胸のモヤモヤ
ゴールデンウィーク前半。
「じゃあ、行ってくるな」
護が、旅行鞄を手に玄関を出ようとする。
「ちょっと、待って…」
私は、慌てて護を追って、頬にキスをする。
「行ってらっしゃい」
私は、笑顔で手を振って見送った。
とりあえず。
部屋の掃除と洗濯をして、それから、宿題もやらないと…。
頭の中で、今日の段取りを決める。
「よーし。やるぞ」
気合いを入れて、作業に取りかかった。
二時間後。
全ての行程をやり遂げ、暇になる。
何気にテレビを点け、のんびりと寛いでみたものの。
落ち着かない。
なんだろう?
やけに胸が、ざわつく。
何時も一緒に居る人が居ないから?
ついさっき出て行ったばかりなのに、もう寂しくなっちゃった?
自分の事なのにわからない…。
どうしようかなぁ…。
時計を見る。
そろそろ、向こうに着く頃かな。
私は、携帯を掴んで、メールしようか悩んでいたら、着信音が鳴る。
わぁー。
私は、慌てて電話に出る。
「もしもし…」
『もしもし、詩織。今、北海道に着いた。“玉城くーん。移動するって…“』
電話越しに女性の声が響く。
『じゃあ、また後でメールするから…。寂しいかもしれないが、我慢してくれ…。チュッ…』
護の受話器越しのキス。
私が声を出す前に電話は、切れていた。
ハァーー。
やっぱり、これなのかなぁ?
モヤモヤの原因は…。
あーあ。
私は、自分の心の狭さに嘆く。
もっと、護を信じなきゃ。
でも…。
護の事、ほっとく人居ないよね。
あ、もう…。
うだうだ悩むのやめた。
私は、自分の部屋の隅に追いやっていた、バスケットボールを持って、公園に行くことにした。
バスケコートには、誰も居なかったので、一人集中して、シュート練習をする。
そこに。
「詩織お姉ちゃん」
何処からとなく声がかかる。
振り返ると、淳司君が居た。
「淳司君。どうしたの?」
「僕ね、お使いの帰りなんだ。里沙お姉ちゃんが、朝から出ていっちゃったから、その代わりにお手伝いしてるの」
淳司君が笑顔で言う。
「そっか。偉いね」
「詩織お姉ちゃん。なんだか寂しそうだね。今にも泣き出しそうな顔してる」
そう言って、淳司君が、私の頬に触れる。
「何でもないよ。淳司君は優しいね」
笑顔で言う私。
ちゃんと笑えてるかな。
「僕、もうそろそろ行かないと…。じゃあね、バイバイ」
「バイバイ」
無邪気な笑顔を見せて、行ってしまう淳司君。
淳司君にでもわかるほど、寂しそうにしてたのかなぁ…。
ハァ…。
もう、やめよう。
こんなの自分じゃない。
「よし、もう一度シュート練習するか」
私は、気合いを入れ直して、集中した。
夕方。
私は、シュート練習をやめて、帰宅する。
洗濯物を取り込んで、畳む。
それらをしまうと、今日の夕飯どうしようかなぁ…。
一人だしなぁ…。
とりあえず、冷蔵庫を覗き込む。
その時。
truuu…truuu…。
電話が鳴る。
誰だろう?
私が電話に出ると。
「もしもし…」
『もしもし、詩織?今どこに居るの?』
護だった。
「家に居るよ」
『さっきから電話してるのに、繋がらないから心配してたんだ』
護の切な気な声。
「どうしたの?何か問題でも…」
『そうじゃない。オレは、早く詩織の顔を見て、安心して眠りたいよ』
電話越しで甘えてくるなんて…。
全く…。
私の寂しい思いなんて、吹っ飛んじゃったよ。
「私も、早く会いたいよ。でも、今は私の事は気にしないで、楽しんできてね。浮気しちゃダメだよ」
私は、明るい声で言う。
護に心配させないように…。
『そんな事するわけないじゃん。オレは、お前だけだから…』
護の真面目な声。
「うん、知ってる」
本当は、寂しいよ。
声を聞くと、余計に会いたくなっちゃうよ。
護が家を出て、まだ一日もたっていないのに…。
『“玉城君。夕食だってー。早くしないと先輩達に食べられちゃうよ“』
って、受話器越しに聞こえてくる、女の人の声。
『わかった。悪いな。ちゃんと戸締まりしろよ。って言うか、実家に帰ってれくれた方が、安心なんだが…』
「うん、じゃあね」
『明日には、帰るから…。じゃあ』
そう言って、電話が切れる。
さっきの声の人って、朝の人と同じだよね。
もしかして…。
なんか、不安になってきた。
モヤモヤしながら、実家に行くことにした。
「ただいま」
私は、実家の玄関を勢いよく開ける。
「お帰り、詩織。ご飯食べるよね」
お母さんが、ニコニコしながら言う。
「うん」
そんなお母さんに、笑顔で頷いた。
「お父さんもお兄ちゃん達も居ないから、二人だけの夕食だけど、いい?」
お母さんが聞いてきた。
「うん、一緒に食べよ」
私達は、ダイニングに行く。
「せっかくの休みなのに、護くんもつれないね」
お母さんが、呟くように言う。
「仕方ないよ、サークルの付き合いだし…」
本当は、私が行って手言ったからなんだけど…。
「そんなの、隆弥に言って、断らせることできたでしょ」
お母さんが、怒鳴る。
「護は、隆弥兄の力を使いたくないみたいだよ。だから皆には、話してないみたいだし…」
「だからって、詩織を一人にするなんて…」
心配してくれてるんだ。
「仕方ないよ。一年生は、強制参加みたいだから、断れなかったって言ってたもん」
「そっか。明日には帰ってくるんだよね。迎えに行ったらどう?帰ってくる時間帯知ってるんでしょ?」
「うん。でも、迷惑じゃないかな」
私が弱気になってると。
「何言ってるの。婚約者を迎えに行くんでしょ。迷惑なわけないじゃん」
お母さんが、背中を押してくれる。
「なんなら、隆弥に車だしてもらえば良いじゃん。一人だと心配だし…」
本当に、心配性なんだから…。
そこに。
「ただいま」
って声が…。
「お帰りなさい、隆弥」
お母さんが、出迎えに行く。
「お、詩織。来てたのか…。護は?」
隆弥兄が、不思議そうに聞いてきた。
「サークルの旅行に行ってる」
「そっか…。俺に一言言ってくれれば、そんなの出なくてすんだのにな…」
お母さんと同じことを隆弥兄が言う。
「護は、隆弥兄の力を借りたくないからって、言ってたよ」
護が口にしてたことを言う。
「そうなのか。でも、そのうちバレるのにな」
隆弥兄が笑ってる。
「隆弥。明日、詩織と一緒に迎えに行ってあげてくれないかな?」
お母さんが、隆弥兄に頼んでる。
「いいけど。何時ごろなんだ?」
「五時半だけど…」
「その時間なら、大丈夫だ」
「よかったね、詩織。隆弥、明日は宜しくね」
「母さんに言われなくても、わかってるって…」
隆弥兄は、少し照れた顔をする。
「夕飯は?」
「食べてきたから…」
それだけ言って、隆弥兄は部屋に行ってしまった。
それを見て、お母さんが。
「何時もこうなんだから…」
呆れたように言う。
「ご馳走さまでした」
私は、手を合わせて挨拶して、食器を片付ける。
「お風呂、入っちゃいなさい」
「はーい」
私は、自分の部屋に行って、着替えを持ってお風呂に行く。
湯船に浸かりながら、考える。
護、大丈夫かな。
泊まりだからって、飲まされているんじゃないかと不安になる。
どうしよう。
物凄く不安を感じる。
一度、お酒飲まされて、デロデロに酔って、帰って来た事があるから、余計に心配だよ。
ああ。
私から、電話をした方がいいのかなぁ…。
何て考えていたら。
「詩織。護君から電話が入ってるよ」
お母さんが、ドアの向こうから声をかけてきた。
エッ…。
嘘。
「わかった。直ぐ行く」
私は、慌てて湯船から上がって、体の水滴を拭うと、服を着る。
「お母さん。電話は?」
「切れた」
切れたー?
私は、自分の携帯で護に電話する。
呼び出してはいるけど、出ない。
嫌な予感がする。
『ブチ』
って、切れてる。
ツーツーツー…。
嘘でしょ。
何で?
何で切れるの?
私は、もう一度かける。
プルルル…、プルルル…。
ガチャッ…。
『もしもし…』
エッ…誰?
知らない女の人の声。
『もしもし…。どちら様ですか?』
「すみませんが、玉城を出してもらえませんか?」
『ごめんね。玉城君。寝ちゃってるんだけど…』
「そうですか…。わかりました」
私は、そう言って切ろうとした。
『“何、人の電話に出てんだよ“』
って、護の声がする。
エッ…。
今の嘘つかれたの…。
私は、信じられなかった。
『もすもし…』
「もしもし、護?」
私は、半信半疑で聞く。
「詩織!」
護の驚いた声。
「うん…、詩織だよ。さっき、電話くれたよね。だから、折り返し電話したんだけど…。お邪魔みたいだよね。ごめん…。切るね…」
私が、電話を切ろうとしたら。
『待って、詩織。切らないで…。詩織からの電話、嬉しい』
護が、慌てて言う。
「…でも…」
私が言い淀んでると。
『さっきの女性は、ただの同級生だ。オレは、詩織しか興味ないって、言ってるだろ。早く会いたくて仕方ないんだから』
囁くように言う。
聞かれたくない、相手なんだ。
『それとも、オレの事信じられない?』
「信じてるよ。それでも、心配なの…」
『うん、わかってる。詩織は、心配し過ぎ…。オレの想いは、何時も詩織の傍にあるから…』
護は、何時だって、私が欲しい言葉を言ってくれる。
「護、ありがとう。私は、幸せだね。こんなにも想ってくれるダーリンが居るんだもん。我が儘言ってゴメン」
『アハハ…。詩織のは、我が儘じゃないだろう。ただ、寂しいだけだろ。帰ったら、一杯愛してやるから、覚悟しとくように』
優しい護の声が、胸を焦がす。
『お休み』
「お休み」
私は、電話を切る。
護の言葉で、胸が一杯になる。
護…。
明日、迎えに行ったら驚くよね。
取り合えず、明日、隆弥兄と迎えに行くことだけをメールしておこう。
私は、さっき言いそびれた事をメールで送信して、眠った。