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colors   作者: 下川田 梨奈
白の章
7/7

光の中で

エリュシオンの人となりは、すぐに知れた


城で医師として働き、他の人間から厚く信頼されているのがよくわかった


異国の人間である自分を、誰もが温かく受け入れてくれたのは、一重にエリュシオンの人格のおかげだった



そして、彼がいかに大きなものを背負っているのか、それと同時に国の中で厳しい立場にいることも



王位継承権第一位という高い地位にいながら、魔獣討伐の先頭にたつ理由


冷静な判断力と、柔軟な思考力、そして他者を受け入れる深い懐を持つ




惹かれてしまうのも、無理からぬ話だった


思えば、初めから惹かれていたのだ


あの月夜、初めてあの瞳を見た瞬間から



惹かれていたから、金で買われたことが悲しかった


だから、あれほどまでに強く反発してしまったのだ


認めてしまえば楽になった


自分は奴隷上がりの国も後ろ楯もない、少し医療に詳しいだけの異国の人間


皇太子であるエリュシオンとは、決して結ばれることはない


だから、せめて彼の役に立ちたかった


今回の魔獣討伐に、無理いって同行させてもらったのも、彼がいかにこの仕事に力を注いでいるかをわかっていたからだ


戦闘では役に立たずとも、医療班として何か出来るだろうと思ったから


渋るエリュシオンを説き伏せ、戦闘には加わらない、万が一の時には必ず逃げることを約束させられて、ようやく参加を許されたのだった


しかし、不測の事態とは起きるものだ


後方で負傷者の治療にあたっていた時に、襲われてしまった


どうやら、負傷者の血の匂いが魔獣をおびき寄せてしまったらしい


「シルク様、お逃げくださいっ」


手当てをしていた青年の声が、耳に届いた


エリュシオンとの約束が頭をよぎる



体が、勝手に動いていた



護身用に持たされていた銃で、魔獣を撃つ


多少訓練したとはいえ、付け焼き刃では仕留められるはずもなく、かすっただけだ



しかし、それで充分だった


魔獣の意識を自分に向け、森に向かって走り出した


あの場所には動けない負傷者がいる


自分がおとりになって、魔獣を引き離すしかなかったのだ



激しくなる雨の中、必死にひた走る



突き動かしていたのは、今は亡き両親と兄の姿だった


彼らがしたように、自分も最期は人のために動いている


遠い異国の土地で、家族と同じように



濡れてまとわりつく外套を脱ぎ捨てた方が、まだ走りやすいかもしれないが、その為に立ち止まることは出来ない


闇雲に走っていると、間近に落雷がおき、激しい衝撃に吹き飛ばされてしまった



耳鳴りと、霞む視界、打ち付けた体の痛みをこらえて立ち上がろうとして、もう走れないことを悟った



迫り来る狼の大きさに、震えが止まらない



自分の腕では仕留めることは不可能だ


「申し訳ありません、リオン様」


せっかく拾ってもらった命


こんなところで捨てることになってしまった


固く目を閉じ、最後の瞬間まで最愛の人を思い浮かべる



覚悟を決めた瞬間、銃声が鳴り響いた


耳を塞ぎたくなるような断末魔の悲鳴と、間を置いて地響きを感じる



恐る恐る目を開けると、目の前に魔獣が横たわっていた



驚いていると、森の中からエリュシオンが現れた


「リオン、様…」


その表情はいつになく厳しかった


「万が一の時は逃げろと言わなかったか」


低い声には、怒りがこめられている


慌てて向き直ろうとしたが、足の痛みに思わず声をあげる


「怪我をしたのか」


エリュシオンが、慌てた様子で近付いてきた


「足首を、痛めただけです。大したことは…え、きゃあっ」


気が付けば、エリュシオンに抱き上げられていた


近すぎる距離に、赤面どころの騒ぎではない


エリュシオンはそのまま歩き出す


「り、リオン様、下ろしてくださいませ。重大な命令違反をおかした上にこんな…」


「暴れるな、怪我にさわる」


エリュシオンの声は、冷たく響いた


相当に怒っているのだろう


命令に背いた上に、こんな怪我まで負い、エリュシオンに助けられなければ死んでいた


情けなさに涙が滲んだ


「申し訳ありません…なんのお役にも立てず、むしろお手数をお掛けするばかりで…いかなる処分も受ける覚悟は出来ております」


震える声が情けない


エリュシオンはしばらく黙っていたが、大きく溜め息をついた


「お前に怒ってるんじゃない。今回参加させたのはオレの判断だ。お前をあの場所に配置したオレのミスで怪我をさせ、命すら危ない目に遭わせてしまった。間に合わなかったらと思うと、ムカついてな」


驚いて顔をあげると、綺麗な緑色があった


真っ直ぐに向けられた新緑の瞳


「すまなかった」


「私が全て悪いんですっ。申し訳ありません、お役に立てません



「何言ってる。お前のお陰で何人もの人間が助かったんだ。あの場を離れたお前の判断は、最善の策だった」


どうやら、負傷者はみな無事らしい


ほっとしたが、エリュシオンの目は怒りに満ちていた


今度は完全に自分に向けられたものだ




「だが、その策は最悪の策でもある。お前は自分の事を軽く見すぎだ」


確かに、家族も国ももうない自分は、どうなっても誰も困らない


その思いが捨てきれず、なにかと自分を粗末に扱う自分がいる


「いいか、お前は必要な人間なんだ。もう二度とこんな真似はするな」


「リオン様…」


涙が、止まらなかった




エリュシオンに抱き抱えられたまま、皆のもとにたどり着いたが、何やら騒がしい


「どうした」


「閣下、それが…」


エリュシオンの到着に、人だかりが割れた


兵士の輪の中で、小さな毛の塊がある


「子どもか」


どうやら、討伐した魔獣には子どもがいたらしい


どこかに隠れていたようだ


小さな体で、必死に毛をたてて威嚇している


まるで、子犬のように愛らしい姿だ



しかし、魔獣の仔


いずれは親と同じに大きくなり、やがては人を襲う


「始末します」


兵士の一人が首もとを掴み上げた


「待って」


シルクは痛む足を引きずるようにして、兵士の前に出た


「お願い、殺さないで」


「し、しかし、今は小さくても魔獣の仔です。親を殺された恨みをはらしに人を襲うかもしれません」


「まだわからないでしょう」


兵士の手でブラブラと宙吊りになっていた魔獣の仔を、自身の腕に抱き留める


まだうまく噛むこともできないのだろう、上手にくすぐってやると大きくしっぽを振ってじゃれ始めた


美しいシルクと、愛らしい犬のような魔獣の組み合わせに、堅物の兵士達も自然と頬が緩む


しかし、魔獣の仔には間違いない


シルクはこのまま連れ帰ると言いかねない


「どうにかしてください」


兵士達は唯一シルクに意見の言えるエリュシオンへと助けを求めた


シルクは魔獣の仔を抱きしめ、エリュシオンに向き直った



「私が育てます」


「シルク、それは犬の仔じゃないんだぞ」


流石のエリュシオンも首を縦には振らない


「私が、全ての責任をとります。人の味を覚える前に躾ることができれば、今後の研究にも役立ちます」


未だに詳しくは知られていない魔獣の生態を知るのに、この上ない対象である


しかし、リスクもかなり大きい


エリュシオンは厳しい面持ちで、シルクと魔獣の仔を見つめた


息苦しい空気が流れる


「わかった、連れ帰ることを許そう」


シルクの表情が一気に明るくなる


「ただし、オレが少しでも危険だと判断すれば即刻処分する。それが条件だ」





こうして、魔獣の仔はシルクの手によって育てられることとなった


「怒っていらっしゃいますか」


城へ戻る車内で、エリュシオンは無口だった


普段から口数の多い方ではないが、空気が重かった


自分の勝手な行動に、怒りをかったのではないかと不安になる


魔獣の仔を人を襲わないように育て上げることができれば、魔獣の生態を知ることができる


そして、いつの日か共存できる世界を目指せるかもしれない


それは本当だが、シルクは家族を失ってひとりぼっちになった魔獣の仔を自分に重ねてしまったのだ


だから、放ってはおけなかった


その気持ちを、エリュシオンが気づかないはずがない


魔獣を、側に置くリスクを負うことは、更にエリュシオンの立場を悪くするかもしれない


エリュシオンは大きく溜め息をついた


「そいつを育て上げることができれば、大きな功績になる。しっかりとやれ」



腕の中で小さな命は救われたことも知らずに眠っている


「リオン様の目指す世界に近づけるよう、一生をかけてやり遂げてみせます」



エリュシオンは少し困ったように、でも嬉しそうに笑った



いつの間にか雨は上がり、夜明けの白い光が二人を柔らかく包み込んでいた



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