1章『スリーピングフォレスト』♯17〜18
ドワーフの村から帰還したロウたちを待っていたのは、
ダークエルフの村が襲撃されたという報告だった。
唯一の生き残りである青年が語る、その一部始終とは?
♯17 ダークエルフ
ダークエルフが壊滅した。
その一報は我々に戦慄をもたらした。
ある程度想定されていた事態ではある。だが、それは我々の動きを先読みしたように進む。前に進んだと思ったら更に前に、先手を打たれ踊る我らの進む道は、限りなく細くなっていくのだ。
私の脳内に『戦力不足』『情報不足』『危険度上昇』のアラートが鳴り響く。仲間たちも動揺している、このままでは無意味に混乱を撒き散らすだけになるだろう。私はわざと大きなため息をつき、皆の視線を自身に集中させ、マンマゴルに詳細を確認した。
「マンマゴル、詳しい事を教えてくれないか?」
「俺も先ほど聞いたばかりなんですが・・・。
ダークエルフの大きい集落が襲撃を受け、壊滅。
生き残った者は東の山にある集落に向かい、
我らにも連絡が来たらしいのです」
「生き残りがいるんだな、連絡者はどこにいる?」
「今は治療を受けています。酷い傷を負っていて、
とても話せる状態にはありませんよ?」
村は壊滅したが、熊たちのように全員が消失したわけではないらしい。大きな打撃を受けた事に変わりはないが、まだ戦える。
私はマンマゴルを連れて村に入り、村長の元へ向かった。村に居たエルフやホビット、クーシーたちは歓迎してくれたが、その後ろにあるのは不安と希望だろう。私は軽く手を挙げ、微笑みながら足早に進む。村には森狼たちも合流しており、族長のガルムと軽く話した。どうやら脱落者はいないようだ。
村長の家に着いた時にはすでに長老や主要な人物らが集まっており、得た情報を整理しているようだった。扉を開けた私を見て一瞬笑顔を浮かべた村長だったが、それはすぐに厳しい表情へと変わった。
「ロウ殿、どうやら既にご存知のようですな」
「ええ、マンマゴルから報告を受けました」
新たに加わった人型のグラフ、そしてフォウに視線が集まるのを意識しながら、私は勧められた椅子に腰掛け、私は村長にダークエルフの連絡者が伝えた内容を確認した。
その連絡者の名はエレノール、ダークエルフ氏族の族長アラグノールの次男であり、長男ギルノールと共に襲撃から生き残った青年だという。彼は酷い傷を負っており、息も絶えだえに村が襲撃を受けたこと、父が祠を守るために残り、女子供を兄のギルノールに託し別の集落へ逃したこと、その兄にウッドエルフへ連絡するよう言われたことを伝えて、意識を失ったという。
敵の編成については数体の見たこともない形のゴーレム、見渡す限りのスケルトン、それに黒い毛皮のグレートベアーが混じっていたとのことだ。やはり彼らは既に・・私は連れ去られたであろうベアーたちが予想通りに扱われたことを知った。
エレノールが伝えた情報は断片的であり、今は意識のない彼の回復を待っている状態だということだ。だが、その時間が惜しい。詳細はその長男たちが避難した集落に向かい、彼らに聞けばいいだろう。
私は村長に自分の考えを伝えたが、村長は慎重論を唱えた。敵の戦力もわからないのに動くのは危険が大きすぎる、準備を整えてから向かう方が良いと。
確かに村長の危惧する気持ちはわかるが、私たちは既にそのゴーレムやベアーが何者であるか予想がついている。特にフォウの動揺が酷い、恐らく考えている答えは同じだろう。
「村長、敵の動きが思ったより速い。
後手に回るより先に動きたいんだ」
「しかしロウ殿、敵は多勢です。
我らも相応の数を揃えていかねば・・」
「だからこそだ、村長。敵が相応の数を揃え、
その集落を襲う前に彼らをこの村に避難させ、
出来るだけ戦力を集中させたいんだ」
「では、また少人数で動かれるおつもりか?」
「ああ、大勢で向かえば気取られるし、
準備や行軍にも時間がかかるしね」
「むう・・しかし相当危険ですぞ?」
「それは承知の上だよ、村長」
私は村長を説き伏せ、最小限の人数でダークエルフの集落へ向かうことにした。対ゴーレム戦やベアー戦を経験したメンバーに加えて、今度はマンマゴルも連れていく。その代りにイズ兄さんとディンエルを残すことにした。二人には反対されたが、森狼たちを含めた再編成もあるし、ゴーレムに風魔法の効果は薄いだろう。それなら結婚の報告を踏まえて二人を残した方がマシだ。魔法はフォウが使えるようだし。
さすがに即出発は強硬に反対されたので、物資を補充しつつ翌日の朝に出発することにした。私たちは村の自警団に森狼たちを引き合わせ、武器を使った戦闘や集団戦の訓練を指示しておいた。
ミリィとフォウは治癒魔法が使えるので、ダークエルフの青年の治療を手伝いに向かわせた。彼らに無理はさせたくないが、やはり情報は欲しい。無理しないよう夜までに時間を区切らせたが。
その後ニコやC2に村を案内した。途中でニコが迷子になりちょっとした騒ぎになったが、なぜかクーシーの子供たちに連れられてベソをかきながら広場へ戻るところを見つかった。
村のはずれをウロウロしていたらしく、ミニチュアダックスのクーシーが心配になって声をかけたらしい。子供に心配されるって・・と一同は呆れたが、私とC2からすれば普通だ。もしかくれんぼとかしていたら消息不明になっていただろう。迷子神の異名は伊達ではない、リアル自分で神隠しだ。
私は面倒くさそうなC2にヒモを持たせ、同じく不満をブーブー口にするニコの腰にそれを縛り付けていたところへミリィが駆け寄ってきた。
「ロウ様!エレノールさんの意識が戻りました!」
「早いな・・かなりの重傷だと聞いていたが・・」
「フォウ君の治癒魔法、本当に凄かったんです!!
詠唱無しに私以上の効果で、あっという間に!」
魔法が使えるとは聞いていたが、相当なレベルなんだろう。興奮するミリィの頭を撫でながら、私はC2にニコを任せて村の医院となっている家へと向かう。ここは元々倉庫だったが、襲撃を受けた際に大勢を収容出来る建物として作り直したものだ。なので相当に大きく、平時の今は閑散としている。
私は奥のベッドで寝ているエレノール青年らしき人物と、横に立つ医者や薬剤師、それにフォウの姿を見つけて、そちらに駆け寄った。
「マスター、まだ完治したわけではないので、
出来るだけ手短にお願いします」
「ああ、わかっている。よくやってくれたな。
ミリィにも感謝する」
「マスター・・!?」
「ふふふ、私は大して役に立っていませんよ!」
照れるフォウと嬉しそうなミリィ。
私は視線をベッドの上で俯いている・・白髪に褐色の肌を持つダークエルフの青年に声をかけた。
「貴君がエレノール殿か?私はロウと言う。
一応、伝承の王候補といったところだ」
「・・・っ!?まさか貴女が!?」
「やはりオカマの見た目に騙される」
「私は男だ、エレノール殿。
ナイマはお口をチャックしていろ」
困惑するエレノールだったが、美形揃いのエルフに囲まれて育ったせいか、すぐに状況を飲み込めたようだ。しかし、この見た目はなんとかならないものか?せめてもう少し身長とか欲しい。
「そ、そうですか・・失礼しました。
ご存知の通り、自分の名はエレノール。
族長アラグノールの次男になります。
上には兄のギルノール、下には妹のナルルース。
母は司祭のララノアと申します」
「これはご丁寧に、傷はどうか?エレノール殿」
「今は大丈夫です。・・命を救われましたね」
「私が治したわけではないがな。礼を言うなら
そこのフォウとミリィにしてやってくれ」
彼は上半身を起こし、フォウとミリィに礼を言った。二人は謙遜していたが丁寧な礼に悪い気分ではないようだ。さすが族長の息子、礼儀正しいな。
私は彼にダークエルフの村で何が起こったのかを問う。
エレノールは思い出すのも辛いのか、再びうつむき、歯ぎしりしながら少しづつ襲撃の様子を語ってくれた。それは私たちの予想を超える規模で行われたものだった。
「あれは・・2週間ほど前のことでした・・」
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「穂先をブレさせるな、エレノール」
「はい!父上っ!!」
「姿勢は低く、大地に根付くようにしろ。
だが腕と足に力は込めすぎるな、硬くなるぞ」
「はい!父上っ!!」
自分の名はエレノール、誇り高きダークエルフ氏族の族長『荒ぶる焔』アラグノールの息子。
私達ダークエルフは森に住むウッドエルフとは違い、ドワーフ達と同様に山へ住居を構えます。私達の村の背後にも切り立った崖があり、その頂上は遥か高く雲がかかるほどで、どのような生物も越えられぬと伝えられています。
そんな私達は住処や食文化の違いからウッドエルフと仲が悪く、先日あったオーク族の襲撃以降も単独で追い返せるよう、こうやって得意な槍や弓、そして魔法の訓練に明け暮れていました。
ある程度戦えるようになると、麓の丘にある『火の神殿』に挑み、力試しと装備の収集を行います。ドワーフ達と違い、自ら鍛冶などで武具を造れなくても『火の神殿』地下にあるダンジョンの下層には強力な武具を落とすゴーレムどもが現れるため、私達の装備はウッドエルフ達に比べて優れていたと思う。私が今、父上に稽古してもらっているのもダンジョンに挑むために必要な力を磨くためです。
父は村一番の槍の達人であり、同じく父に匹敵する腕前の兄はともかく、まだ未熟な自分を早く戦えるぐらいに育てるため、朝晩と稽古をつけてくれています。厳しい父ですが、私はとても尊敬していました。
「ふむ、これぐらいにしておこう。
汗を流してから母さんを手伝え、エレノール」
「はい!わかりました父上っ!!」
せめて気力だけはと大声で返事する自分に、父は嬉しそうに笑い、自警団が集まる最近急造した砦へと向かいました。以前のオーク達の襲撃はとても激しいものだったので、父は皆を指揮して村の麓に防御のための砦や訓練所を造っていたのです。私達ダークエルフはそんな簡単にはやられたりしません。
自分は母の元に向かい、力仕事や薪の調達などを手伝っていました。
「エレノール、ナルルースを知らない?
さっきから姿を見ないのよ」
「母さん、あいつは槍を持って麓に行ったよ」
「まあ!?しょうがない娘ねぇ・・。
また森で狩りでもしてるのかしら?」
妹のナルルースは短気でおてんばです。
自分や母の言うことも聞かず、家の手伝いもしないで遊んでばかりいる。兄さんが槍を使うのを見てから、自分もやると言って聞かず、今では男でも敵わない腕前だ。
時間があるとすぐに森へ行って鹿や猪なんかを狩ってくる。まあ、おかげで肉料理には困らないし近所のおばさんたちも喜んでくれていますが。
「手伝いが終わったら探してくるよ、母さん」
「ええ、そうしてちょうだい。母さんは昼から
神殿に行かないといけないからね」
「うん、今日はお祈りの日だもんね」
母さんは『火の神殿』の司祭をしています。月に一度は生贄を捧げて、自分達ダークエルフとナワバリに住む全ての生き物に加護を与えてもらえるよう祈るんだ。火神様は生きる力を与えてくれる。
自分は集めた薪を家の裏にまとめて、槍を片手に麓へと降りていきました。
砦には大勢のダークエルフが訓練や砦の増設で忙しそうにしていました。自分は兄さんを見つけて話しかけようとしましたが、何やら深刻な顔で話しており、声をかけるか迷っていると兄さんがこちらに気づいて近寄ってきてくれました。
「どうした、エレノール?母さんの手伝いを
してたんじゃなかったのか?」
「ナルルースがまたいなくなっちゃったんだよ。
兄さんはどこに行ったのか聞いてない?」
「あいつなら南の森に向かったぞ?
ほら、あの祠の近く辺りじゃないか?」
そういえば古い祠があった。はるか昔にまだダークエルフとウッドエルフの仲が良かった頃、あの祠でお祭りをやっていたらしい。今では手入れもされずに荒れ果てているけど、昔は綺麗だったらしい。
兄さんに礼を言った自分は南の森に走る。自分達エルフにとって森は庭みたいなものだ。特に迷うこともなく木々の間を駆けて行く。ウッドエルフは木の上を駆けるらしいけど、スピードでは自分達ダークエルフの方が上だと思ってる。彼らは水魔法や風魔法が得意だけど、身体能力では火と風属性のダークエルフの法が秀でてるんだ。だから自分達は戦闘向きなエルフだとお爺様から教わっていた。
そんな事を考えていると、いつの間にか祠が見えてきた。その入り口近くにナルルースが隠れているのがわかる。どうやら中の様子をうかがっているようだ。自分はあいつが驚かないように、でも物音を立てないように気をつけながら近づいていった。
(どうしたんだよ、ナルルース?)
(シッ!聞こえないの?何か変な歌が聞こえる)
(歌?)
確かに祠の奥から声が聞こえてくる。なんか歌というより曲を鼻歌で歌っているような・・
「チャーンチャチャーン!チャチャーチャチャー!
チャーチャーチャーチャチャーン!」
男の声のようだけど、何だろう・・なんかくるものがある曲だなぁ。馬に乗りたくなるよ。どうやら声は祠の奥から聞こえてくるようだ。ご機嫌な様子だが、自分たちには気づいていないな。
(もしかしたら、オーク達かもしれない!!)
(いや、オークはあんな変な歌知らないと思うよ)
(兄貴にはわかんないの?あれは悪魔の歌よ!?)
(そうかなぁ・・?)
ナルルースは槍を握りしめて祠に入る。慌てて自分も後を追うんだけど、声の主は奥の広場にいるようで、まだ姿は確認できない。歌は佳境に入ったのか、やたら大きな声で歌っているけど。
「チャチャ!チャチャ!チャチャーン!!
チャチャ!チャチャ!チャチャーン!!
チャチャッチャ〜!チャチャッチャ〜!
チャンチャン!チャーチャチャーー!!」
(兄貴、私が踏み込むから援護お願い!)
(いや、危ないよ!村に戻って援軍呼ぼうよ!)
(ダメ!もしかしたら邪教の儀式かもしれない!)
妹は聞く耳持たない。自分としてはあんな変な歌を歌う邪教とか大したことないと思うけど。
でも一応用心して、自分も魔力で身体強化を行い戦闘に備える。ナルルースは自分より魔法が得意で、槍の先端が赤く熱せられているのがわかる。槍に付与魔法を使ったんだろう。
「チャーチャーチャーチャー・・うーむっ、
やはり鬼平も良いが吉宗が最高だなぁ」
どうやら歌い終わったらしい男の声が塀の向こうから聞こえる。それに水の音も。
これってもしかして・・と、家でよくある風景を思い出した自分は、妹を止めようとしたんだけど・・・
遅かった、あいつは槍を構えたまま一気に塀を飛び越えて、自分も急いで後を追った。
「おいっ!お前っ!いったいここで何を・・!?」
「・・・ん?」
飛び降りた自分が見たものは・・・
全裸で水浴びをしながら変なポーズをとっている・・長髪の男の姿だった。
濡れた髪の色は灰色で、顔はそこそこ美形だと思う。鍛え上げられ引き締まった無駄のない身体は同性の自分から見ても羨ましいほどで、多分普通に立っていたら見惚れていたかもしれない。
でも・・・その男はなぜか立派なモノがぶら下がっている股間を隠そうともせず、膝まで泉に使ったまま腰に手を当てて偉そうに仁王立ちしていた。
「あっ・・あっ・・あうあう・・」
妹の耳が赤くなっていくのが後ろからでも見える。たぶん妹にもよく見えているんだろう、アレが。それを見た男は驚いた表情から一変、ニヤリと笑うと両手を上げるとまるで鳥の翼のように広げて・・
その股間を前に突き出して、くねくねと揺れながら腰を左右に振りだした!!
「はっはーっ!!これはお嬢さん、初めまして!
俺は人呼んで・・レジェンド変態天使っ!!
ギルドEoVの怜と・・ーーーー」
「燃えつきろこの悪魔めぇぇぇぇっ!!!」
「んぎゃぁぁぁーーーーーっ!?」
槍の穂先から炎を吐き出しながら、ナルルースは男を消し炭にすべく突撃する。
男は悲鳴を上げながら間一髪で槍を避けるが、炎でちょっと炙り焼きされかけている。
だけど・・
「お嬢さんちょっと情熱的すぎないかっ!?
それともコレを見て熱くなってしまったか!?
ならば、ほーれほれっ!ぶらーんぶらーん!!」
「き、貴様ぁっ!!超絶コロスッ!!!」
妹の鋭い突きをかわしながらも腰を振ってアレをぶらぶらさせる男、顔を真っ赤にした妹は凄まじい勢いで槍を振るうが、男はくねくねと華麗に?かわしていく。自分はその技量に驚いたが、あまりにもあんまりな男の態度に、ちょっとナルルース頑張れと思ってしまう。そんな自分に気づいた男は、完全に赤い鬼と化した妹を止めるよう頼んできました。
「ちょっとそこの青年!!この女は仲間かな!?」
「まあ、一応兄ですけど・・」
「なら可愛い妹を止めるのも兄の役目だろう!!」
「いや、あまり止める気にならないです・・」
「コロスコロスコロスーーッ!!!」
「オーウチッ!?オウ!YES!!YES!!
頼むよ君!これでも結構必死なんだよ!?」
「はあ・・全然そうは見えませんけどね」
男はもう妹の攻撃を余裕をもってかわしている。避けるたびにポーズを決めるのは変だと思うけど。でもまあ仕方ないので自分は槍を突き出して、先端で輝く翡翠鋼の穂先に魔力を集中し、男と妹の間に土の壁を創り出す。第1階梯の土魔法『ウォール』だ。自分はまだこれぐらいの魔法しか使えないけど、とりあえず妹を止めるのなら十分だろう。
「ちょっと兄貴っ!なんで止めるのよっ!?」
「少し冷静になった方が良いよ、ナル」
「こんな裸でくねくねする変態なのに!?
焼き殺した方が良いに決まってるっ!!」
「そうだぞ?可愛らしいお嬢さん。
いくら俺のピーーに興奮したからとはいえ、
さすがに少し火遊びが過ぎると思うぞ?」
「やっぱコローーースッ!!」
「ギャーーーースッ!?」
全裸でくねくねしながら両方の人差し指で妹を指差した男を、ナルルースの槍から発した炎が包む。変態はさすがに裸で焼肉になるのは嫌なのか、急いで地面にすごい速さでゴロゴロと転がっている。自分は慌てて男に『ウォール』を使って大量の土をかぶせ、なんとか消化した。
やがて土の上からモゾモゾと男の顔が現れる。
「うむ、今のは死ぬかと思ったぞ」
「タフですね貴方は・・いったい何者ですか?」
自分の問いに、男は首を傾げて答えた。
「俺か?・・ふむ、何者なんだろうな。
ゲームしていて、ゴスロリ少女に会って、
セクハラしてたらここに飛ばされたんだ」
「あんたがどうしようもない人なのはわかったよ」
まだ怒り狂っているナルルースをなだめながら壁の向こうに追いやり、自分はようやく服を着た男とまともに話が出来た。男の着た服は布で出来た不思議な服で、はるか東方の国にいる侍という戦士の服装らしく、武器も剣のようだけど我々が使うものより細長く湾曲した形をした刀という武器らしい。大脇差というブロードソードぐらいの長さの刀と、脇差というショートソードぐらいの短い刀を2本腰に差し、広場の中央にある祭壇に腰掛けて、彼は自身の経緯を話してくれた。
「俺の名は怜と呼んでくれ。
職業は見ての通り『侍』だ」
「そう言われても、自分は初めて聞く職業です」
「ん?わりとメジャーな職業だと思うけどな・・」
怜と名乗った彼は元々この世界の住人ではないらしく、違う世界から召喚されてきた異界人らしい。そう言われても言葉は通じるし、見た目もここでは珍しいヒューマン種っていうだけで、それほど大きく違いがあるように思えないけど。背は高いけど、たぶん兄さんぐらいだし。髪の色も僕らに似てるし、違うのは肌が少し黄色っぽいかな?ってぐらい。
詳しく話を聞いてみると、怜さんがこの世界に来たのは1ヶ月以上前らしく、しばらくここを拠点に狩りをしたり釣りをしたりして暮らしていたらしい。1ヶ月ぐらい前に自分たちの村へオークたちが攻めてきたけど、何か関係があるかもしれない。自分は一瞬、敵かもしれないと今更だけど思った。
「そんなに警戒しなくていいよ。
俺は少なくとも君の敵になるつもりはないし」
「・・怜さん、貴方はオークたちの仲間ですか?
自分はダークエルフです、もしそうなら・・!」
自分は横に置いた槍を握りしめる、壁の向こうからナルルースも姿を見せ、さっきと違い本気で戦うつもりなんだろう。静かに彼を睨みつけている。
「うーん、イマイチ状況が飲み込めないな。
オークって豚のモンスターだよな?
俺なら豚よりその子と仲良くしたいけどな!」
そう言って彼はナルルースに向かってニカッ!と笑いかけるが、妹は警戒を解かない。
それはそうだ。あいつらの仲間だとしたら何人もの仲間が殺されたんだ。許せるわけがないじゃないか。
「うーん、嫁さんより恐いなぁ・・」
と頰をポリポリとかく怜さんは、こう提案した。
「よし、ならこうしようか。
俺が君たちの用心棒になってやろう!」
「・・・は?」
「そのオークどもを倒すのを手伝ってやるよ。
それなら俺が敵じゃないってわかるよね?」
彼は満面の笑みで自分の背中をバンバンッ!と叩き、立ち上がる。
そして広場にある幅3mほどの大きな樹の前まで歩いて行き、こちらを振り返って言った。
「今から俺の腕前を見せるよ。こっち来てからは
けっこう暇でな、いろいろと試してたんだよ。
で、最近コツを掴んでね・・」
そう言って彼は大木の太い幹に向かうと、スッ・・と腰を下げながら刀の柄に手を当てた。
そして・・・
「フゥーーッ・・・・『孤月二連』っ!!」
《 シャンッ!! 》
一瞬、銀色の光が線を引いたような気がした。
すると、大木に左下から右上に走る線と、左上から右下に走る線が浮かび・・それはズレ始める。
そして、ズズーーンッ!!と巨大で重い樹がゆっくりと地響きを立てて倒れていった。
今のは・・あの一瞬で2回も斬ったのか?あんなに太い幹を?まるで紙を切るみたいに!?
「『孤月』っていう攻撃スキルがあってね、
刀に纏った魔力を真空刃のようにして斬る技。
それを工夫して二連撃にしてみたんだよ」
彼は刀を鞘に収めながら事も無げに説明してくれた。チンッ!という軽い金属音だけが辺りに響く。
この人は・・スゴい剣士だ!僕らの知っている剣術とは全く違う、見た事もない技を使う!!
ナルルースもさすがに驚いたみたいで、倒れた樹を見て唖然としている。
そりゃそうだよね、同じことは優れた剣士でも出来ると思うけど、あの速さで2回も斬りつけるなんて・・村の剣士じゃ誰一人も出来ないと思う。斬れても幹の半分か、いいとこ一撃だけなら並べるかも。
彼と対等に戦える戦士は、たぶん父さんか兄さんぐらいしかいないと思う。僕らじゃ一撃で殺される。
そうか、だからあんな服だけで十分なんだ。何度も打ちかかる必要がない、すぐに勝負がつくから。
だから動きやすい軽い服で、重い鎧なんて必要ない。恐ろしく攻撃的な剣術。
「・・・怜さん。
貴方が凄腕の剣士だというのはわかりました。
村に来て父さんに会ってもらえますか?」
「エレノール!?あんた何言ってるのさっ!?」
「見ただろ?彼がその気ならお前は死んでるし、
僕もあの樹みたいに真っ二つになってるよ。
この人はオークの仲間じゃないと思う」
「俺も丸焼きにされそうだったけどな」
そう言って怜さんは笑った。
この人ならオーガだって簡単に倒せるかもしれない。自分はこれでも族長の息子だから、村のことを考えて決めたんだ。この人が味方になってくれたら、きっと死なずに済む人が増えるって。
ふてくされるナルルースをなだめながら、自分たちは異世界から来た不思議な侍と村へ戻った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
♯18 火中の逃亡
初めて怜さんと出会ってから1週間がたった。
村でも色々と騒動を起こした彼だけど、すでに大半の村人と打ち解けている。
父さんは怜さんの件をウッドエルフに知らせるか迷っていた、でもそれを知らせることで彼に迷惑がかかると言って、結局は知らせなかった。
ウッドエルフの集落には、伝承にある眠りの森の王と闇天使が現れたらしい。でも、なぜ自分たちダークエルフではなくウッドエルフの元に現れたんだろう。自分たちの方がずっと役に立つのに。
そう、今も兄さんと怜さん、それにナルルースが稽古をしている。ナルルースはともかく、兄さん達二人は互角に戦えるし、ほぼ真剣勝負と言っていいような内容だからか、お互いにいい刺激になってるみたいだ。自分はそこまで戦えるわけじゃないけど、ナルルースとならいい勝負が出来る。
「ナル、自分と稽古しようよ」
「あの変態をぶちのめしたいのよ、私は!!」
「おや?お嬢さん、俺と踊りたいのかい?」
怜さんを睨んでいた妹を、彼は挑発する。また始まった・・。
「今日こそはその頭をへし折ってやるからっ!!」
「おお、恐い恐い。では俺も準備を始めよう」
「なぜ服を脱ぐんだ怜殿?」
「いや、見られると興奮するタチなのでね」
「き、汚いものを見せるなぁぁぁぁっ!!」
ナルルースの振るう槍が服を脱ぐ途中の怜さんに迫る、怜さんは脱ぎかけた袴というズボンを履き直してそれをかわし、続く攻撃も避けて木刀を手にする。
そう、木刀なんだ。怜さんの刀を手入れ出来る者はこの村に居ない。それを知った怜さんは近くの木から木刀を削り出して稽古に使っている。それは腰の刀より長く、重さもそれなりにあるだろう。
ナルルースをいなしながら、彼は声をかけている。
「お嬢さん、攻撃が真っ直ぐすぎるな。
もう少しフェイントを入れた方が良いぞ?」
「うるさいぞ!!お前が逃げるのが悪いっ!!」
「避けないと死んじゃうからねぇ」
「っ!?どさくさに紛れて尻を触るなっ!!」
「ふむ、まだ硬いな。もう少し力を抜いて・・」
「尻でアドバイスするなぁっ!!」
うん、完全に遊ばれてるよね?
しばらく食らいついていたナルルースは、さすがに息を切らしている。怜さんは汗も流していない。
悔しそうにする妹に怜さんは微笑みかけながら木刀を収める。そういえばもう夕方だ。
「続きはまた明日にしよう。いや、いい尻だった」
「こいつ・・絶対にコロス・・」
「ナル、お前の腕も上がってきている。
怜殿に感謝しろ」
「可愛い妹の尻を撫でる男は死刑よ、ギル兄」
「いいじゃないか、尻ぐらい」
「そうだそうだっ!!なんなら私の尻を・・」
「燃えろ」
「ギャーーッス!?」
お尻を燃やした怜さんが井戸に走って行くのを横目に、自分は家に戻った。
母は朝から神殿に入り、家には父さんがいた。自分は食事の用意をしながら父さんに稽古の話をしたが、父さんは笑っていた。妹のお尻の価値は兄さんと同じぐらいらしい。
食事を盛り付けているとナルルースと兄さんが入ってきた。父さんは夜に神殿の警備を交代しに行くので、早めに食事を終えて着替え始めている。残り二人は自分と一緒に火神に祈りを捧げ、食事した。
「ママは神殿で何してるの?」
「ナル、食べながら喋るな」
「母さんは朝まで帰らないらしいよ。
なんでも守護者の儀式らしいけど」
「前から不思議なんだけど、守護者って何?」
「火の神がお造りになられた領域の守護者だ。
やがて現れる王に試練を与えるらしい」
「へー、お兄ちゃんは見た事あるの?」
「ああ、1度だけな。神殿の奥に安置されている」
自分は見た事ないけど、大きなゴーレムらしい。本来なら資格の無い者の前に姿を現さないらしいけど、以前の襲撃で神殿に賊が入った時、突然現れて辺りの賊を皆殺しにしたって話を聞いた。
それ以来は神殿の奥で動かないらしいけど、オーガも一撃でやっつけてしまうぐらいなので、母たちは感謝の気持ちを込めて祈りを捧げているとのこと。まさに守護神だね。
「私も見たいなー。どんなのだろ?」
「敵の襲撃があれば見れるだろうがな。
出来れば我々だけで守り抜きたいものだ」
「また来るのかなー?来たらぶっ飛ばしてやる」
「お前たちはまだ未熟だ、村の女子供を守れ。
敵は俺たちが倒す」
「えーっ!!それはズルいよお兄ちゃんっ!」
「ナル、早く食べろよ。片付けたいんだ」
「何よ!兄貴もズルいと思うでしょ!?」
「いや、兄さんの言う通りだよ。
せめて怜さんに一撃与えるぐらいじゃないと」
「あの変態、チョロチョロ逃げるからウザい」
「見事な回避だな、あれは俺でも真似出来ん」
話題が怜さんに移ってからも妹はよく喋って、結局片付けを始めたのは一時間ほど経ってからだった。自分はお皿をたらいに纏めて、外の井戸に向かう。すると、遠く神殿の方が赤くなっているのが見えた。
「っ!?兄さんっ!!神殿が燃えてる!!」
「なんだと!?」
「嘘っ!?オークの奴らが来たのっ!?」
声を聞いて兄さん達が家から飛び出してきた。
神殿は麓にある小高い丘に建っている。その丘と神殿が真っ赤に燃えている。
自分たちの声を聞いた村のみんなが外に出て、兄さんと自警団のみんなは急いで装備を身につけ始めた。妹もいつもの革鎧に槍を手にして、自分と一緒に麓の砦に向かおうとする兄さんの後を追った。
砦には大勢の武装した自警団が集まり、配置についていく。神殿までは1kmほどあるので、低いこの場所からでは木々が邪魔して見えなかった。
増援を送ろうと兄さんたち十数名が準備をしていると、神殿の方から何名かの同胞が森を抜けて現れ始めた。その中には父さんや母さん、そして村に居たはずの怜さんの姿もあった。
「お父さん!お母さん!?」
「ナルルースか、それにお前たちも」
「父さん、敵の襲撃ですか?」
「ああ、凄まじい数のスケルトンだ・・。
守護者のおかげでここまでたどり着いたが、
そう長くは持たんだろうな・・。
ギルノール、村はどうなっている?」
「はい、父上。
今は砦に人を集めていますが、村の者はまだ。
特に女子供は家に残してあります」
「そうか・・ギルノール、こっちへ来い」
父さんは兄さんを連れて砦の指揮所に向かっていった。
ナルルースは怪我をした母に手当をしながら状況を聞いている。周りには神殿で儀式に参加していた神官たちが多く集まっていて、治癒魔法などで怪我人の対処を行なっていた。
「母さん、いったい何が起きたの?」
「ナル・・恐ろしいことが起きたわ・・。
このままでは村は滅びてしまう・・」
母さんはゴーレムを前にして儀式を行なっていた。神殿の周りには十数名の父さんを中心とした警護役がいて、周りを見張っていた。すると遠くから炎の矢のようなものが飛んできて神殿に突き刺さり、やがて森から辺りを埋め尽くすほどのスケルトンどもが現れたらしい。すると神殿の守護者が急に動き出し、外で敵を食い止めようとしている父さんたちの前に出て、スケルトンを吹き飛ばし始めた。
崩れて燃え上がる神殿から母さんたちが抜け出してきたのを見た父さんは、逃げようとしないゴーレムとそれに群がるスケルトンを見て撤退を指示し、追っ手を振り払いつつ村に戻ってきたらしい。
途中で黒いグレートベアーやオーガたちに追いつかれたけど、村から走ってきた怜さんが加勢してくれて、何名かの犠牲者は出たものの、なんとかたどり着いた。そういうことだった。
母さんから話を聞いた自分たちは、いつ現れるかわからない敵に備えて火をおこしたり、石を集めたりしていたけど、指揮所から出てきた父さんの「集まれ!!」という声を聞いて、手を止めてそちらに向かった。指揮所の前には大勢の自警団や怜さんが集まっていて、自分たちは最後の方だった。
「集まったな、聞け!」
少し間をおいて、父さんと隣にいる兄さんは深刻な顔をして皆の顔を見渡した。
「私と自警団はここで奴らを食い止める。
ギルノールと若手は村に戻り、女子供を連れて
東の山にあるサイロスの村へ行け。
この村は・・捨てる」
それを聞いた皆のざわめきが広がる。「村を捨てる!?」「ずっと昔から生まれ育ったこの村をか!?」「強き我らダークエルフが逃げるというのか!?」と、動揺した者が叫ぶが、父は手を叩いて静める。
「敵は数千体のスケルトンにオーガやゴブリン、
黒いグレートベアーも加わっている。
それに遠目で見ただけだが、守護者と同じ・・
大型のゴーレムも数体見えた。勝てん」
周囲が一気に静まりかえった。数千もの敵に対して、我々は百人に満たない。それにあの圧倒的な強さを誇る守護者と同じゴーレムが複数・・死ぬ。確実に全員死んでしまうだろう。
黙り込んだ自分たちに、父は噛んで含めるように言葉を続ける。
「ここでは勝てん、が、ウッドエルフと協力し、
森の住民総出で戦えば勝機は見える。
本来ならもっと早く奴らの協力要請を受ければ、
いや、それは私の読みが甘かった・・すまん」
「族長・・・」
「だが、ここで全滅するわけにはいかん。
女子供を避難させ、若い戦士を生き残らせる。
すまんが年寄りと中年はここで死んでもらう」
まるで冗談のように笑って言う父さんの言葉に、若いエルフが抗議の声を上げる。だけど、周りのベテラン達に諌められ、自分たちは村に戻り、脱出の準備をすることになった。
父さんは自分と妹のところへ来て、強く抱きしめてくれた。妹は泣いて父さんを止めたが、それは無理だとわかったのだろう・・父さんが離すと直ぐに母さんに抱きついた。母さんは父さんの眼をずっと見ていて、父さんが抱きしめると震える手を背中に回し、耳元で何かを囁いた。父さんは小さく頷いていた。
母さんから離れた父さんは、真っ直ぐに見つめる兄さんと怜さんの肩を叩き、「頼む」と短く言ってから兄さんを軽く抱きしめ、指揮所へ戻っていった。
兄さんも、震えていた。
「ギルノール、行こう」
「・・ああ」
兄さんの友人でナイフの達人であるティリオンさんが、兄さんの背中を押す。兄さんは自分と同じく脱出組の護衛役となった若者たちを率いて、村に戻って指揮を取り始めた。村の皆は大きな声で泣いたが、それでも逃げなければ自分たちも殺されるか、奴らのいいなりになるだろうと言う兄さんの言葉で、逃げるための準備をする。荷物は最小限で、皆、武器を持っていた。
村から脱出するため、裏から遠く東に伸びる崖沿いの道を選んだ兄さんは、先頭をティリオンさんに任せて殿に付く。自分と怜さんも同じく一番後ろに配置されたが、妹は母さんについて先頭近くにいる。
道は細く、大勢が通れないため列は長くなったけど、皆出来るだけ駆け足で村から離れていく。
そして、村が遠くに見えるぐらいになった時、砦辺りに爆発が起きた。風に乗って叫び声や雄叫びが上がる。しばらくは砦で敵を食い止めていたが、やがて火が回り、入り口付近のやぐらが大きなゴーレムに倒されるのが見えて、列から悲鳴が上がる。
隣の兄さんを見上げると、血が出るほど歯を食いしばって耐えていた。今すぐに村へ引き返したい、だけど、既に砦の中程までスケルトンたちの白い色が広がっている。もう、間に合わないだろう。
兄は後ろから足を止めて見入っていた皆を急かし、少しでも村から離れるよう声を飛ばす。
やがて村にまで白い色が広がってきた時、自分たちは崖沿いの道にある橋を渡りきった。そこで兄さんは自分に橋の土台となっている岩場を崩すよう指示してきたので、魔法を使って周囲の岩を土に変え、橋を落とした。念のために村側の橋も落として、崖も数箇所崩しておいた。
これでもう、戻れない。
「・・・行くぞ、エレノール」
「・・・うん」
兄さんは踵を返して列に戻る。その隣で怜さんが肩を叩いて共に歩いていく。
自分はもう一度、遠くに見える赤く燃えている村を眺めながら思った。父さんのこと、たぶん必死で敵を食い止めながら死んでいった仲間たちのこと、儂らに任せろと言って笑った長老たちの声を。
絶対に許さない。あいつらを一匹残らず殺しつくすまで、自分は戦い続けてやる。
そう誓って、列に向かって駆け出していった。
もう、振り返りはしなかった。
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「そうして、崖沿いの道を抜けて森に入り、
東の山にある魔法使いのサイロスさんの村へ
母さんたちを送り届けました。
自分はあなた達への伝言を頼まれて、村に着いた
直後にこちらへ向かったのですが、
途中でゴブリンやオークの集団と遭遇して
自分以外の連絡員は殺されました」
「そして君だけが傷を負いながらもたどり着き、
この村へ着いてすぐに意識を失った・・か」
「はい、その通りです。
奴らは恐ろしい大軍です、兄さん達は村で
母さん達を守ろうとするでしょうが・・」
「無理だな、皆殺しにされるだけだ」
私はエレノール青年の話を聞き、予想以上の展開に驚いていた。
まず、スケルトンが加わることは予想していたが、数千という数は完全に予定外だ。エルフの規模から数百と見ていたが、やはりヒューマン種は子供を作りやすいせいか一番大きな勢力を誇っていたのだろう。
そして、守護者と呼ばれるゴーレム。聞いた特徴からして、フォウと同じタイプのものだろうが、敵にそれが加わっていたのがわからない。操られているのだろうか?他の種族のように。フォウが青い顔をしてこちらを見ている。恐らく同じ考えにたどりついたのだろう。
最後に、怜さん。まさかここで出会うとは思わなかった。
彼はゲーム時代に仲が良かったプレイヤーで、元ギルドマスターだ。とある事情でギルドを解散した後、我々のギルドに加わったネイとの繋がりで知り合い、一緒に遊んだりしていた仲だった。
もしかして、我々のギルド二週年イベントに参加してくれるつもりだったのだろうか?確か友好ギルドに何名か声をかけていたと聞く。EoVは解散したが、そのメンバーは今もその名を大切にしていて、繋がりも深かった。ネイあたりが声をかけていても不思議ではないが・・。
そうなると・・まさか『月うさ』や『ギルかご』『暁』のメンバーも来ているのか?この世界に?
いかん、想像以上に巻き込まれたプレイヤーが多そうだ。
私は混乱する思考を一度止めて、青年に質問を投げかける。
「怜さんは私の友人なんだが、彼は今どこに?」
「サイロスさんの村ですが・・まさか貴方も?」
「ああ、同じ経緯でこの世界に来た、異界人だ」
ミリィが驚いてこちらを見る。そういえば念のためにボカして伝えてたな。はっきり言うのはこれが初めてだが、今更な感じがするので説明は省く。
私は青年から必要な情報を聞き出して、意識が戻ったとはいえ完全に回復していない彼の代わりに村へ向かい、ダークエルフたちの保護を約束した。
彼はホッとしたようにそのまま眠りについた。ギリギリまで辛さに耐えていたのだろう。
私たちは村長の元に戻り、詳細を説明し、ナイマやニコたちと村へ向かう準備を進めた。
時系列に沿って考えれば、ダークエルフの村が襲撃されてから既に一週間が経っている。再度襲撃を受けるまで時間が無いだろう。急がなくては全滅もあり得る。準備はあらゆる事態を想定して行った。
朝になり、私たちは食事とポーションを腹に流し込んでから、皆に見送られて出発した。
「うー・・眠いよー・・」
「ニコ、そっちじゃない」
「・・・」〈グイグイ〉
「ロープを話すなよC2、捜索する時間が惜しい」
「・・・」〈コクコク!〉
「そんな簡単に迷子にならないもんっ!!」
「ニコ、そっちは逆」
「何か言ったか?」
「うーっ!!なんでもないっ!!」
「険しい道のりになります。気をつけて」
「マンマゴル君は優しいねー!
ロウさんとは大違いだよぉ!!」
「うるさい、鍋に入れて煮るぞニコ」
「いやーっ!!溶けてなくなっちゃうよー!!」
「バターの代わり?」
「ナイマちゃんひどーい!!」
「ナイマちゃん・・悪くない」
急いで出発したせいか、最初は元気がなかった皆だったが、今ではすっかり元通りのペースだ。
パーティ編成は私、ナイマ、ニコ、C2、フォウ、ミリィ、スーリオン、マンマゴル、マイグリンの9名。出来ればパーティの基本である6名編成で行きたかったが、複数のゴーレム相手では厳しい。まあ、スケルトンも含めた大軍相手だと逃げるしかないだろうから、これが限界の数だと思う。
本来なら王の資格を持つ者相手にしか動かないはずのゴーレムが敵に回る。そのカラクリがわからない以上、フォウすらも操られる可能性がある。本人は否定しているが、現実はこの通りだ。
いったい何が起きているんだろう。これがゲームなら攻略法を探す楽しみでも見出せるんだろうが、残念ながら現実だ。殺されれば死ぬ。
私は胸に湧き上がる不安を踏み潰すように、ダークエルフの集落へと足を進めた。
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