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Ⅶ・Sphere 《セブンスフィア》  作者: Low.saver
セブンスフィア
21/21

1章『スリーピングフォレスト』♯32

ついにロウ達は眠りの森を目覚めさせる。

伝承に従い、森を抜けるため北の神殿を目指す一行は、そこである人物と出会う。

そして彼らは、驚くべき光景を目にするのだった。


第一章『スリーピングフォレスト』最終話。


      ♯32 水晶の城



 眠りの森と呼ばれるこの森は、四方を切り立った山に囲まれていた。

 険しい絶壁が壁のようにそびえ立ち、まるで籠の中に囚われたような錯覚すら覚えるほど、窮屈で、閉鎖された『牢獄』だった。

 この森に住む者達で、それを自覚するものは少なかったが、それでも『檻の外』が気になる者も少なくなかった。だが、この自然豊かな牢獄から出るには二つの鍵が必要で、それを手に入れるには努力や知恵、そしてこの世界に存在する魔法を使っても難しかった。

 なぜなら、ここは神が作った特別な檻であり、その結界はもはや偏執的と言ってもいいほどに強力で、外部から認識する事すら出来ない。しかも耐用年数は無制限といった、中に囚われた者を一歩も外へ出す気のない徹底ぶり。そして唯一の手段である二つの鍵、王剣キーブライトとその持ち主として選ばれた者は、特定の条件を満たさなければ手に入らない類のものだった。

 それは、囚人の一人しか対象となるべき者を用意せず、長き眠りについたその者が目覚める為には、同時に破壊の象徴たる者を目覚めさせる必要があったからだ。


 だが、結果的に王剣の持ち主は目覚める前に施された施術により傀儡と化し、そしてその破壊の象徴たる北方蛮族の女王カルマは、同じ神族かその眷属である天使にしか通れぬ、この森の結界を広げて侵入してきた闇天使ヴァルフォル、そしてその従者である魔族ガイストの手によって集められた大量の魂と、そこに含まれる微量な神因子ジンによって目覚めた。

 しかし、本来なら死闘の末にどちらか果てているはずの二人、カルマとブリジットは今日も喧嘩しながらも仲良く並んで歩いており、鍵である王剣は何の因果か別世界からの異邦人である私の腰にある。

 周囲には護衛を兼ねて選出されたエルフとドワーフを中心とした兵が200名。そして私を含めた異邦人、元の世界で『プレイヤー』と呼ばれていた、ニコ、C2、怜の3名に、一連の流れを知らされず、囚われた彼らが解放されることを祈った闇神が創造したホムンクルス、フォウとフィフスの2名。そしてエルフとダークエルフから代表し、将校としての扱いで共にしている者達10数名を含めた大所帯が、冬が近づき葉を落とした静かな森に騒々しく足音を響かせていた。


「なんでこうなったんだろう・・」

「どしたの?ロウさん?」

「うーん、ナイマさんがいなくなって気落ちしてるんじゃないか?飴でも食べるかい?」

「怜さん、あなたは近所のおばちゃんか」

「・・・!」〈クイクイ〉

「いらないのか?ならどうぞC2さん。今日はハチミツとイチゴ味があるよ。あ、ミントも」


 怜さんがC2に飴を渡している光景を無視して、この緊張感に欠けた行軍の行き先に私は集中することにした。我々は、一週間ほどの後始末を終えて、この森にある唯一の出口、北の神殿へと向かっているのだ。村長や長老たちによれば、そこには1000年前から守護者として巨大な竜が住み着いており、資格無き者の命を刈り取り続けているとのことだった。ドラゴン!RPGにおいて不変のボスモンスター!

 その姿をこの目で見ることができようとは、まさにゲーマー冥利に尽きるといえよう。恐らくフォウたちのように私に資格があるかどうか確かめる為、『その実力、試させてもらおう!!』とか言っちゃってバトル開始!って感じになるに違いない!!

 オラはワクワクするぞ!?


「なんかニヤニヤし始めたぞ?」

「うん、ロウさんいつも変だから」

「・・・」〈モゴモゴ〉

「うるさい。あと欲張って二個も食べるなC2」


 有史以前から冒険とドラゴンは人類の夢だったんだぞ?ちょっとぐらいニヤニヤしても良いじゃないか。まあ、実際の戦闘になったらそんな余裕ないだろうけど。

 この世界のドラゴンがどれぐらい強いのかもわからないし、いくらカルマが知ってる竜だとはいえ、顔パスというわけにもいかないだろう。

 様々なケースに備えて準備はしてきた。だが、完璧と言えるほどの策があるわけでもない。

降り積もる落ち葉の柔らかい感触を足裏に感じながら、獣道としか思えない道を進んでいき、ついに目的地である神殿が見えても具体的な案は思いつかなかった。まあ、出たとこ勝負でいくしかないなぁ、と、その神殿へと続く階段を前に、私は結論づけた。


「ふぇーん!!こんな長い階段のぼるの〜!?」

「私の故郷にも、こんな階段のある神社があったな」

「ふむ、ドMに信仰されそうな神社だね、ロウさん・・」


 飴玉を口でコロコロ転がしながら、C2が指で段数を数えている。いや、日が暮れるからそれ。

ところどころ苔むした階段は幅広く、一段もそれなりに広い。だが、そんな階段が延々と続いている光景は登る者のやる気を無くすのに十分だろう。私も嫌だ。

 だが、階段の下で休憩をとりながらもブリジットに聞いたところ、この階段を登る以外に道は無く、自らが封印されるまでの記憶の半分がこの階段を降りる光景だったと、げんなりしながら話してくれた。

 うむ、聞かなければ良かったな。


「滑りやすい、気をつけろ」


 休憩で体力を回復した私たちは、そう言って注意を促すマイグリンを先頭に階段を登り始めた。

左右は背の高い木々に囲まれ、だが枝葉は階段にその影を落とす事なく避けて広がっている。

葉の色は黄色や赤色に染まっていて、この世界にも紅葉があることを私たちに教えてくれていた。

 階段から見えるのは空のみ、ちょうど頂上の向こうに見える岸壁をさらに見上げれば、よく晴れた空が広がっていた。だが、首が痛くなるほどに見上げないといけないとは。どんだけ高いんだ周囲の山は。

 半ばまで至ったところでフィフスが文句を言い出し、ニコやフォウから説教されていたところに怜さんが自分がおんぶしようと提案した。

 だが、その後ろに回した手をくねくねと何かを撫でるように動かしていた為に、事件は起きた。

 フィフスの『この変態がーーーっ!!』という叫びと共に放たれた数十発の火球ファイアボールにより、それは重軽傷者多数となる惨事に発展。黒焦げになった怜さんの治療を「流石ですね!」と言いながらミリィが担当したため、比較的短時間で事態は終結したが、私たちが頂上にたどり着いたのは夕方になってしまった。

 登り始めたのは昼頃だったから、軽く6時間近く登っていたことになる。もちろん、戦犯である怜さんには執行猶予付きの有罪判決と、私たちの荷物持ちという暫定処置をとっておいたのは言うまでもない。


「つ、ついた〜!!」

「なかなかの苦行だったな、ギル」

「ふん、この程度は訓練で慣れている」

「し、死ぬ・・・」

「怜さん、もうセクハラとかやめたら?」

「その点に後悔は無い!!」

「ロウさん、もう病気だから治らないよ」


 神殿の前にある広場で、兵たちも疲れ果てた表情で座り込んでいる。私は体力と魔力量だけはあり余っているので、ぶっ倒れた怜さんの隣で神殿を観察することにした。

 ギリシャのパルテノン神殿を思わせるような石造りのそれは、小さなビルほどの高さでそびえ立っていた。神殿の半分は絶壁に埋もれるように建っており、奥行きは一見してわからない。

 周囲は同じ石で組まれた壁に囲まれているが、広場には何もなく、殺風景だ。端に小さな噴水と、それを囲う泉が見えるものの、目立たぬようにひっそりと配置されている。普通の神殿ならば、水は下界の汚れを清めるものとして扱われる事が多いはずだ。なのに、ここではそのような配慮は見受けられない。


「神殿というより、何かの集会所のような雰囲気だな。少し殺伐としすぎているように見えるが」

「ほほう・・鋭いの。お主の言うとおり、ここは神殿ではなく出入り口にすぎんのじゃ」


 全く予期せず近くから声をかけられた私は、驚いてその声の主へ身体を向けた。

この場所を神殿では無いと言った、白い髭と白い頭髪を足元まで伸ばした老人は、すぐ斜め前で面白そうに私を見ていた。茶色のローブに身を包み、木製と思われる杖を片手に少し背を曲げて立つ老人は、私と目があったのを確認した後、言葉を続けた。


「よう来たの、王よ」

「あなたは・・いったい?」

「なんじゃ?聞いとらんのかの?儂はこの門を管理する守護者じゃよ、ウールと呼びなさい」

「ド、ドラゴンは!?」

「いや、だから儂じゃよ。もう歳じゃし、竜の身体は疲れるんじゃ・・最近は人型が楽でのぅ」


 そう言って腰の後ろをポンポン、と叩く姿は、紛れもなくただの老人だった。

なんて杖の似合う姿なんだ。今年の杖が似合う爺さんアワードがあれば間違いなく優勝するだろう。

私が授賞式でトロフィーを渡すんだ。なんならお灸とサロ○パスも付けようじゃないか!!


「なんでそんな半泣きなのよ?」

「男は夢破れて涙するものなんだよ」


 伝説のドラゴンが伝説のお爺さんになってしまった悲しみに震える私に、カルマが声をかけてきた。


「おお!久しぶりじゃのう、カルマや。まさかお主と再び会えるとはのう!」

「あんたは変わらないわね、ウール爺さん。こんなところで千年も、退屈じゃなかったの?」

「ほっほっほ。まあ暇といえば暇じゃが、老い先短い古龍の儂じゃ。生きておるだけで十分じゃよ」

「そんな事言って、どうせ分体とか使って遊んでたんじゃ無いの?」

「バレとったか!!いやはや、お嬢には隠し事ができんのう」


 そう言った爺さんは、杖をクイクイっと兵たちに向けた。すると一人のエルフが立ち上がり、私たちの元へと歩いてくる。それは、苦楽を共にした仲間であり、ディンエルの兄でもあるマイグリンだった。


「なっ!?マイグリンだと!?」

「兄さん!?」


 状況が掴めていないディンエルとイズ兄さんが驚く声をあげる。マイグリンは振り返り、済まなさそうに苦笑いを浮かべたが、再び私たちへ向かって歩き始めた。


「「儂は自らの身体を分けて、このようにエルフに混じって過ごしておったのじゃよ」」


 若いエルフと爺さんの声が同時に、重なって異なる口から放たれる。ついに爺さんの隣まで来たマイグリンは、私に向かって話しかけた。


「隠していて済まなかったな。だが、その事を知られるわけにはいかなかったんだ」

「まさか・・本当なのか?マイグリン」

「ああ、俺という意識もあるが、同時にウールという意識もある。・・俺は王の選定者の一人だ」


 そう言ったマイグリンは、目を細めて私の腰にある王剣へと目線を移した。


「もしブリジットが王剣を見つけられなかった場合、俺がその場所へと導くはずだった」

「それでエルフの村に定住していたのか・・だが、それじゃディンエルは!?」

「俺の妹だ。俺たちの父も分体で、その死の際に俺へと本体の意識が移ったんだ」

「・・なら、お前はお前のまま成長して、その爺さんの分体だと知ったわけか」

「ふん、気に入らんがな。だが、確かに同じ意識は持っている。妹はただのエルフだがな」


 顔をディンエルへ向けると、震えながら会話を聞いていた彼女の瞳が揺れていた。

その肩をイズ兄さんが支えている。本人も信じられないと目を見開いているが。


「妹を嫁に出す時は本気でイズを殺るつもりだったが、いつかこの時が来るのはわかっていた。

 その時に、俺では無い誰かが側にいるというのも悪くないと思い直して、許したんだ」

「・・・兄さん・・」


 その言葉は、兄の言葉だった。

ディンエルの瞳から涙が溢れ出すと共に、照れ臭そうにした彼は顔を背けるように私へと向き直した。

そして老人もまた視線をこちらに移し、真剣な表情で告げた。


「「判断、知恵、勇気、そして民を想う気持ちは確かめた。認めよう、王剣にふさわしい者だと」」


 古竜である老人と、若きエルフの声が、再び重なる。

そう、ずっと試練は続いていたのだ。ドワーフの村でダンジョンに踏み入れた時から、彼はずっと私に資格があるのか、ふさわしいのかを確かめていた。

 思い返せば、重要な局面で常に彼はいた。ヴァルフォルとの戦いで姿を現さなかったのは、知人であるカルマと出会う可能性が高かったからか?そう確かめた私に、二人は頷いた。


「選定の儀は、この場で確かめねばならぬ。あの場で決めていれば王は二人になっておった」

「だから俺は戦闘に参加せず、最終的に王剣を持つ者がどちらになるか待たなければならなかった」


 二人は続けるように話し始めた。

 彼らは迷っていた。決められた神のシナリオでは、現れる王はブリジットであり、彼女が生き残った場合は二度と外へと出さぬように、その命を奪う役割を命じられていたのだ。

 だが、まさか異世界から王の資格を持つ者が現れるとは思わず、かといって私を理由も無く殺すわけにもいかなかった彼は、分体として使っていたマイグリンを近寄らせ、影の役目では無く表の役割、王の選定者として私にその資格があるのかを確かめる事にしたのだ。

 だが、王剣を手にする直前にブリジットがその柄を手にし、話は振り出しに戻ったかに見えた。

しかし、私たちは仲間をまとめ、ついに紆余曲折を経てこの場所へと王剣を持って現れる事となった。

 本来は抹殺すべきブリジットは王剣を持たず、その宿敵でありブリジットに殺される運命だったカルマも生きてその隣に立ち、そしてここに居るはずのない王剣を携えた私も、全てが当初のシナリオを、運命を覆して老人の前にその姿を見せている。

 彼は、古竜ウールは運命を変えた者たちの生きる力と、ほんの少しのきっかけで広がる未来を見たような気がしたのだ。だからこそ、彼は竜としてではなく、人として私たちを迎える事にした。

 それは、彼なりの敬意を最大限に表したものだったのだ。


「儂は、お主らに感謝せねばならぬ。友を救ってもらい、その娘も殺さずに済んだのじゃ」

「ウール老、あなたが望む状況になったのは、私の力ではないよ。ここに私を呼んだ闇神の意思だ」


 私の言葉に、皆が一斉に驚きを露わにした。

私たちが現れた闇神に関わるほこら、本来は必要ではないフォウたちの存在。そして、領主ロードの階位を得た私と狭間の少女の同化。全ては、一つの答えへと行き着くだろう。

 闇神は、知っていたのだ。

自らの姉が企んでいた計画も、そして殺しあう運命を背負わされた彼らのことも。

 だからこそ、私という偶然を最大限に利用して、運命を変えたのだ。ほんの一筋の繋がりと、そっと埋めていた希望の欠片で、神はその過ちを正した。おそらくは、自らを愛してくれる姉のために。

 そう語った私に、それぞれは頷き、ある者は祈った。それは、彼らが望んだ事と同じだったから。


「気づいておられた、か。そうじゃろうなぁ、あの方は他の神の誰よりも賢く、優しかったからのう」


 そう言って空を仰ぐ古竜に、私は告げた。


「だが、その闇神は何らかの形で今は動けず、そしてこの世界には危機が迫っているんだ」


 私は告げねばならなかった。このまま美談で終わらせるわけにはいかないのだ。

物語は、まだ始まったばかりなのだから。


「ここから出たい。私はその危機に備えると約束したんだ、案内してくれ」

「危機じゃと・・?お主、いったい何を」

「知りたいか?なら共に来てくれ。老いても古竜と呼ばれた存在だ、力を貸して欲しい」


 私はウールの眼を見て、そう言った。

彼は驚きつつも、恐らくこれまでマイグリンとして得た経験から導いたのであろう、答えを口にした。


「うむ、では道中で聞かせてもらいましょうぞ、我らが王よ。さあ、儂についてきなされ」


 ウールは先ほどまで曲がっていた背筋を伸ばし、私たちを連れて神殿へと入っていった。

暗闇に包まれた屋内には、巨大な扉が一つ、そして、その前に小さな台座が一つあるだけだった。

彼はその台座の前まで歩き、そして振り返った。


「導かれし新たなる王よ、王剣キーブライトをこの台座へ掲げられよ。さらば扉は開かれん」


 先ほどとはうって変わって、よく響く力強い声で告げた彼は、私たちを促した。

私は皆と共に台座へ近づき、やがて私だけが前に出て、他の皆は立ち止まる。歩きながらシャン!という高い音と共に王剣をさやから抜いた私は、その前に立った。


「その剣の名はキーブライト。眠りから目覚めし光の鍵にして、王の道を示すもの」


 古竜は唄うように言葉を続け、私はそれに合わせるように、掲げた剣を台座へと導いた。

すると、王剣はひときわ大きく輝きを放ち、その光を受けた台座に無数の文様が浮かび上がる。

 それは光の線となって床へと伝わり、そこに刻まれた無数の文字をかたどり、扉へと至る。

巨大な扉の表面に掘られた文字は繋がり、まるで一枚の壮大な絵画のようにも見えた。

 それらは神が施した封印そのものであり、膨大な魔法文字で綴られた術式は、王剣から伝わってきた情報を読み取り、資格あるものが扉を開こうとしていることを知ったのだ。そして全ての術式に光が満ちた時、扉を封じていたそれは千年の時を超えて解除された。

 無数の線によって浮かび上がった模様の中心には、二柱の女神が手を取り合う姿が描かれていた。そして扉は震え、女神の間には一本の線が浮かび、その隙間は徐々に間隔を増して広がっていく。音もなくゆっくりと開き続けた扉は、全開となった時点で動きを止めた。

 その奥には、壁に埋め込まれた無数の魔道具によって薄暗く照らされ、地の果てまで続くように伸びている、長い長いトンネルがあった。


「王よ、この通路は山一つ分の長さがありまする。覚悟はよろしいですかな?」


 先ほどまでの威厳ある姿から、いたずら好きなジジイのように様変わりしたウールに、私はあっけにとられながらも苦笑して答えた。


「ああ、後ろの階段に比べればどうってことないさ。少なくとも残りの段数は数えなくていい」

「良い心がけです。この老骨も精一杯お伴するゆえ、先に音をあげぬようにお願い致しまする」

「竜の老骨ってぶっとそうだなぁ・・」

「また歩くのか・・また担ぐのか・・」

「怜さん、ほら荷物忘れてるよ〜!!」


 大量の荷物を抱えながらフラフラと歩く怜さんに同情の視線を送り、私たちは通路を歩き始めた。

その先に、思いがけぬ光景が待ち受けているとも知らずに・・・。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 少し、舐めていた。

延々と続く通路はどれだけ歩いても果てが見えず、ランタン程度の光で照らされる内部は時間の感覚を失わせる。私たちは空腹から夜が来た事をなんとなく判断し、途中で食事と睡眠をとった。

 そして目覚めてからも朝なのか昼なのかわからぬまま、ただひたすらに真っ直ぐ歩き続けた。

 やがて遠くに出口の扉らしきものを見つけた際には、それこそ全員で歓声をあげた。唯一の例外はまたしてもフラフラと倒れこんだ怜さんだけだった。

 そんな彼に肩を貸しながら、私たちは再び歩き続け、ついに入り口と同じくらいに巨大な扉を前に立ち止まった。たどり着いた安堵からか、皆の表情も明るく、疲れていた身体に力が戻ったようだった。


「ふぅ〜い。さあ、先ほどと同じようにその台座へ剣を掲げられよ。そこが目的地じゃ」


 ウール老の言葉に頷いた私は再び剣を抜き、今度はまっすぐに剣を掲げた。台座から伝わる光が扉を満たし、それはゆっくりと開き始めた。

 隙間から漏れる明るさに目が眩む。どうやら外は昼頃のようで、差し込む日光がカーテンのように我々を包んでいく。やがて扉は開ききり、ようやく明るさに慣れた眼で私たちは見た。

 

 私たちがいる場所は、岸壁に掘られた洞窟のようであり、先には大きく裂けた崖があった。

そしてその崖には一本の真っ白な橋がかけられており、欄干には竜の石像が一定間隔で置かれている。

 そしてその橋の先に、太陽の光に照らされて宝石のように輝く、巨大な白亜の城があった。


「あれがソルディア騎士王国の王都レヴァントリと、その王城であるクリスタルパレスですじゃ」


 そのあまりにも美しい姿に目を奪われていた私たちへ、ウール老がその名を告げてくれた。

十二本の太く高い尖塔と、それを繋ぐ巨大な外壁。その内側には街があった。そして街に囲まれるようにそびえ立つ王城は三つの建物に分かれており、より大きな中央部と空中回廊にて繋がれていた。建物の間には川が流れ、中央の建物の一部へと流れ込んでいる。その川を囲むように小さな木々が生い茂り、一見して森の中に城が立っているように思わせた。

 目の前にある橋は長く、中央部にある庭園のような場所へと続いている。この場と城を隔てている崖の下には、またしても川が流れていた。

 だが、よく見るとその川は流れを持たず、城を囲うように続いている。そう、その城は湖の中央にある島に築かれていたのだ。街と城を守るように広がる大きな湖、そこには数本のこれまた巨大な橋がかけられており、遠くに見えるわずかな平野部と果てしなく広がる森林へと繋がっていた。


「・・驚いた。私が後にする・・いや、破壊される前の姿そのままじゃないか!!」


 いつの間にか私のすぐ横に立っていたブリジットの口から驚嘆の声があがる。それを聞いたウール老は嬉しそうにそのカラクリを説明しはじめた。


「お主らが去った後、氷漬けにされたこの城は闇神と水神、そして土神様によって直されたのじゃ。

 いつかお主らが帰ってきた時に困らぬようにのう」


 それを聞いたブリジットは、その場に跪き、両手を組んで祈りを捧げた。その閉じられた眼から一筋の涙が伝ったが、私はそれを見なかったことにした。失った大切なものを神が取り戻してくれた。そう感じているのだろうが、その純粋さゆえに城が破壊されたと気づくには、あまりにも多くの命と時を失った。

 彼女の涙は嬉しさゆえの涙ではなく、悔恨と悲哀に満ちたものだったから。

ウール老はブリジットの肩へ優しく手を乗せてから、私の方を向いた。


「さあ、行きましょうぞ。この娘があの美しい城を案内してくれるでしょうからの」


 彼の言葉に頷いた私は、立ち上がったブリジットと共に橋を渡り始めた。そして半ばを過ぎたあたりで、大勢の人間が橋の先にある広場に集まり、こちらを指差しているのが見えたのだ。

 私たちは立ち止まった。すぐさま後ろに続いていた兵たちが、私を護るべく前へと駆け出していく。

その先頭にはマイグリンとマンマゴル、そしてニコの姿もあった。いや、お前近衛だろ?

 そんな私たちの動きに気づいたのか、集団から数名が橋を渡り始めてこちらに向かって歩いてきた。

先頭には初老の騎士、その左右には精悍な若者の騎士が少し後ろに続いている。彼らはやがてニコたちの前までたどり着き、そして、跪いた。


「名乗り申し上げる!!私はソルディア自由騎士団の団長を務めております、ロニ・デイビス!!

 後ろに控えますは我が騎士団の者!どうか貴公らのお名前とお立場をお聞かせ頂きたい!!」


 野太く馬鹿でかい声で名乗りを上げた目の前の騎士に、ニコがどうしようとオロオロしている。

いや、お前はいったい何をしに前に出ていったんだ。と、ツッコミたい気持ちを我慢していると、ウール老がゆっくりと前に出て、ニコをはさんで騎士団長と名乗るおじさんに向かって怒鳴りかけた。


「無礼者が!!このお方を誰と心得る!!」


 いや、それはない。その口上はないぞ爺様。私は水戸のご老体ではないんだから!!


「あのお方こそが貴公らの主にして、王剣に選ばれしソルディアの王!ロウ・L・セイバーなるぞ!!

 ええい、頭が高い!控えい!控えおろーう!!」

「いや、おかしいだろジジイ!!お前は時代劇とか見たことないだろドラゴンのくせにっ!!」

「ロウさん、敬語とかいろいろ忘れてるぞ」


 怜さんにたしなめられたものの、ドヤ顔で騎士団長を見下すボケ老竜に私の興奮は収まらなかった。

だが、明らかにおかしい口上に反論は無く、ただ驚愕してこちらを見る騎士の皆様の視線が痛かった。


「や、やはり伝説は本当だったのか・・ついに、ついに我らが王がご帰還なされたのかっ!!」


 でかい声の騎士団長さんが叫ぶと、固まっていた両脇の男たちがさらに驚いてこちらを見た。

いや、王様は私の隣にいるこの女性ですよ皆さん。私は通りすがりの元サラリーマンですから!

 彼らの視線に耐えきれず、隣のブリジットへ顔を向けると、ウンウン!と力強く頷いているではないか!なんだ!?職場放棄か!?社内規定とかないのか!?ここの騎士団には!?

 目で必死に訴えかける私に気づいたブリジットは、ちょっと困ったような、でも面白そうな顔をして首をかしげた。こやつ、楽しんでおるわっ!!


「おいっ!!お前たちはすぐに王の帰還を伝えるんだ!!各部隊長にも伝令をまわせ!!」

「「はっ!!直ちに!!」」

「いや、伝えなくていいから!!ってか伝えないでお願いです私は違うんです!!」

「なんだと!?おい、お前ら!その方は我らが王ではないとおっしゃっているがどうなんだ!?」

「王様です」

「王様だな」

「王だな、剣も持ってるぞ」

「やはり伝説の王ではないかっ!!ええい、お前たち、急いで知らせるのだ!!」

「「はっ!!直ちに!!」」

「イヤーーーーーッ!?」


 全速力で駆け出していく騎士たちの背中を見ながら、私は大地に両手をついてそれを見送るしかなかった。ああ、久しぶりだぜこの体勢、まさに気分はOrz。どんどん私の自由は奪われていく・・。

 ああ、空が蒼いな。鳥になりたい。


「ロウさん、本物の王様になっちゃったね!!」

「貴様のせいじゃーーっ!!ニコォォォォ!!!」

「ひどーい!!わたしは悪くないよーー!!」

「ロウさんが王様なら俺たちはどうなるんだ?」

「怜殿は将軍とかではないでしょうか?」

「ふーん。ブリジットさんはどうする?」

「私はもう懲りたので、そういう重要な役職には付きたくないです。怜殿は構わないのですか?」

「ちょっとめんどくさいとは思ってるよ」

「わたしはこのえーーっ!!」

「・・・!!」〈コクコク!!〉

「勝手に話を進めないでくれ!!」

「ロウ、諦めろ。人生にはそういう時もある」

「イズ兄さぁーーーーーーーーん!!」



 こうして、眠りの森から帰還した騎士王の話は急速にバルティア領内へと広がり、王都レヴァントリには周辺から様々な種族が続々と集まり、かつての賑わいを取り戻していくのだった。

 だが、それは後に起こる大きな混乱の始まりでもあり、やがてその混乱は、バルティア地方全土を巻き込む戦乱へと繋がっていく。まるで一つの波紋が次の波紋を呼び、やがて巨大な波となって多くの命を飲み込んでゆくように。だが、この時この場にいた者達に、それを予想し得る事が果たして出来ただろうか?

 確かに言えることは、この瞬間から世界は彼らの存在を知った。


 そう、まるでおとぎ話の始まりのように。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

一章は一応、これで完結です。

続く第二章、騎士王国編は2017年より開始しますが、その前に一章の再編集作業を行います。

今回書いてみた第一章は、小説を書いた事がない私にとって練習作と呼べるものでした。

原案となった話では主人公は一人の少年で、フォウにそのモデルイメージを再利用しています。

本来はもっと冒険に満ち溢れたお話で考えていましたが、結果的には全然違う話となり、しかもいつ終わるのかもわからない長編となりそうで、私も困っています。


そんな状況で描き進めてきた本作ですが、途中でも書いたように様々なテストを行っています。

書き方が安定していないのもそれで、一章の中盤あたりから、二章へ移る前に書き直そうと決めていました。大筋は変わりませんが、今の私にならもう少しマシに書けるんじゃないだろうか?

そう思っています。まあ、数年後に見たら同じことを思うんでしょうが。


一章は終わりましたが、最後にエピローグ的なのを書くつもりです。

おまけみたいなものなので期待されても困りますが、もう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。

では皆様、また後で。

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