プロローグ~家族の別れ~
決めた。
私は、彼に、決別を言い渡すのだ。
その機運は、もう、満ちた。
「――――さようなら」
その冷たい一言が、宣言になる。
「さようなら、フェイ。あなたに病を授けるわ。三日三晩、あなたは苦しむことになる」
彼は、もう声をあげることできない。
私の息吹にかかったからだ。
それでも、彼の眼だけは死んでいない。
その瞳の色が、理解できない。
なぜ、そんなにも様々な感情を、詰め込めるのだろう。怒り、動揺、悲愴、そして言いようのない愛おしさ。これだけのものを詰め込んで、よく壊れないと感心する。
私は、何に感心している?
……分からない。
「もう、私を追わないで」
彼から遠ざかろうとする。私の中の意図が、それを求める。その意図には抗えない。いいや、抗うという概念が、そもそも適さないのだ。
その意図は、そこにある。そこにあるから、それに従う。簡単なことだ。私の好みの問題でもない。彼の志の多寡でもない。
その意図が、そこにある。
だから、私は彼を捨てる。
強制などされていない。無理強いなど、あの意図には、そぐわない。ただ、流水の流れに抱かれるように、私は誘われるだけでいい。
彼は崩れ落ちようとしていた。病原菌が、彼の身体を巡り、征服し終えたらしい。完全に制圧されれば死んでしまうが、そこまでには至らないだろう。宣言通り、三日三晩は動けないが。
彼は、なにか言いたげだった。しかし、もう舌は彼のものではない。もつれ、しびれて、いうことを聞かない。彼は熱っぽい吐息を吐きだすのが精いっぱいで、やがてその場に崩れ落ちる。
「私達の生涯は、もう交わらないの。よくある出来事の、一つだわ。さようなら」
私は歩き出す。彼の視線すら追いすがれないように、森の中は、霧に再び包まれる。むせるような、濃い霧だ。誰も私を、追いかけては、これない。
あの意図が、私を誘う。私とあの意図が、辿り着く場所は、もっと遠くにある。
背後で、絞り出したような叫びが、聞えた気がした。しかし、明瞭には判別できない。濃霧を切り裂いて私の元へ届くには、その断末魔は、非力すぎた。
「別れましょう。永遠に」
無論、私の囁きも、彼の元へは届かない。これ以上、言語は私達に必要ない。
最後に必要なのは、全てを悟らせる事実。それだけだろう。
私は、森を去る。
彼から、去る。
(※序章「森を抜けて」に続く)