1章『スリーピングフォレスト』♯27
遂に敵の本拠地への攻撃を決意したロウ。
前夜の騒ぎも収まらぬまま、一行は静かに目的地を目指す。
そこで待つのは希望か、絶望か。
遂に決戦です。
眠りの森編ももうすぐ終わりが近づいています。
この先の展開はどうなるのか?
そんなドキドキに包めたらいいなぁ、と思って書いてます。
楽しんでください。
♯27 決戦の時
昨夜のどんちゃん騒ぎから一転し、まだ薄闇が辺りを包む中で、我々の出発は静かに行われた。
ある者は子供の寝顔を眺め、ある者は伴侶の身体を抱きしめ、別れを惜しむ。
今回の行軍に参加する者は、約200名と住人の三分の一にも及ぶ。その構成の大半はエルフだが、中にはドワーフやボビット、クーシーなども混じっており、まさに総力戦と言っても過言ではない。
だが、その分、村に残される戦力は必然的に少なくなる。住人の半数以上は非戦闘員だ。子供や老人も含めて300名以上を、残りの100名で守らなければならない。
守備隊長となったナイマ、そしてダークエルフのエレノール以外の主戦力は全て作戦に投入している。まだ戦える村長や奥方、通常なら戦力にならない者達すら動員し、村を守ってもらわなければならない。最悪の場合は放棄するよう伝えてはいるが、敵の全力攻撃を受ければひとたまりもないだろう。
それでも、我々は冷たい空気の中、森を静かに進んでいった。
戦力配置を説明しよう。
前衛隊長はマンマゴル、それを衛兵のハルラスやダークエルフの槍士であるナルルースが補佐する。前衛向きなダークエルフの加入により大幅に戦力を増した前衛は約60名。スケルトンとの戦いを想定して、槍は突きだけでなく薙ぎ払いにも使えるハルバート(斧槍)を主体に備えてある。
本来ならダークエルフの族長であるギルノールが隊長を務めるべきではあるが、そうならなかった理由は後述する。だが、真面目なマンマゴルと族長の妹であるナルルースの関係は良好で、それを近くで見ているウッドエルフとダークエルフは以前のように諍いを起こすことが少なくなった。
まあ、なんだ。まさかあの二人がくっつくとは思わなかったが、良い方向に理解を得られたということだろう。どちらかと言うと真面目なマンマゴルがナルルースに押されまくった結果なんだが、それによって両エルフから同情を受けたのがきっかけのようだ。よって信頼は厚い。
後衛隊長はスーリオン、それをクーサリオンがサポートする。他にもフィンドリルやディンエルなどの女性も多い後衛だが、ウッドエルフ主体なので纏まりは良い。ダークエルフも魔術師が多数いるものの、圧倒的に弓使いが多いせいか、はたまたディンエルを中心とした魔術師の女性が力を持っているせいか、こちらも問題は起きていない。彼女達は矢の先端に魔石を埋めて、相手に当たると爆発するグレネード弾のようなものを作成し、スケルトン対策に困っていた弓隊の尊敬を集めていた。それが影響しているのかもしれない。ちなみに発案者は私だ。映画のランボーを見たことがある人ならピンと来るだろう。
これにより後衛の火力は文字どおり爆発的に向上した。期待して良いだろう。
部隊の人数は60名程。それらがほぼ等しく高火力を備えているのが、我々の強みと言える。
救護隊長は安定のミーリエル、それにクーシー達の救護隊やギルノールの母であり、司祭でもあるララノアが加わっている。ダークエルフの治癒魔術師は少なく、こちらはクーシーやドワーフが主体となっている。ドワーフが多い理由だが、どうも鉱石の採掘という危険な状況に対応するため、必然的にそれらの魔法を使える者も多いのだという。だが彼らは一様に戦鎚を備えており、どちらかというと前衛のように思えてならないのだが。まあ、護衛も兼ねているので助かってはいるが。
だが人数は20名ほどと少ない。やはり戦時でもない限り増やせないのが救護だろう。正直言ってもう少し数を揃えたかったが、それは贅沢というべきか。
暗部隊長はマイグリン、それをダークエルフのティリオンが補佐する。
この二人は似た者同士というか、ディンエルをイズ兄さんに取られたと暗い憎しみの炎に包まれているマイグリンと、密かに想っていたナルルースをマンマゴルに取られて悶々とするティリオンは、ある種の異様な連帯感で任務を遂行している。さっきも気づかれずに毒殺する方法を二人で相談していたので、変な確執とかは生まれていないようだ。見てて怖いけど。
そんな彼らが率いる部隊は、小柄で敏捷の高いホビットとエルフによって構成されている30名ほどのグループ。驚くべきはホビット達だ。彼らは最初こそ体力の無さから足手まといとなっていたが、繰り返される鬼の特訓によりその才能を開花させている。迷彩に身を包んだ彼らを見つけるのは不可能に近く、今も部隊の周囲を警戒すべく散っているが、その姿を見ることは出来ない。驚くべき進歩だ。
そして後衛の後ろに続くのが、ギルノールとイズ兄さんが率いるエルフの主力部隊だ。
20名ほどの少数精鋭で揃えられた彼らは最後の砦であり、予備隊として各部隊をサポートするのが主な役割となる。族長クラスの二人をここに配置しているのは、各隊長が死亡、もしくは指揮不能となった際、即座に代われる数少ない人材だからだ。何事も不測の事態に備えて置かなければならない。
これに私と近衛であるニコやC2、対人戦最強の怜さんを含めたプレイヤー4名に加え、フォウとフィフスの二人で全6名が主力部隊と共に移動している。我々6名を別で数えているのはボス戦に備えてだ。
ブリジットやガイスト、そしてあのヴァルフォルを倒し得るのは我々しかいない。
強力な範囲攻撃を備える奴らには、多数による攻撃は被害を増やすだけだ。可能ならば主力部隊と我々で撃退できれば良いと思っている。だが、やはりナイマが居ないのは痛い。
彼女が居ない状況というのは今までもあったが、なんというか・・その・・。
「なんだロウさん。ナイマさんの事でも考えていたのか?」
「・・別にそんなことは無いよ。部隊配置に不備が無いか確認していたんだ」
「んふふふふ。帰ったらお祝いだねーっ!!ねえねえ結婚式とかするの!?」
「・・・」(ニコニコ)
「ふん、こんな状況でよく仕込めたわね。王としての自覚足りないんじゃない?バカなの?」
「フィー、それは言い過ぎだと思うよ・・」
「いや、確かに私の不注意もあるが・・って何で知ってるんだお前達っ!?」
一応、人気が無い場所で話していたはずなのに!?
「「「ミリィから聞いた」」」
「どこに潜んでやがったあのスピーカー女っ!?」
あの清廉っぽいが中身はエロ度99%のエルフ娘のことだ、きっと気づかれないよう隠れて聞き耳を立てていたに違いない。そして片付けの時にでも井戸端おばさんネットワークで拡散し、出発時にはほぼ全員に知れ渡っていた、ということだろう。
チラリとミリィに視線を向けると慌ててこちらから目を逸らした。やはりてめえか。
「帰ったらまたお祭りしよーね!!赤ちゃんは宝物なんだし、やっぱりみんなでお祝いしないと!!」
そう言って騒ぐニコ。C2も激しく頷いているが、こっちはむしろ食欲的なものだろうな。・・って、いや、そんな状況じゃないだろうと私が思っていると、隣にいた怜さんがポツリと呟いた。
「俺も秘蔵のポエムを発表しようかな?なかなかの出来だと我ながら思うぐらいの力作もある」
「怜さんポエムとか書くんだ・・」
「ああ、これでも闘うポエマー侍を目指してる」
「ギター侍みたいだな・・」
何だこの変なノリ。てかポエムってなにさ!あんたが書く詩とか嫌な予感しかしねぇよ!!
「ふーん、ちょっと歌ってみてよソレ」
「フィー、何でキミがそんなに偉そうなの・・」
「うるさいわねフォウ。あんたは黙って私の荷物を運んでれば良いのよ!ほら、これも!!」
「うわっ!?せめて杖ぐらい持ってよ!?」
「うーむ、仕方ない。可愛いフィーちゃんの為だ、愚作を披露しようか!」
「めちゃくちゃやる気満々じゃないか怜さん・・」
なにやらゴソゴソと鞄をあさり始めた怜さん。周囲のエルフ達も興味あるのかこちらをチラチラ横目に歩いている。あのね、今から奇襲かけるんだよ?決戦なんだよ?
「あったあった、我が心の詩集」
「なにそれ分厚っ!?暇人なのアンタ?」
「少しづつ書きためたんだよね。では・・」
そう言って息を吸い込み、高らかに歌い始める怜さん。その声は意外とよく通り、周囲に響く。
「私のお手製ウィンナー♪
みんなに食べてー♪もらいたいー♪」
・・・何で家庭的なんだ?
「私のお手製ウィンナー♪
あの子が食べると興奮するのー♪
頬張る姿にドキドキするのー♪」
・・・ちょっと待てい。
「私のお手製ウィンナー♪
そんな美味しそうに食べるなよー♪
何だか照れてー興奮するだろー?♪
股間がモジモジお手製ウインナーー♪
私の股間・・ひでぶっ!?ギャーースっ!?」
「何でウィンナーが股間で貴様は興奮してるのよこの変態がぁーーーーっ!!」
少しでも聞き入った私がバカだった。
高速で掴んだ杖を振り回して、怜さんを殴打し続けるフィフス。うむ、続けたまえ。
過去の記憶が蘇ったのか、C2がとても嫌そうな顔をしている。えー、マジでー?って感じ。
そういえば前にそんな場面あったよね。美味しそうに食べてたねC2・・って実体験かよ!?
「今回ばかりは僕も止める気になれません・・」
「うーん、やっぱり怜さんだったねー」
「そう思ったのなら止めろよニコ」
苦笑いを浮かべるエルフ達と共に、私はボロゾーキンのようになった怜さんを救護隊に任せて前に出た。そろそろ目的地に着く頃だろう・・と思っていたら、目の前に小川が見えてきた。
そうして我々はキャンプ地である森狼の住処までたどり着いた。
「さて、今日はここで一泊し、明日の夜明けと共にベアーの村へ向かうぞ」
「・・まさか本当に敵と出会わないとはな。見張りぐらいはいると思ったんだが」
「ホビットの村周辺にはいっぱいいると思うよ」
野営の準備を始める部隊で、近くにいたイズ兄さんが話しかけてきた。
そう、私たちは明日の朝から敵の本拠地近くまで一気に侵攻する。ベアーの村近くから川を越えて。
奇襲ルートとして選んだのは、敵が闇天使と魔族だからだ。両者とも空を飛べるし転移魔法も使えるが、率いる兵は陸を歩くしかない。スケルトンは川に流されるしね。
よって展開し、我々を迎え撃とうとするならば、やはり陸上のルートを想定するだろう。こちらが飛行できるのがナイマぐらいなのは向こうもわかっているし、それなら少数など無視できる兵を本拠地に置けば済むのだから。そして敵が侵攻する事も考えると、ホビットの村かダークエルフの村が一番適している。
だから我々はここにいる。
「奇襲とは、相手の都合の裏をかいてこそ意味が出てくるんだよ。そして相手の大半はアンデッドだ。
ここがノーマークなのは、そういう自分で考えて見張れる兵が向こうにいないからだね」
「なるほどな。しかしゴーストぐらいは置いていても良いだろうに・・」
「あれは召喚したものだから、受肉させないと魔力を消費し続けるしね。見張りには向かないよ」
「そうか、あのガイストしか召喚出来ないというのなら、ありえるな」
野営の準備は静かに行われ、食事も火を使わない簡易的なもので済ました。
ここで発見されれば非常に面倒なことになる。もし敵がこの森狼の住処を突き止めていたらキャンプ地として使えなかったが、幸いにも我々はここまでにベアー達を撃退していて、相手はここを知らない。
緊張もあって眠れない者も多かったが、それでも休息が取れるのはありがたい。アンデッドを相手にするのに夜は危険だ。私がエルフの村周辺から一帯に仕掛けさせたようなトラップも存在するかもしれない。なので侵攻は日中、奴らの力が弱まっている時に行う。数を補うのが奇襲作戦というわけだ。
「ねえねえロウさん、ナイマさんと結婚するの?」
「とっとと寝ろ、ニコ。明日は決戦だぞ?」
「だって気になるんだもーん」
毛布を寝袋のようにして寝ていたニコは、まるでイモムシのように近づいてきた。
火を使えないのでかなり寒い。毛布などはここに置いていく予定なので良いが、移動の負担にならないよう薄手のものだから特に。ドワーフから酒を分けてもらっているエルフもいたぐらいだ。
ただ、寝ているのはほら穴の中なので、風が防げているだけマシだろう。イモムシを冬眠させてやりたいが、こいつは火属性持ちなので寒くても魔力で一時的に暖をとれる。卑怯だ。
「ねえねえ、どうなの?するのしないの?」
「・・たぶん、しないだろうな。もし生きていたらの話だが、私は王族になるんだろうし」
「えー!?それはどうかと思う!責任とらなくちゃダメだよロウさん!!」
「声がデカいよニコ。もし元の世界に戻れるとしたら、子供はどうなると思うんだ?」
私の言葉に息を飲むニコ。たぶん考えていなかったのだろう。
もし我々だけが帰還することになれば、子供は一人残されるのではないだろうか?私たちの身体はこの世界に合わせて作り変えられた。つまり同じ身体ではないということだ。
それにナイマは・・既に死んでいる。
この世界だからこそ、ジンなどで身体を維持できているのだ。恐らく元の世界には戻れないのではないだろうか?そうなれば当然子供も同じように、この世界に残る事になる。
結婚し、王族となれば生活は保障されよう。だが、彼女はそれを望まないと思う。
私も残るという選択肢もあるが、実際に戻るという話が出た時、どうするかはまだ決めていない。
別に未練は無いんだが、少なくとも王様として生きるのは柄では無い。
なら、彼女もそうである必要はない。生きたいように生きれば良いだろう。求められればそうなる事も考えるが、今はとても決められる状況ではない。
「今は考える時ではない、そう思っている」
「そうなんだ・・ロウさんも色々とあるもんね」
そう言って再びイモムシのように離れていくニコ。
しばらく沈黙が私たちを包み、ウトウトとし始めた私の耳に小さな声でニコの言葉が聞こえた。
「でも、せっかくだし幸せになって欲しいよ」
私は返事をすることも無く、そのまま眠りへと身をゆだねていった。
それこそが私にとって一番、抵抗のある理由だったから。
そして、朝になった。
起きて見回すとすでにニコの姿はなく、C2が可愛い寝顔で眠っているだけだった。
怜さんは昨日のポエムのお仕置きで外に吊るされていたが、見るとそこにはロープが丁寧に纏められていて、恐らく朝の訓練に出たのだとわかった。
私は強張った身体を解すべく、外に出て軽くストレッチを行い、身体を動かしてから装備を身につける。その頃にはC2も起き出していて、眠そうな顔で鎧を身につけていた。朝は弱いらしい。
「C2、頼みがある」
「・・・?」
私は彼女に考えを話した。
しばらく驚いたり怒ったりしていたC2だが、最後まで話すとコクリと頷き、納得してくれた。
彼女にしか頼めないことだ。しかし、杞憂に終われば良いと思う。
私たちは二人で朝食に向かい、それを見たミリィになぜか睨まれながら食事を済ませた。
何かしたか?私は。
しばらくするとニコと怜さんが並んでやってきた。ニコは一瞬こちらを気遣うような表情をしたが、すぐ隣に座って猛烈な勢いで朝食を平らげるC2を見ると、すぐに笑顔になった。
「もー!わたしの分も残ってるのー!?」
「ちゃんと残してあるよ。今は」
「俺の分が無いみたいなんだが・・」
「それは真っ先にC2が片付けた。怜さんはコレ」
「いや、豆だけって・・」
「健康に良いよ?ソーセージよりは」
「C2さんすいません許してください!!」
食事を済ませ、片付けと準備を整えた私達はベアーの村へと出発した。
森を抜け、村が見えてくるとそこには向かわず、流れる大きな川が狭くなる場所へと向かう。
それでも幅が10mはあるだろう。深さもかなりあり、流れも速いので渡れるとは誰も思えない。
普通ならば、だが。なぜならこの世界には魔法という便利なものがあるからだ。
「ディンエル、ミリィ。例の魔法を頼む」
「・・・任せて。『ゲイルバレット』」
「私も!『ウォーターボール』」
ミリィが作り出した水の球体に、ディンエルが作り出した風の弾丸がフワフワと吸い込まれていく。そうすると球体は風船のように膨らんでいき、やがて大人が数名入れるほどの大きさとなった。
「さあ、渡るぞ。順番に中へ入るんだ」
「まさか私たちの魔法をこんな風に使うなんて思いませんでした!」
「・・・画期的ね。これなら濡れないし」
そう、中に空気の詰まった水の膜があれば、泳がなくても川を渡れる。一度に出せる魔法も第一階梯の魔法だから多いし、魔力消費も少ない。風魔法が圧縮した空気を作り出すことから思いついたんだが、思ったより上手くいっている。彼女たちも練習したんだろう。
私たちは川の流れに苦労しながらも、底を歩いていく。巨大な泡ともいうべきそれは、ある程度の流れを受け流してくれるが、それでも中にいる魔術師は神経を使う。
中にいる他の者はゆらゆらと輝く川面を下から見るという、不思議な体験でちょっと興奮していたが、気楽なものだ。まあ、本来ならここで数名の犠牲が出ていたかもしれないんだ。良しとしよう。
「よくこんな事を思いつくね、ロウさん」
「昔、水中歩行のツアーに参加したことがあってね」
「すごーい!!きれーい!!」
「うわーヤバいヤバいこれヤバい魚がいっぱいいるよ魚がっ!!ちょっと!アンタも見なよ!!」
「・・水族館に来た子供みたいだな」
「・・フィーにもこういう所があったんですね」
「・・・」(ゴクリ)
「捕まえて食べるのは今度にしような、C2?」
そうこうしているうちに川を渡りきった我々は、隊列を整えて廃墟へと向かう。
ここを抜ければ敵の本拠地と思われる古城まであと少し。廃墟はすでに半ば崩壊しており、家屋は崩れ、道路はすでに荒れ果てていたものの、そこに住んでいたヒューマン達の営みが見えるようで、少し心が痛んだ。彼らもまさか疫病で死に、数百年経ってからアンデッドとして働かされるなどと思っていなかっただろう。そう思うとやるせなかった。
かつてそれなりに大きな街があったであろう廃墟を抜けようと歩き続けた我々は、その向こうにある森の奥にある丘と、古城の尖塔が見つけた。そこはそれほど大きな城では無いものの、不気味な雰囲気をかもし出している。遂に来た、気を引き締めてそちらへ向かう。だが、その時だった。
「驚きましたな、まさかここまで気づかれずに近づかれるとは・・どんな手を使ったのですかな?」
廃屋の陰から一人の魔族が姿を現した。
ガイスト、あの男は口元のヒゲを整えるように触ると、その手を軽く掲げてパチン!と指を鳴らした。すると我々の周囲から次々とスケルトン達が姿を現した。まだ遠巻きではあるが、数は約・・百。
「まだ歓迎の準備も整っておりませんので、しばらくそれらと遊んでいてもらいましょうか」
「ガイスト、残念だがお前の余興に付き合うつもりはない。押し通らせてもらうぞ?」
「クックック、良いでしょう。私はあの城で主人とお待ちしておりますので、ごゆっくり」
「ああ、末期の酒でも味わっておくんだな!!行くぞ!!蹴散らせっ!!」
クーサリオンの強弓が唸りをあげてガイストを貫いた、と思った時にはすでに転移した後だった。
我々は素早く陣形を整え、いわゆる魚鱗の陣で一気に突破する。三角形の鱗のように突き進む我々は、狭い街路を抜けながら、中央の救護や後衛を護りつつ廃墟を駆け抜ける。スケルトンたちの足は遅く、相手は正面にいる敵のみ、前衛はやすやすとそれらを駆逐していった。
廃墟を抜けたあたりでダークエルフの魔術師とララノアが一斉に魔法を後ろに放つ。馬鹿正直に後を追っていたスケルトンの一群は、炸裂する火魔法に吹き飛ばされ、周囲の家屋と共に燃え上がった。
損害は無し。訓練の成果は十分に発揮されている。
だが、正面の古城を囲う森から次々とスケルトンやオーガ、そしてゴブリンが湧いてくる。
私は陣形を横陣へと組み替えて、構える前衛と今にも攻撃しようとする後衛へと檄を飛ばした。
「さあ、これからが本番だ!敵の兵が前戦から引き返してくるまでに片をつける!!
目指すは敵の居城!今こそ決戦の時だっ!!狙いーーつつ!!放てぇぇぇぇぇ!!」
森から現れた数百の敵兵に向かって矢と魔法が放たれる。轟音と共に炸裂する魔法と矢がスケルトンを木っ端微塵に、オーガの四肢を吹き飛ばしていく。連射されるグレネード矢も次々と爆音をあげてゴブリン達を肉塊へと変えていき、バラバラに引き裂かれた敵の集団に前衛が槍を向けた。
「行くぞっ!!突貫する!!」
「遅れずについて来なよっ!!」
「「「「オオーーーーッ!!!」」」」
後衛の援護を受けながら前衛が突撃を開始、敵に襲いかかっていく。中でもダークエルフの槍隊の働きは目覚ましく、先頭のナルルースは炎に包まれた斬撃を縦横無尽に振り回し、マンマゴルは特に手強そうなオーガを確実に仕留めていた。敵の半数を駆逐するものの、未だに湧き出る無数のスケルトン。
それらに法撃を加えるよう指示しながら、こちらに向かってスーリオンが叫んだ。
「王様!こりゃキリがねえよ!援護するから先に行ってくれ!敵の主力は俺たちが引き付ける!!」
「ロウ、我々がお前達を護ろう!共に直接あの城へと突っ込むぞ!!いいなお前達!?」
「「「オオーーーーーッ!!」」」
「ギルノール、スーリオン!わかった、行くぞ!!イズ兄さんは残って指揮を頼む!!」
「任せておけ!!おいギル!死ぬなよ!?」
「ふん、誰に言っている。お前こそ!!」
すれ違いざまに手を叩き合う二人と、こちらへの注意を逸らすために一斉射撃を行う後衛。
前衛も一時的に森まで敵を押し込んでいく。我々は敵の横を通り抜けて森へと駆け込んだ。
たまに現れる一群を蹴散らしながら、どんどん奥へと駆けていく私達だった。
「チッ!なんだよあのデカいやつはっ!?」
「スー!!あれは召喚獣だ!手強いぞ!?」
「見りゃわかるって!おいクー!準備はいいか!?一斉にあいつを狙うぜっ!!」
「いつでも良いぞ!この距離なら・・届く!」
「よぉーし、王様が城にたどり着くまで派手にやってやるぜ!!ぶっ放せーーッ!!」
後ろから響く轟音を肌に感じながら、私達は森を抜けた。
そこにある古城は思ったより小さく、門の周りには衛兵と思われるオーガと黒いベアーの姿があった。私達の姿を確認した奴らが一斉にこちらへ向かってくる。その血走った眼に理性の色は無い。
私が剣を構えると、ギルノールが前に出て槍を構えた。
「おい、ここは俺の見せ場だろう?先に行け」
「しかし・・この数では・・」
「ふん、もの足りんな。俺を仕留めるなら倍は必要だ、時間を稼ぐから奴らを仕留めろ。
おい!門まで突破する!お前らついて来い!!」
「「「オオーーーーッ!!」」」
そう言って正面から迎撃するギルノール。さすがに精鋭を集めただけあって一気に門までたどり着いた。まさかこんな短時間でたどり着くとは思わなかったのだろう、開け放たれた門にいたスケルトンやゴーストを蹴散らして、私達6名は城に飛び込む。
振り返るとギルノールが一匹のベアーを貫いて、こちらへ叫んだ。
「どうした!こっちを気にする暇があるならとっとと走れ!!長くは持たんぞ!!」
私はその強い眼差しを見返して、頷いた。
もう振り返ることは無い。城に侵入した私達に後詰と思われるスケルトンが襲いかかる。
飛び散る骨の残骸を撒き散らしながら、奥へと進んでいった私たちは、中庭と思われる広場へと躍り出た。そこには曲がりくねった杖を持つガイストと、銀色の甲冑に身を包んだブリジットが立っていた。
ガイストは歪んだ笑いを浮かべて、ゆっくりと前に出た。
「おやおや、まさかこんなにも早く踏み込まれるとは思いませんでしたなぁ」
「期待を裏切って悪いな。ついでにもう少し裏切らせてもらうぞ?ガイスト」
「クックック、それは残念ながら、こちらのセリフですよ?ロウ、セイバー」
そう言ったガイストが杖を振るうと、二体のデスサイズが姿を現した。
そして、鞘から光り輝く刀身を抜き出した銀の戦姫、ブリジットが構えを取る。
それを見た怜さんが一歩前に出る。
腰にあるミスリルブレードの柄に手を当て、キンッという音と共に鯉口を切った。
「ロウさん、あの素敵な女性は俺が相手するよ」
「任せます。私はダンスが得意では無いので」
「奇遇だね、俺もベッドの上でしか上手く踊れん」
そう言って少し離れて相対する二人、気迫が伝わったのか、ブリジットの顔にも戦意が見える。
私はニコとC2を前に、後ろにフォウとフィフスを従え、ガイストに言った。
「さあ、5対3だが踊って頂けるかな?男爵殿」
「クックック、面白い人ですねぇ。ですがまだチークタイムには早いですよ?」
そう言った直後、ズシン!ズシン!という重い響きと共に、奥から三体のゴーレムが姿を現した。
チッ!と舌打ちした私を見て嬉しそうに笑うガイスト。
「さあ、これで5対6ですねぇ。困りましたねぇ!?
ですがこれで終わりではありませんよ?スペシャルゲストの登場です!!」
バサッという羽音が上から聞こえた。
中庭の上空から舞い降りる何かは、ゆっくりとその音を近づかせてくる。
上を見たニコがヒッと声にならない悲鳴をあげて、後ろのフォウたちが息を飲むのが伝わってきた。
影が私を通り過ぎて、ガイストの前に止まる。それは少しづつ大きくなり、やがて・・・
ゆっくりと、黒い翼を広げた小さな天使は、その手に見慣れたミスリルのショートソードと、よく肉を捌くのに愛用していたナイフを手にして、降り立った。
その眼は、紅く濡れていた。
「クックック、非常に残念ですが、初めてお会いした時から仕込ませてもらいました。
徐々にジンを失わせ、すでに彼女は私の傀儡。理性すら無くした殺戮の天使ですよ!?」
恐れていた最悪の事態が目の前にある。
私は・・喉から絞り出すように彼女の名を呼んだ。
「ナ、イマ・・・」
返事は無かった。
そこに居たのは、理性を保てるジンを失い、紅い虚ろな眼でこちらを見る。
操られた、黒い天使の人形だった。
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