1章『スリーピングフォレスト』♯11〜12
ホビット族の村へ奇襲を行い、貴重な時間を稼いだ私たちは、ドワーフの村へ向かう。
だが、その途中で一匹の狼と出会い、そして・・・
第1章【スリーピングフォレスト】編 ♯11〜12
♯11 森の狼と赤い騎士
奇襲作戦から2日が過ぎた。
私たちは現在ドワーフたちが住むという、西の山へ向かうために森を進んでいる。
エルフの村周辺とは違い、この森は鬱蒼としたジャングルのようで、太い木の根が地面から飛び出し、地面の起伏も大きいので歩きにくい。木の高さもエルフの森にに比べて低い広葉樹だ。
エルフたちに聞いたところ、今の季節は夏らしく、緑豊かな森は生命力に溢れていた。
が、それにしては気温が低い気がする。夜はかなり冷え込むし毛布が無いと震えるぐらいだ。昼も少し暑い時もあるが30℃は無いと思う。北なのか南なのかわからないが、けっこう寒い地方なんじゃないかな?そんなことを考えていたら、先行していたマイグリンがこちらに向かってくるのが見えた。
「この先に川がある、休憩するにはいい場所だ」
フードからのぞく緑の前髪を、邪魔そうに整えながらマイグリンは言った。目付きが鋭いが、やはりエルフは美形が多い。ここにギルドの女性メンバーが居たら、きゃあきゃあうるさかっただろうなと思う。
「なんだ、俺の顔に何かついてるのか?」
「いや、その格好で暑くないかな?と」
「ああ、確かに暑いな。イライラする」
まあ、私もじっとりと汗をかいているんだ、全身をすっぽりと緑と茶色のフード付きコートで覆っているマイグリンはもっと暑いだろう。ただでさえ神経を使う偵察だ、体力も消耗が激しいだろうと思った私は残り7名の仲間に指示を出し、小川の近くで休憩と早めの昼食をとることにした。
ドワーフの集落まであと2日はかかるらしい、急いでも疲れるだけだし、ストレスも溜まる。特にこの森はしげみが多く視界も悪いので、偵察係の負担が大きい。早めの休憩で負担を軽くしたいものだ。
「ロウ様、どうぞ冷たいお茶です!」
「ありがとうミリィ、疲れてないかい?」
「前の時は隊長だったので緊張で疲れましたが・・
今回はちょっと楽しいです!」
「ミリィ、遊びに来てるんじゃないんだぞ?」
「変に疲れるよりいいじゃねえかよ、イズ」
「スー、お前はいつもミリィには甘いな?」
「なっ!?なに言ってんだよそんなことねえよ!」
「青春」
「ナイマ、微笑みながら肉を奪わないでほしい」
なんだかピクニックみたいな雰囲気だが。
今回のメンバーは村の守りを考えて、少数精鋭だ。
ナイマ、イズ兄さん、ミリィ、マイグリン、スーリオン、ディンエル、クーサリオン、そして私の8名。
前衛がナイマと私、後衛は弓のスーリオンとクーサリオン、それに魔法使いのディンエルが担当。
ミリィは救護であるヒーラー、マイグリンは狩兵なので暗部になる。
イズ兄さんは意外にも剣や槍を得意としている。最初に会った時も槍を使ってたしね。理由を聞いたら剣槍弓の3武器は騎士の基本装備らしく、幼い頃から訓練して全部使えるそうだ。弓も得意だったらしいのだが、同年代にクーサリオンやマンマゴルがいたので、槍にしたという。
「本来ならウッドエルフは弓と魔法が得意で、
槍はダークエルフが得意なんだがな」
「そうなんだ、結構上手いと思うけど」
「イズの槍はなかなかいい」
「褒めてくれてありがとう、ナイマさん」
「けど、少し正直すぎる」
「仕方ねぇよ、こいつ真面目くんだしな!」
「お前が不真面目すぎるんだ、スー」
「ああ、違いない」
「おいっ!クーまでイズの味方すんのかよ!」
少し離れたところでマイグリンがフッと笑うのを見つけてさらに怒るスーリオン。ディンエルはマイグリンの近くで魔道書を読んでいる。この二人は兄妹そろって騒がしいのが苦手らしい。
「あーあ、マンマゴルが居たらなぁ!
あいつは俺の味方してくれたのによぉ」
「いや、それはないと思うぞ?」
「ああ、むしろ説教されるだろ」
「アホの味方など誰がする」
「テメェら三人より優しいぜアイツは!!」
そう、マンマゴルは今回参加していない。
本人は行きたがっていたが、優れた剣士である彼が抜けると村の守りに影響が大きいからだ。
後衛が主体のウッドエルフの中では前衛が少ない。それに指揮官としての訓練も兼ねている。
「仕方ないだろう、マンマゴルまで抜ければ
村の守りが薄くなりすぎるし、前衛が足りん」
「いや、わかってるけどよ王様。
今回もイズが残りゃ良かったんじゃね?」
「ドワーフとの交渉に、ある程度の格が必要だ。
今の状況で村長や爺さんたちを連れてくるのは
こちらのリスクが大きくなるしな」
「そういうわけだ。俺で我慢しろ、スー」
「大丈夫、ミリィもいる」
「えっ?私ですか?」
「な、何言ってるのかなナイマさんは!?」
チームの雰囲気が良いのは歓迎すべきだが、ちょっと気が抜けてる気もするな。先は長いし無理はさせたくないが、少し気を引き締めないといけないだろう。
「おい、まだドワーフたちの村まで遠いんだろう?
気を抜くと奇襲を受けるかもしれないぞ?」
「いや、そんなこと言っても何も出てこねぇし」
「どこかに隠れてるかもしれんだろう?
・・そうだな、例えばあの草むらとか」
〈 カサッ 〉
「・・・」
「・・・」
「・・なんか動いたっぽくね?」
「・・・だな」
我々はいっせいに隊列を整える。
前衛である私とナイマが前に、その後ろにイズ兄さんがつき、少し離れた場所でスーリオンとクーサリオンがミリィとディンエルを守るように左右に立つ。後ろはマイグリンが警戒している。
訓練でよく使った基本陣形だ。
「おい!誰かいるなら出てこい!」
「そうだ!隠れてるのはわかってるぜっ!」
私とスーリオンが草むらに向かって問いかける。すると、そこから一匹の狼が姿を現した。
全身は灰色の毛に覆われ、ところどころに黒い毛が混じっている。その狼は私の眼をじっと見つめていた。
「エルフたちよ、驚かせてすまない」
狼はていねいな口調で謝ってきた。
てか、しゃべってる!狼がしゃべってるよぉ!?
「狩人の階位を持つ私が見つかるとは、
かなりの手練れがいるようだな・・」
ため息をついた狼さん、ちょっと凹んでる。ごめん、本当に隠れてるとは思わなかった。
「いや、まさか森狼族の方とは思わなかった。
私はウッドエルフ氏族族長クルゴンの息子、
イズレンディアだ。若き狼殿」
「これはご丁寧に。
私はフォレストウルフ氏族のグラフ、
ナワバリに入った者たちがいると聞き、
族長の指示で確かめに来たのだ。
気を悪くしないでほしい」
なんて紳士な狼なんだ!うちの傍若無人な黒天使に爪の垢でも飲ませてやりたい!
「ロウ、なんかイラッとする」
「あんたエスパーですかっ!?」
グラフと名乗った狼は私たち二人を不思議そうに見て、鼻をフンフンさせている。
ちゃんとお風呂に入ってないし、臭わないかな?
「・・この方たちは?
どうやらエルフではないようだが」
「ああ、この二人は特別だ。
我々と共にドワーフたちの村に向かっている」
「そうか、ならば通られよ、と言いたいが。
出来れば族長に説明して頂きたいのだが?」
「わかった、グラフ殿。案内してもらえるか?」
「うむ、イズレンディア殿、私が先導しよう」
そう言ってグラフさんは我々の前に立ち、森を案内してくれた。ときどき振り返って我々の様子をうかがい、ペースを確認しているようだ。いや、マジで知能レベル高すぎるだろう。
「どうした?何か驚いているようだが?」
「ああ、イズ兄さん。
狼って普通に人の言葉を話すものなのかな?」
「いや、そんな事はないだろう。
彼らはビースト種の森狼だから話せるんだ」
「ビースト?なら人型にもなれるの?」
「当然だ、ワーウルフだからな」
どうやら彼らワーウルフは、普段は狼の姿をしているが本来の姿は人種に近いらしい。
伝承では神々が人と動物を組み合わせ、新しい種を生み出そうとしたのがビースト種の始まりだという。
その一つが狼と人を組み合わせたワーウルフで、そのワーウルフにも様々な氏族が存在し、彼らは森に適応した森狼族、フォレストウルフということだ。
ビースト種は大きく分けて2種類あり、動物の因子が濃い獣人系と人の因子が濃い人獣系に分かれる。
ワーウルフは人獣系の狼種、人狼とも呼ばれる人に近い種族らしいが、この近くにはグレートベアーと呼ばれる熊の獣人も住んでいて、ナワバリ争いが絶えないようだ。だから警戒して探りに来たんだな。
「あんなに高い知性を持ってるとは思わなかった」
「狼系ビーストは賢いぞ?スーよりはるかに賢い」
「違いない」
「おい、イズ!クー!聞こえてんぞっ!!」
「肉は美味しい?」
《 ビクッ! 》
「ナイマ、グラフさん怖がってるよ?」
「念のために確認」
「・・客人よ、我らの肉は硬くてマズイと思う」
「そう、残念」
「念のためじゃなくて食べる気満々じゃないか!」
そうして、チラチラと怯えた目でナイマを見つつ先行するグラフさんと共に歩いていると、
目の前に穴がいっぱいある岩山が現れた。全体は4階建マンションぐらいの大きさで、上には木や雑草が生えている。岩のこちら側が斜面になっていて、空いている穴が部屋になっているのだろう、狼の親子が出入りしているのが見える。
「ここが我らの住処だ」
「岩のマンションみたいだな」
「マンションって何ですか?ロウ様?」
ミリィにマンションの説明をしながら村に入ると、狼たちが穴から出てきた。中にはかわいい子供の狼も混じっており、親の後ろに隠れてこっちを見ている。ルナさんとか、もふもふしたがるだろうな。
「グラフ、また変なのを連れてきたのか?」
「彼らはウッドエルフ達の同行者だ。
私も驚いたが、怪しい者ではなさそうだぞ」
「あら!?闇天使様がおられるじゃないの!?」
「ホントだわ!まさかこの森に来られるなんて!」
「私のこと?」
「みたいだな」
やはり闇天使は珍しい存在なのだろう、だが狼たちも敬意を表している。やはり尊い存在なのか?
ナイマはジロジロ見られるのが嫌なのか、私の影に隠れている・・いや、盾にしているのだろう。
後ろでオカマを見ろとかつぶやいている。
「今から族長に会ってもらいたいんだが、
族長はいったいどこに行ったのだ?」
「ヒューマンたちと狩りに行ったわよ?」
「せがまれて無理やり連れてかれた感じよね?」
「嫌がるのをかつがれて悲鳴あげてたしな」
どうやら族長は不在らしい。
仕方ないので待たせてもらうことにし、ミリィはお茶の用意をし始めた。すると数匹の狼が突然立ち上がり、みるみるうちに人の形へと変身していくではないか!?
フサフサの体毛は腕と足に残るぐらいで、しっぽと犬耳が生えた女性たちがそこに立っていた。
でも、服はちゃんと着ている。なぜだ?
「私たちも手伝うわ。お茶を分けてくれない?」
「あ、はい!でも・・器が足りないですね」
「大丈夫、私たちのを使うわ」
「エルフのお茶は美味しいから楽しみね!」
「お茶菓子はまだ残ってたかしら?」
「私が持ってる」
「ナイマさんすごい!こんなにたくさん!?」
「こんな量どこに入ってたの!?」
「お前、カバンの中に食い物入れすぎだろ」
「乙女のたしなみ」
「乙女はカバンに焼肉を入れたりせん」
なぜかお茶会が始まってしまった。
森狼族で集落に残っていたのは女性と子供ばかりだったので、ちょっと男は肩身がせまい。だが、たまにはこうした時間も良いものだ。最近は訓練に戦闘、また移動の準備と忙しかったからな。
そう思っていた時だった。
「あ、帰ってきたみたい」
「でも、なんか様子がおかしくない?」
森狼族の女性たちが騒ぎ出す。彼女たちが見ている方向に目を凝らしても、姿形も見えないんだが?
「きっと匂いでわかる」
「なるほど、人型でも嗅覚は鋭いのか」
「お?アレじゃねぇか?」
スーリオンが指差した方を見ると、一匹の狼が森の奥に現れた。だが、その狼はフラフラとこちらへ向かってきており、とても狩りの帰りとは思えない。それを見たグラフがスゴい勢いで駆け出した。
「どうしたんだ!?何があった!?」
「グ、グラフか。マズいことになった・・・」
その狼をよく見ると、身体中に切り裂かれたような傷を受けており、灰色の毛は血で黒く染まっていた。
それを確認した私たちは武器を手に取り、彼らのもとに駆けつける。まさか・・奴らか!?
「わ、我らが狩りをしていたら・・ベアーたちが
いきなり襲いかかってきたんだ・・」
「なにっ!?熊め、ついに我らのナワバリを!!」
「いや・・いつもと違う、なにかが・・
正気の眼じゃなかった・・それに、
茶色い毛が・・黒く染まっていて・・」
「おい、いったい奴らがどうしたんだ!」
「わからない・・狂ったように暴れてたんだ・・
俺たちが誰かも、わからないようだった・・」
「族長たちはどうした!?やられたのか!?」
「いや・・ぐっ!・・今もこの先で・・まだ・・
客人が・・支えてくれているが・・長くは・・」
「お、おいっ!?しっかりしろっ!!」
「・・・た・たのむ・・はやく・・・・」
そこまで言って、その森狼は息絶えた。
沈黙の中で、グラフの悲しげな遠吠えだけが響く。次第に遠吠えは増えていき、森の奥にまで響いていく。そしてグラフは、こちらを向いて言った。
「すまない、私は同胞を助けに行かねばならぬ。
だが、私一人の力では援護にもならんだろう。
客人に向かって言うことではないが・・」
「わかっている、俺たちも手を貸そう」
「エルフの嫡子よ、感謝する・・この恩は必ず!」
イズ兄さんはこちらを振り返り、私を見たが語る必要もない、私は黙って頷いた。
そして我々8名は、グラフの先導で森を駆ける。恐らく先ほどの森狼が通った道を匂いをたどって逆走しているのだろう、迷いなく進んで行く。10分ほど走ると、前方で雄叫びのような声が聞こえた。
それは女性の声だったが・・。
「おりゃおりゃおりゃーーーーっ!!」
《 ブンブンッ!ブォンッ!! ザシュゥ!!》
「グォォーーーーン!!」
「もういっちょーーーーっ!!」
《 ブォンッ!! グワシャッ!! 》
「ギャァァァーーーーーッ!!!」
背の高い、鎧に身を包んだ女性が身の丈ほどもある大剣を振り回し、黒い熊と戦っていた。どんな馬鹿力なのか知らないが、目の前の熊に一撃をくわえたあと、返す斬撃で頭を叩き潰す。見ると背後には数匹の傷ついた狼が横たわっており、前方に熊の死骸が倒れている。
女性は新たに死骸となった熊を蹴っ飛ばし、そのまま別の熊と戦う数匹の森狼の援護に向かうようだ。
視線を変えると、奥では先ほどの女性より背は低いが、頑丈そうな全身鎧に大きな盾を持った女性が戦っている。その女性は熊の攻撃を盾で防ぎながら、手に持つ片手剣で確実に熊を追い詰めている。
「グォォーーーー!!」
「・・・・!」
《 ブゥンッ!! ガシィィンッ!! 》
「・・・ッ!!」
《 ヒュン! シュバッ!! 》
「ギャォォーンッ!?」
無言で熊と戦う女性、今は優勢だが決め手に欠けるようだ。私はざっと状況を確認し、指示を出す。
「クーサリオン!!盾の女性を援護しろ!!」
「了解した!」
「マイグリンとナイマはあちらに加勢してくれ!」
「仕方ない、行くか」
「今夜は熊肉」
「ミリィは負傷した森狼を治療!
ディンエルは後方よりデカい熊に法撃!
スーリオンとイズ兄さんは二人の護衛だ!
絶対に敵を近づけるなよ!!」
「わかりました!『ワイドヒール』!!」
「おお!俺たちに任せろやっ!!」
「ディン、まずどれから狙うつもりだ?」
「・・あの熊かな?『ヴァンスピアー』」
治癒の水魔法が発動し、近くにいる傷ついた狼たちを癒す。その前に出たスーリオンは弓を構え、近づいてくる数匹の熊に牽制の矢を連続で射る。その隣にイズ兄さんが槍を構えて立ち、向かってくる熊に備えて強化を発動し始めた。そんな二人の間から、ディンエルが放った風魔法の槍が一匹の熊を貫く。
私はまるで猪のように突撃している、背の高い女性を援護すべく後を追って走った。鋼鉄製のプレートアーマーに身を包んで、赤い鎧下に赤いマントという出で立ちの彼女はよく目立つ。すでに数匹の熊を相手に狼たちと共に戦っているが、さすがに劣勢のようだ。
ディンエルの魔法が届くところまで一度退いて、態勢を整えてもらった方が良いと私は判断した。
「おい!仲間が援護するから一旦退くんだ!」
「うぉぉぉりゃぁーーーーっ!!」
《 ブゥーーンッ!! グワシャッ!! 》
「グォォォッ!? ウォォォンッ!!」
《 ブンブンブンッ!! ガキィィン!! 》
「いったーいっ!!コンニャロォーーーッ!!」
《 ブゥンッ! ブン!! ズシャッ!!》
「おい!聞いてるのか!?一旦引くんだっ!!
味方が後ろに来ているんだぞっ!?」
「オォォォーーーン!!」
「まだまだぁぁーーーっ!!」
《 ブン!フォォン! バキッ!!グシャッ!!》
「きゃぁぁっ!!って負けないもーーーんっ!!」
「グルルゥゥ!!ゴァァーーーッ!!」
こいつ、頭に血が昇って聞こえてない!?
熊とイノシシ女は、まるでお互いの熱い想いが伝わっているかの如く戦い続ける。それはまるで拳で語り合う男の戦い・・ではなく、怪獣大決戦だな、どう見ても。私は他の熊からの攻撃を避けつつ、一撃をくわえて怯ませながら女性に声をかけ続ける。
が、伝わらない。
いったい誰だこんなアホを連れてきたのは!?
「チェーーストーーーーッ!!」
《 ブォンッ!! ズバシャッ!! 》
「ギャォォォーーーーン!!」
どうやらイノシシ女の一撃が熊の脳天に決まったらしい、熊は断末魔の悲鳴をあげて後ろに倒れていく。怪獣大決戦にも決着がついたようなので、私は彼女の隣まで近づいて話しかけることにした。
「おい!助けに来たぞっ!!一旦下がれっ!!」
「ふしゅるるるぅーーーっ!!やだっ!!」
「いや、やだっ!って言われても困るんだが!」
「あ!まだいるっ!トォリャーーーッ!!」
「ちょっとまてーーいっ!!って、うわぁっ!?」
私の声はイノシシ女に届かず、彼女は森狼と戦っていた別の熊たちに襲いかかる。そしてバトル再開だ。私は後ろから近づいてきた、ボス熊らしきめちゃくちゃデカい奴に狙われてしまい、彼女たちとは離れてしまう。かろうじて最初の一撃は回避したが、大きく体勢を崩した私にボス熊が追撃をかけてきたっ!?
「グウゥオォォォーーーン!!」
「ヤバイッ!?これは食らうっ!?」
《 ブオォォン!! バキィィーーン!!》
私に向けて大きく鋭い爪が迫ったその時、ボス熊との間に一つの影が滑り込んだ。それはボス熊の強烈な一撃を見事に盾で防いだが、自身はその勢いを止められず、横にふっ飛ばされてしまった。
先ほどの盾を持った女性だ、やや茶色がかった長い髪が兜からこぼれて、その表情が苦痛に歪む。
「・・・っ!!」
「すまない!助かった!!」
「・・・ぁ!?」
チラリと私を横目で見た盾の女性は、ビックリした顔でこちらを向いた。その表情が気になったものの、とてもじゃないが確認している状況ではない、私は姿勢を低くして熊の横に回り込み、攻撃を仕掛ける!
「ハァァァァァァッ!!」
《 ヒュオン!! ズバッ!! 》
「グゥゥ!?」
「くっ!硬いな!?剣が通らないか!?」
「オォォォーーーン!!」
《 ブゥゥンッ!! ガシィッ!! 》
「くぅぅっ!!受け流すのが精一杯とは!?」
ボス熊の毛皮は鉄よりも固く、私の剣では皮を裂くぐらいのダメージしか与えられない。そしてこいつの一撃はとんでもない威力で、まともに食らったら一発であの世行きだろう。しかし、盾の女性がボス熊の攻撃を吸収し、私が懐に飛び込んで一撃をくわえるというコンビネーションにより、熊にどちらを狙うか迷わせる。そして、ついにチャンスは来た。
大振りの一撃を盾の女性が上手く受け流し、熊の体勢がわずかに崩れた隙を、私たちは見逃さなかった!!
「・・・・っ!!」
「今だっ!!足を狙えっ!!」
「・・・!!」
《 フォン!ヒュン! バシュズバシュッ!! 》
「グォォォーーン!?オオオオッンッ!!」
両足を切り裂かれ、膝をつくボス熊。
だが、やはり傷は浅いようで、ふらつきながらもこちらを向いて立ち上がろうとしている。
「く、ダメか!?なんてタフな奴だっ!?」
「・・・っ!?」
「・・・なんてな。ようやく足を止めたな!
計算通りだぞ!ボス熊ぁっ!!
撃てぇぇぇぇぇーーーーいっ!!!」
闇雲に動いていたと思ったか!!
戦いながらも位置取りを変え、ボス熊を誘導していた私の視線の先には、彼女の姿があった。
「・・・貫きなさい『ゲイルランサー』っ!!」
《 ギィィィィィィィンッ!! ズドンッ!!》
「ギャァァァァァァァァァンッ!!?」
遠く向こうにいるディンエルの杖から、翡翠色に輝く巨大な槍が放たれ、ボス熊の背後に炸裂する!!
背中の半分を吹き飛ばされ背骨が見えているボス熊は、それでも死なずに絶叫を上げながら立っている!!
だがっ!!
「終わり、死んでお肉になれ」
《 シュパァッ!! ブシュゥゥゥゥッ!! 》
一気に上空から急降下してきたナイマの一閃が、ボス熊の首を跳ね飛ばす。
首から血が噴水のように吹き出し、その返り血がナイマを紅く染めていく。そしてニヤリと笑う彼女。
いや、あんたアサシンじゃなくて兵士だよね?
《 ズゥゥン 》
倒れたボス熊を背後に、手にしたショートソードをヒュンヒュンと振って血を払うナイマ。
完全に美味しいところを持って行かれてしまったが、仕方ない、私ではきっと倒せなかった相手だった。
気をとりなおして、さっきまで熊の集団と戦っていた、暴走イノシシ女を探してみる。
どうやら何とかなったようで、クーサリオンとスーリオンの弓による援護を受けて、森狼と共に撃退したようだ。足元に矢が刺さった熊が数匹倒れている。
我々8名は全員無事だった。森狼に数匹の犠牲が出ているようだが、なんとか勝利出来たようだ。
傷ついた者はミリィの治療を受けている。
私は隣に立つ盾の女性に声をかけた。
「君のおかげで助かったよ、ありがとう」
「・・・・」〈フルフル〉
盾の女性は私の言葉に首を振る。そして彼女は、またジッとこちらを無言で見つめてきた。理由の分からないその行動を私は不思議に思い、問いかけようとしたところに例のイノシシ女がやってきた。
背の高い彼女の髪は綺麗な金髪を長く伸ばしており、眼は少し紅い茶色、少し変わった形のプレートアーマーを着けており、服は赤だがやたらと似合っている。
もう一人の女性も服が赤なので、もしかしたら統一した装備なのかもしれない。
「いやーーっ多かったね!熊!」
「・・・」〈コクコク〉
「見てよコレ!剣がボロボロになっちゃった!」
「・・・・・」
「うーん、やっぱマズいかな?
直したいけど武器屋とかあるのかな〜?」
「・・・・・」〈フルフル〉
「だよねー、どうしよっかなー?」
やはり二人は知り合いのようだ。
やたらと一人でしゃべりまくる背の高いイノシシ女と、まったく何もしゃべらない小柄な盾の女性。私は二人に声をかけるべきか迷ったが、なぜか見覚えのあるような光景に戸惑い、突っ立っていた。
そこへ一匹の森狼がやってきた。ナイマが嬉しそうに熊の皮を剥いでいる横を通り過ぎて、森狼はこちらへ近づきながら人型に変身し、逞しい中年男性へと姿を変えて話しかけてきた。
まあ、イヌミミしっぽ付きなんだが。
「エルフとお供の方々、助力に感謝する。
私はガルム、フォレストウルフ氏族の族長だ」
「礼には及びません、族長。
私たちは貴方に用があったのですから」
「ふむ、グラフから聞いているが、ドワーフに
会いに行かれる途中だそうだな?」
「ええ、その通りです。詳しくはあそこにいる、
エルフ氏族の族長、クルゴンの息子に」
「了解した。しかしお前たちにも礼を言いたい。
名はなんと言うのか教えてくれるか?」
「私はロウ、ロウ・L・セイバー。
そこの闇天使はナイマと申します」
「ふむ、ならばロウ殿、改めて礼を言おう」
「ロウ!?ロウって言った今っ!?」
「・・・っ!!」〈コクコク!〉
ビックリしすぎて固まっているイノシシ女、だが盾の女性は鎧を揺らしながらこちらに近づき、私の目の前に立ってからゆっくりと左胸に右手を当て、その場で片膝をつき、どこか古めかしい礼を行った。
・・・これ、確かゲームのアクションで無かったか?確か、私たちのギルドで使ってた挨拶用の・・
「ロ、ロ、ロッ!ロウさーーーーーんっ!!!」
「何ですか?ぐはっ!?・・ぶべらっ!?」
突然正気に戻ったイノシシ女は、私に向かって驚異的なスタートダッシュで突撃し、胸に激突した。私は3mほど一緒にぶっ飛んで、地面に叩きつけられたところで彼女にマウントポジションを取られてしまう。
「ロウさんロウさんロウさんロウさーーんっ!!」
《ドカン!ドカン!ドカン!ドカーンッ!!》
「グホッ!ゲハッ!ゴフォッ!ガハァッ!?」
「いけねぇ!?王様が殺されるぞっ!?」
「興奮して身体強化までしてますよ!?」
「いかん!あの丈夫な黒鋼の鎧がへこんで!?
なんてパワーなんだ!!」
「・・・!!」〈アワアワ〉
「止めろ!イズ!盾のあんたも手伝ってくれ!!」
「ロウのたたき」
「王様はカツオじゃねぇよ!?」
魔力を込めた拳で私の胸をポカポカ・・というより殴打を繰り返していた彼女は、焦った盾の女性や他の仲間に引っぺがされ、ベソをかいている。
遠のく意識の中で、ギルドで私の直属だった近衛の姿を思い出していた。そして、そこに居た10名の団員たち。制服である白銀の鎧に赤い騎士服、横に立つのは最初期メンバーである沈黙の近衛隊長と、迷子神と呼ばれた暴走イノシシ娘の組み合わせ・・そして我が副官の姿、懐かしいあの日が走馬灯のように・・
「・・・C2と・・ニコ・・か・・ガクッ」
「王様ぁぁぁぁ!?死んじゃダメだぁぁぁ!?」
「ミリィ!!はやく治癒をかけてくれ!!」
「魔力ポーション!魔力ポーションどこっ!?」
「おおゆうしゃよしんでしまうとはなさけない」
「ナイマさん!肉焼いてる場合じゃねぇよ!?」
そう、あれは召喚直前。
迷子になっていた我がギルド最凶の困ったちゃん『ニコ』と、彼女を無言で探していた近衛騎士隊長である『C2』の二人は、こうして我々と合流したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
♯12 ドワーフの村
我々は族長ガルムにナワバリを通過する許可をもらい、その後、共にグレートベアーの集落に向かった。
グレートベアーたちはオーガと同様に凶暴化していた、恐らく同じように操られていたと思われる。
だが、身体が黒くなるという変化は彼らが初めてで、それら敵の情報を得るためにも集落を見ておきたかったのだ。しかし、集落にはすでに誰もおらず、破壊された遺跡が残っていただけだった。
すでに苔むした遺跡は、かつてヒューマンたちが住んでいた場所で石造りの街だった。
すぐ近くに大きな川が流れているが、その対岸に村長たちが言っていた大きな街の廃墟があるらしい。
敵は川を渡ってきたのだろうか?少なくとも集落には何も残されていなかった。
「誰もおらんか・・皆殺しにされたのだろうか?」
「いえ、族長。恐らく連れて行かれたのでしょう」
「ふむ、なぜそう思うのだ?」
「死体がありません、我々を襲ったので全てなら、
あまりにも少なすぎるでしょう」
あの場に子熊はいなかった。なら、残りのグレートベアーたちはこの場で死んでいるか、逃げたのか、連れて行かれたか、何らかの理由があっていないのだろう。現実的に考えれば、オーガやコボルトのように戦力として利用されているというのが一番可能性が高いと思う。
「とりあえず、あなた方の集落に戻りましょう」
「そうだな、何も無いこの場所にいても仕方ない」
「ロウ、ちょっと待ってくれ!」
立ち去るつもりでいた私と族長へ、イズ兄さんが駆け寄ってきた。どうやら何か見つけたらしい。
私はイズ兄さんと共に集落の奥に向かい、彼が示す家に入った。そこは破壊されずに残されていた家で、他の家よりも大きい。そこで私たちが見たものは、
「これは・・何か儀式の跡のような・・?」
「ああ、床に刻まれているのは魔術式だ」
「わかるの?イズ兄さん」
「少しはな、これは闇魔術の紋章式だ。
中央に描かれた月は闇神様のシンボルだからな」
「なら、なんの魔術かもわかる?」
「いや、そこまではわからないな。
召喚魔術の紋章に似ているが・・違うものだ。
ミリィ、お前には読めるか?」
「こういうのはディンエルの方が詳しいです。
彼女をここへ連れてきますね!」
そうして、ミリィはディンエルを連れて戻り、二人で床に刻まれた大きな魔法陣のようなものを調べ始めた。私とイズ兄さんはそれを黙って見ていたが、他の者も気になって集まってきている。
そして、何やら話していた二人はお互いに頷きあい、私たちの方を向いて話し始めた。
「・・これは、召喚術式だけど、召喚術じゃない」
「ディン、それはどういう意味だ?」
「お兄様、これは何かを召喚するためだけでなく、
何かを送ったり呼んだりする複合魔術式です。
でも、転移魔法じゃない。例えるなら・・」
「・・交換・・するもの・・かな?」
「交換?何を交換するんだ?」
「わかりませんが、ここにあった触媒に関係する
何かを取り出して、代わりのものを呼び出す、
そういう術式だと思います」
「なら代わりの仲間を呼び出す魔術なのか?
そうか肉体だけを交換するとか?」
「・・それは無いと思う・・魔力か・・」
「もしくは魂のような、そういうものを送って
代わりに同じようなものを呼びだす術です。
取り出した何かはわかりませんが、それを
どこかへ送る魔術を兼ねたものですね」
「ふむ、さっぱりわからんな・・」
「何度も直した跡があります。
おそらくまだ未完成なのでしょう」
二人はそう言って、もう一度儀式の跡を見る。
魂を奪えば、その対象は死んでしまうだろう。あのワーベアーたちは生きていたのでそれは無い。
・・本当にそうか?例えば・・
「二人に聞きたいんだが、例えば対象の魂を抜き、
代わりに凶暴で従順な魂をその肉体に入れる、
とかは、可能だろうか?」
「・・・っ!?」
「そんな!?まさか・・酷いっ!?」
「どういうことだ?ロウ」
「イズ兄さん、あなたは最初に言った。
まるで召喚魔術のようだと。
そして二人は魔力か魂を交換するものだと。
なら、『魂そのものを召喚し交換する』、
そんな魔術もあるのではないかと思ったんだ」
「いや、しかしそんな魔術があるのか?」
「呪術系魔法で確か似たのがあるでしょう?
死霊を呼び出す魔法、あれを応用したのでは?」
「確かにそれなら術者に忠実な下僕が作れるが、
なぜそんなまわりくどい方法をとるんだ?
そんな高度な魔術を使えるなら、単純に洗脳や
従属化する方が簡単だと思うが・・」
「魂を必要とする理由があり、それを実行する
ついでに手勢を増やそうとした、とか?」
「なるほど・・目的はそっちか・・」
「仮説ですけどね、魂ではなく魔力かもしれない」
だが、私は魔力ではないと思っていた。魔力を吸い取るなら、従属化して吸い続ける方が継続して回収できるからだ。わざわざ儀式まで行ってやるほどのことでもないだろう。それに手勢が弱体化する。
それにグレートベアーが黒くなっていた理由も説明がつかない、黒は闇属性の色だ、属性は魂で決まる。
なら、彼らの魂は闇属性の何かに変わってしまった、じゃないとあんな変化は起きないと思う。
「敵の目的はわかりませんが、これは何かの・・
そう、本番前のテストのような気がする」
「これがか?グレートベアーの連中を使ってか?」
「ええ、オーガやコボルトに見た目の変化は無く
今回はあった、つまり色々と試しているかと」
「実験か・・恐ろしい相手のようだな・・」
一つの集落を実験のために滅ぼすような敵。
正直言って相手にしたくないが、その目的のために必要なもの、その中にエルフたちも含まれていたら?
そう考えると、ここは良い実験場だろう。隔離され、誰にも邪魔されないのに、豊富な種族がいる。
・・・クソったれめ、最低だ。
「とにかく、森狼族の集落に戻って話そう。
ここに長く留まるのは危険だと思う」
「そうだな、もう一度襲撃があるかもしれん。
俺はスーやクーに伝えてくる」
「頼むよイズ兄さん。ん?どうしたナイマ?」
「食べきれない熊は埋めてきた」
「・・食べないで埋めて欲しかった」
「美味しそうだった」
「お前の好物に熊が加わるとは思わなかったよ」
私たちはグレートベアーたちを丁重に葬った後、集落へと急いだ。幸いにも集落は襲撃を受けておらず、手助けした礼に一晩泊めてもらい、明日の朝にドワーフの村へ向かうことになった。
「グラフに案内させよう、道を知っている」
「ありがとう、でもここも危ないかもしれない。
できればエルフと合流する方が良いと思う」
「うむ、我々も熊どものようになるかもしれん。
お前たちの帰りに我らも合流することにしよう」
森狼たちも我々に合流し、共に戦うことを決めてくれたようだ。あんな姿を見たらそう思うだろう。
「村長には私がフェアリーで伝えておこう」
「イズ兄さん、前も聞いて思ったんだけど、
フェアリーっていったい何なの?」
「妖精族だが、精霊に近い種族でな。
同じ妖精族にしか見えず、話も出来ない。
なのでよく伝言を頼むんだ」
「今もいる?」
「ああ、いるが君たちには見えないだろう」
「このフワフワ飛んでるちっさいの?」
「見えるのかナイマ!?」
「腹の足しにならない」
「お前の基準は食欲なのかっ!?」
「ああっ!?逃げるなフェアリーっ!?」
怯えるフェアリーをイズ兄さんが慰めている間、私はニコとC2にここへ来た時の事を聞いた。
彼女たちは私と同じように『セブンスフィア』をプレイ中、画面に黒い魔法陣が現れ、気付いたら祠にいたらしい。そう、私たちがホビットの村へ向かう途中に立ち寄った、あの祠だ。
ニコがゲーム内のフィールドをウロウロしていた時、馬に乗ったC2が彼女を発見、我々と合流すため近くにある城塞都市に向かおうとしたら召喚された。
二人は一緒に狭間の少女と出会い、キャラメイキングを行った後にこの世界へ飛ばされたらしい。ニコが見た目や設定に迷いに迷ったこと、二人分決めるためにかなり時間を使ってしまい、少女にずいぶんと急かされてこの世界に飛ばされた、ということだった。
「ふむ、二人で一緒にあの空間へ入れたのか・・」
「うん、ずっとC2さんと一緒だったよ!ねー?」
「・・・」〈コクリ〉
「でね、髪の色を金色にしようか赤色にしようか
すっごく迷ってさー!結局金色にしたんだけど」
「そういえばゲームのアバターは紫だったな」
「せっかくだし気分変えたいじゃん?」
「まあ、それは良いんだが。
二人の階位は何になったんだ?」
「えーっとね、私はゲームじゃ両手剣士
だったけど、今は戦乙女になったよ!」
「ふむ、私も領主に変わっているが、
ニコも魂に関係する階位に変えられたのか?」
「だね!なんかそっちが向いてるって言われたー」
「・・狂戦士じゃなかったのか」
ニコはもともとゲームでも暴走癖があり、相手が強かろうが何だろうが突撃する前衛だった。だが、途中から王様を守る騎士ポジションに目覚めたようで、駄々をこねて近衛に配置換えしてもらってたんだ。
が、近衛になっても暴走癖は治らず、護衛すべき私を放って敵に突撃するのでまったく近衛になっていなかったため、ぶっちゃけ暴れてる距離が長くなっただけじゃないかと、仲間たちに呆れられていた。
「えへへ、なんか女の子だとそっちになるって!
女の子って言われちゃったよ!どう?どう!?」
「・・うん、似合ってるよ女の子バーサーカー」
「やっぱり!?カッコイイよねこれっ!?
下がスカートみたいになってるんだよ!!」
「そうか良かったな、もんぺとかじゃなくて。
ところでC2の階位は何なんだ?」
ゲームで近衛隊長だったから、近衛騎士とかだろうか?もともとは私と同じで剣をメインにした騎士職を選んでいたと思うんだが。
「・・・」〈ポンポン〉
「盾?ああ、門番か?」
「・・・」〈フルフル クイックイッ〉
「二つ上?一つ上だと盾騎士で、
二つ上なら守護騎士だったか?
スゴいな!上級階位じゃないか!!」
「・・・」〈ニコニコ〉
守護騎士は仲間を守るスキルが充実しているタンカー系の職業だ。近衛騎士とよく似ているものの、より防御力や体力に特化し、大型の盾を攻撃にも使う。
「そうか、確かにタンカーとしても優秀だったな。
しかしC2は思ったより保守派なのか?」
「?」
「いや、魂の適性とかそういうのが関係するから」
「・・・・・」〈ムー〉
「そうだな、ゲームと階位の違いが少ないなら、
とくに深く考えないな」
「・・・」〈コクコク〉
「・・ロウさんいつも思うけど、よくC2さんの
言いたい事がわかるよね・・しゃべらないのに」
「んー、まあ付き合い長いからな。
お前もわかるだろう?」
「まあ、ちょっとはわかるけど。
そんなに詳しくはわからないよ」
「C2はいつも行動で示してくれたからな。
言葉以上に気持ちを伝えてくれていた」
「・・・・」〈テレテレ〉
「・・照れることはないだろう」
「ヤバイ!C2さんかわいいよー!!」
ニコがC2に抱きついて頭をナデナデしている。
困った顔のC2を眺めながら、私は違和感を禁じ得なかった。なぜなら私は彼女の事を・・・
ずっと中年のおっさんだと思っていたからだ。
ゲーム内やグループチャットでも、年に数回しか話さないC2の正体を知る者はいない。女性アバターを使っていたものの、コスチュームにはほとんどお金をかけずに装備と自らの強化、そしてギルドを大きくするための増資に大半をつぎ込んでいた。増資額はギルドでもトップクラスだろう、毎月入れてたし。
それにわずかな会話から社会人として、世界を飛び回るビジネスマンであることを知った私は、きっとチャットが苦手なそれなりの役職についている、シブい中年のおっさんを想像していたのだ。
「・・それが・・これか・・」
「?」
不思議そうに首をかしげるC2は、20歳以下の小柄な女性にしか見えない。ニコは170cmぐらいあると思うが、彼女?は155cmちょいってところか?
私と彼(彼女だったが)の付き合いは2年半にもなる。
最初にギルドを作ってしまった時に入ってきたメンバーで、『UKーF』設立後も共に戦ってきたこともあり、同じく最初期メンバーでありサブマスターであった『nakayan』と共に絶大な信頼を寄せていた。言葉数は少ないが、重要な時、必要な時は必ず側にいて、助けてくれた。
そんなおっさんだと思っていた友人が、可愛らしい小柄な女性の姿で目の前にいる事に困惑する。私はゲームというものを恐ろしく感じた。いったい誰が男で誰が女なのかさっぱりわからん・・。
そもそも本当に女性なのか?私はリアル男性のゲームは女性キャラで遊んでいたが、今の身体は見た目が女の子的な男。なら、もし私のおっさん説が正しければ、C2も男の娘になっているのではないだろうか?
私は勇気を出して聞いてみた。
「C2、一つ聞いて良いか?」
「???」
「お前、女だったのか?」
「・・・・・」
困惑した表情の彼女?だったが、ようやく私の言った意味が通じたのか・・私の眼を真っ直ぐ見て、
「・・・・フッ」
「・・っ!!!?」
鼻で笑われてしまいました・・・Orz
「いや、だって男だと思ってたから・・」
「・・・」
「えーっと、ロウさんどんまい?」
「疑問系の慰めなどいらんわっ!!」
「大丈夫、ロウもオカマ」
「いきなり入ってオカマ扱いはどうかと思う!?」
「ロウさん、アバターとあんまり変わってないね」
「あの少女が変更を拒否したんだ、自分の趣味で」
「いいと思うよ!!かわいいし!!」
「・・・」〈クスクス〉
「笑っているではないかっ!!」
違和感はあるが、会話を繰り返すたびにそれっぽく感じてきた。オフ会で会った仲間と同じで、やはり言葉を交わしていると本人だと思えてくるものなんだな。まあ、C2はしゃべっていないが。
「ところでさ、その子って知り合い?
ギルドにはいなかったよね?たぶん?」
「・・・」〈コクリ〉
「ああ、ナイマだ。こっちで知り合ったんだ」
「ロウの飼い主」
「人をペットのように扱わないでほしいっ!!」
「・・・」〈ジーッ〉
「ロウさん、やっぱりそういう・・」
「そういう、ってなんだ!?私は潔白だっ!!」
「ロウに初めてを奪われた」
「・・!?」
「ロウさん!それはダメだと思うから!!」
「奪われたのは私だ!!」
「やはりDTだった」
「こっちの世界での話だっ!?」
「うわー、やっちゃったんだサイテー」
「・・・」〈ジトーッ〉
「やめてっ!そんな目で私を見ないでっ!?」
「困ったやつだ」
「それは私のセリフだっ!!」
そうやって夜は更けていく。
森狼たちが眠れないと苦情を伝えてくるまで話は続き、私たちは平謝りした後で雑魚寝した。
肉体的にも精神的にも疲れ果てた私は、毛布をかぶって数秒後には眠りについてしまった。
が、私のシックスセンスが全開で警報を鳴らす!
一瞬で覚醒した私は、なぜかこんもりとふくらんでいる毛布を剥ぎ取ると、やはりそこには黒い悪魔が!?
(き、きさま!この状況で正気かっ!?)
(なかなかスリリング)
(スリリングどころかクレイジーだと思うっ!?)
(熊をやった、だから夜もやる)
(その理論には致命的欠陥があると思います!!)
(論より証拠、ほれほれ)
(グハァ!?ほ、本気なのか!?)
(もう我慢できない、食べる)
(我慢したことないだろお前っ!?)
(しー、みんな寝てる。静かに)
(お前が言うなぁーーーっ!?)
逃げようとする私に再び毛布をかぶせてきたナイマは、狂気にとらわれた悪魔にしか見えなかった。
そして、朝が来た。
「・・・」
「・・・お、おはよう」
「・・・」(声かけてきたわよ ヒソヒソ)
「・・・」(ダメよ昨夜のことは ヒソヒソ)
「・・・あ、イズ兄さん。おはよう!」
「あ、ああ。今日も元気だな、昨日もだが」
「ちょっとお兄様!」
「あ!ああ、わかっている。わかってるぞ!」
「ロウ様、おはようございます!
私たちは昨夜は疲れてぐっすりでした!!」
「・・そうか。確かに大変な1日だったな」
「ああ、本当に大変な1日だったな、ロウ」
「そう、朝まで大変だった」
「なっ!?」
「まあっ!?」
「なあまだ眠いだろう寝てていいぞナイマっ!」
「そ、そうだぞ!ちゃんと寝ないとダメだぞ!」
「目にクマができてる」
「っ!?こ、これはエルフの伝統的な化粧だ!?」
「そうなの!!お兄様は化粧が大好きなんです!」
「・・ミリィ、それは誤解を生むと思うぞ」
「よく寝たー!!おはよーっロウさん!!」
「あ、ああ。おはようニコ、C2。
朝ごはんを作るから、ちょっと待っててくれ」
「・・・」〈ジーッ〉
「そんな犯罪者を見る目で見ないでくれC2!!」
「ロウ、この熊焼いて」
「お前の神経はカーボンケブラーかっ!?」
なんとも言えない雰囲気の中で、私たちは朝食を終え、いそいそと出発の準備をする。
森狼の子供に指を指され、ニヤニヤする女性がこちらを見ながらヒソヒソ話す姿など見えない。
族長の「まあ、我らもそんなもんだが・・よその家で一晩中は、ちょっとな・・」とか、聞こえない。
後ろでディンエルとクーサリオンが赤い顔をしてこちらに向ける視線にも気づかない。
何もなかった、そう、何もなかったんだ。
そうして、私たちは森狼の集落を出発し、グラフの先導でドワーフの村へ向かった。
村はグラフと最初に出会った小川の上流にあるらしい、川沿いを進む私たちは少しづつ元気になった。
「見てロウさん!すっごい川の水が綺麗だよ!!」
「この辺りの水は山の雪解け水だからな」
「グラフさんも山まで行ったことあるの?」
「ああ、ドワーフの村までだが。
ニコ殿も装備を整えられるのか?」
「うーん、そうしたいけどお金ないしねー・・」
「昨日話したが、共に敵と戦ってくれるなら
装備は我々が頼んでなんとかしよう」
「ああ、ニコやC2も貴重な戦力だ。
できれば一緒に手伝って欲しい」
「そう!?ならがんばっちゃうよ私!!」
「・・・!」〈コクコク!〉
「この二人も帰ったら訓練?」
「ああ、そうだな。
実戦的な動きを教えてやって欲しい」
「そう、楽しみが増えた」
「あっ!ナイマちゃん強いんだよね!
私ももっともっと強くなりたいっ!!」
「私は・・それしかないから」
そう言ったナイマは、少し寂しそうな表情でうつむいた。彼女は戦う事や殺す事以外に自信を持てるものを持っていない。少なくとも本人はそう思っているのだろう、私はかける言葉を見つけられないでいた。
だが、ニコは違った。
「そんなことはないと思うよ?」
「・・・」
「私ね、自分でもどんくさいと思うし、
ロウさんにもよく怒られたけど、
それでも誰かの役に立ちたいって思う」
「ニコは明るい」
「まあ、それしか取り柄ないからねー!
でも、そんな私でも何かできるかも?
って思う時があるんだー。
だから、なんでも頑張ってみるといいよ!
そしたら、誰かにほめてもらえるかも!」
「ほめてもらえるために頑張る?」
「そうだよ!だってうれしいじゃん!!」
そう言ってナイマに抱きつくニコ。
相変わらず言っていることの意味はよくわからないが、ニコは一生懸命何かを伝えようとしていた。
ナイマは不思議そうに自分に抱きつくニコを見ながら、続いて私を見て、またニコを見た。
そして、少し微笑んだ。
「なんとなく、わかる」
「でしょでしょでしょっ!?」
「うん、多分うれしい」
「うん!それでいいと思う!
誰かのために頑張るって、がんばれるんだ!」
「・・言葉になっていないぞ?ニコ」
「いいもーん!ロウさんは関係ないもーん!」
「仲間はずれか、私は・・」
「だってロウさんはマスターじゃん!
黙って私たちに守られてればいいの!!」
「それは俺も同感だ、ロウは前に出すぎる」
「危ない時ありますよね、お兄様?」
「王様は後ろでドシっと構えときゃいいよな!」
「・・・」〈コクコク〉
「私たちが強くなって、ロウを守る」
「何だお前たち、みんな揃って」
どうやら変な連帯感が生まれたようだ。
私としては、マスターであったのはゲームの時までで、今はそんな力はないと思っているんだが。
この世界はリアルだ、殺されれば死ぬ。
そんな中で、のうのうと後ろで偉そうにふんぞり返っている余裕などあるはずもない。身体強化すら出来ない私では強敵の相手は難しいだろうが、作戦立案や囮なり、なんなりと使いようはあるだろう。
守られるだけの存在に、私は価値を見出せない。
「お前たちを戦わせて、私だけ後ろにいるなど
とてもじゃないが許せないな、自分が」
「まあ、ロウさんもバーサーカーだしねー」
「・・・」〈コクコク〉
「ロウはダメ男のくせにカッコつける」
「ダメ男いうなっ!!」
「しかしロウ、ニコさんの言うことは一理ある。
守るべき者がいるからこそ、我々も努力する」
「イズの言う通りだぜ、王様。
あんたに死なれちゃ俺たちの恥になるんだよ」
「スー、たまには良い事を言うじゃないか」
「へへ、だろ?」
「・・たまには、だけどね・・」
「ディン、お前は黙ってていいぜ?」
「俺ももっと弓が上手くなりたい、
そう思えるのは王様のおかげだ」
「クーサリオン、私はだな・・」
「ちょっとロウさん!あれ見てあれっ!!」
「・・はいはい、なんだよニコ」
そう言ってニコが指差す方向を見ると、進んでいるうちに随分と景色が変わっている事に気付いた。
周りの木は森狼に集落周辺と違って針葉樹が増え、苔の生えた大きな岩がそこらじゅうに転がっている。川の流れは急になり、高低差が出てきたせいなのか小さな滝のようになっている所もある。
ニコが見つけたのは、その滝の向こうに細い道が見上げるほどの大きな山へと続いている景色だった。山はところどころ白い岩肌をのぞかせていたが、大部分は背の低い草花で緑色となっていて、そのコントラストが美しい。山頂は雲がかかるほど高く、うっすらと雪に覆われていた。
「あれがドワーフの住む山なのか・・」
「ヤバくない!?すっごい綺麗だよねっ!?」
「・・・」〈コクリ〉
「雪、初めて見た」
「あの山の中腹にドワーフの村がある。
ここからでは見えんが、あの辺りだな」
「グラフ殿、まだかなり距離があるようだな」
「ああ、ここからまだ半日はかかるだろう」
確かに道は蛇行しているし、高さもあるので時間がかかりそうだ。登山か・・やったことないな。
「一度休憩してから登りませんか?ロウ様」
「そうだな・・ミリィの言う通りにしよう」
「ならマイグリンたちも呼ぼうぜ。
あいつらもけっこう疲れてるだろうしな」
「そうだな、呼んできてくれるか?」
「ああ、見張りは俺が代わってやるよ」
「スーさん、優しいですね」
「あ、あああ当たり前じゃねぇかミリィ!
誰だって気づくぜそんなのよぅ!!」
顔を真っ赤にして手をブンブン振るスーリオン、ふむ、そんなに嬉しいのか。
「照れてる」
「言わなくてもいいってばナイマさん!!」
「へー、ほー、ふーん?」
「ニコさんもなんだよ!そのにやけ面っ!?」
「ムフフー!青春ですなぁー!」
「・・・」〈ウムウム〉
「む、ムカつくぜなんだかよぉ!!」
「何に照れてるんだ?スーは?」
「イズ、お前はわからずとも問題ないな」
「何だクー、俺には理由が言えないのか?」
「・・イズは天然だから・・」
「おいディン!スーが照れるのと天然なのと
何の関係があるんだ!?」
「イズ兄さん、はいお茶だよ」
「あ、ああ。ロウには理由がわかるのか?」
「そりゃあ、私にもそれぐらいはわかるよ」
「なら教えてくれ。
あいつはいったい何に照れているんだ?」
「気づかいを褒められたことだろう?」
「・・・・・そうなのか?」
「・・ニブチンが増えた・・」
「予想通りですけどね」
「やはりダメ男」
「なぜにダメ男評価なんだっ!?」
ゆっくりと休憩してリフレッシュした私たちは、再び山へ向かい始める。
だんだん道に石が増えてきて、坂も急になってきた。金属鎧はかなりの重量があるし、武器も重い。
普通の登山より過酷な条件だが、比較的体力のあるメンバーにとっては余裕。むしろミリィやディンエルのような魔法使い系の方がつらそうだった。まあ、階位や種族補正がほとんど無いからな。
短い休憩を挟みながら山にたどり着き、登り始めると更にキツくなる。道は細いし、大きい岩もゴロゴロしているので真っ直ぐに登れないのも大変な理由だ。皆の息も乱れ、足取りも遅くなり始める。
「い、いつまで続くんだよ?キツイぜ!!」
「情けないぞスー、文句言わずに進め!」
「私、足が痛くなってきました・・」
「マジか!?おい!休憩だ休憩っ!!」
「止まれば余計に苦しくなる、まだダメだな」
「イズ!足痛めたらどうするんだよっ!」
「ポーションがあるだろう?」
「あ、そうか!その手があったか!」
「もう少しで村に着く、頑張ってくれ」
「グラフさんは大丈夫なんですか?」
「ミリィ殿、ビーストの我々からすれば
この程度の山で疲れることは無いのだ」
「私も平気だぞ?スキップもできる」
「なんて元気な王様なんだよ・・」
「異常なほどの体力だな。羨ましい・・」
「・・それで朝まであんなに激しく・・」
「ディンエル!それは言っちゃダメ!!」
「ロウ、おんぶ」
「あー!ずるいーっ!私もおんぶーっ!!」
「ちょっ!二人ともやめギャーーッ!!」
軽く飛んで私の背中に乗ったナイマを見て、なにを思ったのかニコまでジャンプして乗ってきた。
女性とはいえ金属鎧でフル武装した二人などまともに背負えるわけもなく、私は十字架を背負うクライストのようにフラつきながら歩く。ああ、なんの拷問だこれは?お母さん私の背負った罪はこんなにも・・
「おい、村が見えてきたぞ!!」
背の高いイズ兄さんの声に皆が一斉に顔を上げる、背中にいる二人にも見えたようだ。
「おお、あれかよ!」
「あともうちょっとですね!!」
「・・疲れた・・」
「大丈夫かディン?」
「・・うん、ありがとうイズ・・」
皆もかなり疲れてきているが、村が見えたことで足取りは速くなった。私の背中に乗っている二人は元気そのものなんだが、特にデカい方が。
「ロウさん!山におうちが建ってるよー!
なんか山にくっついてるみたいー!!」
「ハア・・ハア・・そうか・・
私のお墓も立ちそうなんだが・・」
「ニコ、重い」
「えー!?そんなに重くないよーっ!?」
「ええい!とっとと降りろ!!」
「やだっ!!」
「私はかるい」
「もうすぐ着くだろうがっ!?」
「がんばれ」
「王よ、さすがです」
「そんな尊敬はいらんっ!!」
「軟弱だな、この程度で疲れるとは」
「お前は狩兵持ちだろうが!!」
「クックック、良いだろう?」
「・・兄さん嬉しそう・・」
「・・・」〈コクコク〉
村の近くまで来ると、何人かのドワーフが走ってきた。どうやら私に乗っかってるバカ二人を怪我人か何かだと思っているらしい、担架まで持ってきている。
私たちは村の入り口近くで次々と座り込み、そして私も力尽きた。
「おい!大丈夫か!?」
「・・大丈夫ではない」
「ロウ、まだ寝るのははやい」
「えー?もう終わりー?」
「何じゃ、こやつら元気じゃぞ?」
「こやつが一番死にそうじゃわい!!」
「ミリィ、足は大丈夫かよ?」
「ええ、ポーションが効いたみたいです」
「そっか、無理すんなよ?」
「・・ありがとう、心配してくれて」
「ひゅーひゅー」
「ヒューヒューっ!!」
「お前ら早く降りろ・・死ぬ・・」
「いかん!こやつを担架に!!」
私はドワーフたちに運ばれて村に入った。
二人はミリィとイズ兄さんに説教されている。ニコはしゅんとなっているが、ナイマは蝶々を眺めている。
ドワーフの村は山の斜面を利用して造られていて、わりと大きな建物がたくさんあるようだ。
中央には井戸があり、近くには洗い場のようなスペースがあって、そこで洗濯などをしている。村の近くにはヤギがたくさんいて、ドワーフが放牧しているのだろう、何人かが世話をしている。
家は石造りの頑丈そうなものだ。熊の集落に似た造りなので、彼らが建てたのかもしれないな。家には煙突があり、火を扱っているのがわかる。鍛冶場も家の中にあるのだろうか?
山の斜面には大きな穴がたくさんあり、木組みされて補強した通路となっているようだ。おそらく発掘のために掘り進んでいるのだろうが、このあたりでは何の鉱石が採れるんだろうか?
私は洗い場の近くに降ろされ、よく冷えた水で濡らされた布をおでこに当てられている。優しいな。
しばらくするとイズ兄さんと髭もじゃのドワーフが一緒にこちらへ歩いてきた。
「ロウ、大丈夫か?」
「ああ、だいぶ落ち着いたよ。
そちらの方は?」
「ああ、ドワーフ族の村長だ。
事情を伝えてきたら、お前に会いたいと」
「うむ、伝承に伝わる王の話は儂らも知っとる。
お主が本当に王であれば、儂らの悲願も叶う。
なのでぜひ顔を見とうての!」
「そうですか、私がそうかはわかりませんが、
私はロウ・L・セイバー、ロウと呼んで下さい」
「うむ、儂は村長のゴードン。歓迎するぞ」
私は起き上がり、ドワーフの村長と握手した。彼の身長は私と同じぐらいだが、手は驚くほど大きい。
分厚い皮手袋のようなゴツゴツした手は、きっと鍛冶によって作られた職人の手なのだろう。
ゴードンさんも私の手を見て、ニカッと人好きのする笑顔を見せる。
「うむうむ!細いしちっこい奴じゃと思ったが、
相当に剣を振っとる手じゃのう?」
「はあ、わかるものなのですか?」
「そりゃあ当然じゃ。儂らドワーフの鍛冶師は
手を見ればどんな武器を振っとるのかわかる。
お主は剣一筋じゃな、頑固な手じゃ!」
ホッホッホ!と笑う爺さんは、私の手を離した後に剣を見せて欲しいと頼んできた。
私は腰に下げていた黒鋼のバスタードソードの剣身を持ち、柄を爺さんに向ける。
それを手にとって、角度を変えながら眺める爺さん。その目は一流の職人らしく鋭く、強い。
「うむ、悪くはない剣じゃが、ちと傷んどるな。
魔力を通したように見えんが、なんでじゃ?」
「・・私は魔法が使えないのです。
それは身体強化や魔力付与も含めてです」
「なんじゃと!?魔法が使えんじゃと!?」
「ええ、階位変更の影響で・・」
うーむ、としばらく考え込んだ爺さんは、おもむろに私へ手のひらを向けて、詠唱を始める。
何かの魔法を使うようだ。
「その力、我に知らせよ『リーディング』」
「っ!?」
「こ、これは・・!何という魔力量じゃ!?」
『リーディング』は第3階梯の鑑定魔法だ。風魔法の『サーチ』と同様に分析魔法や鑑定魔法の分類に入るが、対象のステータスや能力をある程度読み取ることができる。鑑定魔法はどの属性でも使えるため、私のような反属性でもない限り習得できるが、敵対心が強いと読めなかったりする。
魔法は簡単な順番に第1階梯から第10階梯まで存在するんだが、第3までは簡単で、それ以降は階位や職業によって使えないものが増えてくる。鑑定魔法は鍛冶師や錬金術師が得意とする魔法だ。
「お主・・何者じゃ?
これほどの魔力量を持ちながら魔法が使えん。
普通なら考えられんことが起きておるわ」
「村長、ロウの魔力はそんなに多いのか?」
「うむ、とんでもない量じゃ。
そこにおる小娘の10倍はあろう」
「な!?ミリィの10倍だと!?」
「ええ!?私は村で一番魔力が多いんですよ!」
「儂も信じられん。これほどの魔力を持つのは、
魔王か神、もしくは大天使ぐらいじゃろう」
「私としては何の影響も感じられないんだが・・」
「それはそうじゃ、魔法が使えんなら意味がない。
しかし、なぜこれほどの魔力を持てるんじゃ?」
理由はわかる。私の本来の階位は大魔導士、おそらく通常の2倍ぐらいの魔力量があっても不思議ではないだろう。だが、一番の原因はあの少女と同化した影響だと、私は思っている。
彼女はおそらく闇神のコピー体だというのが私の推測だ。なら、その魔力も膨大な量になるだろう。
それと同化した私の魔力量が、神に匹敵すると言われても不思議ではない。なんせ亜神だしな。
「色々と事情があって多くなったみたいですね」
「桁が違うと思うんじゃが・・」
「ふむ、なんとか活かせないものかな?」
「そりゃ無理だよイズ兄さん、魔法使えないし」
「いや、そうでもないぞ?これは儂らの領域じゃ」
「どういうことですか?」
「魔法を使うのではなく、魔力を利用するのじゃ。
儂らが魔法の武具も扱えるのを知らんのか?」
「そうか!!魔力を糧にして発動する装備を造り
ロウに装備させれば、その魔力を活かせる!」
「そうじゃ、それなら強化程度の効果は出せる」
「そんな方法もあるのか・・」
「じゃが、今は素材が足りん。
こりゃ久しぶりに潜らにゃいかんのぅ!」
「潜る?どこへ?」
「決まっとる、ダンジョンじゃよ。
あそこの坑道はダンジョンの入り口なんじゃ」
「ダンジョンだって!?」
驚いた、まさかこの世界にもゲームのようなダンジョンが存在するとは思わなかった!
てっきり鉱山の入り口だと思ってたけど、ここにダンジョンがあるから村を作ったのか!?
「爺さん!行こう!ダンジョンに行こう!」
「誰が爺さんじゃ!じゃが、わかるぞい!
男なら冒険に心躍らせてなんぼじゃわい!!」
私と爺さんは両手を取り合ってピョンピョン跳ねる。ダンジョンだ!ダンジョンっ!!
久しぶりにゲーマー気分が盛り上がった私は、この世界に来て初めてのRPGっぽい展開に興奮する。
呆れている仲間の視線を感じながら、坑道の入り口から目が離せない私たちだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※