ライブ
カフェの入り口で、龍さんが待っていてくれた。
「龍さん、お待たせしました」
そんな龍さんに声をかけると。
「遅い。さっさと行って、リハ終わらせるぞ」
いつもの口調で言う。
「はいはい」
龍さんの後を追うように歩いた。
ライブハウスにつくと、直ぐにリハが始まった。
今日は、久し振りのステージ。
昨日、カラオケで歌ったけど・・・。
最近は、オリジナルが多いから、覚えるのが大変だったりする。
「詩織。集中してくれ」
檄が飛んでくる。
「わかってる」
私も、真顔で答える。
歌ってる間は、何も考えなくてすむから・・・。
ライブの開始時間が迫り、ステージに立つ。
会場を見渡す。
大分、顔見知りが増えてきたなぁ・・・。
見知った顔が、チラホラ。
その中には、友人達も含まれる。
その友人が、手を振ってくる。
振り返すわけにもいかず、笑顔を返す。
「ライブを見に来てくれて、ありがとう。今日も飛ばすから、ついてきてね」
言葉をかけると、イントロが流れる。
五曲続けて歌いMCで、繋ぐ。
「なんか、今日は、閔なのノリがいいね」
改めて会場を見渡した。
すると、後ろの方で、優兄が手を振っていた。
アハハ・・・。
まさか、来るとは・・・。
口許が緩む。
「早々、今日ね。嬉しいことがあったんだ。私の仲の良い兄と大親友が、結婚することになったんだよ」
嬉しいことは、皆に報告しないとね。
「おめでとう!!」
会場のあっちこっちで、コールが興る。
「でね。その二人、今この会場に来てるんだけど、呼んでも良いかな?」
私の言葉に、優兄と里沙が首を横に振ってる。
だけど、会場のお客さんもメンバーも。
「いいよ!」
大きな声で答えてくれる。
二人を手招きして呼ぶ。
二人は、恥ずかしそうに人を掻き分けてくる。
「詩織。何で呼ぶんだよ」
小声で優兄が言う。
「良いじゃん。お祝いだよ」
「久し振りだな、優基」
私の横に来て、龍さんが言う。
「ああ、久し振り。・・・って、詩織、何で龍と・・・」
「その話は、後でね。里沙も上がっておいでよ」
里沙を誘うが。
里沙は、壊れた首振り人形みたく手と首を左右に振ってる。
私は、優兄を小突いた。
「里沙。おいで」
優兄が、里沙の手を取ってステージにあげる。
「私の兄貴、優基と大親友の里沙です。今日は、この二人に歌のプレゼントしたいんだけど、良いかな?」
「いいよー!」
「ありがとう。皆も知ってる曲だから、一緒に歌ってくれると嬉しいかな」
そう言うと、イントロが流れる。
私は、一旦袖に引っ込んで、ベースを持って出る。
「優兄!」
ベースを差し出す。
優兄が驚いた顔をする。
「俺も弾くのかよ」
面倒くさそうに言う。
「あたしも聴きたいな」
鶴の一声ならぬ里沙の後押し。
「しゃあ無いな。いっちょやるか」
久し振りの優兄とのセッション。
この後の曲は、二人のために歌おうと決めたのだった。
「お疲れさまでした」
元気に挨拶する。
「ごめんね。突然、引っ張り出して・・・」
里沙と優兄に言う。
「ほんとだよ。もう、ビックリしたよ」
里沙が言う。
「・・・で、何で、詩織が龍のところで歌ってるんだ?」
優兄が、不思議そうに聞いてきた。
「話すと長くなるけど。大学に入って、サークルに入ろうと掲示板を見てたら、ヴォーカル募集ってポスターの前で見いってたら、声かけられて、振り向いたら龍さんが立ってたんだ」
「そうそう。まさか、詩織ちゃんが、うちの大学に入ってるなんて思わなくてさぁ。で、たまらず“ヴォーカルやらない?“って、声をかけたんだよ」
龍さんが、私の言葉を受け継いで話す。
「掲示板のポスターでヴォーカルを探してたのが龍さんとこのバンドとは、思ってなくてポスターを指差して、龍さんを見たら、頷くんだよね」
「・・・で、暫く考えてた詩織ちゃんに取り合えず、見学しにおいでって声をかけたら、“うん“って、頷いてくれたから、そのままスタジオに引っ張っていって、即行で歌ってくれたんだよ」
龍さんが、思い出すように淡々と話す。
「って事は、実力で入ったんだ」
優兄が聞いてきた。
「うん。私も歌うの好きだし。そのままヴォーカルとして入れてもらってるんだ」
笑顔で私は答える。
「そっか・・・。そんな事が・・・」
優兄が、なにげ頷く。
「じゃあ、詩織の出待ちとか居るんじゃないか?」
心配そうに聞く優兄に。
「それは、私にはわからない。いつも、対バンのバンドが演奏してるときに裏から出て行くから、鉢会わせたこと無いんだよね」
私の言葉に龍さんが。
「実は、最後の方まで、詩織ちゃんを待ってる子居るんだよね。俺ら、他のバンド見てから帰るからさ、出待ちされてて、大抵聞いてくるのは、詩織ちゃんの事なんだ。もっと、他の事を聞いて欲しいんだけどね」
そう言って、龍さんが肩を竦める。
そうだったんだ。
それは悪い事したかも・・・。
「仕方がないとは、思ってるんだけどね。詩織ちゃん、女の子だし、あまり遅くなるのも可愛そうだしな」
メンバーもこの意見には、賛同のようで首を縦に振ってる。
「それは、ありがたいな。言ってくれれば、最後まで残るけど・・・」
「心配事が増えるのは、勘弁して欲しい」
「ということで、私は帰るね。お疲れさま」
メンバーと優兄たちに告げて、路地裏へ出る。
今日も大成功だったなぁ・・・。
歌うのって、楽しい。
少し歩いた先で、腕を捕まれた。
エッ・・・。
こんなところで、待ち伏せされたの初めてかも・・・。
「詩織・・・」
切な気な声。
あっ・・・、そっか・・・。
今日、来てたんだっけ・・・。
「なぁ、オレ達、もう戻れないのか?」
「うーんと・・・」
「オレ、ちゃんと、向き合ってなかったにか?」
その言葉に私は、何も言えない。
「詩織を守りたいがために悩んでたのは、事実だ。だけど、彼女の事は、何でもない。ただの同期の子だから・・・」
あの後、付き合ったりしなかったんだ。
「・・・でも、私は、あの笑顔を見ていたかっただけなのに・・・。私と居るときは、一度も見せてくれなかったでしょ。私がいたら、苦しいだけだと思ったから、別れる決心をしたんだよ。悩んでる姿ばかりで、私が一緒にいたいと思う?」
今までの思いが、つい、言葉にしてしまった。
「私が一緒に居たいって思ったきっかけの笑顔が、見れないなら、一緒に居たくないって思った。だから、自分から離れて、護に会わないように避けた」
私の言葉に護が、目線を反らした。
「いつか、気付いてくれたら、その時は、私から告白しようと思ってた。・・・でも、今の護には私の気持ちは、届いてないよね。だったら、一緒に居るわけには、いかない」
私は、語尾を強めて、手を振り払うと護に背を向けて歩き出した。
そう、本当の気持ちに蓋をして・・・。