1章『スリーピングフォレスト』♯7〜8
エルフの村にたどり着いた二人は、
森の秘密の一端を知る。
それは、我々の知らない神々の物語だった。
♯07 エルフの村
・・・想像以上だった。
ナイマの過去を聞いた私は、言葉を失った。
遠い国で起きている、そんな出来事として考えるには、
彼女の語った話は、あまりにも生々しすぎた。
先程見せた、命を奪う事への忌避感の無さ。
話を聞くまでは、いったいどんな状況で、彼女のようなプレイヤーが生まれたのか気になったのだが、
正直・・聞かなかった方が良かったかもしれない。
だが、既に彼女は過去を語り、私は知ってしまった。
彼女の眼差しに答えるべく、私は口を開いた。
「・・・すまない、何と言えばいいのか・・
私には上手く言葉に出来ない・・」
「・・・・・そう」
何も言えなかった。
彼女や妹が受けたであろう絶望や悲しみ、そしてそんな状況へ追いやった奴等への怒り。
色んな感情が湧き出してきて、私の頭と心は真っ黒に染まり、冷たくなっていった。
けど・・・それは全て彼女を形作るもの。ならば憐れみも、慰めも相応しく無いと思う。
しばらく私は黙って、エルフ達と少し離れた後ろをナイマと歩いていたが、
「本当は何か言いたいんだが、整理できないんだ。
聞いておいて情けない話だが」
そう言った私を見て、ナイマはクスクスと笑った。
「いい。ロウは聞いてくれた、だからいい」
「聞いただけで、何の役にも立ってないと思うが」
「言葉が欲しいわけじゃなかった」
「・・・なら、なぜ話してくれたんだ?」
妙に楽しげなナイマが、私には不思議だった。
聞かない方がいい内容だったと思う。
私は罪悪感で押し潰れそうだが、彼女は笑っている。
「ロウ、聞いてくれる人がいるのは、幸せな事」
「それが役立たずなダメ男でもか?」
「ロウがダメ男なのは周知の事実、ロバの方がマシ」
「そこはロバよりマシと言って欲しい・・」
ナイマは立ち止まると黒い翼と両手を目一杯広げ、少し飛ぶと、その場でクルクルと回転し、
肩まで伸びた黒髪が一緒に広がり、黒い翼も広がり、廻る指先で絵を描くように舞った。
私はそこに、生きている躍動を感じた。
「ロウのお陰で、やりたい事が出来た!」
「・・何を思いついたんだ?」
「誰かに、何かを教えたい。
奪うためじゃなく、助けるために!」
「・・そうか。良いと思うが、その前に一つ、
妹の墓を立てた方が良くないか?キミの故郷に」
高速回転していたナイマは空中で急停止、ビックリした顔でこちらを見た。器用な奴だな。
「それ、考えてたっ!!」
「そうか、ならそうすればいい」
「でも、帰れるのかな?私達?」
「さあな。私達はまだ来たばかりだし、
帰る方法なんて考えてもいなかった」
正直、帰る方法を考えたくなかったのか。
現実は私達を縛り付ける。
例え仮初でも自由を欲して抗いたくなるほどに。
「ロウに期待できないから、私が頑張って見つける!」
「そこは少しぐらい期待してくれないか・・」
私は知らず微笑んでいた。
この娘は、なぜか不思議と人を笑顔にさせる、
きっと故郷に帰ったら、良い先生になるんだろうな。
そんなやり取りを二人でしていると、前を歩くミリィがこちらを向いて微笑んでいるのが見えた。
なんだ、何か面白い事でもあったのか?
「楽しそうですね〜。・・ところで、
お二人は恋人なのですか?」
「こんなDT野郎は無理」
「誰がDTだっ!!」
「そもそも女にしか見えない」
「確かに女性みたいなお顔と姿をされていますね。
私も最初見た時はどちらか迷いました!」
まさかノリで某アニメの主人公ロープレしてましたとか言っても通じないんだろうな。
「鎧や服装もどことなく女性っぽいですが、
それもどなたかに選んで頂いたのですか?」
「まあ、用意されてたのを着ただけというか・・」
「ロウの趣味」
「まあっ!?・・ロウ様、まさかそんなっ!?
でも、私はアリだと思いますよっ!!」
「ちょっと待て、人を女装趣味の様に言うなっ!」
「もし絡むなら受け確定」
「いえ、私はヘタレ攻めもアリかと思いますっ!」
「・・まさかエルフにも腐った文化があるのか?」
「殿方には秘密です♪」
「女のたしなみ」
「馬鹿な!腐女子は世界を超えるのかっ!?」
「・・おい、お楽しみ中に済まないが、村が見えてきたぞ?」
きゃいきゃいと騒ぐ二人を困惑した目で見ながら、真面目なイズ兄さんは先を指差した。
村なのかな?確かに高い木にくっついた櫓みたいなのと、木みたいな門らしきものが見える。
門の周りは、棘が生えた木の枝がびっしりと壁のように生えていて、中が全然見えない。
「なんだか・・砦みたいですね」
「ああ、最近色々あってな」
「ほんの少し前まではあの塀や櫓も無かったので、
この辺りからでも村が見えたんですよ?」
「あの枝は訓練に使えそう」
「物騒な考えは止めてくださいよナイマさんっ!?」
櫓の上にはエルフ達の姿があり、イズ兄さんが彼らに手を振ると、一人のエルフが振り返した。
そしてゆっくりと門が開いていく。大きさは高さ8m、横幅3mぐらいかな?かなりデカい。
ぬぬっ?よく見るとあの門、足みたいな根がたくさん生えてて、自分で歩いてないか!?
「門が歩いてるっ!?」
「ロウ、クスリはダメ」
「正気だから!トリップしてないからっ!!」
「あれはウォールトレントという妖樹の一種だ。
門の代わりになってもらっている」
「スゴイな!エルフの動く城か!?」
「いや、別に城が動くわけではないんだが・・」
ノリが悪いなイズ兄さん。
まあエルフがジブリ知ってたら驚くんだが。
ウォールトレントの門をくぐると、中には畑が広がっていて、木の上に家がたくさんあった。
木の上にあるんだな、エルフの家。
歩いていると周りのエルフや犬みたいな人?が挨拶してくるが、私達を見てみんな驚いている。
「・・人間や闇天使って珍しいのかな?」
「きっとオカマが珍しい」
「誰がオカマかっ!!」
だんだん家が増えてきた。
しばらく歩くと塀が見えて、また入り口のような場所に門のようなトレントがいた。そしてさっきと同じように、イズ兄さんが櫓のエルフに手を振った。
そうすると上にいたエルフの一人が声をかけてきた。
「おい、イズ!後ろに連れているのは誰だ!?」
「ああ、彼等は我々の恩人だ、スー!
ゴブリンに奇襲されたところを助けてもらった!」
「本当か!?クソッ!奴ら祠の近くに出てくるほど
縄張りを広げてきやがったのかっ!?」
「いや、恐らく我々を待ち伏せしたんだろう!
目立つオーガどもは連れていなかった!」
その会話を聞いたエルフの村人達が、続々と家から出てきて騒ぎ出す。まさかあんな所まで!とか、
息子はどうなったの!?とか言いながら、気付いたら我々の周りに人々が集まってきた。
中には、神輿の上に寝かされている複数の死体を見て、その場で泣き出す女性もいた。
「静まれ!!私達は村長の元へ報告に向かう!
詳しい話は後だっ!!」
イズ兄さんの一喝に、集まっていたエルフ達は渋々だが脇に寄り、道を開けてくれる。
だが、ミリィは死体が乗った神輿を降ろさせ、近くのエルフに家族を呼ぶよう伝えていた。
途中でふざけた会話もしていたが、あれは仲間が死んだ暗い空気を晴らす為だったのだろう。
今は涙をこらえて、震えている。
「エルフは感情を表に出さないと思っていたよ」
「誰に聞いたのか知らんが、我々にも感情はある」
「いや、長命だから感情の起伏が薄くなっていく、
と思ってたんだ」
「長命?確かにヒューマンよりは長いと思うが、
そこまで大きく変わらんと思うぞ?」
「1000年ぐらい生きるんじゃないの?エルフ」
「本当に誰から聞いたんだ?そんなわけ無いだろう。
長寿のエルフでも、せいぜい200歳程だ」
えっ?エルフの寿命ってそんなに短いの!?
ファンタジー設定ではエルフって人間の何倍も生きて、その代わり出生率が低いものではないのか?
確か精霊に近いから寿命も長いとか、そんな感じだったと思うけど、200年だと倍ぐらい?
もしかして、彼等は我々の想像していたエルフとは違う生き物なのかもしれない・・。
そんなことを考えているうちに、小さな小川のある広場の真ん中でイズ兄さんは立ち止まった。
「さあ、着いたぞ。ここが村の中心になる。
正面にある大きな木が、私達の家だ」
「木の上に幾つか家があるけど、どれが家なの?」
「全部だ。一番上にある大きなものが父の部屋、
その下が私の部屋、その下が母と妹の部屋だ」
「木と木が大きな橋で繋がってるけど、
もしかして木の上で生活してるの!?」
「ん?当然だろう、我々はウッドエルフなのだ。
木の上以外に住処は作らんぞ?」
「ウッドエルフが木の下に家を建てるとか、
そんな話は私も聞いた事ないです!」
ウッドエルフって言われても違いわからんしっ!
だが、二人が言うように木と木を繋ぐ橋の上にはエルフ達が歩いていて、普通に暮らしてる。
比べて地面にはさっきも居た犬みたいな種族と、背の低い種族が協力して家を建てている。
どうやら彼らの家はまだまだ少ないらしく、簡易的ながらたくさんの家を建築中だった。
「あそこで家を建ててる方達は、
どう見てもエルフじゃないよね?」
「ああ、クーシー族とホビット族だな。
彼等は村を失って我等を頼ってきたのだ」
「村を失った?」
「そうだ、その辺りの話も父が話すだろう。
さあ、私について一緒に来てくれ」
そのクーシーとホビット達の視線をなんとなく感じながら、イズ兄さんの後ろに並んでついて行き、
巨大な木から生えた、板の螺旋階段をどんどん登っていく。こ、怖い!これは結構な高さだぞ!?
「ロウ、ビビってる?」
「び、ビビってねぇしっ!?
ちょっとビックリしてるだけだしっ!!」
「なら、早く行け。ほれほれ」
「やめてぇ!?急かさないで優しくしてぇ!!」
「何だ、ロウ。お前も高い所が苦手なのか?
クーシーやホビット達も怖がるんだが」
「ロウ様、エルフの家は高い所の方が風が通るので、
とても人気があるんですよ?」
「そんなセレブ物件は遠慮します!!
私のような小市民には地べたで十分なのでっ!」
「大丈夫、ぴょんと飛べばいい」
「あんたは翼が生えとるがなっ!!
私がぴょんて飛んだら逝ってまうやんっ!?」
「なにごとも経験」
「一回こっきりだけどね!?」
必死にザラザラとした肌触りの木へ手を這わしながら、何とか村長が住む部屋にたどり着いた。
で、デケェっ!?坪単価いくらですかっ!?
下から見るとそんなには大きく見えなかったけど、土台となる木がデカいから感覚狂ってた!
一応平屋になるんだが、高さは二階建ての一軒家ぐらいあり、幅も車を横に5台ぐらい停められそう。
古い艶のある木材を組み合わせて作ったログハウスのような見た目だが、屋根は木の枝と葉。
更に上には大きな枝葉が覆っていて、その隙間から木漏れ日が差し込んで屋根を照らしている。
驚いている私とナイマに気付かないまま、イズ兄さんは木に綺麗な毛皮を張ったドアをノックする。
ノックって、こんなところは人間と一緒なんだな。
「村長、イズレンディアです。入ります」
そうしてドアを開けて、部屋に入るイズ兄さん。
中に通された私達が見たのは、すごく天井の高い書斎の様な大きな部屋だった。
奥には階段があってロフトのような二階へと続いている。どうやら寝室のようだ。
内装はシンプルだが、何かの神話みたいな見事な彫刻が壁の上にぐるっと一周刻まれていて、
壁の下には複数の本棚が打ち付けてあり、分厚い書物がいっぱいに並んでいる。
部屋の中央には大きな切り株があり、その周りを円状にテーブルと椅子が囲んでいた。
切り株の上には綺麗な花々が咲いていて、花のほのかに甘い良い香りが部屋に漂っていた。
テーブルには刺繍したクロスが掛けてあり、同じ模様のタペストリーが壁を飾っていて、
それらは壁に刻まれる神話と同じ内容のようだ。
そしてテーブルの奥には、ひときわ大きな椅子に座る、渋いオジさまエルフがこちらを見ていた。
手元には羽ペンと、書類の様な紙の束が積んであった。どうやらお仕事中だった様、ご苦労様です。
「村長、フェアリーを飛ばしてお知らせした、
恩人のお二人をお連れしました」
「ご苦労だったな、イズレンディア」
村長は書類を脇に置き、こちらを向く。
「さあ、お疲れでしょう。どうぞお掛け下さい」
私達に椅子を進める村長。
まあ、遠慮しても仕方ないので座ると、兄妹も父の隣に座る。同時ぐらいのタイミングで別のエルフ女性が飲み物を用意してくれたが、優しそうな美しい女性だ。魔法使いが着るような色鮮やかなローブを身に纏っているが・・村長の奥さんかな?
飲み物の香りは紅茶のようだが、なんだろう。
「ようこそ来られました。
私はエルフ氏族の村長、クルゴンと申します」
「初めまして、私はロウ・L・セイバー。
ロウと呼んで頂いて結構です」
「私はナイマ」
「これはご丁寧に、どうか楽になさって下さい。
お茶が口に合うと良いのですが」
「お気遣い痛み入ります、村長殿」
そう言って私はお茶を口に運んだ。
こんな私でも社交辞令ぐらいは知っているし、真っ先にお茶に口を付けるには理由がある。
万が一、我々に有害である可能性を踏まえ、状態異常耐性が高い私が毒見すべきだからだ。
少し口に含み、しびれなどが無いかを確かめる。
だが・・・なにこれ、スゴく美味しい。
香りは経験したことが無い清々しさ、鼻の奥まで清涼な香りが通り抜けてゆく。
味は紅茶より日本茶に近い、ほんの少しの苦味の後に、やわらかな甘みが広がってゆく。
それに身体への悪影響が無いどころか、じわじわと染み渡り、不思議と疲れが消えていく気がする。
隣でナイマが気にせずお茶をフーフーと冷まして一口飲んだが、私と同じく驚いている。
「これは・・・、もしかして薬草茶ですか?」
「おおっ!お分かりになられましたか!いかにも、
今回は回復に効果があるハーブを使っております」
にっこりとその効果を説明してくれる村長。
そしてその薬効だけでなく苦味を抑え、甘みを出す別のハーブの話へと続き、そして採取出来る場所と注意すべき毒草や別の効果のある薬草などに話は広がり、怪しげな効果を出すための配合方法やその為に必要な別のハーブの話など、もう止まらない。
ああ、この顔は茶道楽の顔だな。
長いぞ、このパターンは。
「と、いうわけでしてその黒豆を使ったお茶は、
良い苦味と深い香りとコクがありましてなっ!」
「村長、お茶の話より大事な事があるのでは?」
「ハッ!?おお、いかんいかん!
時を忘れすっかり熱くなってしまいましたな、
お恥ずかしい限りです・・」
見事なり、イズ兄さん。
お茶について熱く語っていた村長を素早く諌める。
いつもこうなんだろう、やたらタイミングが良い。
「では、改めて。ロウ殿、ナイマ様、
我が村の者を助けて頂き、御礼申し上げます」
そう言って村長は深々と頭を下げた。
我々が言葉を発しようとしたのを片手で止め、そしてゆっくり首を左右に振った。
「状況はすでに伺っております。ですが、
同胞が助けられた事に変わりはありません」
微笑んだ後、言葉を続ける村長。カッコイイな。
「我が子まで救って頂き、感謝しております。
つきましては息子のイズが約束していた通り、
傷んだ装備一式はこちらで新調させて頂きます。
ご希望ならば衣服や食料なども融通致しましょう。
情報も我々が知る範囲で答えさせて頂きます。
が、それは別として・・」
ミリィに顔を向けた村長は娘を見つめる。
ミリィは何も言わず、ただコクッと頷いた。それを確かめた村長は、再び真剣な顔をこちらに向けた。
「ミーリエルが説明したと思いますが、
我々の間に伝わる、古い伝承があります」
「・・例の闇天使と剣騎士のお話ですね・・・
それが我々二人にあたるのではないか?と、
そうお考えなのですね?」
「その通りです。
伝承通りの現れ方をされたお二人に、
我々は一族が抱いていた希望を見ております」
「そうですか・・しかし残念ですがその伝承は、
闇神様が誰かを遣わしてくれるという意味で、
必ずしも我々を指しているわけでは無い、
と、私は思っております。違いますか?」
「確かに、偶然にも闇天使と剣騎士が二人同時に、
それも伝承通りの現れ方をしたとしても、
我々が待ち望んだ王とは限りません。
が、一つお伝えする事があります・・・」
なんだ、やはりエルフ達にも伝承の二人が私達である確証は無いのか。しかし、村長は言いにくそうに黙ってしまった。一体何を言うつもりなんだろう?
「どうぞ、続けてください」
「感謝します。もしお二人が伝承の方々ではなく、
ロウ殿が騎士達の王で無かったとすれば・・、
お二人は一生、この森を出られません」
「!?」
「ど、どういう事ですか!?」
「この森、『スリーピングフォレスト』は、
騎士王の時を捧げるために神が造った眠りの森。
ゆえに、この森を出て時を再び歩む為には、
神が決めた二つの条件が揃わねばなりません。
一つは新たなる騎士の王がこの森に現れること、
もう一つが、光の剣を手に入れる事なのです」
村長が言うには、この森に存在する唯一の出入り口は神によって封印されており、光の神が力を込めた剣を使わないと、封印は絶対に解けないらしい。
そして光の剣はこの森の何処かにあって、王のみが手にする事が出来る、つまり、王が現れない限り剣は手に入らず、封印も解けないので出られない。私達はずっと森で暮らす事になってしまうというわけだ。
「なにそのムリゲー!?」
「・・実はその神々の封印があるおかげで、
我々もずっと外の世界に出られないのです・・」
「村長の言う通りだ、ロウ。
私も他の出口を探したが見つからなかった」
「この森を包む封印は、強力な結界魔法です。
我々の魔法でも解除出来ませんでした・・」
「それじゃあ、私が伝承通りの者でなければ・・」
「また何千年と、この森で暮らす事になりますな。
もちろん我々もナイマ様も、当然、貴方もです」
私が、一生ナイマやミリィと一緒にずっとこの森で暮らしていく。やがて生まれる愛、そして子供達が産まれ、その子供達は立派に後を継いでくれて孫も出来て、幸せの中で皆に看取られて死んでいく。
・・おや?悪くないかも。
「そうなったら迷わずロウを生贄にする」
「うむ、やってみる価値があるかもしれないが」
「いや!ないから!価値はないからっ!?
ただの八つ当たりだから生贄とかしちゃダメ!」
「身長が高くて男らしくて、頭が残念でなければ、
・・私だけはロウ様生贄論に強く反対しますのに」
「さりげなくdisらなくても良いよミリィさん!」
「ふむ、ずっとここで暮らすなら私の使っていない
釣り道具でもやろうか?ロウ。楽しいぞ?」
「あんただけは良い人だよイズ兄さんっ!!」
いかん、これはお爺ちゃんになるか生贄にされる前に、何としても脱出せねばなるまい!
だが、簡単な話では無いだろう、封印を解くために必要な光の剣が何処にあるのかもわからないのだ。
剣を見つけるためには、森をしらみ潰しに探してみるしか無いのか?私はそれを村長に伝えてみたが、
「いえ、それはいかにお二人とて無謀かと。
特に今の森は集団でも油断できない状況です」
「例のミリィを襲ったゴブリン達の事ですね、
いったい何なのですか?彼奴らは」
私の言葉に、親子3人は暗い顔で告げる。
「彼奴らは元々、この森に住む住人として
交流しながら共に暮らしておりました。
ですがある日突然、オーク族がゴブリン族や
オーガ族を従えて、周辺の村を襲ったのです」
「最初は近くのコボルト族の村が全滅した。
その次はクーシー族の村が襲われたんだ」
「さっき村にいた犬っぽい人たちだね」
オークって豚の顔をしたとってもHなモンスター・・いや、妖魔だったはずだけど。
でも襲うのはエルフや人間達じゃなかったっけ?同じ妖魔のコボルトを襲うのは変じゃないか?
「クーシー種は犬の姿をしたの妖精族だが、
同じ犬の妖魔族であるコボルトと仲が悪くてな、
コボルトの村が占領されても気付かずに、
普段通り暮らしていたところを襲われたんだ」
「ですが、なんとか少数は逃亡に成功して、
私達の村に逃げ込む事が出来たんです」
さっきの犬っぽい人達はクーシーか、種族設定でも選べた北欧の妖精だったと思う。
「イズとミリィの言う通りです。
事情を聞いた我々がホビット族に伝えようと、
彼らの村に若い者達を向かわせたのですが・・
奴等の襲撃を受けている所でしてな。
悔しい事に村を救う事は出来ませんでした」
「ダークエルフの連中にも連絡したんだが、
彼奴らは単独で何とか撃退に成功したみたいだ。
だが、数は敵の方が圧倒的に多いんだ、
奴等が言うように何度でも防げるとは思えない」
悔しそうな村長とイズ兄さん。
どうやら思っていたより深刻な状況のようだ。
確かに彼等の言う通り、これで暢気に剣を探していたら、気付いたら囲まれてフルボッコとかあり得る。
まずは奴等を撃退し、先に味方になりそうなウッドエルフ達と森の安全を確保するのが先決か。
「彼等は、以前からこのような侵攻を?」
「いや、オーク族とエルフ族は敵対していたが、
せいぜい小競り合い程度で済んでいたんだ」
「いったい何が原因かは今の所わかりませんが、
奴等をその気にさせる何かがあったのでしょう」
「オーガさん達は普段とっても優しかったの。
でも、話を聞くと狂ったように暴れてたって」
「オーガは草食だから我々とも交流があったんだ、
普段はとても大人しいヤツらだったんだが・・」
「・・・・・」
「ロウ?」
オーク族を発端に、協力している他の種族も凶暴化している。目的は村の襲撃の様だが、近くから順番に制圧する手法を考えると、組織的な動きだと思う。
凶暴化しながらも統率は取れているというわけか・・だが、それまで温厚だった者達まで同じ変化を。
つまり・・。
「裏に何かいますね。
他の種族を凶暴化させながらも従属させる、
そんな方法をオークに教えた奴がいる」
「ほほう、ロウ殿はオーク族の仕業では無いと、
そうお考えなのですかな?」
「ええ、この状況なら何者かとの接触があったはず。
急激な変化には、外からのきっかけが必要です。
凶暴化と従属を得意とする種族はあったかな?」
「そうですな、精神操作は闇属性魔法です。
魔族や冥族が得意とするものですな」
「その中で、封印をすり抜けて来られそうなのは
どちらでしょうか?」
「どちらかと言えば冥族ですが、魔族の中には
結界魔法に秀でた者も多いので、なんとも」
「断定は出来ない・・か」
頷く村長の言葉を反芻しながら考える。
冥族か魔族のどちらかはわからないが、オークの後ろに隠れている奴が居る。そいつは何らかの理由で、この森の支配を目論んでいる。
なら、最初に近隣から攻めたのは何故か?簡単だ、拠点を確保し、同時に試してみた。
オーク族、オーガ族、ゴブリン族を主戦力とした兵力で、いったいどこまで出来るか確かめたのだ。
結果、クーシーやコボルトは倒せたが、ダークエルフには撃退された。その上でミリィ達を襲った、これは手強いエルフの戦力を削るためだろう。
もしくは拉致して交渉に使おうとしたのか?
つまり、彼らの後ろにいる奴等は少数で、さほど個体の戦闘能力は高くない、だが、知恵はある。
ただ闇雲に攻め込むだけでなく、相手によって手段を変えてきている。恐らくは、精神操作魔法や結界に通じた魔術師の階位か職種も持っているだろう。
ならば、そいつは今後どうするんだろうか?
今の戦力ではエルフに撃退されてしまう以上、そのまま攻める事はないと思う。ならば、確実にエルフと戦って勝てる方法を探すんじゃないかな?
「恐らく敵は現在、戦力増強を計っていますね」
「戦力と言われましても、この森で我々エルフに
対抗できる種族となると・・」
「ウルフ、ベアー、後はドワーフぐらいだと思う。
だが我々に勝てるほどでは・・」
「質的な面ではそういった種族かもしれませんが、
圧倒的数量で押してくる可能性もあります。
ですので、エルフ族が戦う事を苦手とする相手で
短期間に数が揃えられる種族は思いつきませんか?」
「なら、スケルトンだろうか?奴等は素材があれば
簡単に増やす事も出来るし、言う事も聞く。
そして我々の得意とする弓が通用しにくい!」
「骨の妖魔ですね、アンデット系か・・・」
「光魔法や火魔法を使わないと対抗するのも難しい。
ダークエルフは皆、火属性を持っていますが、
我々が得意とするのは風と水属性です。
ダークエルフは我々と違って、戦士は多いのですが
魔術師自体の数は少ないのです」
「ではスケルトンを揃えてくる可能性が高いですね。
属性付与しても得意な弓や槍では当たり難く、
もっとも有効な火魔法は使える者が少ない。
なら、墓地や古戦場は何処かにありますか?」
「北の古城と、近くにある廃墟ですな。
元々はヒューマン族が大勢住んでおりました」
ヒューマン族?ああ、ゲームでは人間をそう呼んでいたな。しかしこの世界では全然姿を見ないけど、いったい何処に住んでいるんだろう?
「ヒューマンは今、何処に住んでいるのですか?」
「もともとは古城と、大きな町であった廃墟に
住んでおりましたが、ヒューマン種特有の疫病が
流行りましてな。300年程前に滅んでおります」
「滅んだ・・つまり、スケルトンの素材となる骨が
その古城と廃墟で手に入る、という事ですか?」
「その通りです。丈夫なヒューマンでも死に至る、
恐ろしい病だったようですな・・」
「ロウ様もお気を付けください。
その病には治癒魔法も効果が薄いみたいなんです」
「ありがとうミリィ、だが私は大丈夫だ。
そもそもヒューマンではないからね」
えっ?と目を丸くしているミリィ。
まあ、亜神とかいえば、また変に持ち上げられるかもしれない。能力的な補正は君たちより下です、何て言っても信じてはくれないだろう。
だからここは無視。
「なら今の敵の本拠地は、その古城か廃墟の
どちらかである可能性が高いですね」
「大量のスケルトンを用意するために、ですな」
「ええ、隷属化を得意とする冥族か魔族なら、
下位の妖魔も生成可能ですから」
私の発言に村長はビックリした顔で言った。
「ほほう、奴等の能力もご存知でしたか。
古い書物に書いてはありましたが・・
それらの知識は誰から学ばれたのですかな?」
「私の仲間には冥族のヴァンパイアや、
魔族のサキュバスなどもおりましたので」
「なんと・・ロウ殿はいったいどの様な国に」
いや、ゲームの中です何て言っても通じないだろうなぁ、選べる種族だけで50種類以上あったし。
始めた当初はどんだけクリエイトに凝ってるんだと半ば呆れて、徹夜でキャラを創ったものだ。
「それはまたの機会に。今は急いでこの仮説を
ダークエルフ達に伝えて欲しいのです」
「それは私がすぐにでも手配しよう、
だが、それはまだ仮説に過ぎないのだろう?
奴等が戦力を増やしているかもわからない、
何か信じるに足る証拠はありそうなのか?」
来たばかりで証拠も何もないんだが、敵が手を打つのが遅いからそう思っただけだし。
もしスゴい力を持った奴がいれば、きっとエルフも全滅してるってのが証拠になるのか?
「無いね。でも、手遅れになるよりも仮説として
伝えて、備えはしておいた方が良いと思う」
「ならドワーフの連中にもスケルトンに対抗出来る
武具を念のために依頼した方が良いな」
そうか、ドワーフはこっちでも鍛冶が得意なんだな。それなら伝えておいた方が良い。
「うむ、だがもう今日は夜が近づいておる。
イズよ、明日村の主要な者をここに集め、
オーク対策の具体的な話を纏めようと思う。
声をかけてきてくれんか?」
「わかりました、村長。ですがその前に、
二人を部屋に案内してから伝えに行きます」
「うむ。ミリィはお二人の食事を用意しなさい」
「わかりました!お父様!」
話が本格的になってきたので、どうやら明日にもう一度話し合う事になったようだ。
私達は村長に挨拶した後、ミリィと別れて、イズ兄さんの案内で木を繋ぐ橋を渡っていく。
ちなみに橋は吊り橋で、歩くと揺れる・・そして高さは地上から10mほど・・こ、怖い!
何か気を紛らわす事は無いかと考え、先程気づいた事をイズ兄さんに聞いてみた。
「そういえば、なぜ村長と呼んでるんだ?
ミリィはお父様なのに」
「私は村の青年団で団長をしているからな、
公の場では村長と呼ぶようにしている」
「家でもそう呼んでるの?」
「いや、流石に家族と過ごす時は父と呼んでいる。
父は気にせず私をイズと呼ぶが、何となくな」
別にそういう決まりがあるわけじゃないんだが、と、イズ兄さんは苦笑して言った。
家族仲は悪くなさそうだ。私の隣で、ナイマが少し羨ましそうにイズ兄さんを見ている。
・・彼らに彼女の様な思いをさせたくない、そんな事を考えていたら、一軒の家にたどり着いた。
「ここが君達に寝泊まりしてもらう部屋になる、
食事もここに持ってこさせよう」
「何から何まですまない。本当に助かるよ!
けど、夕食は皆で食べたりしないのか?」
「祭りの時ぐらいだな、共に食事をするのは。
それに・・悪く思わないで欲しいんだが、
村人の中にはよそ者を嫌う者も大勢いるんだ、
なので慎重に事を進めたいと思っている」
「いや、文句言ってるわけじゃないんだ。
習慣とかを知りたかっただけだし」
そう言いながら部屋のドアを開ける。
中にはテーブルと椅子、服をかけるドレッサー、
そしてソファーにクイーンサイズのベッド!?
「ちょっとまて、なぜベッドが一つなんだ!?」
「ん?・・ああ、大丈夫だ。
ここなら余程大きな声を出さない限り、
外にはほとんど聞こえないぞ?」
「いや、そう意味じゃなくてだな!?」
「DTには刺激が強い部屋」
「だから誰がDTだっ!!」
「いや、しかし古のヒューマン達は・・その、
所構わずそういう事をすると聞いていたんだが、
・・違うのか?」
「誰っ!?そんな伝説つくった節操無しは!?」
「ぴよーんぽよーん」
「ベッドで遊んじゃいけませんっ!!」
「まあ、それにこの部屋以外はちょっと古くてな、
たまに床が抜けたり家が落ちたりするんだ」
「君らの家って地上から10mはありますよね!?
床が抜けるとかどんなデストラップ!?」
「ロウ、優しく教えてあげる」
「妙に艶っぽい手招きとか要らないからっ!?
あと脱いだ服はたたみなさいってか脱ぐなっ!」
仕方ないな、と私用に大きめの毛布を用意してくれたイズ兄さん。ナイマはナイマでDT食えなかったとか呟いているが、聞こえないフリをしよう。
しばらくして夕食が運ばれてきた。
肉が無い!とナイマは食事を見て嘆いていたが、鞄に入れてた鹿の燻製を出すと即座に奪い取る。
私は用意してもらったサラダとフルーツ盛り合わせみたいな夕食を頂いた。比較的豆類が多いのは、植物性たんぱく質を意識しての事だろうか?
ドレッシングが美味しく、私的には大満足だった。
デザート的な感じでフルーツをナイマとつまみながら今日の感想を聞く。彼女の考えも知っておきたい。
「村長はわりと好み」
「君の男の趣味を聞いてはいない」
「ヒゲが無いのがちょっと減点」
「つまり話は聞いていなかったという事かな?
私は会話の感想を聞いてるんだが?」
「お茶に使っている回復のハーブは村の東にある
小川の近くに咲いている黄色い花の葉を使う」
「聞いてたのは茶道楽のうんちくだけかっ!?」
結局は面倒くさいと思ったみたいで、途中から刺繍とか見ていたらしい。なかなかの腕前、とか偉そうに評価していたが、そんなのはどうでもいい。
私はこれからどうするのかを相談したいと言った。だが、ナイマも外に出るためにはエルフと協力するしか無いと思ったようで、騒動に巻き込まれるのが避けられない事は、彼女も理解していた。
明日の話次第だが、どうも村長もイズ兄さんも戦術や戦略には疎いように見えたと、ナイマに伝える。
「田舎の小競り合いにそんなの必要無い」
「なら、彼らを戦力として期待するのは危険か?」
「数は多い方がいい。それに弱いわけじゃない、
ゴブリンやホブゴブリンも余裕で倒してた」
「なら、集団行動や簡単な戦術指導をすれば、
十分な戦力になりそうだな」
「一度に教えるのは大変。何人かに教えて、
あとはそいつらにやらせる方が楽」
「なるほど、明日集まった時に提案してみよう」
実戦経験者の意見は参考になるな。
ダークエルフやドワーフと共同戦線が張れれば良いんだが、何かあまり仲良くなさそうだし不安だ。
とにかく戦力を揃えて、装備を整えて、訓練をする、それが最優先事項だろう。出来ればあのクーシー族やホビット族も戦力化したい。そう私が考え込んでいると、ナイマが不思議そうに覗き込んできた。
「ロウは戦士じゃないのに、戦士の考え方をする。
なぜ?」
「ギルド戦とかで慣れてるからね。
戦場に立つまでが戦争だ、と、聞いた事がある」
まあ、マンガの中で言ってたんだがなっ!!
「ギルド戦って何?」
「ん?ゲームではギルドに入ってなかったのか?」
こくりと頷くナイマ。
こいつ、割り切りの速さや判断の正確さはスゴイけど、変に子供っぽいよな。などと思いながらも、私はギルドの事について簡単に説明する。
ギルドとは直訳すれば『組合』だが、この場合はプレイヤー組織のことをいう。一人で活動する事をソロと呼ぶが、一人では討伐が難しい敵を協力して倒したり、役割分担を行い、自らが得意とする方向を極めたり、単純にワイワイやりたいなど、謂わば共に楽しむ事を目的とした集団をギルドと呼んでいた。
私達が遊んでいたゲーム『セブンスフィア』では、ギルド同士の対抗戦であるGvG(ギルドVSギルド)や、大型モンスターであるドラゴンの討伐数で勝敗を競うGvD(ギルドVSドラゴン)、ギルド専用イベントも用意されていた為、比較的所属するプレイヤーは多かった。
だが、様々なプレイヤーが同じギルドに所属する為、人間関係のトラブルも多く、それを嫌って同じ様な考えのプレイヤーとギルドを作り、狙っているイベントだけ他のギルドに参加し、共に戦う傭兵と呼ばれる人達もいたぐらいだ。典型的ピラミッド型のギルドもあれば、皆で相談するのが基本方針のギルドもあり、かなり多様な選択肢の中から、プレイヤーは所属するギルドを選んでいた。
「なので、GV前だと参戦できる人数を確保したり
作戦の役割調整とかで大変だったんだよ本当に。
1週間を睡眠時間3時間ぐらいで過ごしたり、
新しい作戦を意見纏めて徹夜して作ったり、
ギルドチャットで熱くなったメンバー同士が
ヤイヤイ揉めてるところを必死で仲裁したり・・」
「ロウ、疲れた顔で遠い目になってる」
「私はギルドの長であるギルドマスターだったからね・・
何度、家出したかわからないが」
「マスターが家出してもいいの?」
「ナイマ。人は・・全て放り出して逃げ出さないと、
壊れてしまう時がある」
「ロウはポンコツ」
「そこは優しく慰めてくれないかなっ!?」
そして私は、夜更けまで率いていたギルドの事を語った。弱者も強者も等しく楽しめる居場所を創る事が、私の目標だった。幸いにも共感してくれる仲間が多く、いつの間にかとんでもない人数になっていて大変だったが、私にとって彼らと過ごす時間は、本当にかけがえのないものだったと思う。
「彼らもこの世界に来ているかもしれない・・」
「どうしてそう思う?」
「私が召喚された日は、多くの仲間がいたんだ、
ギルド発足の2周年記念日だったから・・・」
そう、発足記念日という事で、私が簡単なイベントを企画したんだ。懐かしい顔ぶれも新人も一堂に集まり、写真撮ったりPvPしたりする、そんなイベントを。
皆も協力してくれて、何事も無ければ楽しい時間を過ごしていただろう。
既に引退した仲間にも声をかけていた、良ければまた話さないか?と。
いったい何人が応えてくれて、ログインしていてくれたのか。
参加予定者だけでも100人近かったし、交友のあるギルドにも声をかけていた。
こんな事になるなんて、夢にも思わなかった。
「もし彼らもこの世界に召喚されていたら、
私は責任を果たさねばならない」
「責任?」
「ああ、残留を望む者にはその手配を。
帰還を望む者には帰る方法を用意する。
私が彼らを巻き込んだようなものだからな・・・」
「悩みすぎるとハゲる」
「もう少し優しく慰めてくれないかなっ!?」
「なら、もう休んだ方が良い」
「そうだな、そろそろ休むか」
「寝る前に水分補給」
「ああ、ありがとうナイマ」
話し疲れてきた私を見て、まだ元気だったが気を使ってくれたのか。私は渡された苦いような甘いような変なジュースのようなものを一気飲みし、ナイマの提案で、いつもより少し早いが休むことにした。
「寝る前に、一本抜いとく?」
「誰だこいつに下ネタとか教えたのはっ!?」
「大佐」
「いや、そんなキャラじゃないだろ大佐は!!」
「寝る子は育つ」
「寝るの意味が違うと思うんですがっ!?」
羞恥心のかけらも無く服を脱ぎ捨てたナイマは、上機嫌でベッドに潜り込み、ツッコミ疲れた私はソファーの上で毛布に包まって眠る事にした。
私は当然、脱衣するナイマを眺めたりしないが、このチキンDT野郎が、などと言わないで欲しい。
人間関係とは些細な事で壊れるものなのだ、とても簡単に。私は彼女をそのような目で見たくはない。
と、自分に必死で言い聞かせて眠ろうとする私に、真っ暗な中でナイマが問いかけてきた。
「ロウのギルド、名前って何?」
「いや、私のギルドというわけではなく、
皆のギルドなんだが・・・」
思っていたより疲れていたのだろう、急速に遠ざかる意識と戦いながら、私はその名を口にした。
元の世界に置いてきてしまった、皆と創った、自分達の居場所の名を・・その名は・・、
「・・ギルドの名は『United Kingdom of Fuga』
・・略称は『UK−F』だ」
「・・・厨二病ぽい」
「言わせといてそれは無いんじゃ無いかなっ!?」
そして旅立ちの日は、終わる。
その夜は、仲間達と話している夢を見た。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
♯08 誇り
朝になった。
そして、素晴らしい夢を見た。
私は仲間達と共に語らっている途中、大きな黒いプテラノドンに攫われた。
しかしそのプテラノドンの巣はトランポリンのようで、私はそいつと共にぴょんぴょん飛び跳ねる。
いつしか恐竜は大きな蛍光イエローのネズミへと変わり、じゃれ合いながら大冒険へと踏み出す。
帽子にリュックを背負った私は、やたら派手なイエローネズミを抱っこしながら仲間を探すのだ。
そして私たちは遂に世界の果てへと到り、共に遥か天空から地上へ向けて飛び立った。
まさに至福、だが、ゆっくりと薄れていく景色、少しずつ覚醒していく私は・・目覚めようとしていた。
まだ全身を夢に抱かれたまま、柔らかいベッドの上で微睡む。口にする空気はとても澄んでいて、肺を満たすたびに、少しずつ目覚めへと近づく。
私を包む毛布は温かく柔らかで心地良く、肌触りは絹の様な滑らかさで、私の手を楽しませてくれる。
ここは極楽か、それとも天国か?
私は毛布の感触を存分に堪能しながら、光差す世界へ、現実世界へとと浮かび上がっていった。
そして・・・
私は何故かベッドに仰向けになって寝ており、
すっぽりと私を包む毛布は、柔らかな漆黒の翼、
そして私の手は、ナイマの尻をナデナデしていた。
「ロウは、お尻が好き?」
「なんでお前がここにいるんだぁぁぁぁぁっ!!」
慌てて逃げる私をテクニカルなムーヴで押さえ込み、サムズアップしつつナイマは高らかに宣言した。
「DT、ゲットだぜ!」
「私はポケ○ンじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
喰われてしまいました。
何故油断した!
こいつは解放された美女の野獣だったのにっ!?
この荒ぶるビーストが安らかな眠りにつくまで、私は羊のカウンティングを続けるべきだった!!
「なかなかの名勝負。
まさか最後の一撃で私ももってイかれるとは」
「なぜこんな無益な闘いを君は望んだのかっ!?」
「そこに肉がある、だから食べるのだ」
「なんだその登山家のセリフみたいな理由は!?」
どうやら寝る前に飲んだジュースは、いわゆるそういう薬だったらしい。茶道楽の話に少し出てきた気もするが、いつの間に用意したんだこいつ!?
ナイマと無益なやり取りをしていると、ドアがいきなり『バンッ!』と開いた。そこには目をまん丸にして朝食を手にした、ミリィが立っていた。
なにこのテンプレ?
あまりの事に固まっている私と、気にせずスリスリしてくる野獣。だが、ミリィは無言で部屋を歩き、テーブルの上に朝食を置くとこちらをチラチラと頬を染めて眺めながら、再びドアから外に出た・・
と、思った瞬間。
「お兄様に皆さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!
やっぱり昨日の音はロウ様達でしたぁぁっ!!」
「公開スピーカーはやめてくれぇぇぇぇぇっ!?」
「やばいやばいやっばぁぁぁぁぁぁぁいっ!!
今も裸でスリスリしてますぅぅぅぅぅっ!!」
「両手上げながら詳細に報告するなぁぁぁっ!?」
ベッドでOrzな体勢になって絶望する私に、
ナイマは優しく声をかけた。
「あの子は来るのが早かった。でも、
ロウも負けずに早かった」
「いったい何の比較ですかそれはっ!?」
とりあえず全力でナイマを引っぺがし、ゴッドスピードで着替えてから無言で朝食を摂る。
エルフの重鎮達が集まって会合する朝に、最新のゴシップニュースを提供してしまったわけだが、
それでも食事を取らねば生きていけぬ、戦えぬ。
人生とは絶望的な戦いの連続なのだ、そう、心の傷は消えぬとも、腹は満たさねばならぬ。
昨日と同じサラダとフルーツ盛り合わせを食べながら、私はナイマと打ち合わせをする事にした。
「おい、野獣。今日は話を聞いておいてくれよ?
話が終わった後で相談するから」
「ベッドの上で?」
「相談どころでは無くなってしまうだろうが!!」
「私は可能、でもロウが粘るなら交渉も長引く」
「何の交渉ですかそれはっ!?」
ダメだ、この肉食系堕天使に期待するだけ無駄だ。
足をブラブラさせながらフルーツと鹿の燻製ばかり食べるナイマ。もう良い、放っておこう。
私は今日の会合で話す議題を想定しておいた。
昨日の要点は、エルフや諸種族の戦力化と装備の更新、あとは敵情偵察の提案だったか。
まずはエルフ側の戦力を把握せねばなるまい、それで我々がどこまで出来るかが決まる。
その後はイズ兄さんの話に出た、ドワーフ族と合流する話も詰めておきたい。
ドワーフが住む場所次第では、その行程は訓練を兼ねたものになるかもしれない。
だが、当面は村の防衛が最優先なので、そちらには少数精鋭で向かうべきだろう。
そして偵察だ。
孫子曰く、敵を知り己を知らば百戦危うからず、
だったかな?相手の装備や構成、拠点の地形などを知っていれば攻める場合に有利となる。
防衛に関しても人員配置や対策を練る事で損害を減らす事が出来る。ギルドで編成していた暗部隊が居れば楽なんだが、これも選出して育てないと。
隠蔽スキル持ちを主体に、実戦レベルまで持っていきたい。私も本格的に剣の訓練をしたいしな。
そんな事を考えていると、ドアがノックされた。
今思うとミリィはノックしなかったな、
現場を押さえる気満々だったか。
「あー・・・もう入っても大丈夫か?」
「おはようございます、イズ兄さん。
なぜ遠慮がちなのかは聞きませんよ」
ドアを開けてから隙間をそっと覗いた後、心底ホッとした表情で入ってくるイズ兄さん。
これは・・ゴシップが恐ろしい速さで広まりつつ、尾ひれが付いて伝わっている気がするっ!?
「お、おはようロウ。今日も良い天気だな?」
「落ち着いてください、イズ兄さん。
そして聞いた事の8割は事実ではありません」
「そ、そうなのか?私が聞いた話では・・
二人がベッドをトランポリンのようにして・・」
「どんな巨大な尾ひれが生えてきているのか!?」
「それは昨夜の話、朝じゃない」
「なんだとっ!?やはりヒューマン種はっ!?」
「やめてっ!!私の心はすでに傷だらけよっ!?」
頭を抱えた私とイズ兄さんは、とりあえず大人の対応を実行した。つまり、都合の悪い事は聞かない、口にしない、無かった事として扱うんだ君達。
イズ兄さんは真面目な顔で、会合を始めたいので迎えに来たと言い、そして私達と共に部屋を出た。
「そうだ、会合が終わったら君達の装備を整えよう」
「新しいシーツが必要、昨日のはもう使えない」
「了解だイズ兄さん、折れた剣の代わりだよね?」
「それなんだが、金属製の武具を我々は好まないから、
倉庫の物はどれでも好きに使っていいぞ」
「あと、パンツも新しくしたい」
「本当かい!?これで一気に装備が更新できるよ!
ありがとうイズ兄さん!!」
「パンツ」
「ああ、君達が倒れると我々も困るからな!
遠慮せずにぜひ使ってくれ!」
「嬉しいなぁ!どんな装備があるんだろう!?」
「今はロウのパンツはいてる」
「なんでやねんっ!?」
思わずツッコんでしまった。
どうもナイマは男性用下着に慣れていて、鞄に入ってた女性用の下着では満足できないらしい。
開放感が違うとかなんとか。
「そ・・そうか、なら女達に作らせてもいい。
ロウ、一枚貸してもらえるか?」
「今履いてるのを渡す」
「それは色々と面倒な事になるからやめてっ!?」
そんなこんなで村長の家に着いた。
ノックして入る我々を迎えたのは、満面の笑顔と白い目だった。前者は女性、後者は男性が多いと言っておこう。・・・勘弁してくれ。
「よく来てくれた。さあ、そこに座りたまえ」
「今なら裁判を受ける被告人の気持ちがわかるな」
「なんだ、顔色が少し悪いが、大丈夫かね?」
「私がロウに乗れば元気になる」
「なっ!?まさかここでするつもりか!?」
「信じられん!これがヒューマン種なのか!?」
「私はヒューマンでは無いと言ってるだろう!!」
「キャーーーッ!?き、記録係を呼んでっ!!」
「何を記録するつもりなんだ君達は!?」
「この重要な会議の場を汚すとは、許せんぞ!?」
「こんなところでするか!いい加減にしろっ!!」
私は机を叩いて真剣な顔で怒鳴る。
昨夜の事は失態だが、今日の話は生死に関係する。こんな雰囲気でまともな話など出来るわけもない!
なので私は落ち着いた声で、だが強く言った。
「はっきり言います。早急に手を打たないと、
この村も他の村のように全滅します、確実に」
私の言葉に、浮かれた空気は一気に飛散する。
昨日考えた結論だ、そんなに大げさな話でもない。
「な、何を言い出すんだこのヒューマンは!?」
「たかが妖魔如きに、我らエルフが敗れるものか!!」
「村長もスケルトンがどうとか言っていたが、
そんな奴らは魔法で吹き飛ばしてしまえ!!」
「なるほど、確かに正面から戦えば撃退する事も
戦術次第で不可能ではありませんが、
相手がまともなら、それはありえません」
「何だと?どういうことだ!?」
「私が敵なら、圧倒的多数のスケルトンで村を包囲、
夜間を主体に攻め続けますね、何週間も何ヶ月も」
「それがどうした!撃退すればいい!」
「スケルトンは疲れを知りません、食事も必要ない、
だが、我々は?」
その場にいた全員が黙った、私が言った意味が理解できたからだ。24時間闘い続けても疲れる事のないスケルトンで村を囲い、長期に渡り徹底的な兵糧攻めを行う、これが最も恐れることだ。
向こうにはオークやオーガも居るし、森に配置された兵を攻め込んで倒すのは容易ではない。
迂闊に攻めれば逆に返り討ちに遭うかもしれない。
「夜の間、我々は眠る事も出来ずに敵の攻撃を
必死で防衛し続けなければいけない」
「そして日中は食料を集める為に出てきた我々を、
オークやオーガ共が待ち伏せるわけですな?」
「村長の言う通りです、やがて備蓄も尽きる。
そしてこちらの死者も、アンデッドになる」
「向こうは餌が豊富な森で食料を確保出来ますな」
そう、この付近の森には大人しい動物がいっぱいいる。つまりオーク達もお腹いっぱいになる。
「なので防衛戦は避けなければなりません、
我々が勝利するためには攻めるしかないのです」
「しかし、奴等がスケルトンを仲間にしているか、
確証はないんだろう?」
「はい、なので偵察を行う必要があります」
「偵察か。まずは相手が何処にいるのか調べて、
スケルトンの調査を含めて実情を把握する。
それから奴等の拠点に攻撃をかけると?」
「偵察し、拠点発見と同時に奇襲をかけます。
そうすれば今後奴等も警戒し、時間を稼げる」
「そうやって奇襲により稼いだ時間で、ロウ殿は
いったい何をするおつもりですかな?」
「訓練と、装備を造れるドワーフや主戦力となる
ダークエルフ達との合流を進めたいと思います」
「な、あいつらと手を組むというのか!?」
「奴らは我々とは食べる物も住む所も違うんだぞ!
とてもじゃないが協力など出来ん!!」
まあ、反対意見が出るのはわかってはいたが、思ってたよりつまらん理由だった。
さて、どう言いくるめようか?私はマスターとしてギルドを指揮した2年間を思い出した。
簡単な話だ、事実を告げるだけでいい。
私が言いくるめるのは、私自身。共に歩めると、共に戦えると、強引に信じて言葉を発するだけだ。
「伝承で貴方達は同じ王の元で闘った騎士であり、
戦士だった。そう伺っております」
「・・っ!?」
「確かにそうらしいが、1000年も昔の事だ」
「そう、たった1000年も前の事です、
そして我々は今でもそれを伝え、知っている」
「儂等が共に闘ったわけではないわ!」
「共に闘っている、今も間違いなく」
「・・何を言うか若造、正気か?」
「貴方達こそ気付いていない、見えていない。
・・それがあまりに当たり前だから」
「・・・どういう事だ?」
さあ、ここからが本番だ。
私の中で、自然と何かのスイッチが入る。
「感じないのか?その身体の内にあるものを?
貴公等の流れる血は、確かにそれを知っている」
「なっ!?」
「貴公等は共に闘える。
祖先の血が流れ、祖先の記憶も受け継がれ、
その魂に、同じ誇りを抱いているのなら。
重要なのは種族の違いなどではない、
貴公等は騎士の血を継ぐ者。
騎士とは民を護り、国を護る者。
その背には護るべき者達がいるのだろう?
そこにどんな違いがあるのか!?」
私は人が変わったように言葉を綴り、想いを込め、熱を叩きつける。理屈ではダメだ、言葉だけでもダメだ、そんなものでは届かない。体を動かすのは、心を動かすのは、何よりも自身の魂なのだから。
「思い出せ、騎士達よ。貴公らは、
無残に殺される民を見捨てる事が出来るのか?」
「・・・・っ!」
「貴公らにとって大切な事は、一体なんだ?
かつて共に闘った友を軽蔑することか?
それとも無能と罵り、侮り、結果、
護るべき民の死を積み重ねることなのか!?
ハッ!笑わせてくれる。
そのような者が騎士の子孫など名乗るな!!
とっとと森へ逃げるがいい!!」
護るべき者を護れずに死ぬぐらいなら、
くだらないプライドなど捨ててしまえばいい。
「貴様ぁ!我らは弱き者を見捨てたりはせんっ!!
逃げたりもするものかっ!!」
「我等は誇り高きソルディアのウッドエルフ!
契約に従い、我等は守護者となったのだ!!」
「我等は弓と杖を持ち、自由と命を守り抜く者!
かつて王と共に駆けた祖先を、我等は忘れん!!」
「ならば再び問おう、貴公らはまだ彼等の事を、
住む所も食う物も違うから協力はできぬ、
護る心も失った、決して共に戦えぬ輩だと、
その身に流れる血に誓って言えるのか?」
「・・・そ、それは・・」
場が静かになった。
自分達が何を言っていたのか気付いたようだ。
そして、村長が椅子から立ち上がる。
「我等が共に闘った仲間である事は、確かです。
伝承からして間違いありませんぞ、ロウ殿」
「村長!?」
「情けない、私もどうやら忘れていたようです。
子供の頃に聞かされた、祖先の事を。
いつかこの森を出て、我等が祖先の国に戻り、
彼等の様に、誇り高く生きたいと思った事を」
「村長・・・」
「ロウ殿、私は村の者を護りたいのです。
そして、頼ってきた同胞達も護りたい。
その為に・・私は弓を取ろうと思います。
かつて心焦がれた祖先の様になりたいのです」
「ならば護れば良い、村長。
仲間と共に、民の前に立って、死ね。
どうやって手を取り合うかなど、
貴方の体に流れる騎士の血が教えてくれる」
私は静かになった室内をまるで王の様に見渡し、
私を見ている者達に、告げる。
「貴公らは知っている、その体に流れる血が、
共に闘える事を知っている。
力を合わせる事で、より多くの民を護れるなら、
何も迷う事は無い」
「彼らに、頭を下げろと言うのか、お主は?」
「貴公らは、仲間にいちいち頭を下げるのか?」
誰がそんな事をするか。
どうすれば良いのか、お前達も知っているだろう。
「そんな時はな・・・前に立ち、手を伸ばして、
一緒に行こうと誘うんだ」
私は彼らに、手を伸ばした。
「まったくー、おい!ロウ!
いきなり怒りでしたから俺わ驚いたぞぉ!?」
「本当にビックリしましたわ!
とてもロウ様とは思えないお姿でした!」
「またさり気なくdisってないかミリィ?
あとイズ兄さん、ちょっと飲み過ぎだ」
酒宴が始まっていた。
さっきはノリと勢いで、恥ずかしいセリフを偉そうに叫んでしまったが、あの後、ウッドエルフ達は全員立ち上がり、胸に手を当てて敬礼をした。
そして村長の言葉でダークエルフとドワーフに使者を送る事が決まり、我々はドワーフの集落に使者として向かう事になった。それ自体は想定していた事だったし、特に問題なかったんだが・・・
その後、突然立ち上がったナイマの「こういう時は酒」の一言で、エルフ共が一斉に動いた。
瞬く間に村中へ話が広まり、中央の広場にテーブルが並べられ、気付いたらエルフもクーシーもホビットもごちゃ混ぜの宴会になっていた。
「まだまだ酔ってないお?
イズ兄ちゃんはまだまだ飲めるお?」
「キャラ崩壊してるよイズ兄さん・・」
「兄様はお酒に弱いので、とっとと潰しましょ!
遠くに捨ててこないと面倒ですわっ!」
「いや、君も相当に回ってるよミリィ・・
そして実の兄を捨てちゃダメだ」
私が二人への対応に困っていると、数人の老エルフ達が近づいてくる。なんだろう、更に嫌な予感がすると私のシックスセンスが告げている。
「ロウ殿!ワシは・・ワシは感動したんじゃ!
あんな恥ずかしいセリフをぬけぬけと!」
「いや、それ悪口ですから」
「流石ですなぁ、ロウ殿!!
闇天使を手篭めにする人は言うことが違う!!」
「いや、手篭めにされたの私ですから」
「しかし、神聖なる上位種の闇天使に
けしからん事をするなど本当にけしからんっ!」
「いや、文法的におかしいですそれ」
「そうじゃ!お主、バチがバチバチに当たるぞい!」
「いや、それただのダジャレですから」
土に還れジジイ共めっ!
「しかも清廉な巫女様にまでその姿を・・
悪魔じゃお主!」
「そうじゃ!あの可愛らしいミリィになんちゅう
破廉恥でいやらしい姿を見せつけてっ!」
「いや、ガン見してたのあの子ですし」
「ミリィは見せつけられたと言っとった!!」
嘘はいけませんよ巫女様。
「ワシは褒めてやりたい!やってくれたと心から」
「お前はこの女か男かわからんような強欲で
破廉恥なヒューマンの味方かいっ!?」
「そうじゃっ!昨日の嬌声を聞いてたじゃろう!
あれこそ伝説のヒューマンじゃ!」
「うちなんて3歳の孫に・・
『お爺ちゃん、あれお母さんと同じ声だよね?』
と聞かれたぞ!どう答えればいいんじゃ!?」
「ワシなんか婆さんとハッスルしてもうたわっ!」
「いや、お孫さんは健康に育っていますし、
婆さんとのハッスルは言わなくていいです。
それに私はヒューマンではありません」
「なんじゃとっ!?なら淫魔か何かかっ!!」
「いえ、亜神です」
「・・・な、なんじゃと?」
「か、神と天使の所業だと言うのか・・」
世界の終わりを見たような表情でこっち見るなよ爺さん達、終わりそうなのは私だ。
そしてイズ兄さんは既に潰れてるが、ミリィは頬を染めて私を見ている。だが、その目は美味しい獲物を見つけたパパラッチの目だ。・・・難しいものだな、思春期の女性というものは、狂っている。
「そういえばナイマは何処に行ったんだ?」
「え?ああ、ナイマさんなら確か・・・
村の奥にお父様と二人で歩いて行きましたよ?」
「・・・・・」
「あそこには納屋しかないと思うのですが、
何しに行ったのでしょうねー?ロウ様?」
「・・・乗馬の練習じゃないかな?」
「ふーん、まあいいんですけどー。
お母様が後を尾けてますので大丈夫でしょう!」
「・・村長、貴公の幸運と無事を祈る」
私は昨夜の反省から別の部屋を用意してもらい、そこで寝る事にした。どうやら宴会は終盤に突入し、更にカオスな状況となっているようだ。
だが、私はあまりに疲れていて、皆に断りを入れて抜け出してきた。用意されたのは小さな部屋で、ひっそりと村の端にあった。地面に建っている。
私は川で身体を洗い、ゆっくりとベッドで横になる。遠くの方で男の悲鳴と何かが爆発する音が響いたが、気のせいだろう。久しぶりの一人で過ごす夜に、私はとても安らかに眠りへと落ちていった。
次の日の朝。
起きた私は爽快な目覚めを迎え、窓を開ける。朝日が昇ったばかりの村は静寂に包まれていた。
私は4次元カバンから着替えを出し、外に出て体操を始める。ほぐれた身体を確かめるようにトレーニングを行い、汗を川で流して戻ると、
部屋の前にナイマが立って睨んでいた。
「やあ、おはよう。いい朝だな!」
「ロウ、逃げるのは卑怯」
「君主危うきに近づかず、と言ってくれ」
「ヒゲもゲットし損ねた」
「お前の図鑑コンプリートに興味はない」
ご機嫌斜めなナイマと共に、朝食を貰いに行く。
途中で吊るされた村長らしきものを見たような気もするが、きっと気のせいだろう。
初日の部屋の入り口にはミリィが立っていて、サラダを抱えている。こちらに気付いた時の表情は、なぜか残念そうな顔だった。クックック。
「おはよう、ミリィ。良い朝だな」
「・・・まさか外で、とは思いませんでした」
「・・私もその発想は予想外だった」
朝食を食べながら、菜食主義にも慣れてきたな〜、などと考えていたら、イズ兄さんがやってきた。
頭が痛いと言いながら勧めた椅子に座った後、ナイマが用意した水を一気に呷り、兄さんは話し出す。
「すまん、昨日の事を何も覚えていないんだ・・
会合は一体どうなったんだ?」
「みんなと仲良くする事が無事に決まったお?」
「・・・どうしたんだ?まだ酒が抜けてないのか?」
「いや、全く酔えなかった。加護のせいかな?」
「ふむ、羨ましい話だな。俺は二日酔いが酷い」
だいぶイズ兄さんもくだけてきたな。
やはり飲みニケーションの効果なのだろうか?
まあ、記憶が残っていたらイズ兄さん、間違いなく自らが犯した黒歴史に悶えただろうな。
朝食が終わり、今日の予定を確認した。
「これから装備の更新に行こう、
その後で、俺の仲間達を紹介するつもりだ」
「仲間?ああ、最初に櫓の上に居た人かな?」
「よく覚えているな。あいつもそうだが、
村の青年団の連中だ」
「聞きたかったんだけど、青年団は何をするの?」
「まあ、青年団は簡単に言えば自警団だからな。
村の警備ついでに魔獣や野獣の駆除をしている」
「なるほど、なら顔を合わせておいた方がいいな」
そう言った私に、イズ兄さんはニヤリと笑う。
いい男がやるとカッコいいなぁ、と思っていたら思いがけない言葉が出てきた。
「昨日の会合の話が広まっている。
皆、王器を感じたと噂しているぞ?」
「・・それは勘弁してほしいな。
私は皆が忘れてたものを返しただけだよ」
「フッ、まあお前がそう思いたいなら良いが、
皆も私もお前には期待しているんだ」
「アレはそんなに大きくなかった」
「君は忘れた方が良い事が多すぎると思うっ!?」
私達はイズ兄さんに連れられて倉庫に向かった。
倉庫には様々な道具や武具が並んでいて、当然ながら私のテンションは最高潮だっ!ナイマも驚いたようで、興味しんしんに武具を見繕っている。
「剣はバスタードソードだったな、変更するか?」
「いや、剣種はそのままで丈夫なヤツが良いかな」
「ふーむ、ミスリル銀製があれば良いんだが、
ここにはショートソードしかないな」
「それはナイマに使わせよう。
ちなみに頑丈な素材って何があるのかな?」
「魔力強化するならミスリルなんだが、
強化無しなら黒鋼製か鋼鉄製になるな」
「黒鋼?聞いたことが無い素材だな」
「このあたりの山地で採掘されるんだ、
ブラックメタルとも呼ばれるが」
「へえ、普通の鉄より硬いとか?」
「粘重いんだが、精錬すると硬さも増すんだ。
我々は軽いミスリルを好むんだがな」
「やっぱりミスリルの方が良いの?」
「魔法との相性が良いんでな。
簡単な魔術を封じる事も出来るし、応用が利く」
「杖と兼用出来るって感じかな?」
「そんなところだ。杖なら霊木を使ったものや、
翡翠鋼が合うんだが」
思ったより素材の数は多そうだ。
大量生産に向いたメタル系の素材は採掘量も多く、かつて騎士団にも採用されていたらしい。
そんな話をしていると、イズ兄さんがあったあったと奥から1本の剣を取り出してきた。
「これが黒鋼のバスタードソードだ。
剣身も分厚いし、これが良いんじゃないか?」
「長さもちょうど良いね。おっと、結構重い」
「まあ、それも黒鋼の特徴だからな。
鋼鉄製の剣と比べて2倍は重さがあるだろうな」
黒鋼と言うぐらいだから黒いと思ったら、鈍い銀色ぐらいだった。近くに同じ黒鋼のライトアーマーも都合よくあった。どうやら大昔の正式装備だったのかもしれないな、セットで身につけてたとか。
「ナイマさんはそのミスリル銀の軽鎧一式と、
さっきのショートソードで良いのか?」
「出来れば銃が欲しい」
「なんだそれは?」
「弾が飛び出す筒」
「筒?魔道具か?残念だがここでは見た事がない。
飛び道具ならボウガンや弓なら色々あるが」
それを聞いたナイマはとても残念そう。
この世界は中世ぐらいの文化レベルみたいだし、銃は難しいだろう。結局、ナイマは新しいボウガンを選び直し、ナイフも小型のを数本用意していた。
「ドワーフ達に頼めば造ってくれるかもしれんが」
「そうだね、向こうに着いたら聞いてみようか」
「鎧の調整ぐらいなら我々でも出来るから、
一応身体のサイズを測らせてくれ」
「B81・W72・H84」
「誰もスリーサイズは聞いてないからなっ!?」
倉庫についてきたエルフの鍛冶士を迷いなく追い払い、計測を私にやらせようとするセクハラ娘に追いかけ回されたが、今日中には調整も終わるらしい。
私達は武器だけ持って、次に青年団の集合場所へ向かうことにした。剣が結構重いな。
「ここだ、おいっ!皆を集めてくれっ!」
「お、イズ。この人達が例の破廉恥な王様か?」
「なんだ女の子二人じゃないか。まさか・・!?」
「私は男だ・・てか破廉恥な王様って!?」
「人の噂に戸は立てられんと言うからな」
「噂を広めたのは妹さんですからねっ!?」
「困った王様」
「お前が言うなっ!!」
男だったのか、とかヒソヒソ話している一団に、周りからゾロゾロと男女が集まってくる。
全員武装しているので自警団なのだろう。集まった連中を見回し、イズ兄さんは口を開いた。
「お前達も知ってると思うが、彼らが例の二人だ」
「聞いてる、その人達の指示に従えば良いのね?」
「ああ、訓練を受ける手筈になっているな?」
「おお、俺も伝承みたいな騎士になれんのか!?」
「馬に乗って敵を縦横無尽になぎ倒すんだよな!」
「単騎で1000人斬りとか出来るらしいぞ!」
「10キロ先から射抜いたりもするらしいよ!」
「それはスゴいな、一生懸命に頑張ろうっ!!」
ちょっと待て、どこの無双ゲームだそれはっ!?
「なら、さっそく今から鍛えてもらおうぜっ!」
「その前に、訓練の参考になるよう、
俺達の実力を知ってもらった方が良くないか?」
「違いねぇ!お前王様に揉んでもらえやっ!」
「ああ、騎士王に剣を合わせて貰えるとは光栄だ」
「マンマゴルは村で一番の剣士なんですよ!」
・・・精悍な緑の短髪エルフが私の前に立つ。
身長は190cmぐらいの細マッチョ、超美形。
これ、完全に負けフラグ立ってないか!?
「ロウは強い、特に夜は」
「な!噂に違わず流石ですな、王様!」
「どういう意味か私にはわからないなぁ!?」
「ロウ、大丈夫か?こいつは相当に腕が立つぞ」
「まあ、色んな意味で私達の実力を知ってもらう
必要はあるしね・・仕方ないよ」
「ロウの次は私が殺る」
「殺ったらダメですからねナイマさんっ!?」
「勝ったらご褒美にロウとヤる」
「目的はそっちかいっ!?」
マンマゴルと名乗る青年エルフと私は練習用の剣を持ち、広場の真ん中で向かい合う。
静かに剣を構えるマンマゴルと私は、お互いの眼を見て威圧し合う。そして、彼は動いた。
「ハアッ!!」
《 フォン!! 》
「踏み込み速いっ!?」
《 フォンフォォン!! 》
「躱すのが精一杯かっ!?」
「おお、見事な体捌きです!
では。これならどうですかっ!?」
「のわっ!?」
《 フォン! ガキィィィン!! 》
「む?力はこちらが上か!?」
「く、その小さな身体でなんという膂力!」
「小さい言うなっ!?」
「ならば力押しで、ハァァァァァッ!!」
《 ブォンブォン!ガキィィン!! 》
「くっ!押し負けますか!?」
「これは結構イケるかもしれんっ!」
「ならば、魔力強化させて頂きますっ!」
「えっ?」
「行きますっ!オォォォォォッ!!」
《 ヒュヒュヒュン! バチコーーンッ!!》
「ヒギャピーーッ!?」
「なんですとっ!?直撃!?」
剣適性が最大値のおかげか、マンマゴル青年と互角以上の勝負を続けていた私だったが、彼が強化を使った途端の三連撃をモロに食らってしまった。あまりの速さに避ける事も出来ずに3発フルコンボされた私は、情けない声を上げてぶっ飛んで行った。
「お、王様!?大丈夫ですかっ!?
しっかりして下さい!!」
「・・次の眠りは・・少し、長く・・・ガクッ」
「王様ぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ああ、そういえば言うのを忘れていたが、
ロウは魔法も強化も一切使えん」
「頑張ってもホブゴブリン並み」
「そんな馬鹿なっ!?強化も使えない剣士なんて、
ああっ!完全に白目を剥いておられるっ!?」
「衛生兵!衛生兵っ!!メイディーーック!!」
急いで走ってきたヒーラーらしき女性に治癒魔法をかけてもらい、ナイマに気付けで大量の水をぶっかけられた私はようやく目を覚ました。
「天国のお婆ちゃんが手招きしてたよ・・・」
「王よ、誠に申し訳ありませんでした!
まさか強化が使えないとは思わずっ!!」
「いや、私の事を知ってもらうには
ある意味良い機会だったからね、良いよ」
「途中まではとても良い勝負だったんだが、
やはり魔力強化無しはキツイようだな」
「イズ、一体どういう事だ!?
これで俺達に稽古をつけるというのか!?」
「彼が教えるのは集団戦のノウハウだ、
勝手に誤解したお前らが悪い」
「しかし、強化も使えない人に教わるなど!」
「それは平気、次は私の番」
ナイマが広場の中央に向かって歩いていく。
彼女の行動に戸惑うマンマゴル青年だったが、イズ兄さんが頷くと自分も中央に向かう。両者は正面に立ち、構えをとるが、ナイマは直立したままだ。
「最初から強化を使う、でないと死ぬ」
「・・本気ですか?貴女が王様より頑丈とは」
「当たらなければどうという事は無い」
お前はジオンの赤い彗星かっ!?と、遠くからツッコミを入れる私に、ナイマは微笑む。
「ご褒美は私のもの」
「賞品を見る目をしてるよこの娘っ!?」
そして、マンマゴルは魔力強化を使った。彼の身体を薄緑に輝く魔力光が、薄く包む。
対してナイマも強化を使うが、こちらは黒い光だ、どうやら魔力の色は属性に関係しているようだな。
「では、参りますっ!?」
「こい」
「ハァァァァァァッ!!」
《 シャッ! フォン!! 》
凄まじい速さで間合いを詰め、斬撃を放ったマンマゴルだったが、ナイマはそれを紙一重で躱す。
「ハァァァァァァァッ!ハァッ!」
続けて放たれた恐ろしく速い二連撃も紙一重で躱すナイマ、あれは完全に見切ってるな。
マンマゴルもそれに気付いたのか、更に魔力を込めて加速するが、まったく当たらない。
「くっ!」
「遅い、それに動きが単調」
《 ヒュン!バシッ!! 》
「グゥッ!?」
「すぐに体勢が崩れる、隙が大きい」
《 ヒュン!ビシィッ! 》
「ぐわっ!?」
「動きが読みやすい、次は右足」
《 バシィ! 》
「左手」
《 ピシィッ! 》
「背中」
《 バシィッ! 》
「お腹」
《 ドカッ!! 》
「グフォッ!?」
「剣だけ見ていると他を見逃す」
ナイマの蹴りがみぞおちに決まる。
たまらずに動きを止めるマンマゴルだったが、ナイマの前でそれは致命的な隙だった。
「動きは流れ、止めることなく繋げる」
《 バババババババババババッ!ドバキッ!! 》
「ゲハァァァッ!?ガァァァァァァッ!!」
練習用のショートソードとナイフを両手で操り、容赦なく斬撃を叩き込む。相手の周りを回転するように、翼で体勢を制御しながら確実に当てていく。
彼からはナイマの姿は捉えられず、常に死角から攻撃されている。最後に背後からの回し蹴りが背中の真ん中に直撃し、ぶっ飛んで行った、南無。
ボロ雑巾のような姿でうつ伏せに倒れるマンマゴル。
そして彼に近づき頭を踏みつけた状態で、ナイマは周囲を見回した。全員が呆然と彼女を見ている。
それを確認したナイマは息も乱さずに首を傾げ、
自警団の面々にこう言った。
「次にこうなりたいのは誰?」
「「「勘弁してくださいっ!?」」」
だが、勘弁してもらえなかった。
次々と打ち倒され、ぶっ飛ばされ、全身を打ち据えられ、倒れていく彼ら。時には泣いて許しを請う者や逃げ出そうとする者もいたが、容赦無し。
後には死屍累々とした広場に、
彼女が一人で立っていた。
「つまらない、ロウの方が遊んでて楽しい」
「いや、私をおもちゃのように扱わないで欲しい」
「これで夜のおもちゃはゲットだぜ」
「私の安らかな夜を奪わないでっ!?」
ヒーラーすら倒れているので、私には何も出来ない。てか、いつの間にかイズ兄さんまでズタボロで倒れている。私は思わず空を見上げ、こう叫んだ。
「これじゃ話が進まないだろうがぁぁぁぁぁ!!」
「やりすぎた、ごめん」
初日の訓練で、
彼らにナイマへの恐怖が植え付けられた。
そして私は迂闊に手を出せない危険人物として、
ナイマ共々村人に認識されていったのであった。
合掌。
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