別れ
「詩織、おはよ」
優兄の声。
「おはよう」
私は、目を擦りながら言う。
「俺は、学校に行くから、大人しく留守番しててくれよ」
って、私の頭をポンポンと叩く。
「うん。行ってらっしゃい・・・」
私は、笑顔で優兄を送り出した。
そして、自分の携帯を見た。
着信在りの記載。
中を見ると。
護の番号が、画面一杯に通知されてる。
まだ、連絡取りたくない。
私は、見なかったことにした。
けど、直ぐに携帯が鳴り出す。
護からだ。
でも、出る気はない。
今出たら、嫌な言葉しか言えない。
だから、気付かない振りをする。
熱、下がったのかなぁ・・・。
彼女は、どうしたんだろう?
泊まっていったのかなぁ?
なんか、自分が自分じゃないみたい。
今の私は、護の事を信じられない。
信じたい気持ちも、もちろんある。
でも、あんなに堂々と彼女が、看病してたんだもん。
辛いときに居てあげれる人の方が、いいよね。
私じゃ、無理だったんだ・・・。
そう考えたら、涙が溢れてくる。
私では、護を支えられないのかな。
いつも、無理してたんだよね。
気付いてあげられなくて、ごめんね。
ごめんなさい・・・・・・・・・。
私は、声をたてずに涙した。
夕方になり、再び携帯がなる。
私は、まどろみの中、携帯の画面を見る。
着信相手は、里沙だった。
私は、その電話に出た。
「はい・・・」
『詩織、大丈夫?』
里沙の心配そうな声。
「うん・・・」
『その声は、大丈夫じゃないね。護さん、今日、学校に来てたよ』
そうだよね。
昨日から、まともに顔を会わせていない。
「そっか・・・」
『凄く、心配してたよ。優基さんのところに居るよって、言っちゃいそうになるくらいに・・・』
そうなんだ・・・。
「ごめんね、迷惑かけて・・・」
『ううん。でも、どうしたのよ、急に?詩織らしくないじゃん』
明るい声で聞いてくる。
らしくないか・・・。
私らしいって、何だろう?
これが、私だと思うけど・・・。
『護さんね。何で、詩織が居なくなったのかわからずに戸惑ってたよ』
そうだね。
私が、弱いからね。
せめて、もう少し強ければ、こんなことにはなっていなかったんだよね。
『でね。今週の土日に、大学の文化祭があるから、詩織に来て欲しいって・・・』
来て欲しいって・・・。
彼女の事を紹介されるのかなぁ・・・。
「うん・・・。わかった・・・」
私は、そう返事するしかできなかった。
『ちゃんと、伝えたからね。来週には、ちゃんと出てきなさいよ』
里沙にカツを入れられる。
「・・・うん・・・」
土曜日。
私は、優兄が出掛けたのを見届けてから、部屋を出た。
里沙の伝言通りに、護の文化祭へ行くためだ。
大学の門の前で躊躇してたら。
「おっ。詩織、来たんだな。護のところまで、案内してやるよ」
隆弥兄が、私の腕を掴んで、引っ張っていく。
「ほら、あそこだ。じゃあな。俺は、他にやることがあるから、行くぞ」
隆弥兄は、さっさと他の場所に行ってしまった。
私は、改めて護の方に向く。
護は、鉄板で、お好み焼きを焼いていた。
その隣には、あの時の彼女が居る。
とても、楽しそうに笑ってる。
そっか・・・。
やっぱり、彼女と付き合うことにしたんだ。
あんな、屈託のない笑顔、私には、見せてくれなかった。
私には、無理だったんだ・・・。
私は、あの笑顔を近くで見ていたかっただけなのに・・・。
あそこは、私の場所じゃないんだ・・・。
私が、傍に居たときの最近の笑顔は、心配そうな笑顔しか見せてくれなかった。
あんな、心からの笑顔を見たのは、久し振りな気がする。
私が、見たかった笑顔を彼女は、意図も簡単に引き出せるんだね。
私は、暫くそこを動くことが出来なかった。
どのくらいの時間がたったんだろう。
数分だったかもしれない。
ずっと、護を見ていた。
気付いてくれるかと思いながら・・・。
気付かれても、逃げるかもしれないけど・・・。
そんなことを思いながら、護の姿を見ていた。
護が、顔をあげたほんの一瞬だった。
視線が、絡み合った気がした。
私は、その場から逃げ出した。
「詩織!」
背後から、護の声。
私は、人込みを縫うようにして、逃げる。
「詩織!」
その声は、徐々に近付いてくる。
私は、走り続けた。
会いたい気持ちと、会いたくない気持ちが入り交じる。
「詩織。逃げるなよ!」
護の声が追ってくる。
私は、そんなのに構わずに走る。
「詩織!」
とうとう、掴まってしまった。
背後から、抱き締められる。
あっあ・・・。
「詩織・・・」
耳元で、護が囁く。
「何で、逃げるんだ」
「・・・・・・」
「オレ、心配してたんだぞ。今、何処に居るんだ?」
「・・・・・・」
私は、答えられなかった。
私の居場所は、何処にもないから・・・。
「詩織?」
「護・・・。ごめんね。もう、これ以上、あなたの傍に居られないよ・・・」
私は、涙を堪えながら言う。
「何を言って・・・。泣きそうな声で・・・。こっち向け」
私は、振り返った。
笑顔を見せて・・・。
「私達、別れよう。もう、あなたの傍に居たくない。だから、さよなら」
それだけ言って、護の手を振り払った。
ちゃんと、笑えてるよね。
そして、背を向けて歩きだした。
「詩織、何でだ?」
私は、その言葉には振り返ることは、なかった。
「何でなんだよ!」
護の声が響く。
好きだから・・・。
護の事、凄く好きだから・・・。
だからこそ、私は、あなたから離れることを選んだ。
ただ、それだけ・・・・・・。