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貴方の人生、おかりします。  作者: 松城士斗
一章 四月の出逢い
4/5

思っているほど嫌いじゃない

 多くの小売店が立ち並ぶ、國川通り。国鉄の國川駅から私鉄の西国川駅の間を結ぶ、広くて長い通りだ。


 國川駅を出て左へ進んでいくと、エスカレーター式で進級出来る私立光鳳学園初等部・中等・高等部がある。右に進んでいくと、國川市立第二中学校。通りを真っ直ぐ進んでいくと、始めに私立築並幼稚園が右側に見えてくる。もう少し進んでいくと、清端公立大学が道路を挟んで建っている。通りの終点、西國川駅近くには公立國川高校が、左側にある。


 私立公立、合わせて5つの学校がこの國川通りに面している。そのためか、國川通りは”学園通り”という別の名も付いている。ちなみに、この近辺を利用する人は学園通りと呼ぶ方が多い。


 学園通りに学校が面している電車通学の生徒のほとんどは、登校時のみ私鉄の西國川駅を利用している。国鉄が通勤ラッシュの時間帯に走らせる通勤特快は國川駅には停車せず、さらにその時間帯は國川駅に停まる普通電車の本数は少ないからだ。國川駅から西國川駅までは徒歩およそ20分で、國川駅に停まる電車を待つよりも、歩いたりバスに乗ったりするほうが効率が良い、と考える光鳳学園や築並幼稚園の生徒は少なくはない。


 そのため、朝の西國川駅周辺は多くの学生で大分混雑している。


 颯太はそんな國川通りの西國川駅方面に到着していた。時刻は8時15分を過ぎようとしている。


 颯太は周囲に知り合いがいないか確認した後、再びサクに小声で注意を促した。


 「サク、俺の自室以外の所では、絶対に、勝手に物を動かしたり触ったりするなよ」


 「はいっ」


 颯太の言葉に元気よく返事をするサク。幼稚園児に言い聞かせているみたいですごく不安だ、と颯太は心配した。怪しまれるような行動は出来るだけ取りたくないという気持ちが、果たしてサクに伝わっているかどうかは微妙だった。


 一方のサクは、國川通りの人の多さに目を輝かせていた。右を見ても左を見ても、人が絶え間なく流れている。颯太の背に体を寄せながら、サクはその光景を見つめていた。





 自転車をどんどん走らせ、着いたのは公立國川高校の校門前。いつもは数人の教員が校門に立って挨拶をしているのだが、今日は珍しく誰もいなかった。


 歩いてきた生徒と共に校門をくぐり、校舎の横にある指定の自転車置き場へと向かう颯太。できるだけ生徒と目が合わないように下を向きながら、自転車から降りる。


 『これはまた…すごい綺麗な学校ですね』


 颯太の背から離れたサクが、國川高校の校舎を見上げながらそう言った。


 國川高校は数年前に改装工事が終了したばかり。そのため外装は勿論、内装も新築同然の創りになっている。だが、60年以上の歴史があった校舎の面影が無くなってしまったことに、残念がる近隣の住民の方々や國川高校の元生徒は多い。


 自転車を停めた颯太は、そんな國川高校の校舎を見上げて言う。


 「学校ってこんなに嫌な所だったっけなぁ」


 そうして2人は、自転車置き場のすぐ近くにある裏口玄関から校舎へと入っていった。


 裏口玄関は用務員さんや教員達が使用する玄関で、本来は生徒は表玄関を使用しなければならない。


 しかし颯太には、表玄関で生徒と直接的に遭遇する勇気が無く、さらに表玄関に設置されている靴箱の自分の場所を知らない。怒られるのを覚悟で裏口玄関を使用した理由はこの2つだ。


 だが幸運なことに誰にも見つからずに、裏口玄関から校舎へと入れた。


 上履きに履き替え、履いていたローファーを上履きを入れていた袋に入れ、カバンにしまう。そして長い廊下を進んでいき、颯太とサクは1階にある職員室へと着いた。職員室の扉はボタンを押すと開くタイプの自動ドアだ。


 颯太はカバンを隅に置き、ドキドキしている心をドアの前で落ち着かせていた。頭の中で先生に伝えるべき言葉を練りながら、颯太は恐る恐るドアのボタンへと手を伸ばす。しかし、なかなかボタンを押す勇気が出ない。


 そんな颯太を見てか、サクはスッとボタンを押した。


 「颯太さんが押さないのなら、私が押しますね」


 そうして開かれたドア。心の準備が整っていなかった颯太にとって、これは予期せぬ事態だった。あまりにも衝撃的だったためか、練っていた言葉の数々はどこかへと消えてしまった。


 ーあれほど注意をしたのに、物に触るなと忠告したのに、アイツはまた勝手に行動して…。


 心の中で深くため息を漏らしながら、颯太は職員室の中へと入る。


 「2年の砥上です、北浦先生はいらっしゃいますか?」


 職員室中に響き渡る声。颯太のこの言葉に職員室にいる人達のほとんどが気付き、颯太の方へ一斉に目をやった。「北浦先生、生徒がー」という声が耳に入りながら、颯太は思う。職員室に入った時のこの視線は何年経っても慣れないな、と。


 「生徒って、砥上!?」


 北浦先生は颯太の姿を見た途端、すぐさま職員室の奥から走って来た。そして、走った勢いにのせて颯太を抱きしめた。


 「砥上、先生は今、ものすごく嬉しいぞ!砥上が学校に来てくれて、本当に…!」


 北浦先生はそう言って、さらに強く抱きしめる。颯太は北浦先生の腕を解こうとジタバタさせる。が、力は北浦先生のほうが遥かに上回っていた。


 北浦先生の担当教科は物理。とてもわかりやすくて丁寧な授業展開は、多くの生徒に好評である。おまけに身長が高く、この学校の男性教員の中ではダントツの美形で、年齢もまだ20代後半という若さ。性格も明るく、男女問わず教員からも人気がある。


 しかし、そんな人気の北浦先生でも難点はいくつか存在する。そのうちの1つは馬鹿力だ。今の颯太のような状態になってしまえば、抜け出すことは困難極まりない。


 颯太はどうにか抜け出す方法がないか、頭で様々なことを考える。が、そう簡単には出てこなかった。


 「おっ俺、先生から出席番号と座席を聞きに来ただけなんですけどっ」


 そして、苦し紛れに出したのはこの言葉。北浦先生はその言葉に「そうだった」と言って颯太から身を離す。再び職員室の奥へと戻っていく姿を見ながら、颯太は一安心し大きく息を吸う。


 「お待たせお待たせ。それじゃ、教室へ行こうか」


 深呼吸できたのも束の間、北浦先生はすぐに颯太の元へ帰ってきた。出席簿と、数冊の教科書を手に抱えて。


 「今までの配布物は帰りまでに用意しとくから」


 北浦先生はそう言って職員室のドアを開けた。颯太も北浦先生に続き、「失礼しました」と言って廊下へと出る。


 「そういえば…なんで砥上は今年も俺が担任だっていうことを知っていたんだ?」


 「毎朝必ず来ていた学校からの催促の電話が北浦先生だったから、なんとなく察しはつきますよ」


 「催促じゃなくて忠告の電話だ、もう何週間か休んでいたら留年か退学だったんだぞ」


 颯太は北浦先生の忠告を聞きながら、廊下の隅に置いておいたカバンを取ろうと身を屈める。しかし目に留まったのはカバンではなく、カバンの横で座り込んでいたサクだった。


 『おかえりなさいっ!』


 颯太の姿を目にした瞬間、飛び上がってにこやかに言うサク。その姿はまるで、ご主人様の帰りを待っていた飼い犬のそれだった。


 そんなサクの姿を見た颯太は無性にサクの頭を撫でたくなり、サクの方へと手を伸ばす。


 「砥上そんなとこで突っ立ってないで、早く教室行くぞー」


 だが、北浦先生の声で我に返った颯太。伸ばしていた手をカバンへ向け、持ち上げた。そしてサクに「行くぞ」と小声で言う。撫でられるだろうと期待していたサクは、ガックリと肩を落とした。


 「砥上、学校に行こうと決断したきっかけ…は、あったりするのか?」


 北浦先生と颯太は職員室側の階段から教室へと向かっていた。この國川高校の校舎には階段が5つ設置されているが、生徒がよく使うのはこの職員室側の階段と、表玄関の方にある階段の2つだ。


 颯太は北浦先生の言葉に「特にはないですね…」と濁す。死神に学校に行けと言われたから、なんて言っても普通の人は信じないだろう。後ろから付いて来るサクを見ながら、颯太はそう思った。


 「さっきの問なんだが、砥上は去年と同じクラスと出席番号、1組12番だ。靴箱は412番で…って、靴はどうした?」


 北浦先生に見られ、一瞬心臓が飛び出そうになった颯太。裏口玄関から入ったと知られたら雷が落ちるだろう。颯太は絶対に気付かれまいと、何食わぬ顔で言う。


 「カバンの中に入っています」


 「そっか、じゃあ後で入れておけよ。教室は去年と同じで2年生は3階。教室内の座席は…っと」


 そう言いながら、北浦先生は出席簿表面を颯太に見せる。


 「この席順は始業式の時にくじ引きで決めたもので、砥上のくじは俺が引いておいたから」


 颯太は出席簿の表面に貼られた座席表をじっと見つめる。見ると颯太の席は一番後ろの窓側。前や真ん中といった目立つような席じゃなくてよかった、と颯太はほっとした。


 「教室に行く前にさ、1つだけ聞いてくれ」


 3階に着く前に、急に真剣な顔つきになった北浦先生。北浦先生が立ち止まったため、颯太も歩みを止める。


 「砥上のやりきれない想いは、俺だって経験したことがあるから良くわかる。でも、辛いことや苦しいことを経験してこそ見出だせる答えもあるはずだ。だからさ…勉強も大事だけど、それ以上に、今あるこの時間を大切にして欲しい。その経験を活かして次に繋がることもある、って先生はそう思ってる」


 この言葉を言い終えるとすぐに、北浦先生はいつもの明るさを取り戻した。そして颯太が言葉を発する前にこう言った。


 「まっ、何か相談事があれば、先生のところに来な。暇だったら相談に乗ってやるよ」


 「暇だったらって…いつでも相談に乗るのが教師としての務めなんじゃないですか」


 「あー…砥上のそういう捻くれているトコ嫌いだわ」


 「先生が余計な言葉を付け加えるからです」


 北浦先生と颯太は再び歩き始めながら、そんな大人げない会話をする。2人のそんな会話を後ろで聞いてたサクは、密かに呟く。『颯太さんが思っているよりも、嫌な所だらけでは無いと思いますよ』と。


 颯太の後に付いていきながら、サクは2人の表情を見ていた。笑顔が見えた颯太に、サクも自然と笑みが溢れていた。




 3階の廊下へ到着し、”2−1”という札のかかった教室の前に立つ3人。職員室側の階段は、2年1組の教室の隣に位置している。そのため廊下で生徒とばったり合う、ということは無かった。


 廊下にはまだ何人か生徒が残っているが、颯太達に気付く者は誰一人としていない。皆それぞれ、個々の会話を楽しんでいたり、教室に向かう途中だったりしていた。


 颯太は心を落ち着かせて、教室の後ろ側のドアに手をかける。ドアの小窓から見えるクラスの風景は、とても明るかった。


 北浦先生の先程の言葉に押され、颯太はドアをガラッと開ける。


 この苦しみはどうせ一瞬、長くは続かないはずだ。そう思いながら教室へと入る。


 すると、颯太の目に飛び込んできたのはクラス全員の顔。さっきまでは明るかった空気が、颯太の登場でみるみる変わっていった。


 何か悪い物でも見てしまったかのような、血の気が引いたような表情に、クラスの誰しもが変化していた。


 しばらくの静寂の後、クラスがざわつき始める。


 「アイツって、まさか…?」


 「もう立ち直ったのかな、それとも憂さ晴らしに来たとか?」


 「転校したっていう噂は嘘だったんだなー」


 口々に言い合う生徒。こうなるだろうと大方の予想がついていた颯太は、表情を崩さずに席に着く。


 前の席はおとなしめの女子。絵に描いたような真面目系な風貌の女子である。そんな女子でさえ、颯太が自分の椅子を引いた音に肩をビクッと震わせた。


 「ちょっと早いけどホームルーム始めるから静かにー!」


 クラスの雰囲気がどんどん悪くなるのに歯止めをかけたのは、この北浦先生の声だった。教卓を出席簿でバンバン叩きながら、静止を促す。


 クラスの生徒は皆その声を素直に聴き入れ、それぞれの席に着く。


 『隣の人は休みでしょうか?』


 サクはそう言って、颯太の右隣の席の机の上に腰をかける。クラス中の生徒は着席し、余っている机はそこのみ。


 本日の日直係の号令。日直係の「起立」という声にクラス全員が起立し、「礼」と言った後に「おはようございます」と皆が口を揃えて言う。颯太の横にいるサクもその例外ではなかった。


 『北浦先生って、良い先生ですね』


 颯太はサクのこの言葉に、軽く頷いた。


 窓の外の景色は、夏を迎える準備をしているかのようなものだった。3月の中旬からピンクの花を咲かせていた、校庭の端の方にある数本の桜の木。今では立派な緑の葉を付けている。


 北浦先生の「じゃ、着席して」という声で皆が座っていく。


 ー今日から毎日学校頑張りますか、ね。


 机に座っているサクを見ながら、颯太はそう思った。その表情は仕方無く、というよりもどこか胸を踊らせているようだった。


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