表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ⅶ・Sphere 《セブンスフィア》  作者: Low.saver
セブンスフィア
14/21

1章『スリーピングフォレスト』♯25

王剣キーブライトを手にしたのはロウではなく、伝説の英雄にして騎士王国の初代女王。

『銀の戦姫』ブリジットだった。

最高の所有者によって目覚めた王剣と、それを振るう騎士の王がロウ達に襲いかかる。

そして魔族の男爵ガイストが実行した、ブリジットへの非道な行いが明らかになる。



王剣編はこれで終了します。

遂に伝承に語られた王が現れますが、それは敵としてでした。

意外に思われた方もおられるかと思いますが、眠りの森と聞いてピンときた方もおられるかもしれません。各所にもヒントは残してありますが、少なくともロウではありませんでした(笑)

さて、ブリジットはどうやってそうなったのか、楽しんで頂ければ幸いです。

     ♯25 傀儡の剣


 その王は英雄だった。


 今から1000年以上前、エウロパ地方北部に位置する島国『大ブリティア帝国』の侵略により植民地として扱われていたバルティア半島の民は、ブリティア皇帝の命により、北方バルティア地方の平定の為という名目の戦争を強制されていた。バルティア地方には様々な種族がいたが、帝国籍を持たぬ者は等しく下等国民として扱われ、徴兵により戦場に立ち、共に戦い、共に死んでいった。

 やがて彼らはバルティア半島から大森林、そして文化の中心たるエウロパ地方に繋がる大回廊と呼ばれる山岳地帯へと版図を広げた。バルティア半島からは海洋や鉱物資源、大森林からは木材や珍しい動物の毛皮、そして彼らの同胞、すなわち奴隷などの交易により、帝国は大きく力を増すこととなった。


 だが、どれほど多くの功績を挙げようとも、植民地であるバルティアの民に対する帝国の扱いは変わら中った。もともと大ブリティア帝国の北方に住み、統一戦争に敗北した結果、祖国を占領、併呑された経緯から彼らに同情的であった北部人、ノースブリティアの民と共に、バルティアの民は終わらない戦争の日々を繰り返していた。それは彼らの間に強い絆と反抗心を育てていく。


 やがて、大ブリティア帝国はエウロパ地方の大国『フラペニア連合王国』に侵攻、肥沃なエウロパの地を我が物にせんと激烈な攻勢を仕掛けた。だが、当時のフラペニアはエウロパ地方の半分を支配する強国であり、戦争の様相は激しさを増しながらも一進一退の長期戦へと移っていく。

 焦った大ブリティア帝国は、実戦経験豊富で優れた軍勢となっていたバルティア人とノースブリティア人による北方バルティア方面軍をエウロパ戦線へ投入する事を決定。現地のノースブリティア人である将軍に、大回廊から大軍を持って侵攻すること、それに必要な物資は現地調達によって賄うよう命令した。

 当時のブリティア帝国は植民地からの物資により戦線を支えており、とても大軍を維持する余裕は無かった。現地調達とはすなわち略奪であり、同胞から食料を奪って戦争に参加しろ。

と、言っているに等しい命令だった。

 だが、その命令は一気に北方方面軍を駆け巡り、膨れ上がった怒りは遂に爆発した。

 きっかけはノースブリティア人である騎士見習いの娘、ブリジットの一言から始まった。

彼女は命令の内容を耳にした後、疲れ果てた仲間たちの前でこう宣言したのだ。


「我らは皆、等しく同じブリティア人であると思っていた。だが、それは間違っていた。

 彼らは遠くから命令するのみで、我らはただ彼らを太らせ、同胞と共に死ぬだけの存在。

 海を奪い、山を奪い、森を奪った帝国は、また新たな同胞を犠牲に欲望を満たそうとする!

 ならば誓おう!私の剣は、共に戦い、共に生きる同胞の為に振るうと!

 皇帝が繋いだ鎖を断ち切って、我々は自由を手にしなければならない!!」


 そう言ったブリジットは手勢を率いて将軍を討ち、賛同する多くのバルティア人、そして彼らと共に戦っていたノースブリティア人と共に大ブリティア帝国に対し独立戦争を起こしたのだった。

 それは種族を問わぬ平等な国を造るという理想を生み、その思想は凄まじい勢いでバルティア地方に広がり、そこに住む多くの種族に受け入れられた。結果、独立軍は急速に兵力を増した。

 フラペニアとの戦争で弱っていたブリティア帝国軍は、この反乱を制圧するどころか背後から攻め立てるバルティア独立軍と、それに乗じて攻勢を強めたフラペニア同盟軍に挟まれる形となり、初期の段階で半島駐留軍はあっけなく壊滅、大回廊を通ってフラペニアと軍事同盟を結んだ独立軍は同軍と共にブリティア帝国軍を強襲、これを一蹴し、エルロパ戦線の最前戦にいた皇帝は捕らえられ、処刑されるという大敗北を喫した。これによりブリティア帝国は崩壊し、内部穏健派による帝国制の廃止と、ただ一人生き残った皇帝の血族である女子を女王とした王国制へと移り変わるという幕引きとなり、戦争は終結した。


 『銀の戦姫』と呼ばれ、常に最前戦で指揮をとり続けたブリジット率いるバルティア独立軍は、戦争終結後にバルティア半島と大森林周辺を領土として『北部連合王国』の建国を宣言。

 各地方を種族代表者が治める連合国家を次々に建国した後、自らは北部連合を守護する為に騎士の国『ソルディア騎士王国』を建国。その初代女王となったのである。

 生きた伝説にして英雄であるブリジットは、その名に最後まで彼女を支え、エウロパ戦線にて戦死した婚約者の名を加えて『ブリジット・アーク・ソルディア1世』と名乗り、その後もバルティア地方の平和の為に戦い続けたという。



 それが以前、サイロスから聞いた独立王にして戦争の英雄、銀の戦姫ブリジットの物語だ。

私が王という立場を許容したのも、彼女の思想に共感したからに他ならない。種族の垣根なく共に暮らせる国を造り、そして平和の為に自ら戦場を駆け続けたその姿に憧れた。そう言っても良いだろう。

 だが、まさかその英雄と闘う事になろうとは、まさに夢にも思わなかった。

虚ろな眼をして、だが全く隙の無い動作で、金色の光を放つ王の剣を構える、その銀髪の英雄と。

さっきまで王様になるはずだった、魔法も使えないドワーフ製の剣を震える手で構える私。

 マジかよ。なにこのムリゲー。

いくらなんでも役者が違いすぎるだろう!ただのサラリーマンvs英雄とか笑えないよっ!?


「どうです?伝説の英雄が王の剣を持って、敵として前に立つ心境は!?」

「・・彼女に何をしたんだ?」


 私は落ち着きを取り戻すため、状況をさも楽しそうに笑う魔族、ガイストに問いかけた。

彼は肩をすくめておどけたよう態度で、微動だにせず立つ銀髪の王を指差した。


「先程もご説明致しました通り、そやつの精神は私の魔術で操らせて頂いております。

 眠っている彼女の心臓と脳に直接魔術式を書き込みまして、いやぁ、苦労致しました!」

「心臓と脳に直接!?」

「ええ、いつも通りに魂を抜いてしまうと剣が主と認識しなくなると思いましてね。

 本当はその魂に含まれる上質な神因子ジンを抽出しておきたかったのですが・・」


 ガイストは残念そうに首を振った。


「その王剣が無ければ、目覚めさせた女王・・アンデッドの方ですが。それを結界の外へと

 連れ出せなくなるのです。私や主人だけならば簡単に出られるのですが」

「・・ならば彼女をここで死なせるわけにはいかないんじゃないのか?」


 私は疑問を相手にぶつける。王剣を振るう者がいないのに結界を解けるというのだろうか?

選定された王と鍵である剣、それが揃って初めて結界を解くことが出来ると思っていた私に、ガイストは嘲笑するように説明し始めた。


「おや?ご存知ないようですな?鍵として目覚めた剣があれば可能なのですよ。

 剣の力を目覚めさせるのに光属性を持つ領主ロード以上のキング系統の階位と、

 ある一定の波長を持つジンが必要なだけでしてな。まあ、希少ではありますがね。

 その役目さえ終われば、そこの女など無用となるのですよ」

「なんだと?いくら剣が手に入っても、扱えなければ意味がないだろう?」

「おやおや、それもご存知ない?結界解除に必要なのはその剣と対象の肉体ではなくジン。

 あらかじめこの女からジンを抜き取っておけば、別に死んでいても構わないのです」


 神の因子・・ジンを抜き取る。そうか、あのベアー達はその予行練習として犠牲になったのか。魂を抜き取ることが出来るなら、ジンを抜き取ることも可能なのだろう。この男はそれをやった。

 なら、ブリジットにかけられた術にも細工がしてあると思った方が良い。

脳が精神を司るのなら、魂は・・心臓か。そのために心臓へと術を仕込んだのだろう。彼女が死んだ場合には、その身に宿るジンを回収出来るように。だから捨て駒にも使える。


「・・・なるほど。では彼女を助ける為には、術者である貴様を殺すしかないようだな」

「まだそんな事を考えているのですか?無駄ですな、私の術は完璧ですから解除不可能です。

 私が直々に脳と心臓に刻んだ術式は、消せば呪いとしてその両方を灰へと変えます。

 どちらにせよそやつを待つのは死。助ける方法など有りはしないのですよ!!

 まあ、無駄な事をせずにとっとと貴方が死ねば、ほんのちょっとだけですがその女も

 長生きできるわけですがね。クックック、こちらはそれでも構いませんが」


 ・・・クソったれめ。

 私は剣の柄を握りしめながら、再び目の前に立つブリジットに視線を向けた。

凛々しく銀の甲冑を身に纏い、青眼の構えで黄金の剣を構えるその姿を、この目でしっかりと。

 彼女はすでにただの操り人形として、あとは死しか残されぬ運命にある。なんとか助けたい、だが、意思は無くともその剣気は私を遥かに圧倒し、自分が生き残る事すら困難だと悟らせるに充分だった。

 私はため息をひとつ、そして決意を固め、自らの剣を起動させる言葉を口にした。


「・・吸え、『ダーインスレイヴ』」


 手に在った黒銀の剣はその名に反応し、私の体内に使えないまま眠っている大量の魔力を吸い始める。そしてその剣身は根元から黒く染まり始め、黒銀の刃が妖しく鈍い黒色の輝きを放ち始めた。

 闇属性剣『ダーインスレイヴ』。

 魔法が使えない私でも扱える剣として、ドワーフの村長であるゴードン自らが鍛えてくれた剣。

魔力を使うのではなく、強制的に吸い上げることで剣と身体に闇属性の強化を付与するという、いわば魔剣に属する剣だ。単なる魔力強化と同じ効果しか発揮しないが、私にとっては大幅に戦闘能力を上げられる現状では唯一の剣。ただし、吸われる魔力が多いので長時間の戦闘は出来ない。

 私は身体中に漲る力を感じながら、目の前の王だった敵に語りかけた。


「貴女の事は聞いている。もう私の言葉も届かないであろうことも、わかっている」

「・・・・・」

「だが、もし届くなら、伝えたい。貴女の代わりに、私が貴女の国を見てこよう。

 かつての理想がどのように育ったのか、確かめてこよう」


 全く感情の浮かばない瞳を見つめながら、私は下肢に力を込める。


「だから、銀の戦姫よ。ほんのちょっとで良いから、手加減して欲しいなっ!!」


 そう叫んだ私は、強化された脚力で大地を踏みしめる。柔らかい地面に足がめりこむ感触と共に、自身の身体が爆発するように前へ飛び出すのを感じた。

 一気に迫るブリジットの姿。私は突進力をそのまま攻撃力に変えるべく、全身に意識を集中させ、目前で踏み込みと共に足から腰に、腰から背中に、背中から肩に力を伝えながら、これも以前と比べものにならない程強化された腕力を上乗せして、彼女に向かって横からの薙ぎ払いを放つ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 ガキィィィィンッ!!という硬い金属音と共に、剣の軌道は王剣によって阻まれる。剣を縦にして防いだ彼女は、その衝撃を利用して身体を回転させ、カウンターともいえる斬撃を私に向けて放った。

 シュン!!という風切り音をわずかな距離で聞くことになった私は、かわした斬撃が大地を切り裂くのを目にして唸った。王剣が纏う光はそのまま実体があるかの如く相手を切り裂くのだろう。二撃目の前に相手同様、回避した勢いを利用した私が袈裟懸けに斬撃を放つが、これも軌道を逸らされてしまう。

 キィン!!ガギィィィン!!ギィィン!!と、幾度となく撃ち合わされる黒と黄金の剣。

剣技で上回る相手の攻撃を、適正上昇の恩恵でいなす私。威力は剣の差で向こうが上、速さも無駄が無い分向こうが上。彼女に勝っているのは、わずかに力で私の方が上回っているぐらいか?

 どうやらブリジットは剣を使った防御を得意としているらしい。私と違って大きく動かず、力を逃がすように剣を当てて攻撃を避ける。そして必要最低限の動きで反撃に出る。

 何とか相手の体勢を崩そうと放つ一撃も軽くあしらわれ、即座にその隙を突いた一撃が襲いかかる。まるで舞うように剣を振るい、その銀髪を踊らせる姿に比べて、同じ銀髪の私は不格好に弾き返すか、必死で身体をひねって避けるのが精一杯となってきた。やっぱり手加減してくれないか!?


「くっ!?やはり経験値足りないんじゃないのか私!?地味に頑張って訓練したのにっ!!」

「・・・・・」


 私の弱音にも反応せず、ブリジットは光の剣を振るい続ける。すでに何度も切りつけられているが、なんとか急所への攻撃だけは防いでいる私に対して、彼女は無傷。やはり無理があったか!?


「おやおや、どう致しました?そのまま押されっぱなしではやられてしまいますぞ?」

「うるさい!黙れっ!!」

「クックック、早く倒さないとお仲間も死んでしまいますなぁ!」


 背後では5体のデスサイズとニコ、C2、ナイマが戦っている。激しい戦闘音を背後に感じながら、私は少しづつ焦ってしまった。やがて剣筋の狂いが生まれ、それを見逃さずに踏み込んできた彼女の一撃で、私の手から剣が弾き飛ばされる。そして体勢を崩した私の胸に、王剣の刃が迫った。

 殺られる!?そう思った時、キィィィン!!という甲高い音と共に光を放つ王の剣は弾かれた。ドサッ!と後ろに倒れこんだ私の前には、振り払った刀を素早く戻す怜さんの背中があった。

 手に持つ大脇差を構えて間合いを取る彼は、背後に倒れた私を見ずに語りかけた。


「ロウさん、剣を取ってニコさん達の加勢を頼む。彼女は俺の方が相性が良さそうだ!」

「怜さん、サイロスは!?」

「峰打で眠らせた。たぶんあの魔族を倒せば元に戻ると踏んだんだが、上手くいくかな?」

「召喚した霊で操ってるみたいだし、可能性はあるな。任せるから保たせてくれ!!」

「ああ、出来るだけ頑張るよ、って、うぉっ!?こいつもスピードタイプか!?」


 ブリジットの斬撃を紙一重でかわしながらも、相手の甲冑の隙間を狙い刀を振る怜。それをわざと肩当で防いだブリジットは一歩踏み込んで再度の攻撃をしかける。だが、速度に勝る怜はそれを許さず、相手の横へと身体を滑らせて斬りつける。そうやってお互いが超接近戦で連撃を放ち合った。

 あまりの高速戦闘に、強化の無くなった私では目で追う事すら困難だった。だが、ここは彼に任せると決めた私は落ちていた剣、ダーインスレイブを拾い、ニコ達と戦っているデスサイズの一体に攻撃をしかけるべく、再度魔力を剣に吸わせる。

 だが、すでにデスサイズの2体は消滅しており、残る3体もC2に引き寄せられたところにニコの怒涛のラッシュを食らって四肢の一部を失っていた。確かにデスサイズは強力な悪霊だが、ニコは『戦乙女ヴァルキリー』の階位持ちだ。それは死者に対して強い補正がかかる為、彼女の一撃はデスサイズに大きなダメージを与える事が出来る。私は援護の必要は無いと判断し、先ほどから後方で観戦しているガイストに視線を向ける。だが、そちらにも既に先客がいた。


「調子にのるな、外道」

「き、貴様!いつの間に私の背後へと!?」

「隙だらけ、とっとと殺す」

「くっ!?」


 背後から繰り出されたナイマの一撃をかろうじて回避したガイストは、迫るナイマに右手を向けて黒い球弾を連射する。だが、ナイマは左右にステップしながらそれをかわし、速度すら落とさずガイストに斬りかかった。とっさに物理障壁アタックガードでそれを防いだガイストだが、続いて放たれたミスリルの投擲ナイフに肩を抉られ、怯んだところにナイマの放った後ろ回し蹴りの直撃を喰らう。


「ぐふぉぉっ!?な、なんだこの戦い方は!?格闘術も身に付けているのですか!?」

「はやく死ね」

「グゥゥ、ならば召喚サモン!!出現せよ黒死獣デスビースト!!」


 地面に浮かび上がった魔法陣から、黒いオーラに覆われた体長3mほどもある巨大な雄牛が現れた。

ところどころ腐敗したそのアンデッドモンスターは、ルロォォォと低い声で鳴いてナイマに襲いかかった。彼女はその突撃をかわしつつ脚部に攻撃を加え、体勢を崩した黒死獣の横をすり抜けてガイストに迫る。だが、その時には空間移動魔法を使い、遥か後方へガイストは下がっていた。


「ハァ・・ハァ・・。驚きましたね、闇天使にしては低い魔力なので侮っておりました・・」

「しつこい。とっとと死んでしまえ」

「クッ、こやつは危険ですな。主人に万が一の事があってはいけない、念のためにその能力を

 調べておきますか・・。『能力解析ステータスリード』」


 ガイストは解析魔法を使い、ナイマの能力を調べ始める。違和感を感じたのかナイマも牽制の投擲を行うが、物理障壁で防がれた上に黒死獣が再びそこへ襲いかかり、その対応に追われる。だがナイマも今度は黒死獣を排除すべく攻撃を開始し、それを見た私も加勢すべく彼女の元へ走る。


「・・・驚きましたな。まさか闇天使の出来損ないとは!しかしそれでもあの戦闘能力、

 階級が『兵士ソルジャー』とは思えぬ、『暗黒騎士ダークナイト』クラスに匹敵しますな。

 ですがジンが不安定な上に欠損がある以上、本来の能力を発揮出来ぬようですな。

 しかしこれは・・、ククク、面白い事になりそうですなぁ!!」


 そう言って口元を歪ませて笑みを浮かべるガイストの視線は、私たち二人の猛攻に倒されかけている黒死獣からブリジットと怜の戦いに向けられる。何度も激突を繰り返しつつも、決めてとなる一撃を加えられない両者の戦いは拮抗していた。

 サムライ騎士ナイトの戦いなら、有利なのは侍だ。防御系スキルが充実している騎士に比べて侍は攻撃系と回避系に優れており、本来ならば圧倒的な対人戦闘力を発揮する。だが、武器の差が大きいためにどうしても怜の戦いは耐久性の低い刀を庇いつつのものになる。

 怜は圧倒的な剣速でカバーしているものの、痛みすら感じていないブリジットは周囲ごと怜を切り刻むかの如く、魔力を込めて斬撃を飛ばしていた。その為、必殺の間合いに踏み込めないでいる。

 それらの斬撃を紙一重で回避しながら距離を詰めようとする怜だったが、魔力の刃も含めた王剣の長さは刀の数倍はあり、その威力はただの鋼で出来た初期装備の刀を大きく上回るため、まともに打ち合えない。高度な技量と打ち払いスキルで剣の腹へとピンポイントに刀を合わせ、その軌道を変えることで回避するが、それでも衝撃は徐々に刀を傷つけ、破損は時間の問題と思われた。


「ふむ、英雄というだけあって、なかなかやるではないですか。ですがあの相手・・。

 なぜ皇国の侍がこんな所にいるのか・・?そもそもこやつらはいったい?」


 そう言って怜を睨みつけるガイストだったが、怒号と爆発音と共にニコが最後のデスサイズを斬り伏せ、ナイマと私が黒死獣を倒すと、考えるのを止めてブリジットに命令を下した。


「・・手勢が倒されてしまいましたか。あの程度なら何体でも召喚出来るとはいえ、

 楽しみは後に残す方が面白いですな。ここは一旦退いて、剣を手に入れた事と情報を持って

 主人へ報告する事にしましょう。・・我が傀儡よ!!せっかく王剣を手に入れたのだ!!

 こいつらにその力を見せつけてやれい!!」


 ガイストの言葉に、ひときわ大きな斬撃を放ち怜との間合いを取ったブリジットは、手にした王剣を天に向けて掲げ、その刀身に残る魔力を全て注ぎ込んだ。

 怜は何らかの大技を狙う彼女を止めるべく、その懐に飛び込もうとするが、そこへガイストの放った魔法弾が大量に襲いかかる。それを次々に斬り払い、かわす怜だったが足は止まり、その時間でブリジットの魔力チャージが完了した。彼女の魔力は底をついたが、王剣はその身を凄まじい輝きで満たし、振るわれる瞬間を待ち望むかのように震えていた。


「・・・・・」


 ブリジットは我々に向かって、輝きを大きく増した王剣を一気に振り下ろした。

充填された魔力が剣撃の直前、爆発するように一気に増幅され、膨大な魔力が高熱の光へと変換される。その破壊の光が斬撃と共に大地へと叩きつけられ、天にまで届くような巨大な柱となって解放された。


「ヤバい!?伏せろっ!!」


 怜は振り向きざまに叫び、急速に膨れ上がるその柱から逃れるように駆け出す。雷属性という敏捷を大きく上昇させる効果を持つ怜だったが、あまりにも近くに炸裂したその一撃から完全に逃れることは出来なかった。背後で発生した光に巻き込まれそうになった時、怜の身体を遠くからミリィが発動させた水と風の防御膜が何重にも包み護ろうとする。

 だが、その直後に凄まじい衝撃と熱が怜の全身を打ち付けたのだった。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「怜さん!!」

「・・・!!」


 怜に向かって飛び出そうとしたニコを掴んで引き倒し、その前で伏せながら盾を構えるC2の身体を爆風が襲いかかった。持てる防御スキルを全開にしてなお吹き飛んでいく鎧の部品、キャァァァァァァッ!!というニコの叫び声を聞きながら、斜めにした大盾を魔力で強化し、衝撃を逃す。恐ろしいまでの高熱と爆発が彼女を襲い続けたが、それでも優秀なタンカーであるC2は耐え抜いた。


 ナイマに押し倒されて伏せていた私も例外なく爆風を喰らい、数メートル吹き飛ばされて背後にあった木に叩きつけられる。剣と同じく新調した甲冑は自動的にその機能を発動し、吸った私の魔力を利用して保護膜を形成した。だが熱波はそれをやすやすと吹き飛ばして私に襲いかかる。手に持った水の魔石がなければ大火傷では済まないダメージを受けていたかもしれない。

 隣にいたナイマは飛ばされた勢いを逃がすために翼を使って上昇し、その威力を利用して高熱の柱から逃げ切り、かなり離れた空中でようやく体勢を整えた。

 そこでナイマが見たものは、周囲の木々が破壊され、ぽっかりと空いた丸い空間と、その中心付近に立つ王剣を下げたブリジットの姿だった。


「・・・なんて、威力」


 様々な兵器を知っている彼女だが、航空爆撃を思わせるようなその威力に驚きを隠せなかった。

だが、自身への視線を感じたナイマはその方向へと視線を向ける。そしてゆっくりと歩きながらブリジットへ近づくガイストと目が合った。彼は愉快そうに目を細めた。


「クククッ、あの程度の魔力で大した威力ですな。流石は神が造り上げた装備なだけはある」


 ガイストはブリジットの側に立ち、今度は私の方へと向き、言った。


「今日はここまでにしましょう。次に会う時を楽しみにしておきなさい。

 本当の絶望を教えて差し上げましょう!!」


 転移魔法の光に包まれながら、そう言って笑ったガイストとブリジットは一瞬で搔き消えた。

背中を強打して動けなくなった私の側に、ナイマがふわりと空から降り立った。

 彼女は痛みで咳き込んでいる私の背中をさすりながら、衣服をボロボロにしながらもフラフラと立ち上がる怜や、C2を背負ったニコ達に軽く手を振り、彼らに聞こえないよう私に呟いた。


「ロウ、あいつら手強い。次は死人が出る」

「ゴホッ・・あ、ああ、わかっている。王剣も奪われた以上は勝てる見込みが大きく減ったな」

「・・・なんとかなる?」

「わからん、今は方法も思いつかない」


 そう言いながらナイマの肩を借りてなんとか立ち上がった私達の元へ、皆が近づいてくる。

全員が満身創痍、そして暗い顔をしていた。

 伝承の王ブリジット、失われた英雄の存在が大きく我々にのしかかる。彼女と王剣、闇の貴族であるヴァルフォルとガイストの存在。そして、アンデッドの女王。

 近づいた希望は、絶望へと姿を変えてしまった。だが、それでも諦めるのはまだ早い。


「だけど、何かあるはずだ。私達が生き残り、この森から出るためのチャンスが、必ず」


 私は自身へと言い聞かせるように、言葉を続けた。


「だから、今は帰るぞ。本当に何も出来ないのかは、やってみなくちゃわからないだろう?」


 そう言って私はナイマに、無理して作った笑顔を向けた。諦めるのは早い。

次を楽しみにするのは貴様だ、ガイスト!!

 私はそう胸の中で叫び、仲間と生き残った事を喜ぼうと歩き出した。


 決戦の時は、近い。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ