表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

プロローグ

 「早く起きなさーいっ!」


 ”彼女”はこう叫んで、俺がかぶっていた掛け布団を剥がした。


 徐々に暖かくなってきているとはいえ、まだまだ肌寒く感じるこの季節。部屋がいくら暖かくても、お布団の温かさには勝てるはずがない。軽くてフワフワしている、あのお布団に。


 そんなお布団は、俺のそばから離れていってしまった。あの温もりが恋しい俺は、仕方なく敷き布団の上で丸まってこう呟く。


 「あと、5分だけ…」


 「もうっ。また遅刻する気なの?」


 彼女の呆れた、という声。俺は聞こえないふりをして枕に顔を埋める。本当に5分だけでいいから、この温もりの余韻に浸っていたいんだ。


 こんな俺を見てか、彼女はとうとう実力行使にでた。カーテンを開き、窓を開け放ったのだ。


 日光の眩しさと風の冷たさで、一気に俺は目が覚める。


 「ふぅ、やっと起きた!ご飯、出来てるよ」


 「……おう」


 「今日のお昼のお弁当には、あったかーいシチューも用意したからね」


 笑顔を浮かべながら彼女は言う。


 俺は彼女の作るシチューが昔から大好きだった。よほどのことがない限り失敗しない料理だが、何故か彼女の作るシチューは格別なものだった。きっと、俺の好きな具材がぎっしりと詰まっているからだと思う。


 心の中で「よっしゃ」と喜びの声をあげ、平然とした顔で支度をし始めた。




 スーツに着替え、出かける支度が終った俺はリビングへと向かう。テーブルには既に息子が席に着いていた。


 「お前は早起きなんだなぁ」


 「あぃ!」


 俺の問に、右手を大きく挙げて返事をする息子。口には多くのご飯粒が付いていて、それがいっそう愛嬌がある。


 キッチンの方に目を移すと、彼女がリンゴを剥いていた。俺はテーブルにあるいつものお弁当セットを手に取り、「出かけるぞ」と彼女に言うと、「ちょっと待って」という返事がきた。


 すると彼女はキッチンから出てきて、「朝食は大切だよ」と言って、俺が持ってたお弁当セットにおにぎりを一つ入れた。


 「鮭おにぎり、通勤途中でもいいから食べてね」


 「サンキュー。じゃ、行ってきます」


 「気をつけて、いってらっしゃい」


 彼女の言葉を聞き、俺は玄関のドアに手を伸ばす。ドアを開けると、眩しい太陽の光が先に飛び込んできて……。








 …そこは、いつもの部屋だった。


 カーテンから差し込んでいる光がとても眩しい。


 手を伸ばした先に見えたのは目覚まし時計。時刻は7時を指そうとしている。


 「やっぱり夢、か…」


 横になっていた体を起き上がらせる。真横には乱雑に置かれた掛け布団があり、寝ている間に剥いでしまったんだな、と見てとれる。




 この世界が夢だったら、どんなにいいことか。後悔してばかりいるこの現実の世界より、夢の中のほうがずっといい。


 夢に出てきた彼女の顔は、もう薄っすらとしか思い出せない。それでも、この現実より充実していたことがわかる。…そりゃ夢だから当たり前か。


 …今日は何をして過ごそうか。


 家にあるゲームは既にやり尽くしてしまったし、ネトゲも長続きはしなかった。勉強も自分で出来る部分は終わってしまい、暇を持て余す毎日。


 かといって外出はしたくない。外に出たって、何か特別なことが起きるわけではない。自分の得になるような事も起こらない。それが分かっているのに、わざわざ外に出かけるなんて。何の意味があるのだろう。


 頭でそんなことを考えていると、部屋の外、ドアの近くでコトン、という音が聞こえた。


 「颯くん、朝食ここに置いておくね」


 部屋のドアをはさんで母さんの声がした。


 俺は母さんが階段を下っていったのを確認してから、朝食を部屋へ運んだ。最近は、自分の部屋が2階にあってよかったなぁ、と思う。ばったり廊下ですれ違う、ということが起こりにくいからだ。


 今日の朝食はシチュー。お盆の上にはシチューが盛られたお皿、スプーン、麦茶の入ったコップが乗っていた。そういえば、夢でもシチューが出てきたような気がする。


 俺は湯気がたっているアツアツのシチューを、スプーンでかき混ぜた。今日のシチューには、きのこの代わりなのかレンコンが入っていた。


 冷めないうちに、食べてしまおう。そう思って口にシチューを運ぼうとした。その時だった。




 『その生活、ずっと続けるつもり?』




 どこからか聞こえたこの言葉。痛いところを突かれた俺は、思わず「誰だ」と叫んでしまった。


 しかし、周囲を見回しても、誰もいない。ドアを開けて廊下にも出てみたが、2階には既に誰もいないみたいだった。


 やはり空耳か、と思った俺は部屋ヘ戻ってシチューに目を移す。




 しかし、目を移した先にあったのは、シチューではなく、1人の少女だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ