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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

潜伏する地下のものども

作者: 八衣風巻

思いもよらない恐怖に直面するのは必ずしも知識人や探求家であることはないのは明白である。人間としての品を失った醜き犯罪者に天罰のような形で訪れることもあるし、運を使い果たした先で偶発的にも遭遇してしまった例もある。

私が己の体験を人間の短い繁栄の歴史の中から類似したものを探し当てるときに多々そういった発見をしたので、いなければいないといった唯物主義の馬鹿げた発送は無意味だと頭の片隅に保管しておくことができた。

私がこういった文章を残すのは、後世に恐ろしく冒涜的で我々の動物的本能を揺さぶる神話がいかに我々の存在を脅かしているのかを伝えるためであり、決して妄想の類いでないことを記しておく。

私も今でも信じられないことや、夢心地であったものや語ることすら憚られるものが頻繁に起こるものだから、信憑性に乏しいのは分かっている。だが、私が示さなくて誰が人類のために寄与できるというのだ。

これを読むものも鼻で笑っても叶わないが、私の危惧したことが君の身に襲いかかってきたときに後悔しないでもらいたい。


私は田舎暮らしだったから、都心のことはテレビやネットという情報媒体でしか知ることができなかったし、そもそも地元が好きだった私はここから出ようとも思っていなかった。ベッドタウンとして栄えてはいるものの、山々や田畑が私たちを支えてくれているお陰で息苦しさとかそんなものを抱く必要はなかった。

中途半端な町だったがゆえに伝承もまだ根強くその影響力を持っており、私たちは幼少の頃から徹底的に叩き込まれたお陰でその不気味さはこの世の何よりも大きいものとして認知するようになっていた。だがしかし、私の場合は時が経つにつれてその感情も薄れていき成人近くになる頃には伝承の恐怖そのものを忘れていた。

私は隣町が三つ四つある地区に生まれて、小中高と地元で過ごし、大学もより近いところに決めた。私はそこで役所仕事をするために日々努力を積み重ねていたのである。

学んでいたのは役所に勤めるための学部だったが、更に生まれ故郷のことを知るために神話や地域のことについて言い伝えや迷信などを図書館で片っ端から読み漁っていたのだ。

私はよく周りから猪のようだと言われていた。それは、自分のやろうと決めたことには強固な意思をもって突き進める、悪くいえば頑固だという含みだ。それでも私はそのお陰でここまでこれたと思うし、これからもずっとそのスタンスは私のすべてを支えてくれるだろうと思っていた。

ある日文献の中に私の地域の中の言い伝えが残っているのに目を止め、更にそこは大学の帰り道、たかが十数分のところにあるのを知ったので、私の中のエンジンにガソリンが流れ込むのをひしひしと感じるのだった。強烈な好奇心が私を支配し、明日の講義後の予定を一色に染めたのだった。

翌日私は、大学で知り合ったダービーを誘い、共に探検をしようという提案をした。彼もまた私と同じく故郷のため尽くそうと考えている同士で、私の故郷に対する愛着を高く評価し、同行を快く引き受けてくれた。ダービーは付け加えて、

「しかしこの後すぐというのはいただけない。その場所は車で辿り着けない山中にあるというのだろう? ならば相応の準備をしなくてはならない。今週の土曜、午前中は講義だが午後に必要と思われる物品を用意しよう。日曜日はスケジュールも空だしその日にしないか」

と私に提案した。

私もいささか急であったことに気がつき、ダービーに礼と謝罪を行うと、探検に欠かせない道具を調べるために、再び図書館へ向かい、今まで手をつけなかった話題の書物を読み始めたのだった。

そもそも私を釘付けにしたというのは、ひとつの神話的物語だった。人類の想像しうるより遥か古の地球で、この地域は海のそこに沈んでいたという。その頃は《ショゴス》と呼ばれる不定形の存在を今でいう人類のように地表を支配していた《旧支配者》と呼ぶべき種族が作り出し管理していたと同時に、今もなおうたわれているという偉大なるクトゥルフの末裔が大宇宙から飛来し、この星を蹂躙していた。旧支配者は海底都市に身を預け、宿敵の絶滅を待ち望んでいた。その時期に地球上に細々と生息していたという非力でありながら賢く生き長らえていた生物がいた。あまりに悍ましく名を伝えることすら躊躇われたが、決して無名なわけではないらしい。その時代の状態から《隠遁するもの》と仮称するが、彼らは粘り強く生き、陸地へと彼らの都市が浮上した後も、密かに山の中へとその機能を移し、今も繁栄しているというものだった。

冷静な人々になってみれば良くできたB級の話と嘲笑うだろうが、その土地で暮らしてきた私にとっては、久々に怖気と虫酸を走らせるものだったのだ。


問題のトンネルは、数十年前に突如として計画が頓挫したものだ。隣接している町が多いものの、他の地域にいくには山を回り道せねばならず、ならば山を貫通するトンネルを作れば交通の不便も解消され、また地域の発展にも繋がるだろうという算段だった。

当時の人々もこれに賛同し期待を込めたのだが、なぜか市長が謝罪会見を開き計画の無期限凍結を宣言し、マスコミも一切それに触れることがなくなってしまったのだ。

反発も必死だったはずだが、住民の多くは異を唱えることをしなかった。恐らくは恐怖の根元に触れたことによって後込みをしたに違いないと私は推測する。その事は当時の広報を読み込むことでも私の予想を補強することができる。

大学の帰り道、車は通れないがなかなか舗装された道を行くこと五分、獣道になっている通路を十分もしないところにそれは大きな闇を広げていた。

私とダービーはそのトンネルを前にして足を棒切れのようにして立つことしかできず、暫しの間呆然としていた。

車線は二本と普通のもので、高さもそれなりにしかなかった。しかしその深さといったら光さえ飲み込む闇を内包していて、まるで異界へと通じる門のような構えを持っていた。

その深淵は私たちを今まさに吸い込まんと魔の魅力を放ち、私とダービーはゆっくりとそれの中に足を運んでいくのだった。

私とダービーはインスタントカメラを常備し、また大きめのスケッチ用のノートを持参していた。その昔探検家が行っていたように紙屑を生産できるよう白紙を大量に持ち歩いていたし、携帯が使えないであろうのでダービーの友人の繋がる無線も準備した。

GPSのついた時計も持参しているものの、トンネルの中に入った後確認してみれば使い物にならなくなっていた。

しかし私たちはそれに頼らなくともいいようにしてきたつもりだったので、構わず奥に入っていくのだった。

光量の強めな懐中電灯を手に持ち黙々と歩いていく私たちだったが、三十分ほど変化の無い中を歩き続け、私たちは土砂が積もって行き止まりになっている箇所で足止めを食らってしまった。

ここで作業が中断してしまったのだろうとダービーは言って、私は土砂を確認しようと手に取った。少し湿っていて感触が気持ち悪かったものの、幼少の際に泥遊びをしたときのものとほぼ同じで、異臭がするわけでもなく変哲の無いものだとわかると、私とダービーは目に見えて落胆した。

ただ落盤が発生したり過失があったなどで死者が出て計画がおじゃんになったなどとありふれたものであるなど許せない私たちは、まだどこかに異変があるはずだと光を照らしながら辺りを捜索することにした。

しかし何処もかしくも瓦礫や放られた機材ばかりで目新しいものはなく、半ば諦めていたその時だった。

朽ち果ててボロボロになっていた木材を私が退かすと、そこには闇よりも深い何かを含んだ穴が見つかったのだ。慌ててダービーも駆け寄ってくるが、私たちは驚愕も示したがそれよりもなんとも言えない達成感と喜びを感じていた。

これこそが私たちの探していた物への手がかりに違いないと、持ってきたロープを近くの重そうな機材にくくりつけその先を穴へと垂らした。

かなり長めに作ったから、ロープが地についた音が聞こえ無事に着地できることを確認した。そした私たちは顔を見合わせて闇の底に眠るものを見極めようと縄を伝っていくのだった。

かなりの深度だったが、たどり着いた先は人間二人分くらいの直径の狭い洞窟だった。

先ほどの空間と違いやはり湿った空気が私たちを覆い、若干の息苦しさを感じさせていた。しかしそのせいでひんやりとしていて過ごしやすいのは間違いなかった。

凸凹とした壁面はライトの光を反射し白く光り、ところによっては水の流れがあったりもした。恐る恐る手を触れてみると、突き刺すような冷たさが私の指を襲ったが、それ以外にはなんともなかった。

凄まじく警戒心が足りないのだが、ダービーはそれを舐めてみたが普通の湧き水のようだと説明した。しかしながら少し塩味があるとも言っており、ここが海底から浮かび上がった場所なのだろうかと私は思案するのだった。

たまに大きな水溜まりがありそれに足をとられて転びそうになったり、大きな岩石が頭上から崩れ落ちてくることもあったが、おおむね順調に進んでいることは確かだ。

その内私もダービーも首を傾げなければならなくなる光景が見えてきて、私も彼も動揺を隠すことができず、暫し行進が停滞することになってしまった。

先ほどまでは自然が作り出したものに違いなく疑いを持つこともなかったのだが、不意にそれが途切れ規則的な削られ方をした通路になっていたのだ。

水脈などで削られた洞窟と異なり、正確に測量し器具などを使って作られたものに見えたし、明らかな人工物なのだ。

ダービーも私も当初のような強い意思などはとうの昔に消え失せていた。しかしながらこのような頭を揺さぶる恐怖に直面しても尚、私の心には強い探求心が根づいており、複雑に枝分かれした通路を隈無く捜索しようという心づもりになったのだった。

ダービーはかなり参っていたのだが、彼も私と同じのようで、何枚かフラッシュをたくといかなる局面からでも逃げられるように腰を低くし入り込んでいく。

細長い長方形にくり貫かれたものは紛れもなく入り口で、私は内部を覗くために顔の半分だけを出してみたが、十メートル四方の小さな空間が空いているだけで何もありはしなかった。

ダービーに合図をして罠がないかを確認しながらも部屋に入ると、学生時代に押し込められていた教室と何ら変わらない構造をしていて、うすら寒い心地がした。まさしく人間の建築様式に似ていて、隅が崩れているものの不自然に曲がること無く辺が直線でできているため、妙な安心感さえも覚えた。

目新しいものもなく、私たちは次なる部屋ので入り口を見つけものの同じようなものだった。

この他にこの通路に部屋はなく、後は十字型に分岐した廊下が続いているだけだった。

洞窟の入り口から落としてきている紙屑が役に立つときが来て、私たちはそれを落としながらとりあえず右側を漁ることにした。

角を曲がると、すぐに急な階段があり、また幅も急激に狭くなっていた。人一人が通り抜けるのが限界で、私が先行し安全を確認して降りきってからダービーに合図するという方法をとることになった。これもまた鍾乳洞で見かけるような棚ではなく計算された高さでできており、人形かそれに近い存在が利用しやすいように採用されたに違いなかった。

たかが数メートルほどしかなかったのだが、辺りの空気はガラリと変わり居心地の悪さを感じさせるものとなった。それは空気中の酸素の濃度が薄くなったのか逆に濃くなったのか、あるいは未知の異臭によるものなのかは分からないが、私たちの足を止めるには至らなかった。

気の遠くなる長さの廊下がまたしても延びており、今度は入り口と思しき穴がずらりと並んでいる印象を受けた。これもまるで現代建築の様式に非常に似かよっていて、神話存在が作り出したと考えるよりは工事現場の作業員が秘密裏に掘っていたと言われた方が違和感を感じないものだった。

生物の気配や私たちの他に動くものの様子もなく、私たちはほんの少し安堵しながら探索することができた。

手前の部屋はほとんど前のものと比べるところもなく面白味に欠けるところだったが、数本の痕が床に走っているのが発見できた。緩やかな曲線を描いているものや、深くまで刻み込まれた直線もあり、何か杭でも打ち込まれたような穴ぼこまでもが現存しており、その全てがつい最近できたように保存されていたのだ。

私たちはそれをスケッチし写真にも納め、ここが重要な場所であることを覚えておくために黄色い小さな旗を入り口に刺しておいた。

そうして私たちは次々と部屋を渡っていったのだが、数を増すごとに傷跡は凄惨度を増していったのである。

次の部屋は床にだけであったが、その次となると、今度は壁にまでその傷は伸び、一部分においては天井にまで至っているものもあるほどだ。亀裂ということでもないようで、意図的につけられたとも推測できた。

壁の一面が切り刻まれた部屋もあり、そこは一部分が不自然に窪んでいて、重みのあるものが叩きつけられたときに出来るものに似ていた。

そうして言い知れぬ不安に苛まれつつも通路の突き当たりに位置する空間行き着くとそこは、今まで私たちが目にしてきたものよりも遥かに重大で、参考になる光景を残していた。

部屋の広さは均一化されたそれだったが、ここに暮らしていたと思われる存在の生活様式を明らかに意識させるものだったからだ。

我々の拳大の取っ手がつけられた引き出しを多数持ち合わせた収納器具や、人間が座るには少し大きすぎるような椅子のようなものが原型をわずかながら残しており、天井には何かをぶら下げるための取手の役割を果たしていたに違いないフックが取り付けられていた。

壁には近代美術よりも優れた技巧や手法を取り入れた壁画が掘られており、幾何学模様を複雑に多次元的に組み合わせたその絵は現代の独創的なアートをも圧倒するほどに美しく、しかし無惨にも大部分が削り取られてしまっていた。

部屋の中央には大きな瓦礫が積み上げられており、激しい爪痕が残るこの部屋から察するに、天井に飾られた証明か何かが落ちたからなのだろう。

芸術家が間違いなく己の技術に失望するだろう美しさを放つこの部屋もまた、いずれの部屋と同じく滅茶苦茶に荒らされてしまっていたのだ。

これが決定的な証拠となり、私もダービーも《隠遁するもの》の存在を確信することができた。証拠を確実に抑えると、私とダービーは静かに笑い合い、自分達の密かな偉業を称えあった。

私もまた伝承に囚われていたものであるから、すんなりとこの事実を受け入れることができ、ダービーも神秘主義の気があったから抵抗を見せなかった。

私たちはこの成功により更に好奇心を刺激され、まだ足を踏み入れていない地区まで明らかにしようという試みに出た。点々と置いてきた白い紙屑を回収しつつ、十字路のところまで戻ると、今度は洞窟の入り口側からして左、私たちにとっては正面の通い道を探索しようとした。

これもまた急に階段が現れ、先程と違いダービーが先行を買って出た。慎重に進むダービーだったが、中程までしか進んでいないところで彼は私に来るようにサインを出してきたのだった。

ゆっくりと彼の背中を追い、あと数段のところで彼の行為の意味がわかった。

二、三段を抉りとる穴がそこに顕現しており、底知れぬ闇の口を開けていたのだ。ライトを照らしてみるもそこがよく分からない。そこで、発火筒を取りだしてそれを落とすことによって深さと底の姿を見極めることにした。

明かりのリングが奈落へと落ちていくが、いつまで経っても音が聞こえてこないばかりかふとした拍子にその灯を消してしまっていたのだ。酸素の無い地帯なのかと疑ったが、それ以前にあまりにも深すぎて自分の視覚を疑ってしまうほどだった。

言い知れぬ何かを感じた私たちはその場を去り、通路の探検を続行することに決めた。

ついさっきの興奮もつかの間、一気に冷めきってしまった気分の私たちだったが、それも忘れてしまうほどの衝撃をこちらの廊下は叩きつけてきたのだった。

一本道としか思っていなかった廊下だが、今度は二手に分かれていたのだ。これが左右にであれば問題はなかったのだが、おおよそ我々人間が過ごすのであれば致命的な欠陥を持つもので、上下に、私たちの頭上、地面に対し垂直に伸びている通路と、正面のいささか急な斜面に分かれていたのだった。

さすがに真上に昇る手段は持っておらず、悔やみが残るものの一方のものを調べ尽くすことで欲求不満を解決しようと思っていた。

これまでの岩石によるざらざらとした感じではなく機械によって表面を磨きあげられたようになっていて、滑り落ちそうになるのを必死に堪えながら行くと、写真の中でしか見たことの無いような広大な空洞の中に私たちは放り出されたのだった。

ここはトンネルから入りたてだった洞窟のように何千年もの時間をかけて作り上げられた様相で、私たちは安堵を示すと同時に、あれほどの技術を持った生物が何故ここを整備しなかったのだろうという純粋な疑問を持ち始めた。

私たちの例でいうと、歴史的遺産であるとか文化的に重要な意味をもつだとか環境保全だとかそういったことが考えられるが、宗教的な意味合いを持つだろうことも視野に入れなければならなかった。

穹窿上の天井からは槍のように岩石が張りだし、足元は浅く水が溜まっているようで歩く度に水音を響かせていた。

奇妙なことに地面は平らに整備され、そこから石を積み上げて作ったような塔が規則的に幾つも建っているのだ。よく観察してみると、川辺に落ちている角の削られた丸石が大きいものから順に組み上げられ、崩れないように杭を中心に打ち付けて固定してあった。メジャーリーグの球場よりも広かろうそこに満遍なく敷き詰められ、私たちは墓場を連想したのだが、それよりもなにか荘厳で、神々しい何かを近くから感じていたのだった。

ダービーが双眼鏡を手に取り、ギリギリ光の当たる箇所を調べてみると、そこにもやはり同じように塔の羅列が存在していたが、私たちの立っているところの物に比べるとそれぞれに特徴があり、また位置的に考えて地位の高いものか指導者的存在の墓なのだろうと推測できた。

天井に光が届かなくなるほど闇は濃くなり空洞の全高は高く、不気味なモチーフしかない世界に閉じ込められてしまったかのような錯覚を引き起こしていた。ともすれば気の狂いかねない中、私とダービーは必死にお互いの正気を確かめ続け、しばらくすると大きく平たい石が置かれ一段と高くなっている、祭壇のような場所を見つけることができた。

これを美しい六角形の柱が四本ほど取り囲んでおり、祭壇の上には石像らしきものが安置されていた。私たちが今居る場所からはよく見ることができないからもっと近づこうと駆け始めたその時、足場が急に無くなる感覚を覚え転けてしまった。幸い穴が開いていたわけではないのだが、ある一線から急に段差ができていてそこに水溜まりができていたのだ。派手に転んだ私は全身を濡らし、ダービーはそんな私を心配し助け起こしてくれたのだが、銅像本体を詳しく調べることはできそうになかった。

仕方なく私たちは遠目に観察し写真も撮り、ここは引き返して他の場所を当たろうとしたが、私は水溜まりの中に沈む何かが懐中電灯の光に反射したように見えたので、それを掴んでみた。

私が発見したのはダイアモンドのように輝く鉱石であった。私は本物を見たことがなく憶測でしゃべることしかできないが、鑑定家はこれは炭素系の鉱物といわれれば違和感を覚え、ならば珪素の塊かと問われても返答を窮するに違いない。何故ならば見た目は完全に鉱石だが、握った感触は紛れもない硬質のゴムに近いものなのだ。最近の技術では再現することは可能だろうが、ここの開発は数十年前のもので、工事以外にここに人が立ち寄った形跡も見当たらなく、更に言えばこれと同じものが湖の中に埋め尽くされており、むしろ私が溺れることがなかったのはこれが水深を浅くしていたからだと気づいた。

私とダービーはこれまでの結果に満足し、これを持ち帰るべく荷物にしまうと今日はここまでにしようと帰還の準備を始めたのだが、誰も居ないはずのこの空洞の中に無数の気配を感じ、思わず手を止めてしまうのだった。

これはここの至宝か特産物であったものを盗んでいく憎き盗掘犯を彼らが殺すためにやって来たという豊富な想像力を持つ私の考えは自分自身によって却下され、窃盗という背徳的な行動に対する無意識の呵責によるものだと納得した。

それでもやはり不気味なものは不気味で、ダービーもぐずぐずしている私を急かし、急ぎ地上へ逃げようと提案してきた。私もそれに同意見で、来た道はわかっているので巻いてある紙屑を回収することもせず一目散に垂らされたロープのある洞窟へと引き返していった。

途中あの深く恐ろしい穴を通り過ぎようとしたが、水に濡れた布が引っ付くような粘着性のある音が木霊していて、風の吹く音ではない人の吐息が発する音までもが私の鼓膜を震わせた。しかもそれはかなり近いところからのようで、だんだんと接近していると感づいた。

私たちは穴の中を覗こうともせず階段を走り上った。今度は穴からではなく、分岐のあった通路から連続した音がこちらに響いてきて、それは数人の人間が歩いているときのタイミングに酷似していた。

私は十字路に差し掛かると、あと少しだと走り抜けようとした。しかしそれは叶わなかった。最初に調べた部屋の中から獣の気配を察して、私と親友は急停止し入り口付近で息を潜めることにした。

物と物が擦れる音と、小さな穴に空気が頻繁に出入りする呼吸音が確かに聞こえた。続いて水滴が滴ったと思われる甲高い響きが鳴ったと思えば、先程の濡れた足音が部屋から耳に入る。

私たちは生きた心地がしなかった。やつらに見つかれば間違いなく命はないと頭も、本能も、無意識下に分かっていた。

それでもここを抜ける他道はなく、目線だけで会話をし、己の脚力を信じ走り抜けることを決めたのはそう遅くはなかった。

そして私たちは無我夢中で走った。途中で何があろうとも、何かが落ちそうでも構わず逃げることだけに集中した。綱の元にたどり着き、腕力を振り絞って登った。まだ背中の方から足音が聞こえる。私に続いてダービーも上りきった瞬間、無駄だとはわかっていながら奴等がこのロープを使えないように手持ちのナイフで切ると、切れた先からすべての部分が闇へと落ちていき二度と戻ってくることはなかった。

それを見届けた後私たちは無言で山を降り、また明日構内でとかなんとか一言二言交わし家に帰宅した。酷くみっともない格好で町中を歩いてしまったが、その事を気にしている暇なぞなかったし、今でもしょうがないと思っている。

その夜はなにもする気になれずシャワーで不快な汗を流し、夕食もとらずそのままベッドに向かった。ほどなくして私の意識は落ち、睡眠というよりも気絶に近かった休暇を得ることができたのだった。



翌日の新聞に、かなり有名な事件だったから君も知っているだろう、私の心臓を鷲掴みにする記事が載っていたのだ。

私の町に住んでいた五人家族が野犬に襲われ全員死亡したというのだ。地域でも有名な家庭で、古くからのジェントリ、郷紳で議員にも口利きができるほど財力を持っていたロバート・ジョーンズ氏と、妻と三人の子供はいずれも高学歴で地域で英雄視もされていたのだ。

そんな彼らが深夜未明に家に巨大で狂暴な野犬が侵入、止めに入った使用人全員を食い殺したあと、様子を見に来たジョーンズ夫人とロバート氏を殺し、近くにいた娘息子を残虐にも食い散らかし逃走したという。その野犬はすぐに銃殺されもう被害は出ないと報道されていたが、私はそれを信用するつもりになれなかった。どうせこれも野犬を煙たがっていた団体がこれを機に撲滅させようとして流したデマに違いなかった。

ここまでがマスコミの情報としてあったのだが、地域のネットワークではもっと別の情報が流れていた。

曰く、犯人は食人主義者の愉快犯で、一家を皆殺しにして宝石類を漁り逃走し、今も逃げおおせているのだという。

根も葉もないこちらの噂話の方が信憑性として高いのは確かなことで、昨日のあの深淵の中に潜んでいた口にすることを躊躇われる忌々しき冒涜的な怪物と事件を私の頭が結びつけたことでいっそう気味の悪さが増したのだった。

月曜日だから大学に通わなければならなく、そんな気分でないにしろ我が親友と報告すべきものを交換することも大事と体を奮い起こし、なんとか出校することはできた。

しかしダービーは今日は休んでおり、会うことは叶わなかった。その事をダービーの幼馴染みであり友人に聞いたとき、彼は私にあるものを渡してきた。

「ダービーの様子を今日見てきたんだが、応答がなかったんだ。不審に思って近所の人に聞いて回ったんだけど昨日の昼過ぎ以降見てないらしくてね、その時後ろの方を頻りに気にしていたって話は聞いたよ。体調を崩して今日は休みなのかなって思ったらポストにこれが挟まっていたんだ。失礼かと思ったけどそれがダービーのものだったから余計に気になってね、気になって見てみたらハーバード君宛になっていて……そうだ、今日の新聞に野犬の記事があっただろう? 近所の人が目撃したんだけど、それらしき影がダービー邸に入っていくのを見たっていうんだ」

彼の言葉を耳にしたとき、私は平静を保てていたかどうかは分からないが、とにかくギリギリまで我慢した私は耐えきれずその場を後にし、この後の講義を無視した私は家に帰宅したのであった。





ここまでが今の私の現状である。

こうして私が書き記しておいたのはどんな理由があるか、もうお分かりだろう。私はこの文章を通っているミスカトニック大学に送り、私を突き動かした書物の隣に置くように進言するつもりだ。

間違っても愛国心や好奇心のためにあそこに立ち入ってはいけない。それがどんなことを意味するかは頭の悪いものでもわかるはずだ。

私たちの持ち出したものは彼らの霊魂、崇拝対象であり必ず取り返さなければいけないものなのだ。やはり彼処は彼らにとってもっとも神聖な場所で、墓地でもあった。

私はこれからあのトンネルに再び赴き、この鉱石を返還しに行こうと思う。私がどうなるかはもう分かりきっていて、恐れなど感じない。

もし私の義務が果たされた後でも死人が絶えないようであるなら、どうか思う存分私の魂を貶しても構わない。

しかし、すでに彼らは活動を始めてしまった。もし奴等が暴れまわったら、我々人類は滅びることを覚悟しなければならない。

恐怖に対して我々はあまりにも無力すぎるのだ。


読んでいただきありがとうございました

これの原作を強いてあげるなら『狂気の山脈にて』です。

ショゴスの設定などを使わせていただきました。

以下解説やネタバレ








本作に出てくる《隠遁するもの》はラヴクラフト作品には登場しませんが、旧支配者やクトゥルフの末裔たちが蔓延る時代にひっそりと生き続けている種族があったのではという発想から生まれました。

彼らはショゴスや末裔たちからの襲撃に何度も耐え、土地が一回沈み海底都市となりまた浮上してからは外敵もなく静かに暮らしていました。

作中での傷跡はその時の名残で、侵攻の度に居住区を奥深く奥深くへと移していったのです。二人が行かなかった通路の先がそれに当たります。

彼らは地球本来の種族なのですが、白亜紀時代の哺乳類と同じ扱いでした。

彼らは人間とほぼ同じ生態、生活を営んでいましたが、その人間とは原始のレベルであり、技術や思想は旧支配者に負けず劣らずだったことを付け加えておきます。

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