誕生日
翌日。
私は、隆弥兄の車で、空港まで来ていた。
「隆弥兄は、車で待っててね」
「何で?」
隆弥兄が、素っ頓狂な声を出す。
「護が、隆弥兄との繋がりがあることを隠したがってるから…」
「気にすることないのに…。どうせ、何時かはバレることだろうが…」
って、溜息をつく。
「ゴメンね。隆弥兄。行ってくる」
私は、そう言って車を降りた。
「気を付けろよ」
「はーい」
私は、隆弥兄に元気に返事を返した。
国内線の到着ロビーで、護の姿を探す。
まだ、着いてないのかなぁ…。
キョロキョロしていたら、後ろから、フワリと抱き締められた。
この感触は…。
「ただいま、詩織」
やっぱり。
「お帰り、護!」
たった一日離れただけなのに、こんなにも嬉しいとは、想わなかった。
「満面の笑顔だな」
護が、クスクスと笑う。
「だって、嬉しいんだもん」
「そんなに寂しかったか?」
護が、笑顔で聞いてきた。
私は、小さく頷く。
「可愛い奴。ところで、隆弥さんは?」
「車で待ってもらってる」
私が言うと、安心した顔をする護。
「玉城ー。行くぞー」
護の背後から、声がかかる。
護が、振り返って。
「すみません、先輩。オレ、ここから別行動でお願いします」
護が先輩に頭を下げるから、私もペコリと頭を下げた。
「なんだよ。彼女が来てたのかよ。わかった、じゃあな」
そう言って、他の人たちが行ってしまった。
その時、ある女性がこっちを見ているのに気付いて、軽く会釈すると、無視するように行ってしまった。
さっきの視線って、敵意を持ってたような…。
私に気のせいなら言いけど…。
「詩織、どうかしたのか?」
「ううん。隆弥兄が待ってるから、行こう」
私は、護と手を繋ぎながら歩く。
「詩織、キスさせて。って言うか、したい」
「うん…」
私が、頷くと同時に唇が塞がれる。
「…ん…」
普段なら、人目を気にして出来ないのに…。
今日は、大胆になってる自分が居る。
「さてと、充電もしたし、行こうか…」
護が、堂々と歩き出す。
…が、私の足が立ちすくんで、一歩が出ない。
「護…」
小声で言う。
そんなつもり無いのに、声が震えて出ない。
護も、そんな私に気付いて。
「もしかして…」
私は、恥ずかしながら頷くしかない。
「ハァー」
護が、溜息をつく。
呆れちゃったかな。
「感じやすい奴だな。しょうがない」
って言ったかと思ったら、抱きあげられた。
「ちょっと、護。これは恥ずかしいよ…」
抵抗するように言うが。
「仕方ないだろ。お前、歩けないんだろうが…」
だって、あんな甘いキスだなんて思わなかったから…。
力が、抜けていたのだ。
「だからって…」
「もう、黙ってな。隆弥さんが止めてる駐車場はどっちだ」
「Bー1の近くだよ」
「待たせてるんだ。急ぐぞ」
護が、足早に歩いた。
「よお、護、お帰り。…で、何で、詩織を抱き抱えてる?」
下ろしてって言ったのに、下ろしてもらえなかった。
「すみません。急に動けなくなったみたいで…」
護が、澄ました顔で言う。
よく言うよ。
護が、そうしたんでしょ。
私は、目で護に訴える。
「まぁ言い、早く乗れ」
隆弥兄が促す。
私達は頷いて、後部席に座る。
「出すぞ」
隆弥兄が、車を出す。
「護。何で、言わなかったんだよ。俺の名前出せば、強制参加させられずにすんだのに…」
隆弥兄が、護に問いかける。
「隆弥さんの気持ちはありがたいんですが、それだけはしたくなかったって言うか…」
護が、言い淀んでる。
「わかった。だが、何かあったら言いなよ」
隆弥兄が、優しい声で言う。
「はい」
なんで、隆弥兄が、護の先輩達に顔が利くんだろう。
不思議に思ってると。
「どうしたんだ?浮かない顔して」
護が、私の顔を覗き込んできた。
「何でもないよ」
「そういや、護。お前、今日が詩織の誕生日だって知ってたか?」
不意に、隆弥兄が言う。
「エッ…」
護が、驚いた顔をする。
「知らなかったのか…」
隆弥兄が、溜息をつく。
「って言うか、私も忘れてた」
「お前もかよ。母さんが、詩織の誕生日パーティーを開くって、張り切ってるからな。このまま、家に帰るから」
隆弥兄が、呆れながら言う。
護は、何か考えてるようだ。
「どうしたの?」
「うん。詩織に誕生日って、オレの三日前なんだな」
エッ…。
私の誕生日が、今日四月三十日だから…。
護が、五月三日なんだ。
ってことは…。
旅行の時に誕生日なんだ。
プレゼント、どうしよう。
何時も、もらってばかりだから、何か返したいんだけど…。
「そっか。なら、合同誕生日パーティーに変更しないといけないな」
隆弥兄が、ニコニコしながら言う。
「詩織。家に電話して、護の事伝えてやりな。母さんが、大喜びするはずだぜ」
運転中に隆弥兄に代わって、家に電話する。
「はい、水沢です」
お母さんが出る。
「もしもし、詩織だけど。護の誕生日も近いんだって、合同に出来ないかな?」
「本当!わかった。合同にしちゃいましょう。帰ってくるの待ってるからね」
お母さんが、ウキウキしながら電話を切る。
「母さん、喜んでただろ」
「うん。凄く楽しそうだったよ」
「そりゃ、そうだろ。誕生日パーティーを開けるのは、詩織だけになってるからな」
隆弥兄は、興味無さそうに言う。
「エッ…。どういう事ですか?」
護が突っ込む。
「この年になって、誕生日パーティーなんか、やれないだろ。しかも、家族に祝ってもらうのもなぁ…」
隆弥兄が、恥ずかしそうに言う。
「そうかなぁ。私は、いいと思うけどなぁ…」
「確かに。オレもどっちかって言うと、恥ずかしいかも」
護が、隆弥兄に同意する。
そうなんだ。
「でも、誕生日って、大切な日だと私は思うけどな。お母さんにも感謝しないといけないよね」
私が言った言葉に、二人が驚く。
「何で?」
「何でって…。産んでくれなかったら、今の私が居るわけがないでしょ。産んでくれてありがとうって、意味もあるわけじゃん」
「そっか…。じゃあ、ちょっと寄り道してもいいか?」
隆弥兄が、何か思い付いたかのように言う。
「うん」
私達は、頷いた。
「ただいま」
私達が、玄関を開けてなかに入ると。
「お帰り。遅かったのね」
お母さんが、出迎えてくれる。
「うん。ちょっと、寄り道してたからね」
「そうなんだ。それより、詩織。また、自分の誕生日忘れてたなんて…」
お母さんが、呆れたように言う。
「だって、それどこじゃなかったんだもん」
「だからって、護君にも伝えてないって…」
アハハハ…。
「それは、言わないで…。本当に忘れてたんだって…」
「全く…。ほら、早く上がりなさい」
お母さんが、リビングに招き入れる。
「お帰り。遅かったな」
優兄が、リビングで寛いでる。
「うん。ちょっとね」
「おう、護。お前も、誕生日なんだって?」
勝弥兄が、聞いてきた。
「はい。三日後ですが…」
「そうなんだ。でも、こうやって、お祝いしてあげられるのって、嬉しいな」
お母さんが、笑顔で言う。
本当に楽しそう。
「さて、じゃあ誕生日パーティーを始めるか」
私達の後ろから、隆弥兄が言う。
「そうね」
お母さんが、ダイニングからケーキを持ってくる。
テーブルの真ん中に置いて、ローソクに灯をともす。
「お兄ちゃん達、歌お願いね」
お母さんの合図で、歌い出す。
歌が終わり、護と目を合わせて、ローソクの灯を吹き消す。
「おめでとう。詩織、護君」
優しい笑顔のお母さん。
兄達の優しい笑顔。
そして、愛しい人と。
大好きな人達に祝ってもらえて、嬉しい。
「詩織、おめでとう」
そう言って、優兄がプレゼントをくれた。 「えっ…。もらって良いの?」
私が、戸惑ってると。
「当たり前だろ。何、遠慮してるんだ」
「わーい。ありがとう、優兄」
私は、それを受けとる。
「ほら、俺からも」
って、ぶっきらぼうに勝弥兄が渡してくれる。
「ありがとう、勝弥兄」
「やるよ」
隆弥兄からも手渡される。
「ありがとう、隆弥兄」
笑顔で受けとる。
「はい、詩織。こっちは、護君に…」
お母さんが、私と護にそれぞれ渡してくれた。
「エッ…。いいんですか?」
護が、戸惑ってる。
「いいのよ。だって、護君は、うちの子だもん。遠慮なんてしなくていいのよ」
お母さんが、満面な笑顔で言う。
「ありがとうございます」
護が嬉しそうに言う。
「じゃあ、私からお母さんに…」
私は、鞄からお母さん宛てんのプレゼントを渡す。
「えっ…」
今度は、お母さんが戸惑い出す。
「お母さん。産んでくれてありがとう。これは、感謝の気持ち」
「ありがとう、詩織。嬉しい…」
お母さんが、ポロポロと涙を流す。
「母さん。俺からもあるんだよ」
隆弥兄が、優しい声で言う。
お母さんが、隆弥兄の方を向く。
「詩織を産んでくれてありがとう。って言うか、俺達を産んでくれてありがとう。今、言わせてもらうのも変かなと思ったんだけど、でもこうしてこの世に生まれてこれたのって、父さんと母さんのお陰なんだって、詩織に言われて、改めて感謝してる」
隆弥兄が、母さんにバラの花束を渡す。
「隆弥…」
お母さんが、号泣し出す。
「母さん、ありがとう」
勝弥兄も優兄もお母さんに言う。
「あなた達…。本当に優しい子に育ってくれて、ありがとう。お母さん、凄く嬉しい…」
泣き笑いになる。
「オレからも言わせてください」
護が、お母さんと向かい合う。
「詩織を産んでくれて、ありがとうございます。オレ、詩織の事、大事にします」
護が、宣言する。
「うん。詩織を好きになってくれてありがとう。護君になら、任せられる」
お母さんが、護を見つめながら言う。
また、一つ絆が増えたね。
「詩織、どうしたんだ。黙り込んで?」
隆弥兄に優しい声に。
「何でもないよ。今日は、ありがとうね」
私は、飛び切りの笑顔を隆弥兄に向けるのであった。