優しさの意味
自宅のある駅の一つ手前で降りる。
なんか、どうでもよくなってきた。
こんな気持ちのまま護に会っても、モヤモヤが消えるわけないよね。
私は、あてもなくぶらぶらと歩く。
「おっ、水沢」
って、声がかかる。
振り向くと、凌也が居た。
「どうしたんだよ。お前がこんな所に居るのって、珍しいのな」
凌也が、心配そうに言う。
「う…うん…」
「隆弥さんや勝弥さんが、一緒じゃないのか?」
「ううん。今日は違うかな」
「そっか。余り遅くなる前に帰れよ」
「うん。ありがとう」
「じゃあ」
凌也は、そう言うと私に背を向けて、行ってしまった。
ハァー。
よかった。
気付かれてなかった。
私は、自宅の方へ歩き出した。
一区間だけの距離を…。
「ただいま」
私は、実家の玄関を開けて中に入る。
「詩織。どうしたの?」
お母さんが、驚いて言う。
昨日の今日だから、驚くのも仕方ないか…。
「うん…。ちょっとね…」
私は、言葉を濁す。
「そう…」
お母さんは、それ以上聞いてこなかった。
私は、自室に入ると、今日の事を思い出していた。
入学式の後のデート。
楽しみにしてたのに…。
自分から、台無しにしてしまったのと同じだよね。
あんなところ間近で見たら、断る事なんて出来ないよ。
私は、天の邪鬼だから…。
自分の思ってる事と、違う事をしてしまう自分がいる。
何で、いつも裏目に出ちゃうんだろう?
「詩織。ご飯食べる?」
お母さんの声。
「いらない」
私は、即答する。
何か、一人であれこれ考えてばかりいる。
やだなぁー。
ウジウジ悩むの止めるって、決めたのに…。
ここにきて、まただ。
私、何やってるんだ。
やっぱり、同棲なんかしなきゃよかったよ…。
私の目から、大粒の涙が溢れだす。
一緒に居たいって、だけじゃ駄目なのかな…。
私は、どれだけ我慢すればいいの?
皆には、言えない事沢山あるから、遠慮しちゃう。
そんな自分が、大っ嫌い。
自分を嫌いになれば、護も離れていっちゃうよね。
誰にも好きになってもらえなくなるのかなぁ…。
頑張ろうって、思ってたのに、もう挫折してる自分が、嫌いだ。
努力してないのにね。
こんなんじゃ、何時まで立っても自分を好きになれるわけ無いよね。
一杯泣いて、忘れる事が出来るなら、幾らでもするのに…。
コンコン。
ドアをノックされる。
返事をするつもりもない。
「詩織…」
外から、優しい声が聞こえる。
でも、答える事が出来ない。
「入るぞ…」
って、入って来たのは隆弥兄だった。
「どうした?何かあったんか?」
「何でもないよ。ほっといてくれていいから…」
私は、小声で言う。
「何でもないわけ無いだろ?」
隆弥兄の声が、強張る。
「もう、ほっといてよ!」
私は、何時になく大きな声で言う。
「詩織…」
心配そうな隆弥兄の声。
「ごめん。大丈夫だから…」
私は、呟く。
「わかった。話したくなったら言えよ。お前は、俺の大事な妹なんだからな」
隆弥兄が、優しく頭を撫でてくれる。
「…うん」
心配させたくなくて、笑顔でって思っても、上手く笑えない。
「無理して笑う事無いぞ。辛いなら、泣いた方がいい」
って、子供を諭すような言い方。
って、子供だけどね。
「ありがとう。でも、今は無理かな…」
私の言葉に隆弥兄は。
「わかってる。落ち着いたら、下に降りて来いよ。母さんも心配してるから…」
それだけ言って、出て行った。
隆弥兄の優しさに感謝しながら、気持ちを整理していった。
あれから、何時間たったのだろう。
私は、いつの間にか眠っていた。
部屋の外は、真っ暗だ。
私の横に護が、座っていた。
「詩織…」
護の優しい声。
私は、護から逃げるように視線を逸らす。
「詩織…。ゴメン…」
エッ…。
何で、護が謝るの?
私が、謝るべきなのに…。
「詩織の気持ちを確かめるような態度とってゴメン」
護が、抱き締めてきた。
一体、どういう事?
「詩織、何時も我慢してるから、オレ頼られてないんじゃないかって思って…。そしたら、裏目に出てしまたみたいだな」
護が、優しく頭を撫でてくれる。
何?
私が、護を頼っていないから、試しただけ…。
そんな風に思われてたんだ。
「何で、そんな事言うの…。そんな寂しい事言わないでよ…。私って、そんなに信頼されてなかったんだ…」
物凄く悲しくなってきた。
私って存在って、一体何なの?
護には、居ない存在なの?
だったら、一緒に居る意味無いじゃん…。
「そうじゃない。ただ…」
言い淀む護に。
「もういいよ。もう、帰らないから!帰って!!!」
私は、護を部屋から追い出した。
やっぱり、私の存在って、そんなもんなんだ。
何か、やになっちゃった。
信頼の無い私は、要らないよね。
自分に言い聞かせていく。
その都度、涙が頬を伝っていく。
いっそう、護の事を嫌いに…。
…って、なれるわけ無いよ…。
打ち明けなければよかった。
この思いを打ち明けたばかりに、こんな辛い思いするなら…。
翌朝。
腫れぼったい目で、下に降りて行く。
「おはよう…」
私は、リビングに入って挨拶する。
「おはよう」
お母さんが、何も言わずに挨拶を返してくれる。
「おはよう。詩織…」
お父さんは、驚いた顔をする。
そうだよね。
こんな顔で挨拶されたら、戸惑うよね。
「詩織。学校どうするの?」
お母さんに言われて。
「行くよ」
私が、即答すると。
「今日は、行くのやめときな。そんな顔じゃ、心配されるだけだろ」
隆弥兄が言う。
「そうね。学校には連絡入れておくから、今日は休みなさい」
お母さんが、心配そうに言う。
「でも…」
「でもじゃないだろ。そんな顔で学校に行って、里沙ちゃんが心配するだろうが…」
って、ここに居るはずも無い優兄がいた。
「なんで…」
「何でじゃない。お前なぁ…。護が心配するから、俺が呼ばれたんだよ」
どういう事?
「とりあえず、ご飯食べましょ。せっかく皆揃ってるんだし…。ね」
お母さんが、明るく言う。
「はーい」
各々、自分の席に着いて、朝食を摂る。
いつもと変わらない朝だった。
お母さんが、学校に連絡を入れてくれて、今日はお休みになった。
私は、自分の部屋でぼんやりと外を眺めていた。
コンコン。
ドアが、ノックされる。
「詩織。俺だけど、入るぞ」
って、ドアが開いて優兄が中に入ってくる。
「詩織…。昨日、何があったんだ?」
優しい声で、優兄が言う。
「護が、何かしたのか?」
そんな優しい声で聞かないで欲しい。
私が、悪い事したんだから…。
「ううん」
私は、首を横に振る。
「じゃあ、何でそんな悲しい顔してるんだ」
エッと…。
「今にも泣き出しそうな顔してる。なのにそうじゃないって、可笑しいだろうが」
優兄が、苛立ち気に言う。
「…私、護に…信頼されてないんだなって…」
「なんだそれ?」
「昨日、護に試されてたみたい。…で、私の事、信頼してないんだってわかったから、悲しくなって……。護と一緒に居る意味無いんじゃないかって…」
「どういう事だ?」
「私…。護に告白しなきゃよかったって…。今、思い始めてる…」
優兄には、素直に言えるのに…。
「こんなに苦しくなるなら、伝えずに内に秘めたままでいた方が、よかったんじゃないかって…」
「詩織…。それは、違うんじゃないのか?伝えないといけない事、お前はちゃんと伝えたのか?」
優兄が、優しく言う。
「お前の事だから、周りを気にしすぎて、護にちゃんと伝えてないだろ。優しいの意味を取り違えてないか?」
私は、優兄の方に向き直る。
「護は、お前の口から聞きたかったんじゃないのか。゛傍に居て欲しい゛って言葉を…」
そうなのかな?
「男は、好きな子から言われれば、そうするもんだ。お前は、一度でも護に自分の気持ち伝えたんか?」
私は、首を横に振る。
「護も、不安になってたんだよ。お前、自分で何でも片付けようとするから、試したくもなるだろうが」
優兄は、護の事わかるんだ。
私は…。
「何、迷ってるんだよ。お前は、このまま、護と別れるつもりなのか?」
思いっきり、首を振る。
「だったら、迷う事無いだろ?」
「でも……」
「何?他に何かあるのか?」
「護、許してくれるかな?」
「そんな事気にしてるんか…。あいつ、怒ってないよ。逆に落ち込んでるさ」
優兄が、笑顔で言う。
「ほら、外で待ってるから、行って来いよ」
優兄に背中を押される。
私は、その反動で部屋を出る。
その勢いのまま外に…。
「詩織…」
護が、優しく抱き締めてくれる。
「ゴメンね、護。私、護が傍に居てくれるだけで、安心できる。だから、もう、試す事しないで欲しい。それに…」
「それに?」
「こんな苦しい思いしたくないよ」
私は、護の腕の中で、涙ぐむ。
泣いちゃいけないと思うんだけど、溢れてくる。
「詩織…。オレこそごめんな。もうしないから、泣くなよ」
護が、優しく涙を拭っていく。
「今日は、このまま帰れるのか?」
私は、護の言葉に頷く。
「そっか…。じゃあ、お義母さんに挨拶していかないとな」
護が、玄関を開けて中に入る。
「こんにちは」
護が声をかける。
「あら、護君。どうしたの?」
お母さんが、玄関に佇む護を見て言う。
「詩織が、お世話になりました」
って、護が頭を下げる。
「何言ってるのよ。娘なんだから、気にしないの。わだかまりは解けたのね」
「はい」
護が、照れながらハッキリと答える。
「そう、よかった」
ホッとした顔のお母さん。
「このまま帰ります」
「そうなの?もう少しゆっくりしていけばいいのに…」
お母さんが、残念そうに言う。
「ちょっと、行きたいところがあるので…。今日は、これで…」
行きたいとこ?
「気を付けて帰りなさいね」
「はい」
護に手を引かれて玄関を出る。
「どこに行くの?」
「いいから、オレに着いて来て」
護に言われたまま、着いていく。
着いた場所は、丘にある公園だった。
「ここは?」
私は、護に訪ねる。
「ここは、オレがよく来る公園」
そんなところがあるなんて…。
「静かなところだね」
「ああ。考え事とかするには、もってこいだぞ」
って、クスクス笑う。
「もしかして…」
「そうだよ。昨日、あの後ここに来て、考えてた」
護が、後ろから抱き締めてくる。
「ゴメンね。私が、あんな事言ったから…」
「オレこそごめんな。信じてないわけじゃない。ただ、不安なんだよ。この前みたいな事があっても、オレは直ぐに行けないんだと思ったら、居ても立っても居られなくてな。だから、試すような事して…」
護の切な気な声が、私の耳に届く。
「護…」
「オレさぁ。詩織の事になると、どうも後先考えずに行動をとっちまうみたいだ。昨日の事もそうだ。詩織が落ち込むのをわかってて、試すような事して…。最低だよな」
真顔で言う護。
「私が、もっと護の事を頼っていれば、こんな事にならなかったんだよね」
私は、向きを変えて護に背中に腕を回して抱き締める。
「そうじゃないんだ。オレ自信が、詩織を信じきれてなかったんだよ」
護の腕に力が籠る。
「詩織…。オレ、詩織が居ないとダメみたいだ…」
耳元で囁かれる。
「護…」
「詩織…」
視線が絡み合い、自然と唇が重なる。
「…っん…」
「これで、仲直りだね…」
お互いに笑顔になり、頷き会う。
「さぁ、家に帰ろう」
「うん」
護が、私の腕を引いて、歩き出す。
私は、その後をついて行った。