新たな居場所
部屋に戻ると、ヴィヴィアンに風呂へと押し込まれた
珍しく怒った様子なのは、心配をかけてしまったかららしい
しっかりと体を暖め身支度を整えていると、ヴィヴィアンがいつものように朝食を運んできた
柔らかく炊いた米の粥だった
「エリュシオン様が、この粥をお持ちするようにとおっしゃられました。食事がお済みになったらお部屋でお話しになるそうです」
断食明けに、急に食べるのはよくない
粥のような胃に優しいものから始めるべきであることを、エリュシオンは知ってるらしい
大人しく腰を下ろし、粥をゆっくりと口に運ぶ
「…美味しい」
甘い米の味が口に広がり、思わず声に出た
「…お口に合ってよろしゅうございました。さあ、たくさん召し上がってくださいませ」
ヴィヴィアンは心の底から嬉しそうに微笑んでいる
エリュシオンから今朝の話を聞いているのだろう、何も尋ねずにいつも通り振る舞ってくれる
「ありがとう」
伝えるべき言葉は、それで充分だった
ヴィヴィアンは泣き出しそうな顔をしながら、微笑んでいた
食事を済ませると、体に力が入るのがわかる
体に力が戻ると、頭も正常に働き始める
自暴自棄になっている場合ではない
一度は奴隷として身をおとし、諦めた生だったが、今の状況は複雑だ
エリュシオンの真意を知る必要がある
ヴィヴィアンに案内され、エリュシオンの私室へ通された
向き合ったエリュシオンは、何故か黙ったままだった
仕方なく膝を床について頭を下げる
「ああ、そんなことはいい。そこのソファーにでもかけてくれ」
慌てる様子を不振に思いながら、言われたとおりソファーに腰を下ろした
「さっきの話だが、考えてくれたか」
「私はあなた様に買われた身です。処遇はあなた様次第では?」
エリュシオンは困ったように大きな溜め息をつく
「さっき話しただろう、うちで働く気ははいということか?」
「おっしゃる意味が解りかねます。私は売られてきた奴隷の娘、あなたはそれを大金を出してお買いになったのです。それを契約金だとか、働けだとか、あなたになんの得があるのです」
どこまで調べたのかは知らないが、医術をかじった小娘一人を雇うのにあれほどの大金を支払う道理はない
「あの奴隷商人に因縁があるんでな。だが、それは君の関与するところじゃない」
確かに、あの時のエリュシオンの態度は厳しかった
初対面であの迫力であったために、今の穏やかな雰囲気がいまいち信用できないでいる
どちらが本当の彼なのか、まだ把握できない
「奴隷娘に同情していただいた、ということでしょうか」
奴隷に身を落としたことは本意ではなかったが、だからと言って同情されたくはなかった
「同情とは少し違うが、まあ、君は納得しないだろうな」
エリュシオンが苦く笑う
「同情ではないと?」
「惜しいと思ったんでな」
「惜しい?」
言葉の意味がわからず、眉を寄せる
「目が、まだ諦めてない目をしていたから」
あの夜、エリュシオンは何を見たのだろう
「あんな目をしているのに、クソジジイのハーレムでなぶりものにされるのは、惜しいと思った。それが、オレの理由だよ」
「それであんな大金を出すんですか」
「オレは自分の直感を信じることにしてる」
自信に満ちた口振りに、これ以上いい募ったところで無意味だろう
知らず、小さく溜め息をついていた
「と、言うわけでオレの目的はすでに果たされている。あとは君の好きにすればいい。故郷に帰るのも、ここで新しい人生をはじめるのも」
しばし、考える
どうやら、この男は本気らしいことはわかった
ただの阿呆か、それとも…
「でわ、ご契約いただいた分この身でお返しいたしましょう」
借りを作っていたままなのは性に合わない
どのみち、家族も亡くなり帰る場所もない
エリュシオンがただの阿呆な王子とわかれば、そこで消えればいい
しかし、あのヴィヴィアンのエリュシオンを心酔する口振りも気になる
このエリュシオンという男がどんな人間なのか見極めてみようと思った
「そうか、でわ歓迎しよう、と…そろそろ名前を教えてくれないだろうか」
言われて、未だに名乗っていないことに気付いた
両親が付けてくれた、大切な名前
一度は諦めて、捨てようとした名前
「シルク、と申します」
「シルク、綺麗な名前だ。改めて、我が城へようこそ、シルク」
差し出された手は大きくて温かかった




