流れた。
「クレメンツ。僕は居眠りするよ」
「おやすみ、ジゴレイド」
(※第三章「おとずれる暗雲」に続く)