プロローグ
※この物語では奴隷という表現が多く出てきます。不快に思われる方は閲覧しないでください。
太陽の昇る方角に、サルビア島という島がある。獣人ーー即ち自然と人との間を取り持つ存在ーーならば誰もが憧れている島。
その名前である『サルビア』とは、色鮮やかな萼と筒状の花弁が愛らしい花の名前で、花言葉は家族愛。
あるものは言う、この島のものは皆家族だと。
サルビア島の存在は、冷たい日々を送る獣人達の凍てついた心に響いた。
いつしかそれは、彼らの間で『差別や暴力の無い、自然と充足感に満たされた伝説』と、密かに囁かれるようになっていた。
この島の唯一の欠点は、実在するかどうかも定かではない、曖昧なものであるという点だ。この夢の島は歴史が非常に浅く、たったの十年にも満たないと言う。
――何故そんな島が有名になったのか。
その問いに答えるのは容易い。
獣人が、求めたからだ。
人間達は彼らを蔑み、まるで自分の道具のように都合良く扱った。財閥同士の醜い争いに駆り出され、戦闘用に躾あげられたり、人形のような扱いを受け、身動きを取ることもままならなかったりと、自分は獣人の『飼い主』だとのたまう鬼畜な主は山ほどいる。世知辛いこの世の中で生きる獣人達は、人間という仮面を被った『悪魔』からなんとか逃れようと、藁にもすがる思いで、存在不確かなサルビア島を信じたのだ。
獣人達は今も、『悪魔』の命令に従って、日の出から日の入りまで息付く間もなく働いている。それ故彼等は、身体的、精神的な苦しみに、日々容赦なく包囲されている。
こんな悲痛な現実を、人間達は何故いとも簡単に受け入れられるのだろうか。
今も絶え間なく回っているこの世界は、なんて残酷なのだろうか。
この世に存在する多くの獣人が理不尽な苦しみに必死で耐えている。
助けを乞っている。
しかし、人間達は誰一人として手を差し伸べようとはしない。もう何十年と助けようとする者がいないのは、人間達が罪悪感というものを感じていないからなのかもしれない。こうなってくると、人の感情の欠落とは実に恐ろしいものである。
本来、自然と人とを繋ぐ架け橋そのものと言える彼等は、人間と共に支え合って生きていくべき存在だったのにも関わらず。
人間達はそれを知ってか知らずか、獣人達への扱いはどれだけの時間が過ぎようとも変わらない。
ただ、愛想を尽かすのはまだ早い。同じ人間という種族でも、考える事は千差万別という事である。
きっかけは単純で、サルビア島の噂が広まったといわれる、およそ八年前に遡る。
獣人と人の元々あった関係を取り戻す事こそ正しいと主張する、一人の王が現れた。
その王の治める国こそ世界的権力も武力も高いストレリチア王国である。獣人の問題に前向きな考えを持つ、王ルドベキアに対する、国民からの絶大な信頼によって、獣人は人と同等または、それ以上の存在であるという考えが、瞬く間に王国内に広まった。王ルドベキアの意見は尊重され、ストレリチア王国では、国をあげて獣人の奴隷問題に尽力し始めた。
やがて、ストレリチア王国の頭上に浮かぶ神秘的な島、福之島にある世界最大級の屋敷、福之御殿を本拠地として活動が本格的に行われた。
福之御殿では、奴隷として酷使された獣人を、週に一度開かれる獣人オークションを通して高値で買い取り、獣人一人一人に用意した部屋での保護・育成は勿論、寮を出た後の管理も行っている。例えば生活にゆとりがあり、獣人への愛が深い主を厳選し獣人を引き渡したり、御殿のなかで就職させたりと。
また、獣人達が新しい飼い主から酷い扱いを受けていないか確認するため、厳しいチェックを行った、『愛獣認定』というものだ。福之御殿を取り仕切る組織、〈天〉は適切な管理や指導を受け、主人に愛されて立派に育った獣人を愛獣と名付けた。
優しく、愛情深い獣人。
彼等の感情を、彼等の持つ本当の能力を、何の躊躇いもなく封じ込めた人間達。
これは、双方の間で動く、愛情の物語――――