1章『スリーピングフォレスト』♯15〜16
ダンジョンからの帰還を祝うドワーフ達、そして新しく仲間になったゴーレムコア、フォウ。
人工生命体であるはずの彼が持つ記憶、そしてエルフの村への帰還によって知らされる事実とは。
♯15 造られし者
光の柱によって、私たちはダンジョン入り口まで一瞬で戻ることが出来た。
こういうワープゲートのような物を各地に設置出来たら、電車の存在価値とかなくなるなぁ。なんてことを考えながら、私は興奮してはしゃぐニコたちと共に村へ帰還した。新たな同行者を一人増やして。
彼の名はフォウ。本当の名前はなんちゃら04コアという実に呼びにくい形式番号のようなものだったが、さすがにそれは無いと思ったのでフォウと呼ぶことにした。またしてもC2にジーッと見られたが。
少年の姿をしたフォウはゴーレムを動かすための演算装置、つまり生きたコンピューターだ。試練をクリアした私をフォローするためについて来ているが、見た目に反して非常に社交的だ。愛想は無いが、今も話しかけるニコや爺さんの相手を自然に行っている。
人工生命(神が造ったので神工生命?)とは思えないその振る舞いに、私は不思議な思いで彼を見る。
機械の部品として生まれたにしては、人付き合いに無理が無い。まるで過去に人として生まれ育ったような、そんな当たり前さを感じるのだ。まあ、私は人工知性との会話をしたことなど無いのだが。
そんな戸惑いをよそに、私たちは村の中心に着いた。
ドワーフの村は祭りの準備で忙しそうだった。どうやらイズ兄さんと話していた酒宴の話は大きくなってお祭りレベルまで盛り上がっているようだ。
そんな時、私たちに気づいて近寄ってきた村人の向こうから、イズ兄さんとミリィの姿が現れた。
「無事に戻ってこれたようだな、ロウ」
「ああ、なんとかね。C2が守ってくれた」
「・・・」〈テレテレ〉
C2がいなければ、炎に包まれていたのは私だっただろう、そして防御力に秀でたC2でなければ、全員の生還は望めなかったかもしれない。私は彼女に護られた結果、ここに立つことが出来ている。
照れているC2を眺めながら微笑んでいると、イズ兄さんの後ろからひょっこりとミリィが顔を出した。
「お帰りなさいませ、ロウ様。
必要な素材は集まりましたか?」
「ああ、思った以上に確保できた・・」
「ものすっごい量持ってきたよう!!
カバンの中がもうパンパンだしホラホラっ!
あとね!土偶とかハニワとかいたんだよっ!
ハニワとかジャンプしたり回転したりして!
もうものすごかった・・ってアイタッ!?」
「私が話しているのに割り込むなっ!
どうしてそうお前は落ち着きがないんだっ!」
「ふえーーん!!ロウさんが殴ったーっ!!」
「おバカ」
「・・・」〈ハァー〉
両手で頭を押さえて涙ぐむニコにお説教。今度ハリセンでも作ってもらうか、鋼鉄製のやつ。
さすがにC2も困ったものだという態度、そういえばニコとナイマが声を聞いたらしいが、本当なのか?
本人に直接聞いてはみたものの、微笑まれて終わりだった。この二人、幻聴でも聞いたんじゃないか?
私が半泣きになっているニコを叱っていると、爺さんが興奮した声で話し出していた。
「予定より上質な素材が集まったからのう!
腕の振るいがいがあるわいっ!!」
「まあっ!私たちにもおすそ分けあるかしら?」
「ほっほっほ!大丈夫じゃよ!」
「素材も嬉しいが、お前たちが無事だったのが
何よりだ。酒宴の用意も進んでいたしな」
「酒か!?酒じゃなっ!?」
「なんかお祭りみたいになってるけど・・・」
すでに村の家々には綺麗に細工されたランタンが飾られ、ゆっくりと寄り添ってくる宵闇に色とりどりの灯りを添えようとしている。広場の中央には木組みのステージが用意されており、何か催し物まで考えられているようだ。ドワーフってノリが良いのか?
「ドワーフの長老たちが盛り上がってな、
気づいたらこんな事になっていたんだ」
「まあ構わないけど、お酒足りるの?」
「ナイマさんが大量に提供してくれたしな。
量は3樽分ぐらいあるぞ?」
「熊の村に置いてあった」
「それ、火事場泥棒じゃないか?」
「お墓へ埋める前にちゃんと確認した。
オッケー飲んでくれよお嬢さん」
「それは脳内熊さんの返事だろう・・」
「イズ、お前も飲むのか?」
「もちろんだが、なぜだ?クー」
「・・いや、問題無いならいい」
私たちは確保してきた素材を村長の工房に移し、着替えてを済ましてから村の中心に向かった。
そこは辺りが暗くなってきたこともあり、ランタンの灯りが揺らめく、幻想的な世界へと変わっていた。
そこへ村人たちが手に小さなランタンを持って列を作り、ゆっくりと集まってきている。私たちの世界とは違い、まるで鎮魂の宴かのような作法だが、彼らが持つランタンの灯りは六神に捧げるものであり、その種類も六種類となっている。黄、紫、赤、青、緑、橙の灯りが中央にあるやぐらへ集まり、そこへ次々とランタンを飾っていく。そうしてやぐらは六色の輝きを揺らめかせる塔のようになっていった。
そしてステージには司会進行役と思われる若いドワーフが立ち、村人たちに宴の開始を告げる。
「皆の衆っ!!よく集まってくれた!!」
「「「オオーーーーーーッ!!!」」」
「今宵はエルフの森よりきたる古き友と、
我らを導いてくださるため目覚められた、
王を歓迎する宴じゃ!飲めるぞ!嬉しいか!?」
「「「オオーーーーーーーーッ!!!!!」」」
明らかに飲めることが一番嬉しいように聞こえるんだが、やはりドワーフはお酒が好きなのか?
見れば樽から次々に木で出来たジョッキへと酒が注がれていく。いや、あれけっこうキツイ酒なんだが。
キャンプファイヤー状態で燃えている焚き火にはヤギやイノシシなどが何頭も丸焼きにされており、一生懸命にドワーフたちが蜂蜜やハーブで作ったタレを塗っている。ジュージューと焼ける香ばしい香りは食欲をそそり、ふと見るとナイマがその最前列をキープしているのが見えた。
「では、本日の主役である王様より挨拶がある!
いいか、それが終わったら飲めるからなぁ!!」
「「「ウオオーーーーーーーッ!!!!!」」」
「では!ロウ殿こちらへどうぞっ!!」
「私が挨拶するのか!?」
面倒なので逃げようとする私を数名のドワーフが担ぎ上げ、無理やりステージへと運ぶ。そして司会のドワーフから声を大きくするメガホン型魔道具を渡され、ハイ!ドウゾ!的に前へ押し出された。
ジョッキ片手にワクワクしながら私を見る大勢のドワーフと少数のエルフたち、お前ら楽しそうだな!
私はコホン!と軽く咳をしてから、右手を高く上げて大声で叫んでやった!!
「私が王様っぽいなんかのロウであるっ!!
お前たち!早く酒が飲みたいかぁぁぁっ!?」
「「「ウオオオオーーーーーッ!!!!!」」」
おお、なんか気持ちいいぞっ!?
「エルフもドワーフも関係なくっ!!!
浴びるほど酒が飲みたいかぁぁぁぁっ!!?」
「「「ウオオオオーーーーーッ!!!!!」」」
わけがわからないノリで雄叫びをあげるドワーフたち、私はライブで歌うアーティストはこんな気分なのかなー、なんて思いながら渡されたジョッキを天高く持ち上げる。そしてメガホンに向かって叫んだ。
「ならばカウントスリーでイッキ飲みだぁ!!!
全員、ジョッキを上げろぉぉぉぉぉぉっ!!!
いくぞーーーっ!? ワンッ!!」
「「「ワーーンッ!!!!!」」」
「もっとアゲてアゲてっ!!ツーーッ!!!」
「「「「ツゥーーーッ!!!!!」」」」
「もっともっとぉぉぉぉっ!!スリィィィ!!!」
「「「「「スリィーーーーッ!!!!!」」」」」
「飲めーーッ!!GOGOGOGOGOーッ!!」
「「「ウオォォォォォォォォォッ!!!!!」」」
全員が異常なテンションでキツいエルフの果実酒をイッキに呷りだす!!くーーーっ効くぜっ!!
一気飲みしたドワーフたちが次々と奇声をあげている。すでにテンションがおかしな方向に・・・。
ジョッキを空けたドワーフがジャンプしながら酒樽におかわりを求めて殺到し、肉のまわりにも大勢のドワーフやらなんやらが集まっていく、エルフたちはサラダやフルーツだが、周りのドワーフとジョッキを合わせて楽しそうに飲み始めている。すでに服を脱ぎだしてウォー!とかオラー!とか叫んでいる若者ドワーフも現れはじめ、狂乱の宴へとまっすぐに暴走していく。うむ、やはりエルフの比ではないな、こりゃ。
あ、挨拶してないや。
「フォッフォッフォ!!見事な挨拶じゃった!!
さすがは王となられるだけありますのぅ!!」
「いや、意味あること何も言ってないけどね」
「百の言葉より一杯の酒!!わかっておるっ!!」
「なんて都合のいい解釈なんだ、ドワーフめ」
「まあまあ、まずは一献じゃ!!」
「私は加護で酔えないんだけどなぁ・・」
リアルでは下戸で酒が飲めず、こっちでは身体がお酒の効果を消してしまうという・・トホホ。
私の肩をゴツい手で掴みながらガハハ!と豪快に笑う爺さん。そして次々に小さな酒樽やジョッキを抱えてドワーフたちがいい笑顔で私たちに向かってくる。ああ、しばらく離れられんな、これは・・・。
だが、全員が喧騒の中にいるわけではない。ニコとC2は混ざってドワーフと飲み比べしているし、ナイマは肉をくわえて屋根を飛びまわってはいるけれど。
少し離れたところではミリィとスーリオンが談笑しながら飲んでいるし、ディンエルは無理やり飲まされているイズ兄さんを眺めながらマイグリンと何か話しているようだ。あの兄妹仲がいいな。
そしてかなり離れたところで、フォウが一人で立っている。手にジョッキは持っているが・・・。
私は若者たちの相手を爺さんに任せて、彼の元に歩いて行った。途中で色々なやつに絡まれたが。
「どうした?フォウ、酒が飲めないのか?」
「マスター・・いえ、そんなことはないのですが」
少年はジョッキの中にある酒を少し口に含んで、そして小さなため息をついた。
「僕は、こうやって大勢でお酒を飲むのも、
外に出ることも初めてで・・」
「そうか、ずっとゴーレムの中にいたんだよな。
外の知識は無いのか?」
私が問うと、フォウは少し寂しそうに笑って俯き、何かを探すように地面を見て答えた。
「知識は・・あります、知識だけは。
僕たちコアの魂は、死者から造られますから」
「死者?」
「はい。僕は小さい頃に死んで、それを闇神様に
拾って頂き、こうやってコアとして2度目の
生で使命を果たすべく生まれ直したのです」
「なら、ご両親の顔も覚えているのか?」
「はい、ですがもう1000年以上前の事です。
僕を覚えている人はいないでしょう・・」
そうか、我々から見れば楽しい宴でも、フォウから見れば過去の思い出を見るようなもの。だがそれは、すでに遠い・・遠い昔のことなのだ。だから混じれず、だから一人で、それを遠くから眺めていたのか。
私はその寂しさを言い表せる言葉を持たない、ただフォウの頭を撫でながら、酔えない酒を含む。
「マスター・・・。
私に、生まれてきた意味はあるのでしょうか?」
そう言った彼の瞳には雫が溜まっている、。
情けないとは思わない。大切な人たちが誰も存在しない世界、それは自分が存在していないのと同じぐらいに、悲しい世界だろう。共に笑うことも出来ず、ケンカすることも出来ず、父の温もりも、母の匂いも、兄妹や友の声すら二度と感じることが出来ないのだ。
そんな世界に独り残されて、彼はここにいる。
だが・・・。
「あるさ、きっと」
「・・・・・」
「生まれてきた意味は、生きた道筋に咲く花だ、
死して眠るその時まで、私たちは気づかない。
だが、それは誰かが見つけてくれるものだ」
「・・僕が、生きていく途中に、咲く花・・」
「そうだ、自分に出来る事を行えば一輪、
誰かのために何かをすれば一輪、
そうやって残されていくと、私は思うんだ」
そう、誰も自分を必要としていなくても、誰も自分の事を見ていなくても、ただ生きて歩くだけでも道は出来る。だが、もしそこに何か残したいなら、誰かに自分を覚えていて欲しいなら、出来る事をしなくてはならないと、私は思う。誰かの為に、何かの為に。
「・・たとえ苦しむ人々を救えなくても、
目の前で落ちている雛鳥を助ける事は出来る。
我々の手は小さい、出来る事も少ないだろう。
だが、何も出来ないわけではない」
「・・僕にも、何か出来るのでしょうか?」
そう、多くの人がそれで悩む。自分の価値を見つけるのは難しいものだ、なぜなら価値をつけるのは他者であり、自分自身ではないからだ。だが、無価値な人など本来はいないのだ。同じ姿かたちの人間が一人もいないように、我々は他の人と少しだけ違う。だから、必ず何かを持てる。似ていても違う何かを。
「ふむ、そうだな・・内務官なんていいかもな」
「ないむかん?なんですそれは?」
「資材やお金の管理をしてくれる人かな?」
「・・それが何の役に立つのですか?」
「私が王様で、もし自分の国を持ったとしよう。
だが、私はお金の計算が苦手だから貧乏になる。
そんな時に君が国の財布を管理してくれれば、
私は貧乏でも国はとりあえず食べていけるな」
「国のお財布を管理するのが内務官なのですか?」
「国と言わず大きな組織には必要な仕事だな。
誰かが大事な所を見てくれるなら、私たちは
頑張って働ける、頑張れる」
まあ、少なくとも私の周りで内政を任せられる人は・・かろうじてイズ兄さんぐらいか?
でも、ああ見えてけっこう天然だからなぁ。あんまりお金とか政治とか得意そうには見えないし、やはり別の人材が必要だ。フォウは演算装置をしていたらしいから、計算は得意だろう。最適な人材だと思う。
「僕に出来るでしょうか?」
「うーん、色々と勉強すればできるかな?
覚えることはいっぱいあるだろうし」
「・・なら、覚えます。勉強します!」
「うん、なら私たちと一緒に頑張ってくれ。
そうすれば私や皆が助かる。そして君の人生も
意味のあるものになっていくだろう」
「・・マスター、なぜ貴方が王の資格を持つのか
僕はわかった気がします」
フォウは真剣な顔で私をじっと見つめる。
王の資格か、そんなものがあるなら教えて欲しいものだ。少なくとも私が祭り上げられる理由がわかれば、この胸にあるわだかまりも少しは減ってくれるかもしれない。私には玉座より地獄が似合うと思うしな。
この少年が私にどんな価値をつけてくれるのか。
「ほう、それはなぜか教えてくれるかな?」
「はい!マスター!!
マスターはお金にだらしない人なので、
賢い僕がお金を管理する必要があります。
マスターは魔法が使えずとても弱いので、
強い人が助けるために集まってきます。
マスターはとても頼りないので、
頼りになる人が助けてくれるんですっ!!
つまりマスターは国で一番のダメ男なので、
王様に一番ふさわしいのです!!
「なぜそこでそういう結論になるのかなっ!?」
「いい読みをしてる」
「いつから君もそこにいたんだナイマっ!?」
「フォウ、ダメ男を支えるの大変、頑張れ」
「はいっ!!頑張りましょうナイマ様!!」
「そこで熱く何かを通わさないで欲しいっ!!」
とりあえず元気になったのはいいが、二人して本人の隣でdisらないで欲しいものだ。
だが、そうやって話していると他の仲間たちも集まってきた。そして私の悪口大会は大規模になっていく。
「ロウぅ!おみゃあはダメ男じゃないズラよ!」
「イズ兄さん、君はどこの生まれなんだ?」
「でも、もお少し声わ抑えた方がいイと思うお?」
「兄さんはお酒を押さえた方が良いと思うお?」
「・・イズ・・可愛いです・・」
「お前もどうかしているな、ディンエル」
「すまん、こいつも酒に弱いんだ」
「マイグリン、お前は流石にまともだな」
「すまん・・すまん・・俺が悪かった・・」
「誰かこいつもベッドに連れて行け」
「ローウさーん、なんか硬くなってるよー!?」
「それは木だ、ニコ。オーラを送るんじゃない」
「・・・・」
「無言でニヤニヤするなC2」
「ロウ様、私も大人になりたいです」
「真面目な顔して服を脱ぐなミリィ!」
「だーめだよォォォ!脱いじゃダメェェ!!
ウェェェェェェェンッ!!ウエェ・・」
「泣き上戸かスーリオンそしてここで吐くな」
私の周りにはまともな酔っ払いはいないのか?
木にゴンゴン頭をぶつけるニコ、それを見てニヤニヤし続けるC2、エルフどもは脱いだり泣いたり土下座したり、イズ兄さんはディンエルを抱えてオペラみたいに歌い出したな、もうすぐ落ちるだろうが。
でもちょっと酷くないかコレ?エルフたちまで理性を無くすとは、さすがの私もドン引きだよ?
巻き込まれる前に退散する方がいいな。
「さて、寝るか」
「逃がさない」
「ぼ、僕も逃しませんよ?」
まあ、ナイマは予想していた。だが・・もう一人は完全に予想から外れていた。
私の袖を握りながら、なぜか女の子の格好をして顔を赤らめたフォウが上目遣いですり寄ってくる!?
どこからそんな服を出してきたんだ!?
「・・・お前も酔っていたのかフォウ!?」
「マスター・・僕はとっても甘いよう?」
「何がお前をそこまでさせるんだっ!?」
ゲームでも数多くの変態達に囲まれていた私だが、さすがに真面目だった少年がここまで変貌するとは想定していなかった。ああいうのは、一部の人たちが才能を開花させた結果生まれるものだと。
この事件の裏でうごめく、邪悪な存在を感じる!!
「ふふふ、禁断の愛」
「仕込んだの絶対お前だろっ!?」
「いえ、やったのは私です」
「まさか、ミリィだったのかっ!?」
犯人はこの中にいたっ!?
「これほどの素材を捨て置くなど、たとえ
天が許しても、私が決して許さないっ!!」
「あんたなんでパンツかぶってんのさっ!?」
「ミリィィィ!俺のパンツ返してくれよォォォ!」
「スーリオン、お前のか・・」
「酒に混ぜたアレが効いた」
「貴様が全ての黒幕か堕天使めっ!?」
「マスター・・マスター・・?」
「・・・」〈ニヤニヤ〉
「せ、背筋がゾワゾワするっ!?退却っ!!」
「ぜったい逃がさない」
「いやだぁぁ!!助けてくれぇぇぇぇっ!!!」
全力で逃亡したものの、黒い翼を広げて追ってきた堕天使に捕獲された私は、口へピンク色をした大量の液体を流し込まれ・・またしても朝まで眠れぬ夜を過ごすのだった。
やはりお酒の飲み過ぎはいけないと思う。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
♯16 暗転
狂乱の一夜は明けた。
一睡もせずにいた私は黒い翼を押しのけてベッドを抜け出し、顔を洗いに部屋の外に出る。
ドアを開けるとそこにフォウが寝ていたが、なぜこんなところで寝ていたのだろう?
とりあえず部屋に戻り、もう一つのベッドに畳んであった毛布をかけてやった。
石で造られた村長の家は頑丈だが少し寒く、私は玄関近くにかけてあったマントを羽織り外に出る。
そこら中に転がっているドワーフたちの横を通り抜け、すぐ近くにある井戸で顔を洗った。
井戸の水は冷たかったが、私は持ってきたタオルを濡らしてベトついた身体を拭き、髪を洗う。そうすると肌寒さも手伝って頭が冴えてくる。
「ふう、風呂に入りたいな・・」
私が生まれた国の人間は風呂好きが多かった。肩まで湯につかり一日の疲れを癒す、それを味わえないのは贅沢とはいえ残念極まりない。だが、この世界で風呂に入るためには火を起こさねばならず、火を使える魔術師がいなければ大量の薪を集めなければならない。風呂を沸かすのは大変なのだ。
冬ならまだしも、今ぐらいの気温なら湯は食事の時に使い、厳しい冬に備えて薪は備蓄するのがこの地方の常識だ。暖房の有無が命に関わる。優先事項としては当然だろう。
そして、ここでは鍛冶も行っているので火の重要性はさらに高まる。金属を溶かす炉の温度を維持するためには、大量の薪と魔術師を必要とするらしい。普段は食事時に沸かしたお湯で身体を拭き、週に一度だけ村の魔術師が公衆浴場に火を入れて村人に開放するとのことだった。
そこまで長居するつもりはないが、機会があれば入浴したいものだと部屋に戻りながら私は思った。
「しかし・・一睡もせずにいても疲れないとは。
加護の恩恵は偉大だな・・」
目の前で毛布に包まってスヤスヤ眠るナイマの姿を見ながら、この身体に感じる変化に戸惑う。
実はあの怪しげなジュースの効果もすでにほとんど無くなっている。正確には記憶を失うなどの副作用だけ消えて、精力増強の効果だけが現れている状態だ。
恐らく急速に耐性が付いているのだろう。毒物なども一度体内に入れてしまえば、すぐに耐性が付いて効かなくなると思うが、それでいて回復などの効果は残るのだから都合のいい話だ。
私はナイマが起きないよう着替えをし、村の様子を見るために再び玄関に向かう。
ふと途中にある部屋を覗くと、爺さんとニコが酒樽を抱きかかえて眠っており、その酒樽の上にC2が丸まって寝ていた。器用なものだと思っていたが、その隣の部屋を見るとふくらんだベッドの上でイズ兄さんとディンエルが・・まあ、なんだ、仲良く寝ている。
服がベッドに散乱しているので、そういう事になってしまったようだが・・そのベッドの下にマイグリンが寝ていたので、誰かが起きたら色々と面倒なことになりそうだと思いました。イズ兄さん南無。
「さて、軽く訓練でもするか」
「あ、お・・おはようございます・・」
「やあミリィ、おはよう」
目にクマをつくったミリィが挨拶してきたが、疲れを見せない私に驚いている。
「あの・・寝てなくて大丈夫なんですか?
昨夜もその・・夜明けまで・・」
「君がなぜそれを知っているのかは聞かないが、
フォウが部屋の前で寝ていた事と関係が・・」
「あっ!私、朝食の準備中でした!ではまた!」
足早に駆けていくミリィの後ろ姿を見ながら、彼女をフォウに近づけてはならないと私は誓う。
青少年育成条約にそうような健全かつ清廉な教育こそ、増殖するエロ変態どもの駆逐に貢献するのだ。
私は手に持った剣の柄を強く握りしめながら、強靭な精神力と肉体を養うべく剣を振る。
ダンジョンでは大した働きが出来なかった事が悔しい、私にもプライドというものがあるのだ。
例え装備を更新しても、仲間たちはその上で身体強化を使う。つまり差を縮められるわけではない。
幸いにも今の私は仕事もせず、自らを鍛える時間もある。ならば足りない差は努力で埋められる。
力で劣り、守りでも劣り、速さでも劣る以上、誰よりも剣の扱いに習熟する事、それのみが私を支えるだろう。その為には人が寝ている時も剣を振るしかない。フォウに伝えた事は他人事ではないのだ。
剣の適性としぶとさ、私の存在を高めるのはそれしかない。ならば、やらねばならない。
「王よ、こんなところで訓練ですか?」
「ああ、おはようクーサリオン。
まあ日課だな、君も訓練か?」
「はい。昨夜は早めに休みましたので、
起きて身体を動かしていました」
「ん?酒は飲んでいなかったのか?」
「ええ、俺は見張り役だったので。
食事だけ頂いて早めに交代してもらったんです」
なるほど、それであの狂乱に巻き込まれずに済んだわけか。真面目なこいつが例のアレでおかしくなる姿を見たかった気もするが、だからこそ逃れられたというわけだな。
「王は毎朝起きてすぐに訓練を?」
「ああ、才能がない私でも訓練は出来るからな」
「才能が無いなど、王の剣は一流ですよ」
「だが、超一流では無いだろう?
威力はそこそこ、扱いもまだまだ。
強化した相手なら二流がいいとこだ」
「ですが、王が最前線に立つのは反対です。
俺たちを指揮出来るのは王だけです」
「私は王様じゃない、少なくとも自分ではそう、
ただの剣士でありたいと思ってるんだ。
役割は演じるが、これは譲れん」
私は彼に話をした。かつて率いたギルドの事、そして再び仲間が集まりつつあること。
王とは解りやすい象徴だ。彼や彼女が言えば納得する、せざるを得ないという絶対権威。
それを置くことで、皆は自分が間違った時、誰かを諌める時の基準を持つことが出来る。
だが、ワンマンで動く組織は危険だ。特に戦争においては多くの生死に関わるだろう。
だから、役割としての王は許容できるとしても、立派な王になりすぎてもいけないと私は思う。
あくまでも替わりになれる程度の王様、それを支える組織こそが本当の意味で王と言えるだろう。
「だから、私は剣を振る。私は最前線に立つ。
私が死ぬかもしれないという危機感が、
私がいなくなった時の備えを作るんだ」
「・・あまり解りたくありませんね」
「そう言うな、人は必ず死ぬんだ。
備えておいて損はないだろう?」
「俺に出来るのは、王を狙う奴を射抜くこと。
その為に腕を磨くことです」
「ああ、頼りにしているぞ、クーサリオン。
私が死なないように護ってくれ。
そうすれば私が王を必要としない国を造る」
黙ってしまった彼の横で、私は剣を振り続ける。今回想定したイメージトレーニングの相手はフォウ、正確には彼が操るゴーレムだ。あの火力を突破するには横移動と攻撃の瞬間を見極める眼と勘が重要だ。
素早く動いて狙いをずらし、回避しながら隙をうかがい、関節を中心にダメージを重ねる。
一撃の威力が低くても、積み重ねることで勝機が見えてくる。私が目指す戦い方はそういうものだ。
何度も何度も繰り返して仮想ゴーレムと戦い、何度も倒されてはやり直す。
気がつけばクーサリオンの隣にドワーフ爺さんも立っており、興味深そうにこちらを見ていた。
「何やら面白い訓練をしておるのう、
まるであのゴーレムと戦っておるようじゃ」
「フゥ。ええ、戦っているんですよ爺さん」
「ほっほっほ、やはりかの。
お前さんの動きがようわかって参考になるわい」
「参考?」
「装備作りの参考じゃよ、お前さんの動きを見て
防具や剣の造りをどうするか考えとるんじゃ」
さすが職人、訓練を見ても考えるのは造る装備のことだけか。こういうスペシャリストに装備を造ってもらえるというのは幸運なんだろうな。少なくとも店売りの装備を買うよりも確実に私に合うだろう。
訓練を終えた私は爺さんやクーサリオンと共に朝食を摂るため、爺さんの家に戻った。
転がっていたドワーフたちも普段通りに働き始めており、宴の片付けも終わっているようだ。
家に戻った私は、奥から聞こえるイズ兄さんとマイグリンの怒鳴り合う声を無視して食堂に向かい、食事を用意してくれている夫人に礼を言ってから椅子に腰掛ける。すでにニコとC2は座っていて、ナイマはまだ寝ているようだと教えてくれた。
「そういえばフォウくんも変なとこで寝てたから
ロウさんたちの部屋で寝かせてるよ?」
「・・・」〈コクコク〉
「そうか、あいつも飲んでたしな。
ゆっくり寝かせてやろう」
私たちは朝食を食べながら、今日の予定を確認した。
装備の製作は今日から始めるらしいが、全員分の装備を揃えるのに7日は欲しいと爺さんに言われたので、一度エルフの村に戻ることにした。出来上がったら村まで届けに来てくれるそうだ。
そしてあの炎の欠片というアイテムのことはわからなかったらしい。フォウに詳しい事を聞きたいが、恐らく知らないか、教えてくれないかどちらかだろう。試練の内容はゴーレムとの戦闘のようだが、この近辺にダンジョンはここだけのようだし、他のダンジョンはダークエルフの村近くと、古城内部との事だ。
古城は敵の勢力圏内にあるため、まずはダークエルフの村に向かい、敵勢力の駆逐後に古城を目指すというのが当面の方針となるだろう。私が王に選ばれる事よりも森の平和が最優先だろうし。
一度ウッドエルフの村へ戻り、村長に状況を伝えてから出来るだけ早くダークエルフの村へ向かうべきだろうな。熊たちの村に残っていた儀式跡からみて、かなりの戦力が敵にまわっているだろう。
私たちの食事が終わった後で、イズ兄さんとその腕に手をそえたディンエルがやってきた。
「ロウ、すまない。
俺がいない間に話を進めてくれたようだな」
「ああ、気にしないで良いよ。そのぅ・・
取り込み中だったみたいだしね」
「ああ、話はついた。酒の席での過ちだが、
責任は取らなければならない。
俺はディンを妻に迎えようと思う」
「・・・そういうことなの」
いきなりの婚約発表かよっ!?エルフってそんなにお堅い種族なのか!?
「そ、そうか、おめでとう。お似合いだと思うよ」
「何と!?こりゃぁたまげたわいっ!?」
「ええーーーっ!?ホントに結婚するの!?
おめでとーーっ!!お幸せにねっ!!」
「・・・」〈パチパチパチ〉
「ありがとう、というべきだろうな。
まさかこういう形になるとは思わなかったが」
「・・・・(計画どおりだけど)・・・」
「ん?何か言ったかディン?」
「・・・何でもない」
「・・イズ兄さん、頑張れとしか言いようがない」
「何を頑張るんだ?」
不思議そうな顔で私を見るイズ兄さん、可哀想に・・貴方は何も気づかないまま罠にはまったのだ。
後でナイマとミリィを問い詰めなければいけないな。これは組織的な犯行としか思えない。
だが、思い返してみれば二人の雰囲気は悪くなかった。むしろ鈍いイズ兄さんへのショック療法とも言えるかもしれない。麗しき兄妹愛というべきか、恐るべし堕天使というべきか。
今はただ、二人の幸せを祈るしかないだろう。村長と奥方のような幸せになるだろうが。
「さて、村に戻る準備をしようか」
「そうだな、他の者たちにも声をかけよう」
「あ、奥さん。出来れば簡単な朝食を二人分と、
冷たい水を用意して頂けませんか?」
「ええ、構いませんよ。人数分は作ってあるから」
私は木のトレイに朝食を乗せてもらい、部屋へ戻ろうとした。あの二人はまだ寝てるだろうしな。
「ディン、俺たちも朝食を頂こうか」
「・・・私が用意するわ・・あなた・・」
「むーっ!熱い熱い!!やけどしちゃうよー!!」
「・・・」〈パタパタ〉
「なっ!?ななな何を言ってるんだお前ら!!
でぃ・・ディンも気がはやいぞっ!?」
「・・・言ってみたかったの・・」
「そ、そうか。だが村に帰ってからにしなさい」
「お前らも準備しろよ、お邪魔虫だぞ?」
「わかってますよーっ!いこっ!C2さんっ!」
「・・・」〈コクコク〉
「ロウっ!!」
「はいはい、ごゆっくり」
私はトレイを抱えて部屋に戻る。途中、三角座りで小さくなっているマイグリンの震える肩を叩き、「・・イズ殺ス・・イズ殺ス」とつぶやいているのは聞こえなかったことにしてドアを開ける。
「や、やめてくださいよナイマさんっ!?
服ぐらいちゃんと・・あ、マスターっ!?」
「よいではないかよいではないか」
バタンッ!!
私は力強くドアを閉めた。
・・・うむ、やはり睡眠は必要だな。
フォウが昨日と違う女の子の服を着ていて、それを脱がしている堕天使の姿など見えるわけがない。
そして横に置いてあった新しい服も女の子の服なわけがない。
この世界まであの変態どもが生み出していたウィルスが感染拡大しているわけがない!
・・そういえばあの変態ども・・緋閃さんや怜さんたちは元気してるのかなぁ?
私はゲーム時代に知り合った変態プレイヤーたちの姿を思い浮かべ、類は友を呼ぶということわざを無理やり脳内のタンスへと永久保存し、30数えたらお風呂から出るんだよ?はーいっ!!などと軽く現実逃避しながらゆっくりと30秒数え、再びドアを開けた。
「やあ、おはよう!朝食の時間だぞぅ!!」
「さん、はい」
「お、お帰りなさいませ、ご主人さまぁ・・」
バタンッ!!
・・・うむ、そうきたか。
ドアの向こうから「やっぱり変だと思われましたよーっ!!」とか、「ロウならいける」とか聞こえてくるのも幻聴だろう。やはり睡眠不足は脳に深刻な影響を与えるらしい。糖分が必要だ。
私は来た道を引き返し、再びマイグリンの肩を叩いてから台所に戻り、はい、あーん的な事をしているイズ兄さんとディンエルの前にドカッ!と座り、驚いている二人の前で二人分の朝食を平らげた。
魔法が欲しい。腐ったやつらの脳を焼き尽くせる暗黒の炎を私に与え給えダークフレイムマスター。
叶わない願いを祈った後、私は爺さんの工房に顔を出した。肌に感じるすごい熱気にじわりと汗が浮かぶものの、真剣な表情で鉱石を炉に入れ、火魔法をかけ続ける魔術師たちや溶けた鉱石を慎重に器に移し、それを並べていく鍛冶師たち。今は私たちが手に入れた素材を精錬している途中のようだ。
爺さんは立ったまま腕を組んで何か考えている。もしかしたら造る装備をどんなものにするかイメージを固めているのかもしれない。邪魔するのも悪いな。
食堂に戻るとバカップルの二人は部屋に戻ったようで、代わりにミリィとスーリオン、そしてクーサリオンがバカップルの話をしながら朝食を摂っていた。
「お、王様じゃねえか。メシは食ったのか?」
「ああ、食い過ぎなぐらい頂いたぞ」
「王よ、すぐに茶でも入れよう」
「いや、大丈夫だ。出発の準備でもするから」
「私たちはもう荷物をまとめましたので、
朝食を頂いたら出発できますよ」
「イズたちも準備するって言って部屋に戻ったぜ。
なんかマイグリンだけ外でナイフ磨いてたけど」
「武器の確認だろう、真面目な奴だな」
「ああ、恐ろしいほど真剣だったぜ」
帰りの道中に多少の不安は覚えるが、マイグリンも動き出したようだ。
だがナイマとフォウの姿はない。あいつらはまだ部屋にいるのか?
私は3人に準備ができたら広場へ集合するよう伝え、ゆっくりと部屋の戻った。
「・・・・」
「あ・・マスター!?」
「つまらない」
もともと着ていたプラグスーツの上からローブのような服を着込んだフォウと、すでに装備を身につけたナイマの姿を確認した私は、自分の装備を身につけるべく部屋を歩いた。
「マスター!先ほどの姿は忘れてくださいっ!
ナイマさんにマスターが喜ぶと言われたので、
仕方なく・・あ!
でも気に入ったのならもう一度着替えます!」
「何の話かわからないな」
「ロウ、おなか減った」
「川に行けば水があるぞ?ナイマ」
「マスター・・怒ってます?」
「やはりメイドよりセーラー服?」
「お前は私を何だと思ってるんだ?」
どうも最近、ナイマが好き放題しすぎている。ここは厳しい態度で挑まなければならない。
仲間も増えてきているし、プレイヤーや同じギルドの仲間と出会うこともあるだろう。
そうなれば私は・・もう一度仮面をつけることになる。マスターとしての仮面を。
ならば、今のうちにナイマとの関係を見直した方がいい、どうせそうしなければならないなら、そろそろ部屋も別室にして、適正な距離を探るべきだろう。
私は装備に手を伸ばしながら考えた。
使っていた鎧や剣は修理が必要とのことで、置かれていたのはこの村にあった黒鋼の装備だ。剣は少し長くなり、鎧のデザインも少し違うが、前のものより動きやすくなっている。
朝食時に聞いた話では、ニコやC2にもミスリル製の装備が用意されたらしい。魔道具ではないが、魔力による身体強化の効率や魔力の伝導率が良くなるだろうと爺さんは言っていた。
特にニコにはダンジョンで発見した大剣も渡してある。かなりの業物のようだから、きっと彼女の危機を救ってくれるだろう。装備の向上は生存性の向上に直接つながるものだからな。
私は黙って新しい装備を身につけ、軽く動きを確認した後に他の荷物を整理し始める。
「ロウ、怒ってる?」
「ああ、正直に言うと怒っている」
「よろこぶと思った・・」
「どうしてそう思ったのかわからないが、
少しふざけすぎていると思う」
「マスター、僕が悪いんです。
ナイマさんはマスターに笑ってもらおうと」
「それはいい、だが少し度が過ぎている。
これからは別室にするぞ、ナイマ」
思ったより厳しい反応だったせいか、ナイマが驚いている。そして不満げな顔をしていたが、無言で荷物を整理する私が本気で言っているのがわかったのだろう、うつむいてボソリとつぶやいた。
「・・・つまらない」
「楽しませる為に同じ部屋にいたわけだはない。
だんだん仲間も増えてきたんだ、いつまでも
今まで通りとはいかないだろう?」
「私は・・邪魔?」
その瞳は悲しそうに揺れていた。
私は少し動揺したが、気持ちを表に出さない訓練は積んでいる。
可能な限り平静を装い、言葉を続ける。
「そうは言っていない。だが今後、私は
誰かを特別に扱うのが難しくなるだろう。
それは人数が増えれば増えるほどそうなる」
「どうして?」
「誰かを特別に扱えば、余計な手間が増える。
特に異性だと周りが騒ぐことが多いからな、
一人なら良いが、複数の特別扱いは危険だ」
「・・・私はロウの負担にはならない」
「なら、理解してくれ」
私はナイマが嫌いになったわけではない。だが、ダンジョンでの一件で私がこの森を脱出するため王様役を演じなければならないのは確定したも同然。ならば自然と王として振る舞うことを求められるだろう。
もちろん身近な人間は普通に振る舞っていいと言ってくれる。だが、私が他者の意見を退けナイマの意見を採用した時、そこに私情と取られる隙を作るわけにはいかない。
あくまでもそれは私の判断、『彼らが求める王』としての判断でなければいけない。
それに今回のような私のために、他者を使って喜ばせようとする手段を私は否定する。なぜなら、それは人を道具に使うことに等しいからだ。特にフォウという存在を鑑みれば、私に笑う事は許されない。
まさかここでもそう演じることになるとは思わなかったが、私にはこういうやり方しか思いつかない。
「準備が完了したら広場に集合だ。
私は先に行く、あまり遅くなるな」
「わかった、・・・ボス」
「マスター、さっきの事が気に障ったのなら・・」
「それは違う、以前から考えていたことだ。
フォウが気にすることではない」
「マスター・・」
部屋を出て、軋む胸を押さえながら広場に向かう。久しぶりに味わう感覚、反吐が出る。
新しい世界で生まれ変われると思った私が甘かった。やはり何処に行っても私は私だ。しかし、先ほどナイマがボスと呼んだ時の表情、寂しげな、悲しげな顔を思い浮かべると・・。
だが、やらねばならん。この世界に来てしまった他のプレイヤー、それにこの世界に生きる者の命を預かる立場にならざるを得ないなら、それらを守るのが最優先だ。死ねと命令するのに私情を挟み、躊躇いを覚えるような王など、必要ないだろう。
私は広場に到着した。先に待っていたイズ兄さんやミリィたちは私に声をかけようとしたが、何かを感じて止まる。ニコとC2も同様だが、彼女たちはそれに気づいたのか姿勢を正した。ニコは心配そうにこちらを見ているが、やがてナイマとフォウも現れ、全員が揃った。
私は彼らに告げた。
「全員集まったな、では簡単に説明する。
これよりウッドエルフの村に出発する。
途中で森狼族と合流、彼らを伴い帰還する。
その後は状況を村長に説明後、
ダークエルフの村へ向かう予定だ。
なにか質問はあるか?」
「無いが・・どうしたんだロウ。
なんだかお前らしくないぞ?」
「私も・・なんだかそう思います」
「遊んでいる余裕が無くなってきたんだ。
すまないが合わせて欲しい」
張り詰めた空気の中で私を気遣ってくれるイズ兄さんとミリィ。優しい兄妹だが、今は無用だ。
私は彼らとの話を切り、出発の号令をかけようとした。だが、スーリオンが止める。
「王様、いきなりそう変わられちゃあ困るぜ。
何かあったのなら説明ぐらいして欲しいもんだ」
「ナイマ殿とケンカでもしたのか?」
「彼女との関係は良好だ、変わらず信頼している」
「ロウさん、そうしなきゃ・・いけないの?」
「ああ、ニコ。愚かな私はようやく気付いた。
遊び気分ではいつか誰かを殺すだろう。なら、
せめてその人数が減るよう備えたい」
「・・・」〈ジーッ〉
「そんな眼で見るなC2、別に大した事じゃない。
前みたいにちょっと気合を入れ直しただけだ」
心配そうな、納得いかなさそうな彼らに私は微笑みながら言い、森狼のグラフ殿を探す。
彼は村へ我々を案内した後、一度集落へ戻り族長へ報告し、再度ここへ戻ってきている。
よく見ると村の入り口に一人の男が立っている。変身した森狼の特徴を持っていることから、彼がそうなのだろう。精悍な顔つきの20代半ばぐらいの青年だ。私は仲間を率いて彼の元に向かい、話しかけた。
「グラフ殿か?」
「ああ、そういえば人型は見せていなかったな。
氏族の準備は整っている、出発するか?」
「宜しく頼む。集落で合流するのか?」
「いや、それでは時間がかかるだろう。
先にエルフの村へ向かうよう伝えておいた」
「そうか、なら直接向かえるな。
森狼族の配慮に感謝する」
「うむ、気にするな。
・・少し変わられたか?ロウ殿」
「それこそ気にしなくていい。
・・ようやく現実に気付いただけだ」
そう、ゲームではなくリアルであるという現実に。自分の判断で誰かが死ぬという状況に。
あの時、私を庇って燃えるC2の姿を見た時に、下手すれば本当に死ぬ世界に来たのだと実感した。
なら、やれる事は全てしなくてはならない。・・もう一度『孤高の王』などと呼ばれようとも。
「・・ふむ、少し張り詰めすぎだと思うが」
「もっと言ってやってくれよ狼さんよぅ・・」
「今までが軽すぎだ、お前の頭みたいにな」
「おい、どういう意味だよ!」
「怒るなスー、マイグリンの言う通りだ」
「お前もさらっと酷いこと言ってるぞクー!」
「ありがとう、グラフ殿、スーリオン。
出来るだけ気をつけることにするよ」
「ロウさん・・無理しちゃダメだよ?」
「・・・」〈コクコク〉
「心配するな、行こう」
少し周りに心配させすぎたようだ、私はできるだけ雰囲気を柔らかくして村を出発した。
ナイマは一番後ろでフォウと一緒に付いてきている。最初は無表情だったフォウが今では心配そうな顔で彼女をチラチラ見ながら歩いているが、ナイマは感情を殺した眼でこちらを見ている。
ああいう眼はさせたくない。だが、元には戻れない。
私はナイマの眼を少しだけ気持ちを込めて見た。するとナイマの眼に光が戻り、少し驚いている。
感情を凍らせる事と制御する事は違う、言葉に出来なくとも伝える方法はあるものだ。
私は暴君になるつもりはないし、名君になれる器でもない。だが、皆の前で立派な王様を演じることには慣れていると思う。それは誰かを特別扱いせず、平等に意見を聞いて判断する、そういう役割だ。
これからナイマにも少しづつ慣れてもらうしかないだろう、伝わると信じて。
私たちは山を降り、森を抜け、ほぼ休憩なしに進んでいく。回復はポーションを使い、出来るだけ遅すぎない程度のペースで歩く。急げば休憩が必要になり、それは思ったより時間を使ってしまうものだから。
今回は拠点であるエルフの村へ戻る途中なので、戦闘や回復ポーションの出番は少ないだろう。村へ戻れば補充もできる。なら使い切っても構わないので、出来るだけ休憩を減らしてペースを上げる。
出発時は緊張していたが、私の態度が軟化したことで雰囲気も元に戻りつつある。だが、私に話しかけるのは少し抵抗があるのか、彼らの話に私が少し参加する。そんな感じで会話が進んでいた。
こうして近寄りがたい王様像が出来上がる。
昼食のため短めの休憩をとったあと、再出発したら先頭にマイグリンとイズ兄さんが並び、何やら話している。最初は帰ったら決闘だ!とか言っていたマイグリンも、今は妹に命をかけろだとか死ぬほど訓練しろだとか酒はやめろだとか、そんな話をしているようだ。イズ兄さんは真面目に頷き、彼に話しかけている。
その後ろにはディンエルが付いて歩いていて、頷いたり兄の頭を杖で叩いたりしている。
魔法使いがそんな前に歩いちゃダメだろうと気になったが、その後方でスーリオンとクーサリオンが注意を払っているので問題はなさそうだ。おそらくニコたちと並んで歩いているミリィの指示だろうな。
ある程度緊張感も取れているし、それぞれが役割を果たそうとしている。いい傾向だ。
空を見ると、いつの間にかかなり日が傾いてきた。
「マスター、かなりの距離を歩きましたが、
到着までどれぐらいでしょうか?」
「すでにウッドエルフのナワバリに入ったから、
あと少しだと思うぞ。何かあったのか?」
「いえ、大したことではありませんが・・」
フォウは困った顔で私とナイマを交互に見る。そういえば朝から何も話していないな。これまでは隣に並んで常に何か話したり、私を困らせようとちょっかい出してきたんだが・・今は静かに歩いている。
だが、これぐらいの距離感がちょうど良い。今まではすぐにおんぶだとか抱っこだとか何かしら絡んできていたし、王様になってもアレが続くとか、周りから見たら威厳のかけらもないだろう。
私はフォウの頭に手を乗せ、軽く撫でながら話しかけた。
フォウとナイマがそれに反応し、少し緊張する。
「気遣ってくれるのは嬉しい。
だが、これが本来の姿なんだよ、フォウ」
「マスター、ですが僕は・・」
「フォウ、言いたいことはわかる。だが、
私たちは近い将来、かなりの規模の組織を
率いることになる。そのために規律が必要だ。
今は必要なことをするのに迷ってはいけない」
「いや、マスター・・僕の演算では・・」
ふむ、そういう事か。確かに規律を守らせるにしては中途半端なことをしているように見えるだろう。
しかし、変化は段階をおいて起こしていくものだ。少し進んで、また戻り、また進む。
私の言葉を聞いても、それでも必死で何かを伝えようとするフォウ、いい子だ。とても優しい子だ。
だが、ナイマは軍事経験もある兵士だ。私が何を言っても沈黙を守り、ただ付き従ってくれる。
もちろん後で個人的な話をすることになるのだろうが、仲間の前では自らの役割を演じる。
見事だ、私も見習わなければならないな。
「ああ、確かにまだ甘いかもしれない。
だが、現状はこれぐらいで抑えて、
少しづつ慣れていってもらうつもりだ。
そうして規模に合わせた振る舞いをするんだ」
「いや、そうではなくてマスター・・」
「お前が言いたいのもわかる。だが、無理だ。
適度な距離を保つ事で、適切な関係を築く。
離れる事で全体のバランスを維持するんだ。
そうする必要がこれから増えてくる」
「マスター、僕はナイマさんの・・」
「うん、この短期間でここまで慕ってくれる。
それは嬉しいが、慣れるしかないんだ」
「でも、僕はこのままじゃ大変なことに・・」
「心配するな、大丈夫だ。フォウ。
ナイマも見た目はアレだが、中身は大人だ。
私の考えをちゃんとわかってくれている。
もちろん私もナイマをわかっているよ」
「もうげんかい」
「そう、そんな簡単に限界には・・・!?」
「あっ!?」
物騒な言葉を聞いた私は、とっさにナイマの方を向く。が、彼女の姿は忽然と消えていた。
周囲を見渡してもいない、静かな森と、私の気配に振り向く仲間たちがいるだけだ。
だが、ふと私は足元の影を見た。なぜか私の後ろに小さな球体が浮かんでいる。
それは一気に大きくなり、私の影と同化するように重なり・・その翼を広げた・・・っ!?
《 ガシャーーンッ!! 》
「グハァッ!?」
「合体・・成功」
「何をするんだお前はっ!?」
「フライングムーンサルト抱っこ」
「なにその新技っ!?」
「もうダメ、もうげんかい、もうがまんできない」
「お前の忍耐は1日持たないのかよっ!!」
凄まじい速度で上空へ飛び立ち、空中で縦に一回転ひねりを加えて胸に飛びついてきた堕天使は、衝撃とともに私の首へ両手を回し、翼で腕を押さえ、両足でがっちり腰をホールドした体勢で密着してくる。すぐ目の前には上気した頬で舌舐めずりするモンスターの顔が!?
「さあ、どうしてほしい?」
「あんた眼がイっちゃってますよっ!?」
「マスター、僕は警告しようとしたんです!
ナイマさんのストレス値が限界だって!!」
「手遅れだけどすごいねキミの演算能力!?」
「フォウにナデナデ、私のまえでナデナデ」
「スイッチそこなんだっ!?」
「100倍がえしだ」
「それは暴利だと思いますっ!!」
「うるさい」
「ぐっ!?グモォォォ!?」
翼に包まれて上半身が見えなくなった私は籠の中の鳥・・いや!舌は入れないで!?
かろうじて自由な足を使って振りほどこうとするが、完全にホールドされていて離れることが出来ない!
み、耳を噛むな!ぺろぺろするなぁ!!威厳が、私の威厳がぁぁぁぁ!?
「ロウさんが食べられてるよぉ・・」
「・・・・・」〈ジーーーーッ〉
「なんだ、いつもどおりじゃねえか」
「・・いつも以上だな」
「心配して損しましたね、お兄様」
「・・羨ましいわ・・」
「やめろーっ!!やめてくれーっ!!」
「だめ」
「村の者たちが迎えに来たぞ?王よ」
「おい、お楽しみは帰ってからにしろ」
村からやってきたと思われる数名のエルフが、走ってこちらに向かってきた。
先頭のイズ兄さんたちに合流した彼らは口々に帰還を喜ぶ声をあげ、そして私たち二人を見て止まる。
「皆さん、おかえりなさい!!・・・あ」
「気にするな、いつもの事だ」
いつもの事じゃないよイズ兄さん!てかスリスリしてる場合じゃないだろ堕天使!!にゃーじゃねぇ!!
引っぺがそうにもこいつ、本気で強化全開にしてやがるっ!?やめてーーッ!!見ないでーーっ!!
「イズ、ようやく帰ってきたな」
「ウヒョーーッ!?だれっ!?だれっ!?
このイケメンさんの名前はっ!?」
「マンマゴルだ、ニコさん。
お前も迎えに来てくれたのか?」
「ああ、大至急知らせなければいけない事が・・
ところであれは・・我らの王か?」
「今は見ないほうがいいぜ、マンマゴル。
それより何だよ、急ぎの内容ってさ?」
「スー、王にこそ知らせなければいけないのだ」
「仕方ねぇなぁ・・おーい、ナイマさんよぉ!!
マンマゴルが王様に報告あるってよ!」
「今はいそがしい」
「まったくぜんぜん忙しくないよねっ!?」
「うるさいだまれチューするぞ」
「ムォーーーーッ!?」
「後でゆっくりお仕置きすりゃいいだろ?
とりあえず王様放してやってくれよ」
「すいません、ナイマさん。大事な報告なので」
「・・わかった、とりあえず満足した」
ようやくスリスリ魔獣に解放された私は、Orz な感じでしばらく落ち込んでいた。
今朝から続く私の行動になんとなく察してくれていた仲間たちは、憐れみの目で私を見てから肩を叩いてくれていた。なんとか周りの励ましもあって少し立ち直り、マンマゴルの報告を聞くことにした。
「ハァ・・・」
「大丈夫ですか?王よ?」
「人生思うようにいかない事を痛感したよ・・。
・・で、いったい何があったんだ?」
「なんか悪い予感がするよねC2さん?」
「・・・」〈コクコク〉
「はい、その方々の言う通り・・悪い報告です。
王の予想が当たりました。
それも・・最悪の形で・・」
そう言って暗い顔をしたマンマゴルだったが、拳を握り、意を決して報告した。
「王よ、ダークエルフの村が襲撃されました。
敵は・・魔族率いる多数のスケルトン兵と、
恐ろしい力を持つ複数のゴーレムです!」
ダークエルフは、壊滅した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
第1章『スリーピングフォレスト』も中盤に突入しました。
テスト的な意味合いが強い1章ですので、色々な面で変化していきます。内容もあまり考えずに思いつきで書いていますので、あれ?と思うところも多いかと思いますが、勘弁してください。
ちなみに1章は♯25までの予定で書いています。