護の母親に…
「今日は、ごめんな」
家への帰り道。
護が、ポツリと言い出した。
「何が?」
「誕生日の事。オレ、全然知らなかったから、プレゼント、何にも用意してないよ」
護が、肩を落として言う。
「ううん。私こそ伝え損ねて、ごめんね。自分の誕生日なのにすっかり忘れてたんだから、気にしなくていいよ」
私は、笑顔で言う。
「詩織は、それでいいのか?」
護の浮かない顔。
「うん。だって、今日は一緒にお祝いしてくれただけで、幸せだよ」
護の手をとって言う。
「だったら、今度の護の誕生日の日に、プレゼント交換すればいいんだよ。旅行に行ってるから、その時二人になったときにでも、交換しよ」
「詩織…」
護が、私の前に回り込んで抱き締める。
「本当に、お前って、可愛い奴だな」
私は、護の顔を見つめる。
「オレにとって、詩織は最高の女だよ」
耳元で囁きながら、耳朶を甘噛みする。
「…ん…」
私の中では、護は最高の男だよ。
何て、悔しいから、言ってあげない。
でも、私の中では、いつでも一番なんだからね。
心の中で、護に囁く。
「なぁ、詩織」
「ん?」
「今日は、ありがとうな」
「何、改まって言ってるの?」
「ちょっと、言いたくなったんだよ」
照れながら言う。
「うん…」
私は、護の腕の中で、頷くだけだった。
翌日。
私は、平日なので、学校に行く準備をしてると。
「あれ、今日、学校あるんだっけ?」
護が、寝起きで聞いてきた。
「あるんだっけって…。大学は休みかもしれないけど、私は高校生ですからね。普通にあります」
呆れたように言うと。
「そっか。カレンダー通りに行くと今日は、学校だ」
護が、納得してる。
「じゃあ、授業が終わったらメールして。迎えに行くから…」
護が、笑顔で言う。
昨日の事、まだ気にしてるんだ。
「わかった。じゃあ、行ってきます」
笑顔で手を振って、玄関を出た。
一体どうしたんだろう?
今日の護、可笑しいけど…。
通学路で考えながら歩いていると。
「詩織、おはよう」
里沙が背後から声をかけてきた。
「あっ、おはよう」
「早々、はいこれ…」
里沙が、鞄から包みを出す。
私が、不思議に思ってると。
「詩織。昨日誕生日だったでしょ。一日遅れの誕生日プレゼントだよ」
って、里沙が笑顔で渡してくる。
「私に…。いいの?」
「うん。詩織にって思ったんだ。あたしが持ってても仕方ないものだからね。貰ってくれる?」
「ありがとう。これって、優兄と一緒に選んでくれたんでしょ?」
私が聞くと、恥ずかしそうに頷く里沙。
なんか、可愛いな。
「でさぁ、里沙。旅行のときに少し付き合ってくれないかなぁ」
「何で?」
「護の誕生日なんだけど…。今日、付き合ってもらいたかったんだけど、終わったら迎えに来るって言ってるから、プレゼントを買いに行く時間がないんだ。で、旅行の時にでも何か見つけられればって思ったんだけど…。」
私が、言葉を濁らせて言うと。
「いいけど…。だったら、明日一緒に買いに行く?」
里沙の提案に。
「行ければいいんだけど…。多分無理かもなんだよね。今日でも迎えに来るって言ってるのに、明日だって、今日と同じだよね」
私は、肩を落としながら言う。
「別に、朝から断っておけばいいんじゃないの?あたしと旅行の買い物に行くとかなんとか言って」
って、里沙に言われて。
「そっか。その手があったか…」
私が、納得してると。
「おはよう、詩織ちゃん、里沙ちゃん」
忍ちゃんの声。
「おはよう、忍ちゃん」
私達は、お互いに挨拶する。
「何話してたの?」
忍ちゃんが、興味津々に聞いてきた。
「うん。今度、旅行に行くから、その話をしてたんだよ」
里沙が、正直に話してる。
「えっー、いいなぁ。私も行きたいよー」
忍ちゃんが、言ってきた。
「今回は、ダブルデートの旅行だから?また次の時にね」
って、里沙が忍ちゃんを宥めてる。
「エッ。って事は、彼氏との四人で行くんだ。いいなぁー」
忍ちゃんが、羨ましそうに言う。
「うん、そうなんだ。忍ちゃんは、そんなに旅行に行きたかったの?」
私は、あえて聞いてみた。
「うん。楽しいこと好きだからね。皆と行けるなら、どこだっていいよ…」
忍ちゃんが、ニコニコしながら言う。
「じゃあ夏休みに旅行の計画でもする?」
里沙が、唐突に言う。
エッ…。
「そうだね。受験前に楽しいこと仕様よ。詩織ちゃんはどうかな?」
どうって、きかれても…。
「どうせなら、生徒会メンバーで、旅行へ行こうよ」
里沙の提案に。
「それ、いいね。私、皆と行きたい!」
忍ちゃんの声が、段々弾んでいく。
「詩織ちゃん、どうかな?」
「どうかなって言われても、他のメンバーの意見も踏まえてからでも言いかなぁ?」
私が、戸惑い気味に言うと。
「そうだね。男共の意見も聞いてからでもいいと思う」
里沙が、同じことを言う。
「うん。今日、早速聞いてみよう」
忍ちゃんが、嬉しそうに言う。
ハァ…。
どうなるんだろう…。
護が、許してくれるかなぁ…。
そんな事を考えながら、教室に向かうのだった。
放課後。
生徒会室にメンバーが揃ったところで。
「あのさぁ。夏休みに、生徒会メンバーだけで、旅行に行かない?」
と、私が言い出す前に忍ちゃんが、先陣を切って言う。
「面倒くさい」
一早く反応したのが、凌也だった。
「エーっ。でも、思い出になるんじゃんか。行こうよ」
忍ちゃんが、食い下がる。
何が、あったのかなぁ…。
私は、里沙にアイコンタクトを取るが、里沙もわからないようで首を振るだけだった。
「とりあえず。旅行の事は、考えておいて。で、球技大会だけど、まだ、景品の事ちゃんとしてなかったよね」
私は、そういって話を変えた。
「そうだな。総合一位が、学食一週間分で、いいんじゃないか」
拓人くんが言う。
「問題は、二位と三位だよ」
佐久間君が言う。
「ねぇ。三位は、ジュース一本ずつでどう?」
柚樹ちゃんが言う。
「お疲れ様みたいな感じでかな?」
私が聞き返すと、柚樹ちゃんが頷く。
「じゃあ二位は?」
凌也が言う。
「大学ノートってのは?」
里沙が言う。
「ノートは、あっても困らないよね。…で、何冊が妥当だと思う?」
「五冊だと多いと思うし…」
「かといって、一冊だとジュースの方がよくなる…」
「四冊は、数字がね」
「って事は、三冊が妥当だね」
里沙が、結論つける。
それに、皆が頷く。
「じゃあ、景品は、総合一位が学食一週間分。二位が大学ノート一人三冊。三位がジュースって事で言いかなぁ?」
「いいよ」
皆が、頷きあう。
「後、審判の事はどうなった?」
「一様、各部の部長に頼んでおいたけど、割り振りについては、まだ出てない」
「なるべく早く出してもらってね。後は、当日の進み具合で、考えればいいよね」
「そうだな。進行によって、変更していけばいいと思う」
佐久間君が、追加して言う。
「後、何か決めることあった?」
「今のところないよ」
「じゃあ、今日はこれで解散しよう」
「そうだな。じゃあな」
凌也が、足早に帰っていく。
「じゃあ、あたしも部活に顔を出しに行ってくるよ」
里沙も、足早に部屋を出ていく。
私は、携帯を取り出して。
“今、終わったよ。詩織“
と、メールする。
直ぐに返信が返ってくる。
“近くに居るから、直ぐに行く。護“
「詩織ちゃん、バイバイ」
柚樹ちゃんが声をかけてきた。
「うん、また明日ね」
私も、笑顔で送り出す。
さて、皆が出て行ったし、窓も閉まってる。
生徒会室の鍵をもって、部屋を出る。
ドアの鍵を閉めて職員室に向かう。
その途中の廊下から、正門を伺う。
護が、正門の壁に凭れながら、待っている姿が見える。
急がないと…。
私は、急いで鍵を返すと、下駄箱に向かう。
靴を履き替えて、正門までダッシュする。
ほとんどの生徒は、授業が終わったら、帰ってしまってるので、今残ってる生徒は、部活動してる生徒だけだ。
その為、護の存在に気づいても、通りすぎていくだけ。
「護ー」
私が、護に向かって声をかける。
「詩織、お疲れ。…ってそんなに急がなくても大丈夫だぞ」
ハァ…ハァ…。
息が切れる。
「ごめん。こんなところで待たせて…」
私は、肩で息をしながら言う。
「大丈夫だから、今日はそんなに囲まれてないし…。逆に詩織が走ってくる方が目立つ」
護が、冷笑する。
「…で、今日は、どうするの?」
「今日は、詩織を連れていきたい場所があったからな…」
「こんな時間から?」
「うん。ちょっと、時間がかかるから、急ごうか…」
護に促されて、後ろをついていく。
「ほら…」
護が、手を差しのべてくれる。
私は、その手を取った。
「行くぞ!」
護が、手を引いてくれた。
バスに揺られて、一時間ほどの距離。
「ちょっと、ここで待ってて」
花屋さんの前で、待たされる。
護が、ユリの花を買って戻ってくる。
「お待たせ」
花束の持っていない方の手で、私の手を繋ぐ。
「こっちだから…」
エッ…。
着いた場所は、霊園だった。
そして、桶に水を入れて、柄杓を持つ。
私は、黙って護の後ろをついていく。
「ここ…」
そう言って、護が止まる。
「ここって…」
「オレの母親が眠ってる場所」
そう言って、さっき買ったユリの花を手向ける。
エッ…。
いきなり、こんな所に来てよかったのかなぁ。
私が、戸惑ってる間にも、護はお墓に水をかけてる。
「母さん。なかなか来れなくてごめん」
護が呟く。
線香をあげて、手を合わせると。
「母さん。今日は、オレの大事な人を連れてきたんだ。彼女、水沢詩織さんって言って、オレが、今までで一番大事にしたい人だ」
護が、ゆっくりと私の方に振り返る。
エッ。
私も慌てて、手を合わすと。
「初めまして、水沢詩織です。護さんとお付き合いさせていただいてます」
小声で呟いた。
「詩織との事、そこから見守っててください」
護が、口約束みたいに母親に告げてく。
私は、少し恥ずかしながらも。
「……見守っててください」
護が口にしたことを繰り返したのだった。
霊園を後にして、口数が少なくなる。
何で、急にお墓参りなんて…。
私が、戸惑ってると。
「ごめんな、詩織。急に墓参りに付き合わせて…」
「いいけど…」
私は、何となく頷く。
「本当は、もう少し後にしようかと思ったんだけどな。昨日の詩織の言葉に感化されて、どうしても母親に報告したくなったんだ」
私、何か言ったっけ?
「詩織が、“親がいなければ、オレ達は産まれていなかった“って言葉にオレの中では、当たり前だと思ってた。でも、違うんだな。親が居るから、オレが産まれてくることが出来たんだって、改めて、思わされた。だから、今日は、母さんにお礼を言いたかった」
護が、真っ直ぐ私を見つめてくる。
一体、何?
「それから、母さんに詩織の事を紹介したかった。今まで何度も行こうと思ってやめたか。が、やっと決心が着いたんだ。詩織となら、ずっとやっていけるって…」
それって…。
「詩織。これからの人生、オレと一緒に歩んでほしい」
真顔で言う護に私は…。
「……はい」
って、答えるしか出来なかった。
「ありがとう、詩織」
護が、私を抱き締める。
軽く、唇が触れる。
「詩織…。オレの大切な人…」
切な気な声が、漏れ聞こえる。
私は、それを受け止めていた。
護は、私にいろんなモノを与えてくれる。
だけど、私は返すことが出来ないでいる。
何をあげたらいいのか、わからない。
護みたいにサプライズが出来たらいいんだけど…。
なにも思い浮かばない。
今、護が、一番欲しいモノってなんだろう?
ありげなく聞き出そうとしても。
「詩織がくれるなら、何でもいいよ」
と、はぐらかされる始末。
どうしたらいいんだろう?