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Ⅶ・Sphere 《セブンスフィア》  作者: Low.saver
セブンスフィア
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1章『スリーピングフォレスト』♯1〜3

暗闇の部屋から抜け出した先には、

新しい世界が広がっていた。


そこでロウは、一人の天使と出会う。


     第1章【スリーピングフォレスト】

         ♯01 プレイヤー



 冷たい感触と、草の匂いがする。

どこか遠くで鳥の鳴く声が聞こえて、私は意識を取り戻した。


まだうまく働かない脳みそを叱咤しながら、身体の感覚を確かめてみる。何となく手をもぞもぞと動かすと、手袋を介して伝わる硬い感じ。恐らく石か何かの上に寝ているようだ。

 ふむ、先程に感じた冷たさはこれだったのかと、どうでもいい事に納得する。学校の廊下で、突然ゴロンと寝てみた事を思い出すなぁ、なんて思ったりして。


〈 カサッ 〉


 むむっ?何か動く気配を感じたぞ?

ここには呆れた顔をした先生も、冷たい視線の同級生達も居ないはず。

どうしよう、死んだふりしようか、ゾンビの様に這い上がるべきか、それとも・・・。


《 ガバァァッ!! 》

「ハッハッハーッ!!

 我が眠りを妨げるのは誰じゃぁぁぁぁぁっ!!」


 思い切って某ゲームに出てくるボスキャラ的に起き上がってみた。当然ながら両手は天高く上げて、指先を軽くワキワキ動かしてみる。背中に立ち上る暗黒のオーラが無いのが残念でならないが、そこまで言うのは贅沢だろう。今を精一杯生きるのが大事だと先生も言ってたじゃないか。

 ほれほれっ!元演劇部で照明を担当していた、私の超絶的パフォーマンスに驚くが良いわっ!!


「クゥ?」


 犯人はウサギさんでした。

なんだよそれ、伝説の勇者二人目とかじゃないのか。三人揃って悪の神官を懲らしめる旅に出る私のヴィジョンが狂ってしまったじゃないか。いや、待てよ?もしかしたらこのウサギ、この後でお茶会にでも誘ってくれるかもしれない。そしてトランプの兵隊やあんな奴らときゃっきゃウフフするのだ。

 てか、そんなつぶらな瞳で僕を見ないでっ!闇に染まった悪の心が清められ・・


〈タタタタタッ・・〉


 ふむ、ウサギさんはどうやら照れ屋な様で、小走りに森の方へ走って行ってしまった。

私の超絶パフォーマンスには、どうやら感銘を受けなかったようだな、残念。動物すら魅了する境地にたどり着けたと思っていたのだが、芸の道は厳しいものだ。


「さて、いつまでも寝てる訳にはいかないな。ここは何処だ?」


 ・・・あの少女が消えていったのは覚えている。

最後の言葉も、あの青い星の姿も。何から護って欲しいのかは解らなかったが、何を護って欲しいのかはわかった。恐らく、今いるこの世界こそがあの青い星、そして彼女の世界なのだろう。

 鼻をクンクンと嗅いでみると、わずかに冷たさを感じる空気と共に、わずかに匂いが弱まった豊かな緑の感覚が紛れ込んでいた。夏・・ではないな。あの生命感溢れた季節では、放たれる香りの自己主張が強い。今の感じだと恐らく秋が近い。夜間には急激に気温が下がる可能性があるな。それに食料の確保も他の季節に比べて容易だろう。親子で行ったキャンプ程度の知識で何とかなるとは思わないが。

 他に誰もいないというのは厳しいが、生きるための最低限の情報を集め、そして行動方針を決めよう。あの少女に頼まれた事はとりあえず後回しだ。生きることが最優先、だが、無下にはしない。安全を確保した後で出来るだけの事はするとして・・まずは現状を把握せねば。


「・・なんかほこらみたいだな」


 私は周囲を見渡した。

 そして、自分が円形のステージを思い起こさせる様な場所におり、そのステージを中心に、周囲が大きな広場になっている事を確認した。広場の端と端まで100mぐらいかな?ステージの半径は5mってところだろうか。石のブロックを組み合わせて出来ており、膝ぐらいの高さで組まれている。その周囲はもう少し平らな石材が敷き詰められており、出入り口と思われる門までそれが続いている。

 私は急いでその門から外へ出て・・なんてことはしない。

冒険とは、まず近くの民家や侵入できる安全な家屋のタンスをしらみつぶしに漁ることから始まるのだ。いきなり外に出てモンスターと出会えば、何の準備もない私は高確率で傷を負う、もしくは死ぬ。

 私は冷静に周囲の観察と分析を続けることにした。


 先ほど目を向けた、そこ以外の地面はむき出しの土だ。どうやら通路を兼ねているような石畳。苔はそれほど付着していないから、今でも人か何かが使用している可能性が高い。

 土には雑草や木も生えているが、雑草は芝生ぐらいで、木の数も少ない。ぽつんぽつんとした配置から、植樹されたものと考えていいだろう。木は・・メタセコイヤの樹に見える。あの太古から変わらぬ姿で現代まで葉を広げている植物だが、まさか異世界にもあるとは。つまり木々に関しては我々の世界とさほど大きな差はないということなのだろうか?興味深いな。

 視線をもう少し広げてみると、広場の周りは1.5mぐらいの高さに造られた塀で囲まれていて、その上には背の高い外の森の木々が覗いている。

 まあ、壁はところどころ崩れてるし、苔とかも生えているのでかなり古そうだ。ウサギさんが向かったのも大きく崩れた場所だ。きっと木が壁の根元に生えてきて崩れたんだな、その原因と思える木はかなり大きく育っている。メンテナンスの状況から、外敵に備える為の壁というより、そのエリアを示す為に造られたもののように見える。大型の外敵も少ないのではないだろうか?それだと嬉しいんだが。

 天井は・・無いな、蒼い空が広がっている。

良い天気だ。


 空を見上げた後、なんとなく後ろを振り返ってみると、そちら側には塀が無かった。

その代わり、広場の端より向こう側に広い湖が見える。手前には石組みされた人工の入り江があり、その中央には一体の女神像が立っていた。


「・・・すごいな。こんな美しい景色、現代ではなかなか見れんぞ・・・」


 目の前に広がる湖に、柔らかな日差しがキラキラと反射する。それは光の絨毯みたいに揺らめき、そよ風が小さな入り江に波を立てていた。そして入り江の真ん中にある女神像が、水面で反射した陽の光を浴びている。ゆらゆらと、ドレスのように。

 まるで神殿のような神々しさだった。

あまりの美しさに言葉を失いつつ、ふらふらと近寄ってみると・・想像以上に水の透明度が高い。それなりの深さがあるようだが、はっきりと底まで見渡せるぐらいに水は澄んでいた。

 恐らく、この女神像の周辺から地下水が湧いているんだろう。小魚が泳いでいる姿も見つけたので、おそるおそる水をすくい、口に含んでみる。


「よかった、飲める。一応沸騰させて口にした方が良いだろうけど、冷たくて美味い水だ・・」


 良質な水源を確保が出来たのは幸いだ。

水が無いと人は生きていけないからな、逆に水さえあれば、かなり保つって話だし。

 この広場の形からして、この女神像を信仰する祠なんだろうな、ここは。恐らく自然の中で貴重な飲み水を与えてくれる大切な存在だったのだろう。我々の世界でも水源は大切に祀られることが多かった。

 私が住んでいたのは田舎で、近くに川や滝もあった。遊びでどんどん川を遡り、最初の場所を探そうとしたこともあった。源流に近づくにつれ水は綺麗になり、やがて小さな湧き水にたどり着いた事がある。その時に飲んだ水も美味かった。今思うと色々と怖いとは思うのだが、子供のすることなどそんなものだ。まずは口に運び、後は本能が危険を察知する。

 子供時代を懐かしく思い出し、それから顔を上げて目を凝らしてみると、遠くの方に高い山々が見えた。山から流れてきた川もあるのかもしれない、川があれば魚を捕ることも出来るだろう。

 出来れば釣竿が欲しいな。長期的に留まる事になりそうなら用意するとしよう。


「そういえば、手持ちの道具とかあるのかな?」


 私は今更ながら、装備の確認を行った。

 身体には動きやすそうだが、要所を鋼鉄で覆っている全身鎧。ゲームの種類で言えばライトアーマーと呼ばれるものを身に付けている。そこそこ高い防御力と、比較的重量が重くない事から近接戦闘職に人気があり、店売り品としてはそれなりに高いが、籠手と脚甲もセットになっているのでお得な防具。着てるのは丈夫な皮の鎧を下地に、胸・背中・肩・腰を鋼鉄のプレートで覆っているタイプだ。

 コンコンと叩いて確認したが、籠手や脚甲も鋼鉄製なのでスティールライトアーマーで恐らく間違いないだろう。ちなみに胴体だけの鎧ならメイル、全身鎧はアーマーと分類されていた。

 あと、鎧にフード付きマントが装着されている、大きさもそれなりにあるし、簡易のレインコートにはなりそうだ。雨は体温を大幅に下げるし、夜は冷えこみそうだからありがたい。

 しかし、鎧下もそうだが、何故に青色なんだ?

 相当目立つだろうに。こういう状況なら出来れば黒か濃緑、理想は迷彩が良かったと思う。

まあ、ゲームで青色を選んだのは私だがなっ!ロールプレイは大切っ!と、まあそれは置いといて。

 腰には何かの液体が入った瓶が数本、それを収める小型のポーチと隣に小型のナイフ。

液体は・・見たこともない色をしている。緑色と赤色の二色・・もしかしてポットか?

 ゲーム内で使用されたポットと呼ばれる回復ポーション、赤色は戦闘能力を回復させ、緑色は行動力を回復させる効果があった。その薬効からして、赤は傷消し、緑は体力回復だろうか?

 戦闘時にはこれを大量に買って連続で戦闘を行うことを『がぶ飲み』と呼んでいた。当然だが課金アイテムの一つで、コレのせいでどれだけの諭吉が飛んで行ったかわからない。通称は紅茶と緑茶、我々にひとときの安らぎどころか恐ろしい明細書を与えてくれる悪魔の飲み物だ。

まあ、それはいいとして。剣だ。そう、待望の剣が腰に吊ってある!

これは・・今すぐにでもこの手で抜いて、心ゆくまで愛でなければなるまい。私は鞘に手を当てながら、右手で剣を抜いてみる。うーん、ドキドキするぞっ!!


〈 シャランッ 〉

「良い音させるぜ!マイソォーードッ!!」


陽に照らされて、鈍く輝く。

それは無骨なデザインの、渡り120cmはある長剣で、柄は片手でも両手でも扱えるようになっている。

これは・・!!


「バスタードソードかっ!?くううぅ、わかってるじゃないか!!」


 そう、この柄は騎乗時には片手で持ち、降りたら両手で使うことを想定したもの。

騎士剣、ナイトソードとも呼ばれるが、両手剣と片手剣の特徴を併せ持つことから片手半剣、そして私生児の剣と呼ばれることもある、勇者や英雄が好んだ剣。

 そう、それこそが一部の厨二病患者にとって憧れの剣、バスタードソードなのだ!!

もう少し大型の両手剣もカッコイイが、私は身体が小さいのでこれぐらいがちょうど良い。

 本来なら剣とは60cm程の刀身を持つものが多く、長くても80cm程度に収まる。だが、ゲーム内の剣はかなり長めに設定されていた。それは大型のモンスターに対抗するためでもあり、普通の人間より優れた身体能力を持つゲーム世界の人間に合わせて造られたものだったからだ。

 これは公式設定にも追加で記載されており、複数名のプレイヤーが「もっと長い剣を!!」と粘着したわけではない。私も特に意見をあげたことは無い。ほんの数十回だ。


「材質は・・これも鋼鉄か。スティールバスタードソードってヤツだな」


 鎧と同じく鋼鉄製。アイアン(鉄製)よりマシだが、装備としては初級の上ぐらいか。どうやら初期装備はこのスティールシリーズで設定されているみたいだな。だが、靴や手袋は皮製なので、全体的に防御力より動きやすさを重視したセットアップになっている。職業ジョブソードナイトの初期設定はフルプレートアーマーという、見た目にもわかりやすい全身鋼鉄鎧だったが、ここは変更されているのか?

 まあ、初期装備でプレートアーマーとか着てたらすぐに体力消耗するし、恐らくどんな状況でも対応しやすい装備になっているんだろう。実際に身体への負担は少ないように思える。


「あと食料や水筒は・・・って無いぞ?おいおい、流石に用意すべきだろう運営!」


 焦って探してみたんだが、見つかったのは腰の後ろに吊ってある小さな鞄だけ。

本来なら戦争映画に出てくるような、巨大なリュックサックを背負っても1週間分ぐらいしか確保出来ないものであるはず。なら、この小さな鞄ではほんの1日分ぐらいしか収まらない。


「ヤバいな、いきなり食料を確保する必要があるのか?・・そうか鞄にぎっしり詰まってるのかも」


 ステージの端に腰を降ろしながら、腰の鞄を体の前に持ってきて中を覗いてみると・・・。


「え?・・何だこの広さ!?見た目と全然違うじゃないか!!」


 そう、小さめのリュックぐらいしかない鞄の中は、思った以上に広かった。実に大きなアタッシュケース5つ分ぐらいあり、そこには食料など様々な物が詰まっていたのだ。

 よく見ると驚いた事に、入っている物は少し隙間を空けてフワフワ浮いている。試しに欲しい物へ手を伸ばすと、なんと近寄ってくるじゃないか!落ち着いてから少し考えて、思いついたのは所謂、アイテムボックスというヤツだ。ゲームでも確か鞄として扱われ、30個程のアイテムを保管出来た。


「これは・・ファンタジーだな!まさかこんな4次元ポケットみたいになってるとは!!」


 ちょっと感動して出したり引っ込めたりして、とりあえず心配していた食料も、保存食のような物だがちゃんと入っている。水筒は無かったが、水や酒を入れられそうな皮袋も数枚発見出来た。

 他にも火花がやたらと強い火打石や、替えの下着や毛布なんかも入っている。やるな運営少女。取り出した火打石で遊んでいたら、いきなり火が出て髪が少し焦げてしまった。とりあえずナイフで焦げた髪だけを切ってみたが、もう少しで坊ちゃんになるところだったぞ!

 どうやらこれは火を出す魔法石みたいだな。ゲームでは魔法があったからほとんど使わなかったから思いつかなかった。そんなの入ってるなんて想定してないって、説明書付ろよ。

 他にもテントとか入ってたら完璧なんだけどな〜とか思ったけど、流石に無かった。そういえばテントとかは割と後世になって発明されたんだったな。この世界の文明的に発明されていないのかもしれない。だが十分な量の食料と生活用品は手に入った。足りない水は女神様の水を分けてもらって、皮袋に入れておく事にしよう、ありがたやありがたや。

 うむ、とりあえず当面は興味本意に動いても、衣食には問題なさそうだな。


「なら、まずはここを拠点として、しばらく近場の探索から始めようか!」


 まだこの広場も完全に把握できてない。

寝床になりそうな場所も探したいのでウロウロしたが、どうやらこの広場はひょうたんの様な形をしている様で、私が居たのは大きい広場、隣にはもう少し小さい広場があるみたいだな。

 行ってみるしかないよねー。

 この大きな広場と同じ様に壁に囲まれてるので、そちらをここから覗くことは出来ない。外と隔てる外壁と同じ高さで組まれたその内壁は、少し薄い造りになっているようだが。

 恐らくここの敷地は外壁の内側という事になるんだろう。なぜこんな複雑な構造にしたのかわからないが、現地の建築様式を理解するのは情報が足りない。それにやっぱり男子たるもの、まずは探検しないと気が済まないよね?少しワクワクしながら、私はもう一つの広場に足を踏み入れた。


 そうしたら、黒い天使が寝てました。


「いや、なんでこんな所で天使が寝てるんだよ。私じゃあるまいし・・・?」


 待てよ?

 この天使、起きたばかりの私と同じ様に、この小さな広場も造られている石のステージ中央で眠っている。だが、普通はこんな所で寝ないよな?流石に無防備すぎるし、すみっことかで普通は寝るだろう。

 装備はちゃんとしてる様だけど、それも私のに似てる気がする。防具は私と同じ様なライトアーマーだ。軽量版みたいな感じになっているけど。武器は・・ショートソードとボウガンか、ナイフは大型だな、シースナイフと言うべきか。全部新品の様に見える。装備的に騎士職じゃないな。たぶん、戦士職か兵士職、盗賊系戦闘職とかそこらへんだろう。そしてフード付きのマントに、背中あたりにチラリと覗く、青い猫型ロボットもびっくりな4次元カバン。


「・・・こいつ、私と同じプレイヤーか?」


 寝ている横顔と装備の形から、恐らく女性。髪は少し茶色がかった黒色で、肩ぐらいまで伸ばしてる。背はそんなに高くない、150cmちょいぐらいか?肌は褐色だが、これは種族のテンプレかもしれない。

そして最も特徴的なのは、背中に生えた黒い翼だ。

 確か翼人種バードマンはゲームの種族にあったけど、黒い翼じゃなかったよな。もしかしたら私みたいにレア種族をゲットしたのかもしれないが、もしかして見た目と種族はゲームの設定以外にも存在するのか?それとも個人差があるとか。

 それにプレイヤーなら、見た目女性でも中身は男という可能性もある。

 そういえば私の性別は男のままだったから気にしなかったが、性別逆ならどうなったんだろ?

・・・この黒い天使の娘が、実は中身がマッチョで八の字ヒゲのおっさんだったらドン引きだな。しばらくは人間不審になりそうだ。ただでさえゲーム内での性別判断が絶望的なまでに不得手だった私に、この世界での見分けができるとは思わない。まあ、器さえ良ければ気にしない人もいるんだろうが、私はこれでもデリケートで夢見るおっさんなんだ。この女性が起きたら、詳しい話を聞いてみたいが・・・。


「ふむ、だが起こすのも可哀想なぐらいに安眠してるなぁ・・自然と起きるまで待つか」


 手をワキワキさせながら、「赤ずきんちゃん、狼さんがきましたyoo!!」とか言ってみたい衝動にかられたが、流石に状況的に冗談では済まされなくなりそうなので、断念することにした。

 まあ、紳士たる私は、寝ている女性に黙って触れたりは当然しないがな!というのも実は以前、ギルドメンバーとゲーム内で、もしリアルでそんな状況になったら、みたいな話をしたのだ。その時、ちょっとイタズラしてみたいと言った私に、指揮していた部隊の副官が


『寝てる女の子にそんな事したら、ロウの好感度は地の底まで急降下だよ?』


 ・・と、言い放ち、その後延々と説教された事がある。あれは辛かった。

 本当だとしたら、初対面で好感度最低とか、回復不能になりそうだ。顔にヒゲとか書いたら容赦なく死刑になるかもしれん。生存を最優先に行動すべきなのに、自ら敵を増やしてどうするのか。

 なのでこういう時は、男は黙って安全確保しながら待っているのが無難だろう。そういえば、女性の扱いにやたら厳しかったよな、あいつ。ボクっ子だったけど、ああいう女心に配慮出来る奴がリアルでモテるんだろうなぁ。私には出来ないから今でも・・くっ、空がぼやけて見えやがらぁ!!


「・・・とりあえず、周りの探索を進めてから、朝ごはんの準備でもするか」


 太陽の位置から勝手に朝と判断したが、太陽が二つあったりして、この世界に夜という概念がなければ通用しないよな。なんて事を考えながら、鞄の中を漁ってみる。

 保存食と書いた袋に入ってた干し肉は塩漬けされてて濃いから、お湯を沸かして入れる事でスープみたいにしようと思う。肉も柔らかくなるだろうし、他に入っているパンも硬い黒パンみたいだから、スープに浸してやると食べやすいだろう、と、思う。

 黒パンとは、ヨーロッパなどで食べられていたライ麦で作られたパンだ。使われる材料の精度が低いと通常の小麦などより黒くなるため、黒パンと呼ばれていたらしい。栄養価が高く、日持ちもするため携帯食料に向いているが、これが硬い。そのままではかなり噛まないと柔らかくならないのだ。

 なので、同時にスープも作りたいと思ったのだが、調味料がなかった。干し肉の塩分で充分に味は付くものの、やはり肉の臭みが残るかもしれない。ん?この四角くて硬いチーズみたいなのが代わりになりそうだ。乳製品であるなら、上手く臭みを消して味もマイルドになるかもしれない。

 少しかじってみると、味は・・・シチューの素みたいな。

 どうも野菜が足りないように思える。食べられる植物や果物とか判れば良いんだけどなぁ、ビタミンとカロテンが足りないよ。健康を維持するためには生鮮食料の入手方法も考えておかないとな。


 そうして広場の隅々まで探索し終わり、私は鞄から小さな鍋を取り出して料理を始めた。男料理なので雑なのは仕方ないが、鍋とお椀が一つづつしか無いのは辛い。近くに街があったらもう少し揃えたい。



「う・・ううん・・・・・?」


 どうやら中身マッチョヒゲかもしれない黒天使が目覚めたようだ。

清廉かつ紳士な私は、驚かないよう優しく語りかけるように、彼女に挨拶をした。


「やあ、おはよう。私はロウという心優しい騎士だ。気分は悪くないかね?」


 うむ、完璧だ。

 好感度アップ間違い無し、ありがとう我が副官よ。

しばらく私を見つめていた彼女は、ゆっくり起き上がり、周囲と自身に目を向けてから・・



 恐ろしい速さで抜刀したショートソードの刃先を私の喉元に突きつけ、こう言った。


「殺す」

「・・・なんでやねん」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


        ♯02 剣の騎士



 あの少女は何処に消えたんだろう。


 意識が浮かび、私が目覚めたのは古い神殿のような場所。

偶像を崇拝するのは異教なので、おそらく敵の支配地域に入り込んだ可能性がある。

 私が寝ているところはまるで生贄を捧げる祭壇のようにも見え、一瞬で危険度が高い状況にあるのがわかった。目の前には中世風の礼装を纏った、男装の少女が鍋を回してる。

 恐らくこいつは邪教の信徒。

あの鍋には麻痺や思考を停止させるような薬物が煮込まれているのだろう。

恐らくあの少女も罠だったんだ。変わった手法だったけど、確かに私は油断した。一度死んだはずがこんな所にいるせいで、現実感が湧いてない、危険。

 私は状況把握を素早く済ませてから、隙を伺うために寝たふりをしつつ、少女を観察してみた。


「うーん、やはり味付けが少し足りないか?若者には味が濃いものが好まれるだろうし」


 驚いた。男だこいつ。

任務で男装する事もあったから、男女の声を見分けるのは難しくなかった。

よく見れば小さく喉仏もあるし、胸も無さそう。というよりも貧弱そう。

 ・・・本当に男なのかな?

 そう疑ってしまう程、凛々しくはあるが可愛く整った美貌。男にしては小柄で華奢な体型、銀色の長い髪、深い翡翠のような瞳。そして間の抜けたようにフワフワした雰囲気、警戒心など微塵も感じない。もしこいつが私の部下なら、間違いなくキャンプに戻れと通達したと思う。

 観察する私に気づかず、「出来た出来た!」とはしゃぐ男(?)がこちらを向いた。

目が合った私たちは、一瞬動きを止める。だが、先に話しかけたのは向こうからだった。


「やあ、おはよう。私はロウという心優しい騎士だ。気分は悪くないかね?」


 ・・・バカなの?こいつ?

 自分で心優しい騎士とかいう奴は、売り物に手を出したハッピー野郎ぐらい。やはり薬のやり過ぎで現実と空想の区別がつかなくなった可哀想なやつなんだろう。たぶん本人は神に選ばれたとかで仕方なく私を生贄にするつもりなんだろうけど、そんな簡単な獲物ではないことをわからせてあげる。

 とりあえず、今は殺して荷物を奪うか、この場所や仲間がいるかを尋問するか、ちょっと迷う。

どうしよう、やっぱり・・


「殺す」


「・・・なんでやねん」


 よくわからない言葉を発した女のような男は、天を仰いでた。あ、思ったより素直に身体が反応したみたい、心の声もポロリと。思わず殺ってしまうところだった、危ない危ない。

 やっぱり気が抜けてるなぁ、こいつの雰囲気のせいね。


「尋問がいい?」

「すいません!私には老いた母と家で飼っている可愛いウサギがいるんだ!今は森へ逃げたけど!!」

「母が森に逃げた?」

「私の母はUMAではないっ!」


 どうも会話がかみ合わない。あの少女の話だと、言葉は通じるとの事だったのに、違ったのかな?

それにジャンキーにしては面白いことを言うやつだし、ちょっと確認する必要があるかも。


「私の言葉、通じてる?」

「通じているよ、綺麗なnihongoだ。どこかで勉強したのか?とりあえず剣を置いてくれ」

「ダメ」

「そう言わんと、ちょっとだけやから」

「ダメ」

「せちがらい世の中になってしもたのう・・」


 言葉が一部おかしくなった、やはり完璧に通じているわけではないようね。話し方は変だけど。

それにこいつは言葉が通じる理由を知らないみたいだし、それって、あの少女との話と違って会話出来るかは相手によって変わるって事?それとも単にこいつか聞いてないだけなのか。

 厄介ね。他の人間と話して確認する必要があるかもしれないけど、話が通じるのがこの男(?)だけだとすれば、簡単に殺してしまうのは惜しい。利用できる間は生かしておくかな?

 私が迷っていると、目の前で両手を上げて情けない顔をしている簡単に殺せそうなちょろい自称騎士が、おずおずと私に話しかけてきた。


「質問していいかな?貴女はプレイヤーの様に見える。私もそうなんだが、違うのか?」

「・・・」

「私を信用出来ないなら、それでも良い。とりあえずこちらが経験した事を話そう」


 変な奴、喉元に剣を突き付けられているのに恐れもしない。私を味方だと思っている?甘すぎるので減点2。それに簡単に情報を漏らすのもなってない。まあ、薬はやってなさそうだけど。

 ペラペラと自分の事を話し出す目の前の男は・・確かにプレイヤーと言った。

プレイヤー、その言葉を私は知っている。あのゲームをしている人間のことだ。

 なら、あのゲームをしていたのは私一人だけではなかったということ?変な言葉が画面に出てくると思ったけど、あれは会話だった?複数の人間が会話しながら遊ぶゲームがあることも知っているけど、近寄ってくる他のやつは敵だと思って斬ってたから、会話をしたことがない。

 内容を聞くと、あの少女に会っていたのはこいつも同じ。この男、かなり情報を引き出している。


「と、いうわけで今はごはんを作ってるんだが。一緒に食べるか?」

「・・・私が怖くないの?」

「そうだな、寝顔が可愛かったので怖いとは・・って刺サッテル刺サッテルヨッ!」

「忘れて、そうか死んで?」

「忘れました!そりゃあもう、綺麗さっぱり!!」


 こいつ、殺していいかな?

でも、起きるまで待っていたようなので今回は許そう。次は殺すけど。

 でも、話した事でわかった。

こいつは善人だ、それも底ぬけの、恐らく幸せな人生を送ってきた、一般人。

善意なんて私の世界には売っていなかったが、こいつの国では銃弾より安く手に入るのだろう。


「なら、とりあえず剣は引く。とりあえず」

「なぜ強調するのか考えたくないが、少なくとも君の敵になろうとは思ってないぞ?」

「・・・理由は?」

「君は私を殺せたのに、殺さなかった。あと寝顔が・・ダメよ!剣は抜いちゃダメダメ!」

「二度目は無いから」

「サー!イェッサーッ!!」


 ・・・やりにくい。

 騙し合いには慣れているが、真っ直ぐに眼を見て言われると戸惑う。けど、信じて裏切られるのはもうお腹いっぱい。しばらくは警戒しつつ様子を見よう、ブラフならきっとボロが出るはず。


「さあ、食事にしよう!お、味はちょっと薄いけどシチューっぽいぞ?やはり野菜が欲しいなぁ」

「・・・」


 ただのバカなのかもしれない。

お椀ある?と聞かれたが持っていない。

 腰の鞄を覗いてみたら?とニヤニヤしながら聞かれた。・・・大佐達と同じ表情なのに、嫌な感じがしないけどイラッとする。私は警戒しながら鞄を覗く。


「・・・っ!?」

「どうどう!?びっくりするよね!!」

「・・・広い」

「だよね!!驚くよねっ!いやー、イイッ!!今の表情良いよ!キミ!!スクショ撮りたか・・ってヒャウッ!?」


 私が抜いたショートソードは男の鼻先を掠めただけだった。チッ。


「やっぱり殺す」

「いやいやいや、なんてバイオレンスな子!冗談すら命がけとはだがそれもイイ!」

「・・・」

「すいません何でもないですスープ冷めますよ?あ、お肉あげるし許してもらえません?」

「・・・」


 もきゅもきゅ。

 私のお肉が全部なくなっちゃったよ・・、と悲しげな声をあげる男は無視して、私は食事を進める。

豊富な動物性たんぱく質は傷の回復に必要だ、この先何があるかわからないので食べられる時に食べておくのは大事。それに毒味は目の前の男が済ましている。用意されたパンは硬い黒パンだけど、私には慣れてたものだし、強いて言うなら肉が足りない。

 そういえば、私が男の鼻に付けた傷が、もう治ってる。


「・・・」

「そんなに見つめないで恥ずかしい・・・」

「もう一度、鼻を切りたい」

「いや、きゅうりじゃないからな私の鼻は」

「傷が治ってる」

「ん?ああ、加護の効果かな?回復力高いみたいなんだよね、私は」


 追加で干し肉をスープに入れて混ぜている男を見ながら、私はちょっと考えてみた。

この先、いったい何が起こるかわからない。この男を部下や盾代わりの下僕として扱うにしても、戦闘経験は聞いておいた方が役に立ちそう。どんな状況が待ち受けているかわからないから。


「戦闘の経験はある?」

「え?ゲームなら結構あるよ、GvG(ギルド戦)やレイドバトル(集団討伐戦)が得意だけど」

「違う、実戦」

「ケンカなら昔少しだけした事あるけど、本格的な殺し合いという意味なら・・無い」


 少しの間が気になったが、身のこなしから素人とは思えない。

でも絶望的に戦う者の雰囲気が足りていない、猫でも抱いてるのが似合いそうだ。

想像して、少し笑ってしまった。


「何をヘラヘラしてるんだ?」

《 シュバッ!! 》

「・・ああっ!?私の大切なお肉がっ!?」


 もっきゅもっきゅ。

やはりダメ、今の状態ではただの足手まとい。食料には余裕があるうちに訓練した方が良さそう。

泣きそうな顔の男を見て、笑いたくなるけど我慢して、考えを伝える私。


「周囲の探索前に、訓練をする」

「誰が?」

「お前」

「君は?」

「指導教官」

「・・・」

「・・・・・」

「ちなみに拒否権は?」

「無い」

「・・だーよねー」


 肩を落としながらスープにパンを付けて食べる男。そういえば名前聞いてない、どうでもいいけど。


「名前は?」

「最初に名乗ったよね!?」

「忘れた」

「・・覚える気まったく無かったわけだね・・・」

「殺して装備を奪うはずだった」

「・・・私は正しかったのか?我が副官よ」

「何が?」

「いや、顔に落書きしようかなと」


 シャンッ!と、私が抜いた短剣が男の喉元に突きつけられる。ポロリとパンを落とす男。

うん、これぐらいの長さの短剣なら扱いやすい。銃があればもっといいけど、思わず撃ってしまうから殺さない時は剣がいい。少なくとも即死はしない。


「今から殺して装備を奪う」

「やってないじゃん!?ショートソードって長いよね意外と!?」

「とっとと名乗れ」

「・・ロウだよ。ロウ・L・セイバー」

「そう」

「そう・・って、君の名前は?」

「ないしょ」


 真顔で冗談を口にした私に、冗談と気づかないロウと名乗る男は困ったように話す。

何だろう、ちょっと楽しい。


「それはどうかと思う。私が君を何と呼んでも良いというのか?失礼な呼び方をしても?」

「なんて呼ぶの?」

「例えば、ペロペロ天使プリチーメロンとか?・・って刺サッテル刺サッテルカラァ!?」

「回復能力テスト」

「もっともらしい理由付けてるっ!?」

「なんて、呼ぶの?」

「前言撤回っス!めちゃくちゃ怖いっス!!なら・・っ!て、天使って呼ぶっス!!」

「天使は嫌、ふさわしくない」


 私は天国なんて行けない。


「うーん、なら・・羽が黒いし黒天使?」

「妥協する」

「なんて難しいんだ現代の若者は・・・」


 呼び名が決まったので、私はロウの装備を確認し、訓練の方向を確かめる。

軽く運動させてみたが、身体能力は驚くほど高い。私も自身も確かめてみたけど、以前に比べて大幅に能力が上がっている。慣れてない現状での戦闘は危険ね。この世界で私達は超人になったのかな?

 ロウに聞いてみると、息を切らしながら自分の意見を口にした。


「それは無いと思うよ。多少は上がってるかもしれないけど、原因は魔力だと思う」

「魔力?」

「運営の設定では、世界にはマナと呼ばれる粒子で溢れてて、それを生物が取り込むと魔力に変化する。

 魔力は生命力の源になり、能力も上がるんだ。生物なら誰でもね」

「ならこの世界の生き物は全員、普通より強い?」

「たぶん、元の世界より強くなると思う。加護の分は私達が有利かもしれないけど」

「そう、なら厳しく訓練しないと」

「なっ!?しくじったかっ!?」


 さあ、地獄の訓練を始めましょう。フフフ、久しぶりね、この感覚。

いつも同志には潰すのか鍛えるのかどっちなんだと言われてたけど、潰すぐらいに鍛えないとすぐ死ぬに決まってるじゃない。生きてるだけマシなんだから。


「顔が怖いですよ、黒天使」

「黙れ、そして走れ」

「なぜ荷物を全部抱えなきゃいけないんだ!?脱いだ鎧も全部背負うって着てればいいじゃん!?」

「負荷が足りない、私も乗る」

「いや、そこまでせんでも!?って、ギャーーーッ!!お願いグリグリしないでっ!!」

「ほれほれ、走れ」

「鬼だ!鬼教官が居るよっ!?」


 広場を全力疾走させ続けたけど、なかなか疲れないんだよね、こいつ。

なぜ?って聞いたら、これも加護だって答えた。なにそれ、私と全然違うじゃない。

 その加護ってやつ、人により違いが大きいのかも?こいつは体力と回復力が異常に高い。私は魔力や身体能力が高い。なら、仕方ないなぁ、こいつはもっと徹底的に痛めつけるしかないかな?


「悪い顔になってますよ、黒天使」

「剣を持って、かかってきて」

「あの、荷物は?それに真剣ですよ?」

「全部そのまま」

「ほほう、ならば見せてやろう!我が右手に封印された暗黒の剣技の数々を・・アベシッ!!」

「私は鞘付き、簡単に死なない」

「いや、死ぬんじゃないかな!?死んじゃうんじゃないかな!?」

「ロウは簡単に治る、丈夫ないい子」

「それって主にサンドバック的な意味じゃ・・ヒデブッ!?ブベラッ!!オカアチャーン!!」

「いい子いい子」


 昼まで訓練を続けた。

ごはん作らせて肉を奪ってから、夕方までの訓練。怪我したら回復を待って、気絶したら水をぶっかけて、たまにナイフで刺す。

 こいつ、相手するのが面白いぐらいに伸びる、剣に限っては。他は何故か全然ダメだったけど、ペナルティとか何とか、才能無いみたい。なのでひたすら剣と、後は武器を使わない格闘術で痛めつける、うん、私自身の訓練にもなる。私の新しい身体はものすごく使い易い上に、空まで飛べる。ロウが立体機動装置は無いのか!?とか叫んでたけど、何のことかわからないので立体的に痛めつけてあげた。

 訓練が終わったのは夜。とにかく恐ろしい体力で、相手をした私が疲れる。強くは無いけど。


「主よ、夜をお創りになられた事に感謝します」

「明日は夜明けから訓練」

「主よ、朝は必要ないと思います」

「水浴びしてくる」

「覗いてもいいですか?」

「目玉くり抜いて食べさせる」

「夏侯惇か私は!?」


 次の日、朝日が出たので起きて女神の泉で顔を洗い、着替える。ロウはまだ寝ている、幸せそうだ。


「・・・グー・・グー・・グフォァッ!?」

「なんか腹が立つ」

「起こすのにフットスタンプする意味がまったくわからないんですがっ!?」

「趣味」

「主よ!この世界に安らぎをっ!!」


 今日も剣と格闘技の訓練、ロウは装備といっぱいの荷物で重り付き、私は身軽な格好。

途中で気づいたけど、体内の魔力を感じるようになってきた。腕に流れるようイメージして殴ればロウが吹っ飛び、足に流れるようにすれば素早さが増し、蹴りでロウが吹っ飛ぶ。何これ、面白い。


「これ、いい」

「は、破壊力が凶悪になってるけど、もしかして何かされました!?グハァッ!?」

「魔力を流したら、面白い」

「あ・・ああ、魔力による身体強化かな?前衛職は自然と使えるって聞いたけど」

「ロウも使える?」

「それもペナルティで使えないんだ、魔法関係は全く使えない」

「なぜ?」

「剣を使える階位クラスに変更してもらったら、使えたはずの魔法が一切使えなくなった」

「たしかにロウは、剣以外はダメ男」

「ダメ男言うなっ!!」


 半泣きのロウを叩きのめしながら、ちょっと面倒な事になりそうだと思った。

もし、この世界の人間が誰でも魔力を持っているなら、身体強化も使えるはず。なら、普通の一般人でも油断ならない敵になるかもしれない。特に、目の前で伸びている男にとって、それは致命的だろう。

 顔を踏みつけながら、私は優しくロウに言った。


「起きて、お楽しみはまだこれから」

「魅力的なセリフだが、顔をグリグリ容赦なく踏みながら言わないで欲しい・・」

「ロウ、貴方はダメ男、生きるために立て」

「とてもとても感動的な言葉のはずが、ダメ男のワンフレーズで台無しだねっ!?」


 おかしい、少し踏み込み過ぎている気がする。

 あ、別にこいつの顔のことではなく、関係の事。

こいつ、どうも放っておけない雰囲気を出していて、どうしても世話を焼きたくなってくる。

これが言っていた『領主』(ロード)のカリスマ性なのかな?でも違う気がする、これは妹に感じてたのに似た感情、少し違うけど、同じ。

 こいつは殺してはいけない、そんな気がしていた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


          ♯03 エルフ



 目覚めた天使は、悪魔だった。

 紳士的に挨拶した私に剣を突きつけ、サクサク刺し、ごはんのお肉を奪い、踏みつける。

見た目は15歳ぐらいなんだが、どんな人生を送ればこんな危険人物に育つのか聞いてみたい。

 私は、そんな黒天使と一週間訓練を繰り返した。

一週間だぞ?朝から晩までずっと戦闘訓練だ、どんだけスパルタなんだよ。

 ごはんのお肉は報酬として全て奪われ、二日目には肉が尽きたので、ウサギや鹿を狩る。すまないウサギさん、この食欲天使が全て悪いんだ!!私は一口も食べずにパンとスープだけだったんだよ!

 でも、モンスターが出てくるのかと思ったが、意外と普通の森だった。近くの探索も兼ねての事だったが、木が異常に大きいぐらいかな?その代わりに雑草が少なく、歩きやすかった。

 変な感じの森だな。


「何を見てる?」

「いや、不思議な森だと思ってな」

「そう?肉はいっぱいいる」

「君にはお肉に見えるかもしれないが、あれは一応、草食動物というれっきとした生き物だ」

「いっしょ。でもどこが不思議?」

「その草食動物が多い事だよ、これだけいるのなら、捕食者である肉食動物がいないのはおかしい。

 それに木が高いし太い。もっと小さな木や雑草が多くてもおかしくないのに、少ない」

「肉が食べてるとか」

「草食動物が食べるにしても、枝まで食べきれるものでは無い。まるで人の手が入っているようだ」


 そう、違和感はそれだ。

 人が管理する森は、木々の成長を促すために剪定を行う。それを理想的にやればこんな姿になるのでは無いだろうか?そして肉食動物が少ないのも、人が定期的に狩っているのなら納得出来る。

 だが・・やはりおかしい。


「この状況から想像できるのは、大きな木から恩恵を受けるが伐採せず、草食動物を保護するが

 肉食はしない菜食主義者。移動は地面を歩き、時には木の枝を利用する、かなり強い種族だ」

「木を移動する?」

「ああ、一定の高さ以下の枝は、小ぶりなのは落とされ、大ぶりは葉が無い。

 おそらく狩りなどで使うため、邪魔にならないようにしていると思う」

「それってどんな奴?」

「それがわからない。木材を資源として利用してはいるんだろうが、それにしては大きな木が多い。

 肉食動物を狩る目的は草食動物の保護?とかなんだろうが、なぜ保護するのかわからない。

 正直、かなりの変人か、大きな木から栄養を摂取できる不思議な種族だろう」

「・・ロウ、変なもの食べた?」

「君のおかげで食事はパンとスープばかりだが、おかしくはなっていない!」


 鹿を見つけて狩り、血抜きをしながら話していたが、やはり肉食動物は現れない。彼らが寄ってこない事から、かなり遠くまでこの状況は続くだろう。

 そして鹿だ。

魔力による身体強化の影響があるなら、もっと捕まえにくいはず。それなのに、動き自体は元々の世界で私が住んでいた故郷の山に出る、普通の鹿と大差ないように思えた。つまり、誰しもが魔力を自在に操れるわけではないという仮説が成り立つ。

 恐らく少女が言っていた、魔力の器が関係しているのだろう。指示通りに鹿の肉を燻製にしながら、私は考えていた。実は少し確かめたいことがある。そこで、黒天使に提案してみた。


「黒天使、いつまで訓練を続けるんだ?」

「基礎は終わってる、今は遊んでる途中」

「君は遊びで人を半殺しにするのかっ!?」

「大丈夫、まだ殺してない。で、なに?」

「まだって・・いや、少し提案があるんだが」


 そうして私が提案したのは、その種族を探してみるということだ。意識的にこんな森を作れるなら、恐らく高度な知性を持っていると思う。

 コミュニケーションが取れれば、人の居る所も教えてくれるかもしれない。だが、焼いた鹿の肉にかぶりつきながら、黒天使は首を振った。


「ふが、ふがふがふががふがが」

「ダメ、危険が大きすぎる?」

〈 コクコク 〉

「確かにそうだが、ここから何の情報もなく移動するのも危険じゃないか?」

「はぐはぐ、んぐっ。狩りと戦闘は違う」

「それはわかるが、せめてその種族を発見した後で、様子を見るとかダメか?」

「どうしても気になるの?」

「簡単に言えば、装備の手入れに限界がある以上、早期に人と接触したいんだよ」

「焦ってはダメ」

「わかっている、だがこのまま何の方向性もなく探索を行うのも時間の無駄にならないか?」

「それはわかる」


 この黒天使、かなり慎重だ。それはこの状況なら大切な事だろう、なので大幅に妥協する。


「なら黒天使、私は君の指示に従うので、発見と情報収集を目的に探索しないか?」

「いうことをきく?」

「ああ、聞こう。私も死にたくはないからな」

「なら、おんぶ」

「・・そういう意味ではない」

「おんぶ」

「・・・わかった、帰るまでだぞ?」

「探索もおんぶ」

「お前、楽したいだけだろっ!?」


 そうして私達は水や食料を貯め込み、長期探索に出られる用意をした。ここで目覚めてから10日、私は成長出来ただろうか?そしてこの、セブンスフィアと少女が言っていた世界で、ようやく旅立つのだ。


「準備完了だ、いつでも行けるぞ」

「おんぶ」

「まだ言ってるのか・・」


 こいつ、どうも子供の頃の妹に似ているな。

時々保護者みたいになるが、落ち着いたら家族の事とか聞いてみよう。


「ロウの体力トレーニング」

「またもっともらしい事を言っているが、私の方が体力はあるぞっ!!」

「ロウは私の上に乗りたい?」

「誰だよこいつにこんな言葉を教えたのは!!」

「大佐」

「クソ野郎に違いないな、そいつは!仕方ない、ほら、乗れ」

「ふふふ、征服感」

「教育者出てこいっ!成敗してやるっ!!」


 祠を出る時に女神像へ挨拶したが、黒天使に不思議がられた。まあ、風習というのは場所によって違うしな、神様に挨拶とかわからんだろう。いつ見つかるか分からないような種族を探すんだ、長い旅になるかもしれない。私は、二人の安全を女神像に祈っておいた。ご利益があれば良いんだが。


「ロウ、発見した」

「まだ1時間経ってませんけどっ!?さすがにご利益強すぎないかっ!?」

「でもなんか変、戦闘中」

「なんだと!?」


 私から飛び降りた黒天使は、静かに、だが尋常じゃない速度で森を駆け抜ける。

私は鎧が音を立てないよう、注意しながら追いかけていった。少し小高い丘になっている場所から、木の陰に隠れて戦闘を観察する黒天使の横へ向かい、すぐ隣で状況を聞く。

 彼女は治安の悪い所に住んでいたようで、このような技術が非常に高い。平和な国で暮らしていた私としては頼る方が安心だ。


「ちっさい鬼と綺麗なのが戦ってる」

「ああ、見える。私にも敵が見える!!ん?あの苦戦してる綺麗な方は、たぶんエルフだな」

「えるふ?」

「森の妖精と言われている種族だ、ゲームでも選べただろう?」

「あったような気がする、強い?」

「魔法と弓が得意だったはずなんだが、あれだけ近いと両方厳しいかもな」


 小さい鬼はゴブリン、色が違うのはホブゴブリンか?何かデカイけど、けっこうちゃんとした装備もしてるし、数も30匹ぐらいいて、動きも速い。

 エルフたちは隊列を組んでいて、その真ん中に神輿のような乗り物があり、上に綺麗な少女エルフが乗っている。その周りには護衛と思われるエルフが6名ほど生き残っており、必死で抵抗している。

手前に大きな穴と焦げた跡があり、そこで6名ほどのエルフが倒れている。

 たぶん、もう死んでいる。


「・・魔法か爆弾で奇襲を受けたようだな、半数削られて、混乱中に伏兵を食らったとか?」

「よく見てる、わりと大きい爆発。だいたい手榴弾10発分ぐらい」

「手榴弾の爆発を見たことはないが、確かに火力職がどこかに居るだろうな」

「あの暑そうな服着たやつ?」

「あれは・・ゴブリンシャーマンかな・・3人も居るから集中砲火したんだろう」

「近いから殺れるけど、逃げる?」

「私はエルフを助けたい、だが、お前が難しいと言うなら従う」


 私は義憤を抑えながら、ギャッギャッ!と嬉しそうに叫ぶゴブリンシャーマンを見つめた。

あの野郎ども、楽しんでやがる。


「いけるけど、得しない。それでもやる?」

「損得の問題じゃない、助けたいんだ」

「助ける?誰を?」

「あの真ん中にいるエルフの娘だ、昔の妹が襲われてるみたいで、許せん」

「・・・そう。なら、殺る。ロウは右の、他は私」


 驚いて黒天使を見ると、眼が怒りに燃えていた。

そして左手で握っていたボウガンを発射、シャーマンの一匹に突き刺さる。そいつはぐらりと揺れて、倒れた。一発で延髄に直撃とは、見事です。


「ぜんぶ殺す」

「気が合うな、派手にやろう」


 そして二人で突撃開始、驚いたシャーマンの周りに護衛は居ない。

愚か者め、後衛には優秀な護衛タンカーを配置するものなのだよ!!私たちは一気に近づいて、詠唱を始めようとしたシャーマンに襲いかかる!!


「うぉぉぉぉぉぉっ!!逝ってこい大霊界っ!!」


 私は右肩上段から袈裟掛けにバスタードソードを振り下ろした。剣はシャーマンの左肩から右脇腹まで切り裂き、踏み込みながら返す左からの斬り上げで首を飛ばす。

 黒天使との訓練は成果を上げていた。私は血の匂いに熱くなるが、見れば黒天使がエルフと戦っているゴブリンの背後に襲いかかっている。彼女のシャーマンはとっくの昔に首を斬られて倒れていた、流石に速いな黒天使っ!?私も彼女にならい、エルフと戦うゴブリン集団に向かって支援攻撃を行う。エルフが驚いた顔でこちらを見るが、私は頷いて返す。

 それで通じたのか、彼らも一気に攻勢に出た。

私は一匹のゴブリンを斬り伏せ、新たなホブゴブリンと戦い始めるが・・こいつ、強い!力では私と互角かそれ以上じゃないのか!?二本の斧を巧みに使って攻撃してくる。体長も2m程あり、ムキムキ、もうゴブリンじゃねえし!とツッコミたくなる。私も必死に反撃するが、手数も向こうが多いので防戦気味になるなっ!!


「くっ、やはりPVPは苦手だな!ブートキャンプが足りなかったかっ!?」

「ギャギャギャ!ギャギャーーッ!!」

「どうやら魔力強化を使ってるみたいだが、くっ!?やはりペナルティが大きすぎたか!?」


 思ったより苦戦してしまっている。だが、素早さでは訓練中の黒天使がずっと速い。私は力押しを諦め、体力勝負の持久戦を覚悟した。これは黒天使に教わったものだが、戦闘というのは思ったより体力勝負となりやすい。気が抜けない上に全力での攻撃や、素早い回避行動などでどんどん体力は失われていき、先に動けなくなった方が死ぬ。それが実戦だ。

 なので、余程の技量差がない限り体力があるのは有利だ。だが、銃が普及してからはその体力差が表に出なくなっていった。知っている者はトレーニングを欠かさない。文字通り生死を分けるから。

 しばらく相手の斧をさばいていたが、急に相手の力が弱まる。魔力切れか!?

今だっ!!


「必殺!!ただの全力前蹴りぃぃぃっ!!」

「ギャフンッ!?」


 面白い叫びを上げてホブゴブリンが吹っ飛ぶ、そこへ・・・!!


「ダッシュで追いついてからのぉ!バスタードソーーーードッ!!どっせいっ!!」

「ギャアアアアアアアアアアッ!!」


 起き上がろうとするホブゴブリンの首元に斬撃が直撃する。血を撒き散らしながらも反撃してきたので、私は横薙ぎで頭を叩き割る!!バキャッ!!っという気持ち悪い音と共に頭の半分が吹き飛ぶ。

 それでもホブゴブリンはしばらくもがいていたが、やがて動かなくなり・・静かになった。

手がしびれていたので見てみると、私のバスタードソードが半ばからポッキリ折れている。

 どんだけ硬いんだよコイツ。


「はあ、はあ、何とか勝ったな・・そうだ、エルフや黒天使は!?」

「遅い、もう片付けた」

「のわぁぁっ!!いきなり後ろから声をかけるなっ!!」

「戦い方が無様、追加訓練決定」

「地獄のブートキャンプが再開するんですねっ!?」


 私が奴と戦っている間に、黒天使は10体ほど片付けたらしい。どんだけ強いのこの子。私の剣が折れちゃったとか、魔力切れになると強化も消えるっぽいとか黒天使と話してたら、一人のクールな超カッコイイ系エルフが近づいてきた。

 目鼻立ちは異常に整っていて、目は少し細め。白い肌に流れる金髪が美しい。体格は細マッチョっぽいが、足が長いので全体的に華奢に見える。だが、出している雰囲気には威厳も感じられた。

 恐らくエルフたちのリーダーなのだろう。


「すまない、助かった。礼を言いたい」

「いえ、こちらが勝手に手助けしただけの話ですので、お気になさらず」

「そうはいかない。我々は誇り高きウッドエルフ氏族、受けた恩は返したいと思っている」

「ですが、貴方達も怪我人や犠牲者が出ている、まずは手当を先にしましょう」

「そちらは私の妹が対応している、あれでも優秀な高位神官ハイプリーステスだ」

階位クラス持ちなのですね、それなら安心だ。上位の治癒魔法も使えるのでしょう?」

「嫌、職業ジョブだ。階位クラス持ちなどそうは居ないだろう?」


 え?そうなの?

 階位クラスってそんなにレア扱いなのか・・?ゲームではキャラクターメイキング時に自動的に割り振られて、ポイント使って変更したりしてたけど。まあNPCノンプレイヤーキャラクターには設定されてなかったのかもしれない。それにやっぱりエルフなんだな。予想は当たってたけど、生きてエルフと出会えるなんて夢みたいだ。そんな風に考えてた私を、不思議な顔をして見るエルフリーダー。


「まさか階位クラス持ちなのか?」

「・・ええ、彼女はともかく、私は持っています」

「驚いたな、だがいくら階位持ちだとはいえ、ホブゴブリンと一人で戦うなど無謀だぞ?」

「いや、危なかったですよ。相手の魔力切れで何とか勝てましたが、手強い相手でした」

「そうか、だが大したものだ。それにその後ろの女性、ひょっとして闇天使か?」

「は?」

「なんだ知らないのか?親しそうに見えたんだが。もしかしたらハーフなのかもしれんな」

「闇天使って何です?私達はここに来たばかりで、どうも知らない事が多くてですね」

「・・闇天使を知らない?それに来たばかりだと?君達、いったいどこから・・」


 エルフ兄さんと話していたが、いきなり横から超絶可愛い女の子エルフが顔を出した。何だこの生き物は!?黒天使も見た目はスゴいが、この子もとんでもないレベルだ!!

 アキバとかに顔を出したら混乱と緊急撮影会が起きて警察が介入するレベルじゃないか!?


「お兄様、私もお礼を言いたいのですが」

「ああ、少し話に夢中になってしまったな、名乗るのも忘れていた。私はイズレンティア」

「妹のミーリエルです。助けて頂き、ありがとうございます。お名前をお伺いしても?」

「いえ、お気になさらず、私はロウ・L・セイバー。ロウと呼んで下さい」


 自己紹介を終えて、少しホッとした雰囲気の二人。

そりゃそうだろう。敵か味方かもわからない者に手助けされたんだ。まずは疑ってかかるのが当然。だが、名乗りをあげるというのは話をしたいという意思表示でもある。自分を覚えて欲しいということなんだからな。つまり、敵ではないということ。少なくとも今は。


「なら私はイズ、妹はミリィと呼んでくれ」

「イズと、ミリィ?」

「はい!そう呼んで頂けると嬉しいです!」

「私はナイマ」

「名乗った!?黒天使が名前を名乗ったよっ!?」

「訓練の追加レベル、地獄モード開催決定」

「問答無用で追加はやめてっ!?」


 こいつ、名前あったんだな。てか、なぜ私には内緒だったんだろう?嫌われてるのか?


「ロウ様、ナイマ様、仲間を四人失いましたが、お陰で生きて村に帰れそうですわ」

「生きてれば良い。死ぬのはいつでも出来る」

「深いな、ナイマ・・ってなぜ嫌な顔をする!?」

「ダメ男に名前を知られるのは不快」

「そんな好き嫌い知らないよ!」

「仲がよろしいんですね、お二人は旅の仲間でしょうか?」

「違う、下僕」

「お願いだから機嫌直してもらえませんかっ!?」

「これは事実」

「事実なんかいっ!?」


 クスクス笑うミリィと、同情の目を向けるイズさん・・いや、お兄さんだしイズ兄さんか?

二人とも頼むからそんな目で私を見ないでくれ、繊細な私の心が折れてしまう。


「どうだろう、我々の村に寄ってもらえないか?見た所、その剣の代わりも必要だろう」

「それは、ありがたいですが・・イズ兄さん達も目的があってここに居たのでは?」

「イズ兄さん・・それいい」

「まあ、どう呼んでもらっても構わないが、そうだな・・話しても良いか」


 私の質問に二人は困った顔をした。何かあるのか?


「我々はこの先にある湖の祠で祭事を行う為、このミーリエルを護衛していたんだ」

「祭事?」

「私達は年に2回、あの祠で闇神様へ舞とお供えを奉納しているのです」

「闇神様?」

「はい、六神の一柱であり、闇を司る大神。その闇神様を祀っている祠が各所にあるのです」

「だが、ゴブリン達が祠への道でこうやって待ち伏せしていた。このままでは帰りも危険だと思う。

 なら、待ち伏せの失敗を悟られる前に村に戻り、報告したいと思っているんだ」

「祠って、あの二つの広場があるところですか?壁に囲まれた、女神像のある?」

「ああ、確かにそうだが、知っていたのか?」

「知ってる。起きたのそこだった」

「そう、私達はあそこで目覚めたので。あそこしか知らないというか・・・?」


 そう話しかけた言いかけた私を、二人のエルフは驚いた顔をして見ていた。


「ま、まさか!闇神の祠に現れし伝承の者か!?おい、ミリィ!?」

「はい、お兄様!剣の騎士を連れた一人の闇天使、間違いないと思います!!」

「伝承は本当だったのか・・!ならば急いで村に戻らないと!!」

「ええ!もう祠に行く必要もありません、急ぎましょう、お兄様!!」


 急に慌てて後ろの仲間に出発を急かす二人。

いったい何が起きてるんだ?伝承の者?祠に行く必要がない?


「ちょっといったい何の話なんだ?展開が早すぎて付いていけないんだが?」

「詳しくは我々の村で説明するが、簡単に言えば君達が来るのを、我々は待っていた!」

「そうです。我々の村やこの辺りに伝わる、とても古い伝承の詩があるのです!!」


 そう言って少し落ち着き、息を整えたミリィは、ゆっくりと一つの詩を歌い始める。


かつて大きな争いがあり、城と森は赤く燃えた

この地を治めし王と騎士は、闇の神に願い出る


『民に救いと平和を、穏やかな日々を与え給え』


その願い闇の神に通じ、闇の神は氷の神に願い出る

『我が子を救うため力を貸してくれまいか?』

氷の神は快く受け、闇の神にこう伝えた


『我が力は氷、それはただは凍らせるのみ、

 だが、やがて溶かす日が来るやもしれぬ』

それを聞いた闇の神は、炎の神に願い出る

『氷の神が凍らせて、我が弟よ、炎の神よ、

 そなたが溶かしてくれまいか?』

炎の神は快く受けたが、闇の神にこう伝えた

『我は焼く者、溶ければ全て灰になる、

 姉上、それは人々に死をもたらす』


困った闇の神の前に、光の神が現れこう言った、

『我が愛しき妹よ、私が氷を溶かしましょう』

こうして炎の神は一本の剣を創り、

光の神はその剣に自らの力を込めた


王に剣を渡した闇の神は、王と騎士にこう伝えた

『今よりそなたらの願いを叶えよう、しかし供物が必要だ』

魔法と共に、その願いは大地を包む

【氷の神には、城と周りの大地を】

【光の神には、王の命と時間を】

【そして私に、舞を捧げよ】

こうして争いは氷に包まれ、城と大地も凍りついた

王と騎士は道を渡り、森の深くで眠りについた


その森の名は、眠りの森

騎士の王が眠る森

やがて王の時戻り、遥か遠くの扉が開く

闇の天使が剣の騎士を、水のほとりへ導かん

騎士は光の剣を抜き、その時森は、目を覚ます

眠りし騎士も、目を覚ます

騎士と王は国を治め、やがて再び世は乱れる

王と騎士は仲間を集め、安らぎを世界に取り戻す



 長い詩だったが、彼女は見事に歌いきった。

周りのエルフ達も聞き惚れていたが、見事な美声だった。見れば隣でナイマが拍手している。

ミーリエルは恥ずかしそうに頬を染めて、我々にこう伝えた。


「これは、我が氏族に代々伝わる、とてもとても古い詩です」

「前半は1000年前ぐらいに起きた本当の話を詩にしたらしいが、後半は違う」

「そう、後半は我々エルフの長老が星読みの階位クラスを持っていて、その力で王の目覚めを

 詩にしたそうです。これも500年ほど前ですね」

星霊唱者スターシンガー階位クラスか?占い師系の上位職だな」


 ゲームでは確か、星と語り、予言を唄う事が出来る階位クラスだった。バフ系と隕石落下魔法とかで人気があったけど、入手条件が鬼畜すぎてレアだったな。


「眠りの森は、ここの事なのか?」

「そうです、この森の名は『スリーピングフォレスト』。王が眠りし森のことです」

「美女が眠ってるわけではないのか・・って視線が冷たいよナイマさん!」

「このダメ男が生意気な」

「何もしてないんだが、そのダメ男と伝承にいったい何の関係があるんだ?」

「それは村長である私の父から聞いてください、私も全てを知っているわけではないので」

「そうだ、助けてもらった恩返しもあるが、我が氏族の悲願もかかっている」

「悲願って?」

「決まっている、我々は伝承の騎士の末裔なんだ。王国復活こそが望みに決まっている」


 なんかとんでもない話になってきたぞ。

だが、これは私のシナリオじゃないと思うんだが、どうだろうか?闇天使とやらは闇神の御使いだろうし、いつか闇神が連れてきてくれるって話だろう。だが、私たちはゲームのプレイヤーで、別に闇神の命令で来たわけでもない。それに目覚めるといっても、別に寝ているわけでも記憶が無いわけでもない。

 これは、できれば長老と話をつけた方が良いな、誤解と判れば面倒な事になる。何らかの偶然が重なって、彼らの伝承に近い状況が出来上がっているのだろう。

 そうやって考えながら、私達は急いで出発したエルフの生き残りと共に、村に向かった。

村へ到着するまで半日はかかるらしく、休憩を取りながら向かう事になった。


 その途中で、思い切ってナイマに家族の事を聞いてみた。

彼女はしばらく考えていたが、立ち止まると、私の眼を見て問いかけてきた。


「聞いたら、私と一緒に居られなくなる」

「関係無いな、今の君は過去の積み重ねだ。それを受け入れたぐらいで何も変わらん」

「それが酷い過去でも?」

「人の関係とは、何か心に同じものがあって、それをきっかけに繋がると、私は思っている。

 誰しもが綺麗な人生を送れるわけでは無い、少なくとも、私はそうだ」


 ナイマは少し驚いて、そして再び黙り込んだ。

話したくなければ、無理に聞く必要は無い。ゲームでもマナー違反にあたる行為だしな。

だが、彼女の目は暗く、寂しそうで、それ以上に悲しみを湛えている。私はそれが、我慢ならない。


やがてナイマは、ゆっくりと口を開いた。私にしか聞こえない、小さな声で、ゆっくりと。


その後、私は自分の過去もいつか話そうと、心に決めた。


彼女の呪われた人生を、聞いてしまったからには。



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