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Ⅶ・Sphere 《セブンスフィア》  作者: Low.saver
セブンスフィア
17/21

1章『スリーピングフォレスト』♯28

目の前に立ち塞がるのは、我が子を宿した愛する天使だった。

狂気と傀儡で彩られる戦いの宴。

最後に残るのは、誰か?

     ♯28 目覚めた悪夢


 正面に立ち、ゆっくりとこちらへショートソードを向けるナイマを、私は呆然と眺めていた。


 可能性は考えていた。

 対策もした。

 だが、それらは無駄に終わった。

私は剣の柄を握りしめながら、自分の詰めの甘さに怒りを覚えていた。


「ナイマ・・お前・・」


 そう目の前にいる天使へ語りかけた。

だが、天使はクスクスと笑い、こちらを見ているのか・・それともどこか遠くを眺めているのか、暗く視点の定まらないその瞳をこちらに向けるばかりだった。


「無駄ですな。その闇天使はジンをギリギリまで抜き取られて正気を失っておりますゆえ」

「・・ナイマに何をした」


 これほどの怒りが自身の内にあったのか、全て焼き尽くさんとする感情を込めて、私はガイストを睨んだ。だが、それすら奴には面白いのか、愉快そうに笑みを浮かべて私の問いに答える。


「そうですな、種明かしをしましょう。王剣を手に入れる時に貴方と闇天使が倒した召喚獣、

 あれに呪いを封じておいたのですよ。倒した者の影に『魂喰らい(ソウルイーター)』を宿らせる呪術、

 見破られると浄化されてしまいますからねぇ、いやはや術式には気を使いましたぞ!」


 嬉しそうに両手を掲げて語り出すガイスト。

私は思わず自分とナイマの影を見た。だが、そのどちらにも不審な点は無い。


「貴方には何故か術が防がれてしまいましてな、その様に見つめても何もありませんぞ?」

「・・ナイマには効果があった、というわけか?」

「闇天使にも効かぬと思ったのですがねぇ。我が主人がいたくご立腹されておりましたので、

 嫌がらせ程度に効けば良いと試してみましたら、思ったより上手くいきましてな」


 そう言ったガイストは、ナイマをその骨ばった指で差した。


「その闇天使、どうやら子を宿しておるようで。その子がどうも光の属性を持つ為に抵抗力を弱め、

 私ごときの術も効果を上げたようですな。いやはや、闇属性の極致にある者が光の子を孕むとは。

 世には不思議な事もあるようですなぁ、ロウ・セイバー殿?」

「・・・私のせい・・か」


 ゆらゆらと揺れながら、私、ニコ、C2、そしてブリジットと対峙したまま動かない怜さんを眺めていくナイマ。フォウとフィフスに少し止まった視線は、少し迷うようにまた動き出す。それはまるで、食卓の料理をどれから食べようかと迷っているような。

 やがて再び私に視線を戻した彼女は、ゆっくりと構えをとっていく。


「ふむ、どうやら獲物は貴方に決めたようですな。残念ながら操るまでには支配出来ませんで、

 足りないジンを喰らおうとする本能だけで動いております。貴方は美味しそうなのでしょうな」

「・・それは光栄だな。お前の主人も食卓に並べたらどうだ?オードブルにちょうど良いぞ?」

「ククク、我が主人は黒い女王の目覚めに立ち会っておりましてな。貴方が喰われてからゆるりと

 ご登場頂く事になるでしょう。必要なジンも闇天使のおかげで確保出来ましたので」


 かつてブリジットの国を襲った殺戮の女王、その目覚めが近いという事か。

だが、目覚めに必要なのが神の因子、ジンだとするならば・・まさか。


「貴様らがエルフや森の者の魂を抜いていたのは、ジンを確保する為だったのか!?」

「ご明察ですな。例え中位の創造種族であるエルフなどであっても、わずかながらジンを持って

 生まれてきますゆえ。私が魂喰らい(ソールイーター)を使って取り出しておりました」

「・・まさか、そのゴーレムの中にいる子供たちも・・」

「おお、入っておりましたな。思ったより大量のジンを得られたのは僥倖でしたぞ?

 赤いのは抜き取る前に討ち取られてしまったようでして、足りぬかと思いましたが」


 そういう事だったのか。

こいつらが森の民を操り、次々と村を襲ったのも全ては餌を得るため。

 最初から誰一人として生きて支配するつもりはなかったのだ。そして、魂を抜かれてしまった者たちは元に戻らない。私たちの計画は、王剣の力で彼らの目を覚まさせるのは無理だったというわけか。

 何もかも上手くいかない。

そして、目の前には私の子を宿した女が、私を喰おうと身構えている。

 ・・・ああ、そうか。結局は私にふさわしい舞台が用意されていた、という事だろう。


「・・何がおかしいのですかな?貴方がそのように笑う状況ではないと思いますが?」

「・・・そうでもないさ。私には意外としっくりくる状況なんでな」

「ほう、興味深いですが主人が現れる前に貴方がたを片付けたいので。そろそろ仕掛けさせて頂きましょう。さあ、苦しみと怨嗟の声を私に聞かせてください!!」


 そう言ったガイストがねじ曲がった杖を振り上げ、こちらへ突きつける。

前に並んでいたゴーレムたちが一斉に動き出し、デスサイズが周りを取り囲んでいく。

 ニコとC2、そしてフォウとフィフスはそれぞれ武器を構えているが、その表情には一様に困惑と悲しみが見て取れた。その原因となる目の前の天使は、私に向かって少しづつ近づいてくる。

 その顔に笑みを浮かべて。

私はそれを見て、同じく笑みを浮かべた。


「お前たち、ケース4だ。ナイマは私が相手をする」

「ケース4って、正気なのマスター!?」

「想定された事だ。数が多いのは面倒だがな」

「しかしマスター!!一人でナイマさんを食い止めるのは!?」

「ダメだよロウさん!ナイマさんは私とC2さんが抑えるから!!」

「大丈夫だ、抑えはしない。ナイマは殺す」

「っ!?」

「ロウさん!?」


 私はナイマに向けて剣を突きつける。心には冷たい風が吹き荒れて、私の意識を加速させる。

そう、私にはお似合いだ。

 慣れている、大切な人を、殺す事には。


「さあ、遊ぼうかナイマ。最初に教えられた時よりはマシになってると思うぞ?」

「・・・」


 私の言葉が届いているのかいないのか、虚ろな目はそのままに、少し笑顔が広がったように見えた。

鎧にかけられた魔力を吸収して肉体を強化する魔術、そして剣にかけられた威力と強度を上げる魔術を発動させた私は、息を吸い込み、そして溜めて、駆けた。


「ナイマ!!来いっ!!」


 大きく振りかぶった私の一撃は、ナイマがいた場所に炸裂して土砂を撒き散らす。

一瞬で横にまわったナイマから鋭い突きが放たれるが、それを鎧の肩甲で受け流し、その動きを利用した横薙ぎを彼女に返した。しかし空振りに終わったと判断した直後、頭上から横回転で威力を高めた斬撃が走る。とっさに姿勢を低くして剣を盾代わりに防いだ私を、着地したナイマの連撃が襲いかかる。

 横、縦、突き、袈裟懸け、逆袈裟、逆手からの突き、再び横、と見せかけての回し蹴り。

両手に握る二刀と両足による絶え間ない連続攻撃、避ければ次が襲いかかるのを『知っている』私は、ただひたすらに剣を、柄を、肘を、全身を使って防ぎ続ける。

 何度受けただろうか、何度地面を転がっただろうか、私ほど彼女と手合わせした者はいないだろう。以前は強化無しだったが、今は装備でそれを補っている。ゆえに、防げる。

 私は笑いながら、彼女も笑いながら、ただひたすらに剣を打ち合い続けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さて、こちらもそろそろ仕掛けないとな。このままじゃ千日手だ、そうだろう?美しいお嬢さん」

「・・・」


 突然、空から現れたナイマさんとロウさんの闘いが始まった。そんなに時間を掛けてはいられない。

俺はミスリルブレードに込めた魔力を高めて、少しづつ目の前の騎士と間合いを詰める。

 相手は西洋剣、ロウさんやニコさんとの訓練で、重さでは向こうに分があるのはわかっている。俺の武器、刀でまともに打ち合えば刃を痛めるだけだという事も。

 だが、魔力を付与したブレードの切れ味は鎧すら割る。その為に必要なのは、速さだ。

俺は両脚に使っていた強化を強め、属性を付与させた。

 属性にはそれぞれの能力を上げる特徴がある。俺の属性、火と風ならば力と敏捷が上昇する。

C2さんの土なら防御力が、水なら回復力が上がる。それぞれの属性と階位クラス、そして職業ジョブを上手く組み合わせる事で能力を底上げ出来るのはゲームと同じだった。

 異世界トリップをゲームの延長と考えていた俺は、ロウさんと違って趣味と実益を兼ねた選択を重ねた。結果的にそれは正解だったが、この世界に来た事は失敗だった。

 我が子を二人で抱いたあの時を取り戻す為に、俺はここで死ぬわけにはいかない。


「悪いな、お嬢さん。防御系の騎士職にとって、攻撃系の侍は天敵なんだ」


 侍は、対ボスモンスター戦でこそ一歩劣るものの、対人戦において圧倒的に有利な職業だ。

更に、俺は階位も合わせている。

 呼吸を合わせ、青眼に剣を構えるブリジット。俺は小さな声で呟いた。


「・・『紫電』」


 一息で彼女の横へと高速移動した俺は、その腕めがけて刀を振り下ろす。

とっさに反応したブリジットだったが防ぐには間に合わず、左腕から鮮血が飛び散る。

移動スキル、『紫電』。同じ格闘系移動スキルとして有名な『縮地』と違い、直進ではなく方向を変えられる侍系の固有スキルだ。今は風属性の強化で更に速度を上げていたが、流石に反応したか。


「手加減はしない、『紫電』!!」


 再度スキルを使い、今度は背後を取る。またしても反応を見せた彼女だが、背後からの一撃をかわし切れるはずもなく、その銀色の髪と再び鮮血を散らせながらよろめいた。


「まだ終わっていないぞ、『双月』っ!!」


 体勢を崩したところを連撃スキル『双月』で追い討ちをかける。二筋の剣閃が鎧の胸部を切り裂き、その下にある肉を断つ。だが、全身を自らの血で濡らしながらもブリジットは倒れなかった。

 痛みを感じていないかのように、自然と剣を構える。かなり深い傷を負わせたはずだ、普通なら剣を構えるどころか立つ事すらままならないだろう。


「・・すでに死兵か。酷い事をする」

「・・・」


 この前は初期装備で鎧を切り裂く程の威力は出せなかった。恐らくミスリル製であろうその鎧も、同じ材質で、しかも属性付与されて威力の増した今の刀なら、容易に斬れる。こちらの優勢は揺るがないだろうが、それでも女性を斬りつける事で感じる苦い思いを捨てきれない。

 一気に決着をつけよう、そう思った時、ふと気付いた。


「・・お前、強化を使っていないのか?」

「・・・」


 一瞬、震えたように見えた。

まさか、抵抗しているのか?支配に?

 強化を止める事で、俺に、斬り殺される為に・・?

 信じられない想いで、彼女を見つめ続けた。

それを、虚ろな眼で見返すブリジットだったが、少し、ほんの少しだけ、その唇から言葉が漏れた。


「・・・ハ・・ヤ・・ク・・・」

「っ!?」


 戦っているのだ。

彼女自身も戦っているのだ、自らを操る術と、文字どおり命を賭けて。

 そう感じた俺は、彼女を斬れなくなった。

人を、斬る。その実感が湧いてしまった。

 手が震える、その震えは全身へと伝わり、ただ剣を、あと数回繰り返せば終わるだろうその戦いを終える事が出来なかった。そして知った、どれほど優位であっても、人を殺す事に変わりがない事に。

 俺とブリジットは、二人、ただ震えて立ちすくんでいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「吹き飛べぇーーーっ!『ギガバースト』!!」


フィーが放った炎弾がゴーレムに直撃し、爆発する。片腕を吹き飛ばしてなお燃え盛る白いゴーレム、その爆発と炎に巻き込まれたデスサイズが低い呻きをあげて消えていく。

 僕もフィーほどではないけど、火球を複数生み出しては次々とゴーレムにぶつけていく。

残り2体のゴーレムはニコさんたちが引きつけてくれている。マスターが言ったケース4、強力な1体と複数の敵が現れた場合の作戦通りに、僕たちは次々と魔法をぶつけていく。

「多数の敵に有効なのは、連続した火力による面制圧。すなわち範囲魔法の連続射撃だ」

それぞれの状況に合わせた作戦を説明するマスター。

ケース4の場合、一人が強力な敵を引きつけている間に僕とフィーのような魔法使いが敵を一掃する。ゴーレムは手強いけど、ここには結界も無く、相手は騎士タイプの近接専用ゴーレムだ。

 僕らの、特に炎熱魔法に特化したフィーの魔法ならば制圧できると、マスターは言った。


「あんたたちには悪いけどっ!!とっとと燃え尽きてもらうからねっ!!」


 そう叫んだフィーは両手に別々の魔法陣を展開する。同時詠唱、しかも詠唱短縮を併用しているのは、彼女が魔導士メイジの階位を持っている恩恵だ。僕と違って汎用性はないけど、攻撃魔法では僕らの中では飛び抜けた使い手、でも、その魔法を向けるのは・・僕と同じ兄弟たち。

 苦しくないはずがない。辛くないはずがない。

だってほら、フィーの顔は、まるで泣いているようで。


「『フレアバレット』!!に合わせてぇーーーっ!!『フレイムスワロー』っ!!」


 白いゴーレムに複数の炎弾が炸裂し、その周囲を炎の渦が包む。爆発で生まれた炎を吸収した渦は大きさを増して、ゴーレムの装甲を溶かし、内部を焼き尽くしていく。

 たぶん、中にいる兄弟も一緒に。

そして、ゆっくりと倒れていく白いゴーレムは、最後に小さな爆発を起こして崩れていった。


「フォウ!!何サボってんのよっ!?次はニコさんのをやるわよっ!!」

「フィー、飛ばし過ぎだよ!!次は僕がやるから魔力を回復させて!!」

「あんたの魔法じゃ頼りないでしょ!?」

「僕だってやれるよ!!何も攻撃魔法だけが有効ってわけじゃない!!」


 僕はニコさんと戦う緑のゴーレムに向けて魔法を放つ。


「『ライトニング』!!」


 僕の指先から放たれた稲妻が、ゴーレムの脚を支える関節の一つに直撃する。

それにより姿勢を崩したところへ、ニコさんが飛び上がり、大上段から大剣を振り下ろした。


「このやろー!!ぶっとんじゃえーーっ!!『メテオストライク』!!」


 背中まで振り上げた大剣から炎が噴射、一気に急加速したニコさんは、そのままゴーレムの肩に暴れる大剣を叩きつけた。響き渡る鈍い金属がひしゃげる音と共に、溜め込まれた赤い魔力が爆発する!!

 轟音と共に火柱が上がり、ゴーレムとニコさんを包んでいく。中で暴れるゴーレムに、燃え盛る炎の中でニコさんが滅多打ちにするのがわずかに見える。

 ニコさんは炎属性を持った上に、火系統の加護を持っているので、炎熱系ダメージを一切受けない。焚き火の中にある焼き芋を、素手で掴んで食べていたのを見た時はビックリしたけど。


「相変わらずムチャクチャね、あの火だるま女は」

「フィー、それブーメランだからね?」


 苦そうに顔をしかめながらポーションを立て続けに飲み干したフィーは、全く躊躇せずにゴーレムへ炎弾を撃ち込んでいく。ニコさんごと爆発が複数着弾し、炎の中から悲鳴が上がる。


「イタイイタイイタイーーーッ!?ちょっとフィーちゃんひどいよーーっ!!」

「うるさいわね、別に死なないでしょアンタなら!!ほらほらほらほらほらほらほらーーっ!!」

「熱くないけど暑いしイタイのーっ!!」

「ニコさん、言葉が変です」


 決着がつきそうなニコさんは放っておいて、僕は最後のゴーレムへ向かう。

そこには槍を素早く突き出す青いゴーレムと、それを小さな盾と身体で捌き続けるC2さんがいた。

 盾から何度も火花が散って、でも前へ前へと進むC2さんを攻めあぐねて、青いゴーレムは少しづつ後ろに下がっていく。5mほどもあるゴーレムが小さなC2さんに押されていく光景は、少し滑稽だった。


「援護します!!」

「・・・」〈コクリ〉


 額に汗を光らせながら、C2さんはなおも前へと進む。

僕は複数の雷魔法『ライトニング』を放ち、ゴーレムの動きを阻害する。そして生まれた隙を利用して、装甲の隙間へと攻撃を重ねていくC2さん。遂に4本ある脚の1本を破壊した彼女は、再び別の脚部に向けて進み出した。ただ、前へと愚直に、防ぎ、また防ぎ進んでいく。

 

「驚きましたな、まさかここまで押されるとは思いませなんだ。これはもうひと押し必要ですかな?」


 唸るガイスト。あの魔族は後方で見ているだけで何もしていない。でも、動き出されれば状況は一変してしまうだろう。僕は注意しながらC2さんを援護する。

 マスターは、まだナイマさんと打ち合っている。何度も見た光景、いつもの訓練風景、でも、今は違う。これは訓練じゃなくて・・殺し合いなんだ。

 僕がそう思った時、ナイマさんのナイフがマスターの腕に突き刺さる。

表情を歪ませたマスターに飛びかかるナイマさんは、その肩に、噛みついた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ぐぁぁぁぁぁっ!?」


 防ぎきれなかった一撃に気を取られた一瞬、その隙を突いてナイマは私の肩に喰らいついた。

既に甲冑の大半が吹き飛ばされ、露わになっていた右肩に噛み付いたナイマは、肩の肉を引きちぎって咀嚼し、血を啜る。極上の肉を味わうかのように恍惚としたその表情に比べ、私の顔は苦痛に歪む。

 更に齧ろうとするナイマを振り回し、何とか投げ飛ばす。

猫のように音も立てず、しなやかに着地した彼女は、唇に付いた私の血を舌でゆっくりと舐めとった。

 淫靡にも思えるその光景、だが肩に響く苦痛が私を現実に押し留める。肩ではダメだ、両手が自由になる場所でないと意味がない。あの策は使えない。


「ホッホーゥ、喰われましたなロウ・セイバー!!どうです?愛する者に食される気分は!?」

「悪くないな。最初はちょっと痛いけど、そのうち気持ちよくなりそうだ」

「まだそんな口が聞けるのですか。呆れたものですなぁ」

「下ネタは私の得意分野ではないが、ばあちゃんが言っていた、我慢が大事」

「まだ元気そうですなぁ。ですがそろそろ限界でしょう。大人しく喰われなさい」


 再びジリジリと近づいてくるナイマに剣を向け、私は状況を確認する。

周辺視によって視点を変えずに周囲を眺めた私は、思ったより優勢な状況に少し安心した。

 怜さんとブリジットが動きを止めている理由はわからないが、これならば。


「さて、ナイマ。そろそろ終わりにするぞ?」

「・・・」


 相変わらずの無反応、だが構わない。今は構わない。


「さあ、来い。お前の好きなお肉の時間だ!」


 そう叫んで私は間合いを踏み込み、逆袈裟の一撃を振るう。

それを難なくかわしたナイマは、手に持つショートソードを突き出した。私は少し姿勢を傾けてそれをかわし、次に来る、横からのナイフの一撃に備えて『身体をその正面に向けた』。

 ズブリ、と、私の胸に突き刺さるナイフ。

一瞬驚いたように動きを止めたナイマと、左手に持つナイフを私はまとめて抱きしめた。

 捕まったナイマが暴れ出し、胸に刺さったナイフがえぐられる。だが唯一私がナイマより上回っている力で、逃すまいと締め付ける。喉を駆け上がる血の塊を吐き出してから、私は大声で叫んだ。


「C2っ!!今だっ!!」

「・・っ!?」


 声を聞いたC2がこちらを振り向き、そしてガイストに向かって突進した。


「・・スキル発動、『守護者の名誉ガーズオブオナー』」


 私とC2を光の線が繋ぎ、C2の身体が蒼い輝きに包まれる。その瞬間、一気に突進は加速した。

 近衛系騎士職が持つ固有ユニークスキル、『守護者の名誉』。自らが忠誠を誓った主が危機の時にのみ使用出来る、強力な自己強化スキルだ。

 防御に特化した近衛騎士を条件付きながら狂戦士と化すことが出来るこのスキルこそが、私が彼女に頼んでいた秘策だった。危機が訪れた時、私は自身を危機に陥らせて隙とスキル発動条件を満たす。

 後は、近衛の頂点に立ち、条件付きながらもギルドで最強クラスの戦闘力を誇る彼女に狙わせる。

全ての線を繋げている最重要エネミー、死霊魔術師ガイストを。


「な!?まさか最初から私を狙って!?」

「・・スキル発動『主救う蒼き一撃ブルーストライク』」


 驚くガイストへ一瞬で近づいたC2は、手にしていた盾を捨てて剣の柄のみを握りしめ、

更にスキルを使い、加速した。その身を包む蒼い光が輝きを増し、突き出した剣に収束、巨大なレーザーソードへと姿を変える。その蒼き剣を大上段に構えて、その小さな騎士は小さく呟いた。


「・・・散れ、魔族」

「や、やめ・・・っ!?」


 蒼い剣は振り下ろされ、ガイストは驚愕の表情を貼り付けたまま頭を、胸を、そして腰へと斬り裂かれて絶命し、二つに裂かれた身体はゆっくりと分かれて、左右の大地へと倒れていった。


「っ!?」


 怜の前に立っていたブリジットが崩れ落ちる。

両手で手をつき、息も絶えだえに苦しみだすブリジットを見て、怜も事態に気がついた。


「おいっ!?大丈夫か!?」

「・・わ、私は・・なんという事を・・」


 取り落とした王剣の代わりに、地面の土を削り握りしめる彼女の姿に、怜はかける言葉を失った。

震える彼女の背中から目を離した怜は、爆音が止んだニコたちの方向へと目を向けた。

 動かなくなったゴーレムと、姿を消したデスサイズ。ニコたちは呆然と周囲を眺めた後、時間経過でスキルが終了し纏っていた蒼い光が薄れていくC2と、その足元に転がるガイストの死体を見つけた。


「ハァ・・ハァ・・なによ、あの無口に美味しいとこ持ってかれちゃったじゃない」

「そうか、近衛のユニークスキルかぁ。すごいなぁ、わたしも近衛のままにしとけばよかったかな?」

「あんたは戦乙女ヴァルキリーで似合ってるわよ。乙女ってとこはビミョーだけど」

「そうかなぁ?あ、ロウさんたちは!?」


 慌ててロウたちの姿を見たニコだったが、そこには抱き合う二人の姿があった。が、しかし。


「ナ、イマ。お前、まだ・・ぐっ!?」

「フー・・フー・・」


 抱きしめた両腕に力が入らなくなってきた。

力を入れられて抉られ続けている胸と、グチャグチャと一心不乱に食いちぎられる首元からの出血で意識が遠のく。ナイマの眼に理性は無く、血走った両目は更に真っ赤に染まっていた。

 薄れる意識を激痛が襲い、何度も気を失いかけては目を覚ます。そんな私の耳に、男の声が響いた。


「・・ガイストが狩られるとはな。しかもただのヒューマンに・・正直驚いたぞ」


 中庭の奥からゆっくりと黒い子爵、ヴァルフォルが姿を現した。

私は胸に抱くナイマから視線を離し、彼に向ける。それに気づいたヴァルフォルは薄く笑い、ナイマと私を交互に見てから愉快そうに言葉を放った。


「なんだ貴様、その女に喰われているのか?ふん、あいつも面白いものを用意していったな」

「・・・ヴァルフォル・・」

「様を付けろ、下等種族が。俺の宿願が果たされる時を喰われながら祈るがいい」


 そう言った彼の後ろから、ヒタリ、ヒタリと裸足で床を歩く音が響いていた。

その音は少しづつ大きくなり、やがて黒いローブで身を包んだ、紫色の長い髪の女性が姿を現した。

背が高く、ローブごしにもわかる豊かな胸とくびれた腰、降り積もる雪のような白い肌が妖しい雰囲気で周囲を染め、その物憂げに細められた瞼から少しだけ覗く髪と同じアメジストのような瞳。

 その視線が私を貫いた時、女性は足を止める。


「ふん、紹介してやろう。この地に封じられた殺戮の女王、人の姿をした破壊。そして、

 かつてこの北の大地を支配した冥族に生まれ、その一族すら皆殺しにした禁忌の女。

 真祖、カルマ。どうだ嬉しかろう?」

「ああああああああああっ!?カルマァァァァッ!!」


 そう言って笑うヴァルフォルの声に、離れた場所でうずくまっていたブリジットの声が重なる。

震える身体を王剣で支えて、かつての女王は宿敵を睨みつけた。

 カルマと呼ばれた美しいヴァンパイアは、嬉しそうにブリジットを眺めて、言った。


「あら?ブリジットじゃない。おはよう、良い朝ね」


 そう言って彼女は、ヴァルフォルの後ろに来て続けた。


「目覚めたわよ。決着をつけましょうか」



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