1章『スリーピングフォレスト』♯24
ついに王剣『キーブライト』へと至る道が示された。
様々な日常から垣間見える、リアルとの差異にロウの心は揺らめきながらも、その足は前へと進む。
果たして目覚めし王が剣を手にする時、いったい何が起きるのか?
そして闇の子爵、ヴァルフォルの目的が明らかに!
スリーピングフォレスト編、クライマックスに突入。
書き方も最終的な変更を終え、スマホに合わせたものから通常に戻しております。
やはり自然と書ける方がイメージに近い文章を描けると痛感しております。
では、お楽しみください。
♯24 剣の王
寒い。
木々の間をすり抜けてくる風は冷たさを増している。それらは何が憎いのか、剣を振る私に纏わりつくように通り過ぎては、せっかく温まった身体と汗を冷やし、やる気を削いでくる。
私は負けじと剣を振る速度を上げるものの、それをあざ笑うかのように風は強さを増した。
自然にケンカを売っても勝てないと諦めた私は、最近配布するようになった厚手のコートに身を包み、少し休憩することにした。温かいものを飲みたかったが、残念ながら私は魔法が使えない。
魔石を使って湯を沸かすことも出来なくはないが、そんな贅沢な使い方など許されるはずもなく。
ため息をついた私は、仕方なく昨晩沸かした湯の残り、今はすっかり冷めている白湯を口に含んだ。火照っていた身体が急激に冷まされていくのを感じる。
我々がこの森に召喚されてから、もう1ヶ月も経つ。あの時はまだそれほどでもなかった気温は、近頃、急激に我々を苦しめるようになってきた。特に、今のように朝早くから鍛錬する者にとっては。
ダークエルフ救出ミッションにおいて、我々は敵の首魁と思われる闇天使と遭遇し、その首級を挙げる事こそ出来なかったものの、約100名程の戦力で5倍以上の敵を壊滅させ、ゴーレム一機を破壊。
無事にクエストアイテムと思われる宝玉の欠片と、ゴーレムの搭乗者であり、火系統の魔術師でもある二人目のホムンクルス、通称フィフスの確保にも成功した。
彼女は一人目であるフォウと同様、この世界で幼くして命を失った普通の子供だ。ただ、彼女の家は裕福な魔術師の家系だったらしく、その性格はわがままそのもの。頭は良いのだが、扱いは困る。
期待していた怜さんも「子供にセクハラするのは気が引ける」と、どちらかというと甘やかしているし、ニコは相変わらず空回りしているので教育係というより本人に教育が必要なレベルだ。
昨日も門を突破された時を考え、防衛柵を構築していた現場で爆発事故を起こしている。負傷者は少数だが、とりあえず魔法を斬る時は周囲を確認するよう叱った。そもそも斬れるんだな、魔法。
結局は私が彼女の教育係も兼ねることになったが、子供を育てた経験も無い私にどうしろというのか。幸いにもフォウもフィフスも私には忠実で、起こす問題も私のために、という理由が大半だ。
彼らの存在意義が私に仕える事という、その一点しか無いのがそうさせている。
不愉快だ。
子供は外で遊んで友達を作るのが仕事だろう、大人に仕えるのは大きくなってからで十分だ。嫌でもそうなる。なぜ子供は早く大人になろうとし、大人になって子供に戻りたいと思うのだろう?
「まったく、思うようにいかないものだな」
私はため息と共に言葉を吐いた。
何とか長老たちを説得し、プレゼンで王剣の捜索部隊を出すことに賛成させた。
私なりの考えはその時に話したが、実は話していない疑問もある。
『なぜ、王は眠らされたのだろうか?』
本来なら、この隔離された空間で一生を終えれば事足りるはず。なのにわざわざ王剣などを造り、目覚めたら森から出られるなどという演出まで用意し、その目覚めを待つような試練をフォウ達に課したのか。
そもそも目覚めさせる前提で眠らせるというのもおかしい。普通なら寝てる間に死んでしまうし、それなら最初から起きていても、いっそ命を奪えば良いと思うんだが。まさか1000年後に私がこの世界へ召喚される事を予期していたとは思えないし、何らかの意図があると考えた方が良いだろう。
つまり、殺すわけにはいかず、起きていてもらっても困る。だが、将来目覚めさせたい。
そんな存在だと仮定できるだろう。つまり・・・
「王は、・・今も生きて眠っている?」
「どうしたんだロウさん?稽古は終わりかい?」
いつの間にか少し離れて鍛錬を続けていた怜さんが、すぐ目の前で不思議そうにこちらを見ている。この寒い中で上半身裸、下は袴を履いている。最近は装備を新調したせいで、普段は黒のハイドアーマーに身を包んでいるため、侍というより某有名RPGのイケメンボスキャラのようになっているが、本人は「いざという時に素早く脱ぎにくい」という理由で和服にこだわっていた。なんだその理由。
「怜さんか、いや、少し考えことをね・・」
「ふむ、まあ男子たるもの悩みの一つや二つはあるだろうが、それにしても長かったぞ?」
「ああ、自分で出した仮定に少し驚いていたのもあるけど、大丈夫だよ。心配いらない」
ならいいんだが、と、怜さんは相変わらず心配そうにこちらを見ていた。
この人は普段はただの変態だが、妙に気がいいというか優しいところがある。人が悩んでいるのを見て放っておけないのだろう。けど、深く聞くこともない。話すのを待ってくれるタイプだ。
「可哀想にな。こんな時代、優しい人間は早死にする」
なんかのアニメで聞いたセリフが頭をよぎってゾッとする。だが、こういう状況でこういう事を思うのは流せる事ではない。なんの理由もなく頭に浮かぶわけではないからだ。
私は怜さんの表情を伺うが、きょとんとした顔に死を連想させるものはない。これでも私はそういうものに敏感だ。身近に死が迫っている人間は、その揺らめきが表に出る事がある。
ならば、彼の行動がそれを連想させるのだろうか?いや、特に変わった事はないが・・。
「どうしたんだ?ますます変だぞ?まさか・・いや、すまん。俺はノーマルなんだ」
「何を言っているのか。大人になってぞーさんぞーさんとかする人間はノーマルではない」
「あれは腰の関節をほぐすストレッチだ」
「あなたの頭をストレッチした方が良いと思う」
私は眉間に手を当てて少しでも頭痛が治るよう祈る。最近はニコの空回り、フィフスの暴走と並んで怜さんのセクハラ行為が苦情ランキングの3位に入っている。いちいち私の所にその状況を説明しにくるミリィが嬉しそうなのは気のせいだろう。あれは一種のワーカーホリックだ。そう信じたい。
だが、少し気がまぎれたのは事実だ。彼の行動に賛否は分かれるが、その後になぜか状況が改善されるケースが多い。絶え間なく続く緊張感をほぐしていると言っても過言ではないだろう。
まさか、それを考えてわざとそのような行為を?
「怜さん、あなたにとって変態行為とは何だ?」
「決まっている、趣味とライフワークだ。そしてその向こうには変態芸術な世界があるんだ!!
肌をさらし、肌に触れることで俺は世界と一体となって昇華されるんだよロウさんっ!!」
私がバカだった。この人はただの変態だ。
ロダンの考える人を思わせるポーズが最近の私にとってテンプレ化しているが、これも一種の芸術なのだろうか?おお、ロダンよ、キミは一体何を思ったのか。今なら私にも理解できそうだ。
だか、少なくとも考えるのが無駄なのははっきりと自覚している。私は立ち上がり、コートを脱いで練習用の歯引きしてある剣を手にした。
「怜さん、せっかくだし立ち合いしない?どうせ一緒に稽古する相手もいないよね?」
「人をぼっちみたく言わないでくれ」
「だってマンマゴルは最近ナルルースと稽古してるんだろう?ならぼっちじゃないか」
「うーむ、あの二人がくっつくのは予想外だったよ。まあ、主にナルが強引に誘ってるが」
「変態より真面目なマンマゴルの方が良いと思うよ。少なくとも苦情はこない」
「ロウさん、ちょっと目が怖いんだけど?」
「問答無用、いざ、尋常に勝負いたせ!!」
「ちょっ!ちょっと待って刀取って来るからぁ!ってギャーースッ!!」
とりあえず逃げる怜さんに一撃をくわえて鬱憤を晴らした私だが、怜さんが刀を持ったその後は一方的に押され続けた。魔力強化無しでもこれか・・本当にPvP下手だな私は。
だが、少し気が晴れた。これから向かう王剣探索も、少しは気分良くできるだろう。
私はよく晴れた空を見ながら、こういった朝も悪くない。そう思っていた。
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「クソッタレがっ!!」
茶を給しに近寄ってきたコボルトを蹴り飛ばした男は、それでも収まらぬ怒りを周囲にぶつけていた。掴んだ酒杯を投げつけた窓は割れ、この古城のテラスにあたる所にまで飛び、転がった。
「おい!!もういい加減に構わんだろう!?奴らを皆殺しに出るまで十分に待った!!」
「・・・いえ、まだ時期ではないと愚考します。少なくとも王剣が見つかるまで・・・」
「貴様、この俺に意見を言うのならば答えは是のみとしろ、死にたいのか?」
「いえ、滅相もございません。子爵殿下のおっしゃる事はごもっともでございます。
ですが、我らも彼奴らの力を侮っておったのも事実でございます」
蝙蝠のような翼を持つ男はそう言って頭を下げる。
殿下と呼ばれた男、ヴァルフォルは自らの所領から連れてきた魔族の男、ガイストを睨みながらもその意見に一理あることを認めていた。ダークエルフにウッドエルフが合流することは想定していたが、まさかあのようなイレギュラーが混じっているとは思わなかったのだ。
ロウと名乗った、まるでヒューマンの少女のような外見をした男は、思いもかけぬ奇策を用いてこちらに大損害を与え、とっさに緊急帰還の魔法をヴァルフォルに使わせた。貴重なゴーレムを一体失ったこともあって、彼は拠点である古城に戻った後も大いに荒れたが、とにかく失った戦力を補充することを優先した。そして戦力の補充を、主にスケルトンとダークエルフのゾンビだが、済ませた今こそ雪辱を晴らべく意気込んでいた。誇り高き闇天使である彼にとって、あの敗走は屈辱以外なにものでもない。
だが、高位の死霊魔術師であるガイストにとって、あの程度の戦力は消耗品に過ぎない。むしろ敵の主力を確認出来たことで十分に役目を果たした、と考えていた。
「殿下、我々の目的は王剣を手に入れ、例の物を我らが手中に収めることでございます」
「わかっている。だがその王剣は姿形も見つからんではないか!?」
「恐らく、我らでは条件は満たせぬのでございましょう。理由はわかりませぬが」
「ふん!だから奴らに見つけさせようと言うのか?貴様は?」
「その通りでございます。見つけ出せさえすれば、こちらには此奴がおりますゆえ・・」
そう言ってガイストはその細く角ばった指先を濃緑のローブを纏う人物に向けた。
今までのやり取りにも一切参加せず、沈黙を守っているその姿は、まるで部屋にある石像のよう。
同じくローブ姿のそれに目を向けたヴァルフォルは、フン!と再び鼻息を荒くしてガイストに怒鳴りかけた。しかし、ガイストはそれを手で押しとめるという失礼な行為で遮る。
「失礼、殿下のお気持ちは痛いほどわかっております」
「ほほう、ならばこの欠陥品に期待をかける無駄もわかるだろう?すでに他のゴーレムの指揮権は
この俺に移っている。すでにコレには何の価値もないではないか?」
「いえ、まだ使い道はございましょう。こと、王剣の場所がわかった今では」
その言葉を聞いて驚くヴァルフォルに、ガイストはニヤリと歪んだ笑みを見せた。
「敵に侵入した者から連絡がありました。奴らは手がかりを掴んだようでございます」
「・・貴様、俺に無断で手勢を動かしていたのか?」
「これも殿下の偉業を達成せんがための事、お許しくださいませ」
そして再び仰々しく手を胸に当てて頭を下げた彼は、自らの主人を満足させるべく言葉を発する。
それは、氷のように冷たい喜び、嗜虐に満ちた響きで主人の耳に届いた。
「此奴に最後の任務を。傀儡は最後まで踊ってもらわねばなりませぬゆえ」
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「ロウ、お肉は持った?」
「なぜ私がお前の肉まで持たなければならないのかわからないが、持ったぞ」
「ロウ、果物もちょっと欲しい」
「珍しいな?ならミリィから少し分けてもらおうか」
「昨日食べたら美味しかった」
「前はデザートより肉だったのにな。いつの間に好みが変わったんだ?」
「時代は進歩している」
「もっともらしく言ってるが、食欲だからな?」
私とナイマは部屋で身支度をしながら、そんな下らない話を続けていた。
ニコ達や怜さんと合流しても、私達は同じ部屋で暮らしている。まあ、別の部屋にしてもナイマが忍び込んでくるので諦めたんだが、今では一緒にいるのが当然といった雰囲気すらある。
以前に怜さんから恋人か夫婦のようだと言われたが、私は違うと思う。
私たちの間にあるのは、欠けた何かを補う関係だ。彼女と私には共通点がある、だからこそ共に在るのが心地良いのだ。例えそれが、ただの代替行為だったとしても。
「何だか嬉しそうだな、ナイマ?」
「あそこに戻るのは久しぶり」
「そうだな、もう一ヶ月以上経つからな」
最初は殺されそうになったものの、あの時に鍛えられたおかげで今がある。そして、話してくれた過去。私は彼女を単なる仲間として見られなくなった。彼女を故郷に帰す事は、今の私の目標だ。
目標があるのはいい、毎日に張りが出る。老人のように疲れ果てるのは、まだ先でいい。
「さて、準備完了だ。行くぞナイマ」
「おんぶ」
「お前は背中に生えてる翼を役に立てるべきだと思う。てか嫌だ」
「わかった。おんぶ」
「何がわかったのか教えて欲しい」
ナイマと荷物を背負って樹の幹に続く階段を降りていく。途中でエルフのおばさんに挨拶しながら、まるで子供を幼稚園に連れていく主夫のような気分で集合場所へ向かった。
途中でニコが「わたしもおんぶーーっ!!」とかほざいていたが、幼児化しているのは頭だけだと気づいて欲しい。私の鍛錬は朝だけで充分なのだ。そしてC2さんも物欲しそうにこっちを見るな。
今回の行動も少数だ。私、ナイマ、ニコ、C2、怜さん、そしてフォウとフィフス。これらプレイヤーを中心としたグループに、ミリィとイズ兄さんに加えてギルノールとエレノール、そしてサイロスが付いてくる。この12名で全てだ。他は全員村に残してある。
これは近日中に敵が動きだす事を想定しての事だ。さすがに敵も戦力を整えただろう、村はすでに相当な要塞化が進んでいるが、それでも圧倒的な劣勢にあるのは変わりない。
ミリィとイズ兄さんを残すという選択肢もあったが、場所が場所だけにウッドエルフを入れないわけにはいかない。しかしダークエルフがそれに黙っているわけもない。結果、こうなった。
こんなに指揮官クラスを抜いてしまって大丈夫なのかと心配になったが、防衛隊長についたスーリオンが言うには、こと防衛に関しては村に残っていたメンバーの方が向いているので安心しろ、という事らしい。確かに我々が留守にしている間、彼らはその訓練ばかりしていたのだから理解できるが。
皆に送られて、すっかり葉が落ちた森を歩きながら祠へと向かう。
季節は短い夏と秋を終え、長い冬に近づいているとイズ兄さんが前で話していた。伝承にある王国、その名をソルディアと呼ぶその国も、それを攻めていた北東の蛮族も冬になれば動くことも叶わず、戦うべき相手は等しく厳しい寒さと大量の雪となったのだよ、とゼイゼイと息を乱しながらサイロスがうんちくを語る。いや、しんどいなら喋るなよと言いたいが、この男は沈黙より苦痛を選ぶらしい。
なんでこのおっさんが付いて来るのか、それは長老たちの意向だ。要は若い者ばかりに任せておけないという意地もあったのだろうが、大部分はサイロスの好奇心から発する裏工作によるものだろう。
慣れない肉体労働にヒィヒィ言いながらも必死で付いて来るその姿。これぞMAD、自らの好奇心と探求心を満足させるためには、例え自らも他人も犠牲にする事すら厭わない。
だが、よだれは拭いてくれ。気持ち悪いから。
「ロウ、休憩はどうする?流石にもう半日近く歩いたんだ、そろそろ良いと思うが」
「ここは我々の勢力圏だけど、流石に疲れててはトラブルも起きかねないかな?
わかった。昼食も兼ねて休憩しよう」
そう言った私の声を聞き、サイロスはその場でバタン、と意識を失って倒れた。
うむ、気絶するほどに頑張るとは。さすがと言おうかなんというか、気持ち悪い。それにヒクヒクしてるところも見たくない。ナイマが枝を持ってツンツンしてるのを怜さんがやめなさいと止めている。
少し遅めの昼食をとる私達は、まだフラフラするサイロスにポーションを飲ませてから話し出す。
「王さまの剣ってどんなのだろうなー?やっぱりスゴいのかな?ビーム出たり?」
「ニコ、それは多分もう剣じゃなくなってると思うぞ。特にそんな記述も無いし」
「まあ、普通に考えればクエストアイテム程度の性能だろうな、レアだろうけど」
「怜さんもそう思う?私も武器としてより象徴的なのを想像してるけどね」
「えーっ、つまんないよー!」
「全部がエクスカリバーみたいな剣なわけ無いだろう?特殊な機能とかありそうだけど」
「確かにありそうだね。あ、ミリィさん良いのを持ってきたんだ」
「どうされました?怜様?」
「ほら、この極太ソーセージを頬張ってくれないか?俺が手作りしたんだが」
「おい、怜殿!」
「申し訳ありません、私達ウッドエルフは野菜や果物の食事しかとりませんので・・」
「ならこのバナナに似た果物を頬張ってくれないだろうか?これも俺が木に登って」
「怜殿!!あなたは私の妹に何をさせたいのだ!?」
「いや、これは純粋な行為・・いや好意によるものだ!決してやましい気持ちは」
「むしろやましい気持ちしかないじゃないか」
「わたしが食べるーーっ!!」
「ニコはリンゴでもかじってろ」
「えー、バナナーバナナー!!」
通常運転の怜さんをサラリといなすミリィはともかく、イズ兄さんはお怒りだ。
ちなみにこれは最近の食事で良くある日常風景だ、むしろ怜さんの努力を評価すべきか迷う。
結局はソーセージもバナナもなぜかC2さんが黙々と平らげ、それを見た怜さんがフォーッ!!っと奇声をあげていたが、隣でフォウがビクッとしていたので少し笑った。フィフスは蔑んだ目で怜さんを見ていたが、それすらもご褒美だと彼は喜んでいた。うむ、今日も調子は良さそうだ。
私たちは昼食を終え、再び祠へと歩き出した。
こういった道中は、実は結構好きだ。
旅をする、というのは男子にとっての夢でもあるが、それはどうやら女子も同じらしい。
ちゃんと準備を整えている、という前提はあるが。
こうやって皆で話しながら歩くというのは、実はそんなに機会はない。学生だった頃ならまだしも、大人になった我々は目的のために移動という手段を高速化させていった。結果、共に歩くという行為自体が親しいもの限定となりつつある。友人や仲間と一日かけて歩くなど、ほとんど無かった。
いつも通りテンションの高いニコが隣を歩き、その横でC2がうんうんと頷きながら歩いている。
逆を見るとナイマがオレンジのようなものを摘みながら、こっちに差し出してくる。
怜さんは前でイズ兄さんの説教をげんなりしながら聞いていて、それをミリィがクスクスと笑って見ている。サイロスは既にイズ兄さんが背負っている。意識はまだ無い。
口に広がる酸っぱい味に顔をしかめながら、それを見てニヤリと笑うナイマや他の皆を見て、ちょっとこの世界に来て良かったと思ってしまった。
だが、そんな時間にも終わりは訪れる。私たちは祠へ到着した。
「着いたな、ここが闇神様の祠だ」
「へー、私たちが来た時と同じかんじー」
「・・・」(コクコク)
「俺が来た時もこんな場所だったな」
「関係あるんだろうね。さあ、中に入ろう。この奥に例の女神像があるんだ」
そう言った私を先頭に、一行は小さな広場から大きな広場に移動する。ナイマは少し目を細めて小さな広場の祭壇を見ていたが、やがてこちらを向き、少し微笑んだ。
私はその笑顔を見て少しドキッとして、その気持ちを隠すように女神像を目指した。
記憶通りの場所にあった女神像は、相変わらず周囲の水に反射された光の揺らめきに照らされて、神秘的な雰囲気を醸し出していた。何かを抱くようなその手は、今見るとちょうど宝玉の欠片を置けるように少し開いている。私は女神像に近づき、ナイマに欠片を渡す。
太陽の傾きを見て、東の手には森の西にあったドワーフのダンジョンで手に入れた、やや紫の混じる欠片を。西の手には森の東にあったダークエルフの祭壇に祀られていた、ゴーレムと同じく真っ赤な欠片を置くようにと指示し、ナイマは翼を広げて少し宙に浮き、ひとつ、またひとつと女神の手にそれを預ける。
二つとも置き終えたナイマは私の側に降り立ち、再び我々と共に女神像を眺める。
だが、何も起きない。
私の勘違いだったのか?そう思った矢先、水面から反射した光が強くなっている事に気付いた。
女神を囲うその水面は、徐々に光そのものと思えるほどの輝きを放ち始め、その輝きに呼応するかの如く二つの欠片も赤い輝きを放ち始める。
私たちが呆然とそれを見守る中、二つの欠片は紅い光の玉と化し、やがて女神の手から離れてお互いが引寄せられるように近づいていく。そして、二つの光は一つになった。
その胸に真紅の輝きを抱き、足元から黄金の光に照らされる女神は、微笑んでいるように、また嘆いているようにも見えた。それは闇神の心か、それとも別の意味を持つかのようにその眼に涙を浮かべる。
いや、涙ではない。
その眼も足元と同様に光を放ち始めていたのだ。
胸元に輝く真紅の光はやがておさまっていき、そこには小さな親指ほどの宝石が残される。
そして女神の眼が放つ輝きは強さを増し、キィーーーン・・という甲高い音と共に一閃、レーザーのような黄金色の光が放たれ、真っ直ぐに森の方向へと向かっていた。
足元の光は収まり、眼から放たれていた光線も徐々に薄まっていく。その中で輝きを失わない真紅の宝石が、ゆっくりと、ゆらゆらと頼りなげに私の元へと向かってくる。
思わず手に取ろうと差し出した私の手のひらに、その宝石は近づいて・・ポトリと落ちた。
「・・・・・」
「・・・これは・・ファンタジーだな・・」
小さく呟いた怜さんの言葉が、黙り込む皆の気持ちを代弁していた。
私は仄かに暖かいその宝石を握りしめて、皆の方を向いた。
ニコはスゴいものを見た!!といった表情で眼をキラキラとさせ、頬を紅潮させていた。
C2は未だに女神像から眼を離さず、わずかに身体を震わせている。
怜さんは少しホッとしたようにこちらを見て微笑んでいる。
ナイマは・・震えていた。まるで何かを祈るように、その手を握りしめて。
「・・たぶん、今、光が指し示した方向に王の剣があると思う。行こう」
私は森に向かって歩き出す。まだ終わってはいない。
慌てて付いてくる皆の気配を感じながら、私は先ほどの光景を目にして震える自分を感じていた。
私は、とんでもない事をしようとしているのかもしれないと、恐れていたのだ。
普通に生きてきた人間にとって、手に余る光景。自分の人生が思わぬ方向に転がり落ちようとする、そんな恐ろしさに震えが止まらない。覚悟はしていたつもりだった、だが足りなかった。
あんな光景を現実とするこの世界に、初めて恐怖を抱いた瞬間だった。
だが、そんな私の震えていた手を握りしめる存在に、ふと気づいた。それはいつの間にか隣にいたナイマの手だった。彼女は私の隣で、心配そうにこちらを見ている。
そうだった、彼女はもっと早くにこの恐怖と出会っていたに違いない。他ならぬ黒い翼を持った彼女は、きっと、自身がかつて人間だった自分と別物となってしまったことに気づいてしまったのだろう。
この胸にある恐怖、それを知っているものだけが気付ける震えを、彼女が止めてくれたのだ。
私は知らずに早めていた歩みを、ゆっくりと戻していった。
「・・・ありがとう、ナイマ」
「・・・ん」
私の礼に短く答えた彼女は、照れたように手を離した。
そして追いついてきた皆と共に、森をゆっくりと進む私たちは、見た。
森の奥に、膝ほどもある岩が埋まっていて。
それに真っ直ぐ突き刺さる、一本の剣の存在。
王剣『キーブライト』は、初めてその姿を人の目に現した。
1000年の時を超えて、まるで長い眠りから覚めるかの如く。その黄金と白銀によって飾られた長めの柄を輝かせながら、その剣身を晒していた。
「あれが、キーブライト・・」
「おお、おお!あれぞ伝承にある神々が造りたもうた王の証!眠りから覚ます黄金の鍵!!」
「サイロス、お前気づいていたのか・・」
「兄様、落として差し上げましょう」
「ちょっと待てこの状況で・・ウギャッ!?」
「ロウさん、あれって抜けって事じゃない?」
「まあ、ベタな設定だがそうだろうな」
「うわー、いいなぁー!私も抜きたいなー!」
「俺も挑戦して良いかな?」
テンションが上がってきた私達は、誰が最初に挑戦するかジャンケンを始める。何をしているのかわからないイズ兄さんやミリィが生温かい目でこちらを見ている時、突然、シャン!!というミスリル独特の澄んだ金属音と共に、ナイマが腰の剣を抜き払っていた。
「誰?そこにいるのはわかってる」
そういうナイマの声に反応して、私たちも一斉に武器を構える。森の奥を睨みつけるナイマ、その視線の先から、ゆっくりと人影が近づいてきた。
「ほほう、私の隠蔽魔法を見破るとは・・驚きましたねぇ。それもまさか闇天使とは・・」
森から姿を現したのは、黒い蝙蝠のような翼を持つあのヴァルフォルに似た軍服に身を包んだ男と、かつて見たローブ姿だった。彼らはゆっくりと王剣へと近づいていく。
「名乗らせて頂きましょう。私はガイスト、男爵の階級を持つ魔族でございます。
特技はそうですなぁ・・精神と魂を扱う事ですかな?フフフ・・」
そう歪んだ笑みを浮かべながら名乗った魔族、ガイストはナイマを見て言葉を続ける。
「主人から伺っておりましたよ、闇天使。貴女は念入りに苦しませてやると伺っております。
私はまさか主人の他に、高貴な闇天使が居られるはずがないと申し上げたのですが・・」
「おい、それ以上剣に近づくな。それはここにいるロウのものだ!」
「黙るがよいウッドエルフ、お主のような下等種族に話す言葉などないわ」
「なんだと・・貴様・・っ!!」
「お主など、そやつと遊んで居ればよい」
そう言って指差したガイスト。槍を構えたイズ兄さんは振り返った瞬間、全身を炎に包まれた。
「お兄様っ!?『アクアシュトルム』っ!!」
「ほほう?対抗魔術で消すとは・・しかも無詠唱。やりますなそこのお嬢さん。
まあ下等種族同士ですからちょうど良いでしょうなぁ!」
炎に包まれたイズ兄さんを水の渦が包み込み、消火させる。全身に火傷を負い、倒れようとするイズ兄さんを抱きとめたミリィは、火系統第3階位魔法『フレイムピラー』を放った男に向かい、叫んだ。
「なぜ!?なぜ兄さんを!?サイロスさん!!」
「・・・・・」
虚ろな眼で再び詠唱を開始するサイロスは、まるで人形のように再び手に持った杖を今度はミリィに向ける。だが、その魔法は放たれることもなく、一瞬で寸断された杖と共に宙に魔力として舞った。
「操られているぞ!油断するな!!」
「怜さん!サイロスを頼む!」
「任せてくれ!ロウさん達はあの魔族を!!」
そう言ってサイロスを引き止める怜さんを背後に、再びガイストと向き合った私達。
サイロスは嬉しそうに笑って、背後でミリィに治癒魔法をかけられるイズ兄さんを眺めていた。
「クククククッ!どうですか私の精神操作は!なかなか仕込むのに苦労したのですよ!?」
「貴様、サイロスに何をしたんだ!!」
「フフ、簡単なことですよ。逃げるダークエルフの一人に傀儡を潜り込ませまして、
そやつからその男に乗り移らせたのですよ。私が召喚した上位の悪霊をね」
「っ!?まさかあのベアーの村にあった儀式の跡も、貴様がやったのか!?」
「おや?気づかれていましたか。その通りですよ。あの熊どもは生きたまま忠実なアンデッドに、
その魂は我々の目的の為に利用させて頂いておりますよ?」
ペロリ、と舌で唇を舐める魔族に怖気が走るが、そうこうしているうちにローブが剣に近づいていく。私はそちらに向かおうとしたが、ガイストは素早く腕を払い、数体の悪霊『デスサイズ』を呼び出した。手に鎌を持つそれは死神と呼ばれる上位のモンスター、ゲームでも中ボスクラスの強敵だ。
「邪魔されては困りますね。なに、私の目的もあの剣なのですよ。ここは譲って頂きましょう」
「お前たちの目的とは何だ!?この森から出ることなのか!?」
「失礼な、我が主人ならばこの程度の結界に穴を開けることは造作もありませんぞ?
もっと崇高な目的の為に我が主人は大量の魂と、剣を欲しておられるのです」
「・・・何をするつもりなんだ、お前達は」
「ふむ、まあお教えしても良いでしょう。どうせ貴方がたは亡くなられますしねぇ。
我が主人の目的は、この森に封じられたアンデッドの女王を目覚めさせる事です」
「アンデッドの女王だとっ!?」
まさか、そういう事だったのか!?
おかしいとは思っていた。なぜ国を救おうとする王を森に閉じ込める必要があったのか?神に祈るほどの強力な敵はどこに消えたのか?そして目覚めさせる条件として、なぜ剣を造ったのか?
答えは、そういう事だった。王は二人居たのだ、国を滅ぼされかけ、神に祈ったソルディアの王と、それを攻め滅ぼそうとした強力な蛮族、そしてその蛮族の王こそが・・・!?
「アンデッドの女王・・眠れる森の女王か!!」
「その通りです。貴方もこの地の伝承はご存知でしょう?あれは解放の唄ではなく、警告。
再び目覚めるであろうアンデッドを、再び封じ込めるためのものですよ」
「ならば、なぜあのような唄に!?まるで救国の王が現れるかのような・・」
「現れる予定だったのですよ、本来ならば、ですがね」
クックック、と再び笑い出し、視線を剣へと向けるガイスト。それにつられて私もキーブライトの方を見た。そこには、剣の柄に手をかけようとする濃緑のローブがいた。
細く、白いその手を柄にかけた瞬間、全身を纏っていたローブが吹き飛ばされるほどの暴風が吹き荒れる。それは透明でありながらも金色の光を放つ竜巻のようであり、天女が纏う羽衣のようでもあった。そしてローブの下から現れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ、一人の女性の姿だった。
「見なさい!私の傑作を!!1000年の眠りから目覚めぬまま、その魂を我が傀儡とされた
初代ソルディア騎士王国の王、ブリジット・アーク・ソルディアが王剣を手にする時を!!」
両手を広げて叫ぶガイストの言葉に、私はまたも自分の甘さに衝撃を受けていた。
そう、何も対抗策を用意していないわけがなかったのだ。封印したアンデットの女王を討ち果たすべく、同じく眠りにつかされた救国の騎士王、光の神が交換条件とした、唯一の対抗策。
その豪奢な銀色の髪をなびかせて、その騎士は剣を引く。ゆっくりと抜かれていく王剣キーブライトは、やがてその剣身からも光を放ち始め、そして完全に抜き去られた時、目覚めた王は完璧となった。
天高く剣を構えるその女性は、光を纏いながらも・・虚ろな眼でこちらを見る。
何も映さぬその瞳は、泣いているようだった。
伝説の王は現れた。
だが、それは・・目覚めぬままに人形と化した、かつての英雄だった。
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