1章『スリーピングフォレスト』♯26
王剣キーブライトを入手出来ず、更に強力な敵と戦うこととなったロウ達は、再び村に戻る。
未だ目覚めぬ破壊の女王、だが残された時間は少ない。
彼らは、決戦を決意した。
♯26 決戦前夜
古城の暗い通路に、コツンコツンと足音が響く。
カビ臭い通路の壁には一定の間隔で魔道具の照明が設置されているが、それらに供給する魔力すら惜しんだ現在の主、闇天使の子爵ヴァルフォルによって、煌々と光を放つはずのそれらは沈黙を守っていた。
普通の人間なら進めないであろう暗闇の、それも複雑に入り組んだ通路を、ヴァルフォルとその配下である男爵級魔族のガイスト、そして暗闇の中で僅かに光を放っている剣を提げ、後ろから二人に付き従う騎士の女性・・・ソルディア騎士王国の初代国王であり、古城の主人でもあるブリジットの3名が歩いていた。
強い闇属性を持つ闇天使や魔族にとって、暗闇は何の障害にもならない。彼らは通路を進み、地下に降り、そしてまた通路を進む。ただ響く己の足音に飽いたのか、ヴァルフォルは視線はそのままに、やや後ろに付き従うガイストへ話しかけた。
「ふん、こんなに上手くいくとはな。少々拍子抜けしたぞ?ガイスト」
名を呼ばれた痩身の魔族は、その表情に愉悦を浮かべながら、素直でない主人の褒め言葉を味わった。彼は同じ魔族の中でも忌み嫌われる死霊魔術師であり、それゆえにかつての主人には功績を挙げても褒められる事は少なかった。ただ報酬はしっかりと払ってもらったが。
だが、このヴァルフォルは違った。前の主人を暗殺し、その地位と領土を奪ったヴァルフォルは彼を重用し、死霊魔術師であることを不快に思う事もない。それはヴァルフォル自身が下位の闇天使であった事、育てたのが徹底的な実力主義者だった事などが理由として考えられたが、そんな事はどうでもよかった。
ガイストにとって、己が磨き上げている秘術の数々を認めてくれ、その功績に遠まわしではあるが賞賛を含んだ言葉をかけてくれるヴァルフォルは唯一無二の主であり、忠誠を誓える対象だったのだ。
そんな主人へガイストは最大の敬意をもって答えた。
「殿下が私のような愚臣にお任せ下さったからこその結果でございます」
「まあ、貴様ならやれるだろうと踏んだのは俺だが、その女まで連れ帰るとはな」
「本来ならば使い潰す予定ではございましたが、思ったより腕が立ちましてな、コレも」
「たかがヒューマンと思っていたが、お前がそう言うのなら考えを改めよう。捨てるにしても
相応の機会を用意してやる。あのホビットのようなチビのヒューマンにぶつけるか?」
「その事ですが、後でお耳に入れたい事がございます。どうかお時間を」
「ん?何だ、また欲しい人形でも見つけたのか?まあいい、まずはコレからだ」
会話を中断したヴァルフォルの目の前に、大きく、分厚い扉が現れた。
すでに解除された封印の跡を一瞥し、彼はガイストが扉をゆっくり開けるのを眺める。
ギギギ、と金属がきしむ音と共に、黒鋼で出来た扉が動いた。開ききったと同時に、中に広がる大きな部屋の壁面に設置された照明が灯り始める。それは最低限の照度しかなく、天井や部屋の隅までを照らし切るほどのものではなかったが、それでも目的のものを確認するには十分な明るさを提供した。
暗闇の中では姿すら浮かばなかった程の、漆黒の棺。死者に最後の安息を与える、その揺り籠は、大人一人を包む程度の大きさしかなかった。広い部屋には祭壇とも思える中央部と、そこにひっそりと横たわる棺以外の何物も無かった。ロウが見たら村の住人が何名、雨風を凌げるのかと頬を引きつらせただろう。
過剰なまでの広大な空間を見渡した後、ヴァルフォル達はゆっくりと棺へと近づいていく。
やがてそのすぐ前までたどり着いた彼は、ガイストから渡された大きな水晶を手に取り、棺の方へと掲げた。すると水晶から虹色に瞬く光の粒が流れ出し、棺の隙間から吸い込まれていく。
棺の横に刻まれる小さな窓の九割ほどが紅く染まり、あと一割ほど残して止まる。
その様子を嬉しそうに眺めながら、黒い子爵は一人小さな声で呟いた。
「喰え、今は眠りし破壊の女王よ。そして目覚めろ。・・・俺の願いを叶えるためにな」
その声に反応するように、棺は少し震え、そしてまた静寂の中へと戻っていった。
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「怜さん、新しい武器はどう?」
「うん、いいね。柄の感じが違うから少し慣れが必要だけど、これぐらいなら大丈夫」
「ドワーフ達がこちらに工房を作ってくれたから、修正あるなら伝えてあげて」
「もう何度も行ったよ。あいつら人の刀を奪っていってそのまま工房に籠ってたしね」
「結果オーライでしょ?そのミスリルブレードもそのお陰で造ってもらえたんだし」
「まあ、感謝してはいるよ」
苦笑しながら白銀に輝くミスリルブレードを掲げる怜さん。柄拵えはサーベルに近いものとなっているが、刀身は日本刀そのものだ。怜さんの好みに合わせて太刀、大脇差より長く厚い刀身に近づけてある。話によれば、怜さん自身がこのウッドエルフの村へ着いてから、何度も滞在していたドワーフと刀について話し合っていたという。本来なら時間のかかる刀の製作も、硬度の違う黒鋼とミスリルを合わせて使うことで製作期間を短縮したらしい。
怜さんだけでなく、我々も装備を大幅に更新していた。ニコは使う大剣こそディフェンダーのままだが、防具に関しては手を加えられ、特に魔法への耐性を上げてある。C2の全身鎧と盾ほどではないものの、私の鎧も同じように強化され、武器も新しいバスタードソードに変更していた。
本来なら、この手には王剣があるはずだったが。
「さて、私はもう一度村長達と話をしてくる」
「ロウさん、出撃は明日だろう?まだ何か話すことがあるのか?」
「まあね、出来ることはしておきたいから」
そう言って別れた私は、村長の所へと歩き始める。
村は明日に迫った出撃に向け、多くのエルフやクーシー、ホビット達が行き交っていた。
敵を待ち構えての籠城ではなく、敵本陣への奇襲を提案した時は多くの反対があった。
王剣、そしてそれを手にした銀の戦姫ブリジットの話はエルフ達に凄まじい衝撃を与えた。特に長老たちは幼い頃から思い描いていた英雄が、自分たちを救うはずの王剣キーブライトを持ち、敵に回った事をなかなか信じようとはしなかった。だが、縛られて連れて帰られたサイロスの変貌をその目にし、絶望した。
一生この森から出られない、いや下手する皆殺しにされると騒ぎ出す長老たちを他所に、ギルノールら若手達は素直にそれを受け止め、そしてこう言った。
「おとぎ話の王など、俺たちにはどうでもいい。我らダークエルフを救ったのは別の王だからな」
と、私を見たギルノールだったが、彼の意見は老人たちには何の効果も及ぼさなかった。騒ぎ立てるだけの長老達に呆れたギルノールは、弟のエレノールと共に全員を部屋から追い出してしまった。
唖然とする私やイズ兄さんに、ニヤリと笑ったギルノールは「話を続けよう」と勝手に私の隣、つまりイズ兄さんと反対側の椅子へドカッと座り、腕を組んで私に問いかけた。
「ジジイどもはああ言っていたが、実際はどうなんだ?俺たちは森から出られないのか?」
「いや、王剣を取り戻せれば私にも使えるから、まだ可能性はゼロじゃないが・・・」
「なにっ!?ロウ、剣はブリジットを王に選んだのだろう!?なぜお前に・・」
「イズ、とりあえず落ち着け。そうだ茶でも飲め、もう冷めてるが今のお前にはちょうど良い」
そう言って目の前にカップを滑らせたギルノールだったが、イズ兄さんは椅子から立ち上がり、カップを指差しながら彼に怒鳴り始めた。
「それを淹れたのは私だぞ!ギル!?」
「そうだったか?どおりでいつもより苦いわけだ。妹の方が上手いんじゃないか?」
「なんだとっ!?貴様に茶の味がわかってないからそんな事を言うんだ!!表に出ろ!!」
「イズ兄さん、お茶で決闘してる暇はないよ」
「そうだ、まず座って我らが王の意見を聞こう」
「お前が私の淹れた茶をバカにしたからだろう!?」
「とりあえず落ち着いてよイズ兄さん。ギル、キミはまったく王様扱いしてないけどね」
「ふん、1000年も前の王よりはそれらしく扱うさ。それより剣の話だ」
私は敵の魔族であるガイストが話していた、王剣が特定の条件を揃える者のみに反応することを伝えた。つまり、別にブリジットだけがあの剣を使えるわけではなく、私もその条件を満たしている事。だが、それを手にするためには・・敵となったブリジットから奪う必要がある事などを話した。
ギルノールは少し考えた後、まだ完全に落ち着いたわけではないイズ兄さんに問いかける。
「イズ、お前から見てその王モドキはどうだったんだ?強いのか?」
「王モドキは酷いと思うが、まあ怜殿なら互角だろうな。ロウでは少し荷が重い」
「うちの王は頑丈なだけで大して強くないしな、まあ、それは仕方ない」
「私もけっこう強くなったと思うんだが」
「そんな事はどうでもいい。要は倒せるかどうかだ」
どうでもいいって酷い。最初は寡黙なタイプだと思ってたのに、慣れてきたらなんだよこの毒舌は!?村のエルフ女性がきゃあきゃあ騒ぐのはこれを知らないからだ。いや、知ってても同じか?
「倒せるなら問題ない。生きてても邪魔なだけだ、奪って殺そう」
「ギルっ!?本気か!?」
「当然だ。王は二人もいらんし、そいつは敵になった。こっちの方がまだマシだ」
「やはりお前は私を王として扱ってないと思う」
「ふん、甘いな王よ。生かそうとするから迷うんだ、敵に回ったならもう俺達の王ではあるまい?」
そう言ってギルノールは、私の目を強く見た。
しっかりしろ、と言われている気がした私は、ため息をひとつついて、覚悟を決めた。
「よし、倒そう。その上で作戦を練る」
「な、ロウまでどうしたのだ!?」
「彼女を救えるかどうかは別として、倒して剣を奪う必要はある。手加減して勝てる相手でもない。
なら、倒す事を前提に考えないと・・前に進まないじゃないか」
「ああ、その通りだ。で、何か方法はあるのか?」
無い事も無い。
敵は王剣を手に入れて、あとは封印された蛮族の女王を目覚めさせようとしている。つまりそこから動こうとはしていない。私たちを倒すなら、その女王が目覚めた後の方が確実だからだ。
現状の戦力は、相手が数で上回っているものの質ではこちらが上だ。つまりこちらの攻撃に備えて時間を稼ぐのが今の敵の基本戦略だろう。そして駒が揃ったら総力をあげて仕掛けてくる。
あのキーブライトが放った攻撃の威力、それにヴァルフォルだったか?の魔法を考えると、この村の防御など紙も同然だ。つまり、防衛自体が無謀。なら、打って出るしかない。
「また奇襲になるな。たまには多数で力押しとかしてみたいんだけどなぁ」
「奇襲と言ってもロウ、あのコボルトの村も修復されているだろう。簡単にはいかんと思うが?」
「イズ兄さん、正面から行けば奇襲なんて無理だよ。別の方向から攻めるしかない」
「ほう、なら俺たちの村を奪い返すか?」
「それだと時間がかかるから、下手すると女王が目覚めてしまう」
「なら、どこから攻めると言うんだ?まさか空を飛ぶとか言うんじゃないだろうな?」
「いや、空は飛ばない。代わりに泳いでもらう」
「「は?」」
私は同時に間の抜けた声を出す二人と、少し離れて聞いていた村長に向かって考えを話した。
まだ村にはサイロスのように操られている者がいるかもしれないので、魔法を使った調査が終了するまで内容は極秘とし、出撃の準備を進めることとしたのが、今から三日ほど前になる。
それからドワーフを徹夜に追い込んで装備の更新、村の防衛戦力の大半を投入するこの作戦を長老に納得させるための色々(詳しくはギルノールに聞いてほしい)など、慌ただしく時間は過ぎていった。
見つかった間諜は5名ほどだったが、幸いにも浄化の魔法が効いたために正気を取り戻せた。サイロスも同様だったが、長時間憑依されていた影響から今も意識は戻っていない。
私は皆に説明する作戦の名前を一人、部屋で考えていた。
「やはりここは『矢を放て』とか『神々の黄昏』とかにすべきだろうか?でもしっくりこないし」
「ロウ、ご飯の時間」
「え?もうそんな時間か?」
「外は真っ暗。みんな集まってきてる」
「そうか、参ったな。まだ名前決まってないんだが」
「ご飯」
「わかったよ、行くよ。うーん、どうしようかな」
頭をひねる私を引っ張りながらナイマは進んでいく。ここ最近はほとんど顔を合わせていなかったので少し新鮮な気もするが、それでも相変わらずご飯の時間には妥協を許さない。
彼女は訓練教官のトップとして、それこそ昼夜問わず指導を続け、今やダークエルフからも恐れられる程の鬼教官として部隊の頂点に君臨している。私は逆に物資の調達や確認に時間を使っていたので、会うのは会議以外で三日ぶりとなる。ニコたちは朝の自主練で会うからそうでもないんだが。
そんなことを考えている間に広場に出た私たちは、彼女を恐れて逃げ始める自警団の面子を眺めながら案内された椅子に座る。すでに料理はテーブルへと並べられており、同じ席についていたニコとC2はすでにデザートの話題に持ちきりだった。まあ、C2は頷いていただけなんだが。
「さて、頂こうか。ニコ、そこのサラダとって」
「いいよー」
「お、すまないなC2。今日のドレッシングはこれか。また酸っぱいんじゃないだろうな?」
「・・・・」
「おい、何か言ってくれ」
「ロウ、好き嫌いはダメ」
「お前は肉しか取ってないじゃないか。野菜を先に食べると血糖値を下げられるんだぞ?」
「ロウさんちょっとお爺ちゃんっぽいよねー」
「・・・」〈コクコク〉
「誰が爺さんだ。この前はサラダも美味いって言ってただろう、ナイマも」
「時代は進化する」
「退化してるじゃないか!?」
「もー!お料理冷めるから早く食べようよー!!」
「わかったよ、では、頂きます」
「やっぱりお爺さんっぽいーっ!!」
「ニコ、お前だけデザート抜きな」
「えーっ!?ヒドいーーっ!!」
大量に並べられた料理を味わい、ゆっくりと食事をする。そんな当たり前の時間も久しぶりだ。
次の作戦は総力戦・・まさしく決戦となる。生きて帰れない者も多いだろう、我々も含めて。
なぜ人は戦いの前にこのような宴会をするのか、以前の私にはわからなかった。だが、今ならわかる。食べることは、生きることだ。共に食事をするというのは、共に生きようとしているとも言えるだろう。だから、死地を前にして共に食べるのだ。今を共に生きるために、明日はどうなるかわからないから。
すでに酒へと手を出した一部が騒ぎ始めている。この場は無礼講だ、食事の邪魔さえしなければ酒も許可しているし、兵だけでなくその家族も含めて村の全員を集めている。
隣のテーブルでは怜さんがダークエルフのナルルースやウッドエルフのマンマゴル、それにドワーフたちと酒を酌み交わしている。あの社交性は見習いたいと思うが、なぜふんどし一丁なのかは問いたくない。すでに酔っているナルルースは違和感を感じていないようだが、慣れとは恐ろしいものだ。
さらに向こうからイズ兄さんの奇声とディンエルの哄笑が聞こえてくるが、そちらは見ないようにする。あの新婚夫婦には酒を飲ますなと伝えておいたはずなんだが。
目の前ではニコとC2が美味しそうにデザートを頬張って、だらしなくとろけた表情を浮かべている。すでに練乳と蜂蜜と苺、それに各種フルーツで彩られたソレが何なのかわからなくなっているが、これは乙女仕様だと言い張られた。別にタルトにしなくても良いと思うんだが、生地のサクサク感の重要さを懸命に伝える二人を相手にするのは疲れるものだ。なので今は眺めるだけにしている。
酒を飲んでも即座に分解される自身の身体を恨みながら、とりあえず口元を湿らせる私をナイマが引っ張った。どうやら話があるらしい。私はまたか、というニコ達の冷たい視線と、遠くからでもわかるミリィの熱い眼差しを感じながらも席を立ち、広場から離れたところにある丸太で作ったベンチに腰掛けた。
ナイマの手には酒とつまみ代わりの料理が載った皿があり、彼女はそれを自分の隣に置いた。
「ロウ、話しておきたいことがある」
「ああ、聞こう」
「とても大切な話が二つある」
「ふむ、お前がそう言うんだ、よっぽどだろうが」
珍しく真剣にこちらを見つめるナイマ。
私は思わず姿勢を正し、隣に座った彼女の眼を見て、話すよう促した。
「ロウ、私の種族は闇天使」
「ああ、知っている。あの少女に決められたって言っていたな。それがどうした?」
「正確には、決められたんじゃない。それしか方法がなかった」
「・・・どういうことだ?」
ナイマはこちらから眼を離すと、星が輝く夜空を見上げながら、足をぶらぶらさせて話し始めた。
「私は、本当はもう死んでいる。それをあの子が天使にして助けてくれた」
「・・なら、死んでいた。じゃないのか?今は天使となって生きているんだろう?」
「違う、まだ死んでいる。私が動いているのは、動かす燃料をロウからもらってたから」
「闇神の神因子・・か?」
「そう。それが無いと私は、この身体を維持できない。砕けて、灰になる。そういう状態」
そう言ったナイマは、空を見上げていた顔を、今度は地面へと向けて俯いた。
「それを、たぶん・・あの魔族に見破られた」
「・・・っ!?」
ガイスト。あの死霊魔術師がそれに気づいたのなら、どうするのか?私には容易に想像できた。
今のナイマは肉体を持つものの、ジンが足りなければ崩壊するという、霊体に近い不安定な存在。様々な霊を意のままに操るあいつからすれば、今のナイマは簡単に手中に収めることが出来るだろう。
私はナイマがなぜここに呼んだのか理解した。
「自分を、・・外せと言うのか。ナイマ」
絞り出した私の声に、彼女はゆっくりと頷いた。
そしてその眼に強い意志を込めて、私に伝えた。
「ロウ、私を連れて行けば裏切るかもしれない。だから、今度の戦いに私は行けない」
「・・・そうか。わかった」
いつも隣で闘ってくれたナイマがいない。その想像は私に重くのしかかった。
彼女は今まで重要な役割を何度も果たしてくれた、それだけの実力も持っていたし、仲間からの信頼も厚い。そんな彼女を欠いた状態では、成功率も下がるだろうことはわかりきっていた。
だが、もし連れて行き、本当にそうなってしまったら、それこそ取り返しのつかない事になる。
苦渋の決断だが、ここは迷うところではない。
「お前にはこの村の護りを任せよう。そして奴らを私たちが倒し、この森から出たら・・」
こちらを見つめ続けるナイマに、私は誓った。
「お前の身体を、何とかしよう」
「・・・ありがとう」
少し微笑んで、ナイマは再び俯いた。
別に方法が思い浮かんだわけではない私の口約束だが、まったく当てがないわけではない。
ただ、その為にはいろいろと調べる必要がある。そう、神について詳しく。
考え始めた私に、ナイマが小さな声で話しかけた。
「ロウ、もしもの時は・・迷わず私を殺して」
はっきりと聞こえた。少し震えた声だった。
だから、はっきりと伝えた。
「断る」
ナイマは少し驚いた顔でこちらを見た。
私はしてやったり、と笑顔で彼女を見つめ返す。
彼女の境遇から、苦しまないよう楽にするという考えがあるのは私も理解している。
だが、それはダメだ、それは出来ない。
私はもう、自身の大切な人をどんな理由でも殺したりはしない。そう誓ったのだ。
殺すぐらいなら、殺された方がマシだ。
「ナイマ、私はお前を助ける。何としてでもだ」
「・・・そう」
少し混乱しているようで、ナイマはこちらを見たまま惚けている。まあ、わかってくれると思っていたのだろうが、残念だな。わかってたまるか。
ようやく混乱が収まったのか、ナイマは困ったような泣きそうな顔で夜空を見上げた。
しばらく沈黙が続き、広場で騒ぐ声も小さくなってきたな。と私が思い始めた時、ナイマがふぅ、と息を吐き、そしてゆっくりと吸うと、少し大きな声でこう言った。
「ロウ、もう一つの話をする」
「ああ、いいぞ。さっきの話は終わったからな」
私も空を見上げる。
見たこともない星座が浮かんでいる・・と、思ったが、割と普通だった。北斗七星にカシオペア。
懐かしいな、よくこうやって知っている星座を探したもんだ。
「こどもができた」
「そうか、子供か」
そういえばこぐま座とかもあるんだったな。どんな形なんだろう?天文学も好きだが、星座に関してそんなにしっかりと勉強したことのない私はそらにうかぶおほしさまがキーラキラーって・・・
「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!?」
「わたしもビックリ」
そう言ってナイマはイタズラっ子が悪さに成功したような笑顔でこちらを見た。
子供?ダレノデスカ?って聞いたら命は無いんだろうな。思い当たるふしがありすぎて困る。
混乱して今度は私が惚けていると、ナイマは愉快そうに笑って言った。
「ロウ、わたしは女の子がいい」
「いや、普通に会話するの!?この状況で!?」
大混乱で真偽を問いただす私と、足をぶらぶらさせながら歌い始めるナイマ。
空には私が昔に眺めた夜空が、今も変わらずに瞬いていた。
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