1章『スリーピングフォレスト』♯30
四大天使の一柱である、大天使ガブリエル。
闇天使であるナイマに加護を与え、そして護ろうとする理由とは。
そして更に姿を現す、この世界の真実を知る者。
眠っていた世界は、動き出そうとしていた。
♯30 問いかける者と、答える者
目の前に現れた天使、ガブリエルの背を見ながら、私は己と同じく串刺しになっているナイマの吐息を首筋に感じながら、驚愕するヴァルフォルが呻く声を聞いていた。
ガブリエル、キリスト教において四大天使の一柱として、根を同じくするムスリムでも神の言葉を伝えるという重要な役割を果たす、有名な天使だ。ただ、私の記憶では翼は4枚だったと思うのだが。まあ、本格的に学んだ訳ではない私の記憶など、大して当てにはならないだろう。
重要なのは、私達に刺さっている剣と、それにより死にかけているナイマの事だ。それ以外は些細な問題といえる。ニコに言えば自分の命は?と突っ込まれそうだが、まあ、どうでもいいかな。
私は自分で貫いたお腹が痛まない事から、この剣、王剣キーブライトでは自殺出来そうにないな、などと考えていた。だが、ナイマは違う。明らかに苦しんでいて、確実にダメージを受けている。危険だ。
「すまないが天使、そいつの事よりナイマを助けてやってくれないか?」
思ったより話すのが苦しいが、どうやら痛みが無いだけで影響はあるみたいだ。
お腹に剣を刺したまま話した経験など今までにないが、よく考えたら腹式呼吸とか出来ないよね、これじゃあ。私の声は小さかったが、ピクリと反応した大天使はこちらを見ずに話しかけた。
「私に願いを叶えよと言うのですか?人間。心配せずとも剣の威力は無効化しています」
「いや、でもナイマは苦しそうに・・」
「それはその剣で堕天が妨げられているからこそ感じる苦痛です」
つっけどん、とでも言うのだろうか?ふん、そんな事もわからないの?と小馬鹿にしたような雰囲気が背中から伝わってくる。相変わらずこちらを見ようともしていないが、意識は向けているようだ。
あれか、ツンデレ大天使か。てか思ってたガブリエル像とのギャップがハンパないぞ。
てか、目の前のヴァルフォルなんてほっとかれてオロオロしてるじゃないか。
「目の前の羽虫を片付けたら助けます。それまでこれで保たせなさい、『治癒光』」
ガブリエルの左手が黄金の輝きに包まれた、と思ったら、私とナイマをそれと同じ光が包んだ。私への変化はほとんどないが、ナイマの息遣いが少し治まったように思える。回復魔法か?
水属性以外にも回復魔法ってあるんだな、ゲームでは一部の特殊魔法以外は無かったはずなんだが。
てか、羽虫ってひどい。顔を真っ赤にして怒っているじゃないか、手は出せないみたいだけど。
そこで私はナイマの背に刺さる王剣の柄を横目に、再度ガブリエルへ問いかけた。
「剣はまだ抜いちゃダメなのか?」
「・・その無礼な物言いには言いたい事もありますが、貴方が余りにも愚かなので教えましょう。
その剣には邪を滅する力が封じられています。今はそれで堕天を抑えているのですよ。ですので
愚かにも貴方がその剣を抜けば、堕天は取り返しのつかない段階まで進行します。わかりますか?」
「わかったけど、私も一緒に串刺しになっている必要はあるのか?」
「その剣の力が発揮されるのは、持ち主が触れているのが条件なのです。それぐらい察しなさい」
「はあ、すいません」
「わかれば良いのです。これからは貴重な時間をくだらない事に浪費させないでください」
プンプン!って吹き出しが出そうな口調で私に説教する大天使。いや、やっぱり天使と言うよりクラスの委員長とかの方が似合ってないか?どうも掃除サボって怒られた過去を思い出してしまう。
私たちから意識を離した委員長な大天使は、その細くたおやかな人差し指をビシッ!と、目の前に立ちすくむヴァルフォルの顔に向けた。うん、やっぱり似てるよね、その腰に手を当てたポーズとか。
てか、羽虫扱いされたヴァルフォル君、ビクッ!と身体を震わせる君を見ていると、先ほどまで恐るべき強敵だった事を忘れてしまいそうだよ。
「さあ、消しとばす前に言い訳ぐらいは聞いてあげましょう。なぜこのような事をしたのです?」
「・・それはこっちのセリフだ、なぜ光の上位天使である貴様が闇天使に加護など与えている!?」
「質問に質問を返すのですか?まったく無礼な。天使たるものが威厳と気品を忘れるなど。
まあ、古き友人に頼まれたから、と、お前に言っても仕方ないでしょうね。察しなさい」
ガブリエルの言葉に、馬鹿にされた怒りより驚きを隠せないヴァルフォルは声を荒げながら叫んだ。
「古き友人だと!?貴様らが闇天使に関わりを持つなどあるわけがなかろう!!」
「だから子供は困るのです。天使は元々、闇も光もなかったのですよ?友人ぐらいはいます。
それに他の光天使はともかく、私は闇神が父たる至高神様に危害を加えたと考えていませんよ。
まあ、それを確かめる為に、貴方が堕天させた娘へ加護を与えたようなものですが」
「なっ!?貴様、一体何を知っていると言うのだ!?話せ!!」
思わず詰め寄るヴァルフォルを、軽く片手を上げて押しとどめる大天使。何もしていないように見えるのに、金縛りにあったように動けなくなった彼は、全身を屈辱で震えさせていた。
ふん、と馬鹿にしたような態度をとるガブリエルとの実力差は、想像以上に大きいようだ。
「きっぱりとお断りします。私は無駄な時間を使うつもりはありませんので」
そう言ったガブリエルが何か呟くと、その周囲や頭上に次々と魔法陣が編み出され、そこから見たこともない黄金の投槍が現れた。いったい何をしたのか?その槍は一目で恐ろしいまでに力を秘めたものであると解り、ヴァルフォルの顔が一気に青ざめていく。
槍の数が20、50、100と増えていくにつれ、それらを放った時の威力でこの古城がどうなるかが想像され、向こうにいる怜さんやカルマ、それにニコ達も慌ててヴァルフォルから離れていく。
ああ、これはダメだ。一撃で何もかも吹き飛ばしてしまうやつだ。どっかの宝物庫とか目じゃないレベルの大惨事が起きるであろうその場所に、突然、それも私のすぐ近くで声が聞こえた。
「ふーん、僕は聞きたいんだけどなぁ〜?その辺の話をちょっと詳しくさ、ねぇ?ガブリエル」
即座にこちらへ振り返ったガブリエルは、私の後ろへと視線を向けた。
それに釣られて私やニコ達も、声がした方向へと顔を向ける。それは私とナイマから、数m程しか離れていないそこに、ちょこんとあぐらをかいて座っていた。
気づかなかった。移動した気配もせず、ただわずかな魔力の残滓だけを漂わせてそこに在る。
長く艶やかな黒髪と、不思議な模様の浮かぶ褐色の肌、そして妖しげな光を湛える真紅の瞳。
これは、この姿は・・・っ!?
「・・・天魔、か?」
「ん?そうだけど、あまりその呼び方は好きじゃないね。堕天使と呼ばれる方が好みかな?」
独り言に即答されてしまった。
背中の羽をパタパタさせて、その少女?のような少年のような天魔は、興味深げに私を見つめる。
吸い込まれるような瞳に軽く眩暈を覚えたが、それでも何故か危機感を感じなかった。
なんだろう、どっかで会った事があるような気がするんだが?それに敵対する雰囲気が微塵も無い。
まるでいたずらっ子のように座るそれは、何かを期待するように大人しく待っていた。
私は何だか気が抜けてしまって、思わず会話を続けてしまった。
「堕天使?・・ふむ、何か違いがあるのか?」
「んー、だって理性を失ったわけでもないしさ、かといって普通の天使でもないじゃない?
そんな僕らを表現するなら、堕天した天使で堕天使の方が何となくスマートじゃん?」
手をピラピラ振りながら笑う堕天使とやらを見て、どうにも親戚の子供とかと同じ空気を感じる。
今時の子供、それも頭のいい子はこんな感じで話したりするよね。なんて思ったり。
ちょっと楽しくなってきたので、このまま質問を続けさせてもらおう。
「スマートの基準がよくわからんが、魔に堕ちて破壊の権化と化したのが天魔じゃないのか?」
「まあね。そうなっちゃうのが多いのは否定しないよ?普通は暴れちゃう事しか出来ないしさ。
でも誤解がないように言っておくと、全員が理性を失うわけじゃないんだよ?」
「ふむ、信じがたいが、こうやって会話が成り立っているんだからそうなんだろうな」
「そうだよー、偏見は良くないよー!」
頰をぷくっと膨らました姿を見て思わず笑ってしまった。
「気分を悪くしたなら謝ろう。つまり全部の天魔が悪い事をするわけじゃないんだな。
そして君はその例外の一人だということか。いやはや、早とちりしてしまったな」
「そうそう!気にしてないけどね!ってか、面白いねキミ。僕らを見て普通に話しかけるとか、
たぶん相当変わってるよ?普通はおしっこもらしちゃうぐらいにビックリするんだけど」
「よく言われる。が、私も剣で串刺しになってるしな、少しおかしくなってるのかもしれない」
「まあ、僕もそんな痛そうな格好でよく話せるなぁって思ってたよ。変わった趣味なんだね?」
「好きでこんな事をしてるわけじゃないんだが。実はぜんぜん痛くないんだよ、コレ」
「あ・・・あなた様は・・!?」
何故か会話が弾んでいた私たちに、以前の威厳に満ちた姿など思い出せないぐらいに小者感いっぱいのヴァルフォルが、震える声で話しかけた。見開いた目は前にいる堕天使?に向けられ、自身を拘束するガブリエルですら視界に入っていないようだ。
無視された形の大天使も、そんな事に気付かないぐらいに驚いている。うーむ、しかし美人だなぁ。
やはり天使は美形が多いんだろうか?
エルフも綺麗な人が多かったけど、天使はどちらかというと人間的な美人顔と言えばいいのだろうか?綺麗8割の可愛い2割ぐらい?愛嬌があるというか、お人形感が少ないというか、良いと思います。
そんなどうでも良いような事を考えてしまうほど、ちょっと私も展開についていけない。
「あ、あなたが何故・・あの時、確かにミカエルの手でその身体を焼き尽くされたはず!?」
思わず、といった感じでガブリエルが声をあげた。
ミカエルって、あのミカエルだよな?やっぱり天使系はこの世界に勢揃いしてるのかな。
でも、なんか思ってるのと違うんだよね。もっと神々しいとか、触れがたい雰囲気があるのかと思ってたのに、委員長のおかげで一気にスケールダウンされてる感じ。ダメじゃん、ガブリエル。
まあ、ナイマのおかげで天使に対する株価は急落して久しいから、今更な感じではあるが。
「ああ、あれは痛かったよ!マジ死んじゃうかと思ったし。でも、ちょっと詰めが甘かったねぇ」
この堕天使も人間味ありすぎて全然怖くないんだが。普通は暗黒のオーラとか放ってたり、漏れ出る力が強大すぎて指ひとつ動かせないような状況で、何だこのプレッシャーは!?とか言いたいのに。
堕天使がマジ死んじゃうとか言うなよ。
「・・アスタロトあたりが出てくるかと思っていたのですが、まさかあなたが生きていたとは。
ですが、これはちょうど良いかもしれません。ぜひ聞きたい事があります」
「ふーん。キミが聞きたい事って、闇ちゃんとパパに関することかな?ガブリエル?」
闇ちゃんとパパって何だよ。
「ええ、その通りです、私は真実を知りたいのです」
「教えても良いけど、知っちゃったら天界に戻れなくなっちゃうけど、いいの?」
「・・覚悟の上です。すでに、私はあの方の・・」
「みたいだね。まあ、ガブリエルにならいいか、条件さえ飲んでくれるなら教えても良いよ」
「条件、ですか?」
思わぬ発言に戸惑う大天使に、堕天使はこくりと頷いた。そして、指を一本立たせる。
「ひとつ、光天使に協力せず、中立を守る事。例え命令されても従わないようにね」
「・・すでに私は天界から離れていますが、それだけでは足りないと?」
「ぜんぜん足りないね。少なくとも光神側に立つ事は今の段階では絶対に許さないよ」
「・・わかりました。覚悟していた事ですので、今更戻るつもりはありません」
おいおい、四大天使の一柱が中立宣言とか良いのかよ!?いったい何が起こってるんだ!?
てか、すでに家出してたのかよガブリエル!?思春期で暴走しがちな中学生かお前はっ!!
「オーケイ、ではふたつめ。そこで堕ちかけてる闇天使は、僕がもらうよ?」
「っ!?それはダメです!!私はその娘を護るとあの方に約束したのです!!」
その娘って、ナイマ?そうか、ナイマの加護をガブリエルが与えてるなら、それなりの責任があるって事なのか。ん?ならこの状況で私の加護神とやらが出てこないのは何故なんだ?
まあ、健康の神様じゃ戦闘には不向きなのかもしれないけどさ。
そうか、狭間の少女が関係してるのか?一定の条件を満たさないと姿を表さないとか、あるかもな。
「うん、そうだろうね。だからそれは構わないけど、このままじゃその子は天魔化しちゃうよ?」
「・・それは、あなたならその娘を救う事が可能、そうか方法を知っているという意味でしょうか?」
「まあね。ここじゃダメだけど、昔の友達に頼めば何とかなるかなー?って思ってたり?」
「・・それならば致し方ありませんね。私には堕天した天使を治療する術など持っていませんから」
「うん大丈夫、それは僕に任せてよ。で、最後のみっつめだけど」
そう言って、私たちの方を見る。
何だ?何か私たちに関係がある事なのか?しかも何だかニヤニヤしてないかこいつ?
「そこにいる変な奴と、その仲間の手助けをしてやって欲しいんだ。ロハで」
意外な提案が飛び出してきた。ガブリエルを仲間にしろっていうのか?大天使様を?
さすがにそれは無理だと思うんだが。そもそも委員長とか入れたらニコとか窒息するだろうし、怜さんとかすぐに処刑されてしまいそうだぞ。私はまあ、品行方正だから大丈夫だけど。
だが、思っていたのと違い、ガブリエルは真面目な顔をして堕天使に問いかけていた。
「・・何故ですか?あなたほどの方がただの人間を、それも他の加護持ちに助力するというのは・・」
「意外かい?実はちょっとおっきい借りがあるんだよね、僕。それに因果の一点に彼らが関係してる。
今は小さなものだけど、やがて無視できないほどの流れになる・・はずなんだよね」
「この世界に影響を与える存在、なるほど。彼らが元々いた世界に関係する、何かがあるのですね」
「まあ、それを含めて教えてあげるから、後でちょっとだけ力を貸してあげて欲しいんだ」
「・・わかりました。どうしても私の力が必要な時に限ってなら、それも約束しましょう」
常に手伝ってくれるわけじゃないんだな。まあ、それはそれで困るんだが。しかし気になる事を言う。私たちの世界が関係する?因果?いったい何のことなんだ?
「ん、じゃあ契約成立だね。説明するから僕と一緒に来てよ。それで・・あ、そこの冥族!!」
「わ、私のこと!?」
「うん、カルマさんだったっけ?森から出る方法を彼らに教えてあげてほしいなー」
「か、構わないけど。いいの?何だか立場とか敵っぽいし色々あると思うんだけど」
「いいよいいよ。キミたちの本来の運命とは変わっちゃったけど、儲けたと思って彼らを手伝って」
「・・わかったわ。そういう事なら、そこで呆けてるブリジットも手伝わせるわよ?」
「そうだね、その辺りはキミに任せるよ。今の僕は彼らを手伝えないからね」
うんしょ、と腰を上げて立ち上がり、堕天使は私に向けて話しかけた。
「今回は色々と迷惑かけちゃったね、まさかここに来てるとは思わなくて、気付くの遅れちゃった。
埋め合わせっていうのも何だけど、とりあえずその子は助けるから、勘弁してくれない?」
「・・ナイマをどうするつもりなんだ?」
「堕天は一度始まると止められないし、治らない。でも絶対じゃ無いんだよ。だから預かる。
僕の知り合いに頼んでみるから、しばらくはお別れになるね。寂しいだろうけどさ」
「・・ナイマが助かるなら、頼む。出来る事なら何でもしよう、もし私の命が必要でも構わない」
私の真剣な眼差しにその紅い眼を細めて、堕天使は少し笑った。まるで遠い昔の何かを思い出すように、嬉しそうで、でも悲しそうな微笑みを浮かべてこう言った。
「聞いてたけど本当に不思議だね、キミは。まあ命はいらないけど。でもそうだね、せっかくだし
ひとつだけ頼まれてくれるかな?」
「ああ、言ってくれ。可能な事であるなら善処しよう」
「君たちと同じ境遇の仲間を探すんだ。大いなる災厄の日は近い、それを止められるのは君たちだ。
この世界に散らばってしまった彼らを纏め、その時に備えるんだ。それが、僕のお願いだよ」
「大いなる災厄?それはどんな・・」
「ごめん、今は言えないんだ。でも、君たちの力が届くなら、いつかきっと解るよ」
そう言って、堕天使は私たちに手を向けた。
すると私とナイマを貫いていた王剣がずるずると抜けていき、その傷がどんどん塞がっていく。
剣が完全に抜き取られてから完治するまで10秒にも満たない。恐ろしい回復力だ。
身体に残っていた異物感も綺麗に無くなったと思った時、ナイマの身体が浮かび始めた。
連れて行かれる、この世界に来てからずっと一緒にいて、離れてから気づいた喪失感。それを再び感じた私は思わず彼女に近づいた。
ふわふわと浮きながら、ぼんやりとこちらを見るナイマに、私は思わず言った。
「ナイマ、身体を治せ。そしてまた会おう。子供の名前も考えておくから、だから、また」
そう言いかけた私の顔を伸びた両手が挟み、ナイマの顔が近づいて、そして・・僅かに唇に触れた。
一瞬だったかもしれない、長い時が過ぎたようにも思える。でも、その時は終わり、少しづつ彼女は離れていく。身体に闇を纏わせたナイマは、堕天使とその隣に移動したガブリエルの元へと近づいていく。
彼女はじっとこちらを見つめてから、少し微笑み、ゆっくりと眼を閉じた。
「ごめん、ラブシーンの続きはまた今度で。あまり時間が無いんだ。あ、そうだ!ヴァルフォル!!」
「ハ、ハハーーッ!!」
「お前も来い。色々とやらかしてくれたみたいだけど、ここで消すより僕の役に立ってもらうよ?」
「ハッ、御心のままに。ルシフェル様」
ナイマ、ガブリエル、そしてヴァルフォルの身体を深い闇が包む。そして、こちらに再び顔を向けた堕天使、聖書で神に歯向い、地に堕とされたと言われる天使の名で呼ばれたそれは、最後にこう言った。
「また会おうね、ロウ。それにその仲間たち。君たちはこの世界を救える唯一の、イレギュラーだ」
そう言葉を残して、闇に溶けるように彼らは消えていった。
「・・イレギュラー、か」
彼らが居た場所を眺めながら、私はつぶやいた。
ほんの僅かな時間で、思いがけぬ高位天使の登場と中断された死闘。そしてあまりの展開に力が抜けてしまったかのように、我々はその場にへたりこんでいた。
そうしていると、古城の廊下に数名の足音が響いているのに気付く。ああ、そうか。片付いたのか。
「いったい何が起きたんだ!?スケルトンどもが一斉に崩れていったが、奴らを倒したのか!?」
城内を走ってきたギルノールたちの声にも、返事をする気力が湧かない。周りを見るとニコとC2も座り込み、怜さんは傷だらけの身体をカルマに支えられている。ブリジットはぼーっと空を見ていた。
唯一、立ち上がったのは駆け寄ってきた彼らに状況を説明しようとしているフォウだけで、じっと壊れたゴーレムを見つめているフィフスも、周りの声が聞こえていないみたいだ。
彼女の兄弟たちは、もう戻らない。
耳を澄ますと、遠くから鬨の声が聞こえてくる。スーリオンやイズ兄さんたちだろう、どうやら部隊も生き残ったらしい。あれだけの数でよく生き残れたな。ああ、そうか、勝ったのかな?一応は。
「ロウさーん。ナイマちゃんたち、いったいどこに行ったのかなぁ?」
「・・・知らん」
ニコの問いかけに答えることは出来ない。
だが、生きている。ナイマも、私たちも。
生きているなら、また会えるだろう、意思があれば。そう、会おうと思えば、きっと。
思わず私も空を見上げて、彼女が向かったであろうどこかに、想いを馳せた。
そこへ、カルマと共に怜さんが近づいてきた。
うーん、この人の方がよっぽどヒーローらしく戦ってたな。敵の女性を守ったり、なんだかんだ言ってけっこうモテるんじゃないのか?変態だけど。大事なことなのでもう一度言おう、変態だけど。
私は戸惑いを隠せない吸血鬼の顔を見て、笑いながら話しかけた。
「まさか君に助けられるとは思わなかったよ。ロウ・セイバーだ、よろしくな、カルマさん」
「私もよ。ブリジットはまあ予想通りだったけど、あなた達もあの天使もいったい何なのよ?」
「それは私も知りたいな。だが、とりあえず君への誤解は解けたようだし、良いんじゃないかな?」
「うーん、まあ、予定と違って死んでないことが本当に不思議だけどね。この男もだけど」
そう言ってカルマは怜さんの肩から腕を抜いた。
その場に座り込んだ怜さんは、痛みに耐えながらもニヤニヤしながら私に問いかけてきた。
「ロウさん、ナイマさんにベビーの名前を考えるって言ってたよね。候補はあるのかい?」
「何だ、死にかけておいて言う言葉がまずそれか。あれは若気の至りだよ、認めたくないものだな」
「良いじゃないか、とりあえず勝ったみたいだしね。で、どうなんだ?」
「・・そうだなぁ」
中庭に次々と仲間達が駆け込んでくる。ある者は泣きながら、ある者は笑いながら、エルフやドワーフ、ホビットやクーシー、それに森狼達も。そんな彼らを見ながら、私は怜さんに答えた。
「・・・アウラとか、どうかな?」
「・・ゲームに出てきた女神の名前か。良いと思うけど、この世界に本物がいたらどうするんだ?」
「まあ、その時はちょっとだけ大目にみてもらおう。そのためなら・・世界ぐらい救ってもいいな」
「・・ベビーの名前のために世界を救うか。ははっ!いいね、俺はそういうの好きだよ!」
いつか、再び出会う日まで。
消えていったナイマの姿を思い出しながら、急激に襲ってきた睡魔に身を任せる。
周囲は騒がしさを増していったが、なぜだろう。心はどんどん穏やかになっていく。
勝ったという、その実感はないものの、終わったという安堵はしっかりと広がっていき、
私は、疲れた身体に引きずられるように、眠りに落ちていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
戦闘シーンがさっぱり消えてしまいました。
本来ならガブリエルさんの凄まじい戦闘能力を描きたかったのですが、ルシフェルさんがそれを望みませんでしたので、こうなってしまいました。役柄間違えてない?と思われるかもしれませんので、一応説明しておきます。
この世界の天使と堕天使は、新しい解釈の聖典系に基づいて書いています。
その為、堕天使は人間を誑かしたり、嫉妬したりして地獄に落とされた存在ではありません。
聖書における堕天使は、現在の解釈では人と共に生きる事を選んだ天使とされています。
これに近い考えで闇天使が生まれました。つまり、善と悪ではなく、神か人かで分かれていると考えて頂けるとわかりやすいかと思います。欲望に弱い人に寄り添う、そういう天使の多くが闇天使です。
また、作中の堕天に関しては悪の天使に近いイメージ、つまり一応、悪魔として描いています。
これは人から見ると悪ですが、天使から見ると暴走した同胞であり、自分もそうなるかもしれない恐怖の対象でもあります。ですが、全てがそうなる訳では無い、というのは作中でお話ししました。
これは人も同じで、自分の根幹となるものを失った時、暴走する者、心を凍らせる者もいれば、それでも己を見失わない者もいるという考えから、そう描こうと決めました。
なので堕天使(天魔)も悪であり、敵であるとは限りません。
結果、極悪なはずの堕天使、清く正しい光の天使という図式は、この小説では当てはまりません。
良い天使や悪い天使は、相対する人による評価で変わってしまうのが、当作品の天使です。
まあ、大体のイメージはそうなるようにしていますが。
また、天使がやたらと登場していますが、別に作者の厨二病の影響ではありません。
ええ、違いますとも。ちょびっとだけしか影響していません。
本当ですからね。