旅行なのに… ①
翌日。
私達四人は、空港に来ていた。
「ツアーなんだよね? 里沙」
確認のために聞くと。
「ツアーじゃないよ」
エッ?
「実は、あの後二人で考えて、ツアーじゃなくて、自由行動にしようって、話してたんだ」
優兄が言い出した。
「どういう事だ?」
護が、優兄に聞きだす。
「だから、ホテルはそのままで、自分達の行きたいところに行けるようにしたんだよ。その方が、色々行けるだろ」
「それと、ツアーだと玉城先輩が、退屈になるだろうなと思ってね」
里沙が、優兄の足らないところを補足する。
気を使ってくれたんだ。
「ありがとう」
二人に言うと。
「いいよ。あたしは、行きたかったところへ行ければそれでいいもん」
里沙は、そう言って笑顔になる。
「そこの二人、置いて行くぞ」
護が、意地悪く言う。
「ちょっと、待ってよ」
私達は、慌てて追い駆けた。
「…で。とりあえず、ホテルに荷物を預けてから行くだろ?」
優兄が聞いてきた。
「当たり前だろ。こんなの持って動き回るのは、勘弁してくれ」
「…って、詩織の荷物は?」
里沙が、問いかけてきた。
エッと…。
「全部、護が持ってる。“お前は、財布と携帯が入ってる鞄だけ持ってればいい“って言って、着替えは、護が持ってる鞄の中」
「そっか。一緒に暮らしてるから、鞄一つでも大丈夫なんだ」
里沙が、羨ましそうに言う。
アハハ…。
もう、笑うしかない。
「あたしも、同棲したいな」
里沙が小声で呟く。
それが、優兄の耳にも届いたみたいで、目を丸くしてる。
「里沙。優兄が固まってるよ」
里沙の耳元で言う。
里沙も優兄の方を向く。
同時に顔が赤くなっていく二人。
アレレ…。
「詩織。どうしたんだあの二人」
護が、耳打ちしてくる。
「里沙がね。同棲したいなって言ったからね…」
小声で言い返す。
「ハハ、なるほどな」
護が、納得してる。
「二人とも、固まってないで、荷物置いて行くんだよね。早く行こう」
二人に声をかける。
「そ、そうだな」
優兄が、我に返って言う。
でも、二人の距離が、微妙に離れているのはなぜ?
私は、護の顔を見る。
「二人とも、照れてるだけだ」
護が、そっけなく言う。
「詩織。はぐれるといけないから…」
護が、手を差し出してきた。
「うん」
私は、その手を取る。
「ほら、さっさと行くぞ」
護が、二人に声をかけた。
ホテルのフロントに荷物を預けると。
「さて、どこに行こうか?」
「里沙が行きたいところってどこ?」
私は、里沙に訪ねると。
「実は、オルゴールの館に行ってみたかったんだよね」
里沙が、はっきりと答える。
「へぇー。いいね。私も行きたい!」
私は、優兄と護の顔を見る。
「いいよ」
「オレもいいよ」
二人とも頷く。
「早速行くか」
そう言うと、護が私の手を握ってきた。
「ちょっと、そこの二人。勝手に二人の世界を作らないでくれるかな」
里沙が、呆れたように言う。
「いいじゃんか。ダブルデートなんだしさ」
「そうだけど…。でも、あからさまにイチャイチャしないで欲しいんだけど…」
優兄が言い返してきた。
「せっかくの旅行なのにイチャイチャ無しは、寂しいだろうが…。こういう時こそ、羽根を伸ばしたらいいじゃん」
護が、優兄に言う。
「お前は、何時でも羽根伸ばしてうだろうが…」
優兄が言い返してる。
「そう見えるだけだろ。って言うか、お前ら、久し振りに会った割りには、進展して無いんじゃねぇの?」
護が、優兄をからかう。
「護…。それを言ってくれるな。どうしたらいいのかわからないんだよ」
優兄が、護に泣きついてる。
アハハ…。
珍しい光景が、目の前で繰り広げられてる。
優兄ってば、恋愛には奥手なんだ。
「じゃあ、オルゴールの館の前に、公園にでも行くか?」
護の提案で、公園に行く事になった。
さすが、北海道。
緑が多い。
「詩織。悪いけど、二人っきりにさせてくれるか?」
護が、私に申し出てきた。
「うん」
私の返事を聞くと護は、優兄を連れて行ってしまった。
私と里沙は、近くの空いていたベンチに座る。
「…で、さっきのだけど、急にどうしたの?」
里沙に聞いてみた。
「うん、最近ね。詩織達の事を見てて、同棲もいいかもって、思うようになってきてて。で、さっきの荷物一つで旅行に行くことが出来るなら…。って、思っちゃって…」
そっか…。
里沙には、いい面しか見えてないんだ。
私が里沙に押してたけど…。
やっぱり、話しておいた方がいいよね。
「里沙、あのね…」
「うん?」
「同棲もいいよって言っておきながら、なんだけど、大変なことも多いよ。その覚悟出来てる?」
「う…うん…」
里沙が、曖昧に頷く。
「一緒に住んでても、すれ違いになる時もあるんだよ。お互いの学校の友達の付き合いや、部活動。それに生活するためにバイトしたり、その間に家事をやったりして、それをお互いに気遣いながらするって、大変だよ」
「でも、詩織は、出来てるよね」
「私の場合は、護が、出来る人だからね。護は、家事全般出来るんだよ。だから、私はそれを出来るだけ手伝うって感じなんだ。やれるときに一気にやら無いといけないし、優兄が、家事が出来るかっていうと微妙だよ」
私は、里沙の目を見て言う。
「うん…。でも、少しでも好きな人と一緒に居たいって思いは、消せないよ」
里沙も、悩んでるんだ。
優兄と会う時間が無いが為にあんなことを言い出したんだと気が付いた。
「本当の事を言うと、不安なんだ」
里沙が、ポツリと言い出した。
「優基さんに会えないだけで、物凄く不安が押し寄せてきて、あたしが居ない間に他の人と…」
「その気持ちは、痛い程よくわかる。だけど、一緒に住んでても変わらないよ。お互いの気持ちを伝えあったり、確認しあったりして、築いていった方がいいと思うよ」
「でも…」
「そうだね。期間を設けて、同棲するのもいいんじゃない」
「エッ…」
里沙が、驚いてる。
「まぁ、優兄が許可したらね。後、両親の許可も頂いておいた方がいいと思う。里沙が、家に帰らなかったら心配するからね」
「そんなの許してくれるかな…」
弱気な里沙。
「うん。私も、一緒に頼んであげようか? 里沙がその覚悟が出来てるなら…」
私の言葉に里沙が悩み出した。
「覚悟が出来たときに私に言って。その時は、手助けしてあげるから…」
私が言うと里沙が頷いた。
「そこの彼女達。暇してるなら、俺達と遊ばないか?」
声をかけられて、振り返る。
「間に合ってます」
私達は、同時に言う。
「いいじゃん、遊ぼうぜ!」
腕を無理矢理引っ張られる。
何で、こんなところまで来て、ナンパされなきゃいけないのよ。
「ちょっと、離してください」
語尾を強めて言う。
「なぁなぁ、俺達といいことしようぜ!」
しつこいなぁ。
「おい。何してるんだ」
彼らの後ろに、護と優兄の姿が現れる。
「何って?」
彼らは、後ろを振り返る。
「オレの嫁に、何か用か?」
護が、私の肩を抱いて言う。
彼らの目が、点になる。
嫁って…。
まぁ、確かに婚約してるから、間違えではないんだけど…。
「俺の彼女に何か用?」
優兄は、優兄で里沙の肩を抱き寄せながら、彼等を睨む。
彼らは、呆気にとられながら、逃げていった。
「…ったく。なんだって、旅行にまで来て、軟派されてるんだよ」
護が、呆れてる。
「私だって、好きで軟派されてる訳じゃない」
口を尖らせる。
「わかってるって…。オレも悪かった。二人だけにしたのが、間違いだったんだよな」
護が、私を包み込むように抱き締める。
「護…」
「ごめんな」
護の優しい声が、耳に木霊する。
「ううん。…で、優兄、どうしたの?」
「うん、色々と悩み込んでるみたいだ」
「そうか…」
「里沙ちゃんの方は?」
「里沙も、悩んでる。優兄と毎日でも一緒に居たいって思って。で、同棲したいって口に出したみたい」
「そっか…。でも、里沙ちゃんの気持ちもわかるけど、お互いの気持ちさえ繋がってれば…って、無理か…」
護が、溜め息交じりで言う。
「うん。私もたぶん無理だと思う。同棲していても不安になるもん。だから、近くにいて欲しい里沙の気持ちもわかるから、何とかしてあげたい」
「まぁな。あの二人は、去年のオレ達なんだよな」
そうかもしれない。
「でも、優基は、同棲はしたくないような事を言ってた」
「そうなんだ」
「一緒に住むにしても、たぶんすれ違うだけの生活になるだけだって、オレにはっきりと言ってきた」
優兄が…。
「優基もな。同棲の事、一度は考えてたみたいだが、一人暮らししだして、初めて知ったんだと。家に帰るだけで、何もしてあげれないって…」
護が、優しい声で言う。
そっか…。
優兄が、そんなこと思ってたんだ。
「…で、里沙ちゃんの方は?」
「うん。里沙は、優兄と一緒に居たいみたい。でも、私は、それだけじゃ難しいこともあるよと伝えておいた。それから、もし、どうしてもって言うなら、期間を決めて同棲してみたらって言っちゃった」
「何で、そんなことを…」
護が、驚いた声を出す。
「でも、条件も提案してあるよ」
「は?」
「一つ目は、優兄が許可してくれる事。二つ目は、親に伝える事。三つ目は、里沙自信が、覚悟できたとき」
「何だそれ…。詩織、それだと一つ目の条件で、ダメなんじゃないか?」
「でも、こればかりは、二人で話し合ってから決めないとね」
「確かにな…。二人で決めていくしかないか…」
護が、溜め息をつく。
「詩織、護。行くぞ」
優兄が、声をかけてきた。
「そうだな」
私達は、オルゴール館へ向かった。